機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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カガリは暗い部屋で目覚めると、慌てて起き上がった。
(くそっ…どれくらい眠った?)
椅子に座る自分には毛布がかけられ、アスランはどこにもいない。
彼女に抱かれ、優しく撫でられているうちに睡魔に襲われてしまった…
艦内には複数のアラートが重なって流れ、何やら緊迫した雰囲気だ。
カガリはそのまま部屋を飛び出すと急いでブリッジに向かった。
ひどくいやな予感がしていた。
(くそっ…どれくらい眠った?)
椅子に座る自分には毛布がかけられ、アスランはどこにもいない。
彼女に抱かれ、優しく撫でられているうちに睡魔に襲われてしまった…
艦内には複数のアラートが重なって流れ、何やら緊迫した雰囲気だ。
カガリはそのまま部屋を飛び出すと急いでブリッジに向かった。
ひどくいやな予感がしていた。
手練ればかりが操るジン・ハイマニューバ2型は手を加えられ、それぞれのパイロットにふさわしいカスタマイズがなされていた。
「こんなひよっ子どもに!」
サトーは斬機刀を一閃すると、逃げ切れなかったゲイツRが爆発した。
「我らの想い、やらせはせんわ!今更っ!」
鬼気迫るサトーの攻撃に、経験の浅い兵たちは防戦一方だ。
(ちっ…実戦慣れしてねぇヤツばっかだからな)
ディアッカは散り散りになった連中に参集をかけるがままならない。
「た、隊長ぉーっ!!」
「ええい!下がれ!ひとまず下がるんだ!」
悲壮な声を残してまた1人命を散らすと、ディアッカは兵たちに命じた。
「イザーク、これじゃ防衛は無理だ!」
ディアッカの報告を受けたイザークはすぐさま兵装の射出準備にかからせた。
「メテオブレーカーを守れ!俺もすぐに出る!」
イザークは後を艦長に任せ、自身のザクを用意させた。
(こんな時に…!)
ハンガーに向かいながら、イザークはかつてそこに刻まれていた深い傷をなぞるように、指先で軽く眉間に触れた。
(…いや、こんな時…だからか?)
一方ミネルバでも熱紋照合と機体照会が急がれていた。
「ジンを使っているのか?その一群は…」
議長はモニターを見ながら激しく動き回る機体を見極めようとしていた。
「ええ。ハイマニューバ2型のようです。付近に母艦は?」
「見当たりません」
大戦後、ジンは既に過去の機体となっているが、それでもかつて傑作と言われたその機体性能を愛するパイロットは多く、特に強襲型として開発されたハイマニューバ型はベテランパイロットに人気が高い。
そのハイマニューバ型をさらに機動性重視、かつ格闘向きに改変したのが2型である。背中の大きなスラスターはむしろノーマルのジンに近いが、頭部アンテナが鋭く高くなり、ビーム兵器と、サトーが振るっている日本刀のような細身でしなやかな斬機刀装備が特徴の機体だった。
ごく少数しか生産されていない反面、アンノウンが使用しているという事実が公になればザフトへの疑いは明白で、人々の不信感を高めるに足る。
(一体どんなルートから…)
タリアは考え込む時のいつもの癖で親指をきりりと噛んだ。
「ユニウスセブンの軌道をずらしたのはこいつらってことですか?」
アーサーがそう言った時、ちょうどカガリがブリッジに入ってきた。
入り口の兵が止めようとしたが、それを振り払ってつかつかと歩み寄る。
「一体どこのバカが…」
「そういうことなら、尚更これを地球へ落とさせるわけにはいかないわ」
タリアは顔をしかめて悪態をついているアーサーの言葉を遮ると、メイリンに「シンたちにもこの事を伝えてちょうだい」と言った。
やがて議長がカガリに気づき、振り返って声をかけた。
「…若君」
カガリはモニターを見上げ、ミネルバが戦闘状態に入っている事を知った。
(あれは、ザク?それに…ジンか?)
しばらく無言で状況を見つめていたカガリは、やがて議長に向き直った。
「…議長、すまないが、アスランを知らないか?」
「おや?ご存知なかったのですか?」
カガリはその言葉に内心ギクリとする。
「彼女は自分も作業を手伝いたいと言ってきて、今はあそこですよ」
デュランダルはさも心外だという表情で答え、カガリは小さく息を吸い込んだ。
心のどこかで予感していた事が、現実となって襲ってきた。
イザークは青くカラーリングしたザクファントムで出撃した。
得意とする近距離戦に特化したスラッシュウィザードを選択し、モタモタと逃げ惑う経験の浅い兵を守らんとハイドラを放ったが、部下のゲイツRはジンのビームに捉えられ、あるいは斬機刀の露と消える。
「くッ…どういうやつらだよ、一体!ジンでこうまで…」
ディアッカは、ジンをオルトロスで追いながら毒づいた。
しかもこちらが戦闘経験の浅い兵ばかりという事を差し引いても、イザークと渡り合う様子を見るに、明らかにかなり腕の立つ連中だ。
「工作隊は破砕作業を進めろ!これでは奴らの思うつぼだぞ!」
イザークは武器を持たせた部下たちに工作隊を守るよう指示した。
しかし現場そのものが混乱しており、ビームが飛び交う中で工作隊が作業に打ち込めるはずもない。
しかし事態はますます悪化しつつあった。
「冗談じゃないぜ!こんなところでドタバタと!」
「…くっ!?」
突然、MA形態で近づいてきたカオスがカリドゥスを放ってきたのだ。
アウルがショルダーを全開にし、相手がジンだろうがザクだろうがお構いなしにビームをぶっ放しながら飛び込んできた。
「おまえらのせいかよ、こいつが動き出しのは!」
イザークは全員に「散開しろ!」と命じ、参戦してきた3機を見た。
「なんだ!?…カオス、ガイア…アビス?」
「アーモリーワンで強奪された機体か!?」
ライブラリとの照合一致は、ザフト製を意味する「ZGMF」ナンバーだった。
イザークとディアッカがアンノウン、及び新型3機からも兵たちを守りながら、さらに工作隊の作業を進めさせるという至難の業を繰り広げているところに、ようやく援軍であるシンたちが到着した。
(やっぱり)
3機の姿を見て、シンは宙域の友軍数と敵を把握するため手早く操作してレーダーの索敵範囲を拡げた。ボギーワンがいるせいか妨害電波がひどい。
「あの3機!今日こそ!」
「…ちょ、待て…」
その時ルナマリアが先行してきて勢い込んだので、シンはいさめようとしたが、それより先にアスランの声が響いた。
「目的は戦闘じゃないわ」
「…わかってますっ!」
ルナマリアは憮然として答えたが、ザクは止まらない。
「けど、撃ってくるんだもの!あれをやらなきゃ作業もできないでしょ?」
そりゃもっともだ、とシンはくすりと笑った。
(ザフトの元エースを一言で黙らせるなんて、さすがルナだ)
シンはアスランの返答を遮るように加速しながら叫んだ。
「ルナ、俺が先に行く。援護を頼む!」
インパルスはそのままザクを追い越したが、シンはすれ違いざまにルナマリアに向かって「やるじゃん」とサインを出すのを忘れなかった。
戦闘が過熱していくにつれ、ユニウスセブンの加速も進んでいた。
地球の重力圏に入ればさらにスピードは上がり、取り返しがつかなくなる。
「ジュール隊、カオス、アビス、ガイアの攻撃を受けています」
シンが送ってきた索敵結果を見て、メイリンが報告した。
(アスラン…)
それを聞き、カガリは今また戦いに身を投じようとしている彼女を案じていると、アーサーが「これでは破砕作業などできないぞ」と言った。
「艦長!本艦もボギーワンを!」
しかしタリアはそれには答えず、親指をひとしきり噛んだ後議長に尋ねた。
「議長、現時点でボギーワンをどう判断されますか?」
テロリストまがいの海賊か、それとも…
「…地球軍、と?」
カガリはその言葉に思わずゴクリと喉を鳴らした。
ダガーがいた上に、あの主砲はモルゲンレーテおなじみのゴットフリート級だ。
カガリの中ではボギーワンの正体は確信されていたが、議長の答えは曖昧さを残していた。彼は膝の上で手を組み、「う~ん…」とうなった。
「難しいな。私は、地球軍…とはしたくなかったのだが」
「どんな火種になるかわかりませんものね」
アーサーもメイリンもバートもやっぱり、というように顔を見合わせる。
「だが状況は変わった」
「ええ。この非常時に際し、彼らが自らを地球軍、もしくはそれに準ずる部隊だと認めるのなら、この場での戦闘には何の意味もありません」
むしろ事態を悪化させるだけだろう、と艦長と議長の考えは一致していた。
「あのジン部隊を庇っているとも思われかねん、か」
議長の言葉に、「そんな!」と思わずアーサーが声をあげた。
「ユニウスセブンの破砕作業を進めているのにですか!?」
「仕方ないわ」
憤慨するアーサーをなだめるようにタリアが言った。
「あの機体がダガーだったら、あなただって地球軍の関与を疑うでしょ?」
カガリもまた眉をひそめた。
デュランダルはボギーワンとのコンタクトを取るよう命じた。
「国際救難チャンネルを開いて、我々はユニウスセブン落下阻止のための破砕作業を行っていると伝えてくれ」
メイリンとバートが素早く作業に取りかかった。
シンは機敏に逃げ回るアビスをライフルで追っていた。
「はっはぁッ!」
アウルは攻撃が緩むとお返しとばかりにビーム砲を撃ってくる。
あまり距離をとると、今度はジュール隊の工作隊を狙い、容赦なくカリドゥスやバラエーナを放つ。守るべきものが多すぎて、シンは身動きが取れなかった。
レイはジン数機を相手に、ルナマリアはガイアと対峙している。
シンが(カオスは…!?)と気づいた時、視界にカオスがミサイルやビームを連射しながらメテオブレーカーに向かっている姿が眼に入った。
「しまった…!」
その瞬間、カオスにシールドごと体当たりを喰らわせた機体があった。
(ザク…あいつ…!)
アスランはMA形態のカオスに、腹の部分を持ち上げるようにアタックした。
一番いやなところを狙われてバランスを崩したカオスは、スラスター制御でバランスを保とうとしたが、ザクはさせじとトマホークを投げて撹乱する。
スティングは思うようにならず翻弄されて苛立ち、バランスを崩したままライフルを放ったが、そんな状態では当たろうはずがない。アスランはトマホークを戻すと、カオスが次の兵装を起こす前に蹴り飛ばした。
「何だこいつ…!強い…っ!」
盛大に吹っ飛ばされながら、スティングは悪態とも賛辞とも取れる声で喚いた。
一方、再びガイアと戦っているルナマリアは次第に追い詰められていた。
オルトロスでは捉えきれず、機敏な動きに翻弄されて押し負けると、デブリに打ちつけられて機体を削った。
「これで終わりね、赤いの!」
ビームブレードを展開したガイアが追ってくると、ルナマリアはタイミングを見計らい、ハンドグレネードを数個投げてそれをオルトロスで撃った。
突如現れた弾幕にステラが一瞬ひるむと、ダッシュしたザクが中から現れ、トマホークで打ちかかった。ステラは驚き、慌てて機体をのけぞらせる。
「…くぅ!」
「いい気にならないでよ!」
その頃、地球上でも大きな動きが起きていた。
既にもっと早い時期に、デュランダル議長によって地球連合、並びに各国にユニウスセブンが地球を目指して動き出した事は知らされていたのだが、世界のパニックを極力避けるため、即座に国際協定が結ばれ、この落下を阻止する努力の結果が出るまでは事実の発表は伏せられることになった。
しかし今、その厳粛な事実がついに発表されたのである。
それはもはや一刻の猶予もなしと判断されたからに他ならない。
巨大なコロニーの進路は地球を目指し、いかな努力をしようとも、地球の被害がゼロで済むことはありえないとわかったからである。
「私は、これから皆様に重大な事実をお伝えせねばなりません」
世界中で、国家元首が同時に国民に対して重大発表を行った。
それはオーブ首長国連邦でも同じであった。
「既に噂されているとおり、ユニウスセブンがその軌道を外れ、現在地球へ向けて接近中です」
首長の1人、ウナト・エマ・セイランが国民への発表を行っていた。
代表首長であるカガリ・ユラ・アスハが留守の今、行政府では首長が集まって首長会議を行い、未曾有の災害の予測と国民への避難勧告を行うことを決めた。
オーブでは、伝統的に力を持っていた首長の数人がオーブ危機で祖国と運命を共にして後、アスハのような伝統を重んじる格式の高い家柄より、国の復興に連合の力を借りようとする新興の勢力が力を持ちつつあった。
セイランはそういった者をまとめあげ、もとからの連合寄りの考えを推し進めている。彼らセイラン派は皆、政治力も経験も人脈も、全てが若輩者のカガリを上回っており、穏健なアスハ派は発言権を封じられた。
いまや、オーブの実質上の元首はセイランと言っても過言ではない。
「我がオーブ政府も、直ちに各国政府と連携を取りあい、対策を協議して参りましたが、時間も乏しく、誠に遺憾ながら、未だ有効な対応策を見出せないままでおります」
オーブの宰相でもあるウナトは声明文を読み上げた。
大西洋連邦大統領、ジョゼフ・コープランドもまた、記者たちの畳み掛ける質問に答えきれずにいた。
ユニウスセブンが動き出した経緯も、あまりにも早すぎる落下も、誰もが「テロではないか」という疑念を抱きながら口に出せずにいた。
口に出すには、この事態は予想される被害があまりに大きすぎるからだ。
「回避は可能なんですか?」
「到達予測時刻、現時点での予測落下地域は?」
「国民はどこに避難を…」
「答えてくださいっ、大統領!」
冷静であるべき記者ですら、大統領の前だというのに軽いパニックに陥っている。
ましてやこれが国民ならば…
「現在、プラント、連合の両軍が全力でこれの破砕にあたっております」
ウナトは言った。
もしこの言葉を聞いたら、ミネルバでは「やはり…」と思ったであろう。
彼らの知らぬところで、既に「ボギーワン=連合軍」と発表されていたのだ。
各国の発表の様子をモニター室で眺めながら、ジブリールはほくそえんでいた。
記者に詰め寄られたコープランドは両手を広げてなだめる仕草をし、「我々はただちに非常事態を宣言し、国民のみなさんへの速やかなシェルターへの避難を…」と言いかけたが、それは記者たちの声でさえぎられてしまった。
「間に合うのか!?」
「破砕成功の見通しは?」
「シェルターに、地球全人口の収容など出来ないんだぞ!」
そうだ…選ばれた者だけが生き残り、そうでない者たちは死んでいく…そして残った者は叫ぶのだ。ジブリールは薄気味悪い表情で微笑んだ。
―― なぜこんな事に!
―― 誰がこんな事を!?
彼らに答えを用意してやらなければ…憎しみという名の愛を…
ウナト・エマ・セイランの放送を聞き終わったマルキオ導師が立ち上がると、カリダ・ヤマトは盲目の彼の行く道を開けた。
「ほら、待て待てー、トリィ!」
マルキオはポーチまで出ると、明るい太陽の下、園庭で遊ぶ子供たちの屈託のない笑い声を聞いた。子供たちの楽しそうな笑い声に混ざって、聞き慣れたロボット鳥の声が聞こえてくる。子供たちは身軽に飛び回るトリィを捕まえようと追いかけるが、そう簡単には捕まらない。
彼らは皆、可愛らしい彼に夢中だった。
「トリィ!」
トリィは子供たちの上を旋回し、やがて目指す主人を見つけると天に向かって差し出された指先に止まった。子供たちはその姿を見てわっと歓声をあげ、トリィを止まらせた人影に向かって走り出した。
「急げ!モタモタしてると割れても間に合わんぞ!」
イザークはジンを蹴散らしながら工作隊を急がせた。
ヴォルテールから逐一送らせているユニウスセブンの速度と突入角の変化がますます状況を悪化させている。
(早く砕かなければ…)
イザークは苛立ちを押えようとやや深く呼吸をした。
突入は防げないが、なるべく小さく砕く事で大気圏で燃え尽きる確率を上げねばならない。被害を少しでも少なくするにはそれしかなかった。
イザークは巨大なアックスを振り回し、攻撃を続けるジンに向かって行った。
「固定よし!」
「よし!」
ジンと新型3機の攻撃を、多くの犠牲を出しながらもなんとかしのぎきったジュール隊は、ついにメテオブレーカーを全て設置し、固定する事に成功した。
イザークは母艦に設置完了を打電し、全ての機器が正常に作動する事を確かめた上で、すみやかに爆破するよう命じた。
やがてメテオブレーカーは同時に起動し、ドリルが死せるコロニーの中に容赦なく食い込んでいく。そこにはかつて、アークエンジェルの面々が衝撃を受けた遺体が眠り、遊び相手を失ったクマのぬいぐるみが漂っていた。
あの時彼らが手向けた折り紙の花がひとひら、横切ったような気がした。
そして次々と仕掛けられた爆薬が大爆発を起こした。
計算されつくしたポイントが連鎖して、もろくなったプレートがひび割れ、シャフトが砕けて大地が支えを失っていく。地面がぼろぼろと崩れ出し、激しくうねって凍った海が砕け散り、頑丈な大地は真っ二つになった。
「グゥレイト!!やったぜ!」
ディアッカはそれを見て膝を叩いて歓声をあげた。
ミネルバのクルーも思ったよりすさまじい破壊を固唾を呑んで見守り、カガリは二つに割れたプラントの残骸を見て、いやでも崩壊したかつてのヘリオポリスを思い出さずにはいられなかった。
「これは…?」
ジン、ゲイツR、ザク、そしてあの白い新型…この宙域にいるモビルスーツ全てがザフトの物であるのに、彼らがユニウスセブンの破砕作業を行っていたと知ってリーはネオを見た。
いつもは饒舌なネオがさっきから黙ったままだ。
「あちらからの救難チャンネルといい、一体どういう事なのでしょうな?」
「さぁね」
ネオは肩をすくめた。
「どっちにしろ俺たちはここに奴らがいた…そう報告すればいいのさ」
ネオの心には、自分でもよくわからない理不尽な不快感が浮かんでいた。
けれどそれが何なのか、今の彼には考えることすら許されていなかった。
「どうなってんだ、こりゃ?」
「割れたぜ、おい!」
アウルがまるで皿が割れたとでもいうように面白そうに言う。
巨大な塊はいまや二つになってゆっくりと一方向に進んでいる。
ジュール隊もシンたちも割れたユニウスセブンを見つめていた。
その時、鋭い号令が飛んだ。
「まだよ!もっと細かく砕かないと!」
その声を聞いて驚いたのはディアッカだ。
ザクの中で身を起こし、そこにいるはずのない人間の名を呼ぶ。
「アスラン!?」
イザークの反応はもっとわかりやすかった。
一瞬無言状態になったあと、青いスラッシュザクファントムがアスランのザクに対してアックス…ファルクスを構えたのだ。
「貴様ーっ!!こんなところで何をやっている!?」
(あいつ、ジュール隊長と知り合いなのか?)
シンはオープンチャンネルで怒鳴りあう彼らの会話を拾っていた。
戦闘状態は止んでいるが、既に高度が随分下がってきている。
1人でジンを相手にしていたレイがシンに合図をし、近くへ来た。
チャンネルからはアスランの声が聞こえてくる。
「そんなことはどうでもいい。今は作業を急いで」
「あ…ああ」
アスランの厳しい口調に、ディアッカは思わず返事をしたが、イザークは声を荒げて「わかっている!」と怒鳴った。
その声が懐かしくて、アスランは少し口元をゆるめた。
「相変わらずね、イザーク」
「貴様もだ!」
イザークはモニターに噛みつかんばかりに近づいて怒鳴った。
「図々しくザクなんぞに乗って…偉そうな口を利くな!」
ディアッカは2人の会話を聞きながら首を回していた。
(まったく、こいつらときたら仲がいいんだか悪いんだか)
「ディアッカ!貴様も急げ!」
「…やれやれ。わかったよ、隊長」
とばっちりのように怒鳴られ、ディアッカは苦笑しながら答えた。
(でも、ま、イザークのこんな元気そうな声を聞いたのは久々かな)
「…ぬぅ!」
最初に動いたのはサトーだった。
既にレイのブレイズザクファントムに仲間を数機落とされている。
しかもメテオブレーカーでユニウスセブンを割られ、この上さらに細かく砕かれては自分たちの本懐を遂げる事ができなくなってしまう。
「これ以上、おまえたちに手出しはさせん!」
サトーはメテオブレーカーを攻撃すべく向かって行った。
「あいつら!」
次に攻撃を始めたのはアビスだった。ところがアウルの目的はサトーのジンではなく、こともあろうに工作隊のゲイツRだった。
それを見てシンも動いたが、距離的にアスランたちの方が近い。
「イザーク!」
「うるさい!今は俺が隊長だ!命令するな、民間人が!」
イザークは頭の上でファルクスを振り回すと脇に構え、アビスに向かった。
そのスピードはアビスが気づいて振り向き、シールドを構える暇すら与えずに懐に潜り込むと、ファルクスを一閃してアビスの左足を斬る。
さらに、ひるんだアウルを援護しようと近づいてきたカオスを見るやガトリングで攻撃しながら相手のフィールドに飛び込み、カオスの右肩の兵装ポッドを切り裂き、さらには右腕を肩から切断した。
あっという間の見事な戦果に、シンは呆気に取られた。
イザークの疾風のような戦いぶりにディアッカも口笛を吹き、オルトロスを放ってアビスを遠ざけながら「やるねぇ」と喜んだ。
アスランはそれを横目に見ながら、ジンの斬機刀を受け止めた。
ジン・ハイマニューバ2型…一体何者が何を成そうとしているのか知らないが、ユニウスセブンを地球に落とすなど許せる事ではない。
アスランは斬機刀をいなすと、シールドからトマホークを出して構えた。
しかしアスランの相手はジンではなく、イザークが追い込んできたカオスだった。
「何っ!?」
まるで申し合わせたようにザクウォーリアに待ち構えられたスティングは慌てて制動をかけたが間に合わず、トマホークで機体を深く削られた。
「ちっ…こいつ…!」
「遅いっ!」
二打目を避けて飛び退ろうとしたカオスを、今度は別の方向からイザークのファルクスが捉え、カオスは肩の兵装を全て飛ばされた。
(あれが…ヤキン・ドゥーエを生き残ったパイロットの力かよ)
シンは自分たちが何度刃を交えても傷一つ追わせられなかった新型にダメージを与え、アンノウンを退けている彼らに眼を奪われていた。
無論、ヤキン・ドゥーエの戦いは記録でしか知らないが、戦死者や被害状況を見るにつけ、さぞや壮絶なものだったと想像はできる。
彼らはその最前線で戦い、勝ち残った者たちなのだ。
「シン!何をしている!作業はまだ終わってないんだぞ!」
「あ、ああ…」
レイが立ちすくんだシンに声をかけ、作業の援護に向かうと言う。
シンは気を取り直し、レイと分担して防衛に回る事にした。
その時、思いがけず帰還信号が発射され、シンはもちろん、アスランやイザークたちも驚いてそちらを見た。それはガーティ・ルーからだった。
メイリンたちがいくら国際救難チャンネルを通じて通信を入れても、一切答えてこなかったボギーワンの帰還信号を見て、デュランダルはようやく信じてくれたかと相好を崩した。けれどタリアの表情は厳しい。
「そうかもしれませんし、別の理由かもしれません」
「別の理由?」
議長もカガリもモニターを睨みつけるタリアを見た。
「高度です」
アーサーが驚いてチェックをすると、既に限界高度が迫っていた。
「ユニウスセブンと共にこのまま降下していけば、やがて艦も地球の引力から逃れられなくなります」
マリクが高度計算を始め、バートが電算処理にかけたデータをタリアをはじめブリッジクルーたちのモニターに転送し始めた。
カガリもまた、わずか数千秒後に限界高度が来る事を確認した。
「我々も命を選ばねばなりません。助けられる者と、助けられない者」
艦長の声がブリッジに響いた。
ユニウスセブンはまだ砕ききれていない。
このまま地球に落ちれば被害は甚大だ。
タリアは決心していた。
「こんな状況下に申し訳ありませんが、議長方はヴォルテールにお移りいただけますか?」
デュランダルは「え?」と驚いたような表情になり、カガリもまた、自分が彼と共にヴォルテールに移るよう言われている事を悟った。
「ミネルバはこれより大気圏に突入し、限界までの艦主砲による対象の破砕を行いたいと思います」
「ええっ!?艦長、それは…」
アーサーが思わず声を上げた。
進水式もまだなのに戦闘を重ね、処女航海で大気圏突入なんて…ミネルバの受難は一体どこまで続くのだろう。
タリアはアーサーの泣き言など無視し、議長を見つめて言った。
「どこまでできるかはわかりませんが…でも、できるだけの力を持っているのに、やらずに見ているだけなど、後味悪いですわ」
持てる力をもてあまし、翻弄されて苦しんだ者とは裏腹に、タリアもまたアスラン同様、「できるのなら、やるべきである」という強い使命感に奮い立たされている。
デュランダルは仮にも関係の深い女の決死の覚悟を聞いて渋ったが、タリアはにっこりと微笑んだ。それは優しげだが軍人の顔だった。
「私はこれでも運の強い女です。お任せください」
「わかった。すまない、タリア。ありがとう」
緊迫する2人の話がつくと、ブリッジも思わず息をついた。
議長はもう一度タリアに頷くと、次にカガリを促した。
「では、代表」
カガリはそのままモニターを見つめている。
タリアはヴォルテールに議長が移乗する旨を通達するよう指示を下し、さらに大気圏突入準備に入るため、モビルスーツに帰還信号を出した。
事態は刻一刻を争ったが、カガリの眼は緑色のザクに釘付けだった。
それには、彼にとって誰よりも大切な人が乗っているのだ。
「代表?」
デュランダルが、何も答えないカガリの名を不思議そうに呼ぶ。
「…俺は…ここに残る」
議長や艦長に加え、再びブリッジが驚きに包まれた。
副長がおろおろと議長と艦長の顔を見、さらにメイリンを見た。
メイリンも驚いて、席を立って議長を見ているカガリを見つめている。
「アスランがまだ戻らない」
戦闘は不測の事態とはいえ、カガリはたった1人でモビルスーツに乗ると決めたアスランの気持ちを思うと気が重く、自分の無力さが歯がゆかった。
(俺は、頑固で意地っ張りなあいつにとって相談できる相手じゃなかった…)
そんな彼女の孤独は、かつて誰もいないところで、1人ぼっちで泣いていた少女を思い出させる。何より、頼られなかった事が彼の胸を深く刺した。
(あいつを置いてはいけない)
それに、地球…とりわけオーブの事は確かに心配だが、ミネルバがそこまでしてくれるというなら、最後までそれを見届け、人々に伝える義務もある。
「俺も一緒に。頼む、議長」
「しかし、為政者の方にはまだ他にお仕事が…」
タリアはあからさまに迷惑そうな顔をした。
議長と一緒ならともかく、他国の国家元首を乗せて危険を冒すなど決して歓迎できることではない。
しかし議長は穏やかに言った。
「代表がそうお望みでしたら、お止めはしませんよ」
タリアはやっぱり、とため息をつき、カガリはありがとうと言った。
そしてデュランダルはヴォルテールに向かいながら思う。
(このままいけば彼のあの甘さが、むしろ彼女を思い悩ませるだろう…)
今はここまでだ…けれど願ってもいない展開に、彼はふふっと微笑んだ。
やがてアラートが鳴り始め、ディアッカが「うへぇ」という顔をした。
「イザーク、限界高度だ」
機体性能が上がった今、スペック上は既に問題ないと知ってはいても、できれば「あれ」はもう二度とやりたくなかった。
「なぁ、俺はもうあそこに落っこちんのはごめんだぜ」
しかしイザークはそれには答えず、ミネルバからの打電に驚いていた。
「ミネルバが艦主砲を撃ちながら、共に降下する?」
「マジかよ?」
ディアッカが散り散りになったひよっ子どもを回収に向かいながら言った。
「やるねぇ、あれの女艦長も」
議長が母艦に移乗するとなれば、隊長のイザークも急ぎ戻らねばならない。
これだけの損害をこうむって後ろ髪を引かれないといえば嘘になるが、今は多くの部下を預かる身だ。イザークはメテオブレーカーの再セットを行っていた工作隊に帰投命令を下し、全て引き揚げさせた。
そして彼らを引き連れて戻る途中、チラリと戦場を振り返った。
アスランはまだジンと戦っている。
(まったく、あのバカは…)
イザークは柄にもないなと思いつつも、「死ぬなよ」と小さく呟いた。
オルトロスのエネルギー切れで先に戻っていたルナマリアは、アーサーがミネルバはこのまま大気圏に突入すると告げた放送に思わず声をあげた。
しかも艦主砲でさらに破砕作業を続けるという。
「ウソでしょ…?」
「各員マニュアルを参照。迅速なる行動を期待する」
思わずハンガーで待機しているヨウランとヴィーノを見ると、2人ともおどけたように手を広げ、びっくりだよなぁというポーズを取っていた。
その頃、シンとレイも帰還命令に従い、ミネルバを目指していた。
「ん?」
途中でシンはまだ1機のザクが残っている事に気づき、進路を変えた。
「シン?」
「先に行っててくれ。すぐに追う」
シンはそう言い残してユニウスセブンに降り立つと、それがアスラン・ザラだと気づいた。どうやら残されたメテオブレーカーを起動させようとしているようだ。
シンは大げさにため息をついてから、彼女のザクに近づいた。
「何をやってるんです?帰還命令が出たでしょう。通信も入ったはずだ」
「わかってるわ。あなたは早く戻りなさい」
そう言いながら、アスランは傾いたそれをもう一度固定しようとしている。
シンは軽く舌打ちすると、呆れたように言った。
「一緒に吹っ飛ばされますよ?いいんですか?」
「ミネルバの艦主砲と言っても、外からの攻撃では確実とは言えないでしょう?」
アスランはメテオブレーカーの微妙な掘削点を探りながら答えた。
「なら、これだけでも…」
シンは「…ったく」と呟くとザクの反対側に向かい、傾いたブレーカーを押す。
2機がかりで動かすと、さしもの巨大な工作機もすぐに正常な位置に戻った。
「ありがとう、シン。さぁ、もう戻って」
アスランは礼を述べると、本体の操作盤を開いた。
ザクのマニピュレーターが器用に動き、起動動作が進められている。
シンはその真剣な姿を見ながら、聞こえないように呟いた。
「…あなたみたいな人が…なんでオーブになんか…」
―― あんな、実現できるはずもない理想や奇麗事で塗り固めてるだけで、結局は何一つ、誰一人守る事もできないような国にいるんですか?
アラートが鳴るより先に、勘のいい2人は同時に頭上を仰ぎ見た。
彼らに襲い掛かってきたのは3機のジンだった。
シンは咄嗟にシールドを展開し、素早くビームサーベルを抜いた。
「こいつら、まだ!」
1機は止めたが、もう1機はメテオブレーカーを守ろうとするアスランに向かっていく。シンはそれを横目で見送ったが、不思議と焦りはなかった。心のどこかで、「あの人なら大丈夫だ」という奇妙な信頼感があった。
「我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!」
「娘…!?」
シンがその言葉にはっと息を呑む。
(ユニウスセブンで…娘を失った…?)
状況は違えど、肉親を失うという事実がシン自身の心の傷に触れた。
鼓動が激しくなり、呼吸が荒くなるのを、シンは必死に押さえ込む。
ぎりっと歯を食いしばり、赤い瞳が眼の前のジンを睨みつけた。
(でも…だからって…)
人として、ザフト軍人として、憎しみを暴走させ、無差別に全てを焼き尽くす復讐など、容認する事はできない。シンは怒りで吼えた。
「こんなこと…やっていいのかよ!!」
一方アスランはジンの刃をかいくぐり、メテオブレーカーの反対側に回り込んだ。
せっかくここまで打ち込まれているのだ。これだけでも作動させて、少しでも地球へのダメージを減らしたい。
「ここで無惨に散った命の嘆きを忘れ、討った者らとなぜ偽りの世界で笑うか!貴様らは!」
サトーはそう叫びながらビームカービンを正射してきた。
ビームがメテオブレーカーに当たるたびにダメージが蓄積する。
アスランはシールドで防いだが、カービンをマウントすると同時に斬機刀を素早く構えたジンを避けきれなかった。
「軟弱なクラインの後継者どもにだまされて、ザフトは変わってしまった!」
隊長を名乗るだけあってサトーの力量は確かで、アスランはかろうじてボディを守るのが精一杯であり、右腕を肩から奪われる事になった。
「何故気づかぬか!」
「く…」
アスランは残った左腕とシールドで斬機刀を受け止めた。
しかし武器が持てない状態でこの敵は手ごわすぎる。
「我らコーディネーターにとって、パトリック・ザラの執った道こそが唯一正しきものと!」
「はぁ!?」
突然耳に飛び込んできた父の名に、アスランは思わず声をあげてしまった。
「なにを…」
アスランの動揺は戦闘にも現れ、押され始めてさらに防戦一方になった。
(彼らは、未だに父を…パトリック・ザラを信じている?)
得体の知れないテロリストの思想に、自分の父の影が垣間見える…地球が滅ぶ事さえ厭わない彼らが、パトリック・ザラが正しいと唱えるなど、アスランにとっては聞き捨てならない事だった。
(そんな…そんなこと…!)
それは、最も忌むべき父の「負の遺産」だった。
シンは襲い掛かってきたジンを迎え撃ち、シールドで弾き飛ばした。
そしてサーベルを振るい、ジンが斬機刀を構えたところに飛び込む。
ついさっき見たイザーク・ジュールの技を真似るように、シンは死角からサーベルを一閃し、さらに素早くもう一太刀浴びせて片足を切り飛ばした。
だがその直後、爆散した仲間を見て怒り、猛り狂ったもう1機が即座にシンに襲い掛かった。シンは当然それを避けようとしたのだが、ジンは攻撃ではなく、そのままインパルスに抱きつく格好になったので驚愕した。
「なんだ!?こいつ、何を…!」
「惰弱なザフトなど!その姿、もはや見るに忍びん!」
シンはいやな予感がして必死にもがき出した。
相手が選択した手段は、インパルスを道連れに自爆する事だった。
「くそっ…やらせるか!」
シンは手にしたサーベルを素早く持ち直してジンの肩部に突き刺すと、そのまま梃子の原理で左腕を切断した。片側の腕が外れた事でインパルスが少し動けるようになり、シンはスラスターを最大にして飛び退った。
しかしわずかに相手の自爆が早かったため、爆風と衝撃で吹き飛ばされた。
「うわぁぁ!!」
「シン!」
しかも自爆と同時に吹き飛んだジンの破片がメテオブレーカーを直撃し、衝撃でドリルを押し込んでしまった。おかげでシャフトが大きく曲がり、もはや爆発させることはできなくなった。アスランはそれを見て残念そうにため息をつき、それから急いで引力に引かれていくインパルスを追った。
「降下シークエンス、フェイズツー」
アーサーが現段階の状況を伝える。
既に重力圏内に入った今、電磁波が強くてインパルスもザクも位置が特定できない。それは2人が無事かどうかもわからないという事だ。
「アスラン…!」
カガリは思わず彼女の名を呟くと、拳を握り締めて祈るように額に当てた。
(…アスラン……さん…)
メイリンは沈痛な面持ちの代表をチラリと見、自分でも気づかないほどの軽い嫉妬に苛まれながら、心の中で初めて彼女の名を呟いてみた。
(…と、シン。ふ、2人とも、大丈夫かな?)
けれどすぐに自分のあまりの小心ぶりに情けない想いをする羽目になった。
「シン!シン・アスカ!」
アスランが何度呼びかけても反応がない。
後ろからはジン・ハイマニューバ2型が追ってくる。
「我らのこの想い、今度こそナチュラル共に!!」
追いすがるサトーからインパルスを守ろうとアスランは機体の向きを変えた。
もはや3機とも重力圏に捕まっている。
大気圏突入性能など備わっているはずのないジンは、決死の覚悟なのだろう。
(ならばこちらも命を賭けなければ…!)
アスランは、サトーのジンに向けて右足を蹴り出した。
ジンはそれを避けたが、アスランの狙いは自身のザクの足だった。
シールドに仕込まれているトマホークを自動射出し、足首部を狙う。
それは足首部への衝突と同時に摩擦熱と相俟って小爆発を起こした。
ほんの小さな威力だったが、それで十分だった。
アスランはその小爆発と同時にザクのスラスターを最大限にし、自分が弾き飛ばされないように備えたが、思いもかけず鼻先で爆発を起こされたジンはわずかな爆風でバランスを崩し、突入角度を乱されて急旋回を始めた。
アスランは軌道を外れ、真っ赤に燃えて落ちていくサトーの乗るジンを見送る。
それはまるで父の怨念の炎のようにも思えた。
「うわぁ!!」
やがてジンは自らが落とそうとしたユニウスセブンに衝突し、その罪ゆえか地球に拒まれて激しい摩擦熱で燃え尽きた。
軽い脳震盪を起こしていたシンは、けたたましいアラートと自身のバイタルアラームで眼を醒ました。最初に彼の眼に映ったのは青い地球だった。
インパルスは凄まじいスピードで降下しており、コックピットの温度が上昇している。シンは体を起こし、慌てて大気圏突入モードに移行した。
もちろん、こうしたエマージェンシーもシミュレーションでは何度か行っていたが、「そうそう起きるわけない」とヨウランとヴィーノと笑っては、レイにたしなめられたっけ…そんな事を思い出しながら、忙しなくマニュアルを起こし、指を動かしてシークエンスを進める。一瞬アスランの事が頭をよぎったが、今は自分のことだけで精一杯だった。
青い地球がますます近く、大きくなる。
壊れてしまったユニウスセブンを見ながら、シンはごくりと唾を飲んだ。
(俺たちは落ちるんだ、地球へ…)
あそこで大切な人を失ったコーディネイターの、尽きない憎しみと怒りと共に。
「さあ、皆いらっしゃい。ちゃんとついてきてね」
「なぁに?」
「どこ行くの?」
「あ、わかった!おつかい?また遊びたいよぉ」
日暮れた海岸で、一人の女性が子供たちを連れて歩き出した。
「ここは危ないから、一緒に安全なところに行きましょうね」
母と子供たちを見送り、少年のような彼女は赤く燃える空を見上た。
不気味なほど赤い空に、たくさんのデブリが流れていく。
その向こうに、かつて見たユニウスセブンがある。
―― あれは、怒りと憎しみが凍った、悲しみの墓標…
キラの唇が小さく、かすかに動いた。
けれど彼女が何を呟いたのか、誰も知る者はなかった。
「こんなひよっ子どもに!」
サトーは斬機刀を一閃すると、逃げ切れなかったゲイツRが爆発した。
「我らの想い、やらせはせんわ!今更っ!」
鬼気迫るサトーの攻撃に、経験の浅い兵たちは防戦一方だ。
(ちっ…実戦慣れしてねぇヤツばっかだからな)
ディアッカは散り散りになった連中に参集をかけるがままならない。
「た、隊長ぉーっ!!」
「ええい!下がれ!ひとまず下がるんだ!」
悲壮な声を残してまた1人命を散らすと、ディアッカは兵たちに命じた。
「イザーク、これじゃ防衛は無理だ!」
ディアッカの報告を受けたイザークはすぐさま兵装の射出準備にかからせた。
「メテオブレーカーを守れ!俺もすぐに出る!」
イザークは後を艦長に任せ、自身のザクを用意させた。
(こんな時に…!)
ハンガーに向かいながら、イザークはかつてそこに刻まれていた深い傷をなぞるように、指先で軽く眉間に触れた。
(…いや、こんな時…だからか?)
一方ミネルバでも熱紋照合と機体照会が急がれていた。
「ジンを使っているのか?その一群は…」
議長はモニターを見ながら激しく動き回る機体を見極めようとしていた。
「ええ。ハイマニューバ2型のようです。付近に母艦は?」
「見当たりません」
大戦後、ジンは既に過去の機体となっているが、それでもかつて傑作と言われたその機体性能を愛するパイロットは多く、特に強襲型として開発されたハイマニューバ型はベテランパイロットに人気が高い。
そのハイマニューバ型をさらに機動性重視、かつ格闘向きに改変したのが2型である。背中の大きなスラスターはむしろノーマルのジンに近いが、頭部アンテナが鋭く高くなり、ビーム兵器と、サトーが振るっている日本刀のような細身でしなやかな斬機刀装備が特徴の機体だった。
ごく少数しか生産されていない反面、アンノウンが使用しているという事実が公になればザフトへの疑いは明白で、人々の不信感を高めるに足る。
(一体どんなルートから…)
タリアは考え込む時のいつもの癖で親指をきりりと噛んだ。
「ユニウスセブンの軌道をずらしたのはこいつらってことですか?」
アーサーがそう言った時、ちょうどカガリがブリッジに入ってきた。
入り口の兵が止めようとしたが、それを振り払ってつかつかと歩み寄る。
「一体どこのバカが…」
「そういうことなら、尚更これを地球へ落とさせるわけにはいかないわ」
タリアは顔をしかめて悪態をついているアーサーの言葉を遮ると、メイリンに「シンたちにもこの事を伝えてちょうだい」と言った。
やがて議長がカガリに気づき、振り返って声をかけた。
「…若君」
カガリはモニターを見上げ、ミネルバが戦闘状態に入っている事を知った。
(あれは、ザク?それに…ジンか?)
しばらく無言で状況を見つめていたカガリは、やがて議長に向き直った。
「…議長、すまないが、アスランを知らないか?」
「おや?ご存知なかったのですか?」
カガリはその言葉に内心ギクリとする。
「彼女は自分も作業を手伝いたいと言ってきて、今はあそこですよ」
デュランダルはさも心外だという表情で答え、カガリは小さく息を吸い込んだ。
心のどこかで予感していた事が、現実となって襲ってきた。
イザークは青くカラーリングしたザクファントムで出撃した。
得意とする近距離戦に特化したスラッシュウィザードを選択し、モタモタと逃げ惑う経験の浅い兵を守らんとハイドラを放ったが、部下のゲイツRはジンのビームに捉えられ、あるいは斬機刀の露と消える。
「くッ…どういうやつらだよ、一体!ジンでこうまで…」
ディアッカは、ジンをオルトロスで追いながら毒づいた。
しかもこちらが戦闘経験の浅い兵ばかりという事を差し引いても、イザークと渡り合う様子を見るに、明らかにかなり腕の立つ連中だ。
「工作隊は破砕作業を進めろ!これでは奴らの思うつぼだぞ!」
イザークは武器を持たせた部下たちに工作隊を守るよう指示した。
しかし現場そのものが混乱しており、ビームが飛び交う中で工作隊が作業に打ち込めるはずもない。
しかし事態はますます悪化しつつあった。
「冗談じゃないぜ!こんなところでドタバタと!」
「…くっ!?」
突然、MA形態で近づいてきたカオスがカリドゥスを放ってきたのだ。
アウルがショルダーを全開にし、相手がジンだろうがザクだろうがお構いなしにビームをぶっ放しながら飛び込んできた。
「おまえらのせいかよ、こいつが動き出しのは!」
イザークは全員に「散開しろ!」と命じ、参戦してきた3機を見た。
「なんだ!?…カオス、ガイア…アビス?」
「アーモリーワンで強奪された機体か!?」
ライブラリとの照合一致は、ザフト製を意味する「ZGMF」ナンバーだった。
イザークとディアッカがアンノウン、及び新型3機からも兵たちを守りながら、さらに工作隊の作業を進めさせるという至難の業を繰り広げているところに、ようやく援軍であるシンたちが到着した。
(やっぱり)
3機の姿を見て、シンは宙域の友軍数と敵を把握するため手早く操作してレーダーの索敵範囲を拡げた。ボギーワンがいるせいか妨害電波がひどい。
「あの3機!今日こそ!」
「…ちょ、待て…」
その時ルナマリアが先行してきて勢い込んだので、シンはいさめようとしたが、それより先にアスランの声が響いた。
「目的は戦闘じゃないわ」
「…わかってますっ!」
ルナマリアは憮然として答えたが、ザクは止まらない。
「けど、撃ってくるんだもの!あれをやらなきゃ作業もできないでしょ?」
そりゃもっともだ、とシンはくすりと笑った。
(ザフトの元エースを一言で黙らせるなんて、さすがルナだ)
シンはアスランの返答を遮るように加速しながら叫んだ。
「ルナ、俺が先に行く。援護を頼む!」
インパルスはそのままザクを追い越したが、シンはすれ違いざまにルナマリアに向かって「やるじゃん」とサインを出すのを忘れなかった。
戦闘が過熱していくにつれ、ユニウスセブンの加速も進んでいた。
地球の重力圏に入ればさらにスピードは上がり、取り返しがつかなくなる。
「ジュール隊、カオス、アビス、ガイアの攻撃を受けています」
シンが送ってきた索敵結果を見て、メイリンが報告した。
(アスラン…)
それを聞き、カガリは今また戦いに身を投じようとしている彼女を案じていると、アーサーが「これでは破砕作業などできないぞ」と言った。
「艦長!本艦もボギーワンを!」
しかしタリアはそれには答えず、親指をひとしきり噛んだ後議長に尋ねた。
「議長、現時点でボギーワンをどう判断されますか?」
テロリストまがいの海賊か、それとも…
「…地球軍、と?」
カガリはその言葉に思わずゴクリと喉を鳴らした。
ダガーがいた上に、あの主砲はモルゲンレーテおなじみのゴットフリート級だ。
カガリの中ではボギーワンの正体は確信されていたが、議長の答えは曖昧さを残していた。彼は膝の上で手を組み、「う~ん…」とうなった。
「難しいな。私は、地球軍…とはしたくなかったのだが」
「どんな火種になるかわかりませんものね」
アーサーもメイリンもバートもやっぱり、というように顔を見合わせる。
「だが状況は変わった」
「ええ。この非常時に際し、彼らが自らを地球軍、もしくはそれに準ずる部隊だと認めるのなら、この場での戦闘には何の意味もありません」
むしろ事態を悪化させるだけだろう、と艦長と議長の考えは一致していた。
「あのジン部隊を庇っているとも思われかねん、か」
議長の言葉に、「そんな!」と思わずアーサーが声をあげた。
「ユニウスセブンの破砕作業を進めているのにですか!?」
「仕方ないわ」
憤慨するアーサーをなだめるようにタリアが言った。
「あの機体がダガーだったら、あなただって地球軍の関与を疑うでしょ?」
カガリもまた眉をひそめた。
デュランダルはボギーワンとのコンタクトを取るよう命じた。
「国際救難チャンネルを開いて、我々はユニウスセブン落下阻止のための破砕作業を行っていると伝えてくれ」
メイリンとバートが素早く作業に取りかかった。
シンは機敏に逃げ回るアビスをライフルで追っていた。
「はっはぁッ!」
アウルは攻撃が緩むとお返しとばかりにビーム砲を撃ってくる。
あまり距離をとると、今度はジュール隊の工作隊を狙い、容赦なくカリドゥスやバラエーナを放つ。守るべきものが多すぎて、シンは身動きが取れなかった。
レイはジン数機を相手に、ルナマリアはガイアと対峙している。
シンが(カオスは…!?)と気づいた時、視界にカオスがミサイルやビームを連射しながらメテオブレーカーに向かっている姿が眼に入った。
「しまった…!」
その瞬間、カオスにシールドごと体当たりを喰らわせた機体があった。
(ザク…あいつ…!)
アスランはMA形態のカオスに、腹の部分を持ち上げるようにアタックした。
一番いやなところを狙われてバランスを崩したカオスは、スラスター制御でバランスを保とうとしたが、ザクはさせじとトマホークを投げて撹乱する。
スティングは思うようにならず翻弄されて苛立ち、バランスを崩したままライフルを放ったが、そんな状態では当たろうはずがない。アスランはトマホークを戻すと、カオスが次の兵装を起こす前に蹴り飛ばした。
「何だこいつ…!強い…っ!」
盛大に吹っ飛ばされながら、スティングは悪態とも賛辞とも取れる声で喚いた。
一方、再びガイアと戦っているルナマリアは次第に追い詰められていた。
オルトロスでは捉えきれず、機敏な動きに翻弄されて押し負けると、デブリに打ちつけられて機体を削った。
「これで終わりね、赤いの!」
ビームブレードを展開したガイアが追ってくると、ルナマリアはタイミングを見計らい、ハンドグレネードを数個投げてそれをオルトロスで撃った。
突如現れた弾幕にステラが一瞬ひるむと、ダッシュしたザクが中から現れ、トマホークで打ちかかった。ステラは驚き、慌てて機体をのけぞらせる。
「…くぅ!」
「いい気にならないでよ!」
その頃、地球上でも大きな動きが起きていた。
既にもっと早い時期に、デュランダル議長によって地球連合、並びに各国にユニウスセブンが地球を目指して動き出した事は知らされていたのだが、世界のパニックを極力避けるため、即座に国際協定が結ばれ、この落下を阻止する努力の結果が出るまでは事実の発表は伏せられることになった。
しかし今、その厳粛な事実がついに発表されたのである。
それはもはや一刻の猶予もなしと判断されたからに他ならない。
巨大なコロニーの進路は地球を目指し、いかな努力をしようとも、地球の被害がゼロで済むことはありえないとわかったからである。
「私は、これから皆様に重大な事実をお伝えせねばなりません」
世界中で、国家元首が同時に国民に対して重大発表を行った。
それはオーブ首長国連邦でも同じであった。
「既に噂されているとおり、ユニウスセブンがその軌道を外れ、現在地球へ向けて接近中です」
首長の1人、ウナト・エマ・セイランが国民への発表を行っていた。
代表首長であるカガリ・ユラ・アスハが留守の今、行政府では首長が集まって首長会議を行い、未曾有の災害の予測と国民への避難勧告を行うことを決めた。
オーブでは、伝統的に力を持っていた首長の数人がオーブ危機で祖国と運命を共にして後、アスハのような伝統を重んじる格式の高い家柄より、国の復興に連合の力を借りようとする新興の勢力が力を持ちつつあった。
セイランはそういった者をまとめあげ、もとからの連合寄りの考えを推し進めている。彼らセイラン派は皆、政治力も経験も人脈も、全てが若輩者のカガリを上回っており、穏健なアスハ派は発言権を封じられた。
いまや、オーブの実質上の元首はセイランと言っても過言ではない。
「我がオーブ政府も、直ちに各国政府と連携を取りあい、対策を協議して参りましたが、時間も乏しく、誠に遺憾ながら、未だ有効な対応策を見出せないままでおります」
オーブの宰相でもあるウナトは声明文を読み上げた。
大西洋連邦大統領、ジョゼフ・コープランドもまた、記者たちの畳み掛ける質問に答えきれずにいた。
ユニウスセブンが動き出した経緯も、あまりにも早すぎる落下も、誰もが「テロではないか」という疑念を抱きながら口に出せずにいた。
口に出すには、この事態は予想される被害があまりに大きすぎるからだ。
「回避は可能なんですか?」
「到達予測時刻、現時点での予測落下地域は?」
「国民はどこに避難を…」
「答えてくださいっ、大統領!」
冷静であるべき記者ですら、大統領の前だというのに軽いパニックに陥っている。
ましてやこれが国民ならば…
「現在、プラント、連合の両軍が全力でこれの破砕にあたっております」
ウナトは言った。
もしこの言葉を聞いたら、ミネルバでは「やはり…」と思ったであろう。
彼らの知らぬところで、既に「ボギーワン=連合軍」と発表されていたのだ。
各国の発表の様子をモニター室で眺めながら、ジブリールはほくそえんでいた。
記者に詰め寄られたコープランドは両手を広げてなだめる仕草をし、「我々はただちに非常事態を宣言し、国民のみなさんへの速やかなシェルターへの避難を…」と言いかけたが、それは記者たちの声でさえぎられてしまった。
「間に合うのか!?」
「破砕成功の見通しは?」
「シェルターに、地球全人口の収容など出来ないんだぞ!」
そうだ…選ばれた者だけが生き残り、そうでない者たちは死んでいく…そして残った者は叫ぶのだ。ジブリールは薄気味悪い表情で微笑んだ。
―― なぜこんな事に!
―― 誰がこんな事を!?
彼らに答えを用意してやらなければ…憎しみという名の愛を…
ウナト・エマ・セイランの放送を聞き終わったマルキオ導師が立ち上がると、カリダ・ヤマトは盲目の彼の行く道を開けた。
「ほら、待て待てー、トリィ!」
マルキオはポーチまで出ると、明るい太陽の下、園庭で遊ぶ子供たちの屈託のない笑い声を聞いた。子供たちの楽しそうな笑い声に混ざって、聞き慣れたロボット鳥の声が聞こえてくる。子供たちは身軽に飛び回るトリィを捕まえようと追いかけるが、そう簡単には捕まらない。
彼らは皆、可愛らしい彼に夢中だった。
「トリィ!」
トリィは子供たちの上を旋回し、やがて目指す主人を見つけると天に向かって差し出された指先に止まった。子供たちはその姿を見てわっと歓声をあげ、トリィを止まらせた人影に向かって走り出した。
「急げ!モタモタしてると割れても間に合わんぞ!」
イザークはジンを蹴散らしながら工作隊を急がせた。
ヴォルテールから逐一送らせているユニウスセブンの速度と突入角の変化がますます状況を悪化させている。
(早く砕かなければ…)
イザークは苛立ちを押えようとやや深く呼吸をした。
突入は防げないが、なるべく小さく砕く事で大気圏で燃え尽きる確率を上げねばならない。被害を少しでも少なくするにはそれしかなかった。
イザークは巨大なアックスを振り回し、攻撃を続けるジンに向かって行った。
「固定よし!」
「よし!」
ジンと新型3機の攻撃を、多くの犠牲を出しながらもなんとかしのぎきったジュール隊は、ついにメテオブレーカーを全て設置し、固定する事に成功した。
イザークは母艦に設置完了を打電し、全ての機器が正常に作動する事を確かめた上で、すみやかに爆破するよう命じた。
やがてメテオブレーカーは同時に起動し、ドリルが死せるコロニーの中に容赦なく食い込んでいく。そこにはかつて、アークエンジェルの面々が衝撃を受けた遺体が眠り、遊び相手を失ったクマのぬいぐるみが漂っていた。
あの時彼らが手向けた折り紙の花がひとひら、横切ったような気がした。
そして次々と仕掛けられた爆薬が大爆発を起こした。
計算されつくしたポイントが連鎖して、もろくなったプレートがひび割れ、シャフトが砕けて大地が支えを失っていく。地面がぼろぼろと崩れ出し、激しくうねって凍った海が砕け散り、頑丈な大地は真っ二つになった。
「グゥレイト!!やったぜ!」
ディアッカはそれを見て膝を叩いて歓声をあげた。
ミネルバのクルーも思ったよりすさまじい破壊を固唾を呑んで見守り、カガリは二つに割れたプラントの残骸を見て、いやでも崩壊したかつてのヘリオポリスを思い出さずにはいられなかった。
「これは…?」
ジン、ゲイツR、ザク、そしてあの白い新型…この宙域にいるモビルスーツ全てがザフトの物であるのに、彼らがユニウスセブンの破砕作業を行っていたと知ってリーはネオを見た。
いつもは饒舌なネオがさっきから黙ったままだ。
「あちらからの救難チャンネルといい、一体どういう事なのでしょうな?」
「さぁね」
ネオは肩をすくめた。
「どっちにしろ俺たちはここに奴らがいた…そう報告すればいいのさ」
ネオの心には、自分でもよくわからない理不尽な不快感が浮かんでいた。
けれどそれが何なのか、今の彼には考えることすら許されていなかった。
「どうなってんだ、こりゃ?」
「割れたぜ、おい!」
アウルがまるで皿が割れたとでもいうように面白そうに言う。
巨大な塊はいまや二つになってゆっくりと一方向に進んでいる。
ジュール隊もシンたちも割れたユニウスセブンを見つめていた。
その時、鋭い号令が飛んだ。
「まだよ!もっと細かく砕かないと!」
その声を聞いて驚いたのはディアッカだ。
ザクの中で身を起こし、そこにいるはずのない人間の名を呼ぶ。
「アスラン!?」
イザークの反応はもっとわかりやすかった。
一瞬無言状態になったあと、青いスラッシュザクファントムがアスランのザクに対してアックス…ファルクスを構えたのだ。
「貴様ーっ!!こんなところで何をやっている!?」
(あいつ、ジュール隊長と知り合いなのか?)
シンはオープンチャンネルで怒鳴りあう彼らの会話を拾っていた。
戦闘状態は止んでいるが、既に高度が随分下がってきている。
1人でジンを相手にしていたレイがシンに合図をし、近くへ来た。
チャンネルからはアスランの声が聞こえてくる。
「そんなことはどうでもいい。今は作業を急いで」
「あ…ああ」
アスランの厳しい口調に、ディアッカは思わず返事をしたが、イザークは声を荒げて「わかっている!」と怒鳴った。
その声が懐かしくて、アスランは少し口元をゆるめた。
「相変わらずね、イザーク」
「貴様もだ!」
イザークはモニターに噛みつかんばかりに近づいて怒鳴った。
「図々しくザクなんぞに乗って…偉そうな口を利くな!」
ディアッカは2人の会話を聞きながら首を回していた。
(まったく、こいつらときたら仲がいいんだか悪いんだか)
「ディアッカ!貴様も急げ!」
「…やれやれ。わかったよ、隊長」
とばっちりのように怒鳴られ、ディアッカは苦笑しながら答えた。
(でも、ま、イザークのこんな元気そうな声を聞いたのは久々かな)
「…ぬぅ!」
最初に動いたのはサトーだった。
既にレイのブレイズザクファントムに仲間を数機落とされている。
しかもメテオブレーカーでユニウスセブンを割られ、この上さらに細かく砕かれては自分たちの本懐を遂げる事ができなくなってしまう。
「これ以上、おまえたちに手出しはさせん!」
サトーはメテオブレーカーを攻撃すべく向かって行った。
「あいつら!」
次に攻撃を始めたのはアビスだった。ところがアウルの目的はサトーのジンではなく、こともあろうに工作隊のゲイツRだった。
それを見てシンも動いたが、距離的にアスランたちの方が近い。
「イザーク!」
「うるさい!今は俺が隊長だ!命令するな、民間人が!」
イザークは頭の上でファルクスを振り回すと脇に構え、アビスに向かった。
そのスピードはアビスが気づいて振り向き、シールドを構える暇すら与えずに懐に潜り込むと、ファルクスを一閃してアビスの左足を斬る。
さらに、ひるんだアウルを援護しようと近づいてきたカオスを見るやガトリングで攻撃しながら相手のフィールドに飛び込み、カオスの右肩の兵装ポッドを切り裂き、さらには右腕を肩から切断した。
あっという間の見事な戦果に、シンは呆気に取られた。
イザークの疾風のような戦いぶりにディアッカも口笛を吹き、オルトロスを放ってアビスを遠ざけながら「やるねぇ」と喜んだ。
アスランはそれを横目に見ながら、ジンの斬機刀を受け止めた。
ジン・ハイマニューバ2型…一体何者が何を成そうとしているのか知らないが、ユニウスセブンを地球に落とすなど許せる事ではない。
アスランは斬機刀をいなすと、シールドからトマホークを出して構えた。
しかしアスランの相手はジンではなく、イザークが追い込んできたカオスだった。
「何っ!?」
まるで申し合わせたようにザクウォーリアに待ち構えられたスティングは慌てて制動をかけたが間に合わず、トマホークで機体を深く削られた。
「ちっ…こいつ…!」
「遅いっ!」
二打目を避けて飛び退ろうとしたカオスを、今度は別の方向からイザークのファルクスが捉え、カオスは肩の兵装を全て飛ばされた。
(あれが…ヤキン・ドゥーエを生き残ったパイロットの力かよ)
シンは自分たちが何度刃を交えても傷一つ追わせられなかった新型にダメージを与え、アンノウンを退けている彼らに眼を奪われていた。
無論、ヤキン・ドゥーエの戦いは記録でしか知らないが、戦死者や被害状況を見るにつけ、さぞや壮絶なものだったと想像はできる。
彼らはその最前線で戦い、勝ち残った者たちなのだ。
「シン!何をしている!作業はまだ終わってないんだぞ!」
「あ、ああ…」
レイが立ちすくんだシンに声をかけ、作業の援護に向かうと言う。
シンは気を取り直し、レイと分担して防衛に回る事にした。
その時、思いがけず帰還信号が発射され、シンはもちろん、アスランやイザークたちも驚いてそちらを見た。それはガーティ・ルーからだった。
メイリンたちがいくら国際救難チャンネルを通じて通信を入れても、一切答えてこなかったボギーワンの帰還信号を見て、デュランダルはようやく信じてくれたかと相好を崩した。けれどタリアの表情は厳しい。
「そうかもしれませんし、別の理由かもしれません」
「別の理由?」
議長もカガリもモニターを睨みつけるタリアを見た。
「高度です」
アーサーが驚いてチェックをすると、既に限界高度が迫っていた。
「ユニウスセブンと共にこのまま降下していけば、やがて艦も地球の引力から逃れられなくなります」
マリクが高度計算を始め、バートが電算処理にかけたデータをタリアをはじめブリッジクルーたちのモニターに転送し始めた。
カガリもまた、わずか数千秒後に限界高度が来る事を確認した。
「我々も命を選ばねばなりません。助けられる者と、助けられない者」
艦長の声がブリッジに響いた。
ユニウスセブンはまだ砕ききれていない。
このまま地球に落ちれば被害は甚大だ。
タリアは決心していた。
「こんな状況下に申し訳ありませんが、議長方はヴォルテールにお移りいただけますか?」
デュランダルは「え?」と驚いたような表情になり、カガリもまた、自分が彼と共にヴォルテールに移るよう言われている事を悟った。
「ミネルバはこれより大気圏に突入し、限界までの艦主砲による対象の破砕を行いたいと思います」
「ええっ!?艦長、それは…」
アーサーが思わず声を上げた。
進水式もまだなのに戦闘を重ね、処女航海で大気圏突入なんて…ミネルバの受難は一体どこまで続くのだろう。
タリアはアーサーの泣き言など無視し、議長を見つめて言った。
「どこまでできるかはわかりませんが…でも、できるだけの力を持っているのに、やらずに見ているだけなど、後味悪いですわ」
持てる力をもてあまし、翻弄されて苦しんだ者とは裏腹に、タリアもまたアスラン同様、「できるのなら、やるべきである」という強い使命感に奮い立たされている。
デュランダルは仮にも関係の深い女の決死の覚悟を聞いて渋ったが、タリアはにっこりと微笑んだ。それは優しげだが軍人の顔だった。
「私はこれでも運の強い女です。お任せください」
「わかった。すまない、タリア。ありがとう」
緊迫する2人の話がつくと、ブリッジも思わず息をついた。
議長はもう一度タリアに頷くと、次にカガリを促した。
「では、代表」
カガリはそのままモニターを見つめている。
タリアはヴォルテールに議長が移乗する旨を通達するよう指示を下し、さらに大気圏突入準備に入るため、モビルスーツに帰還信号を出した。
事態は刻一刻を争ったが、カガリの眼は緑色のザクに釘付けだった。
それには、彼にとって誰よりも大切な人が乗っているのだ。
「代表?」
デュランダルが、何も答えないカガリの名を不思議そうに呼ぶ。
「…俺は…ここに残る」
議長や艦長に加え、再びブリッジが驚きに包まれた。
副長がおろおろと議長と艦長の顔を見、さらにメイリンを見た。
メイリンも驚いて、席を立って議長を見ているカガリを見つめている。
「アスランがまだ戻らない」
戦闘は不測の事態とはいえ、カガリはたった1人でモビルスーツに乗ると決めたアスランの気持ちを思うと気が重く、自分の無力さが歯がゆかった。
(俺は、頑固で意地っ張りなあいつにとって相談できる相手じゃなかった…)
そんな彼女の孤独は、かつて誰もいないところで、1人ぼっちで泣いていた少女を思い出させる。何より、頼られなかった事が彼の胸を深く刺した。
(あいつを置いてはいけない)
それに、地球…とりわけオーブの事は確かに心配だが、ミネルバがそこまでしてくれるというなら、最後までそれを見届け、人々に伝える義務もある。
「俺も一緒に。頼む、議長」
「しかし、為政者の方にはまだ他にお仕事が…」
タリアはあからさまに迷惑そうな顔をした。
議長と一緒ならともかく、他国の国家元首を乗せて危険を冒すなど決して歓迎できることではない。
しかし議長は穏やかに言った。
「代表がそうお望みでしたら、お止めはしませんよ」
タリアはやっぱり、とため息をつき、カガリはありがとうと言った。
そしてデュランダルはヴォルテールに向かいながら思う。
(このままいけば彼のあの甘さが、むしろ彼女を思い悩ませるだろう…)
今はここまでだ…けれど願ってもいない展開に、彼はふふっと微笑んだ。
やがてアラートが鳴り始め、ディアッカが「うへぇ」という顔をした。
「イザーク、限界高度だ」
機体性能が上がった今、スペック上は既に問題ないと知ってはいても、できれば「あれ」はもう二度とやりたくなかった。
「なぁ、俺はもうあそこに落っこちんのはごめんだぜ」
しかしイザークはそれには答えず、ミネルバからの打電に驚いていた。
「ミネルバが艦主砲を撃ちながら、共に降下する?」
「マジかよ?」
ディアッカが散り散りになったひよっ子どもを回収に向かいながら言った。
「やるねぇ、あれの女艦長も」
議長が母艦に移乗するとなれば、隊長のイザークも急ぎ戻らねばならない。
これだけの損害をこうむって後ろ髪を引かれないといえば嘘になるが、今は多くの部下を預かる身だ。イザークはメテオブレーカーの再セットを行っていた工作隊に帰投命令を下し、全て引き揚げさせた。
そして彼らを引き連れて戻る途中、チラリと戦場を振り返った。
アスランはまだジンと戦っている。
(まったく、あのバカは…)
イザークは柄にもないなと思いつつも、「死ぬなよ」と小さく呟いた。
オルトロスのエネルギー切れで先に戻っていたルナマリアは、アーサーがミネルバはこのまま大気圏に突入すると告げた放送に思わず声をあげた。
しかも艦主砲でさらに破砕作業を続けるという。
「ウソでしょ…?」
「各員マニュアルを参照。迅速なる行動を期待する」
思わずハンガーで待機しているヨウランとヴィーノを見ると、2人ともおどけたように手を広げ、びっくりだよなぁというポーズを取っていた。
その頃、シンとレイも帰還命令に従い、ミネルバを目指していた。
「ん?」
途中でシンはまだ1機のザクが残っている事に気づき、進路を変えた。
「シン?」
「先に行っててくれ。すぐに追う」
シンはそう言い残してユニウスセブンに降り立つと、それがアスラン・ザラだと気づいた。どうやら残されたメテオブレーカーを起動させようとしているようだ。
シンは大げさにため息をついてから、彼女のザクに近づいた。
「何をやってるんです?帰還命令が出たでしょう。通信も入ったはずだ」
「わかってるわ。あなたは早く戻りなさい」
そう言いながら、アスランは傾いたそれをもう一度固定しようとしている。
シンは軽く舌打ちすると、呆れたように言った。
「一緒に吹っ飛ばされますよ?いいんですか?」
「ミネルバの艦主砲と言っても、外からの攻撃では確実とは言えないでしょう?」
アスランはメテオブレーカーの微妙な掘削点を探りながら答えた。
「なら、これだけでも…」
シンは「…ったく」と呟くとザクの反対側に向かい、傾いたブレーカーを押す。
2機がかりで動かすと、さしもの巨大な工作機もすぐに正常な位置に戻った。
「ありがとう、シン。さぁ、もう戻って」
アスランは礼を述べると、本体の操作盤を開いた。
ザクのマニピュレーターが器用に動き、起動動作が進められている。
シンはその真剣な姿を見ながら、聞こえないように呟いた。
「…あなたみたいな人が…なんでオーブになんか…」
―― あんな、実現できるはずもない理想や奇麗事で塗り固めてるだけで、結局は何一つ、誰一人守る事もできないような国にいるんですか?
アラートが鳴るより先に、勘のいい2人は同時に頭上を仰ぎ見た。
彼らに襲い掛かってきたのは3機のジンだった。
シンは咄嗟にシールドを展開し、素早くビームサーベルを抜いた。
「こいつら、まだ!」
1機は止めたが、もう1機はメテオブレーカーを守ろうとするアスランに向かっていく。シンはそれを横目で見送ったが、不思議と焦りはなかった。心のどこかで、「あの人なら大丈夫だ」という奇妙な信頼感があった。
「我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!」
「娘…!?」
シンがその言葉にはっと息を呑む。
(ユニウスセブンで…娘を失った…?)
状況は違えど、肉親を失うという事実がシン自身の心の傷に触れた。
鼓動が激しくなり、呼吸が荒くなるのを、シンは必死に押さえ込む。
ぎりっと歯を食いしばり、赤い瞳が眼の前のジンを睨みつけた。
(でも…だからって…)
人として、ザフト軍人として、憎しみを暴走させ、無差別に全てを焼き尽くす復讐など、容認する事はできない。シンは怒りで吼えた。
「こんなこと…やっていいのかよ!!」
一方アスランはジンの刃をかいくぐり、メテオブレーカーの反対側に回り込んだ。
せっかくここまで打ち込まれているのだ。これだけでも作動させて、少しでも地球へのダメージを減らしたい。
「ここで無惨に散った命の嘆きを忘れ、討った者らとなぜ偽りの世界で笑うか!貴様らは!」
サトーはそう叫びながらビームカービンを正射してきた。
ビームがメテオブレーカーに当たるたびにダメージが蓄積する。
アスランはシールドで防いだが、カービンをマウントすると同時に斬機刀を素早く構えたジンを避けきれなかった。
「軟弱なクラインの後継者どもにだまされて、ザフトは変わってしまった!」
隊長を名乗るだけあってサトーの力量は確かで、アスランはかろうじてボディを守るのが精一杯であり、右腕を肩から奪われる事になった。
「何故気づかぬか!」
「く…」
アスランは残った左腕とシールドで斬機刀を受け止めた。
しかし武器が持てない状態でこの敵は手ごわすぎる。
「我らコーディネーターにとって、パトリック・ザラの執った道こそが唯一正しきものと!」
「はぁ!?」
突然耳に飛び込んできた父の名に、アスランは思わず声をあげてしまった。
「なにを…」
アスランの動揺は戦闘にも現れ、押され始めてさらに防戦一方になった。
(彼らは、未だに父を…パトリック・ザラを信じている?)
得体の知れないテロリストの思想に、自分の父の影が垣間見える…地球が滅ぶ事さえ厭わない彼らが、パトリック・ザラが正しいと唱えるなど、アスランにとっては聞き捨てならない事だった。
(そんな…そんなこと…!)
それは、最も忌むべき父の「負の遺産」だった。
シンは襲い掛かってきたジンを迎え撃ち、シールドで弾き飛ばした。
そしてサーベルを振るい、ジンが斬機刀を構えたところに飛び込む。
ついさっき見たイザーク・ジュールの技を真似るように、シンは死角からサーベルを一閃し、さらに素早くもう一太刀浴びせて片足を切り飛ばした。
だがその直後、爆散した仲間を見て怒り、猛り狂ったもう1機が即座にシンに襲い掛かった。シンは当然それを避けようとしたのだが、ジンは攻撃ではなく、そのままインパルスに抱きつく格好になったので驚愕した。
「なんだ!?こいつ、何を…!」
「惰弱なザフトなど!その姿、もはや見るに忍びん!」
シンはいやな予感がして必死にもがき出した。
相手が選択した手段は、インパルスを道連れに自爆する事だった。
「くそっ…やらせるか!」
シンは手にしたサーベルを素早く持ち直してジンの肩部に突き刺すと、そのまま梃子の原理で左腕を切断した。片側の腕が外れた事でインパルスが少し動けるようになり、シンはスラスターを最大にして飛び退った。
しかしわずかに相手の自爆が早かったため、爆風と衝撃で吹き飛ばされた。
「うわぁぁ!!」
「シン!」
しかも自爆と同時に吹き飛んだジンの破片がメテオブレーカーを直撃し、衝撃でドリルを押し込んでしまった。おかげでシャフトが大きく曲がり、もはや爆発させることはできなくなった。アスランはそれを見て残念そうにため息をつき、それから急いで引力に引かれていくインパルスを追った。
「降下シークエンス、フェイズツー」
アーサーが現段階の状況を伝える。
既に重力圏内に入った今、電磁波が強くてインパルスもザクも位置が特定できない。それは2人が無事かどうかもわからないという事だ。
「アスラン…!」
カガリは思わず彼女の名を呟くと、拳を握り締めて祈るように額に当てた。
(…アスラン……さん…)
メイリンは沈痛な面持ちの代表をチラリと見、自分でも気づかないほどの軽い嫉妬に苛まれながら、心の中で初めて彼女の名を呟いてみた。
(…と、シン。ふ、2人とも、大丈夫かな?)
けれどすぐに自分のあまりの小心ぶりに情けない想いをする羽目になった。
「シン!シン・アスカ!」
アスランが何度呼びかけても反応がない。
後ろからはジン・ハイマニューバ2型が追ってくる。
「我らのこの想い、今度こそナチュラル共に!!」
追いすがるサトーからインパルスを守ろうとアスランは機体の向きを変えた。
もはや3機とも重力圏に捕まっている。
大気圏突入性能など備わっているはずのないジンは、決死の覚悟なのだろう。
(ならばこちらも命を賭けなければ…!)
アスランは、サトーのジンに向けて右足を蹴り出した。
ジンはそれを避けたが、アスランの狙いは自身のザクの足だった。
シールドに仕込まれているトマホークを自動射出し、足首部を狙う。
それは足首部への衝突と同時に摩擦熱と相俟って小爆発を起こした。
ほんの小さな威力だったが、それで十分だった。
アスランはその小爆発と同時にザクのスラスターを最大限にし、自分が弾き飛ばされないように備えたが、思いもかけず鼻先で爆発を起こされたジンはわずかな爆風でバランスを崩し、突入角度を乱されて急旋回を始めた。
アスランは軌道を外れ、真っ赤に燃えて落ちていくサトーの乗るジンを見送る。
それはまるで父の怨念の炎のようにも思えた。
「うわぁ!!」
やがてジンは自らが落とそうとしたユニウスセブンに衝突し、その罪ゆえか地球に拒まれて激しい摩擦熱で燃え尽きた。
軽い脳震盪を起こしていたシンは、けたたましいアラートと自身のバイタルアラームで眼を醒ました。最初に彼の眼に映ったのは青い地球だった。
インパルスは凄まじいスピードで降下しており、コックピットの温度が上昇している。シンは体を起こし、慌てて大気圏突入モードに移行した。
もちろん、こうしたエマージェンシーもシミュレーションでは何度か行っていたが、「そうそう起きるわけない」とヨウランとヴィーノと笑っては、レイにたしなめられたっけ…そんな事を思い出しながら、忙しなくマニュアルを起こし、指を動かしてシークエンスを進める。一瞬アスランの事が頭をよぎったが、今は自分のことだけで精一杯だった。
青い地球がますます近く、大きくなる。
壊れてしまったユニウスセブンを見ながら、シンはごくりと唾を飲んだ。
(俺たちは落ちるんだ、地球へ…)
あそこで大切な人を失ったコーディネイターの、尽きない憎しみと怒りと共に。
「さあ、皆いらっしゃい。ちゃんとついてきてね」
「なぁに?」
「どこ行くの?」
「あ、わかった!おつかい?また遊びたいよぉ」
日暮れた海岸で、一人の女性が子供たちを連れて歩き出した。
「ここは危ないから、一緒に安全なところに行きましょうね」
母と子供たちを見送り、少年のような彼女は赤く燃える空を見上た。
不気味なほど赤い空に、たくさんのデブリが流れていく。
その向こうに、かつて見たユニウスセブンがある。
―― あれは、怒りと憎しみが凍った、悲しみの墓標…
キラの唇が小さく、かすかに動いた。
けれど彼女が何を呟いたのか、誰も知る者はなかった。
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制作裏話-PHASE6-
新旧ザフトレッドが勢ぞろいし、ユニウスセブンを巡る攻防戦が繰り広げられるPHASE6。
それと同時に、本編ではついに「真の主人公」キラ・ヤマトが登場します。
けれど逆転ではもちろん主人公は最初から最後まで、徹頭徹尾「シン・アスカ」です。なので本編では影の薄かったこのPHASEでも、シンはちゃんと物語の中心に位置しています。
アスランに対してちょっと鼻についているシンが、ルナマリアの勇み足を応援したり、イザークたちの戦いぶりに感心しながら、同時にイザークの戦法を学び取り、攻撃に生かすという「学習能力の高さ」を発揮させています。臨機応変さと学習能力の高さは、格好いい主人公としてアピール度が高いですよね。
その一方で、アスランが自らの危険をも顧みずにユニウスセブンの破砕をやり遂げようとする姿を見て、彼女が真摯で正義感に溢れた人物であると知り、感銘を受けます。シンは元々明るく屈託のない性格だったので、今もそんな素直さを持っています。
なお、この時点ではまだ隠されている「シンはPTSDによる後遺症に苦しんでいる」という片鱗が見えかけます。それを押し返す彼の強さを「怒り」で表現しています。
また、アスランが自分に何も言わずにモビルスーツに乗ったことにカガリも深く傷つきます。本編ではどうもこのへんが見えにくかったので、逆転のカガリにはもう少しわかりやすく心情を吐露してもらいました。
逆種のPHASE46で、アスランにフレイの事を聞かれて「キラの仲間」と答えたカガリに、「もしキラとフレイが恋人だったなら…」と考えさせたのは、実はこの伏線でした。
あの時、自分なら絶対に恋人を一人ぼっちにはしないと言いかけた彼が、今回アスランを一人ぼっちにしてしまったのだと気づき、それにショックを受け、後悔させたかったからです。
そしてそれが彼女のためにミネルバに残るという浅はかな判断をする根拠になっています。
こうした彼の甘さが議長に足をすくわれることになり、うっかり口車に乗ったアスランを奪われてしまうという長きに渡る断絶を生みます。
私は本編では中途半端に終わったアスランとカガリの関係を、お互いがきちんと向き合い、話をする事で修復させたかったので、逆に最初に壊したかったのです。いわば再構築の前の破壊です。
同じくアスランもまた本編以上に、許し難いテロリストが何を頼みにしているのかを知ってしまい、動揺します。父の行為を死を持って償おうとしたアスランにとって、この負い目はますます重くのしかかります。
けれど私は、本編のアスランのように「全てをリセットしてやり直す」のではなく、アスランには「今、戦えるのは自分だけだから」という使命感があったとしました。世界を守りたいという使命感の中に、キラを守り、カガリを守りたいという想いが歴然とある。だからこそ、アスランは最後まで逡巡し、議長の思い通りにならなかったとしたかったのです。結局は迷いまくったわけですが、いくらなんでも本編のアスランほどわけのわからないキャラにはしたくなかったので。
しかしそのためには、そんなにまでして守りたいカガリやキラの元を離れる事を決断させないといけない。だからこのテロリストの言葉が、彼女を深く傷つけなければなりませんでした。
少し重めの話の中で、相変わらず元気なのはイザークとディアッカです。ディアッカは私にとってSEED・DESTINYを通じて最も動かしやすいキャラなので、出てくるとホッとします。もちろん、本編より出番もセリフも増やしています。
イザークは隊長然としていますが、アスランを前にすると途端にキャンキャン吼えまくるのは昔と変わりません。ここの部分、本編ではシンは何もからみませんが、逆転ではシンがジュール隊長を知っていることを示唆し、イザークが若手の間では結構有名である事を暗示しています。
さらに、彼らが戦闘となるとめっぽう強いという印象をシンに植えつけるために、アビス、カオスを撃破させました。
なお、このPHASEの戦闘シーンはほとんど想像で書いています。
ことにアスランが決死の覚悟のサトーを出し抜く部分はほとんど創作です。大気圏突入を前に、ただでさえ腕をもがれている機体にダメージを与えるなど考えられませんが、「アスランはムチャ」なのでやりかねません。
そして再びキラです。
実は初めはキラにセリフを与えたのですが、後にもう一度書き直し、本編同様喋らせるのはやめにしました。
なお子供たちに「ついてきて」と言うのは本編ではラクスですが、逆転のラクスはこの時点では南米にいるので、キラの母のカリダにしました。
本編のニートカップルとは違い、逆転のキラはヘコみつつもちゃんと仕事をしていますし、ラクスは命を狙われながらもファクトリーとターミナル構築の資金集めに奔走しています。ことにラクスは余裕綽々に見えるので怪しさ爆発です。だからこそPHASE47でラクスが何を考えていたのか吐露させる、思い通りの展開に出来ました。
本編では出るたびに叩かれるファーストへのオマージュですが(私はこういうパロディは別に嫌いじゃないんですけど)今回はドズルの「やらせはせん」が登場です。
それに加え、私はお気に入りの0083も入れてみました。
「あれは…ザクか!連邦に下ったのか。その姿は忍びん」(ゲイリー)
この鉱山の攻防、大好きです。ガトーを無事宇宙へ送り出し、部下には投降せよ…と命じて指揮官のビッターは撃墜されるんですよね。くそー、なんで映画では削るかなぁ、ここ!クソビッチとのくだらんラブコメなぞいらんから、ここだよ!ここ入れてよ!!
逆デスでの創作設定に、タリアの「考え事をする時、親指を咬む」という癖があります。これは本編でタリアが親指を口元に運ぶシーンが多かったため印象に残ったのですが、なんとなく「癖」という事にしました。
それと同時に、本編ではついに「真の主人公」キラ・ヤマトが登場します。
けれど逆転ではもちろん主人公は最初から最後まで、徹頭徹尾「シン・アスカ」です。なので本編では影の薄かったこのPHASEでも、シンはちゃんと物語の中心に位置しています。
アスランに対してちょっと鼻についているシンが、ルナマリアの勇み足を応援したり、イザークたちの戦いぶりに感心しながら、同時にイザークの戦法を学び取り、攻撃に生かすという「学習能力の高さ」を発揮させています。臨機応変さと学習能力の高さは、格好いい主人公としてアピール度が高いですよね。
その一方で、アスランが自らの危険をも顧みずにユニウスセブンの破砕をやり遂げようとする姿を見て、彼女が真摯で正義感に溢れた人物であると知り、感銘を受けます。シンは元々明るく屈託のない性格だったので、今もそんな素直さを持っています。
なお、この時点ではまだ隠されている「シンはPTSDによる後遺症に苦しんでいる」という片鱗が見えかけます。それを押し返す彼の強さを「怒り」で表現しています。
また、アスランが自分に何も言わずにモビルスーツに乗ったことにカガリも深く傷つきます。本編ではどうもこのへんが見えにくかったので、逆転のカガリにはもう少しわかりやすく心情を吐露してもらいました。
逆種のPHASE46で、アスランにフレイの事を聞かれて「キラの仲間」と答えたカガリに、「もしキラとフレイが恋人だったなら…」と考えさせたのは、実はこの伏線でした。
あの時、自分なら絶対に恋人を一人ぼっちにはしないと言いかけた彼が、今回アスランを一人ぼっちにしてしまったのだと気づき、それにショックを受け、後悔させたかったからです。
そしてそれが彼女のためにミネルバに残るという浅はかな判断をする根拠になっています。
こうした彼の甘さが議長に足をすくわれることになり、うっかり口車に乗ったアスランを奪われてしまうという長きに渡る断絶を生みます。
私は本編では中途半端に終わったアスランとカガリの関係を、お互いがきちんと向き合い、話をする事で修復させたかったので、逆に最初に壊したかったのです。いわば再構築の前の破壊です。
同じくアスランもまた本編以上に、許し難いテロリストが何を頼みにしているのかを知ってしまい、動揺します。父の行為を死を持って償おうとしたアスランにとって、この負い目はますます重くのしかかります。
けれど私は、本編のアスランのように「全てをリセットしてやり直す」のではなく、アスランには「今、戦えるのは自分だけだから」という使命感があったとしました。世界を守りたいという使命感の中に、キラを守り、カガリを守りたいという想いが歴然とある。だからこそ、アスランは最後まで逡巡し、議長の思い通りにならなかったとしたかったのです。結局は迷いまくったわけですが、いくらなんでも本編のアスランほどわけのわからないキャラにはしたくなかったので。
しかしそのためには、そんなにまでして守りたいカガリやキラの元を離れる事を決断させないといけない。だからこのテロリストの言葉が、彼女を深く傷つけなければなりませんでした。
少し重めの話の中で、相変わらず元気なのはイザークとディアッカです。ディアッカは私にとってSEED・DESTINYを通じて最も動かしやすいキャラなので、出てくるとホッとします。もちろん、本編より出番もセリフも増やしています。
イザークは隊長然としていますが、アスランを前にすると途端にキャンキャン吼えまくるのは昔と変わりません。ここの部分、本編ではシンは何もからみませんが、逆転ではシンがジュール隊長を知っていることを示唆し、イザークが若手の間では結構有名である事を暗示しています。
さらに、彼らが戦闘となるとめっぽう強いという印象をシンに植えつけるために、アビス、カオスを撃破させました。
なお、このPHASEの戦闘シーンはほとんど想像で書いています。
ことにアスランが決死の覚悟のサトーを出し抜く部分はほとんど創作です。大気圏突入を前に、ただでさえ腕をもがれている機体にダメージを与えるなど考えられませんが、「アスランはムチャ」なのでやりかねません。
そして再びキラです。
実は初めはキラにセリフを与えたのですが、後にもう一度書き直し、本編同様喋らせるのはやめにしました。
なお子供たちに「ついてきて」と言うのは本編ではラクスですが、逆転のラクスはこの時点では南米にいるので、キラの母のカリダにしました。
本編のニートカップルとは違い、逆転のキラはヘコみつつもちゃんと仕事をしていますし、ラクスは命を狙われながらもファクトリーとターミナル構築の資金集めに奔走しています。ことにラクスは余裕綽々に見えるので怪しさ爆発です。だからこそPHASE47でラクスが何を考えていたのか吐露させる、思い通りの展開に出来ました。
本編では出るたびに叩かれるファーストへのオマージュですが(私はこういうパロディは別に嫌いじゃないんですけど)今回はドズルの「やらせはせん」が登場です。
それに加え、私はお気に入りの0083も入れてみました。
「あれは…ザクか!連邦に下ったのか。その姿は忍びん」(ゲイリー)
この鉱山の攻防、大好きです。ガトーを無事宇宙へ送り出し、部下には投降せよ…と命じて指揮官のビッターは撃墜されるんですよね。くそー、なんで映画では削るかなぁ、ここ!クソビッチとのくだらんラブコメなぞいらんから、ここだよ!ここ入れてよ!!
逆デスでの創作設定に、タリアの「考え事をする時、親指を咬む」という癖があります。これは本編でタリアが親指を口元に運ぶシーンが多かったため印象に残ったのですが、なんとなく「癖」という事にしました。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
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