機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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「ザフトの最新鋭艦ミネルバか…若もまた面倒なもので帰国される」
着艦シークエンスが響き渡る中、オノゴロのモルゲンレーテのドックでは、でっぷりと太った壮年のウナト・エマ・セイランが、ようやく戻ったカガリ・ユラ・アスハ代表の帰還を待っていた。
彼の傍には個性的な髪型の娘、ユウナ・ロマ・セイランが控えている。
「仕方ありませんわ、お父さま。カガリだってよもやこんなことになるとは思ってもいなかったでしょうし…国家元首を送り届けてくれた艦を、冷たくあしらうわけにもいかないでしょ?今は…」
彼女は含むように「今は」という言葉に力を込めた。
それを聞いて、父もふっと唇を歪めた。
「ああ、今はな」
そう、今はな…
着艦シークエンスが響き渡る中、オノゴロのモルゲンレーテのドックでは、でっぷりと太った壮年のウナト・エマ・セイランが、ようやく戻ったカガリ・ユラ・アスハ代表の帰還を待っていた。
彼の傍には個性的な髪型の娘、ユウナ・ロマ・セイランが控えている。
「仕方ありませんわ、お父さま。カガリだってよもやこんなことになるとは思ってもいなかったでしょうし…国家元首を送り届けてくれた艦を、冷たくあしらうわけにもいかないでしょ?今は…」
彼女は含むように「今は」という言葉に力を込めた。
それを聞いて、父もふっと唇を歪めた。
「ああ、今はな」
そう、今はな…
「カガリ!!」
ミネルバのハッチが開き、副長と警護兵、そして艦長が出てきた後、退艦前に包帯を取り去ったカガリとアスランがようやく姿を現した。
その途端、ユウナは走り寄って勢いよくカガリに飛びついた。
「ユウナ…!おい、こら…!」
カガリは抱きついてきた彼女から逃れようと身をよじったが、ユウナはお構いなしでカガリの首に腕を回し、頬にキスをした。
アスランは眼を逸らし、2人を視界に入れないようにする。
「よく無事で!ああ、ほんとにもう、あなたったら…心配したわ!」
「あ、ああ…すまなかったな」
カガリはうんざりしたように言った。
そんな彼らを見て、タリアは驚いていた。
アーサーも気になるらしく、見ない振りをしながらチラチラと見ている。
あまりに見すぎるのでタリアが肘鉄を食らわすと、慌てて背筋を伸ばした。
(オーブの代表が結婚してるなんて話は聞いたことがないし、あの2人は明らかに恋人同士だと思ってたけど…違うのかしら?)
タリアは自分の勘が狂ったかと、首をかしげてアスランを見た。
「これ、ユウナ!気持ちはわかるが場をわきまえなさい」
ザフトの方々が驚かれておると娘を叱責し、ウナトが進み出てきた。
カガリは助かったとばかりにユウナを振りほどき、ウナトに歩み寄る。
「お帰りなさいませ、代表。ようやく無事なお姿を拝見することができ、我らも安堵致しました」
「大事の時に不在ですまなかった。留守の間の采配、ありがたく思う」
カガリはすぐに為政者の顔に戻り、早速オーブを案じた。
「被害の状況などはどうなっている?」
「沿岸部などはだいぶ高波にやられましたが、幸いオーブに直撃はなく…」
ウナトはチラリと狡猾そうな眼でザフトの面々を見て言った。
「詳しくは、後ほど行政府にて」
ユウナは父の言葉に従ってカガリの後ろに下がっていが、目の前にいるアスランを見ると挑戦的に微笑んだ。
やがてタリアとアーサーが敬礼し、自己紹介した。
「ザフト軍ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります」
「同じく副長のアーサー・トラインであります」
「オーブ首長国連邦宰相、ウナト・エマ・セイランだ。この度は代表の帰国に尽力いただき、感謝する」
タリアはその形式ばった挨拶に、代表を巻き込んでしまった侘びと、地球が見舞われた大災害への遺憾と見舞いを伝えた。
「お心遣い、痛み入る」
ウナトはオーブ政府の感謝の意と誠意の証として、ミネルバの修理と補給を無償で行う旨を申し出た。
「ありがとうございます」
タリアは礼を述べ、ミネルバはひとまずの安息を得た。
「まずは行政府の方へ」
ミネルバへの応対が終わると、ウナトはカガリを促した。
「ご帰国早々申し訳ありませんが、ご報告せねばならぬ事も多々ございますので」
「ああ、わかっている」
カガリは頷き、それからアスランの方を振り返ろうとしたのだが、ユウナが目ざとくそれを察知し、先にアスランに声をかけた。
「ああ、あなたも本当にご苦労だったわね、アレックス」
そしてにっこり笑った。
「ありがとう。カガリを全力で守ってくれて」
アスランは誰にも聞こえないほどの小さな声で曖昧な返事をした。
「報告書はあとでいいから、あなたも休んで。じゃあね」
そう言い残すとユウナは「行きましょう」とカガリの腕を取った。
カガリはそれを嫌がって振り払い、アスランに向かって軽く手を上げた。
アスランは去っていく彼らを黙って見送った。
(これで、任務はおしまい)
アスランが息をついてミネルバを振り返ると、下船を許された兵たちの中に、シンとルナマリアがいた。ルナマリアは小さくアスランに手を振ったが、シンはチラリとアスランを見ただけですぐに歩み去ってしまった。
その後姿を見ながら、アスランは彼の言葉を思い出した。
(なんでです?そこで何をしてるんです?あなたは…)
―― 本当に、何をしているんだろう、私は…
そして、何がしたいんだろう、私は…
「でも、ほんとのところはどうするつもりなのかしらね」
その時、この一連の騒動をやや高い作業棟から見ていた人物が呟いた。
「セイランは元々大西洋連邦寄りだわ。カガリくんが戻ったところで、今のこの情勢では…」
「だろうな。とにかく、とんでもないことになったもんだよ。全く」
もう1人が答え、やれやれとため息をついた。
やがてエリカ・シモンズが2人を呼び、作業開始を告げた。
「なんだと?大西洋連邦との新たなる同盟条約の締結!?」
行政府で各地の被害状況の報告を受けていたカガリは、災害後に提唱された大西洋連邦からの条約の内容について驚きの声をあげた。
「一体何を言ってるんだ、こんな時に。今は被災地への救援、救助こそが急務のはずだろう!」
「こんな時だからこそですよ、代表」
首長の1人、タツキ・マシマが落ち着き払って言う。
「それに、これは大西洋連邦とのではありません。呼びかけは確かに大西洋連邦から行われておりますが、それは地球上のあらゆる国家に対してです」
「何のための条約だ!今そんなものを締結する必要がどこにある?」
カガリはその裏にある連邦の思惑をこそ読み取るべきだと主張した。
「皆が協力して被災地への救援を行うにあたって、軍事的・防衛的約定を盛り込む必要など全くないではないか」
しかし政治家としてのキャリアは一枚も二枚も上のマシマはひるまない。
「約定の中には無論、被災地への救助、救援も盛り込まれております。これはむしろそういった活動を効率よく行えるよう結ぼうというものです」
「それならやはり軍事的・防衛的約定など必要ない!だがこれは…」
カガリは怒りのあまり紙ベースの約定を机にぶちまけてドンと叩いた。
「むしろそれが主眼ではないか!戦争をしているわけじゃないんだぞ!」
カガリの意見に、尤もだと頷く者もいないわけではないのだが、ほとんどの首長はやれやれ、また始まったと苦笑まじりの表情だ。
ここに来るまでの間にもはや幾度も議論が重ねられ、あとは青臭い意見しか言わないカガリを手なずけるだけと誰もが思っているのだ。
ウナトがため息をつき、額に手を当てて首を振りながら言う。
「ずっとザフトの艦に乗っておられた代表には、今一つ御理解頂けてないのかもしれませんが…」
遠まわしに、大事な時にいなかった彼を非難しつつ、テロを起こした「コーディネイター」と行動を共にしていた事をチクリと責めている。
「地球がこうむった被害はそれはひどいものです。そしてこれだ」
彼は補佐官に合図し、テレビを点けさせた。
そこには連日流される被災地の酷い有様と、落とされる前のユニウスセブンとジン・ハイマニューバ2型、ザクやゲイツRなどザフトの機体が映っていた。
カガリはそれを見て、驚きのあまりひゅっと息を呑んだ。
「我ら…つまり地球に住む者たちは皆、既にこれを知っております」
恐れていたことが現実となってカガリの眼の前につきつけられた。
「こんな…こんなものが…一体なぜ…?」
上ずった声をあげたカガリに、ユウナが手で映像を示しながら答えた。
「大西洋連邦から出た情報です。ですが、プラントも既にこれは真実だと大筋で認めています。代表も御存知だったようですわね?」
カガリがぐっと言葉に詰まる。
知れ渡るにしてももう少し事態が落ち着いてからだと思っていた。
(やはり、あのボギーワンは地球軍か)
カガリはまるでザクとジンが共闘しているように見える映像を睨みつけた。
「…だが、あれは…ほんの一部のテロリストの仕業で…」
明らかに声がトーンダウンしていくのが自分でもわかった。
「プラントは…事態を知ったデュランダル議長やミネルバのクルーは、その破砕作業に全力を挙げてくれたのだ。だからこそ地球は…」
「それもわかっています。でも実際に被災し、苦しんでいる何千万の人々に、それが言えるのですか?代表は…」
ユウナが畳み掛けてくる。
「あなた方はひどい目に遭ったが、地球は無事だったんだからそれで許せと?」
「そんなことは…」
カガリはギリッと唇を噛んだ。
あの時怒鳴ったシンや、アスランの懸念が、今まさに現実となっている。
それをきちんと伝えねばならないと、伝えることでプラントは敵ではないと訴えたかったが、この被災状況では自分のその声は人々の心に届くまい。
(甘かったのか…俺は…アスランやシンよりずっと…)
カガリは悲惨極まりない被災地の映像に眼を落とした。
家を失い、家族を亡くした男が、コーディネイターは自分たちを皆殺しにするつもりだったんだと叫ぶ。怪我をした子供を抱く女性が泣き叫んだ。
「許せないわ、あいつら!」
「息子が見つからないんです」とレスキュー隊に訴えながら、幽鬼のように彷徨う老婆が映る。ボロボロの人形を抱き締めながら、「ママ、ママ」と泣き叫ぶ小さな女の子。毛布に包まり、冷え切った炊き出しを食べながらコーディネイターは俺たちを猿くらいにしか思っちゃいねぇよと呟けば、そばにいた男たちもその通りだ、奴らがいるからこんな事が起きたと叫ぶ。
精神的に追い詰められた女性が頭を抱え、いやいやいやと泣き叫ぶ。
救援物資を配る兵士たちに、プラントを倒してくれと頼む人がいる。
「平和を!」「安寧を!」
そう叫びながら、やがて彼らはそのためには空の化物を駆逐すべきだと叫びだす。
同じ痛みを!同じ苦しみを与えるべきだ!奴らを滅ぼせ!手を取り合うなど所詮は夢に過ぎない。安心して生きられる大地を、我らの地球を取り戻すため…
「青き清浄なる世界のために!」
シンは少年時代から見慣れた局のチャンネルにあわせ、オーブの被害状況や地球上の被災地の様子を見つめていた。
救援活動によって団結した人々の姿があるかと思えば、政府に対し反コーディネイターの姿勢を取るよう訴えるデモも起き始めている。
反面、プラントが大量の医療品や食料、必要物資を被災地に提供し、人的派遣を積極的に行っていることも報道されている。配られるパンが地球製だろうがプラント製だろうが苦しむ人には何の関係もないのだが、「コーディネイターのマッチポンプだ」と揶揄し、批判する声も多い。
反コーディネイター色は、日を追うごとに目に見えて強まっていった。
照明を落とした部屋で、頬杖をついたシンはため息をついた。
(彼らの怒りは、じきに俺たちに向かってくるだろう)
まるでザフトがユニウスセブンを動かし、落としたかのように見えるあんな都合のいい映像を繰り返し繰り返し流されれば、ナチュラルはそのうち必ず、再びコーディネイターに強い憎しみを抱き始める。
(傷ついた人々には怒りをぶつける相手が必要なんだ…きっと)
そこまで思って、シンはふと思い出した。
「怒りを…ぶつける相手…?」
俺にとってはあいつだったのだろうか…彼の脳裏に金髪の若い男の姿が浮かんだその時、突然、父と母、妹マユの変わり果てた姿が蘇った。
眼の前の画面で親を求めて泣いている子供があの時の自分に重なった。
激しい動悸と震え、脂汗が襲い、シンは押さえ込もうと体を丸めた。
呼吸が出来ず苦しいが、落ち着け、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
(やめろ、やめてくれ…もう行ってくれ…!)
シンは未だにこうして襲ってくるフラッシュバックの苦痛に耐えた。
やがてその波が去り、シンはようやく息をついた。
再び画面からの音声が耳に届き始める。被災地の様子から、識者たちが今後のプラントと地球各国や連合との関係や交渉について議論していた。
彼らの意見はどれも暗く、予断を許さないものばかりだった。
(じきに、戦いが始まるだろう)
シンはボトルを手に取って一気に水を飲み、袖口で口を拭った。
―― そうなれば、俺はプラントを守るために戦うだけだ。
あの時、無力さに苛まれた幼い自分はもういない。
地面を叩き、理不尽な運命への怒りに吠えたあの時の自分は、もう…シンは拳を握り締めた。
モニターを切り替えると、そこに「力」があった。
ZGMF-X56S…堂々とした機体が映し出されてくるくると廻る。
(今の俺にはこの力が…インパルスがある)
国に見捨てられた俺のような人間を、俺は守ると決めたんだ。
指で画像を流すと、続けてシルエットを換装したインパルスが映る。
ソード、ブラスト、フォース…そして最後にコアスプレンダーが現れた。
何としても手に入れたかった現ザフト最高の「力」に、シンは満足だった。
オーブが同盟条約を締結するのかどうか、ニュースは繰り返し伝えている。
行政府に入る首長たちが、群がる記者に「それをこれから検討する」「まだ何も決まっておらん」「あとで発表する」と答えている。
だが見知った顔が出てくることはなく、シンはこの国の未来になど何の興味もなさそうにスイッチをオフにした。
「今これを見せられ、怒らぬ者などこの地上にいるはずもありません」
ウナトがどっかりと椅子に座り、手を組んで語った。
「幸いにしてオーブの被害は少ないが、だからこそなお、我らはより慎重であらねばならんのです」
彼は鋭い眼光でカガリを見つめながら、取るべき道は一つなのだと諭す。
会議室はどよめきに包まれ、今すぐ締結をと叫ぶ者、せめて有利な条件を申し入れるべきと慎重論を説く者、「国民の総意はどうなのだ」と中道を説く者、様々な意見がカガリの耳に入る。カガリは顔の前で手を組みながら考えていた。
同盟を結べば連合と一蓮托生…プラントへの制裁、ましてや最悪、戦争などになれば、オーブもそれに縛られて軍を出すことになる。
―― どうあっても世界を二分したいか、大西洋連邦は!敵か味方かと!
―― その理念と法を捨て、命じられるままに与えられた敵と戦う国となるのか!
(親父…)
カガリは眉をひそめ、眼を閉じた。
そして同時に、自分に怒りをぶつけてきた赤い瞳の兵士を思い出す。
―― 俺の家族は、アスハに殺されたんだ!
怒りのこもった声が、耳から離れない。
「理念も大事ですが、我らは今、誰と痛みを分かち合わねばならぬのか。代表にもそのことを充分お考えいただかねば」
ウナトがカガリを促し、他の首長たちに目配せをする。
決断の時まで、もうあまり時間はなかった。
「艦体の方はモルゲンレーテに任せて大丈夫でしょう。でも、艦内は全てあなたたちでね」
活気に溢れたモルゲンレーテのドックでは、タリアが艦の修理についてマッド・エイブス率いる整備班と打ち合わせをしていた。
「資材や機器を貸してくれるということだから、ちょっと入念に頼むわ」
かつて同じようにここで修理と補給を受けた艦のように、整備兵の性なのか整ったドックや資材を見て張り切るエイブスたちは、早速作業にかかった。
それを見てアーサーが戸惑い気味に苦言を呈した。
「補給はともかく、艦の修理などはカーペンタリアに入ってからの方がよいのではないかと、自分は思いますが…」
タリアは「そうね、それももっともな意見だわ」と頷いた。
「一応日誌にも残しましょうか?副長はちゃんと責務を果たしたって」
「いえぇ!そんな…」
アーサーは滅相もないと首を振った。
タリアは人がよく、どこか憎めないこの男が嫌いではない。
育ちがよすぎて、少しおっとり刀過ぎるところはあるけれど。
「でも機密よりは艦の安全…ですものね、やっぱり」
その時、先ほど作業棟でミネルバの様子を窺っていた1人が声をかけた。
「艦…戦闘艦は特に、常に信頼できる状態でないとお辛いでしょ?」
タリアはその人物に不審そうな眼を向け、「どなた?」と聞いた。
そこにはふっくらと優しげな微笑をたたえた作業着姿の女性がいた。
「失礼しました。モルゲンレーテ造船課Bのマリア・ベルネスです。こちらの作業を担当させていただきます」
マリュー・ラミアス…マリア・ベルネスと名乗った彼女は、深々とお辞儀をした。
彼女を乗せたカートを運転してきたのはコジロー・マードック。
先ほどマリューと話していたのは砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドだ。
「艦長のタリア・グラディスよ。よろしく」
もちろんそんな事は微塵も知らないタリアは手を差し出し、2人は握手を交わす。
マリューはアーサーにもよろしく、とにっこり微笑んだ。
アーサーは魅惑的なボディのとびきりの美人の登場に浮き足立ち、タリアはそんな彼の腕を思いっきりつねりあげて制裁を加えた。
「ミネルバは進水式前の艦だと聞きましたが、なんだか既に、大分歴戦という感じですわね」
デブリと小惑星に削られた外装は、その後の大気圏突入で融解し、さらに悲惨な事になっている。ミサイル発射管も随分潰されていた。
マリューはかつて同じく処女航海で激しい戦闘に巻き込まれ、ミネルバ以上に過酷な状況を乗り切って生還した、愛すべき母艦を思い出し、ふっと笑った。
「ええ、残念ながらね」
いつも落ち着いているタリアが、珍しく肩をすくめておどけたように言う。
「私もまさかこんなことになるとは思ってもなかったけど…ま、仕方ないわよね。こうなっちゃったんだから」
タリアもまた、オーブの置かれている状況が悪化している事は知っている。
ザフト艦がここにいるだけで突き上げも激しくなるかもしれない。
あの若者にはまだ、デュランダルのような見事な舵の取り回しはできまい。
艦と乗員の安全を守る責務を思うと、さしもの彼女もぼやきたくなる。
「いつだってそうだけど、まぁ、先のことはわからないわ。今は…特にって感じだけど」
すると、マリア・ベルネスが「私たちも同じです」と言った。
「やっぱり先のことはわかりませんので、私たちも今は、今思って信じた事をするしかないですから…これが正しいと思ったら、やり抜くしかないでしょ?」
タリアは、少し驚いたように彼女を見た。
眼の前の女に、危険を承知の上で、降下しながらユニウスセブンを砕くと決めた自分に似た「匂い」が感じられたような気がしたからだ。
「あとで間違いだとわかったら、その時はその時で、泣いて、怒って…そしたらまた次を考えます」
タリアはぷっと笑った。
「先がわかればそんなバカなこと…とも思えるけど、今は見えないんですもの。後になって間違いだってわかったら、もうそうするしかないわよね」
2人はさざめくように笑った。
アスランは海岸沿いの道を飛ばしていた。
被災から数日が過ぎた今、被害の少なかったオーブではようやくどんよりとした空が晴れかかって煙った太陽が顔を覗かせ始めていた。
マルキオ導師や子供たちの家は高波にさらわれて全壊したため、皆、カガリが用意したもう一つの屋敷にいると聞いている。
キラ・ヤマト…アスランは竹馬の友を訪ねるところだった。
「あ、アスラン!」
「違うよぉ、アレックス!」
駐車場に車を止めると、わらわらと子供たちが集まってきた。
子供たちと遊んでいたキラがアスランに気づいて手を振る。
「アスラン」
「家が流されて、こっちに来てるって聞いたから。大丈夫だった?」
子供たちがわいわいと「お家がなくなった」「おもちゃがなくなったよ」と訴えたが、幸い怪我人は一人もなく、導師も元気だと聞いてほっとする。
キラは母カリダに子供たちを頼むと、アスランを家の中に案内した。
「カガリは?」
「行政府。仕事が山積みよ、きっと」
「大変だね、オーブも色々…」
アスランは久々に会うキラが変わっていないことにほっとする。
キラはいつもと変わらぬ優しそうな表情で、「プラントはどうだったの?」と聞いた。
「…あの落下の真相は、もうみんな知ってるんでしょう?」
アスランの問いかけに少しためらった後、彼女は「うん」と頷いた。
毎日いやというほど流される映像は、人々を煽るばかりだ。
「皆深く傷ついてるから…今は誰かを恨みたいんだよ、きっと」
アスランもまた、重苦しい表情で言った。
「連中の一人が、言ったわ」
キラが出してくれたマグカップを両手で包みこむ。
「討たれた者たちの嘆きを忘れて、なぜ、討った者たちと偽りの世界で笑うんだ、おまえらは…って」
それを聞いてキラは表情を曇らせた。
「…戦ったの?」
「ユニウスセブンの破砕作業に出たら、彼らがいたのよ」
刃を交え、その主張を聞いて、このままでいいのかと迷っている。
「あの時、私、聞いたわね…やっぱりこのオーブで」
キラはアスランを見つめた。
「私たちは、本当は何とどう戦わなきゃならなかったの?って」
「うん」
「そうしたら、あなたは言ったわね。みんなで一緒に探せばいいって」
キラはディアッカとアスランに一緒に行こうと言った事を思い出す。
「…うん」
「でも、やっぱりまだ、見つからない…」
暗い表情のアスランを見て、キラは困ったように微笑んだ。
「守りたいものを守るため…じゃ、ダメなの?」
―― アスランには、大切な人がいるでしょう?
けれどアスランはかぶりを振った。
「私はあの頃、プラントを守りたいと思って戦ってたのよ」
でも、あなたと出会って、戦って…そんなの間違いだって思って…
(守る事の難しさを知った。そしてその言葉が持つ危うさも)
アスランはもう一度キラに問いかけた。
「今、私たちは何と戦うべきなの?テロリスト?プラント?地球軍?」
「アスラン…」
「見つからないの。答えが」
アスランはため息をつき、キラはそんなアスランを見つめていた。
やがて夕食の時間になると、治療に行っていたラクスが帰宅した。
彼はキラにしたようにアスランを軽く抱き締めて再会を喜んだ。
ラクスにとって親しい者とのキスやハグは日常的な挨拶に過ぎないのでアスランは慣れっこなのだが、そんな彼らを見たキラは呆れたように、「2人とも、またカガリに怒られるよ」と笑った。
前大戦末期にバルトフェルドが懸念したように、終戦以降、ラクスはひとところに長く滞在することができなくなっていた。穏健派を開放するために利用した過激派が、約束を反故にした彼を執拗につけ狙っているからだ。
ダコスタが控えているとはいえ、中立国でいざこざを起こさぬよう、ラクスはオーブにはいつも短期間の滞在しかしない。カガリが自分が私財で警護を行うからと言っても、ラクスは丁重に断っていた。
彼には大きな目的があった。
プラント、ザフトに残るクライン派をより強固な組織にまとめあげ、さらにスカンジナビアやジャンク屋、星間流通商会などの協力を得て、情報収集の要「ターミナル」と、兵装工廠「ファクトリー」を立ち上げる事だ。
その莫大な資金援助を得るため、危険な闇組織との交渉も辞さず、世界中、時には密かにプラントにまで足を伸ばして飛び回っている。
オーブに戻るのはほとんどが治療のためで、それも長くて2週間程度だった。
アスランもキラも不思議がり、ラクスに「なぜそんな事を続けるのか」と聞いた。
キラは時に、昔カガリに聞いた事のある質問を投げかけた。
「ラクスは、戦いたいの?」
ラクスはにっこり笑って答えた。
「僕は、戦いたいわけじゃない」
キラがその答えにいぶかしむような表情を見せると、ラクスはキラの柔らかい髪を手で梳きながら優しく言った。
―― ただ、いつでも闘えるようにしておくだけだよ…
ナチュラルとコーディネイターの溝は決して埋まる事はない。
それはまさに「調整」し、保つ努力をしていくべきものであり、今はまだその過程のほんの始まりに過ぎないと彼は思っていた。
もしひと時の平穏を破ろうとする者が現れれば、それは簡単に瓦解する。
その時、その力に抗う術がない者は沈黙し、屈するしかないのだとも。
ラクスは窓の向こうの夜空に視線を送り、それからポツリと呟いた。
「世界はまだ、とても不安定だからね」
終戦後、プラントの象徴であり、停戦の立役者でもある「悲劇の英雄」の登壇を願う声も当然ながら多かったが、何しろそんな事情で彼が行方をくらましたため、プラントでは「ラクス・クライン」は半ば伝説化している。
病が悪化して床に臥しているとか、時には死亡説まで流れる始末だったが、巷の情報が錯綜している方が何かと動きやすいと放置しているのだ。
昔からアスランが大好きだったカリダお手製のロールキャベツが供され、子供たちと一緒に和やかな夕食が始まった。キラも母に教わって料理を手伝っていた。
ボーイッシュな格好や振舞いを好むわりに、キラは意外にまめまめしく家事をこなす。
逆にアスランはその非常に女性らしい外見とは裏腹に、そういった事にはさっぱり無頓着で、放っておくと何日も携帯機能食で過ごしたりする。
最低限必要な栄養が摂れればいいと味気ないことを言う彼女に呆れ、キラとカガリは「次はきっと全自動調理器を作るつもりだぞ」と笑った。
そんな風に皆で楽しく過ごした日々が、今は遠い過去に思えた。
「ラクス、今回はどこへ行ってたの?」
アスランが尋ねると、ラクスは南アメリカ合衆国だと答えた。
昔から大西洋連邦と反目しているがゆえに、親プラント派が多い南アメリカで、薬物売買を生業とする怪しげな組織と接触しながら、長い時間をかけて資金援助の約束を取りつけてきた。
「これでようやくファクトリーの機能も全面的に運用可能になるよ」
しかしその激務がラクスの体を疲弊させ、治療のためしばらくオーブに戻ろうと決めた矢先に、今回のユニウスセブンのテロが起きたのだ。
「ジン・ハイマニューバ2型とフレアモーターか」
アスランが持ってきたオーブのプレス用公式資料に、ラクスは興味深そうに目を通した。
「テロリストが、偽装のために乗っていたんじゃないんだね?」
アスランは苦々しい表情で頷いた。
彼らは確かに元ザフト兵であり、パトリック・ザラの信奉者であり、ナチュラルへの明確な殺意を持っていた。
「ジンは、脱走した時に乗っていたままだったから…とか?」
「機体のロストデータを調べたけど、それらしいものはなかったわ」
片付け物をしながらキラが口を挟んだが、アスランは否定した。
「強奪、インパルス、ミネルバ、議長、ユニウスセブン、ジン」
本当にうまい具合に揃ってたねぇとラクスは楽しそうに笑った。
けれど彼の青く美しい眼は、ひそりとも笑ってはいなかった。
バタバタと足音が聞こえてきたので、アスランはコーヒーカップを持ったまま、サンルームに飛び込んできたカガリを見て微笑んだ。
「アスラン!」
「おはよう」
昨夜、アスランがキラとラクスに別れを告げて遅くに屋敷に戻っても、カガリはまだ帰ってきていなかった。
「昨日は悪かった。あの後もずっと行政府で…」
まだ帰国したばかりなのに、寝不足と疲れでやつれた顔が痛々しい。
「今日も朝からずっと閣議になるから、ゆっくり話もしていられないんだが…」
「いいわ、わかってる。気にしないで」
アスランは気まずそうに言い訳をするカガリを思いやった。
「それより、どう?オーブ政府の状況は」
質問をしてみたものの、カガリの表情を見れば思わしくないとわかる。
カガリは傾いてしまった同盟論に、必死に一石を投じようとしている。
「確かに、オーブとて全く被害がなかったわけじゃない…でも、痛みをわかち合うっていうのは、報復を叫ぶ人と一緒になってプラントを憎み、糾弾する事じゃないはずだ」
カガリは拳で自分の額をとんとんと叩きながら考え込んだ。
(このままじゃ、またあの時と同じになる…それだけは避けなきゃ)
物思いに沈んだカガリを見て、アスランは黙ってコーヒーを口に運んだ。
その頃、修理と補給が進むミネルバでは上陸許可が出ていた。
マリア・ベルネスとすっかり意気投合したタリアは仲良くお茶を飲んでいる。
ヨウランとヴィーノはルナマリアを誘い、あっさり断られてしょげていた。
「こうなったらオーブの女の子をナンパしようぜ!」
アスランがいなくなったことで少し落胆していたメイリンを連れて、男3人は意気揚々と街に繰り出した。
一方シンはベッドに寝転がり、マユの携帯を開けたり閉めたりしていた。
ルナマリアが「上陸しようよ」と誘いに来たのだが、気が乗らないと断った。
そこに同室のレイが戻ってきたが、シンが残っていたので少し驚いたようだ。
「上陸したかったんじゃないのか?」
レイは制服を脱ぎながら聞いた。
上陸許可が下りる前、シンはレイに「許可、出るかな」と尋ねていたからだ。
「出たろ?許可」
「…ああ」
レイはシンのそんな様子を見て、それ以上何も言わず、シャワー室に向かった。
シンはあれ以来、オーブにはもう2年以上帰って来ていない。
あの日を境に別れたままのクラスメイトや近所の友達を思い出したが、シンはその温かくて切ない思い出を振り払った。
(こんな国に、上陸なんかしたくない)
シンは寝返りを打ち、壁の方を向いた。
―― けれどここには家族が…マユが眠っている…
シンは黙って妹の携帯電話を耳元に当てた。
その途端、忘れたい過去が、忘れたくない過去がシンの耳に入ってくる。
シンはしばらく寝転がったままだったが、やがて勢いよく起き上がった。
レイがシャワーから戻ると、部屋にはもう誰もいなかった。
「私…プラントに行ってくる」
朝食が終わると、アスランは意を決したようにカガリに告げた。
カガリは驚き「なんで…どうしてだよ!?」と立ち上がった。
「オーブがこんな時に悪いんだけど…私ももう、一人ここでのうのうとしているわけにはいかないわ」
アスランは地球がここまでプラント非難に傾いている今、それを受け止めるプラントの情勢が気になるのだと言う。
「デュランダル議長なら、よもや最悪の道を進んだりはしないと思うけど…でも、ああやって未だに父に…父の言葉に踊らされている人もいるんだもの」
パトリック・ザラへの信奉が今回の件を引き起こした原因の一つなら、アスランにとってそれは耐え難い事だろう。
彼女の贖罪は終わっていない。
むしろ進んでそれを背負おうとしている。
カガリはじっとアスランを見つめた。
「議長と話して、私が…私でも何か手伝えることがあるなら…アスラン・ザラとしてでもアレックスとしてでも…」
アレックス・ディノ…アスランはその名を反芻する。
名が偽りなら、その存在もまた偽りなのかと議長は言ったが、こうしてプラントに行くと決めた自分は、決して偽りの存在ではないと思えた。
「もう…決めてるんだろ」
カガリは一抹の寂しさを覚えながらも、止められないと思った。
(こいつが悩み苦しんでいた時、俺はそれを支えられなかった)
アスランは頷いて続ける。
「このままプラントと地球がいがみ合うことになってしまったら、私たちは一体今まで何をしてきたのか、わからなくなってしまう」
―― だから、行くわ…
ジャスティスを置いて父に会いに行くと言ったあの時のように、アスランの決意は決して変わらないだろう。
カガリは少し黙り込み、やがて「そうか」と呟いた。
(俺は、いつかおまえがそう言う時をずっと待ってた気がする)
プラントに居場所のないアスランを連れてオーブに来たあの日から、彼女がいつも遠慮がちで、一歩下がってしまっている事は感じていた。
―― 所在のないおまえに、俺は…居場所を与えてやれなかったのかな…
カガリは少し寂しそうに笑い、そして言った。
「行ってこい。プラントはおまえの故郷でもあるんだから」
アスランはそれを聞いて、安堵したように微笑んだ。
出発は早い方がいいという希望を聞き、カガリはすぐにシャトルを手配した。
心のどこかで、早くしないと自分自身の決心も鈍ると囁く声が聞こえた。
「おまえの立場は俺直属の特使という事にしてある」
小さな荷物を持ったアスランに、カガリはIDカードを渡した。
「議長との会見も、到着までには整えさせておくよ」
「ありがとう」
「アレックス・ディノ」と書かれたカードをしまい、アスランは礼を述べた。
そしてそのまま屋敷の裏手のヘリポートに向かいかけたが、急に足を止め、ポーチで見送っているカガリのところまでおずおずと戻ってきた。
「…カガリ」
「なんだ?」
アスランはうつむき加減にぼそぼそと話し始めた。
「ユウナ・ロマとのことは…わかってはいるけど…」
ユウナ・ロマ・セイランは、カガリが代表になった頃から、自分は「小さい頃、ウズミ様からカガリと結婚させると言われた」と主張し、「自称」許婚者を名乗っている。
ウナト・エマもこれは願ってもないと大乗り気で、「正式なものではないのだが」と言いつつも、あちこちで2人は「実は許婚だ」と吹聴していた。
身分や地位が釣り合う相手としてふさわしい事が、カガリにとっては迷惑な「既成事実」になりつつあった。
カガリは5歳近く年上の彼女をあからさまに嫌がっているのだが、アスランとしては目の前でベタベタされたり、公式の席であたかも正式なパートナーの如く振舞われるのはさすがに面白くない。
自然、彼らの関係を誤解する人がいるのも面白くない。
(なら、カガリの傍を離れなければいい)
そう思う自分も確かにいる。
ましてや今、キサカが遠征任務に就き、侍女のマーナも突然暇を願い出て、カガリの周りに昔からいた人がいなくなってしまっているのだ。
それらの要素が、ここまで来てアスランを少しだけ迷わせた。
「あの…彼女とは…」
カガリは、口ごもって下を向くアスランを面白そうに覗き込んでいた。
アスランはこれまでこの件について自分を責めることもなく、それどころか、もしや嫉妬など全くしていないのでは?と思うくらい感情を表さなかった。
だからカガリは初めて見る彼女の様子に驚き、少し嬉しくもあった。
いつもラクスとアスランの仲のよさにハラハラしては、キラやマリュー、バルトフェルドに笑われ、からかわれるのは自分の役回りだったからだ。
(こいつのこんな珍しい顔が見られるなら…ってのは、不謹慎かな)
そしてポケットを探り、いつも持っているそれを確かめた。
「おまえ、俺が信用できないのか?」
「そういうわけじゃ…」
アスランが顔を上げると、カガリは突然アスランの左手を掴んだ。
それから、彼女のほっそりした薬指に指輪をはめた。
驚いた彼女がそれを見て、見る見る赤くなる。
「こっ…こういうっ…指輪の渡し方って…ないんじゃないの!?」
「そうか?」
カガリはいつもと変わりなく頭を掻きながら笑った。
「いいだろ、別に」
あまりにもあっけらかんとした様子に、アスランはつい笑ってしまう。
昔から彼のこの大らかであけっぴろげな明るさが、彼女の心を掴んで離さない。
(本当は、帰ってきたら渡そうと思ってたけど…早いか遅いかだ)
カガリは赤くなったままくすくす笑っているアスランを抱き寄せると、キスをした。
「気をつけてな…あと、絶対ムチャはするなよ?」
アスランは彼の腕の心地よいぬくもりに包まれて「うん」と頷く。
プラントに行くという選択をした事を後悔したくはないが、このままカガリの傍にいたいという気持ちも彼女の心を苛む。
やがて想いを振り払うように、アスランはカガリの腕を押しやった。
「カガリも…頑張って」
こうして2人の道は分かれ、世界もまた、二つに分かれようとしていた。
オーブ危機の際、激戦地となったイザナギ海岸にはモニュメントが立っていた。
シンはしばらくそれを眺めていたが、ゆっくり近づいていく。
(ここから、あの軍港が見える)
移送船が停まってて、俺たちはあそこを目指して走っていた…
あの岬の崖の向こうを、家族4人で…
思い出と共にまたフラッシュバックが始まりかけ、シンは頭を振った。
ふと見ると、自分と同じようにそこに立ち尽くしている人がいた。
「慰霊碑…ですか?」
シンはゆっくりと歩み寄ると、その人の顔すら見ずに聞いた。
「うん…そうみたいだね。よくは知らないんだ」
(…女の…子?)
声を聞いて、小柄な少年と思った相手が女だったと知り、シンは改めて彼女を見た。薄い茶色の短い髪が風になびき、煙ったような紫色の瞳がとても綺麗な、可愛い人だった。
彼女は花畑の中に立つゲートのような形のモニュメントと、慰霊の言葉が刻まれた四角い慰霊碑を眺めながら答えた。
「私も、ここへは初めてだから…自分でちゃんと来るのは」
会話が途切れると2人は黙り込み、辺りには風と波の音だけが響いた。
(あの時、私はここで戦った。ダガーや、新型の3機と)
フリーダムで縦横無尽に大空を駆け、味方してくれたアスランと協力して何機もの敵を撃破した。レイダーと撃ち合い、カラミティの砲撃を避け、フォビドゥンのフレスベルグに手を焼きながら、ディアッカのバスター、フラガのストライク、アサギたちアストレイ部隊と共に戦ったのだ。
(あの時はただ、オーブを守りたくて…カガリを援けたくて…)
しかしオーブは焼かれ、堕ち、占領されて苦難の道を歩んで復活した。
表面上はすっかりよくなったように見えても、見えない傷は残っている。
それが今また苦渋の選択を迫られ、再び血を噴き出しているのだ。
「…せっかく花が咲いたのに、波をかぶったから、また枯れちゃうね」
キラはしおれ始めている花を見て言った。そして初めて彼を見た。
彼は、漆黒の髪と真っ白な肌が印象的な精悍な青年だった。
けれど最もインパクトがあるのは、ルビーのような赤い瞳だ。
「…ごまかせないってことかも」
シンは暗い表情のまま言った。
「え?」
「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす」
(大切に育まれた命も、塵のように消えて何も残らない)
シンは重苦しい痛みと共に、二度と戻らない日々を思い出した。
愛する家族と、楽しかった少年時代。友達と過ごしたあの時。
泣いたこと、笑ったこと、怒ったこと…オーブには全てがあった。
(失ったものは、埋め合わせられない…どんなものでも)
「きみ…?」
キラは、ひどく哀しそうな眼をした彼に声をかけた。
シンははっとして、不思議そうに見ている彼女に向き直った。
「すいません、変なこと言って」
ペコリと頭を下げると、シンは慌てて立ち去った。
(何言ってんだ、俺…あんな見ず知らずの女の子に)
シンは照れ隠しのように鼻をこすり、そして少し離れたところからもう一度イザナギ海岸を見た。人影はもうどこにも見えなかった。
(俺はもう、オーブには二度と来ないだろう…もう二度と…)
そう思いながら、シンは足早に帰路についた。
「そんなバカな!何かの間違いだ、それは…」
行政府では連邦からの通達にカガリが驚いていた。
「いえ、間違いではございません」
ウナトが告げ、そのあとを娘のユウナが引き取った。
「先ほど大西洋連邦、ならびにユーラシアをはじめとする連合国は、以下の要求が受け入れられない場合は、プラントを地球人類に対する、極めて悪質な敵性国家とし、これを武力をもって排除するも辞さないとの共同声明を出しました」
カガリは、人類が選んだあまりにも安直で愚かな道に絶句した。
ミネルバのハッチが開き、副長と警護兵、そして艦長が出てきた後、退艦前に包帯を取り去ったカガリとアスランがようやく姿を現した。
その途端、ユウナは走り寄って勢いよくカガリに飛びついた。
「ユウナ…!おい、こら…!」
カガリは抱きついてきた彼女から逃れようと身をよじったが、ユウナはお構いなしでカガリの首に腕を回し、頬にキスをした。
アスランは眼を逸らし、2人を視界に入れないようにする。
「よく無事で!ああ、ほんとにもう、あなたったら…心配したわ!」
「あ、ああ…すまなかったな」
カガリはうんざりしたように言った。
そんな彼らを見て、タリアは驚いていた。
アーサーも気になるらしく、見ない振りをしながらチラチラと見ている。
あまりに見すぎるのでタリアが肘鉄を食らわすと、慌てて背筋を伸ばした。
(オーブの代表が結婚してるなんて話は聞いたことがないし、あの2人は明らかに恋人同士だと思ってたけど…違うのかしら?)
タリアは自分の勘が狂ったかと、首をかしげてアスランを見た。
「これ、ユウナ!気持ちはわかるが場をわきまえなさい」
ザフトの方々が驚かれておると娘を叱責し、ウナトが進み出てきた。
カガリは助かったとばかりにユウナを振りほどき、ウナトに歩み寄る。
「お帰りなさいませ、代表。ようやく無事なお姿を拝見することができ、我らも安堵致しました」
「大事の時に不在ですまなかった。留守の間の采配、ありがたく思う」
カガリはすぐに為政者の顔に戻り、早速オーブを案じた。
「被害の状況などはどうなっている?」
「沿岸部などはだいぶ高波にやられましたが、幸いオーブに直撃はなく…」
ウナトはチラリと狡猾そうな眼でザフトの面々を見て言った。
「詳しくは、後ほど行政府にて」
ユウナは父の言葉に従ってカガリの後ろに下がっていが、目の前にいるアスランを見ると挑戦的に微笑んだ。
やがてタリアとアーサーが敬礼し、自己紹介した。
「ザフト軍ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります」
「同じく副長のアーサー・トラインであります」
「オーブ首長国連邦宰相、ウナト・エマ・セイランだ。この度は代表の帰国に尽力いただき、感謝する」
タリアはその形式ばった挨拶に、代表を巻き込んでしまった侘びと、地球が見舞われた大災害への遺憾と見舞いを伝えた。
「お心遣い、痛み入る」
ウナトはオーブ政府の感謝の意と誠意の証として、ミネルバの修理と補給を無償で行う旨を申し出た。
「ありがとうございます」
タリアは礼を述べ、ミネルバはひとまずの安息を得た。
「まずは行政府の方へ」
ミネルバへの応対が終わると、ウナトはカガリを促した。
「ご帰国早々申し訳ありませんが、ご報告せねばならぬ事も多々ございますので」
「ああ、わかっている」
カガリは頷き、それからアスランの方を振り返ろうとしたのだが、ユウナが目ざとくそれを察知し、先にアスランに声をかけた。
「ああ、あなたも本当にご苦労だったわね、アレックス」
そしてにっこり笑った。
「ありがとう。カガリを全力で守ってくれて」
アスランは誰にも聞こえないほどの小さな声で曖昧な返事をした。
「報告書はあとでいいから、あなたも休んで。じゃあね」
そう言い残すとユウナは「行きましょう」とカガリの腕を取った。
カガリはそれを嫌がって振り払い、アスランに向かって軽く手を上げた。
アスランは去っていく彼らを黙って見送った。
(これで、任務はおしまい)
アスランが息をついてミネルバを振り返ると、下船を許された兵たちの中に、シンとルナマリアがいた。ルナマリアは小さくアスランに手を振ったが、シンはチラリとアスランを見ただけですぐに歩み去ってしまった。
その後姿を見ながら、アスランは彼の言葉を思い出した。
(なんでです?そこで何をしてるんです?あなたは…)
―― 本当に、何をしているんだろう、私は…
そして、何がしたいんだろう、私は…
「でも、ほんとのところはどうするつもりなのかしらね」
その時、この一連の騒動をやや高い作業棟から見ていた人物が呟いた。
「セイランは元々大西洋連邦寄りだわ。カガリくんが戻ったところで、今のこの情勢では…」
「だろうな。とにかく、とんでもないことになったもんだよ。全く」
もう1人が答え、やれやれとため息をついた。
やがてエリカ・シモンズが2人を呼び、作業開始を告げた。
「なんだと?大西洋連邦との新たなる同盟条約の締結!?」
行政府で各地の被害状況の報告を受けていたカガリは、災害後に提唱された大西洋連邦からの条約の内容について驚きの声をあげた。
「一体何を言ってるんだ、こんな時に。今は被災地への救援、救助こそが急務のはずだろう!」
「こんな時だからこそですよ、代表」
首長の1人、タツキ・マシマが落ち着き払って言う。
「それに、これは大西洋連邦とのではありません。呼びかけは確かに大西洋連邦から行われておりますが、それは地球上のあらゆる国家に対してです」
「何のための条約だ!今そんなものを締結する必要がどこにある?」
カガリはその裏にある連邦の思惑をこそ読み取るべきだと主張した。
「皆が協力して被災地への救援を行うにあたって、軍事的・防衛的約定を盛り込む必要など全くないではないか」
しかし政治家としてのキャリアは一枚も二枚も上のマシマはひるまない。
「約定の中には無論、被災地への救助、救援も盛り込まれております。これはむしろそういった活動を効率よく行えるよう結ぼうというものです」
「それならやはり軍事的・防衛的約定など必要ない!だがこれは…」
カガリは怒りのあまり紙ベースの約定を机にぶちまけてドンと叩いた。
「むしろそれが主眼ではないか!戦争をしているわけじゃないんだぞ!」
カガリの意見に、尤もだと頷く者もいないわけではないのだが、ほとんどの首長はやれやれ、また始まったと苦笑まじりの表情だ。
ここに来るまでの間にもはや幾度も議論が重ねられ、あとは青臭い意見しか言わないカガリを手なずけるだけと誰もが思っているのだ。
ウナトがため息をつき、額に手を当てて首を振りながら言う。
「ずっとザフトの艦に乗っておられた代表には、今一つ御理解頂けてないのかもしれませんが…」
遠まわしに、大事な時にいなかった彼を非難しつつ、テロを起こした「コーディネイター」と行動を共にしていた事をチクリと責めている。
「地球がこうむった被害はそれはひどいものです。そしてこれだ」
彼は補佐官に合図し、テレビを点けさせた。
そこには連日流される被災地の酷い有様と、落とされる前のユニウスセブンとジン・ハイマニューバ2型、ザクやゲイツRなどザフトの機体が映っていた。
カガリはそれを見て、驚きのあまりひゅっと息を呑んだ。
「我ら…つまり地球に住む者たちは皆、既にこれを知っております」
恐れていたことが現実となってカガリの眼の前につきつけられた。
「こんな…こんなものが…一体なぜ…?」
上ずった声をあげたカガリに、ユウナが手で映像を示しながら答えた。
「大西洋連邦から出た情報です。ですが、プラントも既にこれは真実だと大筋で認めています。代表も御存知だったようですわね?」
カガリがぐっと言葉に詰まる。
知れ渡るにしてももう少し事態が落ち着いてからだと思っていた。
(やはり、あのボギーワンは地球軍か)
カガリはまるでザクとジンが共闘しているように見える映像を睨みつけた。
「…だが、あれは…ほんの一部のテロリストの仕業で…」
明らかに声がトーンダウンしていくのが自分でもわかった。
「プラントは…事態を知ったデュランダル議長やミネルバのクルーは、その破砕作業に全力を挙げてくれたのだ。だからこそ地球は…」
「それもわかっています。でも実際に被災し、苦しんでいる何千万の人々に、それが言えるのですか?代表は…」
ユウナが畳み掛けてくる。
「あなた方はひどい目に遭ったが、地球は無事だったんだからそれで許せと?」
「そんなことは…」
カガリはギリッと唇を噛んだ。
あの時怒鳴ったシンや、アスランの懸念が、今まさに現実となっている。
それをきちんと伝えねばならないと、伝えることでプラントは敵ではないと訴えたかったが、この被災状況では自分のその声は人々の心に届くまい。
(甘かったのか…俺は…アスランやシンよりずっと…)
カガリは悲惨極まりない被災地の映像に眼を落とした。
家を失い、家族を亡くした男が、コーディネイターは自分たちを皆殺しにするつもりだったんだと叫ぶ。怪我をした子供を抱く女性が泣き叫んだ。
「許せないわ、あいつら!」
「息子が見つからないんです」とレスキュー隊に訴えながら、幽鬼のように彷徨う老婆が映る。ボロボロの人形を抱き締めながら、「ママ、ママ」と泣き叫ぶ小さな女の子。毛布に包まり、冷え切った炊き出しを食べながらコーディネイターは俺たちを猿くらいにしか思っちゃいねぇよと呟けば、そばにいた男たちもその通りだ、奴らがいるからこんな事が起きたと叫ぶ。
精神的に追い詰められた女性が頭を抱え、いやいやいやと泣き叫ぶ。
救援物資を配る兵士たちに、プラントを倒してくれと頼む人がいる。
「平和を!」「安寧を!」
そう叫びながら、やがて彼らはそのためには空の化物を駆逐すべきだと叫びだす。
同じ痛みを!同じ苦しみを与えるべきだ!奴らを滅ぼせ!手を取り合うなど所詮は夢に過ぎない。安心して生きられる大地を、我らの地球を取り戻すため…
「青き清浄なる世界のために!」
シンは少年時代から見慣れた局のチャンネルにあわせ、オーブの被害状況や地球上の被災地の様子を見つめていた。
救援活動によって団結した人々の姿があるかと思えば、政府に対し反コーディネイターの姿勢を取るよう訴えるデモも起き始めている。
反面、プラントが大量の医療品や食料、必要物資を被災地に提供し、人的派遣を積極的に行っていることも報道されている。配られるパンが地球製だろうがプラント製だろうが苦しむ人には何の関係もないのだが、「コーディネイターのマッチポンプだ」と揶揄し、批判する声も多い。
反コーディネイター色は、日を追うごとに目に見えて強まっていった。
照明を落とした部屋で、頬杖をついたシンはため息をついた。
(彼らの怒りは、じきに俺たちに向かってくるだろう)
まるでザフトがユニウスセブンを動かし、落としたかのように見えるあんな都合のいい映像を繰り返し繰り返し流されれば、ナチュラルはそのうち必ず、再びコーディネイターに強い憎しみを抱き始める。
(傷ついた人々には怒りをぶつける相手が必要なんだ…きっと)
そこまで思って、シンはふと思い出した。
「怒りを…ぶつける相手…?」
俺にとってはあいつだったのだろうか…彼の脳裏に金髪の若い男の姿が浮かんだその時、突然、父と母、妹マユの変わり果てた姿が蘇った。
眼の前の画面で親を求めて泣いている子供があの時の自分に重なった。
激しい動悸と震え、脂汗が襲い、シンは押さえ込もうと体を丸めた。
呼吸が出来ず苦しいが、落ち着け、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
(やめろ、やめてくれ…もう行ってくれ…!)
シンは未だにこうして襲ってくるフラッシュバックの苦痛に耐えた。
やがてその波が去り、シンはようやく息をついた。
再び画面からの音声が耳に届き始める。被災地の様子から、識者たちが今後のプラントと地球各国や連合との関係や交渉について議論していた。
彼らの意見はどれも暗く、予断を許さないものばかりだった。
(じきに、戦いが始まるだろう)
シンはボトルを手に取って一気に水を飲み、袖口で口を拭った。
―― そうなれば、俺はプラントを守るために戦うだけだ。
あの時、無力さに苛まれた幼い自分はもういない。
地面を叩き、理不尽な運命への怒りに吠えたあの時の自分は、もう…シンは拳を握り締めた。
モニターを切り替えると、そこに「力」があった。
ZGMF-X56S…堂々とした機体が映し出されてくるくると廻る。
(今の俺にはこの力が…インパルスがある)
国に見捨てられた俺のような人間を、俺は守ると決めたんだ。
指で画像を流すと、続けてシルエットを換装したインパルスが映る。
ソード、ブラスト、フォース…そして最後にコアスプレンダーが現れた。
何としても手に入れたかった現ザフト最高の「力」に、シンは満足だった。
オーブが同盟条約を締結するのかどうか、ニュースは繰り返し伝えている。
行政府に入る首長たちが、群がる記者に「それをこれから検討する」「まだ何も決まっておらん」「あとで発表する」と答えている。
だが見知った顔が出てくることはなく、シンはこの国の未来になど何の興味もなさそうにスイッチをオフにした。
「今これを見せられ、怒らぬ者などこの地上にいるはずもありません」
ウナトがどっかりと椅子に座り、手を組んで語った。
「幸いにしてオーブの被害は少ないが、だからこそなお、我らはより慎重であらねばならんのです」
彼は鋭い眼光でカガリを見つめながら、取るべき道は一つなのだと諭す。
会議室はどよめきに包まれ、今すぐ締結をと叫ぶ者、せめて有利な条件を申し入れるべきと慎重論を説く者、「国民の総意はどうなのだ」と中道を説く者、様々な意見がカガリの耳に入る。カガリは顔の前で手を組みながら考えていた。
同盟を結べば連合と一蓮托生…プラントへの制裁、ましてや最悪、戦争などになれば、オーブもそれに縛られて軍を出すことになる。
―― どうあっても世界を二分したいか、大西洋連邦は!敵か味方かと!
―― その理念と法を捨て、命じられるままに与えられた敵と戦う国となるのか!
(親父…)
カガリは眉をひそめ、眼を閉じた。
そして同時に、自分に怒りをぶつけてきた赤い瞳の兵士を思い出す。
―― 俺の家族は、アスハに殺されたんだ!
怒りのこもった声が、耳から離れない。
「理念も大事ですが、我らは今、誰と痛みを分かち合わねばならぬのか。代表にもそのことを充分お考えいただかねば」
ウナトがカガリを促し、他の首長たちに目配せをする。
決断の時まで、もうあまり時間はなかった。
「艦体の方はモルゲンレーテに任せて大丈夫でしょう。でも、艦内は全てあなたたちでね」
活気に溢れたモルゲンレーテのドックでは、タリアが艦の修理についてマッド・エイブス率いる整備班と打ち合わせをしていた。
「資材や機器を貸してくれるということだから、ちょっと入念に頼むわ」
かつて同じようにここで修理と補給を受けた艦のように、整備兵の性なのか整ったドックや資材を見て張り切るエイブスたちは、早速作業にかかった。
それを見てアーサーが戸惑い気味に苦言を呈した。
「補給はともかく、艦の修理などはカーペンタリアに入ってからの方がよいのではないかと、自分は思いますが…」
タリアは「そうね、それももっともな意見だわ」と頷いた。
「一応日誌にも残しましょうか?副長はちゃんと責務を果たしたって」
「いえぇ!そんな…」
アーサーは滅相もないと首を振った。
タリアは人がよく、どこか憎めないこの男が嫌いではない。
育ちがよすぎて、少しおっとり刀過ぎるところはあるけれど。
「でも機密よりは艦の安全…ですものね、やっぱり」
その時、先ほど作業棟でミネルバの様子を窺っていた1人が声をかけた。
「艦…戦闘艦は特に、常に信頼できる状態でないとお辛いでしょ?」
タリアはその人物に不審そうな眼を向け、「どなた?」と聞いた。
そこにはふっくらと優しげな微笑をたたえた作業着姿の女性がいた。
「失礼しました。モルゲンレーテ造船課Bのマリア・ベルネスです。こちらの作業を担当させていただきます」
マリュー・ラミアス…マリア・ベルネスと名乗った彼女は、深々とお辞儀をした。
彼女を乗せたカートを運転してきたのはコジロー・マードック。
先ほどマリューと話していたのは砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドだ。
「艦長のタリア・グラディスよ。よろしく」
もちろんそんな事は微塵も知らないタリアは手を差し出し、2人は握手を交わす。
マリューはアーサーにもよろしく、とにっこり微笑んだ。
アーサーは魅惑的なボディのとびきりの美人の登場に浮き足立ち、タリアはそんな彼の腕を思いっきりつねりあげて制裁を加えた。
「ミネルバは進水式前の艦だと聞きましたが、なんだか既に、大分歴戦という感じですわね」
デブリと小惑星に削られた外装は、その後の大気圏突入で融解し、さらに悲惨な事になっている。ミサイル発射管も随分潰されていた。
マリューはかつて同じく処女航海で激しい戦闘に巻き込まれ、ミネルバ以上に過酷な状況を乗り切って生還した、愛すべき母艦を思い出し、ふっと笑った。
「ええ、残念ながらね」
いつも落ち着いているタリアが、珍しく肩をすくめておどけたように言う。
「私もまさかこんなことになるとは思ってもなかったけど…ま、仕方ないわよね。こうなっちゃったんだから」
タリアもまた、オーブの置かれている状況が悪化している事は知っている。
ザフト艦がここにいるだけで突き上げも激しくなるかもしれない。
あの若者にはまだ、デュランダルのような見事な舵の取り回しはできまい。
艦と乗員の安全を守る責務を思うと、さしもの彼女もぼやきたくなる。
「いつだってそうだけど、まぁ、先のことはわからないわ。今は…特にって感じだけど」
すると、マリア・ベルネスが「私たちも同じです」と言った。
「やっぱり先のことはわかりませんので、私たちも今は、今思って信じた事をするしかないですから…これが正しいと思ったら、やり抜くしかないでしょ?」
タリアは、少し驚いたように彼女を見た。
眼の前の女に、危険を承知の上で、降下しながらユニウスセブンを砕くと決めた自分に似た「匂い」が感じられたような気がしたからだ。
「あとで間違いだとわかったら、その時はその時で、泣いて、怒って…そしたらまた次を考えます」
タリアはぷっと笑った。
「先がわかればそんなバカなこと…とも思えるけど、今は見えないんですもの。後になって間違いだってわかったら、もうそうするしかないわよね」
2人はさざめくように笑った。
アスランは海岸沿いの道を飛ばしていた。
被災から数日が過ぎた今、被害の少なかったオーブではようやくどんよりとした空が晴れかかって煙った太陽が顔を覗かせ始めていた。
マルキオ導師や子供たちの家は高波にさらわれて全壊したため、皆、カガリが用意したもう一つの屋敷にいると聞いている。
キラ・ヤマト…アスランは竹馬の友を訪ねるところだった。
「あ、アスラン!」
「違うよぉ、アレックス!」
駐車場に車を止めると、わらわらと子供たちが集まってきた。
子供たちと遊んでいたキラがアスランに気づいて手を振る。
「アスラン」
「家が流されて、こっちに来てるって聞いたから。大丈夫だった?」
子供たちがわいわいと「お家がなくなった」「おもちゃがなくなったよ」と訴えたが、幸い怪我人は一人もなく、導師も元気だと聞いてほっとする。
キラは母カリダに子供たちを頼むと、アスランを家の中に案内した。
「カガリは?」
「行政府。仕事が山積みよ、きっと」
「大変だね、オーブも色々…」
アスランは久々に会うキラが変わっていないことにほっとする。
キラはいつもと変わらぬ優しそうな表情で、「プラントはどうだったの?」と聞いた。
「…あの落下の真相は、もうみんな知ってるんでしょう?」
アスランの問いかけに少しためらった後、彼女は「うん」と頷いた。
毎日いやというほど流される映像は、人々を煽るばかりだ。
「皆深く傷ついてるから…今は誰かを恨みたいんだよ、きっと」
アスランもまた、重苦しい表情で言った。
「連中の一人が、言ったわ」
キラが出してくれたマグカップを両手で包みこむ。
「討たれた者たちの嘆きを忘れて、なぜ、討った者たちと偽りの世界で笑うんだ、おまえらは…って」
それを聞いてキラは表情を曇らせた。
「…戦ったの?」
「ユニウスセブンの破砕作業に出たら、彼らがいたのよ」
刃を交え、その主張を聞いて、このままでいいのかと迷っている。
「あの時、私、聞いたわね…やっぱりこのオーブで」
キラはアスランを見つめた。
「私たちは、本当は何とどう戦わなきゃならなかったの?って」
「うん」
「そうしたら、あなたは言ったわね。みんなで一緒に探せばいいって」
キラはディアッカとアスランに一緒に行こうと言った事を思い出す。
「…うん」
「でも、やっぱりまだ、見つからない…」
暗い表情のアスランを見て、キラは困ったように微笑んだ。
「守りたいものを守るため…じゃ、ダメなの?」
―― アスランには、大切な人がいるでしょう?
けれどアスランはかぶりを振った。
「私はあの頃、プラントを守りたいと思って戦ってたのよ」
でも、あなたと出会って、戦って…そんなの間違いだって思って…
(守る事の難しさを知った。そしてその言葉が持つ危うさも)
アスランはもう一度キラに問いかけた。
「今、私たちは何と戦うべきなの?テロリスト?プラント?地球軍?」
「アスラン…」
「見つからないの。答えが」
アスランはため息をつき、キラはそんなアスランを見つめていた。
やがて夕食の時間になると、治療に行っていたラクスが帰宅した。
彼はキラにしたようにアスランを軽く抱き締めて再会を喜んだ。
ラクスにとって親しい者とのキスやハグは日常的な挨拶に過ぎないのでアスランは慣れっこなのだが、そんな彼らを見たキラは呆れたように、「2人とも、またカガリに怒られるよ」と笑った。
前大戦末期にバルトフェルドが懸念したように、終戦以降、ラクスはひとところに長く滞在することができなくなっていた。穏健派を開放するために利用した過激派が、約束を反故にした彼を執拗につけ狙っているからだ。
ダコスタが控えているとはいえ、中立国でいざこざを起こさぬよう、ラクスはオーブにはいつも短期間の滞在しかしない。カガリが自分が私財で警護を行うからと言っても、ラクスは丁重に断っていた。
彼には大きな目的があった。
プラント、ザフトに残るクライン派をより強固な組織にまとめあげ、さらにスカンジナビアやジャンク屋、星間流通商会などの協力を得て、情報収集の要「ターミナル」と、兵装工廠「ファクトリー」を立ち上げる事だ。
その莫大な資金援助を得るため、危険な闇組織との交渉も辞さず、世界中、時には密かにプラントにまで足を伸ばして飛び回っている。
オーブに戻るのはほとんどが治療のためで、それも長くて2週間程度だった。
アスランもキラも不思議がり、ラクスに「なぜそんな事を続けるのか」と聞いた。
キラは時に、昔カガリに聞いた事のある質問を投げかけた。
「ラクスは、戦いたいの?」
ラクスはにっこり笑って答えた。
「僕は、戦いたいわけじゃない」
キラがその答えにいぶかしむような表情を見せると、ラクスはキラの柔らかい髪を手で梳きながら優しく言った。
―― ただ、いつでも闘えるようにしておくだけだよ…
ナチュラルとコーディネイターの溝は決して埋まる事はない。
それはまさに「調整」し、保つ努力をしていくべきものであり、今はまだその過程のほんの始まりに過ぎないと彼は思っていた。
もしひと時の平穏を破ろうとする者が現れれば、それは簡単に瓦解する。
その時、その力に抗う術がない者は沈黙し、屈するしかないのだとも。
ラクスは窓の向こうの夜空に視線を送り、それからポツリと呟いた。
「世界はまだ、とても不安定だからね」
終戦後、プラントの象徴であり、停戦の立役者でもある「悲劇の英雄」の登壇を願う声も当然ながら多かったが、何しろそんな事情で彼が行方をくらましたため、プラントでは「ラクス・クライン」は半ば伝説化している。
病が悪化して床に臥しているとか、時には死亡説まで流れる始末だったが、巷の情報が錯綜している方が何かと動きやすいと放置しているのだ。
昔からアスランが大好きだったカリダお手製のロールキャベツが供され、子供たちと一緒に和やかな夕食が始まった。キラも母に教わって料理を手伝っていた。
ボーイッシュな格好や振舞いを好むわりに、キラは意外にまめまめしく家事をこなす。
逆にアスランはその非常に女性らしい外見とは裏腹に、そういった事にはさっぱり無頓着で、放っておくと何日も携帯機能食で過ごしたりする。
最低限必要な栄養が摂れればいいと味気ないことを言う彼女に呆れ、キラとカガリは「次はきっと全自動調理器を作るつもりだぞ」と笑った。
そんな風に皆で楽しく過ごした日々が、今は遠い過去に思えた。
「ラクス、今回はどこへ行ってたの?」
アスランが尋ねると、ラクスは南アメリカ合衆国だと答えた。
昔から大西洋連邦と反目しているがゆえに、親プラント派が多い南アメリカで、薬物売買を生業とする怪しげな組織と接触しながら、長い時間をかけて資金援助の約束を取りつけてきた。
「これでようやくファクトリーの機能も全面的に運用可能になるよ」
しかしその激務がラクスの体を疲弊させ、治療のためしばらくオーブに戻ろうと決めた矢先に、今回のユニウスセブンのテロが起きたのだ。
「ジン・ハイマニューバ2型とフレアモーターか」
アスランが持ってきたオーブのプレス用公式資料に、ラクスは興味深そうに目を通した。
「テロリストが、偽装のために乗っていたんじゃないんだね?」
アスランは苦々しい表情で頷いた。
彼らは確かに元ザフト兵であり、パトリック・ザラの信奉者であり、ナチュラルへの明確な殺意を持っていた。
「ジンは、脱走した時に乗っていたままだったから…とか?」
「機体のロストデータを調べたけど、それらしいものはなかったわ」
片付け物をしながらキラが口を挟んだが、アスランは否定した。
「強奪、インパルス、ミネルバ、議長、ユニウスセブン、ジン」
本当にうまい具合に揃ってたねぇとラクスは楽しそうに笑った。
けれど彼の青く美しい眼は、ひそりとも笑ってはいなかった。
バタバタと足音が聞こえてきたので、アスランはコーヒーカップを持ったまま、サンルームに飛び込んできたカガリを見て微笑んだ。
「アスラン!」
「おはよう」
昨夜、アスランがキラとラクスに別れを告げて遅くに屋敷に戻っても、カガリはまだ帰ってきていなかった。
「昨日は悪かった。あの後もずっと行政府で…」
まだ帰国したばかりなのに、寝不足と疲れでやつれた顔が痛々しい。
「今日も朝からずっと閣議になるから、ゆっくり話もしていられないんだが…」
「いいわ、わかってる。気にしないで」
アスランは気まずそうに言い訳をするカガリを思いやった。
「それより、どう?オーブ政府の状況は」
質問をしてみたものの、カガリの表情を見れば思わしくないとわかる。
カガリは傾いてしまった同盟論に、必死に一石を投じようとしている。
「確かに、オーブとて全く被害がなかったわけじゃない…でも、痛みをわかち合うっていうのは、報復を叫ぶ人と一緒になってプラントを憎み、糾弾する事じゃないはずだ」
カガリは拳で自分の額をとんとんと叩きながら考え込んだ。
(このままじゃ、またあの時と同じになる…それだけは避けなきゃ)
物思いに沈んだカガリを見て、アスランは黙ってコーヒーを口に運んだ。
その頃、修理と補給が進むミネルバでは上陸許可が出ていた。
マリア・ベルネスとすっかり意気投合したタリアは仲良くお茶を飲んでいる。
ヨウランとヴィーノはルナマリアを誘い、あっさり断られてしょげていた。
「こうなったらオーブの女の子をナンパしようぜ!」
アスランがいなくなったことで少し落胆していたメイリンを連れて、男3人は意気揚々と街に繰り出した。
一方シンはベッドに寝転がり、マユの携帯を開けたり閉めたりしていた。
ルナマリアが「上陸しようよ」と誘いに来たのだが、気が乗らないと断った。
そこに同室のレイが戻ってきたが、シンが残っていたので少し驚いたようだ。
「上陸したかったんじゃないのか?」
レイは制服を脱ぎながら聞いた。
上陸許可が下りる前、シンはレイに「許可、出るかな」と尋ねていたからだ。
「出たろ?許可」
「…ああ」
レイはシンのそんな様子を見て、それ以上何も言わず、シャワー室に向かった。
シンはあれ以来、オーブにはもう2年以上帰って来ていない。
あの日を境に別れたままのクラスメイトや近所の友達を思い出したが、シンはその温かくて切ない思い出を振り払った。
(こんな国に、上陸なんかしたくない)
シンは寝返りを打ち、壁の方を向いた。
―― けれどここには家族が…マユが眠っている…
シンは黙って妹の携帯電話を耳元に当てた。
その途端、忘れたい過去が、忘れたくない過去がシンの耳に入ってくる。
シンはしばらく寝転がったままだったが、やがて勢いよく起き上がった。
レイがシャワーから戻ると、部屋にはもう誰もいなかった。
「私…プラントに行ってくる」
朝食が終わると、アスランは意を決したようにカガリに告げた。
カガリは驚き「なんで…どうしてだよ!?」と立ち上がった。
「オーブがこんな時に悪いんだけど…私ももう、一人ここでのうのうとしているわけにはいかないわ」
アスランは地球がここまでプラント非難に傾いている今、それを受け止めるプラントの情勢が気になるのだと言う。
「デュランダル議長なら、よもや最悪の道を進んだりはしないと思うけど…でも、ああやって未だに父に…父の言葉に踊らされている人もいるんだもの」
パトリック・ザラへの信奉が今回の件を引き起こした原因の一つなら、アスランにとってそれは耐え難い事だろう。
彼女の贖罪は終わっていない。
むしろ進んでそれを背負おうとしている。
カガリはじっとアスランを見つめた。
「議長と話して、私が…私でも何か手伝えることがあるなら…アスラン・ザラとしてでもアレックスとしてでも…」
アレックス・ディノ…アスランはその名を反芻する。
名が偽りなら、その存在もまた偽りなのかと議長は言ったが、こうしてプラントに行くと決めた自分は、決して偽りの存在ではないと思えた。
「もう…決めてるんだろ」
カガリは一抹の寂しさを覚えながらも、止められないと思った。
(こいつが悩み苦しんでいた時、俺はそれを支えられなかった)
アスランは頷いて続ける。
「このままプラントと地球がいがみ合うことになってしまったら、私たちは一体今まで何をしてきたのか、わからなくなってしまう」
―― だから、行くわ…
ジャスティスを置いて父に会いに行くと言ったあの時のように、アスランの決意は決して変わらないだろう。
カガリは少し黙り込み、やがて「そうか」と呟いた。
(俺は、いつかおまえがそう言う時をずっと待ってた気がする)
プラントに居場所のないアスランを連れてオーブに来たあの日から、彼女がいつも遠慮がちで、一歩下がってしまっている事は感じていた。
―― 所在のないおまえに、俺は…居場所を与えてやれなかったのかな…
カガリは少し寂しそうに笑い、そして言った。
「行ってこい。プラントはおまえの故郷でもあるんだから」
アスランはそれを聞いて、安堵したように微笑んだ。
出発は早い方がいいという希望を聞き、カガリはすぐにシャトルを手配した。
心のどこかで、早くしないと自分自身の決心も鈍ると囁く声が聞こえた。
「おまえの立場は俺直属の特使という事にしてある」
小さな荷物を持ったアスランに、カガリはIDカードを渡した。
「議長との会見も、到着までには整えさせておくよ」
「ありがとう」
「アレックス・ディノ」と書かれたカードをしまい、アスランは礼を述べた。
そしてそのまま屋敷の裏手のヘリポートに向かいかけたが、急に足を止め、ポーチで見送っているカガリのところまでおずおずと戻ってきた。
「…カガリ」
「なんだ?」
アスランはうつむき加減にぼそぼそと話し始めた。
「ユウナ・ロマとのことは…わかってはいるけど…」
ユウナ・ロマ・セイランは、カガリが代表になった頃から、自分は「小さい頃、ウズミ様からカガリと結婚させると言われた」と主張し、「自称」許婚者を名乗っている。
ウナト・エマもこれは願ってもないと大乗り気で、「正式なものではないのだが」と言いつつも、あちこちで2人は「実は許婚だ」と吹聴していた。
身分や地位が釣り合う相手としてふさわしい事が、カガリにとっては迷惑な「既成事実」になりつつあった。
カガリは5歳近く年上の彼女をあからさまに嫌がっているのだが、アスランとしては目の前でベタベタされたり、公式の席であたかも正式なパートナーの如く振舞われるのはさすがに面白くない。
自然、彼らの関係を誤解する人がいるのも面白くない。
(なら、カガリの傍を離れなければいい)
そう思う自分も確かにいる。
ましてや今、キサカが遠征任務に就き、侍女のマーナも突然暇を願い出て、カガリの周りに昔からいた人がいなくなってしまっているのだ。
それらの要素が、ここまで来てアスランを少しだけ迷わせた。
「あの…彼女とは…」
カガリは、口ごもって下を向くアスランを面白そうに覗き込んでいた。
アスランはこれまでこの件について自分を責めることもなく、それどころか、もしや嫉妬など全くしていないのでは?と思うくらい感情を表さなかった。
だからカガリは初めて見る彼女の様子に驚き、少し嬉しくもあった。
いつもラクスとアスランの仲のよさにハラハラしては、キラやマリュー、バルトフェルドに笑われ、からかわれるのは自分の役回りだったからだ。
(こいつのこんな珍しい顔が見られるなら…ってのは、不謹慎かな)
そしてポケットを探り、いつも持っているそれを確かめた。
「おまえ、俺が信用できないのか?」
「そういうわけじゃ…」
アスランが顔を上げると、カガリは突然アスランの左手を掴んだ。
それから、彼女のほっそりした薬指に指輪をはめた。
驚いた彼女がそれを見て、見る見る赤くなる。
「こっ…こういうっ…指輪の渡し方って…ないんじゃないの!?」
「そうか?」
カガリはいつもと変わりなく頭を掻きながら笑った。
「いいだろ、別に」
あまりにもあっけらかんとした様子に、アスランはつい笑ってしまう。
昔から彼のこの大らかであけっぴろげな明るさが、彼女の心を掴んで離さない。
(本当は、帰ってきたら渡そうと思ってたけど…早いか遅いかだ)
カガリは赤くなったままくすくす笑っているアスランを抱き寄せると、キスをした。
「気をつけてな…あと、絶対ムチャはするなよ?」
アスランは彼の腕の心地よいぬくもりに包まれて「うん」と頷く。
プラントに行くという選択をした事を後悔したくはないが、このままカガリの傍にいたいという気持ちも彼女の心を苛む。
やがて想いを振り払うように、アスランはカガリの腕を押しやった。
「カガリも…頑張って」
こうして2人の道は分かれ、世界もまた、二つに分かれようとしていた。
オーブ危機の際、激戦地となったイザナギ海岸にはモニュメントが立っていた。
シンはしばらくそれを眺めていたが、ゆっくり近づいていく。
(ここから、あの軍港が見える)
移送船が停まってて、俺たちはあそこを目指して走っていた…
あの岬の崖の向こうを、家族4人で…
思い出と共にまたフラッシュバックが始まりかけ、シンは頭を振った。
ふと見ると、自分と同じようにそこに立ち尽くしている人がいた。
「慰霊碑…ですか?」
シンはゆっくりと歩み寄ると、その人の顔すら見ずに聞いた。
「うん…そうみたいだね。よくは知らないんだ」
(…女の…子?)
声を聞いて、小柄な少年と思った相手が女だったと知り、シンは改めて彼女を見た。薄い茶色の短い髪が風になびき、煙ったような紫色の瞳がとても綺麗な、可愛い人だった。
彼女は花畑の中に立つゲートのような形のモニュメントと、慰霊の言葉が刻まれた四角い慰霊碑を眺めながら答えた。
「私も、ここへは初めてだから…自分でちゃんと来るのは」
会話が途切れると2人は黙り込み、辺りには風と波の音だけが響いた。
(あの時、私はここで戦った。ダガーや、新型の3機と)
フリーダムで縦横無尽に大空を駆け、味方してくれたアスランと協力して何機もの敵を撃破した。レイダーと撃ち合い、カラミティの砲撃を避け、フォビドゥンのフレスベルグに手を焼きながら、ディアッカのバスター、フラガのストライク、アサギたちアストレイ部隊と共に戦ったのだ。
(あの時はただ、オーブを守りたくて…カガリを援けたくて…)
しかしオーブは焼かれ、堕ち、占領されて苦難の道を歩んで復活した。
表面上はすっかりよくなったように見えても、見えない傷は残っている。
それが今また苦渋の選択を迫られ、再び血を噴き出しているのだ。
「…せっかく花が咲いたのに、波をかぶったから、また枯れちゃうね」
キラはしおれ始めている花を見て言った。そして初めて彼を見た。
彼は、漆黒の髪と真っ白な肌が印象的な精悍な青年だった。
けれど最もインパクトがあるのは、ルビーのような赤い瞳だ。
「…ごまかせないってことかも」
シンは暗い表情のまま言った。
「え?」
「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす」
(大切に育まれた命も、塵のように消えて何も残らない)
シンは重苦しい痛みと共に、二度と戻らない日々を思い出した。
愛する家族と、楽しかった少年時代。友達と過ごしたあの時。
泣いたこと、笑ったこと、怒ったこと…オーブには全てがあった。
(失ったものは、埋め合わせられない…どんなものでも)
「きみ…?」
キラは、ひどく哀しそうな眼をした彼に声をかけた。
シンははっとして、不思議そうに見ている彼女に向き直った。
「すいません、変なこと言って」
ペコリと頭を下げると、シンは慌てて立ち去った。
(何言ってんだ、俺…あんな見ず知らずの女の子に)
シンは照れ隠しのように鼻をこすり、そして少し離れたところからもう一度イザナギ海岸を見た。人影はもうどこにも見えなかった。
(俺はもう、オーブには二度と来ないだろう…もう二度と…)
そう思いながら、シンは足早に帰路についた。
「そんなバカな!何かの間違いだ、それは…」
行政府では連邦からの通達にカガリが驚いていた。
「いえ、間違いではございません」
ウナトが告げ、そのあとを娘のユウナが引き取った。
「先ほど大西洋連邦、ならびにユーラシアをはじめとする連合国は、以下の要求が受け入れられない場合は、プラントを地球人類に対する、極めて悪質な敵性国家とし、これを武力をもって排除するも辞さないとの共同声明を出しました」
カガリは、人類が選んだあまりにも安直で愚かな道に絶句した。
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制作裏話-PHASE8-
それぞれの道が一度交錯し、そしてまた分かれていく人間関係の整理回です。
こうして見るとあまりのインパルスの出番の少なさに、改めてシンは不遇な主人公だと思わざるを得ません。ストーリーもこのあたりはまだアスランが中心ですしね。
でも私は意識的にシンを真ん中に据えていますので、さほど「シンの出番がない」という感じはないのではないかと思います。
シンがフラッシュバックに悩み、PTSDに苦しんでいるらしい事がついに明かされます。このあたりは創作ですが、なんとなく暗い部屋で悲惨なニュースを映し出すモニターの光を浴び、シンが憂鬱そうに黙り込んでいる…というシーンが浮かんできます。私はシンにはこうした「陰」を常につきまとわせたかったのです。それだけでも主人公としては各段に格好よくなったろうにと思います。
アスランとキラの再会は「海辺の散歩→ドライブ」ではなく、落ち着いて会話をさせたかったので改変しました。
また、ここではさらにラクスも絡めて今の彼らの立場を説明しています。
あれだけの組織をまとめあげ、種では存在すらなかったターミナルやファクトリーと関係を持っているラクスに、のんびり隠遁生活など送っている時間があるはずがありません。
彼が逃亡者として世界中を飛び回り、資金を集め、人脈を繋いでいるという構想は逆種当初からあったので、逆に「やっと書けた」という感じでした。
ラクスのこうした胡散臭さを表現するために、キラが種でカガリに尋ねた「戦いたいの?」という会話ももう一度活用しています。
カガリは首長たちに同盟を迫られていますが、カガリを責めるタツキ・マシマは、後にセイランと組んでプラントに国を売ろうとする首長です。本編では別にこれといって活躍しませんが、名前が出たのが運の尽きという事で悪者になってもらいました。
何より、ここでいよいよユウナが出てきました。本編ではカガリを抱き締めるだけだったユウナですが、こちらは年上の女性なのでもっと積極的です。
アスランはなんでもないような顔をして流していますが、内心は決して穏やかではありません。
同じくユウナも、圧倒的有利に立っているように見えながら、実は「いつも勝ち誇ったような顔をしている」アスランが嫌いでたまらなかった、とPHASE43で告白します。(PHASE13でも嫌いと言っています)
アスランとユウナが今後直接対決する事でもあるなら、カガリに対しての気持ちはもちろん、国に対する想いや平和についての見解などをぶつけ合うのも面白いと思うのですが、ご存知のように本編のユウナは後半、急速にダメキャラになって排除されてしまいます。
どうせそうなるんだったら、初めから悪女にした方が面白いと思うのです。なのでユウナはカガリの婚約者ではありません。
というか、本編でもありえないと思うんですよね、あのウズミがカガリに許婚者を用意するなんて。それに、アスランとラクスが婚約者同士と聞いて驚いていたくせに、実は自分にも小さい頃から定められていた相手がいたなんて、それじゃワガママお姫様の気まぐれアバンチュールじゃないですか。どうにも後付け設定過ぎて承服できません。
そんな風にユウナに心を乱されされつつも、頑固に意地を張り通していたアスランですが、プラントに行くと決意を示した後、初めて心の内をカガリに明かしてしまいます。それを知って不謹慎と思いつつも喜んでしまうのも、逆転のカガリならありそうです。
逆転のカガリは本編のカガリより大人なので、彼女がプラントに行くと言い出したこと=「自分が彼女の居場所を作れなかった」と痛感しているので、反面、彼女の自分への想いが垣間見えた事が嬉しいんですね。
男女逆転ですから、指輪をはめるのはアスランではなくカガリ。本編のアスランは赤くなって眼を逸らしていましたが、逆転のカガリはあっけらかんとしています。とはいえ本心は…というのはPHASE40で明かされますが、とりあえずこれで2人の運命は別れてしまいました。本編ではきちんと修復されず、ついに戻る事のなかった彼らが逆デスでどうなるかは、30話以上先になります。私自身、書いている間は物語がいつどう転ぶかわからなかったので、先が楽しみでした。
マリューとタリアの出会いは本編のままです。
このあたりでの旧キャラの扱いを見ていると、最終回間際の「キラ様マンセー!AAマンセー!」ぶりがウソみたいですね。
そして何よりこのPHASEではシンとキラが初めて出会います。
男女逆転ならではの「女の…子?」のセリフを有効利用し、この出会いをもう少し印象づけておくことで、最終回に互いを意識させるつもりでした。
かつての激戦地イザナギ海岸で、戦ったキラと戦いに巻き込まれたシンの想いを交錯させたのは、今後、それとは知らずに対立する二人の立場をうまく表せたのではないかと思います。
こうして見るとあまりのインパルスの出番の少なさに、改めてシンは不遇な主人公だと思わざるを得ません。ストーリーもこのあたりはまだアスランが中心ですしね。
でも私は意識的にシンを真ん中に据えていますので、さほど「シンの出番がない」という感じはないのではないかと思います。
シンがフラッシュバックに悩み、PTSDに苦しんでいるらしい事がついに明かされます。このあたりは創作ですが、なんとなく暗い部屋で悲惨なニュースを映し出すモニターの光を浴び、シンが憂鬱そうに黙り込んでいる…というシーンが浮かんできます。私はシンにはこうした「陰」を常につきまとわせたかったのです。それだけでも主人公としては各段に格好よくなったろうにと思います。
アスランとキラの再会は「海辺の散歩→ドライブ」ではなく、落ち着いて会話をさせたかったので改変しました。
また、ここではさらにラクスも絡めて今の彼らの立場を説明しています。
あれだけの組織をまとめあげ、種では存在すらなかったターミナルやファクトリーと関係を持っているラクスに、のんびり隠遁生活など送っている時間があるはずがありません。
彼が逃亡者として世界中を飛び回り、資金を集め、人脈を繋いでいるという構想は逆種当初からあったので、逆に「やっと書けた」という感じでした。
ラクスのこうした胡散臭さを表現するために、キラが種でカガリに尋ねた「戦いたいの?」という会話ももう一度活用しています。
カガリは首長たちに同盟を迫られていますが、カガリを責めるタツキ・マシマは、後にセイランと組んでプラントに国を売ろうとする首長です。本編では別にこれといって活躍しませんが、名前が出たのが運の尽きという事で悪者になってもらいました。
何より、ここでいよいよユウナが出てきました。本編ではカガリを抱き締めるだけだったユウナですが、こちらは年上の女性なのでもっと積極的です。
アスランはなんでもないような顔をして流していますが、内心は決して穏やかではありません。
同じくユウナも、圧倒的有利に立っているように見えながら、実は「いつも勝ち誇ったような顔をしている」アスランが嫌いでたまらなかった、とPHASE43で告白します。(PHASE13でも嫌いと言っています)
アスランとユウナが今後直接対決する事でもあるなら、カガリに対しての気持ちはもちろん、国に対する想いや平和についての見解などをぶつけ合うのも面白いと思うのですが、ご存知のように本編のユウナは後半、急速にダメキャラになって排除されてしまいます。
どうせそうなるんだったら、初めから悪女にした方が面白いと思うのです。なのでユウナはカガリの婚約者ではありません。
というか、本編でもありえないと思うんですよね、あのウズミがカガリに許婚者を用意するなんて。それに、アスランとラクスが婚約者同士と聞いて驚いていたくせに、実は自分にも小さい頃から定められていた相手がいたなんて、それじゃワガママお姫様の気まぐれアバンチュールじゃないですか。どうにも後付け設定過ぎて承服できません。
そんな風にユウナに心を乱されされつつも、頑固に意地を張り通していたアスランですが、プラントに行くと決意を示した後、初めて心の内をカガリに明かしてしまいます。それを知って不謹慎と思いつつも喜んでしまうのも、逆転のカガリならありそうです。
逆転のカガリは本編のカガリより大人なので、彼女がプラントに行くと言い出したこと=「自分が彼女の居場所を作れなかった」と痛感しているので、反面、彼女の自分への想いが垣間見えた事が嬉しいんですね。
男女逆転ですから、指輪をはめるのはアスランではなくカガリ。本編のアスランは赤くなって眼を逸らしていましたが、逆転のカガリはあっけらかんとしています。とはいえ本心は…というのはPHASE40で明かされますが、とりあえずこれで2人の運命は別れてしまいました。本編ではきちんと修復されず、ついに戻る事のなかった彼らが逆デスでどうなるかは、30話以上先になります。私自身、書いている間は物語がいつどう転ぶかわからなかったので、先が楽しみでした。
マリューとタリアの出会いは本編のままです。
このあたりでの旧キャラの扱いを見ていると、最終回間際の「キラ様マンセー!AAマンセー!」ぶりがウソみたいですね。
そして何よりこのPHASEではシンとキラが初めて出会います。
男女逆転ならではの「女の…子?」のセリフを有効利用し、この出会いをもう少し印象づけておくことで、最終回に互いを意識させるつもりでした。
かつての激戦地イザナギ海岸で、戦ったキラと戦いに巻き込まれたシンの想いを交錯させたのは、今後、それとは知らずに対立する二人の立場をうまく表せたのではないかと思います。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
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