機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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「ジョン・ポール・ジョーンズは0900出港。第一戦闘配備発令。整備各班、戦闘ステータス、スタンバイ」
「ウィンダムでフルブーストだってよ」
整備員が苦笑した。
こんな湿気だらけで暑い僻地に転属命令が来て、毎日毎日海の彼方を眺めているだけで退屈していた彼らにとって、いきなりやってきてウィンダムを全部出せと息巻いた風変わりな仮面の男は台風の目だ。
「ファントムペインは無茶するよなあ」
ははは、と笑いながら、事の成り行きを楽しむ余裕があるのは、建設中の前線基地に配備されている圧倒的なモビルスーツの数と、噂に聞くファントムペインの戦闘力が後押ししているからだろう。
「ウィンダムでフルブーストだってよ」
整備員が苦笑した。
こんな湿気だらけで暑い僻地に転属命令が来て、毎日毎日海の彼方を眺めているだけで退屈していた彼らにとって、いきなりやってきてウィンダムを全部出せと息巻いた風変わりな仮面の男は台風の目だ。
「ファントムペインは無茶するよなあ」
ははは、と笑いながら、事の成り行きを楽しむ余裕があるのは、建設中の前線基地に配備されている圧倒的なモビルスーツの数と、噂に聞くファントムペインの戦闘力が後押ししているからだろう。
「当部隊のウィンダムを全機出せだと!?なにをふざけたことを!」
ネオは司令官室に通信を繋ぎ、初老の司令官と押し問答を続けていた。
ミネルバを追ってきたネオは、地球や海に慣れないミネルバを、島々が点在し、狭隘な戦場となるこの地で今この時こそ撃たんと考えている。
「ふざけてんのはどっちさ?相手はボズゴロフ級とミネルバだぞ?」
ネオは両手を広げて大仰に驚いてみせた。
「それでも落とせるかどうか怪しいってのに。この間のオーブ沖会戦のデータ、あんた見てないのか?たった1隻で空母2隻、駆逐艦4隻だぜ」
ネオはあの戦闘を見た時の心躍る気持ちを忘れない。
圧倒的な強さ。
何者をも寄せつけぬ力。
人にも勝る滑らかで美しい動き。
彼の記憶のどこかに眠る、もう1人の天才パイロットの戦いぶりを思い出させるその動きに見とれ、彼はインパルスだけを追い続けた。
「そういうことを言っているのではない!」
司令官も負けじと机をどんと叩き、声を荒げた。
「我々はここに、対カーペンタリア前線基地を造るために派遣された部隊だ!その任務もままならないまま、貴官にモビルスーツなど…」
彼らは開戦後、カーペンタリア攻略の東の橋頭堡となるべく派遣され、信じられない暑さと湿気に耐えながら作業を続けている。
小うるさい現地民の反対を押さえつけ、徴用し、監督するだけでも大変なのに、この不自由な状態で今、戦闘などしたくはなかった。
「その基地も何も、すべてはザフトを討つためだろう?」
それを聞いて、ネオは面白くもないとでも言うように顎を掻きながら答えた。
「寝ぼけたこと言ってないでとっとと全機出せ!!」
ネオはついに司令官を指さして怒鳴り、司令官はその剣幕に対抗するため不遜な男をギロリと睨んだが、ネオは涼しい顔だ。
いや、仮面を被っている彼の表情をうかがい知る事はできないのだが。
「ここの防衛にはガイアを置いておいてやる。あれは番犬にちょうどいい」
まだ渋っている司令官をさらに怒らせるようにふふんと笑うと、「命令だ、急げよ」と言い残し、ネオは一方的に通信を切った。
そして「こちらの手駒は?」と副長に聞く。
「全機、発進準備完了です」
「よし、ジョーンズは所定の場所を動くなよ」
艦長はじめクルーに見送られ、ネオはハンガーへ向かった。
「いいなぁ、みんな…ステラだけお留守番」
待機命令が出ているステラは、幼い口調で不満を口にしている。
駄々るステラをなだめようと、アウルやスティングが口々に話しかけた。
ネオは遠目にそれを見てしばし考え込んだ。
(『前の』とは違うラボの子供たち、か)
確かに互いに無関心だったかつての3人に比べれば、彼らには何らかの「仲間意識」があるように見えるが、それはさしものネオも知る由がない。
「しょうがねえじゃん。ガイアは飛べねえし、泳げねえし」
アウルがふてくされるステラの額を小突いた。
「だから留守番なの。わかった?」
ステラはアウルに言われて一度は頷くものの、またため息をついている。
スティングが苦笑し、ステラの頭を撫でた。
「海でも見ながらいい子で待ってな。好きなんだろ?」
「…うん」
優しい言葉は嬉しいけれど、ステラの気持ちはやはり晴れない。
(だって、だって、ステラはね)
「俺もステラと出られないのは残念だがね」
「ネオ!」
途端にぱっとステラの表情が明るくなる。
徐々に成熟しつつある肉体に似合わないあやうい幼さが混在し、見るものを不安にさせるステラだが、ネオを見た時の笑顔は本当に美しく見える。
ネオは駆け寄ってきたステラを抱きとめ、頭を撫でた。
「だが仕方ない。何もないとは思うが、後を頼むな?」
ステラは今度こそ「うん」としっかり返事をした。
「ネオが言うなら、そうする」
それを見てやれやれとスティングがため息をつく。
どれだけ自分がなだめても聞かないのに、ネオが言えば一発だ。
アウルもぶーっと膨れている。
スティングは、何だかんだでちょっかいをかけたり意地悪をするのが大好きで、いつもステラを気にするアウルに「行くぞ」と声をかけた。
「今日はあの白いヤツらが出てくるんだろ?」
「そうだった。へへ…楽しみぃ」
スティングの言葉に、アウルもすぐにご機嫌になった。
「ファントムペインめ!」
結局、ネオの迫力に押されて前線基地の守りとして配備されたウィンダムを全部出す事になった司令官は、次々飛び立つ機体を窓から眺めて歯噛みした。
(1機でも落としたら許さんぞ!)
「X24Sカオス、発進スタンバイ」
「ZGMF」が除かれ、発進するカオスの機体ナンバーが告げられる。
「スティング・オークレー、カオス、発進する!」
「アウル・ニーダ、アビス、出るよ!」
紫色にカラーリングされたウィンダムに乗り込んだネオも、出撃準備を整えた。
(今日はあの白い機体に、ぜひともお手合わせ願おうか)
ネオは凄まじい戦いぶりを見せたインパルスを思い、ニヤリと笑う。
「これでケリがつけば御の字だがね。ネオ・ロアノーク、ウィンダム、出るぞ!」
「コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機にて待機せよ」
多くの機影を捉えたミネルバでも緊急放送がかかった。
シンやレイ、ルナマリアがただちにパイロットルームに向かう。
ちょうどセイバーの整備中だったアスランもすぐに立ち上がった。
「熱紋照合…ウィンダムです。数30!」
その数にタリアが思わず聞き返した。
「こんなところに30機も?」
「うち、1機はカオスです」
バートの返答に、タリアがはっと表情を硬くした。
「あの部隊だって言うの?一体どこから?付近に母艦は?」
忌々しい連中…タリアはギリっと親指を噛み締めた。
新型を強奪してアーモリーワンを破壊し、ミネルバを傷だらけにしてくれた上に、破砕作業を見ていたくせに、まるでブレイク・ザ・ワールドの首謀者はザフトそのもののように報道させた。そして今また、地球軍として…今度こそはっきりと、彼らプラントの「敵」として、目の前に現れたのだ。
索敵範囲を広げ、レーダー以外にも熱センサーなどを利用して探していたバートは、敵艦は確認できないと報告してきた。
「またミラージュコロイドか!?」
「海で?あり得ないでしょ」
アーサーの言葉を、艦長があっさり却下する。
副長のうっかりぶりに慣れているメイリンはじめクルーも、すぐに作業に戻った。
「あれこれ言ってる暇はないわ。ブリッジ遮蔽。対モビルスーツ戦闘用意。ニーラゴンゴとの回線固定」
(ありえないのかぁ)と首を傾げながら、アーサーは砲撃準備に入った。
かつてザラ隊がアークエンジェルに最初に仕掛ける場所として選んだのも、こうした島々が点在する東南アジアの多島海域だった。
(あの時は不測の事態で出撃できなかった)
さして昔でもないのに、アスランはそんな事を懐かしく思い出して進路となる海域図を指でなぞると、それから艦長席に通信を入れた。
「グラディス艦長」
モニターに映ったアスランに、タリアは少し驚いた。
カーペンタリアを出て何日も経つのだが、彼女からは何か特別に働きかけがあった事はなく、艦内でもあまり見かけなかったからだ。
(ギルバートお気に入りの彼女は、本当に深窓のご令嬢のようね)
やや女の嫉妬を混じえながら彼女を見ているタリアは冷淡に答えた。
「何か御用?」
「地球軍ですか?」
「どうやらまた待ち伏せされたようだわ。毎度毎度人気者は辛いわね」
そう答えながら、アスラン名義のデータハブへデータを送ってやる。
これで彼女のタブレットやセイバーにも、満遍なく情報が回るはずだ。
「既に回避は不可能よ。本艦は戦闘に入ります。あなたは?」
シンたちミネルバ所属のパイロットは艦長のタリアの指揮下にあるが、FAITHのアスランはそうではない。タリアは淡々と事実を述べた。
「私に、あなたへの命令権はないわ」
アスランは軍での合理的な、ある意味冷たい問答には慣れている。
皮肉も嫌味も、目くじらを立てず流してしまうことが一番だ。
「私も出ます」
「いいの?」
タリアが鋭い視線を送る。
戦闘に出ればいやでもミネルバの指揮下に入らねばならない事もある。
たとえFAITHでも譲るべき部分が出てくるのだ。
「確かに指揮下にはないかもしれませんが、今は私もこの艦の搭乗員です」
アスランは送られてきたデータを見ながら答えた。
ウィンダムが30機にカオス…それだけではない。
アビスやガイアもどこかに潜んでいるかもしれない。
地上戦に慣れていないミネルバには色々と厳しいだろう。
「私も、残念ながらこの戦闘は不可避と考えます」
「なら、発進後のモビルスーツの指揮をお任せしたいわ。いい?」
タリアは自分が目を配りきれないシンたちの統括指揮を頼んだ。
「わかりました」
新たな「ザラ隊」が結成された瞬間だった。
「インパルス、セイバー、発進願います。ザクは別命あるまで待機」
「セイバー?」
機動性重視のフォースを選んで発進待機に入っていたシンは、セイバーの名を聞いて(あの人も出るのか)と思った。
そこに、当のアスランから通信が入った。
「シン・アスカ」
「ん?…はい」
モニターにヘルメット姿のアスランが映し出される。
「発進後の戦闘指揮は、私が執ることになったわ」
「え?」
シンが怪訝そうに聞き返す。
これまでモビルスーツ隊の指揮は、誰が執るという決まりはなかったが、自然、実力を兼ね備えたシンが、そうでない時はレイが行ってきた。
それが今回はやってきたばかりのアスランが執るという。
シンはやや不服そうな顔をしたが、「いい?」と念を押されると、渋々ながら「はい」と答えるしかなかった。
「射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常。進路クリアー」
ハンガーに、もうすっかり堂々たるもののメイリンの声が流れた。
「コアスプレンダー発進、どうぞ!」
「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
大気圏内でのドッキングももはや慣れたものだ。
シンは鮮やかに戦場へと躍り出た。
「アスラン・ザラ、セイバー、発進します」
続けてアスランもセイバーで発進した。
両者は左右に展開し、まずは向かってくる敵を確認する。
「敵モビルスーツ展開!」
30機のウィンダムが散り、アーサーが弾幕を張る。
「CIWS、トリスタン、イゾルデ起動。ランチャー1、2、全門パルシファル装填」
こうしてミネルバの砲口も再び火を噴いた。
「あ?なんだあの機体は?」
スティングはインパルスの隣に陣取る赤い機体に目を奪われた。
それは見る見る間にモビルアーマーへと可変し、上昇していく。
「へぇ…カオスと同じタイプかよ」
「また新型か。カーペンタリアで?ザフトは凄いねぇ」
ネオはやれやれと肩をすくめた。
「全く、どこに隠してるんだか」
「あんなもの!」
スティングはいきり立つとセイバーを追い始めた。
「おいおい、スティング!」
(一応、ウィンダムを守りつつ…って約束じゃなかったか?)
ネオは苦笑したが、別にとめるつもりはないようだ。
「ま、いっか。俺は馴染みのあっちをやらせてもらう!」
ネオはインパルスに向かっていった。
「あの力、ほんのちょっとでも見せてくれよな、子猫ちゃん!」
アスランは上空に舞い上がり、ウィンダムに攻撃を仕掛けた。
ダガー、ダガーLと進化してきたモビルスーツの次世代機とはいえ、結局はコンピューターの支援に頼っているナチュラルの攻撃は相変わらず画一的だ。
たまに動きのいいパイロットもいるが、それでも歴戦のつわものであるアスランの敵ではない。
しかしその時、セイバーの脇をビーム砲がかすめた。
「そーら、見せてみろ、力を!この新顔!」
近づいてきたカオスのカリドゥスが畳み掛けてくる。
相手の高速移動に対抗するため、アスランもモビルアーマーに変形し、背部のフォルティスを連射して迎え撃った。
「ちっ…早い」
撹乱のために撃ったミサイルが全て撃ち落され、スティングは逆に機体の後ろに見事なまでにピッタリと張り付かれてドッグファイトを挑まれた。
まるで追いかけっこをするように2機が空を駆け抜ける。
振り切れず、しつこく食い下がられたスティングは忌々しげに後ろを見たが、気を抜くとすぐに容赦なくビーム砲が襲い掛かってくるのだ。
「こいつ…!」
アスランはスティングの動きをトレースしつつ、同時に予測軌道を読んでいる。
セイバーの機動性は申し分なく、久々に感じる強いGも心地よかった。
しかしそう思いつつもアスランは固定したインパルスのマークを見つめる。
「数ばかりゴチャゴチャと!」
シンは撃っても撃っても減らないウィンダムに辟易していた。
しかし中には偶然のようにインパルスを突破し、ミネルバに向かう者もいる。
シンは振り返り、それをライフルで狙った。ミネルバはミネルバで、モビルスーツに取りつかせまいとミサイルやCIWSで応酬している。
数は多いが、やはりウィンダムなどインパルスとセイバーの敵ではない。
「ふーん…なるほどね」
友軍を屠るインパルスを見ていたネオは面白そうに言った。
(この程度の敵じゃ、あの時のようにはなれんよなぁ)
劣勢に立たされてからの彼の戦いぶりは眼を見張るものがあった。
「なら、この俺にはどうかな?」
ネオは満を持したかのように自ら突っ込んでいき、サーベルで斬りかかった。
シンは他のウィンダムと同じくシールドで打ち払ったが、ネオはインパルスが次の動作に入る前に飛び退ってサーベルをしまい、今度はライフルを取る。
(…速い!)
シンはそれを見て再びシールドを構えたのだが、襲い掛かってきたのはなぜかビームではなく、いつの間にかサーベルを構えなおしたウィンダムの激しいタックルだった。まんまと相手の懐に飛び込んだネオが楽しそうに笑った。
「そぅら、がら空きだぞっ!」
「…くっ!なんだ、こいつ!?」
勢いあまって吹っ飛ばされ、シンはいくつものスラスターをふかす。
自分がこれまで翻弄してきた敵に翻弄され、シンはちっと舌打ちした。
何より、ネオのセオリー無視のフレキシブルな戦闘がシンを苛立たせる。
(ウィンダムごときに!)
シンの赤い瞳が紫の敵を捉え、ライフルを構えると突進していく。
「あんまりいい気になるなよ、ザフトのエースくん!」
コーディネイターに勝るとも劣らない優れた空間認知能力を持つネオは、ビームを紙一重でかわし、周囲のウィンダムにインパルスを囲むよう命じた。
「ボヤボヤするな!連携して追い込むんだ!」
その時、シンは気づいたのだ。
ネオのウィンダムに誘い込まれ、自分がいつの間にか防衛ラインを超え、敵陣の真っ只中にいたことを。
数機のウィンダムが後ろに回りこんでいる。
しかも、こぼれた連中は続々とミネルバにとりついているではないか。
「しまった!」
熱くなって誘いに乗ったと気づいたシンは、数だけは多いウィンダムの攻撃を避けつつ、してやられた悔しさと自分の迂闊さに歯噛みした。
それを見てアスランはすぐに援護に向かおうとしたが、スティングはその隙を見逃さなかった。容赦なくカリドゥスが放たれ、セイバーの進路を塞ぐ。
「行かせるかよ!」
今度は逆にセイバーが後ろを取られ、カオスに追われる。
アスランはそれを打開するために素早くモビルスーツに可変すると、モビルスーツならではの横の動きを利用してカオスの航路を外れた。
「なんだよこいつは!むちゃな野郎だな!」
スティングは一歩間違えば衝突する危険を顧みない大胆な策に呆れ、逆噴射と咄嗟のコントロールで衝突を回避すると、悪態をついた。
カオスをやり過ごしたアスランは急いでシンの元に駆けつけると、周囲を旋回しながらフォルティスを撃ちこんでインパルスを援護した。
「シン、出過ぎよ!何をやってるの」
シンは自覚している失態への叱責に苛立ち、通信機に向かって怒鳴った。
「わかってる!俺のミスだ。援護はいらない!」
シンはそう言ってサーベルを抜くと、ウィンダムの群れを一閃した。
それからミネルバに取りつこうとするウィンダムを追う。
「おまえらなんかに、ミネルバはやらせない!」
「ランチャー1、ランチャー2、撃ぇ!」
飛び回るウィンダムを近づけさせまいとアーサーはミサイルを撃った。
タリアは先ほどから潜水艦ニーラゴンゴの艦長との通信で忙しい。
「だが、こちらのセンサーでも潜水艦はおろか、海上艦の一隻すら発見できてはいないのだ」
「近くに母艦があるのなら、支援部隊が出てこないとも限りません」
タリアが僚艦に探させているのは母艦だった。
ニーラゴンゴの艦長は汗を拭き拭き、「それが見つからんのだ」と言う。
「では彼らはどこから来たと言うのです?付近に基地があるとでも?」
「こんなカーペンタリアの鼻っ先にか?そんな情報はないぞ」
艦長は呆れたように言ったが、タリアは冷静に答えた。
「出撃したウィンダムの数からして、空母なら優に数隻必要です。それが見つからないなら、その可能性もあるということでしょう」
タリアはイライラして親指をきりっと噛んだ。
「なんだあの女は!生意気な口ばかりききおって!」
通信を切った艦長が副長に当り散らし、副長がまぁまぁとなだめた。
艦長の怒りはなかなか収まらなかったが、やがて強制的に遮られた。
「ソナーに感!数1!」
「なに!?なんだこれは、速い!!」
向かってきたのは、モビルアーマーに変形したアビスだった。
「迎撃!グーンの発進、急がせい!」
水中の敵の出現にニーラゴンゴのブリッジは急に慌しくなった。
データを受け取ったタリアも待機しているザクに発進を命じる。
しかも、出撃先は艦上ではなかった。
「レイとルナマリアに水中戦の準備をさせて。完了次第発進」
「水中戦!?」
メイリンは驚いて思わず艦長を振り返った。
(大気圏内戦闘だってまだ2回目なのに…大丈夫かな、姉さん)
ニーラゴンゴから出たグーンは既にアビスと交戦状態に入っていた。
アウルはグーンが撃ち放った魚雷を、優れたマニピュレーター操作で、まるでデモンストレーションのようにランスで切ってみせ、お返しに肩部から魚雷をお見舞いした。それを迎撃したグーンに爆発に紛れて素早く近づくと、ランスを振り払って切り裂く。
1機がやられたことに動揺したもう1機もすぐに岩場へ追い詰め、至近距離から魚雷をぶち込んで敢え無く爆発させてやった。
「あっはっはっ!ごめんね、強くてさっ!」
「ミネルバ!今のは!?」
突然飛び込んだアスランの声にドキリとしたが、メイリンは落ち着いて答える。
「アビスです。ニーラゴンゴのグーンと交戦中」
「こちらはレイとルナマリアで対応するわ」
タリアが割って入り、アスランに尋ねる。
「それより敵の拠点は?そちらで何か見える?」
「いえ、こちらでも何も。しかし…」
これだけの数が出てきたのだ。
空母すらも見えないというのは確かにおかしな話だった。
カオスが再びセイバーに喰らいつき、シンはネオのウィンダムと交戦し続けている。ウィンダムはインパルスとセイバーの手でかなり数を削られたが、水中のアビスは潜水艦ニーラゴンゴ、さらには現在着水して航行しているミネルバを脅かしている。
「ビームライフルでは駄目だ!バズーカを!」
レイがザクの装備を指示し、ヴィーノとヨウランが準備を急ぐ。
「水中戦なんて、もう!」
レイがぶつぶつぼやくルナマリアに「おまえは…」と言いかけると、彼女は明るく「何でも苦手だろ、は言いっこなし」と言い返した。
「レイ・ザ・バレル、ザク、発進する!」
「ルナマリア・ホーク、ザク、出るわよ!」
2人はほぼ同時にダイブした。
「へへ~んだ。ん?」
ニーラゴンゴに搭載されていたグーンをことごとく葬ったアウルは、次に潜水艦に向かおうとしたところで、向かってくるザクに気づいた。
「おいおい、ザクって、水ん中泳げんのぉ?」
「このぉッ!調子に乗ってくれちゃって!」
バズーカを構えたルナマリアがアビスを見つけて一発ぶっ放す。
しかしいかんせん距離があり過ぎ、アウルは苦もなくかわすとさも可笑しそうに笑った。
「は!そんなんでこの僕をやろうって!?」
そして両者に向けて肩口の魚雷を一斉に発射した。
「舐めんなよ!こらっ!」
2人は派手に水泡を起こしながらスラスターを噴射して散開した。
水泡が弾幕代わりになるが、逆に相手にとっても都合のいい煙幕になる。
アウルはランスを構え、彼らが起こした水泡に向かった。
ネオのウィンダムは相変わらずのらりくらりとインパルスをかわしていた。
(くそ、あいつ…楽しんでるのか?)
シンはまた苛立ったが、先ほどのように誘い込まれる危険があるため、ネオの紫の機体にはなるべくこだわらないよう心がけていた。
逆に簡単に落とせる他のウィンダムを全滅させれば、あいつやカオス、アビスも引き上げざるを得ないだろう。
そう考えたシンは戦法を変え、果敢に敵陣へと突っ込んで行った。
(とにかくこいつらを散らす!)
ナチュラルのパイロットたちは、シンの攻撃スピードに全くついていけず、シールドを構える事すらできずにコックピットを貫かれていく。
地球軍側の被害は広がるばかりで、ネオもさすがに顔を曇らせた。
「思った以上に腕を上げてるな。さぁて、どうするか」
たった2機の攻撃に押し負けて、戦線はどんどん下がっている。
ネオはチラッと背後に迫る島影を見た。
既に前線基地の予定防衛圏内にも入っている。
(となると…近くにいるかもしれんな)
「あいつ!」
ウィンダムをほとんど片付けたシンは、いよいよネオの機体に迫った。
シンはサーベルを抜くと、一直線にネオのウィンダムに向かっていく。
「ネオッ!」
その途端、インパルスは横から躍り出て来たガイアに飛びつかれた。
「うわっ!!」
シンは驚いてバランスを崩し、ガイアもろとも浅瀬に墜落する。
「なっ…ガイア!?」
ビームサーベルが海の水を急激に蒸発させたため、両者の間には激しい水蒸気があがっている。シンは一体どこから…とあたりを見回したが、ガイアはモビルスーツに変形し、サーベルを握った。
ネオはそれを見て、ふふ、と笑った。
(いい子だ。よくやったな、ステラ)
狙ったわけではないが、ステラの行動原理を思えば必然と言えなくはない。
ステラははじめこそ防衛のため基地内でおとなしくしていたのだが、戦線が下がってくるにつれネオが心配になり、拠点に近い岬の突端で遥か遠くに小さく見える戦場の機影を眺めていたのだった。
「あれはガイア?…シン!」
今度は突然現れたガイアと戦っているインパルスに驚き、アスランは再びカオスを引き離しにかかった。モビルスーツに変形したカオスはファイアーフライとビーム砲で追うが、セイバーには追いつけない。
アスランは急速反転して素早くモビルスーツになるとサーベルを抜き、カオスの懐に飛び込んだ。突然の衝撃にスティングはこらえ切れず後ろに吹っ飛ばされると、逃がさないとばかりにフォルティスが追う。
「ちっ…あいつもやるなぁ」
セイバーとカオスの力の差を感じてネオは頭を掻き、インパルスと戦うガイアに眼を移した。こちらはステラがやや押し気味に攻めていた。
「こいつ…いっつも、いっつも!」
素早い太刀筋に追われ、インパルスは飛翔するタイミングを失っている。
(くそっ、こいつもいたのか…でも一体どこから?)
シンは攻撃を避けながらも、ガイアが出てきた方角をチェックしていた。
そしてガイアのサーベルをかわすと、相手の隙を突いて飛び上がった。
ガイアが飛び出した崖の向こうにはうっそうとしたジャングルが見える。
「あそこか!?」
シンはそこに何かがあると直感し、勘のいいネオもまた彼の意図に気づいた。
「スティング!回り込め!」
「ああ!?」
セイバーと交戦中だったスティングが突然名前を呼ばれて振り返る。
「なんだよ、ネオ!」
「拠点に向かわれた!ヤツを追い込むぞ!ステラ、来い!」
シンは追撃を警戒しつつ、気になった方角へと全速力で向かった。
それをネオのウィンダムが追い、さらにはガイアが地を駆けて追う。
両者の攻撃が背部からインパルスを襲い、数発被弾してバランスを崩した。
「ぐっ…!」
アスランは追い詰められていくインパルスをいぶかしんだ。
「シン!下がりなさい!乗せられてるわ!」
しかしシンは答えなかった。
(ガイアがこの方角から出てきたんだ。この先にきっと…!)
ビームがかすめ、低空飛行のインパルスの脚部が森の木々をなぎ倒した。
(あいつらがこうして俺を追ってくるのが、何よりの証拠だ)
ウィンダムが攻撃する間にインパルスに追いついたステラは、背部のビームブレードを展開すると飛び上がった。
「こいつ、今日こそ!」
シンはそれを待ち構えたようにシールドをかざし、ライフルを構えた。
「シン!」
アスランが彼を留めようと呼びかける声を、シンは無視し続けた。
(もう少し…もう少しだ…こいつらがいやがる方に、何かがある!)
シンは徐々に後ろに下がりながら、ガイアを待ち構えた。
「対空砲急げ!ええい!ロアノークの奴!何をやっているか!」
すでに防衛圏内に入り込まれている拠点では、インパルスの姿を認め、司令官が慌てて防衛を命じていた。基地にはけたたましくサイレンが鳴り響き、兵たちが走る。
ウィンダムはもとより全て出撃させられ、防衛の任にあたる事ができない上に、そもそもその大切な機体も既に数機を残すのみで、見る見るうちにアスランに撃墜されてしまった。
「おのれ、ファントムペイン!この体たらくはなんなのだ!」
司令官は頭に血が上り、ロアノークを呪った。
ガイアを退けて高く舞い上がった途端、対空砲がインパルスを狙う。
「うわっ!今度は何だ!?」
シンがはるか下界を見下ろすと、そこに目指すものがあった。
「こんなところに!?」
巨大な敷地だが、あちこちに重機が設置され、まだまだ建設中のようだ。
(なるほど、それでわからなかったのか)
空母でも基地でもない場所からの攻撃は、「予定地」からだったのだ。
対空砲が襲い掛かるが、実弾などインパルスのVPSにほとんど効果はない。
シンはそのまま旋回し、拠点の映像をスキャンしてミネルバへと送る。
その時ふと、軍服を着ていない多くの人々の姿が目に止まった。
追いついてきたカオスが下方のインパルスに向けてビームを撃ったが、シンが防いだもの以外が味方の基地を焼いた。アスランはカオスに射線を取らせまいと攻撃し、スティングはいやがって上昇する。
「何だって言うんだよ、おまえも!」
そう言いながらスティングが離れると、アスランもまたシンが今見ている光景を見て、今回の戦闘の全てのピースが繋がった。
「これは…地球軍の前線基地!?」
「みたいですね。カーペンタリアの眼と鼻の先だってのに、よくもまぁ」
シンが呆れたように答えた。
「データは?」
「スキャンして送りました。そちらにも送ります」
ありがとうと答えながら、アスランはその的確なデータにも感心した。
(シンは追い込まれていたのではなく、これを探していた…)
アスランは、彼の優れた状況判断に舌を巻いた。
「うわっ!」
アビスの魚雷に肩を撃たれ、ルナマリアのザクは激しい海流に流された。
レイはバズーカを構えてさらにアビスを狙ったが、水中戦はやはりアビスに一日の長があり、アウルはそれを身軽にかわすと素早く近づいてきてランスを振り回した。レイもまたその太刀筋をかいくぐり、ショルダーでタックルする。しかし足場が悪いので自分も流され、岩場に激突した。
「ちぇ!ウザいなぁ、おまえら!」
アウルは苛立ち、素早く近づいてザクの背にランスを突き立てようとしたが、レイはするりと攻撃をかいくぐって再び距離をとった。
「そろそろ限界か。ステージが悪かったかな?」
ウィンダムは全滅、ミネルバはほぼダメージなく航行を続けている。
何より拠点が発見された今、もはや秘密裏の基地建設は不可能になった。
(悪く思うな…ってのは、さすがに無理だよなぁ)
ネオはやれやれと苦笑して母艦へのチャンネルを開いた。
「ジョーンズ!撤退するぞ!合流準備!」
同時にアウル、スティング、ステラにも離脱を命じる。
「なんで?」
中でも不満そうな声をあげたのはアウルだった。
「借りた連中が全滅だ。拠点予定地にまで入られてるしな」
建設中の基地上空のインパルスとセイバーを見ながらネオは言った。
しかしアウルから返ってきた返事にはつい吹き出してしまった。
「何やってんだよ、ボケ!」
「言うなよ。おまえだって大物は何も落とせてないだろう?」
しかしアウルはその言葉で逆に闘争心を燃やした。
(この僕が大物をやってないだって?)
アウルはむーっと口を尖らせると、大声で喚いた。
「なら、やってやるさ!」
アビスはいきなり向きを変えて変形すると、急速に前進を始めた。
「あ!何を…」
吹き飛ばされてかなり流され、ようやく戻ってきたルナマリアがそれに気づき、声をあげた。
「まずいわよ、レイ!あっちにはニーラゴンゴが!」
2人は慌ててアビスを追った。追いつけるはずなどないのだが。
「アビス接近!距離200!」
アウルの眼にはノロノロと向かってくる潜水艦が見えていた。
「ふん!あいつなら『大物』って言えるだろ!」
「取り舵いっぱい!機関最大!かわせぇ!」
汗まみれの太った艦長が声を限りに叫んだが、間に合わない。
アウルは衝突すれすれまで近づき、至近距離で魚雷を放った。
そして素早く転進する。この距離では魚雷は全て命中し、潜水艦の装甲を軽々と破った。ニーラゴンゴは見る見る浸水して制御を失う。
「そぅら!これで、終わりだ!」
瀕死の艦に、アウルが無情にもありったけの魚雷を撃ち込む。
ミネルバのいる海面に断末魔の水飛沫をあげて撃沈したニーラゴンゴを、成す術もなかったタリアもアーサーもあっけにとられて見つめていた。
「これでいいんだろ、ネオ!」
アウルはそう言い捨て、楽しそうに大笑いしながら帰還した。
(ニーラゴンゴ…!)
爆発に伴う激しい水流に耐えながら、レイとルナマリアも言葉がなかった。
ガイアに続き、離脱したカオスを見送ったアスランはシンに呼びかけた。
「シン、ここはもういいわ。我々も離脱する」
「ああ、はい…」
しかしその途端、彼の赤い瞳には信じがたい光景が映った。
けたたましく響くサイレンに怯え、流れ弾で基地に炎が上がったことで、慌てて逃げ惑う人々が電磁フェンスに向かっていくが、兵たちがそれを静止しようと駆け寄った。それはひどく手荒で、銃底で殴られる者までいる。
(一体…これは?)
シンはその光景が理解できず、戸惑っていた。
それでも逃げようとする人々と、それを止めようとする兵は瞬く間に増え、やがて兵がサブマシンガンを構えて彼らをフェンスに追い詰めた。
見ればフェンスの向こう側にも人が大勢いて、しきりに叫んでいる。
そんな彼らに、兵は発砲し始めた。
「おい…ウソだろ!?」
シンは息を呑んだ。
人々は銃弾の前にあっけなく倒れていく。
フェンスの向こうでは人々が手を伸ばし、石を投げる者もいる。
中にはフェンスの穴を木の棒でこじ開け、入り込んで仲間を逃がす勇敢な人もいたが、やがて彼も一斉射撃で蜂の巣にされてしまった。
兵たちはフェンスの向こうにも銃口を向けて威嚇し、人々は怯えて一歩二歩と下がった。
「なんで…なんでこんな事…」
呆然とするシンの眼に、泣き叫ぶ子供や女性の姿が映る。
人々はサブマシンガンや見張り台、砲塔からの銃撃で倒れていく。
フェンスの向こうにいる人々は地面にくず折れ、泣き伏していた。
目の前で家族を奪われた人たちの哀しみがシンの過去に重なった。
突然、シンの心にあの時の光景が蘇る。
いなくなった妹が、父が、母が、血を流して倒れた人の中にいた。
家族の死に泣き叫ぶ人々の中に、地面を叩いて泣きじゃくる自分がいた。
(やめろ、こんな事…もうやめろ!)
強烈に襲い掛かってきたフラッシュバックを、シンは怒りで押し返した。
眼の前で流された罪なき血が、力なき人々の涙がシンを滾らせた。
(地球軍は、戦争以外にもこんな事をしてきたのか?)
ナチュラルが同じナチュラルを苦しめている…それは、ナチュラルとコーディネイターの共存を謳う平和な国オーブで育ったシンにとっては、ひどく理不尽で、この上なく不快な、唾棄すべき行為に映った。
「ちくしょう!」
シンはそのまま急降下すると基地に降り立った。
そして銃撃を続けている砲塔を殴り飛ばし、管制室を破壊した。
「シン!?」
アスランはこのシンの突然の行動に驚き、上空から慌てて呼びかけた。
しかしインパルスの登場に、たちまち基地は新たなる地獄に変わった。
シンは砲台をCIWSで撃ち、足で装甲車を踏み潰した。
サーベルでタンクを切り裂き、弾薬庫らしき倉庫をライフルで撃つと、大爆発が起きた。
逃げ惑う兵たちは激しい爆風に吹き飛ばされてしまう。
基地はすぐに阿鼻叫喚のるつぼとなり、ますます激しい炎に包まれる。
「何をやってるの!やめなさい!もう彼らに戦闘力はない!」
今回の任務に拠点の破壊などない。これは明らかな逸脱行為だった。
(ましてやこんな…これではただの虐殺になってしまう!)
アスランは必死に呼びかけた。
「シン!だめよ!戻って!」
しかしシンはそれには答えなかった。
制御ケーブルを引きちぎって電磁フェンスの電源を全て落とすと、外にいる彼らと中にいる人々を隔てているフェンスを引っこ抜き、通れるようにしてやった。
インパルスとインパルスの行動を見て驚き、戸惑っていた人々が、おずおずと歩き出し、やがて大きな歓声を上げて家族と再会を果たした。
喜びの涙を流す者がいれば、遺体にとりすがって泣く者たちもいる。
再会を果たした者は眩しそうにインパルスを見上げた。
(こんな事、誰がどう見たって許せるもんか)
シンはこの光景を見ながら、力なき彼らにこんな酷い事を強いた者たちがどうしても許せなかった。自分が現れた事でこの状況が発覚したのなら、それを終わらせる事も自分の責務なのではないかと感じたのだ。
(俺には「力」があるんだから)
燃え盛り、兵たちが逃げ惑う拠点に、シンは怒りの眼を向けた。
潮水に浸かったザクを見て、ヴィーノもヨウランも途方に暮れている。
「あーあ、ひどいなぁ」
「こんなの、どうやってメンテしろって言うんだよ」
「だって、命令だったんだからしょうがないじゃない!」
ルナマリアはブツクサ言い、コックピットを降りたレイの元に走る。
「ケガはないか?」
レイは被弾した彼女に声をかけたが、ルナマリアが「平気よ」と答えようとしたその時、彼らの背後でパシッという音がした。
それは、ザクより先に着艦したシンとアスランだった。
突然殴られたシンがふらりとよろけた。
乱れた前髪が表情を隠している。
ルナマリアは思わずレイを見たが、レイも事情を図りかねていた。
ゆっくりと顔を戻すと、シンは手で口をぬぐった。
「…殴りたいのなら、別に構いやしませんけどね」
シンはふっと息を吐いた。
「けど、俺は間違ったことはしてませんよ」
シンは自分を殴ったアスランを真っ直ぐ見つめると言った。
アスランもまた静かにシンを見つめていた。
「あそこの人たちだって、あれで助かっ…っ!」
シンの言葉を遮るように、再びアスランが逆の頬を打つ。
その有無を言わさぬ行動に、全員が固唾を呑んでいる。
「戦争はヒーローごっこじゃない!」
アスランは厳しい口調で言い放った。
シンは両頬を打たれるという屈辱に拳を握り締めたが、何とか耐えた。
「あなたがやった事は、ただの独りよがりの独断に過ぎないわ」
アスランは感情を抑えた声で淡々と言った。
「自分だけで勝手な判断をするのは、やめなさい」
シンは怒りを湛えた瞳でアスランを睨みつけ、やがて口を開いた。
「…俺が、あなたの命令に従わなかったからですか?」
「違う」
アスランは首を振った。
「力を持つ者なら、その力を自覚しろと言っているの」
シンはしばらく黙っていたが、やがてぼそりと呟いた。
「あれは…敵です」
シンのきっぱりとした言葉に、アスランやルナマリアたちに緊張が走った。
「シン、だけど…」
「放っておけば完成した前衛基地だ。だから破壊した。彼らも助かった」
やけに落ち着いた声に、ざわめいていたハンガーもいつしか静まり返る。
「そうじゃない…シン、私は…!」
「俺は…間違ったことはしてません」
アスランは噛みあわない論点に口を開きかけたが、シンは再びきっぱりと同じ言葉を返した。
「指揮官に逆らった事がいけないってんなら、それは謝りますけどね」
少し笑いすらして、シンは見守っていたレイとルナマリアの方に歩き出した。
「大丈夫?」
「ああ」
ルナマリアが心配そうに覗き込み、レイも「よくやった」とねぎらいの言葉をかけた。
仲間たちに迎えられたシンに、アスランはもう何も言えなかった。
ネオは司令官室に通信を繋ぎ、初老の司令官と押し問答を続けていた。
ミネルバを追ってきたネオは、地球や海に慣れないミネルバを、島々が点在し、狭隘な戦場となるこの地で今この時こそ撃たんと考えている。
「ふざけてんのはどっちさ?相手はボズゴロフ級とミネルバだぞ?」
ネオは両手を広げて大仰に驚いてみせた。
「それでも落とせるかどうか怪しいってのに。この間のオーブ沖会戦のデータ、あんた見てないのか?たった1隻で空母2隻、駆逐艦4隻だぜ」
ネオはあの戦闘を見た時の心躍る気持ちを忘れない。
圧倒的な強さ。
何者をも寄せつけぬ力。
人にも勝る滑らかで美しい動き。
彼の記憶のどこかに眠る、もう1人の天才パイロットの戦いぶりを思い出させるその動きに見とれ、彼はインパルスだけを追い続けた。
「そういうことを言っているのではない!」
司令官も負けじと机をどんと叩き、声を荒げた。
「我々はここに、対カーペンタリア前線基地を造るために派遣された部隊だ!その任務もままならないまま、貴官にモビルスーツなど…」
彼らは開戦後、カーペンタリア攻略の東の橋頭堡となるべく派遣され、信じられない暑さと湿気に耐えながら作業を続けている。
小うるさい現地民の反対を押さえつけ、徴用し、監督するだけでも大変なのに、この不自由な状態で今、戦闘などしたくはなかった。
「その基地も何も、すべてはザフトを討つためだろう?」
それを聞いて、ネオは面白くもないとでも言うように顎を掻きながら答えた。
「寝ぼけたこと言ってないでとっとと全機出せ!!」
ネオはついに司令官を指さして怒鳴り、司令官はその剣幕に対抗するため不遜な男をギロリと睨んだが、ネオは涼しい顔だ。
いや、仮面を被っている彼の表情をうかがい知る事はできないのだが。
「ここの防衛にはガイアを置いておいてやる。あれは番犬にちょうどいい」
まだ渋っている司令官をさらに怒らせるようにふふんと笑うと、「命令だ、急げよ」と言い残し、ネオは一方的に通信を切った。
そして「こちらの手駒は?」と副長に聞く。
「全機、発進準備完了です」
「よし、ジョーンズは所定の場所を動くなよ」
艦長はじめクルーに見送られ、ネオはハンガーへ向かった。
「いいなぁ、みんな…ステラだけお留守番」
待機命令が出ているステラは、幼い口調で不満を口にしている。
駄々るステラをなだめようと、アウルやスティングが口々に話しかけた。
ネオは遠目にそれを見てしばし考え込んだ。
(『前の』とは違うラボの子供たち、か)
確かに互いに無関心だったかつての3人に比べれば、彼らには何らかの「仲間意識」があるように見えるが、それはさしものネオも知る由がない。
「しょうがねえじゃん。ガイアは飛べねえし、泳げねえし」
アウルがふてくされるステラの額を小突いた。
「だから留守番なの。わかった?」
ステラはアウルに言われて一度は頷くものの、またため息をついている。
スティングが苦笑し、ステラの頭を撫でた。
「海でも見ながらいい子で待ってな。好きなんだろ?」
「…うん」
優しい言葉は嬉しいけれど、ステラの気持ちはやはり晴れない。
(だって、だって、ステラはね)
「俺もステラと出られないのは残念だがね」
「ネオ!」
途端にぱっとステラの表情が明るくなる。
徐々に成熟しつつある肉体に似合わないあやうい幼さが混在し、見るものを不安にさせるステラだが、ネオを見た時の笑顔は本当に美しく見える。
ネオは駆け寄ってきたステラを抱きとめ、頭を撫でた。
「だが仕方ない。何もないとは思うが、後を頼むな?」
ステラは今度こそ「うん」としっかり返事をした。
「ネオが言うなら、そうする」
それを見てやれやれとスティングがため息をつく。
どれだけ自分がなだめても聞かないのに、ネオが言えば一発だ。
アウルもぶーっと膨れている。
スティングは、何だかんだでちょっかいをかけたり意地悪をするのが大好きで、いつもステラを気にするアウルに「行くぞ」と声をかけた。
「今日はあの白いヤツらが出てくるんだろ?」
「そうだった。へへ…楽しみぃ」
スティングの言葉に、アウルもすぐにご機嫌になった。
「ファントムペインめ!」
結局、ネオの迫力に押されて前線基地の守りとして配備されたウィンダムを全部出す事になった司令官は、次々飛び立つ機体を窓から眺めて歯噛みした。
(1機でも落としたら許さんぞ!)
「X24Sカオス、発進スタンバイ」
「ZGMF」が除かれ、発進するカオスの機体ナンバーが告げられる。
「スティング・オークレー、カオス、発進する!」
「アウル・ニーダ、アビス、出るよ!」
紫色にカラーリングされたウィンダムに乗り込んだネオも、出撃準備を整えた。
(今日はあの白い機体に、ぜひともお手合わせ願おうか)
ネオは凄まじい戦いぶりを見せたインパルスを思い、ニヤリと笑う。
「これでケリがつけば御の字だがね。ネオ・ロアノーク、ウィンダム、出るぞ!」
「コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機にて待機せよ」
多くの機影を捉えたミネルバでも緊急放送がかかった。
シンやレイ、ルナマリアがただちにパイロットルームに向かう。
ちょうどセイバーの整備中だったアスランもすぐに立ち上がった。
「熱紋照合…ウィンダムです。数30!」
その数にタリアが思わず聞き返した。
「こんなところに30機も?」
「うち、1機はカオスです」
バートの返答に、タリアがはっと表情を硬くした。
「あの部隊だって言うの?一体どこから?付近に母艦は?」
忌々しい連中…タリアはギリっと親指を噛み締めた。
新型を強奪してアーモリーワンを破壊し、ミネルバを傷だらけにしてくれた上に、破砕作業を見ていたくせに、まるでブレイク・ザ・ワールドの首謀者はザフトそのもののように報道させた。そして今また、地球軍として…今度こそはっきりと、彼らプラントの「敵」として、目の前に現れたのだ。
索敵範囲を広げ、レーダー以外にも熱センサーなどを利用して探していたバートは、敵艦は確認できないと報告してきた。
「またミラージュコロイドか!?」
「海で?あり得ないでしょ」
アーサーの言葉を、艦長があっさり却下する。
副長のうっかりぶりに慣れているメイリンはじめクルーも、すぐに作業に戻った。
「あれこれ言ってる暇はないわ。ブリッジ遮蔽。対モビルスーツ戦闘用意。ニーラゴンゴとの回線固定」
(ありえないのかぁ)と首を傾げながら、アーサーは砲撃準備に入った。
かつてザラ隊がアークエンジェルに最初に仕掛ける場所として選んだのも、こうした島々が点在する東南アジアの多島海域だった。
(あの時は不測の事態で出撃できなかった)
さして昔でもないのに、アスランはそんな事を懐かしく思い出して進路となる海域図を指でなぞると、それから艦長席に通信を入れた。
「グラディス艦長」
モニターに映ったアスランに、タリアは少し驚いた。
カーペンタリアを出て何日も経つのだが、彼女からは何か特別に働きかけがあった事はなく、艦内でもあまり見かけなかったからだ。
(ギルバートお気に入りの彼女は、本当に深窓のご令嬢のようね)
やや女の嫉妬を混じえながら彼女を見ているタリアは冷淡に答えた。
「何か御用?」
「地球軍ですか?」
「どうやらまた待ち伏せされたようだわ。毎度毎度人気者は辛いわね」
そう答えながら、アスラン名義のデータハブへデータを送ってやる。
これで彼女のタブレットやセイバーにも、満遍なく情報が回るはずだ。
「既に回避は不可能よ。本艦は戦闘に入ります。あなたは?」
シンたちミネルバ所属のパイロットは艦長のタリアの指揮下にあるが、FAITHのアスランはそうではない。タリアは淡々と事実を述べた。
「私に、あなたへの命令権はないわ」
アスランは軍での合理的な、ある意味冷たい問答には慣れている。
皮肉も嫌味も、目くじらを立てず流してしまうことが一番だ。
「私も出ます」
「いいの?」
タリアが鋭い視線を送る。
戦闘に出ればいやでもミネルバの指揮下に入らねばならない事もある。
たとえFAITHでも譲るべき部分が出てくるのだ。
「確かに指揮下にはないかもしれませんが、今は私もこの艦の搭乗員です」
アスランは送られてきたデータを見ながら答えた。
ウィンダムが30機にカオス…それだけではない。
アビスやガイアもどこかに潜んでいるかもしれない。
地上戦に慣れていないミネルバには色々と厳しいだろう。
「私も、残念ながらこの戦闘は不可避と考えます」
「なら、発進後のモビルスーツの指揮をお任せしたいわ。いい?」
タリアは自分が目を配りきれないシンたちの統括指揮を頼んだ。
「わかりました」
新たな「ザラ隊」が結成された瞬間だった。
「インパルス、セイバー、発進願います。ザクは別命あるまで待機」
「セイバー?」
機動性重視のフォースを選んで発進待機に入っていたシンは、セイバーの名を聞いて(あの人も出るのか)と思った。
そこに、当のアスランから通信が入った。
「シン・アスカ」
「ん?…はい」
モニターにヘルメット姿のアスランが映し出される。
「発進後の戦闘指揮は、私が執ることになったわ」
「え?」
シンが怪訝そうに聞き返す。
これまでモビルスーツ隊の指揮は、誰が執るという決まりはなかったが、自然、実力を兼ね備えたシンが、そうでない時はレイが行ってきた。
それが今回はやってきたばかりのアスランが執るという。
シンはやや不服そうな顔をしたが、「いい?」と念を押されると、渋々ながら「はい」と答えるしかなかった。
「射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常。進路クリアー」
ハンガーに、もうすっかり堂々たるもののメイリンの声が流れた。
「コアスプレンダー発進、どうぞ!」
「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
大気圏内でのドッキングももはや慣れたものだ。
シンは鮮やかに戦場へと躍り出た。
「アスラン・ザラ、セイバー、発進します」
続けてアスランもセイバーで発進した。
両者は左右に展開し、まずは向かってくる敵を確認する。
「敵モビルスーツ展開!」
30機のウィンダムが散り、アーサーが弾幕を張る。
「CIWS、トリスタン、イゾルデ起動。ランチャー1、2、全門パルシファル装填」
こうしてミネルバの砲口も再び火を噴いた。
「あ?なんだあの機体は?」
スティングはインパルスの隣に陣取る赤い機体に目を奪われた。
それは見る見る間にモビルアーマーへと可変し、上昇していく。
「へぇ…カオスと同じタイプかよ」
「また新型か。カーペンタリアで?ザフトは凄いねぇ」
ネオはやれやれと肩をすくめた。
「全く、どこに隠してるんだか」
「あんなもの!」
スティングはいきり立つとセイバーを追い始めた。
「おいおい、スティング!」
(一応、ウィンダムを守りつつ…って約束じゃなかったか?)
ネオは苦笑したが、別にとめるつもりはないようだ。
「ま、いっか。俺は馴染みのあっちをやらせてもらう!」
ネオはインパルスに向かっていった。
「あの力、ほんのちょっとでも見せてくれよな、子猫ちゃん!」
アスランは上空に舞い上がり、ウィンダムに攻撃を仕掛けた。
ダガー、ダガーLと進化してきたモビルスーツの次世代機とはいえ、結局はコンピューターの支援に頼っているナチュラルの攻撃は相変わらず画一的だ。
たまに動きのいいパイロットもいるが、それでも歴戦のつわものであるアスランの敵ではない。
しかしその時、セイバーの脇をビーム砲がかすめた。
「そーら、見せてみろ、力を!この新顔!」
近づいてきたカオスのカリドゥスが畳み掛けてくる。
相手の高速移動に対抗するため、アスランもモビルアーマーに変形し、背部のフォルティスを連射して迎え撃った。
「ちっ…早い」
撹乱のために撃ったミサイルが全て撃ち落され、スティングは逆に機体の後ろに見事なまでにピッタリと張り付かれてドッグファイトを挑まれた。
まるで追いかけっこをするように2機が空を駆け抜ける。
振り切れず、しつこく食い下がられたスティングは忌々しげに後ろを見たが、気を抜くとすぐに容赦なくビーム砲が襲い掛かってくるのだ。
「こいつ…!」
アスランはスティングの動きをトレースしつつ、同時に予測軌道を読んでいる。
セイバーの機動性は申し分なく、久々に感じる強いGも心地よかった。
しかしそう思いつつもアスランは固定したインパルスのマークを見つめる。
「数ばかりゴチャゴチャと!」
シンは撃っても撃っても減らないウィンダムに辟易していた。
しかし中には偶然のようにインパルスを突破し、ミネルバに向かう者もいる。
シンは振り返り、それをライフルで狙った。ミネルバはミネルバで、モビルスーツに取りつかせまいとミサイルやCIWSで応酬している。
数は多いが、やはりウィンダムなどインパルスとセイバーの敵ではない。
「ふーん…なるほどね」
友軍を屠るインパルスを見ていたネオは面白そうに言った。
(この程度の敵じゃ、あの時のようにはなれんよなぁ)
劣勢に立たされてからの彼の戦いぶりは眼を見張るものがあった。
「なら、この俺にはどうかな?」
ネオは満を持したかのように自ら突っ込んでいき、サーベルで斬りかかった。
シンは他のウィンダムと同じくシールドで打ち払ったが、ネオはインパルスが次の動作に入る前に飛び退ってサーベルをしまい、今度はライフルを取る。
(…速い!)
シンはそれを見て再びシールドを構えたのだが、襲い掛かってきたのはなぜかビームではなく、いつの間にかサーベルを構えなおしたウィンダムの激しいタックルだった。まんまと相手の懐に飛び込んだネオが楽しそうに笑った。
「そぅら、がら空きだぞっ!」
「…くっ!なんだ、こいつ!?」
勢いあまって吹っ飛ばされ、シンはいくつものスラスターをふかす。
自分がこれまで翻弄してきた敵に翻弄され、シンはちっと舌打ちした。
何より、ネオのセオリー無視のフレキシブルな戦闘がシンを苛立たせる。
(ウィンダムごときに!)
シンの赤い瞳が紫の敵を捉え、ライフルを構えると突進していく。
「あんまりいい気になるなよ、ザフトのエースくん!」
コーディネイターに勝るとも劣らない優れた空間認知能力を持つネオは、ビームを紙一重でかわし、周囲のウィンダムにインパルスを囲むよう命じた。
「ボヤボヤするな!連携して追い込むんだ!」
その時、シンは気づいたのだ。
ネオのウィンダムに誘い込まれ、自分がいつの間にか防衛ラインを超え、敵陣の真っ只中にいたことを。
数機のウィンダムが後ろに回りこんでいる。
しかも、こぼれた連中は続々とミネルバにとりついているではないか。
「しまった!」
熱くなって誘いに乗ったと気づいたシンは、数だけは多いウィンダムの攻撃を避けつつ、してやられた悔しさと自分の迂闊さに歯噛みした。
それを見てアスランはすぐに援護に向かおうとしたが、スティングはその隙を見逃さなかった。容赦なくカリドゥスが放たれ、セイバーの進路を塞ぐ。
「行かせるかよ!」
今度は逆にセイバーが後ろを取られ、カオスに追われる。
アスランはそれを打開するために素早くモビルスーツに可変すると、モビルスーツならではの横の動きを利用してカオスの航路を外れた。
「なんだよこいつは!むちゃな野郎だな!」
スティングは一歩間違えば衝突する危険を顧みない大胆な策に呆れ、逆噴射と咄嗟のコントロールで衝突を回避すると、悪態をついた。
カオスをやり過ごしたアスランは急いでシンの元に駆けつけると、周囲を旋回しながらフォルティスを撃ちこんでインパルスを援護した。
「シン、出過ぎよ!何をやってるの」
シンは自覚している失態への叱責に苛立ち、通信機に向かって怒鳴った。
「わかってる!俺のミスだ。援護はいらない!」
シンはそう言ってサーベルを抜くと、ウィンダムの群れを一閃した。
それからミネルバに取りつこうとするウィンダムを追う。
「おまえらなんかに、ミネルバはやらせない!」
「ランチャー1、ランチャー2、撃ぇ!」
飛び回るウィンダムを近づけさせまいとアーサーはミサイルを撃った。
タリアは先ほどから潜水艦ニーラゴンゴの艦長との通信で忙しい。
「だが、こちらのセンサーでも潜水艦はおろか、海上艦の一隻すら発見できてはいないのだ」
「近くに母艦があるのなら、支援部隊が出てこないとも限りません」
タリアが僚艦に探させているのは母艦だった。
ニーラゴンゴの艦長は汗を拭き拭き、「それが見つからんのだ」と言う。
「では彼らはどこから来たと言うのです?付近に基地があるとでも?」
「こんなカーペンタリアの鼻っ先にか?そんな情報はないぞ」
艦長は呆れたように言ったが、タリアは冷静に答えた。
「出撃したウィンダムの数からして、空母なら優に数隻必要です。それが見つからないなら、その可能性もあるということでしょう」
タリアはイライラして親指をきりっと噛んだ。
「なんだあの女は!生意気な口ばかりききおって!」
通信を切った艦長が副長に当り散らし、副長がまぁまぁとなだめた。
艦長の怒りはなかなか収まらなかったが、やがて強制的に遮られた。
「ソナーに感!数1!」
「なに!?なんだこれは、速い!!」
向かってきたのは、モビルアーマーに変形したアビスだった。
「迎撃!グーンの発進、急がせい!」
水中の敵の出現にニーラゴンゴのブリッジは急に慌しくなった。
データを受け取ったタリアも待機しているザクに発進を命じる。
しかも、出撃先は艦上ではなかった。
「レイとルナマリアに水中戦の準備をさせて。完了次第発進」
「水中戦!?」
メイリンは驚いて思わず艦長を振り返った。
(大気圏内戦闘だってまだ2回目なのに…大丈夫かな、姉さん)
ニーラゴンゴから出たグーンは既にアビスと交戦状態に入っていた。
アウルはグーンが撃ち放った魚雷を、優れたマニピュレーター操作で、まるでデモンストレーションのようにランスで切ってみせ、お返しに肩部から魚雷をお見舞いした。それを迎撃したグーンに爆発に紛れて素早く近づくと、ランスを振り払って切り裂く。
1機がやられたことに動揺したもう1機もすぐに岩場へ追い詰め、至近距離から魚雷をぶち込んで敢え無く爆発させてやった。
「あっはっはっ!ごめんね、強くてさっ!」
「ミネルバ!今のは!?」
突然飛び込んだアスランの声にドキリとしたが、メイリンは落ち着いて答える。
「アビスです。ニーラゴンゴのグーンと交戦中」
「こちらはレイとルナマリアで対応するわ」
タリアが割って入り、アスランに尋ねる。
「それより敵の拠点は?そちらで何か見える?」
「いえ、こちらでも何も。しかし…」
これだけの数が出てきたのだ。
空母すらも見えないというのは確かにおかしな話だった。
カオスが再びセイバーに喰らいつき、シンはネオのウィンダムと交戦し続けている。ウィンダムはインパルスとセイバーの手でかなり数を削られたが、水中のアビスは潜水艦ニーラゴンゴ、さらには現在着水して航行しているミネルバを脅かしている。
「ビームライフルでは駄目だ!バズーカを!」
レイがザクの装備を指示し、ヴィーノとヨウランが準備を急ぐ。
「水中戦なんて、もう!」
レイがぶつぶつぼやくルナマリアに「おまえは…」と言いかけると、彼女は明るく「何でも苦手だろ、は言いっこなし」と言い返した。
「レイ・ザ・バレル、ザク、発進する!」
「ルナマリア・ホーク、ザク、出るわよ!」
2人はほぼ同時にダイブした。
「へへ~んだ。ん?」
ニーラゴンゴに搭載されていたグーンをことごとく葬ったアウルは、次に潜水艦に向かおうとしたところで、向かってくるザクに気づいた。
「おいおい、ザクって、水ん中泳げんのぉ?」
「このぉッ!調子に乗ってくれちゃって!」
バズーカを構えたルナマリアがアビスを見つけて一発ぶっ放す。
しかしいかんせん距離があり過ぎ、アウルは苦もなくかわすとさも可笑しそうに笑った。
「は!そんなんでこの僕をやろうって!?」
そして両者に向けて肩口の魚雷を一斉に発射した。
「舐めんなよ!こらっ!」
2人は派手に水泡を起こしながらスラスターを噴射して散開した。
水泡が弾幕代わりになるが、逆に相手にとっても都合のいい煙幕になる。
アウルはランスを構え、彼らが起こした水泡に向かった。
ネオのウィンダムは相変わらずのらりくらりとインパルスをかわしていた。
(くそ、あいつ…楽しんでるのか?)
シンはまた苛立ったが、先ほどのように誘い込まれる危険があるため、ネオの紫の機体にはなるべくこだわらないよう心がけていた。
逆に簡単に落とせる他のウィンダムを全滅させれば、あいつやカオス、アビスも引き上げざるを得ないだろう。
そう考えたシンは戦法を変え、果敢に敵陣へと突っ込んで行った。
(とにかくこいつらを散らす!)
ナチュラルのパイロットたちは、シンの攻撃スピードに全くついていけず、シールドを構える事すらできずにコックピットを貫かれていく。
地球軍側の被害は広がるばかりで、ネオもさすがに顔を曇らせた。
「思った以上に腕を上げてるな。さぁて、どうするか」
たった2機の攻撃に押し負けて、戦線はどんどん下がっている。
ネオはチラッと背後に迫る島影を見た。
既に前線基地の予定防衛圏内にも入っている。
(となると…近くにいるかもしれんな)
「あいつ!」
ウィンダムをほとんど片付けたシンは、いよいよネオの機体に迫った。
シンはサーベルを抜くと、一直線にネオのウィンダムに向かっていく。
「ネオッ!」
その途端、インパルスは横から躍り出て来たガイアに飛びつかれた。
「うわっ!!」
シンは驚いてバランスを崩し、ガイアもろとも浅瀬に墜落する。
「なっ…ガイア!?」
ビームサーベルが海の水を急激に蒸発させたため、両者の間には激しい水蒸気があがっている。シンは一体どこから…とあたりを見回したが、ガイアはモビルスーツに変形し、サーベルを握った。
ネオはそれを見て、ふふ、と笑った。
(いい子だ。よくやったな、ステラ)
狙ったわけではないが、ステラの行動原理を思えば必然と言えなくはない。
ステラははじめこそ防衛のため基地内でおとなしくしていたのだが、戦線が下がってくるにつれネオが心配になり、拠点に近い岬の突端で遥か遠くに小さく見える戦場の機影を眺めていたのだった。
「あれはガイア?…シン!」
今度は突然現れたガイアと戦っているインパルスに驚き、アスランは再びカオスを引き離しにかかった。モビルスーツに変形したカオスはファイアーフライとビーム砲で追うが、セイバーには追いつけない。
アスランは急速反転して素早くモビルスーツになるとサーベルを抜き、カオスの懐に飛び込んだ。突然の衝撃にスティングはこらえ切れず後ろに吹っ飛ばされると、逃がさないとばかりにフォルティスが追う。
「ちっ…あいつもやるなぁ」
セイバーとカオスの力の差を感じてネオは頭を掻き、インパルスと戦うガイアに眼を移した。こちらはステラがやや押し気味に攻めていた。
「こいつ…いっつも、いっつも!」
素早い太刀筋に追われ、インパルスは飛翔するタイミングを失っている。
(くそっ、こいつもいたのか…でも一体どこから?)
シンは攻撃を避けながらも、ガイアが出てきた方角をチェックしていた。
そしてガイアのサーベルをかわすと、相手の隙を突いて飛び上がった。
ガイアが飛び出した崖の向こうにはうっそうとしたジャングルが見える。
「あそこか!?」
シンはそこに何かがあると直感し、勘のいいネオもまた彼の意図に気づいた。
「スティング!回り込め!」
「ああ!?」
セイバーと交戦中だったスティングが突然名前を呼ばれて振り返る。
「なんだよ、ネオ!」
「拠点に向かわれた!ヤツを追い込むぞ!ステラ、来い!」
シンは追撃を警戒しつつ、気になった方角へと全速力で向かった。
それをネオのウィンダムが追い、さらにはガイアが地を駆けて追う。
両者の攻撃が背部からインパルスを襲い、数発被弾してバランスを崩した。
「ぐっ…!」
アスランは追い詰められていくインパルスをいぶかしんだ。
「シン!下がりなさい!乗せられてるわ!」
しかしシンは答えなかった。
(ガイアがこの方角から出てきたんだ。この先にきっと…!)
ビームがかすめ、低空飛行のインパルスの脚部が森の木々をなぎ倒した。
(あいつらがこうして俺を追ってくるのが、何よりの証拠だ)
ウィンダムが攻撃する間にインパルスに追いついたステラは、背部のビームブレードを展開すると飛び上がった。
「こいつ、今日こそ!」
シンはそれを待ち構えたようにシールドをかざし、ライフルを構えた。
「シン!」
アスランが彼を留めようと呼びかける声を、シンは無視し続けた。
(もう少し…もう少しだ…こいつらがいやがる方に、何かがある!)
シンは徐々に後ろに下がりながら、ガイアを待ち構えた。
「対空砲急げ!ええい!ロアノークの奴!何をやっているか!」
すでに防衛圏内に入り込まれている拠点では、インパルスの姿を認め、司令官が慌てて防衛を命じていた。基地にはけたたましくサイレンが鳴り響き、兵たちが走る。
ウィンダムはもとより全て出撃させられ、防衛の任にあたる事ができない上に、そもそもその大切な機体も既に数機を残すのみで、見る見るうちにアスランに撃墜されてしまった。
「おのれ、ファントムペイン!この体たらくはなんなのだ!」
司令官は頭に血が上り、ロアノークを呪った。
ガイアを退けて高く舞い上がった途端、対空砲がインパルスを狙う。
「うわっ!今度は何だ!?」
シンがはるか下界を見下ろすと、そこに目指すものがあった。
「こんなところに!?」
巨大な敷地だが、あちこちに重機が設置され、まだまだ建設中のようだ。
(なるほど、それでわからなかったのか)
空母でも基地でもない場所からの攻撃は、「予定地」からだったのだ。
対空砲が襲い掛かるが、実弾などインパルスのVPSにほとんど効果はない。
シンはそのまま旋回し、拠点の映像をスキャンしてミネルバへと送る。
その時ふと、軍服を着ていない多くの人々の姿が目に止まった。
追いついてきたカオスが下方のインパルスに向けてビームを撃ったが、シンが防いだもの以外が味方の基地を焼いた。アスランはカオスに射線を取らせまいと攻撃し、スティングはいやがって上昇する。
「何だって言うんだよ、おまえも!」
そう言いながらスティングが離れると、アスランもまたシンが今見ている光景を見て、今回の戦闘の全てのピースが繋がった。
「これは…地球軍の前線基地!?」
「みたいですね。カーペンタリアの眼と鼻の先だってのに、よくもまぁ」
シンが呆れたように答えた。
「データは?」
「スキャンして送りました。そちらにも送ります」
ありがとうと答えながら、アスランはその的確なデータにも感心した。
(シンは追い込まれていたのではなく、これを探していた…)
アスランは、彼の優れた状況判断に舌を巻いた。
「うわっ!」
アビスの魚雷に肩を撃たれ、ルナマリアのザクは激しい海流に流された。
レイはバズーカを構えてさらにアビスを狙ったが、水中戦はやはりアビスに一日の長があり、アウルはそれを身軽にかわすと素早く近づいてきてランスを振り回した。レイもまたその太刀筋をかいくぐり、ショルダーでタックルする。しかし足場が悪いので自分も流され、岩場に激突した。
「ちぇ!ウザいなぁ、おまえら!」
アウルは苛立ち、素早く近づいてザクの背にランスを突き立てようとしたが、レイはするりと攻撃をかいくぐって再び距離をとった。
「そろそろ限界か。ステージが悪かったかな?」
ウィンダムは全滅、ミネルバはほぼダメージなく航行を続けている。
何より拠点が発見された今、もはや秘密裏の基地建設は不可能になった。
(悪く思うな…ってのは、さすがに無理だよなぁ)
ネオはやれやれと苦笑して母艦へのチャンネルを開いた。
「ジョーンズ!撤退するぞ!合流準備!」
同時にアウル、スティング、ステラにも離脱を命じる。
「なんで?」
中でも不満そうな声をあげたのはアウルだった。
「借りた連中が全滅だ。拠点予定地にまで入られてるしな」
建設中の基地上空のインパルスとセイバーを見ながらネオは言った。
しかしアウルから返ってきた返事にはつい吹き出してしまった。
「何やってんだよ、ボケ!」
「言うなよ。おまえだって大物は何も落とせてないだろう?」
しかしアウルはその言葉で逆に闘争心を燃やした。
(この僕が大物をやってないだって?)
アウルはむーっと口を尖らせると、大声で喚いた。
「なら、やってやるさ!」
アビスはいきなり向きを変えて変形すると、急速に前進を始めた。
「あ!何を…」
吹き飛ばされてかなり流され、ようやく戻ってきたルナマリアがそれに気づき、声をあげた。
「まずいわよ、レイ!あっちにはニーラゴンゴが!」
2人は慌ててアビスを追った。追いつけるはずなどないのだが。
「アビス接近!距離200!」
アウルの眼にはノロノロと向かってくる潜水艦が見えていた。
「ふん!あいつなら『大物』って言えるだろ!」
「取り舵いっぱい!機関最大!かわせぇ!」
汗まみれの太った艦長が声を限りに叫んだが、間に合わない。
アウルは衝突すれすれまで近づき、至近距離で魚雷を放った。
そして素早く転進する。この距離では魚雷は全て命中し、潜水艦の装甲を軽々と破った。ニーラゴンゴは見る見る浸水して制御を失う。
「そぅら!これで、終わりだ!」
瀕死の艦に、アウルが無情にもありったけの魚雷を撃ち込む。
ミネルバのいる海面に断末魔の水飛沫をあげて撃沈したニーラゴンゴを、成す術もなかったタリアもアーサーもあっけにとられて見つめていた。
「これでいいんだろ、ネオ!」
アウルはそう言い捨て、楽しそうに大笑いしながら帰還した。
(ニーラゴンゴ…!)
爆発に伴う激しい水流に耐えながら、レイとルナマリアも言葉がなかった。
ガイアに続き、離脱したカオスを見送ったアスランはシンに呼びかけた。
「シン、ここはもういいわ。我々も離脱する」
「ああ、はい…」
しかしその途端、彼の赤い瞳には信じがたい光景が映った。
けたたましく響くサイレンに怯え、流れ弾で基地に炎が上がったことで、慌てて逃げ惑う人々が電磁フェンスに向かっていくが、兵たちがそれを静止しようと駆け寄った。それはひどく手荒で、銃底で殴られる者までいる。
(一体…これは?)
シンはその光景が理解できず、戸惑っていた。
それでも逃げようとする人々と、それを止めようとする兵は瞬く間に増え、やがて兵がサブマシンガンを構えて彼らをフェンスに追い詰めた。
見ればフェンスの向こう側にも人が大勢いて、しきりに叫んでいる。
そんな彼らに、兵は発砲し始めた。
「おい…ウソだろ!?」
シンは息を呑んだ。
人々は銃弾の前にあっけなく倒れていく。
フェンスの向こうでは人々が手を伸ばし、石を投げる者もいる。
中にはフェンスの穴を木の棒でこじ開け、入り込んで仲間を逃がす勇敢な人もいたが、やがて彼も一斉射撃で蜂の巣にされてしまった。
兵たちはフェンスの向こうにも銃口を向けて威嚇し、人々は怯えて一歩二歩と下がった。
「なんで…なんでこんな事…」
呆然とするシンの眼に、泣き叫ぶ子供や女性の姿が映る。
人々はサブマシンガンや見張り台、砲塔からの銃撃で倒れていく。
フェンスの向こうにいる人々は地面にくず折れ、泣き伏していた。
目の前で家族を奪われた人たちの哀しみがシンの過去に重なった。
突然、シンの心にあの時の光景が蘇る。
いなくなった妹が、父が、母が、血を流して倒れた人の中にいた。
家族の死に泣き叫ぶ人々の中に、地面を叩いて泣きじゃくる自分がいた。
(やめろ、こんな事…もうやめろ!)
強烈に襲い掛かってきたフラッシュバックを、シンは怒りで押し返した。
眼の前で流された罪なき血が、力なき人々の涙がシンを滾らせた。
(地球軍は、戦争以外にもこんな事をしてきたのか?)
ナチュラルが同じナチュラルを苦しめている…それは、ナチュラルとコーディネイターの共存を謳う平和な国オーブで育ったシンにとっては、ひどく理不尽で、この上なく不快な、唾棄すべき行為に映った。
「ちくしょう!」
シンはそのまま急降下すると基地に降り立った。
そして銃撃を続けている砲塔を殴り飛ばし、管制室を破壊した。
「シン!?」
アスランはこのシンの突然の行動に驚き、上空から慌てて呼びかけた。
しかしインパルスの登場に、たちまち基地は新たなる地獄に変わった。
シンは砲台をCIWSで撃ち、足で装甲車を踏み潰した。
サーベルでタンクを切り裂き、弾薬庫らしき倉庫をライフルで撃つと、大爆発が起きた。
逃げ惑う兵たちは激しい爆風に吹き飛ばされてしまう。
基地はすぐに阿鼻叫喚のるつぼとなり、ますます激しい炎に包まれる。
「何をやってるの!やめなさい!もう彼らに戦闘力はない!」
今回の任務に拠点の破壊などない。これは明らかな逸脱行為だった。
(ましてやこんな…これではただの虐殺になってしまう!)
アスランは必死に呼びかけた。
「シン!だめよ!戻って!」
しかしシンはそれには答えなかった。
制御ケーブルを引きちぎって電磁フェンスの電源を全て落とすと、外にいる彼らと中にいる人々を隔てているフェンスを引っこ抜き、通れるようにしてやった。
インパルスとインパルスの行動を見て驚き、戸惑っていた人々が、おずおずと歩き出し、やがて大きな歓声を上げて家族と再会を果たした。
喜びの涙を流す者がいれば、遺体にとりすがって泣く者たちもいる。
再会を果たした者は眩しそうにインパルスを見上げた。
(こんな事、誰がどう見たって許せるもんか)
シンはこの光景を見ながら、力なき彼らにこんな酷い事を強いた者たちがどうしても許せなかった。自分が現れた事でこの状況が発覚したのなら、それを終わらせる事も自分の責務なのではないかと感じたのだ。
(俺には「力」があるんだから)
燃え盛り、兵たちが逃げ惑う拠点に、シンは怒りの眼を向けた。
潮水に浸かったザクを見て、ヴィーノもヨウランも途方に暮れている。
「あーあ、ひどいなぁ」
「こんなの、どうやってメンテしろって言うんだよ」
「だって、命令だったんだからしょうがないじゃない!」
ルナマリアはブツクサ言い、コックピットを降りたレイの元に走る。
「ケガはないか?」
レイは被弾した彼女に声をかけたが、ルナマリアが「平気よ」と答えようとしたその時、彼らの背後でパシッという音がした。
それは、ザクより先に着艦したシンとアスランだった。
突然殴られたシンがふらりとよろけた。
乱れた前髪が表情を隠している。
ルナマリアは思わずレイを見たが、レイも事情を図りかねていた。
ゆっくりと顔を戻すと、シンは手で口をぬぐった。
「…殴りたいのなら、別に構いやしませんけどね」
シンはふっと息を吐いた。
「けど、俺は間違ったことはしてませんよ」
シンは自分を殴ったアスランを真っ直ぐ見つめると言った。
アスランもまた静かにシンを見つめていた。
「あそこの人たちだって、あれで助かっ…っ!」
シンの言葉を遮るように、再びアスランが逆の頬を打つ。
その有無を言わさぬ行動に、全員が固唾を呑んでいる。
「戦争はヒーローごっこじゃない!」
アスランは厳しい口調で言い放った。
シンは両頬を打たれるという屈辱に拳を握り締めたが、何とか耐えた。
「あなたがやった事は、ただの独りよがりの独断に過ぎないわ」
アスランは感情を抑えた声で淡々と言った。
「自分だけで勝手な判断をするのは、やめなさい」
シンは怒りを湛えた瞳でアスランを睨みつけ、やがて口を開いた。
「…俺が、あなたの命令に従わなかったからですか?」
「違う」
アスランは首を振った。
「力を持つ者なら、その力を自覚しろと言っているの」
シンはしばらく黙っていたが、やがてぼそりと呟いた。
「あれは…敵です」
シンのきっぱりとした言葉に、アスランやルナマリアたちに緊張が走った。
「シン、だけど…」
「放っておけば完成した前衛基地だ。だから破壊した。彼らも助かった」
やけに落ち着いた声に、ざわめいていたハンガーもいつしか静まり返る。
「そうじゃない…シン、私は…!」
「俺は…間違ったことはしてません」
アスランは噛みあわない論点に口を開きかけたが、シンは再びきっぱりと同じ言葉を返した。
「指揮官に逆らった事がいけないってんなら、それは謝りますけどね」
少し笑いすらして、シンは見守っていたレイとルナマリアの方に歩き出した。
「大丈夫?」
「ああ」
ルナマリアが心配そうに覗き込み、レイも「よくやった」とねぎらいの言葉をかけた。
仲間たちに迎えられたシンに、アスランはもう何も言えなかった。
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制作裏話-PHASE16-
大筋はもちろん変えていませんが、かなり大きな改変を加えたPHASEです。
実は私自身、このPHASEのアスランの行動には「異議あり」なんですよね。いや、わかっているんです。いくら人道的観点からとはいえ、軍人が命令に従わず、逸脱行為として武力を振るうなどという事が許されないのは。
けれどここにはシンの「正義」があり、「義憤」があり、彼は持てる「力」で弱い者、命を奪われる者を救いたいと純粋に思ったという事実があります。
それをアスランが正すというのはわかるのです。
わかるけど…本編ではなんとも納得のいかない終わりだった上に、フォローされるはずのPHASE17も不毛な会話ばかり、その後一時的に関係はよくなりますが、フリーダムの出現により険悪になり、しまいにはキラ殺しにより決裂。種にはよくありがちな「このPHASEの存在理由がない」ものになりました。
ネットでは当然、シンの逸脱行為が叩かれまくり、かといって「やりたい放題のキラ様」の事は一発も殴りもしなかったくせに、いきなりバイオレンスに走ったアスランにも非難が集中し、後味は最悪でした。私だって「アスランって種であんなキャラだったっけ!?」と驚いたものです。口下手はともかく、暴力はいかんよ暴力は。
私自身も薄っぺらい正義感の持ち主であり、独りよがりな人間でもあるわけで、こんなシーンを見たらカッとなる事は間違いない。という事はここでは「未熟だが純粋」なシンに寄り添いたいところ。主人公というのは何より、「視聴者の共感を得」て、「同じ目線で物語の推移を見る」ためのキャラクターなのですから。
というわけでこのPHASEには二つの軸を設定しました。
まずはシンが激しい怒りに駆られた理由を、彼がもともとオーブという平和な国で育った「平和の子」であるからとし、彼自身の「戦争によって理不尽に家族を失った」過去に重ね合わせたからとします。その上で、自分が得た「力」が、自分のような弱い人、絶望に泣く人を「救えるのだ」と感じさせる事です。
これだけでも戦争で傷つき、「力」を求めたシンというキャラクターをしっかりと浮き彫りに出来るのではないかと思うのですが、どうでしょう。
もう一つは、アスランにシンの優秀さをきちんと認めさせ、それを踏まえても、シンの間違いを正そうとする頑固な「強さ」が彼女にはあると示す事です。
これは、後にラクスに「アスランの持つ力=孤独を恐れず、自分が正しいと思うことを貫き通せること」を語らせる伏線でもあります。
そして両者の正義が激突します。
本編のシンは勝気に言い返しますが、意見としては成立していません。なので逆転のシンは怒りつつも冷静に、自分の行為を分析します。むしろアスランがやや言い負かされる設定にしてあります。
戦争を知らない兵ばかりのミネルバの中にあって、若くても歴戦の戦士であるアスランは異端なのです。だからどうしても雰囲気がシンに傾きます。
けれど孤立の中にあっても自分を貫くのが彼女の強さとしたかったので、こうして少しずつ少しずつ追い込んでいくつもりでした。
シンに確固とした信念があればあるほど、アスランの信念も形になります。主人公とそれに対抗するキャラというのはこうやって関係性を作って行くものではないでしょうか?
さらにシンにはルナマリアやレイという、キラやアスランがなかなか得られなかった、信頼できる戦友がいます。それでいて誰よりも…そう、キラやアスランとは比べ物にならないほど、たった1人深い孤独の中にいるのがシンなのです。私はこんな暗い陰を持つシン・アスカに主役を張ってもらいたかったのです。
他にも、本編ではまさに偶然でしかなかった拠点発見を、シンは状況から怪しみ、危険を冒して踏み込んでいくという設定にしました。こうするとシンは本当に頭がよくて格好いい主人公になりますよね。
自分の失敗を悟っていたり、この状況を作り出した自分自身が収めなければと思うのも、クレバーな逆転のシンらしいと思っています
ネオが記憶の底に眠るキラ・ヤマトとシン・アスカを重ねるのもなかなか気に入っています。また今回の加筆修正により、書いた当初より3人組も随分活躍させられたのではないかと思います。
裏話的にぶっちゃけてしまうと、今回の加筆でようやく「出来上がった」とほっとしましたs。
そして同じく、書き上げたもののもやもやしたままだったPHASE17に続きます。
ほんと、シンもアスランも頼むから日本語でおk…
実は私自身、このPHASEのアスランの行動には「異議あり」なんですよね。いや、わかっているんです。いくら人道的観点からとはいえ、軍人が命令に従わず、逸脱行為として武力を振るうなどという事が許されないのは。
けれどここにはシンの「正義」があり、「義憤」があり、彼は持てる「力」で弱い者、命を奪われる者を救いたいと純粋に思ったという事実があります。
それをアスランが正すというのはわかるのです。
わかるけど…本編ではなんとも納得のいかない終わりだった上に、フォローされるはずのPHASE17も不毛な会話ばかり、その後一時的に関係はよくなりますが、フリーダムの出現により険悪になり、しまいにはキラ殺しにより決裂。種にはよくありがちな「このPHASEの存在理由がない」ものになりました。
ネットでは当然、シンの逸脱行為が叩かれまくり、かといって「やりたい放題のキラ様」の事は一発も殴りもしなかったくせに、いきなりバイオレンスに走ったアスランにも非難が集中し、後味は最悪でした。私だって「アスランって種であんなキャラだったっけ!?」と驚いたものです。口下手はともかく、暴力はいかんよ暴力は。
私自身も薄っぺらい正義感の持ち主であり、独りよがりな人間でもあるわけで、こんなシーンを見たらカッとなる事は間違いない。という事はここでは「未熟だが純粋」なシンに寄り添いたいところ。主人公というのは何より、「視聴者の共感を得」て、「同じ目線で物語の推移を見る」ためのキャラクターなのですから。
というわけでこのPHASEには二つの軸を設定しました。
まずはシンが激しい怒りに駆られた理由を、彼がもともとオーブという平和な国で育った「平和の子」であるからとし、彼自身の「戦争によって理不尽に家族を失った」過去に重ね合わせたからとします。その上で、自分が得た「力」が、自分のような弱い人、絶望に泣く人を「救えるのだ」と感じさせる事です。
これだけでも戦争で傷つき、「力」を求めたシンというキャラクターをしっかりと浮き彫りに出来るのではないかと思うのですが、どうでしょう。
もう一つは、アスランにシンの優秀さをきちんと認めさせ、それを踏まえても、シンの間違いを正そうとする頑固な「強さ」が彼女にはあると示す事です。
これは、後にラクスに「アスランの持つ力=孤独を恐れず、自分が正しいと思うことを貫き通せること」を語らせる伏線でもあります。
そして両者の正義が激突します。
本編のシンは勝気に言い返しますが、意見としては成立していません。なので逆転のシンは怒りつつも冷静に、自分の行為を分析します。むしろアスランがやや言い負かされる設定にしてあります。
戦争を知らない兵ばかりのミネルバの中にあって、若くても歴戦の戦士であるアスランは異端なのです。だからどうしても雰囲気がシンに傾きます。
けれど孤立の中にあっても自分を貫くのが彼女の強さとしたかったので、こうして少しずつ少しずつ追い込んでいくつもりでした。
シンに確固とした信念があればあるほど、アスランの信念も形になります。主人公とそれに対抗するキャラというのはこうやって関係性を作って行くものではないでしょうか?
さらにシンにはルナマリアやレイという、キラやアスランがなかなか得られなかった、信頼できる戦友がいます。それでいて誰よりも…そう、キラやアスランとは比べ物にならないほど、たった1人深い孤独の中にいるのがシンなのです。私はこんな暗い陰を持つシン・アスカに主役を張ってもらいたかったのです。
他にも、本編ではまさに偶然でしかなかった拠点発見を、シンは状況から怪しみ、危険を冒して踏み込んでいくという設定にしました。こうするとシンは本当に頭がよくて格好いい主人公になりますよね。
自分の失敗を悟っていたり、この状況を作り出した自分自身が収めなければと思うのも、クレバーな逆転のシンらしいと思っています
ネオが記憶の底に眠るキラ・ヤマトとシン・アスカを重ねるのもなかなか気に入っています。また今回の加筆修正により、書いた当初より3人組も随分活躍させられたのではないかと思います。
裏話的にぶっちゃけてしまうと、今回の加筆でようやく「出来上がった」とほっとしましたs。
そして同じく、書き上げたもののもやもやしたままだったPHASE17に続きます。
ほんと、シンもアスランも頼むから日本語でおk…
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
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