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機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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「いやー、しかし驚いたよ。プラントの議長が来てくれるとはよ」
ディオキアでは、プラントの国家元首がじきじきにこの地を訪れたニュースが駆け巡り、ナチュラルたちの親プラント熱が過熱している。
「ああ、なんか同じようにこの辺の街、少し回っていくんだって。ラクス・クラインも」
もともと一部のナチュラルにも名は知られていたが、今ではすっかり開放の象徴となったラクス・クラインの人気も高い。
ザフト兵が街を歩けば人々は老いも若きも皆親切に声をかけるし、兵士たちもそれに見合った規律正しい紳士的な行動を心がけている。
「前の戦争ん時は敵だ敵だって戦ってさ、それが今じゃこうだもんな」
「コーディネイターなんてやっぱりちょっとおっかない気もするけどさ、あの乱暴者の連合軍に比べたら全然マシだよ。ちゃんと紳士じゃないか」

赤服は諦めて私服で街に出てきたヨウラン、ヴィーノ、メイリンも、そんな話をあちこちで聞いた。ミネルバもこれに一役買っているのだ。
「今は戦争中なのにね」とメイリンが呟くと、「またぁ!」とヨウランが彼の肩をバンバン叩いた。
「心配症過ぎるよ、おまえは」
「そうだよ。いいじゃん、戦いがないならそれはそれで」
「…うん、そうだね」
メイリンはそう言って綺麗な色のドリンクを飲み干した。

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ドアのノブの鍵がゆっくりと回った。
前時代の遺物ともいえる古いその建物は、電子ロックではなく、昔ながらの鍵を使うことが売りになっており、しかもチェーンもある部屋とない部屋があった。
運がいいのか、この部屋にはない。

その後しばらくは無音が続く。気の短い人なら、もしかしたら今の音はただの気のせいだったかもしれないと思うだろう。
けれどよくよく意識を集中させると、気配は消えておらず、今度はノブそのものがゆっくりゆっくりと回り始めていた。

永遠にも思える時間…それは息が詰まるほどのろく回り、やがて古い扉が小さく軋む音を立てて開き始めた。廊下の明かりはかなり落とされているが、それでも 部屋は真っ暗だったので、その淡い光が部屋の中をわずかに照らした。
見えるのはカーテンの向こうから星明りがもれる窓と、人が寝ている形に盛り上がったベッドだった。
「彼」はそれを見ると期待感に高鳴る胸を抑え、一瞬呼吸を整えてから再び一歩を踏み出した。扉を閉め、しばらく様子を窺ってから動き出す。古い床が軋まないように、慎重に…慎重に…ゆっくりと歩を進めながら、そこに眠る人を想う。

―― すやすやと眠るきみを見てしまったら、僕はどうするだろう? 長い髪やあどけない寝顔、無防備な身体を眼にしてしまったら…
 
心臓は恐ろしいほど早く打っているのに、「彼」は冷静だった。
「彼」は獲物に近づくヒョウですらここまで静かには動くまいと思うほど、もはや呼吸数すらも減らして歩いているようだった。
あと少しで、布団にくるまれている美しい眠り姫に手が届く…! 
ラクス…ミーアの心のカウントダウンがゼロに達する。
その瞬間、パッと部屋の電気が灯った。

暗闇に慣れていたミーアは眩しさに眼が眩んで思わず振り返った。
壁際には、赤服のまま、銃を構えたアスランが立っていた。
「ああ、えーと…やぁ、アスラン。いい夜だね。ご機嫌…」
「いいわけないでしょう、ミーア・キャンベル」
銃を向けたまま、アスランは冷ややかに彼を見ている。
「アスラン、これは別にやましい気持ちとかそうじゃなくて、その…」
ミーアは愛想笑いをしながらしどろもどろの言い訳を続けた。
「きみが不都合や不具合なく休んでいるかなと思って…」
「そういうことがあればフロントに言うから心配いらないわ」
アスランがあまりにも冷たい声で答えるので、ミーアは降参した。
「どういうつもり?」
すでに時間は真夜中だ。
アスランが彼の不躾な態度に怒って食事を切り上げた後も、ミーアは他の店に行こうとか、酔い覚ましに少し散歩しようとか、ドライブはどう?と食い下がった。
それらを全て断り、フロントの前で「おやすみなさい」ときっぱり言って別れたはずだ。
部屋でシャワーを浴び、ひとしきり自分のボードでアークエンジェルの行方を探ってから、そろそろ寝ようか、というところで気配に気づいた。
アスランは素早く銃を取って上着を羽織ると、電気を消した。
そして部屋に入ってきた獣の一挙手一投足をじっと見張っていたのだ。

「わかった、アスラン。ホント、ごめん」
アスランが本気で怒っていると知り、さしものミーアも手を上げた。
「きみに会えたのが嬉しくて、僕もちょっと調子に乗っちゃって…それにさっき、レストランで怒らせてしまったことを謝ろうと思って」
ミーアは「失礼な事をして本当にすまなかった」と謝った。
「だけど信じてくれ。別にきみに何かしようと思って来たわけじゃない。ただ…もう少し話したかったんだよ。きみにはめったに会えないから」
アスランはそのまま銃を下ろさずため息をついた。
真夜中に許しも得ず、勝手に鍵を開け、忍び足で女の部屋に入り込む男の言い訳にしては陳腐すぎて、聞いている方が恥ずかしかった。
「一体どうやって?何でこの部屋に入れたの?」
アスランが聞くと、ミーアはぱっと明るい顔になった。
「ああ、それはね、彼女の部屋に行くって約束してたのに、疲れて眠ってしまったみたいなんだってフロントに言って…」
「はぁ?」
この古いホテルのセキュリティの緩さを恨んでも仕方がない。
彼らが一緒に出かけ、一緒に帰ってきた姿を見ているはずのフロントが、こんな嘘を信じた事を単純に責めるわけにはいかないのかもしれない。
「そしたら…眠ってなかったというわけさ」
ミーアは肩をすくめた。
「彼には後で、『彼女が銃を構えて起きてたよ』って報告しなきゃね」
ミーアはまるでうまい事でも言ったかのように「ははは」と笑った。

アスランは怒りを通り越して心底呆れ返った。
「あのね…だから何でこんなことするの?あなたは」
ミーアはそれを聞いて心底驚いたような顔をした。
「え?だって、久しぶりに婚約者に会ったら普通は…」 
アスランはその言葉に呆気にとられてしばし固まった。
それから否定するように銃を振りながら怒りに満ちた声で言う。

「ラクスはそんなことしないわ!」

ラクスは紳士的な親愛のキスや、挨拶として軽く抱き締めたりはするが、少なくともこんな風にアスランを不愉快にさせることは絶対にしない。
それによしんばラクスが、「そういう事」を自分にするとしても、それをなぜミーアもできると思うのかさっぱりわからない。
ところがミーアはさも心外という顔でまじまじとアスランを見つめている。
「…しないの?何で?」
それを聞いてアスランはまた脱力感に襲われた。
「もう出てって!」
アスランはミーアの腕を強く引っ張ると、ドアの方に歩き出した。
「いい?もし今度またこんなことをしたら…」
そして扉の前で立ち止まって彼を指差しながら厳しく言った。
「本気で撃つわよ!」
バタンとドアを開けたのと、そう叫んだのが同時だった。
ドアの向こうには、シンとルナマリアがいた。

ディオキアの街をゆっくりと歩いて仲良く帰ってきたシンとルナマリアは、部屋のドアがいきなり開いたかと思うと、銃を手にしたアスランがラクス・クラインの胸倉を掴んでいるというとんでもない光景を眼にして、驚きのあまり声すら出なかった。 
彼らを見て蒼白になったアスランは、慌てて銃を背中に隠した。
「あ、あの…違うのよ、これは…」
アスランは上ずった声で言ったが、シンは口を開けたまま彼女を見つめるだけだった。
一方ルナマリアは、慌ててひきつった笑顔を作ってみせたものの、何も言葉が出てこない。 
「やぁ、きみたち。こんばんわ。デートは楽しかった?」
逆にこれぞ救いの神とばかりに、ミーアが能天気に明るく言った。
「あ、あの、ご馳走様でした!」
ルナマリアが気持ちを建て直して礼を述べたので、シンも頭を下げた。
「おいしかったかい?それはよかった」
ミーアはそのままペラペラと喋りだした。
「実は、彼女を怒らせてしまってね」
彼は両手を開くとやれやれと首を振りながら肩をすくめる。
「もちろん、悪いのは僕なんだけど…でも、これも僕の仕事だから」
「黙って!」
アスランは彼を黙らせようと、首根っこを掴んで部屋の中に引き戻した。
そして呆気に取られているシンとルナマリアに「本当になんでもないから!おやすみなさい」と言い残すと、ドアをバタンと閉めた。

ドアの前には無言のままのシンとルナマリアが残された。
部屋の中からはなにやらドタバタと派手な音が聞こえてくる。
「…今の、何?」
「…さぁ」
2人はしばらく呆然としていたが、やがて「行こう」と歩き出した。
「何してたんだろうね?」
「あの人、銃持ってたぞ」
シンは歩きながら首を傾げた。
「どんなプレイだよ」

「え?議長、もう発たれたの?」
「ええ。お忙しい方だもの」
翌朝、ルナマリアがシンを起こしに来て、2人は朝食を食べに降りてきた。
ルナマリアがフロントにダイニングの場所を聞くついでに、「議長は?」と聞いてみると、彼は朝早くに別の基地に向かったと答えが返ってきた。
「あんな風にゆっくり話せたのが不思議なくらいよね」
「そうだなぁ」
シンが頷くと、ルナマリアが弾むような声で言った。
「でもよかったわね、昨日はあんなお褒めの言葉まで頂いて。もうじき叙勲もあるっていうし…もしかしたら、シンもそのうちFAITHになったりして!?」
「まさか。俺がFAITHってガラかよ」
シンが大笑いしていると、突然呼び止められた。
それこそ今話題に上っていたFAITH…昨日彼らを議長の元に案内した赤服だ。
「おまえたち、昨日のミネルバのひよっ子だろ?」
彼は飲みかけのティーカップを置いて、2人に話しかける。
「失礼いたしました、おはようございます」
「あ、おは…」
ルナマリアが敬礼したので続いてシンも敬礼しようとしたのだが、襟が崩れている事に気づいて慌ててボタンを留め直した。
「おまえ、寝癖くらい直してこいよ。いい男が台無しだぞ」
そんなシンを見て彼は笑った。
「もう一人の、FAITHの彼女はどうした?」
「隊長は…まだ、お部屋だと…」
ルナマリアが昨夜の騒ぎを思い出し、チラッとシンを見て言う。
シンはなんで俺に振るんだと思いつつ、曖昧に相槌を打った。
ちょうどその時、ラクス・クラインの声が聞こえてきた。

「…そうしたらその彼女がね…」
3人が階段の上を見上げると、アスランは仏頂面のまま足早に歩き、ラクスは彼女を追いながらあれこれと話しかけているようだ。
「顔真っ赤にしてね。ありがとうございまーすって、すんごくおっきな声で…ナチュラルの子も、可愛いよねぇ、ホント」
(本当に、どういうつもりなの)
昨夜はシンたちがいなくなったのを確認してから彼を叩き出した。
もちろんスペアの鍵は没収して、さっきフロントに返してきた。
ところがあれだけ厳しく叱りつけたのにもかかわらず、今朝も性懲りもなく「朝食を一緒に食べに行こうよ」とドアをノックするのだから呆れ果てる。
(ラクスも相当変わっているけど、ミーアほどじゃないわ)
でも…とアスランは穏やかに微笑む元婚約者を思い出した。
知識と教養に満ちたラクスから、もしもそういったものを除いたなら…
(彼になってしまうような気もする)
遠い北の海で、ラクスがくしゃみをするのが聞こえるようだ。

「おはようございます、ラクス様」
そんなことを考えていたら、昨日会った赤服の彼がミーアに挨拶をした。
「やぁ、おはようございます」
「昨日はお疲れ様でした。基地の兵士たちもたいそう喜んでおりましたね。これでまた士気も上がることでしょう」
次に、彼はアスランに向かって話しかけた。
「昨日はゴタゴタしててまともに挨拶もできなかったな。特務隊、ハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしくな」
「こちらこそ。アスラン・ザラです」
アスランは敬礼し、それから彼と握手を交わした。
ハイネは「ふぅん」と言いながらアスランをしげしげと眺めた。
「大分前に除隊したって聞いてたのに、復隊したんだってなぁ」
ハイネは気さくな口調で話しかけてきた。
「クルーゼ隊にいたんだよな」
「…あ、はい」
「俺は大戦の時はホーキンス隊でね。ヤキン・ドゥーエでは…すれ違ったな?」
ハイネがふふっと笑った。
ヤキンとジェネシスを守っていた彼らと、それを破壊するために潜入した自分たちは、見ていた方向が違っていた。アスランはきゅっと口を結ぶ。

ミーアがマネージャーらしき男に呼ばれ、別席でスケジュールの打ち合わせをする事になったので、アスランはようやく息をついた。
「この3人と昨日の金髪の全部で4人か、ミネルバのパイロットは」
ハイネが品定めをするように3人を見ながら言う。
「おまえ、FAITHだろ?艦長も」
アスランが質問の意図を図りかね、はぁと答えた。
「人数は少ないが、戦力としては十分だよなぁ…なのに何で俺に、そんな艦に行けと言うかね、議長は」
「ミネルバに乗られるんですか?」
アスランが驚いて尋ねた。
シンもルナマリアもそれを聞いて思わず顔を見合わせた。
(こんなところで戦闘員を補充?)
(しかも、またFAITH?)
ハイネはこの休暇明けから配属になり、共にジブラルタルを目指すという。
「なんか面倒くさそうだよな、FAITHが3人ってのは」
ハイネは探るような眼でアスランを見た。
「いざとなればそれぞれ指揮を執ることができる人間が3人もいたら、あれじゃないの、船頭多くして船、山に登って遭難しまくりって?」
アスランがどう答えればいいかわからずにいると、ハイネは言った。
「ま、いいさ。現場はとにかく走るだけだ。よろしくな!」
ハイネは3人に笑いかけてみせた。
「立場の違う人間には見えてるものも違うってね。議長期待のミネルバだ。なんとか応えてみせようぜ」
「はい。よろしくお願いします」
アスランが答え、シンとルナマリアも頷いた。

「では、アスラン」
ホテルのヘリポートで、アスランはミーアを見送りに出ていた。
「はい。どうぞお気をつけて」
冷ややかな顔で挨拶をするアスランを見て、ミーアは苦笑した。
「せっかくなんだから、もうちょっと婚約者らしくしてよ」
(さんざん人を怒らせて、迷惑をかけたくせに)
アスランがそっぽを向くと、ミーアはいきなりその腰を抱き寄せた。
「キスくらいはするだろ?普通」
アスランはのけぞって避けると、彼の顎を掌底で持ち上げた。
「…いい加減にして!」
そしてそのまま彼を回れ右をさせてぐいぐいと背中を押し出す。
「さ、遅れますよ」
「ええ~!」
抗議する彼の声には耳を貸さず、ヘリのタラップに押し上げてその場を離れた。
そしてバイバイと手を振る彼に、思い切り堅苦しい敬礼で応える。
(まったく…とんだ台風男だわ)
アスランは大きくため息をついて建物に向かった。
「どうやらまだ仲直りしてないみたいね」
少し離れたところでヘリを見送る…というより、アスランとラクスの「痴話ゲンカ」を見ていたルナマリアはこっそりシンに囁いた。

「ねぇ、シンはこれからどうするの?」
「ん?どうって?」
あくびをしながらついて来ていたシンが聞き返した。
「私は…街に出たい気もするけど、1人じゃつまんないし…」
ルナマリアはもじもじしながら言った。
(昨日の夜はちょっと悲しかったけど、シンのこと、またひとつわかった気がして嬉しかった)

―― だから今日も、一緒にいられたら嬉しい。

ルナマリアはそう思って朝からずっとシンの様子を窺っているのだが、シンときたらまるで昨日の事なんか忘れたようにいつも通りで、「ルナ、おまえのデカいいびきが俺の部屋まで聞こえてたぞ」なんて、朝っぱらから失礼な事を言ってからかってくる。
「レイにも悪いから、艦に戻ろっかなぁ…」
「シンと行けばいいじゃない」
後ろからアスランが言い、ルナマリアの顔がぱっとほころぶ。
(そうなんです、隊長!そう言っていただきかったんです!)
けれど笑顔で振り返ったルナマリアの希望はすぐに打ち砕かれた。
「あ、俺、バイクで出かけようかと思ってるんで」
「そうなの?乗せて行ってあげればいいのに…」
「タンデムは嫌いなんですよ」
(えええええ~!?)
ルナマリアが見る見る肩を落とす。
「でもせっかくの休暇なんだから、2人とも楽しんでいらっしゃい」
そんな彼女には気づきもせず、アスランは2人を促した。
「艦には私が戻るから、気にしなくていいわ」
するとどんよりした顔のルナマリアがぶつぶつつぶやいた。
「そりゃ、隊長はいいですよね…昨日はラクス様とあんな風に…」
「は?」
思い出したくもない悪夢の夜を蒸し返され、アスランはゲンナリする。
ドアの前には家具を置き、枕元に銃を置いて眠るどころではなかった。
「十分ゆっくりされて…ああ、何をなさってたかは聞きませんけど」
「え、あの…」
「婚約者ですもんね。もう世間的にも約束されてる関係ですもんね」
ルナマリアの八つ当たりにも似た恨みつらみは続いた。
(私なんか未だにただの同僚にしか見られてないし、そもそも女として見られてるのかも怪しいのに…隊長は指輪ももらってるし、いいなぁ)
「でもちょっとくらい浮気したからって、あんなに怒ったらダメです」
「…う、浮気!?」
その言葉にさしものアスランも大きな声を出してしまう。
「あれも彼の『お仕事』なんですから、怒っちゃ可哀想ですよ」
「ちょっと待って、ルナマリア!」
その大いなるとんでもない誤解に、アスランは眩暈がしそうになった。
それを聞いたシンが盛大に吹き出した。
「なら、隊長もお返しに浮気したらどうです?」
「はぁ!?」
(浮気に怒って、銃を振り回して、男の胸倉掴んで…)
堅物のこの人にもそんな一面があるんだと思うと笑いが止まらない。
(それにしても、あの軽薄そうなラクス・クラインにヤキモチねぇ)
シンはにやにやしながら、女の趣味ってやつはわからないと嘲った。
それからさもバカにしたように大袈裟に両手を広げた。
「俺でよければいつでもデートくらいはしてさしあげますよ、ザラ隊長」
「な…結構よ!!」
大笑いしながら去っていくシンに、アスランは悔しそうに言う。
しかし憤ったまま振り返ると、ルナマリアには思いっきり睨まれていた。
「…ど、どうかした?」
「別にっ!!!」

春というよりは、既に初夏のように暖かい海沿いの道を走りながら、シンは次々と変わっていく景色を楽しんでいた。
ホテルで紹介された店でバイクを借り、出発したのは昼前だったが、走っていると時間を忘れてしまう。すでに日は南天を回っていた。
シンは小さなドライブインを見つけて簡単な食事を済ませた。
おじいさんとおばあさんが2人だけでやっているその小さな店には、地球軍の軍服を着た息子らしき人の写真が飾ってあった。
シンが食べながらそれを見ていると、彼らが死んだ息子だと教えてくれた。
戦車部隊にいた彼は、前大戦の中盤頃に命を落としたのだそうだ。
(どこに行っても、何を見ても、戦争の名残ばっかりだ…)
実際には今も戦争中とはいえ、やはり前大戦の傷が深い。
シンは再び走り出した。戦争とは無縁の場所を探すかのように。

やがて穏やかな入り江に出ると、シンはその海の水の美しさにバイクを止めた。
海は透き通るような濃いブルーを湛えている。太陽は心地よく暖かく、風は潮を含んでほんのりと柔らかい。シンは深呼吸し、彼方に眼をやった。
インド洋、ガルナハン、ディオキア。
(いや、始まりは…オーブだった)
地球に降りてから、ずっと戦ってきた。
もちろんこれからもずっと戦っていくつもりだ。
(戦争を終わらせるために)
一部の人間の利益のためだけに行われている戦争なんて許せない。
(そんなもののために、死ななくてもいい人が死ぬなんて)
シンは写真の中の亡き息子を懐かしそうに見る老夫婦を思い出した。
二度と戻らない息子を想い、彼らの哀しみはどれほど深いのだろう。
もう誰にも、あんな顔はさせたくなかった。

ふと、いつの間にか入り江に突き出た小さな崖に人がいる事に気づいた。
ひらひらしたスカートを着て、歌いながらくるくると踊っている。
金色の髪が太陽に輝く可愛い子で、なんだかとても楽しそうだ。
(でもあんなとこで…危ないぞ)
シンは心配になり、誰かと一緒なのかなと別の方向に視線を移した。
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえたので、シンは岬に眼を戻した。
(さては眼が回って転びでもしたかな?)
次の瞬間、そんな風に呑気に考えていたシンの心臓が飛び上がった。
「え…おい、まさか!?」
そこには今までいたはずの彼女がいない。
シンは慌てて走り、崖の突端から下を覗き込んだ。
「うわ、嘘だろ!?落ちた!?」
つい今しがたここで楽しそうに歌っていた彼女は、何メートルも下の海に落ちてもがいている。服が絡まって泳ぎづらいのかと思ったが、どうやら本当に泳げなくて溺れているようだ。
(ヤバい、下手したら死ぬぞ)
シンは崖の下まで降りる道はないのかと探したが、ガボガボともがく彼女を見て、これは一刻の猶予もないと腹をくくった。
そして上着を脱ぎ捨てると、そのまま果敢に飛び降りる。

どぶんと入った水は、身を切るように冷たかった。
いくら日中が暖かくても、今は冬なのだから当然だ。
シンは一回浮上し、彼女の位置を確かめると泳ぎだした。
体力を奪われて水中へと沈み始めると、彼女は呼吸ができないせいでパニックに陥り、ますます浮力を失う。
シンは大きく息を吸うと水に潜り、沈んでいく彼女を追った。
少女は服をひらひらさせながらじたばたと暴れている。
前から近づくのは危険だ。しがみつかれて自分も溺れる危険がある。
そこで後ろから近づいて襟首を掴もうとしたのだが、あいにく服の作りが悪くて襟がつかめない。そこで脇に手を入れようとするのだが、息ができない恐怖から、彼女の暴れっぷりはすさまじくて近づけなかった。
それでもシンはなんとか彼女の腰を掴むと、そのまま水面へと向かった。
自分ももう息がもたない。死に物狂いで水を蹴り、ようやく水面に出るとシンは大きく息を吸い込んだ。悲鳴を上げていた肺がやっと落ち着いた。
ところが彼女の方はまだばたばたと手足をバタつかせて暴れている。
(すごい体力だな)
そう思いつつ、彼女が立てる水しぶきに辟易する。
「くそっ…落ち着けって…!」
シンが彼女を後ろから抱え、顔が水に浸からないように姿勢を保つと、彼女もようやく落ち着いた。2人は水に浮きながら呼吸を整えた。シンはそのまま自分たちが落ちてきた崖を見上げる。
(あんなところから…下が岩場じゃなくてよかった、本当に)
「落ち着いたか?」
シンが聞いても、放心状態の彼女は何も答えなかった。
やれやれ…シンはそのまま崖に向かって泳ぎ始めた。
彼女の顔が水に触れないよう、細心の注意を払いながら。

2人はごつごつした磯に辿り着くと、ようやく一息ついた。
毎日トレーニングを欠かさないシンでも、この寒さの中で水難救助はきつい。
はぁはぁと息をつきながら、(くそっ、たまの休暇だってのに!)とふつふつと怒りが沸いてきた。そしてその原因となった彼女を睨む。
「死ぬ気か、このバカ!」
荒い息のままうつむく彼女に、シンは思わず叫んでしまった。
「泳げもしないのに!あんなとこに…何を…ボーッと…して…?」
シンは苛立ちをぶつけるように怒鳴っていたが、すぐにトーンダウンした。
彼女の赤紫色の眼に怯えが走り、そのまま後ろに下がったからだ。
「…いや…」
彼女はシンから逃げようとしてまた深みに戻っていく。
シンは戸惑い、一体どうしたんだといぶかしんだ。
「死ぬのは…いや!」
「え?」
シンは彼女が呟いた言葉を聞き返した。
彼女は首を振り、さらに後ずさっていく。 
そして突然叫び始めた。
「いやぁ!!」
彼女はシンから逃げようと海に向かったが、当然またすぐに溺れだし、両腕を振り回して大暴れした。シンには何が起きたのか全くわからない。
「え…おい、ちょっと待て!」
シンもまた再び海に入って追う。このままではまた彼女は溺れてしまう。
けれどシンが近づいてくると知るとさらに彼女の恐慌が激しくなった。
「いやっ!…死ぬの、いや!!怖い!」
「いや、だから…待てって!だったら行くなって!」
思ったより早い彼女を追って、シンはざぶざぶと波をかき分けた。
「死ぬの!誰かが死ぬの!きゃあぁ!!」
彼女が振り上げた手がぶつかり、爪がシンの左頬を深くえぐった。
「いっ…!!」
シンはその衝撃で海に倒れこみ、口からも頬からもひどく出血した。
口の中に血が広がり、鉄の味がする。頬の傷にも潮がひどく沁みた。
彼女はそれでも死ぬのはいや、死ぬのはだめと言ってまた歩き出す。
(この子…)
それは、思い出したくもない馴染みのある状態…パニック症状だった。
鮮やか過ぎるフラッシュバック。突然の悪夢に叫びながら飛び起きて何がなんだかわからなくて暴れ、気づいた時は皆、破壊されている。
(戦争で心を病んだ子供が、たくさん、たくさん、たくさんいた…)
自分よりひどい症状を持つ子も多く、言葉が全く喋れなくなった子や、幼児退行しておむつをしたり、血が出るまで掻き毟るので手袋をした子、どこにもケガはしていないのに廃人のように寝たきりのままの子もいた。
(この子もきっと、俺と同じだ)
シンは彼女を追いながらちりちりと胸が痛んだ。

「だめよ…それはだめ!…怖いよ…死ぬの、怖い」
シンはようやく彼女に追いつくと華奢な肩を掴んだ。
そして自分の方に引き寄せ、その細く小さな体を強く抱き締めた。
家族を失って以来、シンが自分からすすんで誰かに触れたのは初めてだった。
「ああ、わかった。大丈夫だ…きみは死なない」
彼女を抱き締めながらシンは静かに言う。
彼女はその言葉を聞いて、やがて暴れるのをやめた。
「大丈夫だ。俺がちゃんと…」
お互いの濡れた体から、彼女のぬくもりゆっくりとが伝わってきた。
(生きている…俺もこの子も生きている…だから、温かい)
シンは眼を閉じ、抱き締めた腕に力を入れた。
「俺が、ちゃんと守るから」
彼女はようやく落ち着き、シンの腕の中で力を抜いた。
そしてすすり泣き始めた。そんな彼女の頭を優しく撫でて言う。
「ごめんな…俺が悪かった。ホント、ごめん。もう大丈夫だから、ね?」
そんな優しい言葉に彼女はようやく安堵し、シンの腕の中で眼を閉じた。

シンは彼女を抱きかかえながらもう一度磯まで戻ったが、体が冷え切った2人はガタガタと震えている。折りしも冬の太陽は早々と傾き始めていた。
シンは彼女を座らせると、下から彼女を見上げた。
「大丈夫。もう大丈夫だ」
彼女はもう怯えた眼はしていなかった。
暴れまわった疲れと寒さで唇が紫色になっている。
「きみのことはちゃんと…俺がちゃんと守るから」
シンは笑いかけた。
この可哀想な子を安心させるためなら、何度だって言えた。
「…まもる?」
彼女は首を傾げて聞き返した。
(意味がわからないのかな?)
シンは彼女の顔にかかっている濡れた髪を後ろに流しながら言った。
「うん。だから、もう大丈夫だよ。きみは死なないよ、絶対に」
シンは、考え込んでいるような表情の彼女を覗き込んだ。
その途端、彼女の顔がとても可愛らしい笑顔に変わった。
「守る」
「うん、そう。きみを守るよ」
守る…彼女はもう一度呟き、そしてまた花のように笑った。
「大丈夫?寒くない?」
シンは彼女の体を点検した。気温が下がり、このままでは危ない。
「あ、岩で切っちゃったのかな…痛い?」
彼女が足首から血を出している事に気づくと、ハンカチを取り出した。
それももちろんびしょびしょだったが、ないよりはマシだろう。
傷ついた彼女の足首に巻いてやると、さて、どうしよう…と思案を始めた。
崖ははるかな高みにあり、崖に登る道はない。
人のいるところまで助けを求めに行くには、泳いで崖を回る必要がある。
彼女は泳げないから連れて行くのは厳しい。かといってこんな子をここに一人置いて行くわけにもいかない。海から救援してもらうのが一番だろうが、携帯ボードも無線も崖の上だ。だが、残る手段がひとつだけあった。
シンは首に下がっているドッグタグを手に取った。
「後で何言われるかわかんないけど…ま、いいか」 
ミネルバがコールに気づき次第、救援がくるだろう。
シンはとりあえず次に何をすべきか考えた。
日は傾いているし、とにかく身体が冷えてきてたまらない。
見回すと、波に削られた洞窟があちこちにあるようだ。
(どこか乾いたところで火を焚いて、暖をとろう)
シンは「おいで」と言うと彼女の手をとり、岩場を歩き出した。
途中、乾いた木の枝や植物の蔓を拾っていく。この地方の冬は雨季だが、ここのところ好天が続いており、乾いた朽木や蔓がすぐに見つかった。
彼女は枝には興味がなく、磯で何か拾ってはポケットに入れている。
おーいとシンが呼ぶと慌てて走ってくる姿が子犬のようで可愛かった。

やがてシンはひとつの乾いた洞窟を見つけると、拾ってきた小枝で小さな焚き火を作った。弱いながらも太陽の力を借りて火を起こすため、支給品の腕時計を壊してしまったが仕方がない。
シンがガラスに水を張って火を起こす様子を興味深そうに見つめ、やがて煙が上がり始めると驚いた彼女は、火がつくと歓声をあげた。
さて、次はびしょ濡れの彼女の服をどうしたものかと考え込んだ。
「脱げる?」と聞くと、彼女は「うん」とうなずき、全く躊躇なく服を脱ぎ始めた。けれど順序がめちゃくちゃなのでうまく脱げない。
「あーあ、ダメだよ、まずボタンを外さないと」
シンはそれを見て仕方なく手伝ってやり、ほぼ全裸に近い彼女を見ないようにして服を絞り、火の回りに広げて乾かしにかかった。
「きみは、この街の子?名前は?わかる?」
自分のシャツを絞りながらシンが聞くと、彼女はたどたどしく答えた。
「名前…ステラ。街…知らない」
どうやらこの街の子ではないらしい。
「お父さんとお母さんは?誰と一緒にいるの?」
「一緒はネオ、スティング、アウル。お父さん、お母さん、知らない」
そう答えた彼女に、シンはまた胸を痛めた。
「そっか。きっときみも怖い目に遭ったんだね」
「…怖い目?」
ステラはその言葉を聞いて、不安そうな瞳をシンに向ける。
それに気づき、シンは慌てて否定した。
「ああ、ごめん!今は大丈夫だよ」
(怖いとか、死ぬとか、そういう言葉は使っちゃダメだ)
シンは慎重に言葉を選んだ。
「僕が…うーんと、俺が、ちゃんとここにいて、守るから」
「ステラを…守る。死なない?」
「大丈夫、死なないよ」
シンはそう言いながら微笑んだ。
自分では意識したつもりはなかったが、シンの口調は、まるでオーブにいた頃のような、優しく、柔らかい雰囲気になっている。
ステラを怖がらせないようにと努めると、昔の彼が顔を覗かせるのだ。
「ああ、俺、シン。シン・アスカって言うの。わかる?」
「シン?」
(この子に、覚えられるかな)
シンはもう一度名前を繰り返した。
「シン…」
ステラはそう呟くと、ふらりと立ち上がった。
下着一枚の彼女はほっそりとした体を隠そうともしない。
その無防備さがシンを慌てさせ、眼をそらさせた。
ステラは自分の服のポケットを探ると何か取り出し、戻ってきた。
そして「シン」と呼ぶと、眼を逸らしているシンの目の前に手を伸ばす。
シンはなんだろうと思ってつい彼女の方を見てしまい、不本意ながら彼女のすべてを眼に焼きつけて声にならない声をあげて下を向いた。
けれどステラは気にもせず、手を開いて「はい」と言った。
そこには小さな美しい薄紅色の貝殻がのっていた。
さっきステラが磯で熱心に拾っていたのはこれに違いない。
「俺に?くれるの?」
シンはそれを手に取った。薄い貝殻は向こう側が透けて見えそうだ。
綺麗なピンク…マユの携帯と同じ色だ…ふとそんな事を考える。
「ありがとう」
シンが礼を言うと、ステラはにっこりと微笑んだ。

どこから来たの?とか、何をしてるの?と聞いても彼女の答えは要領を得ず、やがてステラは疲れたのだろう、うとうとし始めた。
自分にもたれかかる彼女を支えるため、シンは彼女の肩を抱いた。
ステラと触れ合っているのに、シンはいやだとは思わなかった。
むしろ互いの冷え切った体が、触れ合う部分から熱を交換し、全身にほんのりと温かさが広がっていくようで心地よかった。
シン自身も忘れていることだが、彼らはすでに一度出会っている。
アーモリーワンでぶつかってきた彼女を支えた時…今思えば、あの時もシンはなんら嫌悪感を感じなかった。
これまでは、ぶつかったり触れ合ったりと距離が近くなる人ごみですらいやがるほどだったのに、だ。
安らかな寝息を立てるステラを抱きながら、シンは小枝をくべた。
自分やこの子のように戦争で運命を捻じ曲げられてしまった子供は、これから先の、途方もなく長く思える人生を、どうやって生きていけばいいんだろう…何も知らず、あんなに幸せだった自分にはもう戻れないと思うたびに、その理不尽さや不公平さ、やりきれなさで一杯になるのだ。
「守る…か」
何度も何度も、彼女のために繰り返した言葉を口に出してみる。
(オーブに守ってもらえなかったと泣いた俺は、何を守れるんだろう)
シン…と寝言とも覚醒しているともつかない声でステラが名を呼ぶ。
シンは安心させるようにもう一度彼女を抱き寄せ、金色の髪を撫でた。 
 
あたりはすっかり日が暮れ、真っ暗になっていた。
シンはようやく乾いた服をステラに着せ、近づいてくるライトを待つ。
哨戒艇だ…ザフトの旗を見てシンは手を振り、ライトに照らされた。
(誰だ?レイ?ルナか?」
「休暇中にエマージェンシーとは…」
その声に、シンは思わず苦笑いしてしまった。
「隊長」
「やる時はほんと、派手にやってくれるわね、あなたは」
アスランは船の舳先で腰に手を当てたままあきれて言う。
「なんでこんなところで遭難するの!?」
「別に…遭難したわけじゃないですよ。ただちょっと…」
アスランは、サーチライトで照らされたシンの後ろに、怯えた様子の少女が隠れているのを見て、少し驚いた。シンは彼女を見て言う。
「この子が崖から海に落ちちゃって…助けて、ここに上がったはいいけど、動けなくなっちゃって」
やがてアスランはボートを準備させ、ひとしきり救助作業が続いた。
シン以外の人間をひどく怖がるステラを、シンがなだめすかして哨戒艇に移ると、待っていたアスランは彼女に毛布をかけてやった。
「ディオキアの街の子?」
「いえ…それが、ちょっとはっきりしなくて」
温かい飲み物を受け取って飲んでいるステラを見つめながらシンが言う。
「多分、戦争で親とか亡くして…大分怖い目に遭ったんじゃないかと」
「そう…」
「でも、名前しかわからないんですよ」
「なら、基地に連れて行って身元を調べるしかないわね」
そう言ってからアスランは膝をついて身を屈め、優しく尋ねた。
「寒くない?」
ステラは彼女の顔をまじまじと見つめた。どうやら怖がってはいないようだ。
「お腹は?すいてない?」
「あ、俺、めちゃくちゃすいてます!」
「あなたには聞いてないわ」
素っ気無く言われて「ちぇっ」とシンが笑うと、ステラもつられて笑った。

その頃、スティングとアウルはいなくなったステラを探して走り回っていた。
大体、あんなところにステラを置いて、もうちょっと先に行こうなんて考えたのが間違いだった…スティングは自分の迂闊さに舌打ちする。
アウルはいつもならすぐに厭きて「めんどくさい」「疲れた」「もう帰ろう」と言うくせに、「あのバカ、どこ行ったんだ」とぶつぶつ言いながら根気強くステラの捜索につきあっている。

一方シンも、どうやらステラは今日、「スティング」と「アウル」と一緒に、車に乗って街に来たらしいというところまで聞き出していた。
「とりあえず、ステラを見つけた崖に行ってみましょう」
船から降りたシンはそう提案し、アスランはジープをまわさせた。
すると真っ暗で人気のない山道に向かう途中、一台の車とすれ違った。
それを見てステラが「あ…」と小さく声をあげたので、シンも叫んだ。
「あれだ!停めてくれ!」
あちらも少し行ったところで停車し、二人の青年が降りてきた。
ステラが座席から身を乗り出したので、シンがドアを開けてやると、彼女は飛び出してそのまま走り出した。
「スティーング!」
「…ステラ?」
2人は驚いたが、ステラがスティングの腕の中に飛び込むと、アウルは彼女が降りてきたジープを見てスティングにささやいた。
「あれ…ザフトのジープじゃんか」
さらにアウルは助手席のアスランを見て眉をひそめた。
「おいおい、赤服だぜ…」
それを聞いてスティングは「しっ!」と黙らせた。
「どうしたんだおまえ…一体…」
スティングはステラを見て何事もないかと観察する。
するとゆっくりと近づいてきたジープから赤い瞳の少年が言った。
「海に落ちたんです。俺、ちょうど傍にいて…」
シンは何が起きたかを説明し、「でも、よかったです」と言った。
「この人のこと、色々わかんなくて…どうしようかと思ってたんです」
「そうですか。それはすみませんでした。ありがとうございます」
ザフトで調べられたりしたら面倒なことになったかもしれない…
(こちらこそ「よかった」だぜ)
スティングは内心胸をなでおろした。
「では…ザフトの方々には本当にいろいろとお世話になって」
まるで「普通の青年」のように、スティングは慇懃丁寧に礼を述べた。
するとその空気を読み取ったのか、ステラが急に不安そうな顔をする。

「シン…行っちゃうの?」
シンは驚き、「ああ、ごめんね」と言った。
「でも、ほら…お兄さんたち、来たろ?だからもう大丈夫だろ?」
うん…と答えながら、ステラの表情は沈んでいく。
まさかステラがこんな風に自分との別れを惜しむとは思っていなかったので、シンは少し驚き、そして焦った。だからつい気休めを言ってしまった。
「ごめんね、ステラ!でもきっと、ほんと、また会えるから!」
「シン、行くわよ。いい?」
アスランはそんなシンに声をかける。シンは「あ、はい」と答えてからもう一度振り向いた。心細そうなステラを置いていくのは気が引けた。
「…ってか、会いに行く!」
「シン!」
「ステラ、きっと…」
ジープは発進し、シンの声はもうステラには届かない。
ステラはいつまでもいつまでもシンを見送っていた。

ジープを見送ったスティングとアウルはほーっと胸をなでおろした。
「いやー参った参った。マジ驚いたぜ、もう」
「よりによってザフトに助けられてたなんてな」
ひとしきりこのハプニングに沸いた2人は、「行くぞ!」とステラを呼んだ。
「シン…ステラ、守るって…」
ブロックワードによるパニックを押さえ込み、彼女に安心をもたらした赤い瞳の彼は風のように去り、ステラの心にはぽっかりと穴が開いた。
けれど、その穴もやがて容赦なく塞がれてしまうのだ…
ステラは名残惜しそうにいつまでもジープが去った道を見つめていたが、やがてスティングとアウルが待つ車へと戻っていった。
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secret
制作裏話-PHASE21-
主人公のシンが、DESTINYのもう一人のヒロイン(ちなみに主人公と全く絡まないミーアはヒロインではない)ステラと出会うPHASEです。長かった!ホントにここまで長かった!

本編では胸クソが悪くなる出だしに、当時レビューするのが辛くて辛くて、もう吐きそうでした。
本当に、アスランにあんなにもくだらない事をさせた制作陣を呪ったものです。正直、全く笑えませんでした。

というわけで、逆転のアスランは本編のようなあんなマヌケではありませんが、ややコミカルさは残しています。
アスランはミーアの夜這いに気づいて待ち構え、見事撃退します。ここまではよかったのですが、彼を追い出そうとしたその時、シンとルナマリアと鉢合わせしてしまうのです。
真夜中に銃を手に、男の胸倉を掴んで怒る女…
そりゃさしもの2人もびっくりです。

さらにミーアはこの時、彼らにどうとでも取れることを言うのでルナマリアには「浮気に怒った」と誤解され、シンには「隊長も浮気すれば」とからかわれます。うーん、隊長の面目丸つぶれは変わりありませんね。

男女逆転があったので冒頭は大きく変えましたが、その後はほぼ本編準拠です。本編ではエロおっぱいの婚約者と朝チュンの隊長にヤキモチを焼いた尻軽娘ルナマリアは、逆転ではシンに恋する乙女ですから、もじもじしていて可愛いです。シンと一緒に出かけたいのに、シンは一人でツーリング。男の子ってこんな感じですよねー
さらにそんなシンがアスランに「デートくらいはしてやる」と発言し、ますます落ち込んでしまいます。ホント、「負けるなルナマリア!」です。彼女がこんなヒロインだったらきっと好きになったなぁ。

けれどそんな安らぎの中でも、シンは息子をなくした老夫婦や、ステラを見て自分が入所した施設の子供たちを思い出すなど、本編にはない「戦争の陰」につきまとわれます。なんたってシンは主人公ですから、戦争については折にふれて考えたり感じたりして物語を牽引してもらわないと。種はもともとこうした「戦争の気配」が全くないので、どうしても全体的に違和感があります。
世界のことなんか何一つ出てきてないのに、キラがいきなり「守りたい世界がある」とか言い出したのがちゃんちゃらおかしいと感じるのも、「自分たちしかいない世界って事だろー」と思っちゃうからですね。

シンとステラの出会いは、「シンにとってステラは『絶対的に守らなければならない存在』である」という事を意識して書きました。精神的に幼いステラは一生懸命シンの後をついてきますし、シンもステラから眼を離さず、庇護者として温かく見守ります。ここの部分はヘタに恋愛的な要素を出さないよう、けれど心温まるような表現を心がけました。マユにしろステラにしろ、自分より弱い子への接し方を見ると、シンはきっと、本当に優しくて面倒見のいいお兄ちゃんだったのではないかと思います。でなきゃ逃げる途中で落とした妹の携帯なんか放っておきますよ。私はPHASE1の、無言で当たり前のように携帯を取りに走ったシンのあどけない顔が忘れられません。

そこで、逆種のPHASE26で「シン・アスカ」という13歳の少年を初登場させた時も、リュウタ・シモンズの面倒を見る優しいお兄ちゃん、という話にしたのでした。なおPHASE18のコニールについても、本編よりもコニールに対する思い入れを強くしました。アスランへの反抗心があったとはいえ、本編のシンはトゲトゲし過ぎましたから、逆転ではコニールを「妹」と重ね合わせました。それによってシンはもう少し現実的に彼女の苛烈な境遇を実感する事ができ、軽率な自分の態度を反省する主人公らしさを出せました。
でもそんな完璧兄属性のシンが選んだ彼女(ルナマリア)は年上のお姉さんという不思議。

さらにこのPHASEのシンは男らしく、さらに赤服らしくサバイバーとしての優秀さも見せます。何しろキットは全部崖の上ですから。はっ、そんな迂闊なミスしてたら優秀じゃないぞ、シン。

そしてこの回、脅えてパニックを起こす彼女を抱き締める事で、シンの長きに渡ったPTSDによる後遺症が回復の兆しを見せ始めるのです。
物語的にもこのあたりで逆転オリジナル設定の「シンは人との接触が苦手」という事を克服しなければなりませんから、計算どおりです。この後はステラを抱き締める機会が多くなりますからね。そしてそれは同時に、シンを襲う大きな悲劇の始まりでもあります。う~ん、主人公っぽいなぁ、こう書くと。

PHASE19で登場し、2話後には天に召されてしまうハイネが名乗りを上げ、ミネルバサイドが急に賑やかになってきました。
しかし次回、そんな事は許さないとばかりに「真の主人公様」が蒼天から颯爽と舞い降ります。

ホント、おめー空気読めよ…
になにな(筆者) 2011/07/31(Sun)23:04:08 編集

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Natural or Cordinater?
サブタイトル

お知らせ
PHASE0 はじめに
PHASE1-1 怒れる瞳①
PHASE1-2 怒れる瞳②
PHASE1-3 怒れる瞳③
PHASE2 戦いを呼ぶもの
PHASE3 予兆の砲火
PHASE4 星屑の戦場
PHASE5 癒えぬ傷痕
PHASE6 世界の終わる時
PHASE7 混迷の大地
PHASE8 ジャンクション
PHASE9 驕れる牙
PHASE10 父の呪縛
PHASE11 選びし道
PHASE12 血に染まる海
PHASE13 よみがえる翼
PHASE14 明日への出航
PHASE15 戦場への帰還
PHASE16 インド洋の死闘
PHASE17 戦士の条件
PHASE18 ローエングリンを討て!
PHASE19 見えない真実
PHASE20 PAST
PHASE21 さまよう眸
PHASE22 蒼天の剣
PHASE23 戦火の蔭
PHASE24 すれちがう視線
PHASE25 罪の在処
PHASE26 約束
PHASE27 届かぬ想い
PHASE28 残る命散る命
PHASE29 FATES
PHASE30 刹那の夢
PHASE31 明けない夜
PHASE32 ステラ
PHASE33 示される世界
PHASE34 悪夢
PHASE35 混沌の先に
PHASE36-1 アスラン脱走①
PHASE36-2 アスラン脱走②
PHASE37-1 雷鳴の闇①
PHASE37-2 雷鳴の闇②
PHASE38 新しき旗
PHASE39-1 天空のキラ①
PHASE39-2 天空のキラ②
PHASE40 リフレイン
(原題:黄金の意志)
PHASE41-1 黄金の意志①
(原題:リフレイン)
PHASE41-2 黄金の意志②
(原題:リフレイン)
PHASE42-1 自由と正義と①
PHASE42-2 自由と正義と②
PHASE43-1 反撃の声①
PHASE43-2 反撃の声②
PHASE44-1 二人のラクス①
PHASE44-2 二人のラクス②
PHASE45-1 変革の序曲①
PHASE45-2 変革の序曲②
PHASE46-1 真実の歌①
PHASE46-2 真実の歌②
PHASE47 ミーア
PHASE48-1 新世界へ①
PHASE48-2 新世界へ②
PHASE49-1 レイ①
PHASE49-2 レイ②
PHASE50-1 最後の力①
PHASE50-2 最後の力②
PHASE50-3 最後の力③
PHASE50-4 最後の力④
PHASE50-5 最後の力⑤
PHASE50-6 最後の力⑥
PHASE50-7 最後の力⑦
PHASE50-8 最後の力⑧
FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開

制作裏話-はじめに-
制作裏話-PHASE1①-
制作裏話-PHASE1②-
制作裏話-PHASE1③-
制作裏話-PHASE2-
制作裏話-PHASE3-
制作裏話-PHASE4-
制作裏話-PHASE5-
制作裏話-PHASE6-
制作裏話-PHASE7-
制作裏話-PHASE8-
制作裏話-PHASE9-
制作裏話-PHASE10-
制作裏話-PHASE11-
制作裏話-PHASE12-
制作裏話-PHASE13-
制作裏話-PHASE14-
制作裏話-PHASE15-
制作裏話-PHASE16-
制作裏話-PHASE17-
制作裏話-PHASE18-
制作裏話-PHASE19-
制作裏話-PHASE20-
制作裏話-PHASE21-
制作裏話-PHASE22-
制作裏話-PHASE23-
制作裏話-PHASE24-
制作裏話-PHASE25-
制作裏話-PHASE26-
制作裏話-PHASE27-
制作裏話-PHASE28-
制作裏話-PHASE29-
制作裏話-PHASE30-
制作裏話-PHASE31-
制作裏話-PHASE32-
制作裏話-PHASE33-
制作裏話-PHASE34-
制作裏話-PHASE35-
制作裏話-PHASE36①-
制作裏話-PHASE36②-
制作裏話-PHASE37①-
制作裏話-PHASE37②-
制作裏話-PHASE38-
制作裏話-PHASE39①-
制作裏話-PHASE39②-
制作裏話-PHASE40-
制作裏話-PHASE41①-
制作裏話-PHASE41②-
制作裏話-PHASE42①-
制作裏話-PHASE42②-
制作裏話-PHASE43①-
制作裏話-PHASE43②-
制作裏話-PHASE44①-
制作裏話-PHASE44②-
制作裏話-PHASE45①-
制作裏話-PHASE45②-
制作裏話-PHASE46①-
制作裏話-PHASE46②-
制作裏話-PHASE47-
制作裏話-PHASE48①-
制作裏話-PHASE48②-
制作裏話-PHASE49①-
制作裏話-PHASE49②-
制作裏話-PHASE50①-
制作裏話-PHASE50②-
制作裏話-PHASE50③-
制作裏話-PHASE50④-
制作裏話-PHASE50⑤-
制作裏話-PHASE50⑥-
制作裏話-PHASE50⑦-
制作裏話-PHASE50⑧-
2011/5/22~2012/9/12
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