機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ダーダネルス海峡の幅は、一番狭いところで3km程度しかない。
ミリアリアは機材を準備し、安全にシャッターを切れる場所を探していた。
やがて海峡を見渡せる小さな崖を見つけると、すぐ近くの藪の中に身を潜める場所も確保した。それからレンズを確認し、手際よく撮影準備に入る。
さすがに戦闘開始時刻まではわからないので、しばらくは我慢比べだ。
合間に情報屋から何か入っていないかとタブレットをチェックすると、ディオキアのミネルバの動きが慌しいとある。じきに出航だろう。
ミリアリアは何かを探すようにそのまま指でメールを下へ送った。
(あ、また…)
ある地点で彼女は指を止め、青い瞳がしばし文字を追う。
読み終わると、ミリアリアはふん、と指で画面を弾いた。
返事は返さない。「もう終わったんだから」と思う。
なのに、彼女はいつも「削除」と「保存」で迷う。
今回も同じだ。ほんの少しだけ考える。
そしてそのままメールを別のフォルダに保存する。
ミリアリアは手早くボードやタブレットを片付けるとカメラを構えた。
今はこうして、紛れもない真実を切り取っていたい。
(早く諦めて、新しい彼女でも探せばいいのに)
それからポツリと呟いた。
「ホント、バカなんだから」
ミリアリアは機材を準備し、安全にシャッターを切れる場所を探していた。
やがて海峡を見渡せる小さな崖を見つけると、すぐ近くの藪の中に身を潜める場所も確保した。それからレンズを確認し、手際よく撮影準備に入る。
さすがに戦闘開始時刻まではわからないので、しばらくは我慢比べだ。
合間に情報屋から何か入っていないかとタブレットをチェックすると、ディオキアのミネルバの動きが慌しいとある。じきに出航だろう。
ミリアリアは何かを探すようにそのまま指でメールを下へ送った。
(あ、また…)
ある地点で彼女は指を止め、青い瞳がしばし文字を追う。
読み終わると、ミリアリアはふん、と指で画面を弾いた。
返事は返さない。「もう終わったんだから」と思う。
なのに、彼女はいつも「削除」と「保存」で迷う。
今回も同じだ。ほんの少しだけ考える。
そしてそのままメールを別のフォルダに保存する。
ミリアリアは手早くボードやタブレットを片付けるとカメラを構えた。
今はこうして、紛れもない真実を切り取っていたい。
(早く諦めて、新しい彼女でも探せばいいのに)
それからポツリと呟いた。
「ホント、バカなんだから」
「コーディネイターを倒せ、滅ぼせ、やっつけろと、あれだけ盛り上げてさしあげたのに、その火を消してしまうおつもりですか!」
ジブリールは大西洋連邦のコープランド大統領に怒りをぶつけている。
デュランダル議長が言うように、強引に開戦を宣告したものの、地球軍はいまや戦争よりも紛争に手を焼き、ザフトどころではない。
「弱い者はどうせ最後には力の強い方につくんです」
ジブリールはそんな不遜なことを言って歩き回る。
「勝つ者が正義なんですよ!ユーラシア西側のような現状をいつまでも許しておくから、あちこちで跳ねっ返りが出るんです!」
モニターにはゲリラやレジスタンスと戦うユーラシア軍や、そのユーラシアを撃破して民衆を解放し、熱狂的に迎えられるザフトの様子が映し出される。
「これではまるでザフトは英雄だ!」
そして録画されたデュランダル議長の声明が彼を苛立たせる。
「ユニウスセブンの件は一部のテロリストが起こした不幸な事件であり、犯人はザフト軍の手で壊滅し、被災地への支援も惜しまず行っています」
若く、才気溢れる議長は穏やかに、優しげに、けれど毅然として言った。
「行使するのはあくまでも危機に対する『積極的自衛権』のみであり、地球の皆さんに愚かな攻撃をしかけるつもりなど、決してありません」
さらにその後のミネルバはじめ各地のザフト軍の人民解放「戦争」がこの声明を立証している事が、議長の人気を世界レベルに押し上げた。
人々はまるで前大戦の根幹にあったナチュラルVSコーディネイターの嫌いあい、憎みあいという醜い構図を忘れてしまったかのようだ。
(それもこれも紛争ひとつ収められない無能な連合のトップが悪い)
青いルージュをひいた唇を噛み締め、ジブリールは苛ついていた。
「だが我らとて手一杯なのだ」
大統領は不愉快そうに答えた。
「大体、きみのファントムペインだって大した成果は挙げられていないじゃないか」
ジブリールはそれを聞いてますます不機嫌になった。
(確かに、アーモリーワン以降はこれといった勝利を収めていない)
ジブリールは仮面をつけたネオを思い出してチッと舌打ちした。
ところが次の瞬間、「閃いた!」とでも言うように彼は顔を輝かせた。
「そうだ、オーブですよ!」
各国に圧力をかけて強引に結んだ同盟は既に綻びを見せ始めていた。
(だが、オーブは違う。あの国はもはや私の手の内だ)
連合からの要請に従わず、外交戦略でのらりくらりとかわす老獪な国もあるが、オーブは連邦寄りの一部の首長の尻を叩けば、尻尾を振って言うことを聞く。
おかげで同盟はつつがなく結ばれ、国民に人気の高い代表も抑えこんだ。
(もっともこの間は面白いものが飛び出してきてその代表をさらい、またこちらを驚かせてくれたがね)
ジブリールはこの珍事件の顛末を聞いて首を傾げたが、セイランは言った。
「ご安心ください。代表不在でも、我らがおりますゆえ」
今やオーブは連中の意のままであり、国の復興のためと銘打ってロゴスの息がかかったグローバル企業を誘致し、モルゲンレーテを初め有力企業は次々彼らと技術提携を結んでいた。
しかしそれは諸刃の剣でもある。
ジブリールは上り調子の経済を握る事で、オーブの喉笛を掴んでいた。
「黒海には彼らに行ってもらえばいいんですよ」
くっくっくと笑いながら、ジブリールは膝に抱いた黒猫の背をなでた。
「同盟国の責務としてザフトを追っ払いに。もはやあの国にノーは言えますまい」
「黒海をですか?」
軍司令部に呼び出された第二護衛艦群のトダカ一佐は思わず聞き返した。
そこには軍服を着込んだユウナ・ロマ・セイランが、綺麗に整えた爪にやすりをかけながら待っており、涼しい顔で「そうよ」と答えた。
「オーブは同盟条約に基づき、黒海のザフト軍を討つべく派遣軍を出す事となったの」
それを聞いてトダカの後ろに控える他の士官たちがざわめく。
(護衛艦群がオーブを離れて戦いに?)
(バカな…俺たちが一体なんのために)
「旗艦はタケミカズチ。総司令官として私が行くわ」
ユウナはふっと爪に息を吹きかけてそれを眺め、出来栄えに満足した。
「まぁ、色々あって…代表が現在不在というとんでもない状況よ」
ユウナはカガリをさらっていったフリーダムを忌々しく思い出した。
(まさかユニウス条約違反のあんな機体まで一緒に隠していたなんて!)
そして不愉快そうに頬杖をつき、唇をへの字に曲げる。
(全く油断ならない…何も知らないようなとっぽい顔をしてるくせに、その裏ではしたたかに手を回しているなんて、まるで父親にそっくり)
4年前、セイランは一部の首長と結託し、極秘裏にモルゲンレーテを動かした。
連合との技術提携と見返りを期待しての事だったが、モビルスーツ開発の情報を入手したザフトがヘリオポリスを急襲、コロニーが崩壊するという大惨事に発展した。
中立国が連合への軍事協力など!と、国民の怒りは激しく、モルゲンレーテは国営企業としてあるまじき事をしたと非難され、トップは大幅に更迭された。
癒着を暴かれた首長や官僚たちに対しても世論は厳しく、やがて国民は彼らを国家背任罪に問おうとまで声高に叫び始めた。
その全ての責任を負ったのが、当時の代表ウズミ・ナラ・アスハだった。
彼は何も言わず、誰も責めず、すべての責は自分にあると代表を辞したのだ。
元々は強い指導力を持つウズミに対する反発から、彼を出し抜こうとして事を起こしたセイランたちは、不覚にもそのウズミに庇われた形になった。
だがウズミは失脚するどころか、むしろ以前より自由に活動できるようになり、指導力では明らかに劣る兄ホムラの陰でますます強い指導力を発揮した。
「もしかしたらヤツは初めから何もかも知っていて事が起きるのを待ち、自分の辞職すらも計算のうちで、我らを利用したのかもしれん…」
そう勘ぐっても、脛に大きな傷のあるウナトたちにはそれを責めるどころか、ウズミに問い質す事すらできるはずがなかった。
父をはじめ代表に反抗的だった首長たちは、この件で完全に封じられたのだ。
(そして地球軍と共同開発した技術を盗用して、M1を開発していた…)
髭をたくわえた立派な体躯の元代表を思い出し、ユウナはふんと鼻を鳴らした。
確かに、彼は国を動かしていた。善も悪も、全てが彼の中にあったのだ。
(でも今は違うわ。今、本当にオーブを動かしているのは…)
ユウナは背を伸ばして前を向くと、司令官たちを居丈高に睨みつけた。
「だからこそ国の姿勢ははっきりと示しておかねばならないわ」
トダカは腑に落ちない表情で「はぁ」と返事をする。
「今度こそ、しっかりしてちょうだいよ」
もう一度「はぁ」と言うと、トダカは渋々敬礼して命令を受け入れた。
「あっち行って!触んないで!」
J.P.ジョーンズではステラが研究員を梃子摺らせ、スティングもアウルもそのとばっちりでまだ眠れずにいた。
困り果てた研究員は睨みつける彼女をなだめるように言った。
「わかったわかった」
やがて騒ぎを聞きつけたネオがやってきて事情を聞くと、彼女の足の傷を見ようとして巻かれていたハンカチを取った途端、ひどく怒り出したという。
「いや!こっち来ないで!」
ステラは汚れたハンカチを胸に抱き、絶対に渡さないと怒っている。
ネオは「なんだ」と笑うと、ステラの傍らにしゃがみこんだ。
「ごめんよ、ステラ。大丈夫。誰も取りゃしないよ」
ネオはステラの頭を撫でながら言った。
「…本当?」
「本当さ。ステラの大事なものを、誰が取ったりするものか」
ネオは優しく言った。
「だから、安心してお休み」
ステラはようやく笑い、嬉しそうにうんと頷いた。
「我ながら、なかなか悪いおじさんになった気がするよ」
ゆりかごが作動し始めると、ネオは研究員に呟いた。
「何が、大事なものを取ったりはしないだか」
「毎度お見事ですよ」
自嘲気味に笑うネオに、忙しそうに手を動かしながら研究員が答える。
「記憶ってのは、あった方が幸せなのか、ない方が幸せなのか…あれだけ騒ぐってことは、よっぽど何かあったってころだろ?その、ステラを助けたザフト兵とやらがよほど強く印象づいたかな」
ネオはスティングとアウルから今回の件を聞いていた。
「また会いに行くとか言っちゃってさ。バッカじゃないの」
不機嫌そうなアウルの言葉が、先ほどのステラの行動を裏付けている。
彼女が自分たち以外の人間に接触した事ももちろんだが、何よりその相手とある程度「友好的な」関係が築けたらしい事がネオを驚かせた。
「我々の管理下になければ、すぐ命に関わる障害が出るような連中です」
一方、彼らを「創られた戦闘マシーン」としか見ておらず、「メンテナンス」をしているに過ぎない研究員には、ネオの情のかけ方は篤過ぎると感じられる。
そのおかげで先ほどのようなちょっとしたトラブルは彼が解決してくれるので助かるが、大量の薬物で肉体と精神をコントロールされている彼らをいくら「普通の人間」として扱ったところで、もはや元には戻れない。
「情を移せば、辛いだけですよ」
「…わかってるさ」
ネオは答えた。
わかっているのに、あの子たちをただの道具として使えない自分がいる。
「あれほど死ぬのを怖がるあの子が死なずに済むには、敵を倒し続けていくしかないんだ」
安らかに眠るステラは、目覚めた時はすべてを忘れ、再び冷酷な兵器になる。
彼女の運命に、選択肢など存在しないのだ。
ひと時の休暇が終わると、彼自身が言ったとおり、ミネルバにはFAITHのハイネ・ヴェステンフルスが配属された。
ヨウランとヴィーノは、彼が乗ってきたオレンジ色の見慣れない機体を見上げている。
「ZGMF-X2000、グフか」
「どんどん増えるね、新型の機体が」
「ホント、やっとザクの配備が終わったと思ったらもうこれだもんな」
ヨウランがそう言った途端、エイブスが集合をかけてマニュアルを配る。
「あれ、1機いくらなんだろう?」
2人はそんな話をしながらボードにマニュアルデータを落としていった。
「さぁね。少なくとも俺らの遺伝子操作料よりは高いだろ」
「レイ・ザ・バレルです。よろしくお願いします」
あの時はミネルバ待機だったレイだけが改めて名乗り、敬礼した。
「しかしさすがに最新鋭だな、ミネルバは。ナスカ級とは大違いだぜ」
ナスカ級を母艦としたことがないシンたちには今ひとつピンとこないが、アスランは武骨なヴェサリウスを思い出し、「そうですね」と答えた。
「ヴェステンフルス隊長は、今まではナスカ級に?」
ルナマリアが尋ねると、ハイネは苦笑した。
「ハイネでいいよ。そんな堅っ苦しい。ザフトのパイロットはそれが基本だろ?きみは…ルナマリアだったね」
親しげなその言葉に、ルナマリアはきょとんとして「はぁ」と答える。
「俺は今まで軍本部だよ。この間の開戦時の防衛戦にも出たぜ」
ハイネは腰に手を当てて言った。
「連中が核を撃ってきた時はもうダメかと思ったけどさ、まさかこっちもあんな隠し玉を持ってるとは思わなかったよ。議長もなかなかやるよなぁ」
ルナマリアとレイに武勇伝を語るハイネを横目に、シンがアスランに聞く。
「隊長…あの、俺たちは…」
一体この先はどちらに指揮を取られることになるんですかと聞きたかった。
それを察したアスランはシンに説明する。
「ヴェステンフルス隊長の方が先任よ、シン」
様子を見るに、彼の方がきっと自分よりうまく彼らを率いるだろう。
アスランはこれで隊長の任を解かれると思うと、正直少し安堵していた。
「ハ・イ・ネ」
すると今まであっちで話していたと思ったハイネがいつの間にか近づいてきて、シンとアスランの間に割って入った。
「なんだ、仲いいんだな、結構」
「はぁ…」
「そうですか?」
アスランとシンは顔を見合わせ、それを見たルナマリアはむーっとふくれた。
「いいじゃないの、仲いいってことはいいことよ?うん」
ハイネはそのままシンの背中をバシンと叩いた。
「いっ…!」
「何しろエースとFAITHだもんな!いがみあわれても困るからさ」
(なんだか変わった人だな)
背中をさすりながら眉をひそめたシンは、彼をしげしげと見た。
「あ?でも何、おまえ、隊長って呼ばれてんの?」
レイが、それはアスランが強制したのではないと弁護するつもりか、戦闘指揮を執る彼女のことを、自分たちが自主的にそう呼び始めたのだと説明した。
ハイネはそれを聞いて不満をぶちまけた。
「FAITHも赤も緑も戦場では皆同じよ? 命令通りにワーワー群れなきゃ戦えない、地球軍のアホ共とは違うだろ!」
アスランはその威勢のいい言葉に苦笑した。
久々にナチュラルをアホ呼ばわりする赤服に会ったと思いながら。
「あ、それとも何?出戻りだからっていじめてんのか?」
「いえ、そんなことは…」
「あらぁ、初めの頃はシン、すっごくトゲトゲしてたよね」
シンが否定しかけた途端、ルナマリアがシンを覗き込んだ。
「なんだよ、それ」
「まぁ今はそんな事、全然ないみたいだけど」
ルナマリアは唇を尖らせる。
(何しろエマージェンシーで迎えにいったはずなのに、なんでかのんびり一緒にご飯食べて帰ってくるくらい、仲良しだもんね!)
ステラをスティングたちに無事返した後、バイタルチェックもあるから基地まで待てと言うのに、「腹が減った」と大騒ぎするシンに根負けし、アスランはダウンタウンでジープを降りてシンに食事を摂らせた。
遠慮せずにあれこれ注文するシンを見て、アスランは(たかられた)と思ったが、シンはいつになく上機嫌で、その日の遭難の様子をつぶさに語った。
「ああいう子だから服一つ脱げないし着られないし。全部手伝いましたよ、俺」
いつかどこかで聞いたような彼らの様子には笑うしかなかったが、明るい表情のシンを見ると、堅物の彼女も(たまにはこういうのもいいのかもしれない)と思った。
「そもそも一番最初に隊長って呼び始めたの、ルナだろ」
「覚えてないわ、そんなこと」
そっぽを向く彼女を見て、シンは(変なヤツ)と肩をすくめた。
「まぁまぁお二人さん。言っただろ、仲がいいのはいい事だって」
というわけで、「今後、『隊長』は禁止!」とハイネが宣言した。
「おまえもおまえだな、アスラン。何で名前で呼べって言わないの」
「すみません」
ハイネは「これで皆仲間だな!」とノリノリでルナマリアとレイを連れて歩き出したが、シンはなんとなくアスランが気になって動かなかった。
「隊長って、別に悪い意味じゃないんですけど…」
シンがぼそっと言うと、アスランも軽く頷いた。
「わかってる。私もああいう風にやれたらいいんだけど」
ハイネはミネルバのクルーにも気さくに挨拶して廻っている。
人づき合いの苦手な自分は、ミネルバの中ですら、未だに数えられる位の人としか話した事がない。社交的な人を見るたびに羨ましいとは思うのだが…
「ちょっと…なかなか」
シンは苦笑したアスランを見ていぶかしげに尋ねた。
「隊長?」
「…じゃなくて、アスランよ、シン」
それを聞いたシンは少し面映そうだ。
「なんか…慣れないですね」
「行きましょう。ヴェス…ハイネを案内しないと」
そう言った途端におーいと呼ばれ、2人は慌てて駆け出した。
「大分荒れてきましたね」
副官のアマギ一尉が針路を確認しながら言う。
海の男たちにとってはこの程度の揺れは大したことはないが、ユウナはそうはいかない。お気に入りの家具や調度品で飾った司令室にこもり、海が荒れ始めた頃から船酔いに苦しんでいる。
(ま、あの厚化粧が閉じこもっててくれるなら、嵐もバンバンザイだ)
アマギはこっそりと心の中で思っていた。
よくわかりもしないくせに、ブリッジであーでもないこーでもないと口出しする彼女に、皆早くも辟易していた。
「まだ序の口だろうがな。1時間くらいか?こいつを抜けるのに」
トダカもレーダーを見て低気圧の進路を見定める。
「しかし、まさか喜望峰回りとは思いませんでしたよ」
派兵と聞いて当然行き先はインド洋だと思っていたアマギは、パナマから喜望峰を回って紅海に入り、スエズから黒海に抜けるルートと聞いて仰天した。
確かに、まさかジブラルタルの鼻先を通るわけにはいかないだろうが、それにしても遠回り過ぎる。
「仕方ないさ。ステージは黒海だ。インド洋じゃ観客がいないんだろ。戦う相手は同じでも」
黒海や地中海ならあちこちに連合国家という観客がいる。
「ついでにジブラルタルへの牽制にもなるし、一石二鳥ってヤツさ」
「しかし一佐。これは明らかに中立国オーブの理念に反しています」
嵐がさらに激しくなると、アマギが今回の派兵について不満を口にした。
「そう言うな。同盟を結んで中立を捨てた今、もはやその理念を説いても…」
「そうしてしまったのは、連中ですよ!」
アマギが興奮して声を荒げると、オペレーターや操舵手もチラッと振り返る。
「最後まで同盟に反対し続けたカガリ様を、セイランたちがよってたかって封じ込め…しかも条約締結と同時に、よりによってあのユウナ・ロマと結婚など!」
アマギはさも悔しそうに唇を噛んだ。
「おかしいでしょう、どう考えても!」
「まぁ、落ち着け」
トダカは熱血漢のアマギの気持ちを汲み取って言った。
「カガリ様は確かに頑張られたが、海千山千のあの連中に対抗するには残念ながら経験も力も足りなかった、というのが正直なところだろう」
「しかし…」
「これも国を守るためと言えばためだ」
腑に落ちない表情のアマギに、トダカは静かに言った。
「俺たちが遠い異国で戦うことで、国民が平和に暮らせるというなら、これもまた『国を守る』我ら護衛艦群の任務と思うしかないんだ」
トダカとて、オーブの理念を踏みにじる事は合点がいかない。
オーブを守るためなら命を懸けて戦おう。
けれどこの戦いはなんのためか。
「我らは、アークエンジェルとカガリ様に願いを掛けたがな。未だにお戻りにならぬという事は、まだその時期ではないのだろう」
トダカは飛び去っていくフリーダムと、それを迎えた戦艦を思い出し、ため息をついた。
「間に合わぬのなら、せめてどこかでこの戦いを…我らの戦いをカガリ様が見ていてくださることを祈ろう」
(そして信じよう。穢れたオーブを、もう一度正しく導いてくださると)
「…はい」
アマギは神妙な面持ちで返事をした。
「んー、オーブの派遣軍ねぇ…」
同じ頃ネオは、援軍と合流し、黒海のミネルバを撃破してスエズ北域の覇権を奪還するよう命令を受けていた。
「海はお手のものの国の艦隊が、はるばる来たって?」
「空母1、護衛艦6、明日の夕刻にはこちらに入る予定だそうですが」
艦長が送られてきた戦力データを渡しながら言う。
「それを使って黒海を取り戻せか。いろいろ大変だなぁ、俺たちも」
とはいえ、ガルナハンの壊滅でスエズ周辺は俄かに浮き足立っている。
黒海も周辺地域も、いまやすっかりザフト圏内という雰囲気だ。
「確かにあの辺りは、押さえとかなきゃならないところだからな」
ネオはしょうがないねと苦笑した。
先に起きたスティングやアウルに比べ、かなり長い時間眠らされたステラのメンテナンスが終わり、ゆりかごが開いた。
とろんとした眼のまま立ち上がろうとして足を下ろしたが、眠りについた時には大切そうに握り締めていたハンカチがベッドの上にぽつんと置いてあるのが眼に入った。
「…何、これ…」
ステラは興味もなさそうに一瞥すると、そのまま部屋を出て行った。
シンが彼女からもらったさくら貝を小さなビンに詰め、妹の携帯の隣に置いていることなど彼女は知りもしないし、知ったところで何も思い出せないように、その記憶はすっかり洗い流されていた。
地球軍の動きが活発になると、情報を手に入れようと有象無象が動き始める。
ディオキアの場末のバーでは、ミリアリアが怪しげな情報屋から情報を仕入れていた。
「え!それ、ほんと?」
「ああ、間違いない。スエズに増援だ。こりゃまた近くおっぱじまるぜ」
「…市街地に被害が出ないといいけど」
「そいつはどうかな?」
情報屋はミリアリアが注文したおごり酒を飲み干して言った。
「戦闘が始まりゃ、街も平和も全部吹っ飛んじまうからなぁ」
けれどミリアリアにとっては、この情報はさらに悪い意味を含んでいる。
(オーブががこんなところまで来て…)
ミリアリアの脳裏にキラやマリュー、ノイマンやカガリの姿が浮かぶ。
続いて彼女はもう一人思い出したが、すぐに打ち消すように首を振った。
(プラントと…戦うなんて)
ディオキア基地ではタリアが緊急ブリーフィングを開いていた。
集まっているのはFAITHであるハイネ、アスラン、それに副長だ。
援軍の狙いがジブラルタルかスエズ周辺の勢力回復なのかは不明だが、タリアの読みは後者だ。ミネルバが造った道を潰したいのは山々だろう。
「その増援以外のスエズの戦力は?つまりはどのくらいの規模になるんです?奴らの部隊は」
ハイネが戦力分析の結果を求めると、タリアが眉をひそめた。
一番の難敵は数ではなく、「連中」がいることなのだ。
「強奪機体ってアーモリーワンのか?」
それを聞いたハイネが尋ねると、アスランは「はい」と頷いた。
「とにかく、本艦は出撃よ。最前衛マルマラ海の入り口、ダーダネルス海峡へ向かい、守備に就きます。発進は0600」
アーサーとアスランはその言葉に敬礼し、タリアはハイネを見た。
アスランと同じく、彼女にハイネへの命令権限はない。
「あなたも、よろしい?」
ハイネは不敵に笑って「無論です」と答えた。
「アスラン」
アーサーに発進準備の指示をした後、タリアがアスランを呼び止めた。
「今度の地球軍の増援部隊として来たのは、オーブ軍ということなの」
「…え!?」
突然の事実にアスランの思考はついていけなかった。
(派兵?こんな…南太平洋から黒海に?)
「なんとも言い難いけど、今はあの国もあちらの一国ですものね」
「オーブが…そんな…」
(カガリ…キラ…)
オーブを守るために戦い、そしてオーブと共に戦った自分が、今度はオーブと戦う日が来るなんて…アスランは忌まわしい前大戦を思い出した。
(まただ…いつの間にかまたこんな構図になってしまった)
守りたいという純粋な想いが捻じ曲がり、いつしか敵の首がすげ代わり、一番戦いたくないものと戦うというおかしな状況になってしまっている。
「でもこの黒海への地球軍侵攻阻止は周辺のザフト全軍に下った命令よ」
タリアは黙り込んだアスランに畳み掛けた。
「今はあれも地球軍なの。いいわね?大丈夫?」
そう念を押され、アスランは搾り出すように「はい」とだけ返事をした。
ハイネはそんなアスランを少し不思議そうに見ていた。
「アスラン、すまないが、シンたちにも待機を伝えておいてくれ」
「え…でも、副長…」
アーサーは「頼んだぞ」と言うと、そそくさとブリッジに戻って行った。
アスランは何も言えないままそれを見送り、隣のハイネをチラリと見る。
「いちいち気にすんなよ。この艦ではおまえの方が先輩なんだからさ」
勘のいいハイネはアスランの遠慮に気づいて明るく言った。
やがてブリーフィングルームに集められたシンたちに、アスランから今回のスエズへの増援が、オーブ艦隊であると知らされた。
ルナマリアが心配そうに隣のシンの様子を窺った。
(シンの国…シンの心を傷つけた国が、私たちに牙を剥く)
シンは何も言わず、じっと前を見つめている。
ルナマリアはやや遠慮がちに、言葉を選ぶように囁いた。
「今は…地球軍だもんね。そういうこともある…よね?」
「ああ」
シンの様子は普段と全く変わりなく見えた。
「以上が、ミネルバの針路と当面の目標です。パイロットは全員、明朝0600出航前にパイロットルームにて待機のこと。以上」
アスランが艦長命令を伝えると、3人は敬礼して解散した。
「シン」
レイたちと共に部屋を出ようとしていたシンを、アスランは呼び止める。
ルナマリアはなんとなく気を遣い、「先に行くね」と断って立ち去った。
ブリーフィングの様子を壁に寄りかかって見ていたハイネも、2人の会話に耳をそばだてた。
「なんです?」
シンは振り返った。いつもと特に変わらない、平静な表情だった。
アスランは呼び止めはしたものの、言葉に詰まり、黙っている。
ハイネとシンはしばらく彼女の次の言葉を待ったが、いくら待っても出てこないので、シンは盛大にため息をついて言った。
「アスラン」
「…!」
初めて敬称抜きで呼ばれたアスランは、ほんの一瞬違和感を感じた。
「オーブは、今はもう地球軍ですよ。あれは敵だ。俺たちの」
シンは彼女の反応を窺いながらきっぱりと言う。
やがてアスランは重い口を開いた。
「カガリが…彼がいれば、こんなことにだけはならなかったかもしれないけど」
「ははっ」
その事実を受け止めかねるかのような表情の彼女を見て、シンは少し馬鹿にしたような乾いた笑いを漏らした。
「何言ってるんです。同盟を結んだのはあいつ自身じゃないですか。しかも今、どこにいるのかもわからない国家元首なんて…」
シンは肩をすくめた。
「いてもいなくても同じって事でしょう」
ハイネはそうやって言い合う2人を黙って見つめていた。
戦後、アスラン・ザラが行方をくらました事はザフトの中でもひとしきり話題になった。
婚約者のラクス・クラインと共にプラントのどこかでひっそりと暮らしているとか、月や地球にいるという噂もあったが、新しい世代が入隊してくるにつれ、それも徐々に下火になっていった。
しかし言われてみれば、「そこ」は妥当な潜伏先だった。
(なるほど、オーブねぇ…それにこいつ、シン・アスカもオーブの…?)
シンの悪態を聞いて、アスランは少し考え込み、再び口を開いた。
「…まだ、色々とできない事は多いけど、気持ちだけは真っ直ぐよ、カガリは」
「そんなの意味ありませんよ!」
シンはアスランに向き直った。
「国の責任者が気持ちだけだなんて。アスハはいつもそうだ。気持ちはある、気持ちはこうだ…なのに、やる事はそれとは裏腹で、間違ってばかりだ」
シンの言葉は今の自分にもあてはまり、アスランはズキリと胸が痛んだ。
自分の気持ちとしては、オーブとは戦いたくない。
けれどこれからオーブと戦いに行くのも自分なのだ。
「裏腹…」
アスランはボードを小脇に抱えたシンを見て言った。
心に矛盾を抱えているのは、自分だけではないはずだった。
「あなたは、本当はオーブが好きだったんじゃないの?」
「え?」
少し驚いた顔のシンが、アスランを見つめ返す。
「だから頭に来るんでしょう、オーブのことが」
「違いますよ!今のオーブは、俺の敵だ!」
シンは苛立ったようにやや強く言い捨てるとくるりと踵を返し、アスランとハイネは、そのまま部屋を出て行く彼の後姿を見つめていた。
「今の」オーブ…そう言ったシンの言葉に、想いが見て取れるようだ。
アスランの心に、迷いが湧き起こっていた。この迷いが、悲劇を呼ぶ。
「オーブにいたのか?大戦の後ずっと」
ちょっと風に当たろうと誘ったアスランと共に、デッキから暮れなずむディオキアの街並みを眺めていたハイネが尋ねた。
「いい国らしいよな、あそこは」
「ええ、そうですね」
平和で、豊かで、美しい…オーブは、自分にとっても大切な国だった。
「戦いたくないか…オーブとは」
ハイネが言うと、アスランはややためらいながら答えた。
「…はい」
「じゃ、おまえ、どことなら戦いたい?」
次に投げかけられた質問に、アスランはなんと答えていいかわからない。
「え?いえ…どことならって…そんなことは…」
「あ、やっぱり?俺も」
ハイネがニヤリと笑った。
「そういうことだろ?割り切れよ」
アスランには何を割り切れというのかわからなかった。
いや、そんな事、わかりたくないというのが本音だった。
「でないと、死ぬぞ」
「…はい」
そう答えてしまった自分が不甲斐ない。
軍に属する今、いやだと思っても逃げられないことがわかっているからだ。
(あんなに…あんなに苦しい思いをしたのに…私はまた…)
返事とは裏腹のアスランの浮かない表情を見て、ハイネは苦笑した。
(ま、そう簡単には割り切れないか)
「あいつさ…言ってたろ、ディオキアで」
柵に後ろ手に両肘を絡ませたハイネが言った。
「敵の脅威がある時は戦うって」
それを聞き、アスランはシンの言葉を反芻した。
「戦うべき時は、戦うべきだ…と、言っていましたね」
「しかも、『勝たないと』ダメだってな。なかなか面白いこと言うよ」
ハイネはからからと笑い、しかしすぐに真顔になった。
「…何か、よほど大切なものをなくしたんだろうな…」
アスランは何も答えない。
ハイネはそんなアスランを見て、やれやれと苦笑する。
「しっかし、気の強いやつだな。エースとしてはいい傾向とはいえ」
ハイネはくるりと向きを変えると、今度は柵に肘をついた。
「おまえのこと、一生懸命追いかけてるんだよ」
「…え?」
驚くアスランを見てハイネがくすっと笑った。
「見てればわかるだろ。隊長、隊長って、ずっとくっついてるじゃないか」
「そんな事は…」
アスランはハイネのその言葉に心底困惑した。
先ほどの態度にしても会話にしても、彼が言う要素は見当たらない。
抜きん出た能力は認めるが、シンが自分に対してプラスの感情を向けているなど全く考えられなかった。
「私の力不足で…彼とはうまくいかないことばかりです」
「エースだワンオフ機だって頂点きわめても、その反面、孤独なもんだ。けど自分より先を行くヤツがいると知れば、また新しい目標が出来るだろ?」
「はぁ…」
アスランは相変わらず腑に落ちない顔をしている。
自分が持った覚えのない感情や考えを説かれても理解に苦しむばかりだった。
「だからおまえの事知りたくて、追いつきたくて、ぶつかってくるんだよ」
彼は「可愛いじゃないの、そういうの」と笑った。
「…っていうか、知らないんだろうな、そういう方法しか。あいつ自身もさ」
それから呆れたように、潮風に乱れた髪を掻き上げた。
「おまえさ、相っ当、鈍感だろ?よく言われない?友達とか彼氏とかに」
「…は…いえ…それは…」
なんとなく思い当たる節がありそうな彼女を見てハイネが言った。
「ちゃんと受け止めてやれよ。真っ直ぐでいいもの持ってるぞ、シンは」
「…そうですね」
アスランは少し考え、それから頷いた。確かに最近、少しずつ打ち解けてきたことは実感している。時間はかかっても理解しあえるかもしれない。
「努力します」
堅苦しい事を言うアスランを見て、ハイネは軽くため息をついた。
(噂通りの堅物だな。そりゃ苦労するよ、あいつらも…)
オーブ艦隊は定刻どおりスエズでJ.P.ジョーンズと合流した。
ユウナは移乗してきたロアノーク大佐と名乗る男と握手を交わす。
仮面をかぶった胡乱な男に、アマギたちは不信感で一杯だったが、ユウナは張り切り過ぎて、1オクターブも高い声で彼に挨拶をした。
「なるほどね。黒海、そしてマルマラ海」
ユウナは海図を見ながら自分たちが今いるあたりを指でなぞった。
「私なら、この辺りで迎え撃つことにするわね。海峡を出てきた艦を叩いていけばいいんだもの。そう考えるのが最良ではなくて?」
(やれやれ…船酔いから回復したら今度は本物の兵隊ごっこに夢中か)
アマギは先ほどから不機嫌そうに頬をひきつらせている。
「ザフトにはあのミネルバがいるということだけれど、ま、作戦次第でしょう。あれが要というのなら、逆にあれを落としてしまえば奴らは総崩れでしょうし」
ユウナは鼻高々に余計なことを言う。
共同戦線の場合、どこにどう陣営を張るかは、互いの戦力分散も図りつつ、相手方との交渉がものをいうのに…トダカには一切口出しをさせず、ユウナは得意げに自分で命令を下すことを楽しんでいるようだ。
「さすがオーブの最高司令官殿ですなぁ。頼もしいお話です」
ネオが両手を広げて「いや、まさに慧眼です」とお世辞を言った。
「では先陣はオーブの方々に。左右どちらかに誘っていただき、こちらはその側面からということで…」
「ああ、そうね。それが美しいわ」
(着いた早々最前線に配置など)
これにはさすがにトダカが渋い顔をする。
(地形も状況もまだわかっていないのに、これでは後ろに退くこともできん)
完全に舐められていることに気づいていない彼女を見て、トダカもアマギも(こんな事になるだろうと思った)とうんざりしている様子だ。
「海峡を抜ければすぐに会敵すると思いますが、よろしくお願いしますよ?」
「ええ、お任せください。我が軍の力、とくとご覧に入れましょう」
さんざん「さすがだ」「すばらしいですな」と持ち上げて彼女の部屋を辞したネオは、しばらく歩いてから艦長と顔を見合わせ、大笑いした。
「おい、オーブは初めから玉砕覚悟か?」
「いやいや、驚きましたな」
何しろ島国の軍だ。
「海での戦闘には一過言あると思いましたが…」
「とんでもないバカ女が司令官で助かったぜ」
再び笑い出した彼の脳裏に一瞬、金色の髪の人物が鮮やかに浮かんで消えた。
(…なんだ…これは?)
立ち止まったネオに艦長が「どうか?」と言ったが、彼はなんでもないと答えて再び歩き出した。そうだ、なんでもない…思い出す事など、何もない。
ディオキアを出航したミネルバに、コンディションレッドが発令された。
ダーダネルス海峡まではわずかだ。ブリッジが遮蔽され、海峡を出ると同時に戦闘開始になると見越して、モビルスーツと砲術が準備されると、パイロットルームで待機していたシンたちもハンガーに向かった。
相変わらず浮かない顔をしているアスランを横目に、シンは黙って通り過ぎる。
その姿を見るたびに…オーブを想う彼女を見るたびに苛立ちが募った。
コアスプレンダーに乗り込んで各部チェックを行いながら、シンは思う。
(あの国は、オノゴロで一度見捨てた俺を、もう一度殺しに来た)
―― オーブは、俺の敵だ。
彼の赤い瞳が、静かな怒りを湛え始めていた。
「さ、始めましょ!ダルダノスの暁作戦、開始よ!」
ユウナが突然おかしな事を言い出したので、トダカもアマギも振り返って怪訝そうな顔をした。
「んもう、これだから教養のない男ってイヤよ!」
ユウナはきょとんとしたブリッジを見てきぃきぃ言った。
「知らないの?ゼウスとエレクトラの子で、この海峡の名前の由来のギリシャ神話よ!ちょっとかっこいい作戦名でしょう?どう?」
それを聞いてトダカもアマギも相手をする気が失せた。
「なるほど」
2人は適当に頷くとまた前を向き、オペレーターに指示を下し始めた。
何がかっこいい作戦名だよと、ブリッジの全員がげんなりしていた。
「モビルスーツ隊発進開始!」
「第1第2第4小隊、発進せよ!イーゲルシュテルン起動!」
後ろに控える空母タケミカズチを中心に、護衛艦が展開を始める。
兵装が整えられ、モビルスーツの発進準備が始まった。
「あれだけの遠征をしてきたのに、元気ですな」
J.P.ジョーンズの艦長が、オーブの陣を見つめて言った。
「必死になっても、まだ守ろうとするものがあるからさ」
ネオは腕組みをしながら答えた。
「連中、本来は自国を守る護衛艦群だろう?だけど同盟結んで、国民を戦火から守るためには、自分たちが戦うしかないと思ってるんだろうな」
艦長はそういうネオをチラリと見た。
「強いよね、そういう奴らは。善戦してくれることを祈ろう」
兵器やあんな風に創られた兵たちを冷徹に使い捨てると噂の死神部隊を率いながら、この男は時折どこか温かい血の通ったようなことを言う。
(おかしな奴だ)
艦長は少し首を傾げ、眼の前のモニターに目線を戻した。
「熱紋確認。1時の方向、数20。モビルスーツです。機種特定、オーブ軍ムラサメ、アストレイ!」
ここでミネルバが破られれば、オーブ艦隊の後ろに控えている連合の、数に任せた大艦隊が黒海になだれこむ手はずに違いなかった。
(ここを破らせるわけにはいかないわ)
タリアは迎撃準備と、インパルス、セイバーの発進を命じた。
シンがコアスプレンダーで発進すると、続けてセイバーがカタパルトに向かう。
飛び出した先に、オーブ艦隊が待ち構えている。アスランは眼を伏せた。
(戦いたくない…けれど今は、戦わなければならない)
(割り切れよ…でないと、死ぬぞ)
(今のオーブは、俺の敵だ!)
「私たちは軍としての任務で出る。喧嘩に行くわけじゃないわ」
自分がシンに言った言葉が、自分に返って心が揺れ、葛藤が苛む。
しかし時は容赦なかった。ランプが全て灯り、セイバーの発進を促す。
「アスラン・ザラ、セイバー、発進します!」
アスランはもう一度自分に言い聞かせた。
(今はただ『眼の前の敵』と戦うだけ…シンのように)
「取り舵30。タンホイザーの射線軸を取る」
両機の発進を確認し、タリアが陽電子破砕砲の準備を命じた。
「破壊される艦艇が海峡をふさがない位置で、空母ごと薙ぎ払う」
ミネルバならではの力技で一気にカタをつけたい。
「タイミングが合ったら、シンたちに下がるよう言ってちょうだい」
「わかりました」
アーサーはもっとも効率よく敵を殲滅できる斜線軸の計算に入った。
フォースを選択したシンは、ムラサメとMBF-M1アストレイをロックし、一部の隙もなく、正確にコックピットを撃ち抜いた。
その射撃には一切の躊躇も、わずかな容赦すらもなかった。
続いてシンは、モビルスーツに変形した瞬間のやや防御の甘いムラサメをサーベルで斜めに斬り裂いた。そのまま飛び去ると、次はアストレイに接近する。背中のシュライクのスラスターを撃ち抜き、爆発を起こしたアストレイが墜落するのを見届けもせず、シンは次の標的に向かった。
アスランはムラサメを引きつけ、戦場を撹乱していく。
だが彼女の中にある迷いがどうしても引き金を躊躇させていた。
ビームは常に機体ぎりぎりをかすめ、ピクウスの威嚇が多くなる。
けれど2機の防衛ラインを超えてミネルバに近づくムラサメには攻撃を仕掛けざるを得ず、黒煙を吹いて墜落するその姿をアスランは眼で追った。
やがて海面付近で爆発が起きる。命がひとつ散った。
「これよりミネルバの航路を開く。インパルスは右翼を」
「了解」
シンの戦いはいつも通り見事だった。
インパルスのライフルとサーベルがモビルスーツを爆散させていく。
アスランはモビルスーツに変形すると、シンとは反対側に陣取った。
(迷ってはだめだ。私はもう…オーブを出た時、『戦う』と決めたんだから)
「何をしてるの!敵のモビルスーツはたったの2機よ?!」
タケミカヅチではユウナがきゃんきゃん喚いている。
インパルス1機にかなりのアストレイとムラサメを落とされてしまったのに、さらにセイバーまでもが攻撃に加わり、ラインがあがってきている。
何しろこの2機、護衛艦の攻撃もことごとく避けるのだから腹が立つ。
「どんどん追い込んで!モビルスーツ隊、全機発進!」
そのうちにヒステリックにとんでもない事を叫び出したので、さすがのトダカも驚いて振り返った。
「1機ずつ取り囲んで落とすのよ!そうすればいくらあれだって落ちるわ」
「無茶です、ユウナ様」
「これは命令よ!いいから出しなさいっ!!!
ぎゃんぎゃん叫ぶユウナに、トダカもアマギもほとほと手を焼いていた。
ミネルバはインパルスとセイバーが切り拓いた道を進み、タンホイザーの射線軸を探っていた。パルシファルやウォンバット、イーゲルシュテルンが飛び交い、ゴットフリートを回避すると、ミネルバも負けじとトリスタンを撃ち返す。
セイバーはMA形態のムラサメの後ろにピタリとつき、スピード負けした相手にフォルティスを撃ちこんで次々沈黙させた。
やがてミネルバはオーブ艦隊が見晴らせる海域にまで達した。
「艦長、目標座標に到達します」
ここなら陽電子砲でほぼすべての艦艇にダメージが与えられる。
その後さらに前進し、空母を守る艦隊の残りも削りたいところだ。
「タンホイザー起動」
タリアの声に、ブリッジにはやや緊張が走った。
(これで大勢が決すれば、戦闘は犠牲も少なく、短期決戦で終了する)
メイリンはそう思いながら、(でも、討たれるのはオーブだ)と唇を噛んだ。
代表の姿や、ミネルバを修理したモルゲンレーテの整備士たちの姿が浮かぶ。
何より、オーブはシンの祖国なのだ。
(シン…きみは今、どんな思いで戦ってるんだろう)
―― そしてアスランさん、あなたも。
「敵艦、陽電子砲、発射態勢!」
オペレーターが振り返って報告した。
(ユニウスセブンを最後の最後まで破砕し続けたミネルバの陽電子砲か)
それが今はオーブ艦に向けられている。
アマギは皮肉なものだと思い、トダカは面舵20度を指示して操縦士に回避行動を命じた。
艦体からせり上がってくるタンホイザーを見て、アスランがギクリとする。
この狭い海峡内で陽電子砲が放たれれば、多くの艦艇がその餌食となるだろう。
ミリアリアもまた、どうやらこれで勝敗が決すると思い、望遠レンズを構えた。
ところが次の瞬間、誰もが全く予想だにしなかった事態が起きた。
アーサーが「撃ぇ!」と発射号令をかけた瞬間、ミネルバが激しい爆発を起こして大きく揺れたのである。
衝撃でシートを掴んだタリアは、よろめいたアーサーと顔を見合わせる。
「…攻撃!?」
「いや、しかし…そんな兆候は…」
待機していたハイネ、ルナマリア、レイも、ミネルバを襲った大きな衝撃に驚いていた。
「何!?何が起きたの!?」
ルナマリアは通信を開いてメイリンに尋ねたが、メイリンは何も答えず、何かにひどく驚いた様子でモニターを見ているようだった。
「ちょっと、メイリン!?」
シンもまた、突然爆発して盛大な煙を噴出したミネルバを振り返って驚いた。
「何だ?どこから!?」
慌てて策敵レーダーの感度を上げ、さらにきょろきょろとあたりを見回した。
やがて熱源が感知され、ミネルバが攻撃を受けた射線が判明した。
けれど撃ったのはオーブではない。それは、遥か上空からの射線だった。
この戦場では、アスランだけがミネルバを撃ち抜いた射線を見ていた。
アスランはビームが発射された始点へとゆっくり視線を移す。
(まさか…でも、こんな攻撃…)
そしてそこに信じられない、けれどそれでしかありえないものを見た。
それはこの戦場を恐れもせず、ためらいもせず、堂々と舞い降りてきた。
黒と青の翼を大きく広げた、白く輝く美しい機体。
「…フリーダム…キラ!」
最強の翼が、今再びアスランの前に立ちはだかったのだ。
ジブリールは大西洋連邦のコープランド大統領に怒りをぶつけている。
デュランダル議長が言うように、強引に開戦を宣告したものの、地球軍はいまや戦争よりも紛争に手を焼き、ザフトどころではない。
「弱い者はどうせ最後には力の強い方につくんです」
ジブリールはそんな不遜なことを言って歩き回る。
「勝つ者が正義なんですよ!ユーラシア西側のような現状をいつまでも許しておくから、あちこちで跳ねっ返りが出るんです!」
モニターにはゲリラやレジスタンスと戦うユーラシア軍や、そのユーラシアを撃破して民衆を解放し、熱狂的に迎えられるザフトの様子が映し出される。
「これではまるでザフトは英雄だ!」
そして録画されたデュランダル議長の声明が彼を苛立たせる。
「ユニウスセブンの件は一部のテロリストが起こした不幸な事件であり、犯人はザフト軍の手で壊滅し、被災地への支援も惜しまず行っています」
若く、才気溢れる議長は穏やかに、優しげに、けれど毅然として言った。
「行使するのはあくまでも危機に対する『積極的自衛権』のみであり、地球の皆さんに愚かな攻撃をしかけるつもりなど、決してありません」
さらにその後のミネルバはじめ各地のザフト軍の人民解放「戦争」がこの声明を立証している事が、議長の人気を世界レベルに押し上げた。
人々はまるで前大戦の根幹にあったナチュラルVSコーディネイターの嫌いあい、憎みあいという醜い構図を忘れてしまったかのようだ。
(それもこれも紛争ひとつ収められない無能な連合のトップが悪い)
青いルージュをひいた唇を噛み締め、ジブリールは苛ついていた。
「だが我らとて手一杯なのだ」
大統領は不愉快そうに答えた。
「大体、きみのファントムペインだって大した成果は挙げられていないじゃないか」
ジブリールはそれを聞いてますます不機嫌になった。
(確かに、アーモリーワン以降はこれといった勝利を収めていない)
ジブリールは仮面をつけたネオを思い出してチッと舌打ちした。
ところが次の瞬間、「閃いた!」とでも言うように彼は顔を輝かせた。
「そうだ、オーブですよ!」
各国に圧力をかけて強引に結んだ同盟は既に綻びを見せ始めていた。
(だが、オーブは違う。あの国はもはや私の手の内だ)
連合からの要請に従わず、外交戦略でのらりくらりとかわす老獪な国もあるが、オーブは連邦寄りの一部の首長の尻を叩けば、尻尾を振って言うことを聞く。
おかげで同盟はつつがなく結ばれ、国民に人気の高い代表も抑えこんだ。
(もっともこの間は面白いものが飛び出してきてその代表をさらい、またこちらを驚かせてくれたがね)
ジブリールはこの珍事件の顛末を聞いて首を傾げたが、セイランは言った。
「ご安心ください。代表不在でも、我らがおりますゆえ」
今やオーブは連中の意のままであり、国の復興のためと銘打ってロゴスの息がかかったグローバル企業を誘致し、モルゲンレーテを初め有力企業は次々彼らと技術提携を結んでいた。
しかしそれは諸刃の剣でもある。
ジブリールは上り調子の経済を握る事で、オーブの喉笛を掴んでいた。
「黒海には彼らに行ってもらえばいいんですよ」
くっくっくと笑いながら、ジブリールは膝に抱いた黒猫の背をなでた。
「同盟国の責務としてザフトを追っ払いに。もはやあの国にノーは言えますまい」
「黒海をですか?」
軍司令部に呼び出された第二護衛艦群のトダカ一佐は思わず聞き返した。
そこには軍服を着込んだユウナ・ロマ・セイランが、綺麗に整えた爪にやすりをかけながら待っており、涼しい顔で「そうよ」と答えた。
「オーブは同盟条約に基づき、黒海のザフト軍を討つべく派遣軍を出す事となったの」
それを聞いてトダカの後ろに控える他の士官たちがざわめく。
(護衛艦群がオーブを離れて戦いに?)
(バカな…俺たちが一体なんのために)
「旗艦はタケミカズチ。総司令官として私が行くわ」
ユウナはふっと爪に息を吹きかけてそれを眺め、出来栄えに満足した。
「まぁ、色々あって…代表が現在不在というとんでもない状況よ」
ユウナはカガリをさらっていったフリーダムを忌々しく思い出した。
(まさかユニウス条約違反のあんな機体まで一緒に隠していたなんて!)
そして不愉快そうに頬杖をつき、唇をへの字に曲げる。
(全く油断ならない…何も知らないようなとっぽい顔をしてるくせに、その裏ではしたたかに手を回しているなんて、まるで父親にそっくり)
4年前、セイランは一部の首長と結託し、極秘裏にモルゲンレーテを動かした。
連合との技術提携と見返りを期待しての事だったが、モビルスーツ開発の情報を入手したザフトがヘリオポリスを急襲、コロニーが崩壊するという大惨事に発展した。
中立国が連合への軍事協力など!と、国民の怒りは激しく、モルゲンレーテは国営企業としてあるまじき事をしたと非難され、トップは大幅に更迭された。
癒着を暴かれた首長や官僚たちに対しても世論は厳しく、やがて国民は彼らを国家背任罪に問おうとまで声高に叫び始めた。
その全ての責任を負ったのが、当時の代表ウズミ・ナラ・アスハだった。
彼は何も言わず、誰も責めず、すべての責は自分にあると代表を辞したのだ。
元々は強い指導力を持つウズミに対する反発から、彼を出し抜こうとして事を起こしたセイランたちは、不覚にもそのウズミに庇われた形になった。
だがウズミは失脚するどころか、むしろ以前より自由に活動できるようになり、指導力では明らかに劣る兄ホムラの陰でますます強い指導力を発揮した。
「もしかしたらヤツは初めから何もかも知っていて事が起きるのを待ち、自分の辞職すらも計算のうちで、我らを利用したのかもしれん…」
そう勘ぐっても、脛に大きな傷のあるウナトたちにはそれを責めるどころか、ウズミに問い質す事すらできるはずがなかった。
父をはじめ代表に反抗的だった首長たちは、この件で完全に封じられたのだ。
(そして地球軍と共同開発した技術を盗用して、M1を開発していた…)
髭をたくわえた立派な体躯の元代表を思い出し、ユウナはふんと鼻を鳴らした。
確かに、彼は国を動かしていた。善も悪も、全てが彼の中にあったのだ。
(でも今は違うわ。今、本当にオーブを動かしているのは…)
ユウナは背を伸ばして前を向くと、司令官たちを居丈高に睨みつけた。
「だからこそ国の姿勢ははっきりと示しておかねばならないわ」
トダカは腑に落ちない表情で「はぁ」と返事をする。
「今度こそ、しっかりしてちょうだいよ」
もう一度「はぁ」と言うと、トダカは渋々敬礼して命令を受け入れた。
「あっち行って!触んないで!」
J.P.ジョーンズではステラが研究員を梃子摺らせ、スティングもアウルもそのとばっちりでまだ眠れずにいた。
困り果てた研究員は睨みつける彼女をなだめるように言った。
「わかったわかった」
やがて騒ぎを聞きつけたネオがやってきて事情を聞くと、彼女の足の傷を見ようとして巻かれていたハンカチを取った途端、ひどく怒り出したという。
「いや!こっち来ないで!」
ステラは汚れたハンカチを胸に抱き、絶対に渡さないと怒っている。
ネオは「なんだ」と笑うと、ステラの傍らにしゃがみこんだ。
「ごめんよ、ステラ。大丈夫。誰も取りゃしないよ」
ネオはステラの頭を撫でながら言った。
「…本当?」
「本当さ。ステラの大事なものを、誰が取ったりするものか」
ネオは優しく言った。
「だから、安心してお休み」
ステラはようやく笑い、嬉しそうにうんと頷いた。
「我ながら、なかなか悪いおじさんになった気がするよ」
ゆりかごが作動し始めると、ネオは研究員に呟いた。
「何が、大事なものを取ったりはしないだか」
「毎度お見事ですよ」
自嘲気味に笑うネオに、忙しそうに手を動かしながら研究員が答える。
「記憶ってのは、あった方が幸せなのか、ない方が幸せなのか…あれだけ騒ぐってことは、よっぽど何かあったってころだろ?その、ステラを助けたザフト兵とやらがよほど強く印象づいたかな」
ネオはスティングとアウルから今回の件を聞いていた。
「また会いに行くとか言っちゃってさ。バッカじゃないの」
不機嫌そうなアウルの言葉が、先ほどのステラの行動を裏付けている。
彼女が自分たち以外の人間に接触した事ももちろんだが、何よりその相手とある程度「友好的な」関係が築けたらしい事がネオを驚かせた。
「我々の管理下になければ、すぐ命に関わる障害が出るような連中です」
一方、彼らを「創られた戦闘マシーン」としか見ておらず、「メンテナンス」をしているに過ぎない研究員には、ネオの情のかけ方は篤過ぎると感じられる。
そのおかげで先ほどのようなちょっとしたトラブルは彼が解決してくれるので助かるが、大量の薬物で肉体と精神をコントロールされている彼らをいくら「普通の人間」として扱ったところで、もはや元には戻れない。
「情を移せば、辛いだけですよ」
「…わかってるさ」
ネオは答えた。
わかっているのに、あの子たちをただの道具として使えない自分がいる。
「あれほど死ぬのを怖がるあの子が死なずに済むには、敵を倒し続けていくしかないんだ」
安らかに眠るステラは、目覚めた時はすべてを忘れ、再び冷酷な兵器になる。
彼女の運命に、選択肢など存在しないのだ。
ひと時の休暇が終わると、彼自身が言ったとおり、ミネルバにはFAITHのハイネ・ヴェステンフルスが配属された。
ヨウランとヴィーノは、彼が乗ってきたオレンジ色の見慣れない機体を見上げている。
「ZGMF-X2000、グフか」
「どんどん増えるね、新型の機体が」
「ホント、やっとザクの配備が終わったと思ったらもうこれだもんな」
ヨウランがそう言った途端、エイブスが集合をかけてマニュアルを配る。
「あれ、1機いくらなんだろう?」
2人はそんな話をしながらボードにマニュアルデータを落としていった。
「さぁね。少なくとも俺らの遺伝子操作料よりは高いだろ」
「レイ・ザ・バレルです。よろしくお願いします」
あの時はミネルバ待機だったレイだけが改めて名乗り、敬礼した。
「しかしさすがに最新鋭だな、ミネルバは。ナスカ級とは大違いだぜ」
ナスカ級を母艦としたことがないシンたちには今ひとつピンとこないが、アスランは武骨なヴェサリウスを思い出し、「そうですね」と答えた。
「ヴェステンフルス隊長は、今まではナスカ級に?」
ルナマリアが尋ねると、ハイネは苦笑した。
「ハイネでいいよ。そんな堅っ苦しい。ザフトのパイロットはそれが基本だろ?きみは…ルナマリアだったね」
親しげなその言葉に、ルナマリアはきょとんとして「はぁ」と答える。
「俺は今まで軍本部だよ。この間の開戦時の防衛戦にも出たぜ」
ハイネは腰に手を当てて言った。
「連中が核を撃ってきた時はもうダメかと思ったけどさ、まさかこっちもあんな隠し玉を持ってるとは思わなかったよ。議長もなかなかやるよなぁ」
ルナマリアとレイに武勇伝を語るハイネを横目に、シンがアスランに聞く。
「隊長…あの、俺たちは…」
一体この先はどちらに指揮を取られることになるんですかと聞きたかった。
それを察したアスランはシンに説明する。
「ヴェステンフルス隊長の方が先任よ、シン」
様子を見るに、彼の方がきっと自分よりうまく彼らを率いるだろう。
アスランはこれで隊長の任を解かれると思うと、正直少し安堵していた。
「ハ・イ・ネ」
すると今まであっちで話していたと思ったハイネがいつの間にか近づいてきて、シンとアスランの間に割って入った。
「なんだ、仲いいんだな、結構」
「はぁ…」
「そうですか?」
アスランとシンは顔を見合わせ、それを見たルナマリアはむーっとふくれた。
「いいじゃないの、仲いいってことはいいことよ?うん」
ハイネはそのままシンの背中をバシンと叩いた。
「いっ…!」
「何しろエースとFAITHだもんな!いがみあわれても困るからさ」
(なんだか変わった人だな)
背中をさすりながら眉をひそめたシンは、彼をしげしげと見た。
「あ?でも何、おまえ、隊長って呼ばれてんの?」
レイが、それはアスランが強制したのではないと弁護するつもりか、戦闘指揮を執る彼女のことを、自分たちが自主的にそう呼び始めたのだと説明した。
ハイネはそれを聞いて不満をぶちまけた。
「FAITHも赤も緑も戦場では皆同じよ? 命令通りにワーワー群れなきゃ戦えない、地球軍のアホ共とは違うだろ!」
アスランはその威勢のいい言葉に苦笑した。
久々にナチュラルをアホ呼ばわりする赤服に会ったと思いながら。
「あ、それとも何?出戻りだからっていじめてんのか?」
「いえ、そんなことは…」
「あらぁ、初めの頃はシン、すっごくトゲトゲしてたよね」
シンが否定しかけた途端、ルナマリアがシンを覗き込んだ。
「なんだよ、それ」
「まぁ今はそんな事、全然ないみたいだけど」
ルナマリアは唇を尖らせる。
(何しろエマージェンシーで迎えにいったはずなのに、なんでかのんびり一緒にご飯食べて帰ってくるくらい、仲良しだもんね!)
ステラをスティングたちに無事返した後、バイタルチェックもあるから基地まで待てと言うのに、「腹が減った」と大騒ぎするシンに根負けし、アスランはダウンタウンでジープを降りてシンに食事を摂らせた。
遠慮せずにあれこれ注文するシンを見て、アスランは(たかられた)と思ったが、シンはいつになく上機嫌で、その日の遭難の様子をつぶさに語った。
「ああいう子だから服一つ脱げないし着られないし。全部手伝いましたよ、俺」
いつかどこかで聞いたような彼らの様子には笑うしかなかったが、明るい表情のシンを見ると、堅物の彼女も(たまにはこういうのもいいのかもしれない)と思った。
「そもそも一番最初に隊長って呼び始めたの、ルナだろ」
「覚えてないわ、そんなこと」
そっぽを向く彼女を見て、シンは(変なヤツ)と肩をすくめた。
「まぁまぁお二人さん。言っただろ、仲がいいのはいい事だって」
というわけで、「今後、『隊長』は禁止!」とハイネが宣言した。
「おまえもおまえだな、アスラン。何で名前で呼べって言わないの」
「すみません」
ハイネは「これで皆仲間だな!」とノリノリでルナマリアとレイを連れて歩き出したが、シンはなんとなくアスランが気になって動かなかった。
「隊長って、別に悪い意味じゃないんですけど…」
シンがぼそっと言うと、アスランも軽く頷いた。
「わかってる。私もああいう風にやれたらいいんだけど」
ハイネはミネルバのクルーにも気さくに挨拶して廻っている。
人づき合いの苦手な自分は、ミネルバの中ですら、未だに数えられる位の人としか話した事がない。社交的な人を見るたびに羨ましいとは思うのだが…
「ちょっと…なかなか」
シンは苦笑したアスランを見ていぶかしげに尋ねた。
「隊長?」
「…じゃなくて、アスランよ、シン」
それを聞いたシンは少し面映そうだ。
「なんか…慣れないですね」
「行きましょう。ヴェス…ハイネを案内しないと」
そう言った途端におーいと呼ばれ、2人は慌てて駆け出した。
「大分荒れてきましたね」
副官のアマギ一尉が針路を確認しながら言う。
海の男たちにとってはこの程度の揺れは大したことはないが、ユウナはそうはいかない。お気に入りの家具や調度品で飾った司令室にこもり、海が荒れ始めた頃から船酔いに苦しんでいる。
(ま、あの厚化粧が閉じこもっててくれるなら、嵐もバンバンザイだ)
アマギはこっそりと心の中で思っていた。
よくわかりもしないくせに、ブリッジであーでもないこーでもないと口出しする彼女に、皆早くも辟易していた。
「まだ序の口だろうがな。1時間くらいか?こいつを抜けるのに」
トダカもレーダーを見て低気圧の進路を見定める。
「しかし、まさか喜望峰回りとは思いませんでしたよ」
派兵と聞いて当然行き先はインド洋だと思っていたアマギは、パナマから喜望峰を回って紅海に入り、スエズから黒海に抜けるルートと聞いて仰天した。
確かに、まさかジブラルタルの鼻先を通るわけにはいかないだろうが、それにしても遠回り過ぎる。
「仕方ないさ。ステージは黒海だ。インド洋じゃ観客がいないんだろ。戦う相手は同じでも」
黒海や地中海ならあちこちに連合国家という観客がいる。
「ついでにジブラルタルへの牽制にもなるし、一石二鳥ってヤツさ」
「しかし一佐。これは明らかに中立国オーブの理念に反しています」
嵐がさらに激しくなると、アマギが今回の派兵について不満を口にした。
「そう言うな。同盟を結んで中立を捨てた今、もはやその理念を説いても…」
「そうしてしまったのは、連中ですよ!」
アマギが興奮して声を荒げると、オペレーターや操舵手もチラッと振り返る。
「最後まで同盟に反対し続けたカガリ様を、セイランたちがよってたかって封じ込め…しかも条約締結と同時に、よりによってあのユウナ・ロマと結婚など!」
アマギはさも悔しそうに唇を噛んだ。
「おかしいでしょう、どう考えても!」
「まぁ、落ち着け」
トダカは熱血漢のアマギの気持ちを汲み取って言った。
「カガリ様は確かに頑張られたが、海千山千のあの連中に対抗するには残念ながら経験も力も足りなかった、というのが正直なところだろう」
「しかし…」
「これも国を守るためと言えばためだ」
腑に落ちない表情のアマギに、トダカは静かに言った。
「俺たちが遠い異国で戦うことで、国民が平和に暮らせるというなら、これもまた『国を守る』我ら護衛艦群の任務と思うしかないんだ」
トダカとて、オーブの理念を踏みにじる事は合点がいかない。
オーブを守るためなら命を懸けて戦おう。
けれどこの戦いはなんのためか。
「我らは、アークエンジェルとカガリ様に願いを掛けたがな。未だにお戻りにならぬという事は、まだその時期ではないのだろう」
トダカは飛び去っていくフリーダムと、それを迎えた戦艦を思い出し、ため息をついた。
「間に合わぬのなら、せめてどこかでこの戦いを…我らの戦いをカガリ様が見ていてくださることを祈ろう」
(そして信じよう。穢れたオーブを、もう一度正しく導いてくださると)
「…はい」
アマギは神妙な面持ちで返事をした。
「んー、オーブの派遣軍ねぇ…」
同じ頃ネオは、援軍と合流し、黒海のミネルバを撃破してスエズ北域の覇権を奪還するよう命令を受けていた。
「海はお手のものの国の艦隊が、はるばる来たって?」
「空母1、護衛艦6、明日の夕刻にはこちらに入る予定だそうですが」
艦長が送られてきた戦力データを渡しながら言う。
「それを使って黒海を取り戻せか。いろいろ大変だなぁ、俺たちも」
とはいえ、ガルナハンの壊滅でスエズ周辺は俄かに浮き足立っている。
黒海も周辺地域も、いまやすっかりザフト圏内という雰囲気だ。
「確かにあの辺りは、押さえとかなきゃならないところだからな」
ネオはしょうがないねと苦笑した。
先に起きたスティングやアウルに比べ、かなり長い時間眠らされたステラのメンテナンスが終わり、ゆりかごが開いた。
とろんとした眼のまま立ち上がろうとして足を下ろしたが、眠りについた時には大切そうに握り締めていたハンカチがベッドの上にぽつんと置いてあるのが眼に入った。
「…何、これ…」
ステラは興味もなさそうに一瞥すると、そのまま部屋を出て行った。
シンが彼女からもらったさくら貝を小さなビンに詰め、妹の携帯の隣に置いていることなど彼女は知りもしないし、知ったところで何も思い出せないように、その記憶はすっかり洗い流されていた。
地球軍の動きが活発になると、情報を手に入れようと有象無象が動き始める。
ディオキアの場末のバーでは、ミリアリアが怪しげな情報屋から情報を仕入れていた。
「え!それ、ほんと?」
「ああ、間違いない。スエズに増援だ。こりゃまた近くおっぱじまるぜ」
「…市街地に被害が出ないといいけど」
「そいつはどうかな?」
情報屋はミリアリアが注文したおごり酒を飲み干して言った。
「戦闘が始まりゃ、街も平和も全部吹っ飛んじまうからなぁ」
けれどミリアリアにとっては、この情報はさらに悪い意味を含んでいる。
(オーブががこんなところまで来て…)
ミリアリアの脳裏にキラやマリュー、ノイマンやカガリの姿が浮かぶ。
続いて彼女はもう一人思い出したが、すぐに打ち消すように首を振った。
(プラントと…戦うなんて)
ディオキア基地ではタリアが緊急ブリーフィングを開いていた。
集まっているのはFAITHであるハイネ、アスラン、それに副長だ。
援軍の狙いがジブラルタルかスエズ周辺の勢力回復なのかは不明だが、タリアの読みは後者だ。ミネルバが造った道を潰したいのは山々だろう。
「その増援以外のスエズの戦力は?つまりはどのくらいの規模になるんです?奴らの部隊は」
ハイネが戦力分析の結果を求めると、タリアが眉をひそめた。
一番の難敵は数ではなく、「連中」がいることなのだ。
「強奪機体ってアーモリーワンのか?」
それを聞いたハイネが尋ねると、アスランは「はい」と頷いた。
「とにかく、本艦は出撃よ。最前衛マルマラ海の入り口、ダーダネルス海峡へ向かい、守備に就きます。発進は0600」
アーサーとアスランはその言葉に敬礼し、タリアはハイネを見た。
アスランと同じく、彼女にハイネへの命令権限はない。
「あなたも、よろしい?」
ハイネは不敵に笑って「無論です」と答えた。
「アスラン」
アーサーに発進準備の指示をした後、タリアがアスランを呼び止めた。
「今度の地球軍の増援部隊として来たのは、オーブ軍ということなの」
「…え!?」
突然の事実にアスランの思考はついていけなかった。
(派兵?こんな…南太平洋から黒海に?)
「なんとも言い難いけど、今はあの国もあちらの一国ですものね」
「オーブが…そんな…」
(カガリ…キラ…)
オーブを守るために戦い、そしてオーブと共に戦った自分が、今度はオーブと戦う日が来るなんて…アスランは忌まわしい前大戦を思い出した。
(まただ…いつの間にかまたこんな構図になってしまった)
守りたいという純粋な想いが捻じ曲がり、いつしか敵の首がすげ代わり、一番戦いたくないものと戦うというおかしな状況になってしまっている。
「でもこの黒海への地球軍侵攻阻止は周辺のザフト全軍に下った命令よ」
タリアは黙り込んだアスランに畳み掛けた。
「今はあれも地球軍なの。いいわね?大丈夫?」
そう念を押され、アスランは搾り出すように「はい」とだけ返事をした。
ハイネはそんなアスランを少し不思議そうに見ていた。
「アスラン、すまないが、シンたちにも待機を伝えておいてくれ」
「え…でも、副長…」
アーサーは「頼んだぞ」と言うと、そそくさとブリッジに戻って行った。
アスランは何も言えないままそれを見送り、隣のハイネをチラリと見る。
「いちいち気にすんなよ。この艦ではおまえの方が先輩なんだからさ」
勘のいいハイネはアスランの遠慮に気づいて明るく言った。
やがてブリーフィングルームに集められたシンたちに、アスランから今回のスエズへの増援が、オーブ艦隊であると知らされた。
ルナマリアが心配そうに隣のシンの様子を窺った。
(シンの国…シンの心を傷つけた国が、私たちに牙を剥く)
シンは何も言わず、じっと前を見つめている。
ルナマリアはやや遠慮がちに、言葉を選ぶように囁いた。
「今は…地球軍だもんね。そういうこともある…よね?」
「ああ」
シンの様子は普段と全く変わりなく見えた。
「以上が、ミネルバの針路と当面の目標です。パイロットは全員、明朝0600出航前にパイロットルームにて待機のこと。以上」
アスランが艦長命令を伝えると、3人は敬礼して解散した。
「シン」
レイたちと共に部屋を出ようとしていたシンを、アスランは呼び止める。
ルナマリアはなんとなく気を遣い、「先に行くね」と断って立ち去った。
ブリーフィングの様子を壁に寄りかかって見ていたハイネも、2人の会話に耳をそばだてた。
「なんです?」
シンは振り返った。いつもと特に変わらない、平静な表情だった。
アスランは呼び止めはしたものの、言葉に詰まり、黙っている。
ハイネとシンはしばらく彼女の次の言葉を待ったが、いくら待っても出てこないので、シンは盛大にため息をついて言った。
「アスラン」
「…!」
初めて敬称抜きで呼ばれたアスランは、ほんの一瞬違和感を感じた。
「オーブは、今はもう地球軍ですよ。あれは敵だ。俺たちの」
シンは彼女の反応を窺いながらきっぱりと言う。
やがてアスランは重い口を開いた。
「カガリが…彼がいれば、こんなことにだけはならなかったかもしれないけど」
「ははっ」
その事実を受け止めかねるかのような表情の彼女を見て、シンは少し馬鹿にしたような乾いた笑いを漏らした。
「何言ってるんです。同盟を結んだのはあいつ自身じゃないですか。しかも今、どこにいるのかもわからない国家元首なんて…」
シンは肩をすくめた。
「いてもいなくても同じって事でしょう」
ハイネはそうやって言い合う2人を黙って見つめていた。
戦後、アスラン・ザラが行方をくらました事はザフトの中でもひとしきり話題になった。
婚約者のラクス・クラインと共にプラントのどこかでひっそりと暮らしているとか、月や地球にいるという噂もあったが、新しい世代が入隊してくるにつれ、それも徐々に下火になっていった。
しかし言われてみれば、「そこ」は妥当な潜伏先だった。
(なるほど、オーブねぇ…それにこいつ、シン・アスカもオーブの…?)
シンの悪態を聞いて、アスランは少し考え込み、再び口を開いた。
「…まだ、色々とできない事は多いけど、気持ちだけは真っ直ぐよ、カガリは」
「そんなの意味ありませんよ!」
シンはアスランに向き直った。
「国の責任者が気持ちだけだなんて。アスハはいつもそうだ。気持ちはある、気持ちはこうだ…なのに、やる事はそれとは裏腹で、間違ってばかりだ」
シンの言葉は今の自分にもあてはまり、アスランはズキリと胸が痛んだ。
自分の気持ちとしては、オーブとは戦いたくない。
けれどこれからオーブと戦いに行くのも自分なのだ。
「裏腹…」
アスランはボードを小脇に抱えたシンを見て言った。
心に矛盾を抱えているのは、自分だけではないはずだった。
「あなたは、本当はオーブが好きだったんじゃないの?」
「え?」
少し驚いた顔のシンが、アスランを見つめ返す。
「だから頭に来るんでしょう、オーブのことが」
「違いますよ!今のオーブは、俺の敵だ!」
シンは苛立ったようにやや強く言い捨てるとくるりと踵を返し、アスランとハイネは、そのまま部屋を出て行く彼の後姿を見つめていた。
「今の」オーブ…そう言ったシンの言葉に、想いが見て取れるようだ。
アスランの心に、迷いが湧き起こっていた。この迷いが、悲劇を呼ぶ。
「オーブにいたのか?大戦の後ずっと」
ちょっと風に当たろうと誘ったアスランと共に、デッキから暮れなずむディオキアの街並みを眺めていたハイネが尋ねた。
「いい国らしいよな、あそこは」
「ええ、そうですね」
平和で、豊かで、美しい…オーブは、自分にとっても大切な国だった。
「戦いたくないか…オーブとは」
ハイネが言うと、アスランはややためらいながら答えた。
「…はい」
「じゃ、おまえ、どことなら戦いたい?」
次に投げかけられた質問に、アスランはなんと答えていいかわからない。
「え?いえ…どことならって…そんなことは…」
「あ、やっぱり?俺も」
ハイネがニヤリと笑った。
「そういうことだろ?割り切れよ」
アスランには何を割り切れというのかわからなかった。
いや、そんな事、わかりたくないというのが本音だった。
「でないと、死ぬぞ」
「…はい」
そう答えてしまった自分が不甲斐ない。
軍に属する今、いやだと思っても逃げられないことがわかっているからだ。
(あんなに…あんなに苦しい思いをしたのに…私はまた…)
返事とは裏腹のアスランの浮かない表情を見て、ハイネは苦笑した。
(ま、そう簡単には割り切れないか)
「あいつさ…言ってたろ、ディオキアで」
柵に後ろ手に両肘を絡ませたハイネが言った。
「敵の脅威がある時は戦うって」
それを聞き、アスランはシンの言葉を反芻した。
「戦うべき時は、戦うべきだ…と、言っていましたね」
「しかも、『勝たないと』ダメだってな。なかなか面白いこと言うよ」
ハイネはからからと笑い、しかしすぐに真顔になった。
「…何か、よほど大切なものをなくしたんだろうな…」
アスランは何も答えない。
ハイネはそんなアスランを見て、やれやれと苦笑する。
「しっかし、気の強いやつだな。エースとしてはいい傾向とはいえ」
ハイネはくるりと向きを変えると、今度は柵に肘をついた。
「おまえのこと、一生懸命追いかけてるんだよ」
「…え?」
驚くアスランを見てハイネがくすっと笑った。
「見てればわかるだろ。隊長、隊長って、ずっとくっついてるじゃないか」
「そんな事は…」
アスランはハイネのその言葉に心底困惑した。
先ほどの態度にしても会話にしても、彼が言う要素は見当たらない。
抜きん出た能力は認めるが、シンが自分に対してプラスの感情を向けているなど全く考えられなかった。
「私の力不足で…彼とはうまくいかないことばかりです」
「エースだワンオフ機だって頂点きわめても、その反面、孤独なもんだ。けど自分より先を行くヤツがいると知れば、また新しい目標が出来るだろ?」
「はぁ…」
アスランは相変わらず腑に落ちない顔をしている。
自分が持った覚えのない感情や考えを説かれても理解に苦しむばかりだった。
「だからおまえの事知りたくて、追いつきたくて、ぶつかってくるんだよ」
彼は「可愛いじゃないの、そういうの」と笑った。
「…っていうか、知らないんだろうな、そういう方法しか。あいつ自身もさ」
それから呆れたように、潮風に乱れた髪を掻き上げた。
「おまえさ、相っ当、鈍感だろ?よく言われない?友達とか彼氏とかに」
「…は…いえ…それは…」
なんとなく思い当たる節がありそうな彼女を見てハイネが言った。
「ちゃんと受け止めてやれよ。真っ直ぐでいいもの持ってるぞ、シンは」
「…そうですね」
アスランは少し考え、それから頷いた。確かに最近、少しずつ打ち解けてきたことは実感している。時間はかかっても理解しあえるかもしれない。
「努力します」
堅苦しい事を言うアスランを見て、ハイネは軽くため息をついた。
(噂通りの堅物だな。そりゃ苦労するよ、あいつらも…)
オーブ艦隊は定刻どおりスエズでJ.P.ジョーンズと合流した。
ユウナは移乗してきたロアノーク大佐と名乗る男と握手を交わす。
仮面をかぶった胡乱な男に、アマギたちは不信感で一杯だったが、ユウナは張り切り過ぎて、1オクターブも高い声で彼に挨拶をした。
「なるほどね。黒海、そしてマルマラ海」
ユウナは海図を見ながら自分たちが今いるあたりを指でなぞった。
「私なら、この辺りで迎え撃つことにするわね。海峡を出てきた艦を叩いていけばいいんだもの。そう考えるのが最良ではなくて?」
(やれやれ…船酔いから回復したら今度は本物の兵隊ごっこに夢中か)
アマギは先ほどから不機嫌そうに頬をひきつらせている。
「ザフトにはあのミネルバがいるということだけれど、ま、作戦次第でしょう。あれが要というのなら、逆にあれを落としてしまえば奴らは総崩れでしょうし」
ユウナは鼻高々に余計なことを言う。
共同戦線の場合、どこにどう陣営を張るかは、互いの戦力分散も図りつつ、相手方との交渉がものをいうのに…トダカには一切口出しをさせず、ユウナは得意げに自分で命令を下すことを楽しんでいるようだ。
「さすがオーブの最高司令官殿ですなぁ。頼もしいお話です」
ネオが両手を広げて「いや、まさに慧眼です」とお世辞を言った。
「では先陣はオーブの方々に。左右どちらかに誘っていただき、こちらはその側面からということで…」
「ああ、そうね。それが美しいわ」
(着いた早々最前線に配置など)
これにはさすがにトダカが渋い顔をする。
(地形も状況もまだわかっていないのに、これでは後ろに退くこともできん)
完全に舐められていることに気づいていない彼女を見て、トダカもアマギも(こんな事になるだろうと思った)とうんざりしている様子だ。
「海峡を抜ければすぐに会敵すると思いますが、よろしくお願いしますよ?」
「ええ、お任せください。我が軍の力、とくとご覧に入れましょう」
さんざん「さすがだ」「すばらしいですな」と持ち上げて彼女の部屋を辞したネオは、しばらく歩いてから艦長と顔を見合わせ、大笑いした。
「おい、オーブは初めから玉砕覚悟か?」
「いやいや、驚きましたな」
何しろ島国の軍だ。
「海での戦闘には一過言あると思いましたが…」
「とんでもないバカ女が司令官で助かったぜ」
再び笑い出した彼の脳裏に一瞬、金色の髪の人物が鮮やかに浮かんで消えた。
(…なんだ…これは?)
立ち止まったネオに艦長が「どうか?」と言ったが、彼はなんでもないと答えて再び歩き出した。そうだ、なんでもない…思い出す事など、何もない。
ディオキアを出航したミネルバに、コンディションレッドが発令された。
ダーダネルス海峡まではわずかだ。ブリッジが遮蔽され、海峡を出ると同時に戦闘開始になると見越して、モビルスーツと砲術が準備されると、パイロットルームで待機していたシンたちもハンガーに向かった。
相変わらず浮かない顔をしているアスランを横目に、シンは黙って通り過ぎる。
その姿を見るたびに…オーブを想う彼女を見るたびに苛立ちが募った。
コアスプレンダーに乗り込んで各部チェックを行いながら、シンは思う。
(あの国は、オノゴロで一度見捨てた俺を、もう一度殺しに来た)
―― オーブは、俺の敵だ。
彼の赤い瞳が、静かな怒りを湛え始めていた。
「さ、始めましょ!ダルダノスの暁作戦、開始よ!」
ユウナが突然おかしな事を言い出したので、トダカもアマギも振り返って怪訝そうな顔をした。
「んもう、これだから教養のない男ってイヤよ!」
ユウナはきょとんとしたブリッジを見てきぃきぃ言った。
「知らないの?ゼウスとエレクトラの子で、この海峡の名前の由来のギリシャ神話よ!ちょっとかっこいい作戦名でしょう?どう?」
それを聞いてトダカもアマギも相手をする気が失せた。
「なるほど」
2人は適当に頷くとまた前を向き、オペレーターに指示を下し始めた。
何がかっこいい作戦名だよと、ブリッジの全員がげんなりしていた。
「モビルスーツ隊発進開始!」
「第1第2第4小隊、発進せよ!イーゲルシュテルン起動!」
後ろに控える空母タケミカズチを中心に、護衛艦が展開を始める。
兵装が整えられ、モビルスーツの発進準備が始まった。
「あれだけの遠征をしてきたのに、元気ですな」
J.P.ジョーンズの艦長が、オーブの陣を見つめて言った。
「必死になっても、まだ守ろうとするものがあるからさ」
ネオは腕組みをしながら答えた。
「連中、本来は自国を守る護衛艦群だろう?だけど同盟結んで、国民を戦火から守るためには、自分たちが戦うしかないと思ってるんだろうな」
艦長はそういうネオをチラリと見た。
「強いよね、そういう奴らは。善戦してくれることを祈ろう」
兵器やあんな風に創られた兵たちを冷徹に使い捨てると噂の死神部隊を率いながら、この男は時折どこか温かい血の通ったようなことを言う。
(おかしな奴だ)
艦長は少し首を傾げ、眼の前のモニターに目線を戻した。
「熱紋確認。1時の方向、数20。モビルスーツです。機種特定、オーブ軍ムラサメ、アストレイ!」
ここでミネルバが破られれば、オーブ艦隊の後ろに控えている連合の、数に任せた大艦隊が黒海になだれこむ手はずに違いなかった。
(ここを破らせるわけにはいかないわ)
タリアは迎撃準備と、インパルス、セイバーの発進を命じた。
シンがコアスプレンダーで発進すると、続けてセイバーがカタパルトに向かう。
飛び出した先に、オーブ艦隊が待ち構えている。アスランは眼を伏せた。
(戦いたくない…けれど今は、戦わなければならない)
(割り切れよ…でないと、死ぬぞ)
(今のオーブは、俺の敵だ!)
「私たちは軍としての任務で出る。喧嘩に行くわけじゃないわ」
自分がシンに言った言葉が、自分に返って心が揺れ、葛藤が苛む。
しかし時は容赦なかった。ランプが全て灯り、セイバーの発進を促す。
「アスラン・ザラ、セイバー、発進します!」
アスランはもう一度自分に言い聞かせた。
(今はただ『眼の前の敵』と戦うだけ…シンのように)
「取り舵30。タンホイザーの射線軸を取る」
両機の発進を確認し、タリアが陽電子破砕砲の準備を命じた。
「破壊される艦艇が海峡をふさがない位置で、空母ごと薙ぎ払う」
ミネルバならではの力技で一気にカタをつけたい。
「タイミングが合ったら、シンたちに下がるよう言ってちょうだい」
「わかりました」
アーサーはもっとも効率よく敵を殲滅できる斜線軸の計算に入った。
フォースを選択したシンは、ムラサメとMBF-M1アストレイをロックし、一部の隙もなく、正確にコックピットを撃ち抜いた。
その射撃には一切の躊躇も、わずかな容赦すらもなかった。
続いてシンは、モビルスーツに変形した瞬間のやや防御の甘いムラサメをサーベルで斜めに斬り裂いた。そのまま飛び去ると、次はアストレイに接近する。背中のシュライクのスラスターを撃ち抜き、爆発を起こしたアストレイが墜落するのを見届けもせず、シンは次の標的に向かった。
アスランはムラサメを引きつけ、戦場を撹乱していく。
だが彼女の中にある迷いがどうしても引き金を躊躇させていた。
ビームは常に機体ぎりぎりをかすめ、ピクウスの威嚇が多くなる。
けれど2機の防衛ラインを超えてミネルバに近づくムラサメには攻撃を仕掛けざるを得ず、黒煙を吹いて墜落するその姿をアスランは眼で追った。
やがて海面付近で爆発が起きる。命がひとつ散った。
「これよりミネルバの航路を開く。インパルスは右翼を」
「了解」
シンの戦いはいつも通り見事だった。
インパルスのライフルとサーベルがモビルスーツを爆散させていく。
アスランはモビルスーツに変形すると、シンとは反対側に陣取った。
(迷ってはだめだ。私はもう…オーブを出た時、『戦う』と決めたんだから)
「何をしてるの!敵のモビルスーツはたったの2機よ?!」
タケミカヅチではユウナがきゃんきゃん喚いている。
インパルス1機にかなりのアストレイとムラサメを落とされてしまったのに、さらにセイバーまでもが攻撃に加わり、ラインがあがってきている。
何しろこの2機、護衛艦の攻撃もことごとく避けるのだから腹が立つ。
「どんどん追い込んで!モビルスーツ隊、全機発進!」
そのうちにヒステリックにとんでもない事を叫び出したので、さすがのトダカも驚いて振り返った。
「1機ずつ取り囲んで落とすのよ!そうすればいくらあれだって落ちるわ」
「無茶です、ユウナ様」
「これは命令よ!いいから出しなさいっ!!!
ぎゃんぎゃん叫ぶユウナに、トダカもアマギもほとほと手を焼いていた。
ミネルバはインパルスとセイバーが切り拓いた道を進み、タンホイザーの射線軸を探っていた。パルシファルやウォンバット、イーゲルシュテルンが飛び交い、ゴットフリートを回避すると、ミネルバも負けじとトリスタンを撃ち返す。
セイバーはMA形態のムラサメの後ろにピタリとつき、スピード負けした相手にフォルティスを撃ちこんで次々沈黙させた。
やがてミネルバはオーブ艦隊が見晴らせる海域にまで達した。
「艦長、目標座標に到達します」
ここなら陽電子砲でほぼすべての艦艇にダメージが与えられる。
その後さらに前進し、空母を守る艦隊の残りも削りたいところだ。
「タンホイザー起動」
タリアの声に、ブリッジにはやや緊張が走った。
(これで大勢が決すれば、戦闘は犠牲も少なく、短期決戦で終了する)
メイリンはそう思いながら、(でも、討たれるのはオーブだ)と唇を噛んだ。
代表の姿や、ミネルバを修理したモルゲンレーテの整備士たちの姿が浮かぶ。
何より、オーブはシンの祖国なのだ。
(シン…きみは今、どんな思いで戦ってるんだろう)
―― そしてアスランさん、あなたも。
「敵艦、陽電子砲、発射態勢!」
オペレーターが振り返って報告した。
(ユニウスセブンを最後の最後まで破砕し続けたミネルバの陽電子砲か)
それが今はオーブ艦に向けられている。
アマギは皮肉なものだと思い、トダカは面舵20度を指示して操縦士に回避行動を命じた。
艦体からせり上がってくるタンホイザーを見て、アスランがギクリとする。
この狭い海峡内で陽電子砲が放たれれば、多くの艦艇がその餌食となるだろう。
ミリアリアもまた、どうやらこれで勝敗が決すると思い、望遠レンズを構えた。
ところが次の瞬間、誰もが全く予想だにしなかった事態が起きた。
アーサーが「撃ぇ!」と発射号令をかけた瞬間、ミネルバが激しい爆発を起こして大きく揺れたのである。
衝撃でシートを掴んだタリアは、よろめいたアーサーと顔を見合わせる。
「…攻撃!?」
「いや、しかし…そんな兆候は…」
待機していたハイネ、ルナマリア、レイも、ミネルバを襲った大きな衝撃に驚いていた。
「何!?何が起きたの!?」
ルナマリアは通信を開いてメイリンに尋ねたが、メイリンは何も答えず、何かにひどく驚いた様子でモニターを見ているようだった。
「ちょっと、メイリン!?」
シンもまた、突然爆発して盛大な煙を噴出したミネルバを振り返って驚いた。
「何だ?どこから!?」
慌てて策敵レーダーの感度を上げ、さらにきょろきょろとあたりを見回した。
やがて熱源が感知され、ミネルバが攻撃を受けた射線が判明した。
けれど撃ったのはオーブではない。それは、遥か上空からの射線だった。
この戦場では、アスランだけがミネルバを撃ち抜いた射線を見ていた。
アスランはビームが発射された始点へとゆっくり視線を移す。
(まさか…でも、こんな攻撃…)
そしてそこに信じられない、けれどそれでしかありえないものを見た。
それはこの戦場を恐れもせず、ためらいもせず、堂々と舞い降りてきた。
黒と青の翼を大きく広げた、白く輝く美しい機体。
「…フリーダム…キラ!」
最強の翼が、今再びアスランの前に立ちはだかったのだ。
PR
この記事にコメントする
制作裏話-PHASE22-
このPHASEは当時書くのが憂鬱でした。
なぜなら、PHASE15からPHASE21までかけて丁寧に描いてきたシンとアスランが、思った以上にいい「師弟関係」になってきていたからです。それがこのPHASEからは逆に、またゆっくり時間をかけて壊れていくのです。そう、満を持して降臨なされたキラ様のおかげでな!(まぁ逆転のキラは本編のキラよりはずっとマシだと思いますが)
実際このPHASEは、これまでの本編の流れどおり面白い話の後には面白くないインターバル、戦闘、面白い話、面白くない話…という順番どおり、「つまらない話」ですし、書いた当初はちょっと苦痛だったくらいです。
しかし今回のリライトでかなり満足のいく出来になりました。
その理由として、物語を膨らませ、キャラに肉付けするため、大きな改変をいくつかしたからです。ステラを救助した後、シンとアスランがディオキアのダウンタウンで食事をした、というエピソードはその一つ。本当に「デート」してきた2人に、ルナマリアはすっかり怒り心頭です。可愛いですね。シンとアスランには恋愛感情なんかひと欠片もないんですけどね。
ハイネの再登場シーンはあまり変えていません。陽気で元気で、ナニゲに気の廻る鋭いお兄さんです。本編ではシンの背中を叩いたりはしませんが、ハイネならこういう事もやりそうです。それに、PHASE21で苦手としていた「人と触れ合う事」を克服したシンは、もういつものように接触に嫌悪感を抱いていません。逆転ではこんな風にシンの成長を少しずつ描写していきたいと考えていました。
なお、私はシンがアスランを「隊長」と呼ぶのが好きだったので、このPHASEはちとガッカリでした。アスランって呼ぶなよぅ…とはいえ、シンの「アスラン初呼び捨て」は本編よりちょっと演出してみました。だってやっぱり主人公だもんね!
ちなみにハイネの「仲いい事はいいことよ」は、実は本編ではPHASE21でアスランとミーアに言うセリフなのですが、逆転のアスランとミーアは傍目にも仲良くはないので、逆転ではエースのシンとFAITHのアスランに対して使わせました。
さらにハイネは、シンとアスランの確執を目の当たりにし、それだけでシンの隠された気持ちを見事看破します。
せっかく出てきたからには、ハイネに何かもっと重要な役割を与えたいと常々思っていたので、これはなかなかうまくいったんじゃないかと思います。
本来は出撃前のエレベーターの中で交わされるはずのシンとアスラン2人きりの会話をブリーフィングルームに変え、ハイネに聞かせることで彼がシンの激しい反抗は「アスランに追いつきたい」という気持ちの裏返しだと言い当てます。アスランはそんな全く思ってもいなかった言葉に当然戸惑います。でもこれでハイネが彼女の中に印象づくので、PHASE23、24にスムーズに繋がります。
実はここでの流れは全然意識していなかったんですが(いや、正直言えば全く構想になかった瓢箪から駒でした)、今回のリライト&制作裏話でPHASE19、PHASE20とシンが「戦士としての」アスランの事をもっと知りたいと思っていると書いた事が生かせたのです。これは自分でもビックリです。
また、トダカとアマギ、それにネオについてもリライトによってもう少し細やかな描写が加わりました。
ユウナについては、逆種では実はオーブがGシリーズの開発に手を貸した事にセイランが一枚噛んでいた事を語らせ、しかも同時に「なのになぜ種の頃に彼らが表にいなかったか」も含んでみました。ウズミ様に庇われて糾弾を免れたものの、それによって発言を封じられていたのですね。これ、ありそうです(本編は特にこういった補完設定はありません。外伝のアストレイではあるみたいですけど)
逆種でカガリが「親父は何も言わず、ただ責は自分にあると言っただけだ」と憤慨していましたから、それをうまく生かしました。ウズミ様、やはりなかなかのヒゲダヌキっぷりであります。
オーブの間抜けな司令官を笑ったネオの脳裏を、一瞬覚えのない「金髪の人影」が過ぎったりと、書いた当初はどうにも扱いあぐねていたネオですが、なんとなくノッてきた感じです。また研究員との会話があったので活用し、彼の口から「ステラたちは彼らの管理下にないと、すぐに重篤な命の危険に晒される」と語らせました。ゆりかごシーンのバンクを何度も使うより、こういう会話をひとつ入れておけばミネルバに囚われたステラがいきなり死にかける唐突さを拭えてよかったろうに。ホント、本編はところどころマズいんですよね、こういう構成や演出が。
なおさりげなく入れた艦長のモノローグも気に入っています。こういうのがあるとネオのパーソナリティを外壕から見せられます。
もうひとつ大きな改変は冒頭のミリアリアです。
ザフトVSオーブの戦いをカメラに収めようと陣取るミリアリアはカメラマンとしての使命に燃えていますが、そこに一通のメールが入ります。お相手はもちろん…という想像を働かせてみました。後に彼女が故郷のオーブと戦う相手はプラントである、という事実に複雑な想いと不安を抱く姿が生きると思います。
そして戦闘が開始したと同時に、ミネルバのタンホイザーが見事一撃で破壊されてしまうのです。やったのはもちろん…というわけで、キラ再登場です。
DESTINYはとにかく「シンが主人公として扱われていない」「カガリがただの泣き虫バカ」「ラクスが何もしないくせに親分」の3点が最悪でしたから(さらに「意味ねー女難」「キラ様マンセー大天使マンセー」が加わって五大悪)、次回はいよいよカガリのサルベージ開始です。
そしてさよならハイネ。当時は中の人の全国ツアー開始と共にお亡くなりになりましたっけ。
なぜなら、PHASE15からPHASE21までかけて丁寧に描いてきたシンとアスランが、思った以上にいい「師弟関係」になってきていたからです。それがこのPHASEからは逆に、またゆっくり時間をかけて壊れていくのです。そう、満を持して降臨なされたキラ様のおかげでな!(まぁ逆転のキラは本編のキラよりはずっとマシだと思いますが)
実際このPHASEは、これまでの本編の流れどおり面白い話の後には面白くないインターバル、戦闘、面白い話、面白くない話…という順番どおり、「つまらない話」ですし、書いた当初はちょっと苦痛だったくらいです。
しかし今回のリライトでかなり満足のいく出来になりました。
その理由として、物語を膨らませ、キャラに肉付けするため、大きな改変をいくつかしたからです。ステラを救助した後、シンとアスランがディオキアのダウンタウンで食事をした、というエピソードはその一つ。本当に「デート」してきた2人に、ルナマリアはすっかり怒り心頭です。可愛いですね。シンとアスランには恋愛感情なんかひと欠片もないんですけどね。
ハイネの再登場シーンはあまり変えていません。陽気で元気で、ナニゲに気の廻る鋭いお兄さんです。本編ではシンの背中を叩いたりはしませんが、ハイネならこういう事もやりそうです。それに、PHASE21で苦手としていた「人と触れ合う事」を克服したシンは、もういつものように接触に嫌悪感を抱いていません。逆転ではこんな風にシンの成長を少しずつ描写していきたいと考えていました。
なお、私はシンがアスランを「隊長」と呼ぶのが好きだったので、このPHASEはちとガッカリでした。アスランって呼ぶなよぅ…とはいえ、シンの「アスラン初呼び捨て」は本編よりちょっと演出してみました。だってやっぱり主人公だもんね!
ちなみにハイネの「仲いい事はいいことよ」は、実は本編ではPHASE21でアスランとミーアに言うセリフなのですが、逆転のアスランとミーアは傍目にも仲良くはないので、逆転ではエースのシンとFAITHのアスランに対して使わせました。
さらにハイネは、シンとアスランの確執を目の当たりにし、それだけでシンの隠された気持ちを見事看破します。
せっかく出てきたからには、ハイネに何かもっと重要な役割を与えたいと常々思っていたので、これはなかなかうまくいったんじゃないかと思います。
本来は出撃前のエレベーターの中で交わされるはずのシンとアスラン2人きりの会話をブリーフィングルームに変え、ハイネに聞かせることで彼がシンの激しい反抗は「アスランに追いつきたい」という気持ちの裏返しだと言い当てます。アスランはそんな全く思ってもいなかった言葉に当然戸惑います。でもこれでハイネが彼女の中に印象づくので、PHASE23、24にスムーズに繋がります。
実はここでの流れは全然意識していなかったんですが(いや、正直言えば全く構想になかった瓢箪から駒でした)、今回のリライト&制作裏話でPHASE19、PHASE20とシンが「戦士としての」アスランの事をもっと知りたいと思っていると書いた事が生かせたのです。これは自分でもビックリです。
また、トダカとアマギ、それにネオについてもリライトによってもう少し細やかな描写が加わりました。
ユウナについては、逆種では実はオーブがGシリーズの開発に手を貸した事にセイランが一枚噛んでいた事を語らせ、しかも同時に「なのになぜ種の頃に彼らが表にいなかったか」も含んでみました。ウズミ様に庇われて糾弾を免れたものの、それによって発言を封じられていたのですね。これ、ありそうです(本編は特にこういった補完設定はありません。外伝のアストレイではあるみたいですけど)
逆種でカガリが「親父は何も言わず、ただ責は自分にあると言っただけだ」と憤慨していましたから、それをうまく生かしました。ウズミ様、やはりなかなかのヒゲダヌキっぷりであります。
オーブの間抜けな司令官を笑ったネオの脳裏を、一瞬覚えのない「金髪の人影」が過ぎったりと、書いた当初はどうにも扱いあぐねていたネオですが、なんとなくノッてきた感じです。また研究員との会話があったので活用し、彼の口から「ステラたちは彼らの管理下にないと、すぐに重篤な命の危険に晒される」と語らせました。ゆりかごシーンのバンクを何度も使うより、こういう会話をひとつ入れておけばミネルバに囚われたステラがいきなり死にかける唐突さを拭えてよかったろうに。ホント、本編はところどころマズいんですよね、こういう構成や演出が。
なおさりげなく入れた艦長のモノローグも気に入っています。こういうのがあるとネオのパーソナリティを外壕から見せられます。
もうひとつ大きな改変は冒頭のミリアリアです。
ザフトVSオーブの戦いをカメラに収めようと陣取るミリアリアはカメラマンとしての使命に燃えていますが、そこに一通のメールが入ります。お相手はもちろん…という想像を働かせてみました。後に彼女が故郷のオーブと戦う相手はプラントである、という事実に複雑な想いと不安を抱く姿が生きると思います。
そして戦闘が開始したと同時に、ミネルバのタンホイザーが見事一撃で破壊されてしまうのです。やったのはもちろん…というわけで、キラ再登場です。
DESTINYはとにかく「シンが主人公として扱われていない」「カガリがただの泣き虫バカ」「ラクスが何もしないくせに親分」の3点が最悪でしたから(さらに「意味ねー女難」「キラ様マンセー大天使マンセー」が加わって五大悪)、次回はいよいよカガリのサルベージ開始です。
そしてさよならハイネ。当時は中の人の全国ツアー開始と共にお亡くなりになりましたっけ。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
2011/5/22~2012/9/12
ブログ内検索