機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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回収されたのは、ほぼ無傷だったコックピット・ブロックと、見事な切れ味で切断された頭部だった。
それ以外は完璧にバラバラになったセイバーは、7割方の部品がエーゲ海の藻屑と消えてしまった。
引き上げられた大きめの部品も、綺麗に切り刻まれている。
ブラックボックスからデータを抜き出している技師の作業を待って、その後機体の修理作業に入るはずの整備作業班…すなわち、ヨウランとヴィーノは、忙しそうに働く彼らをただ見ているだけだ。
「は~」
ため息とも驚きともつかない声をあげながら、ヴィーノはしゃがみこみ、ハンガーに並べられているセイバーのわずかな破片を手でひっくり返した。
ビームサーベルの熱でひしゃげた合金属は赤い塗装が剥げ、その瞬間の凄まじい破壊力を物語る。投げるとカラン…と乾いた音がした。
「これ…直せってのは無理だよ…」
ヨウランも腕を組みながらその「残骸」を見つめている。
ヴィーノは手持ち無沙汰に部品を投げては音を立てていたが、立ち上がると「フリーダムだって?やったの…」と何度目かのため息をついた。
「さすがのFAITHもあれには勝てないか」
「殺されなかっただけ儲けもんかな」
2人はやれやれと言いながら、まだ続くデータ回収作業を見守っていた。
それ以外は完璧にバラバラになったセイバーは、7割方の部品がエーゲ海の藻屑と消えてしまった。
引き上げられた大きめの部品も、綺麗に切り刻まれている。
ブラックボックスからデータを抜き出している技師の作業を待って、その後機体の修理作業に入るはずの整備作業班…すなわち、ヨウランとヴィーノは、忙しそうに働く彼らをただ見ているだけだ。
「は~」
ため息とも驚きともつかない声をあげながら、ヴィーノはしゃがみこみ、ハンガーに並べられているセイバーのわずかな破片を手でひっくり返した。
ビームサーベルの熱でひしゃげた合金属は赤い塗装が剥げ、その瞬間の凄まじい破壊力を物語る。投げるとカラン…と乾いた音がした。
「これ…直せってのは無理だよ…」
ヨウランも腕を組みながらその「残骸」を見つめている。
ヴィーノは手持ち無沙汰に部品を投げては音を立てていたが、立ち上がると「フリーダムだって?やったの…」と何度目かのため息をついた。
「さすがのFAITHもあれには勝てないか」
「殺されなかっただけ儲けもんかな」
2人はやれやれと言いながら、まだ続くデータ回収作業を見守っていた。
アーサーが各部署にまとめさせたミネルバの状況を報告する。
「メインエンジンに深刻な損傷はありません。ですが、火器と船体にはかなりのダメージを負いました」
CIWSの損害率は50%を超え、主砲はムラサメの特攻で1基が大破、ミサイル発射管も多くが破壊されている。
「今戦えと言われたら、僕は誰が何と言おうと白旗を揚げますからね!」
「面白くもない冗談ね、アーサー」
タリアに一蹴され、アーサーはこういう時、自分は常日頃から冗談など言っているつもりは毛頭ないのに、なぜか誰にも信じてもらえないのが不思議だと首を傾げる。
「モビルスーツもセイバー、ウォーリアが大破、ファントムが中破と、厳しい状況です」
「ジブラルタルまでもうあと僅かだというのに…またここで修理と補給待ちというのは辛いけど、仕方ないわね」
タリアは手を振ってもういいわと合図を送った。
「毎度毎度後味の悪い戦闘だわ。敗退したわけでもないのに」
今回はアークエンジェルは攻撃を行わなかった。
けれど、最後まで上空で我々を見ていた。
(さながら、愚かな人間たちを見守る天上界の大天使のごとく…ね)
タリアはちっと舌打ちし、不機嫌そうに席を立った。
「対空、対潜警戒は厳に。あとお願いね」
シャワーでも浴びて気分を変えよう…
タリアはむしゃくしゃした気持ちのまま、部屋に戻った。
タリアがその豊満な体に熱いシャワーを浴びている頃、アークエンジェルではムラサメ部隊の面々がブリッジに迎えられていた。
彼らははじめこそ一列に整列して敬礼していたが、カガリの姿を見るやいなや彼を取り囲み、口々にその無事を喜んだ。
中には男泣きを始める者までいて、キラたちは皆、その中心で困ったように彼らをなだめているカガリを楽しそうに眺めていた。
彼らの望みは、このままアークエンジェルに同行し、カガリの力になりたいという事だった。カガリは困惑し、激戦を潜り抜けた彼らにも故郷で待つ者はいようから、今はひとまず艦隊と共にオーブに帰った方がよいと言う。
けれど彼らの意思は固い。
「いや、しかし…」
「ここまでの責めは自分が負う。既に無い命と思うなら、アークエンジェルへ行けと。今日無念に散った者たちのためにもと」
アマギは背筋を伸ばし、自分たちを後押しした1人の男の言葉を伝えた。
「それが、トダカ一佐の最期の言葉でした」
第二護衛艦群のトダカ一佐…カガリもその名は聞いていた。
多くの兵に慕われる柔和な人物と聞く。前大戦のオーブ危機の際も、キサカは海軍所属の彼や、勇猛で知られるソガ一佐と連絡を取ろうと随分苦労していた。
後でわかった事だが、トダカは最後までオーブに留まって避難民をプラントや中立国に引き渡す任務を全うし、さらには屈辱的な占領後のオーブにおいても連合からの武装解除命令や理不尽な接収命令を一身に背負った人物なのだ。
(オーブはまた、宝を失ったんだな…)
カガリは彼の死を悼み、そのトダカが送り出した兵たちを見た。
「幾度も御命令に背いて戦い、艦と多くの兵の命を失いましたことは、まことにお詫びのしようもございません!」
アマギはそう言って深々と頭を下げた。兵たちも皆頭を下げる。
「ですがどうか、トダカ一佐と我らの苦渋もどうか…!」
それから顔をあげると、彼はもう一度自分たちが心から望む事を訴えた。
「おわかりくださいますのなら、この後は我らもアークエンジェルと共に!どうか!」
カガリはしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「アマギ一尉。謝らねばならないのは、俺の方だ」
「カガリ様…」
「俺が愚かだったばかりに…非力だったばかりに…オーブの…大事な、心ある者たちを失ってしまった」
本当にすまない、とカガリは言った。
「だが、おまえたちが無事でよかった。それは何よりだ」
再び感無量というように自分を取り囲む兵たちを、カガリは押し留めた。
「待て待て。おまえたちをこの艦に迎えるかどうかを決めるのは、俺ではない」
「え?」
当然ながら兵たちが一瞬戸惑うような表情を見せる。
「アークエンジェルは、俺の指揮下にあるわけじゃないんだ」
カガリは穏やかに言った。
「この艦にいる人々は皆、俺の大切な友人であり、大切な仲間だ」
カガリの粋な紹介にクルーたちはふふっと笑い、マリューが言った。
「私たちは皆、カガリくんのために、そしてオーブのためにと、取るものもとりあえず集まりました。彼女…キラさんを中心にして」
「キラ…」
「キラ・ヤマト…」
「フリーダムの…?」
それを聞いた兵たちの間にヒソヒソと言葉が交わされた。
「あなたが…カガリ様の妹君…であられるという?」
アマギが兵たちの疑念を代弁した。
キラはマリューとカガリを見、それからはにかむように頷いた。
「キラ、おまえはどう思う?」
カガリがキラに発言を促した。
キラは困ったように首を傾げたが、やがて思い切って口を開いた。
「今、私たちにわかってるのは…このままじゃ駄目だっていうことだけです」
その途端、兵たちが皆キラの方を向いた。
凝視される事に慣れていないキラは一瞬ためらったが、言葉を続けた。
「…でも、何をどうしたらいいのかは…わからない」
カガリがそんなキラの後押しをするように歩み寄り、隣に立ってくれた。
「多分、ザフトを討ってもだめだし、地球軍を討ってもだめです。だって、そんなことはもう散々やってきたんですから」
その言葉はその場にいる誰もの心に沁み、身に沁みる言葉だった。
前大戦末期のオーブとて、もはや平和で安全な国ではなかったのだから。
「どちらかについてしまえば、どちらかを討つことになってしまう」
アスランは、ザフトについた。オーブは、地球軍についた。
そして彼らは戦った…お互いに、戦う理由など何一つないのに。
「だから憎しみが止まらない。戦いが終わらない…私たちも、戦い続けるから本当はだめなのかもしれません」
キラは一生懸命訴えた。
それは人前で話し慣れていない彼女らしく、たどたどしく、稚拙だったが、けれど一生懸命な言葉は胸を打った。
「私たちは多分みんな…きっとプラントも地球も、幸せに暮らせる世界が欲しいだけなんです」
カガリはその言葉を聞き、ふとパトリック・ザラの最期を思い出した。
あれほどの狂気に囚われた彼のささやかな願いは、あの写真…優しそうな美しい妻と、可愛らしい一人娘のいる世界だったのだ。
(アスラン…おまえは、あの人の幸せな世界の中心にいたんだよ)
皆、本当に願うものなどささやかな、ほんのささやかなものなのだ。
なのにそれがなぜかなわないのだろう…家族がいて、愛する者がいて、小さな幸福を感じられればいいだけなのに。
指輪をしてくれていたアスランを思い出し、カガリは哀しそうに微笑んだ。
「だから…あの…」
一方、なんだか自分が何を言ってるのかわからなくなってきたキラはカガリを仰ぎ見た。カガリはにっこり笑って頷き、勇気をもらったキラは続けた。
「皆さんもそうだって言うんでしたら、あの…」
「無論です、キラ様!」
(キ、キラ様!?)
アマギが力強く頷いて自分を「様」づけで呼んだので、キラはびっくりした。
「仇を討つためとか、ただ戦いたいとか、そのような想いで我らはここに来たのではありません!」
「私たちは、オーブが今、誤って進んでいる道を正させたいのです!」
「我らはオーブの理念を信望したからこそ、軍に身を置いたオーブの軍人です。ならばその、『真実のオーブ』のためにこそ戦いたい!」
アマギの言葉を皮切りに、またしても軍人たちが口々に思いを述べ始めた。
カガリとこの艦と共にと願う彼らの力強い言葉を、マリューたちも静かに聞いていた。
マリューもノイマンもチャンドラも、元は故国のため、地球のためと信じて軍に入った人間だ。生きてきた国や信じた大義は違えども、軍人として職務に臨む姿勢には当然、相通ずるものがある。
だから3人もまた、キラとカガリに頷いてみせた。
自分たちに「異論はない」という意味だ。
「わかりました。失礼なことを言ってすみません」
キラがなんだか偉そうな事を言っちゃって…と恐縮した。
そしてペコリと頭を下げ、「よろしくお願いします」と言うと、アマギたちも慌てて「いえ、こちらこそ!」と全員が最敬礼した。
再び戸惑って振り返るキラを見て、マリューもミリアリアも明るく笑った。
目覚めると、途端に胸に激痛が走った。
けれど呼吸を整えると痛みは遠ざかり、ルナマリアはふうと息をつく。
(ここ…どこ?)
きょろきょろとあたりを見る。
消毒薬や医薬品の香りと、ピッ、ピッと規則的に鳴る機器の音。
カチャカチャという金属器具の音、ぽーんと言うナースコール…
(医務室…?)
ルナマリアは思い至り、ぼんやりした記憶を手繰り寄せた。
(ああ…私、被弾して、怪我をしたんだ…)
足を動かしてみると、どちらも自分の意思を反映してちゃんと動いた。
右腕は大丈夫…左腕は固定されて動かないけれど、指先の感覚はある。
視力も聴力も無事だ。失った器官はない。
ルナマリアは最後に「あー」と声を出してみて、自分がどこも機能不全には陥っていないと確認してほっとした。ただだるさと少しの痛みがうっとうしい。
「あら、眼が覚めた?よかったわね」
彼女が目覚めた事に気づいた看護兵が、バイタルをチェックしてくれた。
ルナマリアはその後やってきた軍医に、いつ頃部屋に戻れるか聞いてみた。
半日ほど様子を見て、自立動作に問題がなければ戻っていいと許可が下りる。
戦闘が終わったばかりでケガ人がまだひきもきらない医務室としては、ベッドがひとつ空くのは大歓迎なのだろう。
時間と共に元気になっていくルナマリアは退屈を感じ、ふと隣のベッドを見た。
そこにはすっかりやつれ、金色の髪も艶を失ってこんこんと眠るステラがいた。
眼の下にはクマができ、頬はこけ、首までガリガリに痩せてしまっている。
(…いつの間にこんなに?)
ルナマリアは痛々しい彼女の姿に驚いた。
シンはこんな風に彼女が弱っていくのを見ていたのだろうか。
(ずっと…この子の傍で…)
そう思うとちくちくと胸が痛んだ。
ルナマリアはきょろきょろと見回し、誰もいないと知るとゆっくり上半身を起こしてみた。
「いたた…」
何度か息をつきながら座り、呼吸を整える。
「うん、大丈夫じゃない…私」
自分を励ますように言うと、それからゆっくりと足を下ろしてみた。
初めは力が入らず、何度か足の裏を地面につけてから立ち上がる。
起立性低血圧を起こして少しくらっとしたが、すぐに元に戻った。
医療機器に掴まりながら恐る恐る歩いてみると、大丈夫そうだった。
そしてカーテンの向こうに寝ている彼女を覗き込んだ。
(わぁ…可愛い子…)
ナチュラルとはいえ、ステラはその中でも群を抜く美少女だった。
やつれてはいるが顔立ちが美しく、笑えばさぞ愛らしいだろうと思う。
シンが彼女の事を抱き締めていた事を思い出し、ルナマリアの心に再び鈍い痛みが走る。彼女のこの弱った様子を見れば、そんな事を考えるのは情けない事だと思いながらも、彼を一途に想う女心は複雑に揺れてしまう。
(私なんか、手を握るのが精一杯だったのに…)
ルナマリアはさらに彼女に近づいてみた。
呼吸は浅く速く、オキシメーターの数値も低い。
「ねぇ、あなた…具合、悪いの?」
ルナマリアがステラの額にそっと手をあてると、熱があった。
(この子は、ガイアに乗ってた敵。だけど、今はこんなに弱々しい…)
その時、突然ステラが眼を開いたので、ルナマリアは驚いて手を引いた。
しかしその途端、グラリとバランスを崩してしまった。
(やばっ…)
転ぶ…!そう思った時、後ろで体を支えてくれた人がいた。
「何してんだよ。危ないだろ」
シンはルナマリアを抱きとめ、怪訝そうに見ていた。
「シン…?」
「眼、覚めたのか」
よかったなと言いながら、シンはそのまま無造作にルナマリアを抱き上げた。
「…っ!?」
思いもかけないお姫様抱っこに、ルナマリアは声も出せない。
シンはルナマリアをベッドに戻すと、「おまえ、重いよ」と言い捨て、カーテンの向こうのステラのもとに戻っていった。
ルナマリアはあまりの事に心臓が飛び出しそうだったが、やがてはっと気づき、「重くないもん!」と抗議した。けれど、心はその言葉とは完全に裏腹だった。
(私…今、シンに抱きあげられた…よね?)
なのにアンダースーツ姿の色気もへったくれもない自分が恨めしい。
もうやだぁ…そう思いながらも、今すぐ駆け出したいような気分だった。
自分を抱き上げたシンの力強い腕と、すぐ眼の前にあった顎のラインや肩に感じた堅い胸板など、垣間見えた彼の男らしさが激しく動悸を誘う。
けれどそんなルナマリアの甘い余韻はすぐにかき消されてしまった。
カーテンの向こうのシンの声が、そこにいる彼女の急変を物語ったからだ。
「ステラ!?どうした?ステラ!大丈夫か?」
「…シン」
彼女も弱々しくシンの名を呼んでいる。
追い討ちをかけるようにピピッ、ピピッと医療機器が不安げな音を立てた。
「シン?大丈夫?」
ルナマリアも驚いて呼びかけたが、シンは何も答えない。
ステラは荒い息をしながら拘束されている腕を弱々しく動かし、空をかいた。
シンはすっかり痩せたその腕を握ってやった。
シンの手には彼女がくれた貝殻が入った瓶があり、ステラはそれに気づいてじっと見つめた。
「あ…これ?きみがくれたやつ。覚えてるの?」
ステラは荒い息をしながら何か言いかけたが、途端に咳き込んだ。
黄色い液が唇から流れ、泡を噴く。はぁはぁと浅い呼吸が苦しそうだ。
「ゴホゴホ…ここ…怖い…ゴホゴホ…」
「ステラ!」
彼女の耳元で名を呼ぶ。そうしないと、消えてしまいそうな気がした。
彼らの声が尋常ではないので、ルナマリアはナースコールを押した。
「シン、今、人を呼んだよ」
シンは「ああ」と返事だけしてステラの手を握り締めていた。
「守るって…」
ステラが苦しそうに身をよじりながら、搾り出すように言った。
「シン…ステラを……守るって…」
シンは何も答えられず、ルナマリアもまた、彼女の言葉に息を呑んでいた。
その時、看護兵がやってきてシャッとカーテンを開けた。
「どいてください!」
彼女はシンを押しやり、またカーテンを閉めた。
シンはよろっと後ろに後ずさってルナマリアのベッドまで来た。
カーテンの向こうからは「シン…」という弱々しい声が聞こえたが、シンもルナマリアも無言のままだ。もとより彼らに何ができようはずもない。
2人はただ黙って、カーテンの向こうの消えかけた命を見守るしかなかった。
「じゃあ、結局またシンがやったのか?敵艦」
セイバーは廃棄処分だろうということになり、仕事がなくなったヴィーノとヨウランは、ようやくオフになったからと急いでルナマリアの見舞いに行きかけていたメイリンを強引に引き止めて、休憩室でたむろしていた。
「敵『艦隊』だよ。もうほとんど」
メイリンは姉が心配で気もそぞろだったが、シンの活躍となると眼を輝かせ、「本当にすごかったんだから!」と彼らに説明した。
「へぇ」
ヴィーノがドリンクを飲みながら感心する。
「なんかすごいよ、シン、この頃。『ミネルバ!ソードシルエット!』とか、ガンガン怒鳴ってくる」
「まぁ確かに、シンはすごいヤツだけどさ」
ヨウランも合いの手を入れた。
「セイバーもザクもボロボロなのに、インパルスはほとんど無傷だもんなぁ」
「うん。もう完璧エースって感じだよ。最近はちょっと…色々あったし、怖い感じもするけど、戦闘中はもう、もっとすごいって感じ」
ヨウランもヴィーノも、姉の見舞いをすっかり忘れてシンの武勇伝を語るメイリンの話に頷いたり感心したりで、すっかり盛り上がっている。
「メイリン?」
その時、3人の後ろから聞き慣れた声がした。
「あ、姉さん!?」
メイリンが驚いてソファから立ち上がり、姉のもとに駆け出した。
「大丈夫?」
ルナマリアは左腕を吊り、上着を肩からかけている。
頭には包帯、顔や首、手足にはガーゼや絆創膏が貼ってあって痛々しい。
しかし本人はいたって元気そうに笑っているのが救いだった。
「『大丈夫?』じゃないわよ、あんたはもう。人が被弾したっていうのに見舞いにも来ないで」
ルナマリアは無事な右手でコツンと弟の額を小突いた。
「ごめん、今行こうとしてたんだ。僕、ずっとオンだったから」
「派手にやられたねぇ、ルナ」
「もう動いても大丈夫なの?」
ヴィーノとヨウランも心配して声をかけた。
「まぁね。平気平気!」
本当は隣にいるステラの容態があまりにも悪いのでいたたまれず、言われた通り半日過ぎたからと医務室を飛び出してきてしまったのだが。
「それより、アスランは?どうしてるか知らない?」
3人はそれを聞いて「ああ…」と顔を見合わせた。
「セイバー、あんなにやられたなんて、私、知らなかった」
ルナマリアは医務室からの道すがら、ハンガーを廻って驚いたのだ。
自分が乗っていたザクウォーリアの破損状態にある程度納得した後、セイバーを見て息を呑んだ。それはまさに「残骸」としか思えなかった。
「ルナが被弾した後の事だからね」
ヴィーノが言う。
「でも、ケガとかはしてないよ。全然無事」
そう…とルナマリアはほっとする。
「今…何してるかは知らないけど」
ヴィーノは無言でパイロットルームに向かうアスランを思い出した。
そういえばあれ以来、彼女の姿を見ていなかった。
「あ、シン!」
その時メイリンが今度はシンがやってきた事に気づき、声をかけた。
「ふらふら歩き回るなよ。またコケるぞ」
そう言ってシンはベンダーでドリンクを買い、ルナマリアに1本投げてよこすとソファに座った。
「ありがと」
片手で上手に受け取ったルナマリアは、礼を言ってから尋ねた。
「ねえ、アスランは?どうしてるか知ってる?」
「ん?いや…派手にやられてたからね、フリーダムに」
既にオーブ艦隊に斬り込んでいたシンはその場面を見なかったが、セイバーの残骸は見た。斬り口の鮮やかさ、そのくせコックピットブロックはほぼ無傷だ。
セイバーのアイカメラが捉えたフリーダムの攻撃データも、「解析してから見せてやるから」と渋る技師に頼み込んでその場で見せてもらったのだが、両手に持ったサーベルが何回振られたのか、何度繰り返して見ても正確にはわからない。
(あの野郎…なんなんだ、あの強さは…)
フリーダムの事を思い出してむすっとしたシンは、ルナマリアに「会ってないの?アスランに」と聞かれて、そういえば彼女にずっと会ってない事を思い出した。
「さぁね。部屋でどーんと落ち込んでんじゃないの」
あれでヘラヘラされても困るけどとシンが肩をすくめた。
「でも…やっぱり、戦ったんだね、アスラン…フリーダムと」
ルナマリアは戦闘前に「彼らと戦うのか」と聞いたことを思い出した。
「戦ったっていうか…」
シンは首を傾げる。
シンが見たのはセイバーのアイカメラに映った映像なので、セイバーの動きは窺い知れないが、機体のデータでも、セイバーは特に射撃等の反撃行動を行っていなかったように思える。
(…まさか、本当に手も足も出なかったのか?)
うーん、とシンは天井を仰ぎながら言った。
「…あんま強くないよね、あの人」
「え?」
「なんであれでFAITHなんだか。昔は強かったってやつ?」
「悪いわよ、そんな言い方」
ルナマリアは声をひそめて諌めたが、確かに最近はシンの活躍こそがミネルバを救っている事は事実だ。自分たちより数段高みにいると思っていたアスランが、フリーダムには完膚なきまでにやられたことは、確かにどこか腑に落ちない。
けれどルナマリアは、アスランが、時に激しく牙を剥いて男の教官や上司でさえ煙たがるシンを恐れることなく、投げ出さず、常に真摯に向かい合っている姿を思い出して呟いた。
「でも…『強さ』だけがFAITHの基準じゃないのかも…」
その言葉を聞いて、シンはまたうーん、と考え込んでいる。
それを見てルナマリアは少し明るくため息をついてみせた。
「あーあ。しっかし今回は美女2人が見事に撃墜されちゃったってわけね」
「美女ねぇ…1人はすっげー重いけど」
「重くないってば!」
口を尖らせて抗議するルナマリアを見て、シンはさも楽しそうに笑った。
「ふんだ!」と顔をそむける彼女の手からドリンクを取って口を開けてやると、すぐに機嫌を直して「ありがと」と素直に礼を言うのがまた可愛かった。
今にも命の灯火が消えてしまいそうなステラと違い、大怪我はしたもののルナマリアがこんなに元気で本当によかったと思って、シンはもう一度笑った。
一方アスランはといえば、まさしくシンの言うとおり、電気もつけずに自室に閉じこもっていた。モニターの光が彼女を照らしているが、アスランの眼はそれを見ておらず、さっき入れたコーヒーにも口をつけていない。
考えるのはキラの言葉だ。
「カガリは、今…泣いている」
アスランはキラが言った言葉を呟いてみた。
あれだけ慕っていた父ウズミが死んだ時ですら、気丈に振舞って他人に涙を見せなかったカガリが、一度だけ泣き崩れたあの時…皮肉屋のディアッカでさえ、あれを見たら帰れないよなと苦笑していた。
それほどオーブを大切に思っている彼が、今の状況に苦しまないはずはない。
(だからあんな行動に出たのだろうし…)
カガリの声を思い出し、ストライクRの姿を思い浮かべると胸が苦しい。
それにキラは、カガリも命を狙われていると言っていた。
代表首長ともなれば暗殺や謀殺など、決してありえない事ではない。
だからこそ自分も、護衛として彼を護っていたのだから。
けれど、そんな彼らに自分は「オーブに帰れ」と言ってしまった。
(なんにもわかってなかったのは、私の方だ)
無意識にカチッとキーを押すとセイバーのデータが現れた。
議長から受け取った機体は再起不能となり、スクラップになった。
その力を、自分の正義に従い、正義を為すために振るえといわれたのに、フリーダムにやすやすと破壊されてしまった。
もちろん、キラは強い。
だが「敗れた」ということ以上に、自分自身の正義が、信じたものがあまりにも薄っぺらいと言われたようで、その方がずっと苦しかった。
もう一度カチッとキーを押すと、そこにはラクス・クラインの偽者を名乗るテロリスト一派がディオキアでシャトルを強奪し、プラントに潜伏しているらしいというニュースが現れた。
議長は断固としてこのような輩を許してはならないと白々しく怒っており、ミーアは「騙された」人々をいたわる悲しみのコメントを発表している。
(ラクス…)
「犯人の一人」とされる画像では、ディオキア宇宙港のカメラに捉えられた「本物」のラクスがにこやかに笑っていた。
(命を狙われるあなたが、プラントに戻って一体何をしようというの?)
―― 敵だというなら、僕を討つか?ザフトのアスラン・ザラ。
「敵じゃない!」
アスランは思わず口を開いた。
その声があまりに大きくて、自分でも驚いてしまった。
(キラも、カガリも、ラクスも…誰も私の敵じゃない)
今度は言葉に出さないように、拳を握り締めて俯く。
(そんなつもりでザフトに戻ったんじゃないのに、どうしてまた…)
アスランは何度目かのため息をついた。
一口も飲まないうちに、コーヒーはとっくに冷たくなっていた。
J.P.ジョーンズでは、ただ一人残されたエクステンデッド、スティング・オークレーの「初期化」が行われていた。
今回はアウルの記憶だけを消すのではなく、最初から全ての記憶を消し、彼に残されるのは戦闘に必要なデータのみにしようというのだ。
記憶を選別する細かな作業がないので、作業としてはその方が手っ取り早いが、記憶量の多いスティングの精神への危険は加速度的に増した。
「何のために戦うのか…」
ネオは3つのゆりかごのうち、空っぽになった2つを見て呟いた。
「は?」
自分に話しかけられたのかと思った研究員が顔を上げる。
「ふ、そんなことを考え始めたら終わりだな、俺たちは」
自嘲気味に言うネオの言っている意味がわからず、研究員は首を傾げた。
ネオは「いいよ、気にしないでくれ」と明るく言うと部屋を出て行った。
しかし、スティングの記憶から消されてしまったステラ・ルーシェはまだ生存していた。はかない蝋燭の灯火のようにあやうく、弱く…
「そう…やっぱりどうにもならない?」
タリアが医務室を訪れ、さらに状態の悪化したステラを見ながら聞く。
臓器機能全体が低下し、ことに心肺機能の低下が甚だしい。
熱も下がらないし、これ以上の治療は困難だと軍医が答えた。
「もう時間の問題です」
この時、いつものようにステラの様子を見にやってきたシンは、偶然にも彼らが交わしているヒソヒソ話を聞いてしまった。
「生きたままで引き渡せればそれに越したことはないのですが…」
軍医の言葉に、シンの背筋がヒヤリと冷たくなる。
「無理ならば、これ以上の延命措置はかえって良くないのではと。解剖しても、正確なデータが取りにくくなるだけですからね」
(…解…剖?)
シンの心臓が激しく鼓動を打ち始めた。
(エクステンデッドだから?その身体の仕組みを知りたいからか?)
壁に寄りかかったシンは首を振った。
(ステラは人間だぞ!)
しかしシンをもっと驚かせたのは艦長のあまりにも冷静な厳しい言葉だった。
「そういうサンプルなら研究所で取ったものがいくらでもあるでしょ?評議会の欲しがっているのは、やはり生きたエクステンデッドなのよ」
そして「やっぱり、生きたまま引き渡したいわ」と言う彼女の言葉を聞き、シンの中にあった艦長への信頼がガラガラと崩れていく。
(わかってるよ…それが艦長の仕事だってことくらい…けど…けど…)
そう思いながらも心は傷つけられ、苦しさと怒りで熱くなった。
「ああ…シンは?まだ来てたりするの?」
その時、タリアが自分の名前を口にしたのでシンはギクリとした。
軍医は「来ますよ、ちょくちょくね」と面白くもなさそうに言った。
「何であんなのに思い入れるんだかわかりませんけどね」
「…そう」
(軍紀違反を犯してまで助けたかった、という事でしょうけど…)
「このまま処置は続けて」と言い残し、タリアは医務室を出た。
廊下には、誰もいなかった。
いい加減部屋ばかりにいてもと思い、アスランは艦を出て海辺にいた。
太陽は既に落ちかけており、春の初めはこのあたりでもまだ冷える。
地中海は穏やかであまり波がない。アスランは波打ち際に歩み寄った。
透き通った水は美しく、砕けた貝殻が重なった海岸線が白く長く続く。
今にも蟹が現れそうな小さな岩場に眼をやり、アスランは少しだけ微笑んだ。
(ジブラルタルまではあと少し…そこまで行けば…私は…)
「あ!」
その時、後ろで驚いたような声がしたので振り返った。
艦長と軍医の話に胸を痛め、気持ちを落ち着かせようと外の空気を吸いに来たシンが、アスランの姿を見て声をあげたのだ。
「シン」
「部屋じゃなくて、こんなとこで落ち込んでたんですか?」
シンがジャリっと砂を踏みしめながら近づいてくる。
「セイバー、見事にやられましたね。お仲間のフリーダムに」
アスランはチラッとシンを見たが、何も言わなかった。
シンは「…ったく」と言いながら腰に手を当てた。
「ルナが心配してましたよ、どうしてるかって。自分もやられてケガしてるくせに」
「…ルナマリアは?」
「元気です。もうとっくに部屋に戻りましたよ」
それを聞いて「そう、よかった」とアスランは言った。
「見舞いにも行かなくて…悪い事をしたわ…」
「呑気なもんですね」
シンはそんなアスランの様子に少し苛立ちを感じてしまう。
「落ち込むより、怒ればいいんだ。悔しくないんですか?」
その言葉を聞き、アスランは諌めるように言った。
「シン、私たちは…」
「喧嘩にいくわけじゃない、って言いたいんでしょう」
シンは頭をかいた。
「そうやって偉そうな顔したって、何もできなきゃ同じです」
「…なんですって?」
アスランがその言葉にややむっとして言い返した。
けれどシンはただアスランに歯向かっているだけではなかった。
「何をしに戻って来たんです?あなたは」
アスランは思った以上に穏やかなシンの赤い瞳に射られた。
「これまで見てきても、悪いのは全部地球軍だ。それと戦うためにザフトに戻ってきたんでしょう?」
自分がザフトに戻った理由をもう一度考え直していたところに、核心を突く痛い言葉を受けてアスランはうっと詰まった。
「あなたは、そんな連中と戦う力を奪われたんですよ、フリーダムに」
シンは圧倒的な存在感を誇る機体を思い出し、忌々しそうに言った。
「なんなんです、あいつら。審判者にでもなったつもりですか」
「彼らは…」
アスランにもうまく言い表せない。
いや、今またキラの言葉に迷っている自分には、永遠に答えなど出せないのかもしれなかった。
「次は、ちゃんと戦いますよね」
アスランはその言葉にはっと気づいてシンを見た。
シンは真っ直ぐアスランを見つめていた。全てお見通しと言うように。
自分には、キラと…もう二度とキラと本気で戦うつもりなどない。
負け惜しみではなく、それはアスランの心の奥底にある本音だった。
アスランが答えずにいると、やがてシンが「あ、そうだ」と言った。
「インパルスに乗ったらどうです?」
「…え?」
全く思ってもみない方角からボールが投げ返されたように、アスランはシンのその言葉に戸惑い、きょとんとして彼を見つめてしまった。
「意外といけるかもしれませんよ。あなたなら」
真顔で言うシンに、アスランは呆れたように言った。
「本気で言ってるの?」
「いや、まぁ、冗談です」
シンが笑ったので、アスランも表情を緩めた。
「…冗談です…ほんの」
そう答えながら、シンの眼は笑ってはいなかった。
彼の表情には何か思いつめたものがあったが、元々他人の感情に疎く、今はさらに自分の想いで精一杯の鈍感なアスランに気づけるはずもない。
「もしかして、励ましてるつもり?」
「俺が?FAITHのあなたを?冗談でしょう」
シンはうんざりしたように軽く手を振った。
「そう思うんだったら、もっとしっかりしてくださいよ」
ルナにしろあなたにしろ、俺は年上の女性のお守りなんかごめんですとシンは肩をすくめ、それから暮れなずむ遥かな水平線に眼を向けた。
「…ミネルバを守れるのは、俺たちパイロットだけなんですから…」
アスランは急に大人びたような表情を見せたシンに驚く反面、何か不可解な違和感がある気もしたが、気のせいだと思い直した。
「…何をしている?」
その夜遅く、レイが目覚めるとシンは1人、モニターに向かっていた。
いつもならレイより早く眠ってしまうシンが、夜中に起きだすなど…シンは振り向きもせず「何でもないよ」と答えた。
「…そうか」
レイは光を避けるように壁際を向いた。
「眩しかったか?悪い、すぐ終わる」
シンはしばらく何かしているようだったが、やがて電源を落とし、部屋はまた闇に覆われた。そしてレイをチラリと見、そのまま部屋を出て行った。
レイは寝たふりをしながら、そんなシンの様子を静かに窺っていた。
夜間はロックしてある医務室のインターホンが鳴ったので、夜勤の看護兵が不審そうな顔でドアに近づいてきた。
モニターを見てみると、シンがペコリと頭を下げる。
「あらあら…」
(確かにあの娘の容態はかなり悪いけど、いくらなんでも…)
看護兵は苦笑しながらロックを解除した。
「なあに?こんな時間に…」
その途端、シンは彼女の鳩尾に当身をくらわせ、崩れ落ちた体を支えた。
そのまま彼女を医務室に運び込むと、奥の部屋に寝かせる。
「すみません」
それから素早くステラの元に駆け寄った。
「ステラ…ステラ!」
彼女の耳元で名前を呼ぶと、ステラはゆっくりと眼を開ける。
「…ネオ?」
ステラはネオの名を呼んだが、すぐにシンだと認識した。
シンはすっかりやつれ果てた彼女に優しく笑いかけた。
「帰ろう…俺は約束を守る。ステラを守る」
シンは手早くステラを拘束しているベルトを外すと、彼女を抱き上げた。
ガイアのコックピットで彼女を抱き上げたあの夜に比べて、ステラの体は信じられないくらい軽くなっていた。手の平から零れ落ちる砂のように、まるで命がサラサラと流れていくような気がする。
彼女を抱いたまま人気のない廊下を走り抜け、ハンガーまで辿り着くと、シンは中の様子を窺い、ステラをそこに降ろした。
もはや姿勢すら保持できない彼女を壁にもたれさせ、「すぐ戻ってくるから、ここで待ってて」と言うと、ステラは「うん」と頷いて弱々しく微笑んだ。
自分を信じきっている彼女の頬を優しく撫でると、シンは立ち上がり、ハンガーに向かって走り出した。
(この時間は、ハンガーデッキの警備兵は5人…)
夜勤の整備兵もいるはずだが、連中は実践的な戦闘訓練は受けていない。
シンはインパルスの近くにいた警備兵の背後から近づくと、いきなり首を絞めあげた。わずかな時間でうまく気絶させたのだが、その気配で2人の警備兵に気づかれてしまった。
「貴様!そこで何をしている! 」
「どうした?」
さらにもう1つの入り口付近にも1人…シンは機材に隠れて暗がりを走ったが、怪しい人影を見て警戒した警備兵は銃を構える。
「動くな!」
シンは機材を背に立ち止まった。
銃を構えた兵がそのままゆっくり出て来いと命じる。
「うわ…っ!!」
しかしその時、入り口付近にいたもう1人の兵が叫び声をあげた。
(何だ…?)
シンが見ると、なんとレイが彼らを殴り飛ばしている。
「…え!?」
しかし驚いてばかりもいられない。
シンに銃を向けていた兵がレイに銃を構えなおしたのだ。
「おまえら、何を…!」
後ろを向いた彼に突進したシンは、銃を抑えて何発かぶん殴った。
結局レイと2人ずつ殴ったり気絶させたりして片付け、駆けつけた最後の警備兵には奪い取った銃を向けて武装を解除させた。
夜勤の整備兵たちは案の定、ただ驚いて見ているだけだ。
血の気の多いエイブスがいたらかかってきたかもしれないが、幸いこの夜は彼は夜勤ではない。シンはヴィーノがいる事に気づいたので、驚いている彼に合図をした。レイにはそれが「心配するな」というサインだとわかったが、残念ながらヴィーノには通じず、彼は青い顔をして2人を見つめるばかりだ。
シンは廊下に戻ると、ぐったりしているステラを抱き上げた。
レイは武装解除させた兵を彼自身のベルトで縛り上げると、シンの元に近づく。
まさか優等生のレイがこんなむちゃな自分の手助けをしてくれるとは思わず、シンは彼の意図を測りかねて何も言わずにただ突っ立っていた。
「返すのか?」
荒い息をしている彼女を見てレイは尋ねた。
「ああ…」
レイはステラの額に手をあてると、「ひどい熱だな」と呟く。
「このままじゃ死んでしまう」
シンは止めても無駄だと言うつもりで強い語調で言った。
「その後も、実験動物みたいに…俺は、そんなの…!」
レイは何も言わず、力なく垂れたままのステラの腕を体に乗せてやり、さらに羽織っただけだった自分の上着を脱ぐと、薄着の彼女にかけてやった。
シンはそんなレイの細やかな気遣いを見ながら、ただただ驚くばかりだった。
「おまえは、戻ってくるんだな?」
レイは尋ねた。
その瞬間、彼がこれから何をしようとしているかを悟ったシンは胸が一杯になったが、それを悟られないよう、まるで怒ったような声で返事をした。
「あたりまえだ!」
「厳罰だぞ」
「かまわない」
シンの赤い瞳とレイの青い瞳が交差した。
「なら急げ。ゲートは俺が開けてやる」
くるりと踵を返したレイが手で合図した。
「レイ、けど…」
シンは戸惑いながら聞いた。
「おまえみたいに真面目なヤツが…なんで?」
「どんな命でも…生きられるのなら生きたいだろう」
レイはそうとだけ言って、もう一度「早く行け」と言った。
シンはそれ以上言葉が見つけられず、コアスプレンダーに向かった。
シンの膝の上に抱かれたステラがシンの名を呼ぶ。
「大丈夫だよ。ちょっと我慢して」
シンは安心させるようにステラを軽く抱き締めた。
それからレバーと操縦桿を握り、管制との通信を開く。
「どうしたの?何事なの?」
眠っていたタリアはブリッジからの緊急通信に飛び起きた。
「医務室からエクステンデッドがいないと」
夜勤のバートからの情報に、タリアは驚きの声をあげた。
一方ハンガーではコアスプレンダーが発進しようとしており、ヴィーノたち夜勤の整備兵から連絡を受けて駆けつけたエイブスがロックされた管制室のドアを叩いていた。
「開けろ!くっそー。おい、誰かそこの端末から割り込んで…」
レイはフライヤーとフォースシルエットの発進シークエンスを進めている。
シンは身軽さを考えてコアスプレンダーでいいと言ったのだが、相手は地球軍だ。
万一を考え、「インパルスにしろ」とレイが推し進めた。
「いいぞ、シン」
「レイ」
「なんだ?」
「…ありがとう」
シンは言いそびれた感謝の気持ちを伝えたが、レイの返事はなかった。
「行くよ」
ステラにそう言うと、シンはコアスプレンダーを発進させた。
フライヤーが追いかけてきて合体し、シンは先ほど調べた地球軍艦隊が駐留すると思われるあたりまで戻っていく。空母の行き足を鑑みても、まだスエズまでは戻っていないはずだ…そうあたりをつけたシンは、機体からピックアウトしたガイアのコードを入力し、通信を繋げた。
(もうすぐだ、ステラ…もうすぐ帰れるから…)
シンは見当をつけた座標へと急いだ。
「艦長、インパルスが!」
バートが慌ててブリッジに駆けつけたタリアに報告した。
ハンガーの管制室が占拠されては、ブリッジからのゲート遮蔽もできない。
インパルスは無許可で発進し、整備兵からは警備兵が何人か暴行を受けたと連絡が入っている。まるで嵐のような大騒ぎに、タリアも何が何だかわからない。
とりあえず「管制室を占拠している人物を拘束しなさい」と指示を下す。
その管制室からは、タリアの予想には全く入っていない人物が出てきた。
「おい…レイだぞ?」
「まさか…なんで…」
シンを出撃させたレイにはもはや抵抗の意思などなく、自らロックを外して警備兵を招きいれたのだった。
奥にはレイに殴られて倒れた管制員がおり、警備兵が彼らを助け起こしている。
拘束された彼の姿に、現場を見ていなかった兵たちは驚きを隠せない。
(真面目でおとなしいレイが何だってこんな事を…)
(シンにそそのかされたんじゃないのか?)
(もしかして、あいつに脅されたとか…)
ヒソヒソと噂する兵たちの好奇の目にさらされながら、レイは艦長室へと連行されていった。
騒ぎを聞きつけて起きだして来たアスランとルナマリアも、警備兵に連れられて歩くレイを見守っていた。ルナマリアが「レイ!」と声をかけると、それまで誰とも眼を合わせなかったレイが、チラリと彼女を見た。
穏やかな、いつもと変わらない表情がむしろ事の重大さを感じさせた。
不安げな様子でレイの後姿を見送ったルナマリアが思わずアスランを見る。
アスランは何も言わず、そのままレイの後を追った。
「仕方ないでしょ?こちらには今追える機体が無いんだから」
ブリッジのアーサーから、インパルスは捕捉していますがどうしますかと聞かれて、トレースして見失わないよう指示をしながら、タリアはひどく苛立ち、額に手をあてていた。
艦長室の前でレイと警備兵に追いついたアスランは、タリアに同席を求めた。
「悪いけど、アスランはいいわ」
彼女の答えは先日のシンの時と同じだった。
「ですが…」
「下がって!」
ギロリと不機嫌そうな寝不足の眼で睨まれ、アスランは黙り込んだ。
タリアは警備兵たちも下がらせると、レイと2人きりになった。
それから「ふぅ」とこれ見よがしに深いため息をついた。
「追撃などしなくても、シンは戻ってきます」
レイはいつも通りの顔で、動揺すらなく言った。
タリアはギロリと彼を睨むと、「そんな事はどうでもいいの」と言い捨てた。
「どういうこと、レイ。これもあの人からの指示かしら?」
タリアは忌々しそうに親指を噛んだが、レイは首を振った。
「今回のことは私の一存です。通常の処分をお願いいたします」
エクステンデッドの彼女のデータや、シンが彼女に思いいれているという報告は確かにギルバートには送っている。しかしレイは、それと今回の事は別だと心の中で一線を画していた。自分は純粋に、シンを手伝いたかったのだ。
「シンは彼女を返しに行っただけです。必ず戻ります」
戻ったところで何が待っているかはレイにもわかっていた。
それも含め、シンと共に処分を受けるつもりだった。
(ギルに助けは求めない。これはあくまでも俺の意思で行った、俺の選択だ)
「これは!?」
じきに夜が明けるという頃、夜勤シフトのJ.P.ジョーンズのオペレーターが救難信号を捉えた。
見覚えのあるそのシグナルを見て、彼は急遽ネオ・ロアノーク大佐の部屋に通信を入れた。
「ガイアの識別コードとは。どういうことだ?」
すぐにやって来たネオはモニターを覗き込んだ。
「わかりませんが、ずっとそれで呼び出しを」
ネオは不可解なそのシグナルが確かにガイアと同一ものと確認した。
ガイアが発信しているのか、鹵獲されたガイアのデータを抜き出した別の第三者が打電しているのか…いずれにせよ、確かめる必要があった。
「総員、第二戦闘配備」
ネオはそう命じると、自分のウィンダムを準備させた。
そして「応答してみろ」とオペレーターに伝えた。
座標で待っていたシンは、ようやく応答が返ってくるとほっとし、あらかじめ準備してあった電文を流し始めた。
ネオへ。ステラが待ってる。ポイントS228へ一人で迎えに来てくれ
騒ぎを聞きつけてブリッジにはクルーが集まりつつあったが、この怪しげな電文を読むと皆、ざわついてネオを見た。
「いなくなったあの娘か?」
「罠に決まってます、大佐、危険ですよ」
「いや、逆に待ち伏せを…」
ネオはしばらく考えたが、「まぁ、乗ってみようじゃないか」と言った。
「本当にお1人で行かれるんですか?」
ウィンダムを準備させた将校が心配そうに言った。
「カオスもまだ使えん以上、仕方がないさ。罠だとしても、何かしてみなきゃ何もわからん」
ネオは両手を広げた。
「あとを頼むぞ」
そう言い残し、ネオのウィンダムはランデブーポイントに向かった。
東の空がようやく、明け染めていた。
「待ってて、ステラ…もう少しだから」
シンはコックピットの中でステラを抱き締めていた。
レイが貸してくれた上着でくるみ、冷えないようにしっかりと。
ステラの体は熱く、吐く息までが熱い。なのにずっと震えている。
「きっと、ネオが来てくれるから…」
その名を出すと、ステラは嬉しそうに笑った。
「ネオ…」
ステラにとって「ネオ」というのはよほど大切な人なのだ。
痛々しいその笑顔に胸が詰まる。
(早く…早く迎えにきてやってくれ…)
S228。そこは古代の遺跡が残る小さな岬の突端だった。
ネオは上空から座標を確認すると、モビルスーツがあることを視認した。
「あれは…」
やはりガイアではない。
インパルス…悪鬼羅刹のごとく、オーブ艦を斬り裂いたあいつだ。
しばらく様子を窺ったが、インパルスからの威嚇も攻撃もない。
ネオはウィンダムを着陸させるとハッチを開け、ラダーで降り立った。
それでもインパルスは動かず、ここからは人影も見えない。
「来たぞ!ネオ・ロアノークだ!約束通り一人だぞ!」
ネオは叫んだ。
しばらく待っていると、インパルスの足元から赤服を来た男が現れた。
彼はステラを腕に抱き、燃えるような赤い瞳でネオを睨んでいる。
(こいつが…)
ネオは思ったよりずっと若いインパルスのパイロットを見た。
その時ネオに何かが…突然、不可解な何かが蘇るような感覚があったが、すぐに消えうせてしまった。モビルスーツに乗った、若いパイロット…凄まじく強く、それでいて心優しく、戦いを誰よりも厭うその姿。
それが、ネオの心の奥に眠る何かを刺激したような気がした。
シンは警戒しながらネオの元に近づいた。
ネオは彼の腕の中のやつれきったステラを見て息を呑んだ。
これほどまでに状態の悪い彼女を見たのは初めてだ。
(管理下になければ、すぐに命に関わる障害が出るような連中です)
いつも完璧にメンテナンスされた元気な彼らしか見ていなかったネオは、これまでラボの研究員の言葉を話半分だと思っていた。
けれど目の前のこのステラの状態はどうだ…
(今にも死にそうな、瀕死の状態じゃないか)
「あんたがネオか」
堅い面持ちのまま、シンが相手の名を確認した。
「そうだ。その子は…ステラだろう?ガイアに乗っていた」
ネオは彼女の名前を告げ、自分の素性を証明してみせた。
「ステラ…ネオだ」
シンは疑うような表情を崩さずにステラに彼を見せた。
仮面を被った彼を見たステラが「ネオ…」と弱々しく笑い、首実検が済んだ。
「死なせたくないから…彼女を返す」
「…そうか」
ネオはそう言って腕を伸ばしたが、シンは彼女を抱いたまま後ずさった。
「だから、絶対に約束してくれ」
ネオは黙って聞いている。
「決して、戦争とかモビルスーツとか…そんな、死…」
シンはステラが嫌う言葉…ブロックワードを言いかけて口をつぐんだ。
「…彼女がいやがる事とは絶対遠い、優しくて温かい世界へ返すって」
そんな事も知っているのかと少し驚いて、ネオはこの若い兵とステラの間に一体何があったのかと思いを巡らせた。シンは少し苦しそうに言葉を続ける。
「可哀想なこの子に、2度と戦わせたり、人を殺させたりしないでくれ!」
ネオは彼の瞳を見つめていた。
(その約束を…俺に守れというのか…命令に逆らえない俺に…)
けれど彼の口から出た言葉は、理性より感情に支配されたものだった。
そしてそれは悲しいかな、決してかなわない望みだとネオは知っていた。
「…約束…するよ」
ネオはそう言って思わず唇を噛んだ。自分の二枚舌が恨めしかった。
(本当に、それが守れたらどんなにいいだろうな)
そのまま少し立ち尽くしていたシンは、やがて再び歩き出した。
ステラをネオに差出すシンの眼は、まっすぐ仮面の男を見つめていた。
ネオはもう一度両腕を伸ばして、弱りきったステラを受け取った。
「ステラ」
「…ネオ」
その時の彼女のあまりにも嬉しそうな顔と声が、シンの心をえぐった。
(こんなにも…ステラはこの人に会いたかったんだ)
それを、誰も彼女の想いや人生なんか気にかけず、実験材料やサンプルにしか思わないようなところで、猛獣か何かのように拘束し、放置していた。
(人間なのに…この子だって…人間なのに…)
彼女をこんな体にしたのは連合だが、ザフトとて褒められたものではない。
その矛盾がシンの心を刺した。
「ありがとうと…言っておこうかな」
ネオは彼女にかけられていた赤服を返しながら言った。
「別にそんなのはどうでもいい」
シンは堅く、冷たい声で答えた。
「でも…さっき言ったことは必ず守ってくれ」
シンは一瞬激しい瞳でネオを睨んだ。
「もし守らなかったら…」
「わかってるよ」
守れない約束なんかするもんじゃないが…ネオは仮面の下で眉をひそめた。
それでも、信じたいと思う。
(哀れなこの子の運命が変わることを…)
ネオは「じゃあな」と言い残して自分の機体に戻ろうとした。
「待て!」
シンは2人を追ってくると、ポケットから小瓶を出してステラに渡した。
「ステラがくれたんだ。ステラ、これが好きで…だから…」
ステラはそれを受け取り、「…シン」と彼の名前を呼んだ。
シンはステラの髪を撫でながら優しく言った。
「忘れないで、ステラ。俺、忘れないで…」
2人は見つめあい、ステラはゆっくり手を上げてシンの頬に触れた。
シンは彼女の痩せ細った手を握り締めると、自分の額にそっと押し当てた。
それはまるで、とっくに廃れた古い宗教の「祈りを捧げる姿」のようだった。
そんな彼らの純粋すぎる想いがあまりにも眩しくて、ネオは思わず眼を逸らした。
やがてシンは想いを振り切るように走り出した。
まなじりをひそかに濡らすものがあったが、ぬぐいもせずにシンは走った。
そしてレイの上着を手にしたままコックピットからもう一度2人を見ると、そのまま中に消えた。
インパルスのスラスターがうなり始め、暁の空へと飛び去っていく。
長く重苦しい夜が、ようやく明けようとしていた。
「…シン」
ステラはインパルスが消えた空の彼方をいつまでも見つめていた。
いつまでも、いつまでも見つめていた…
「メインエンジンに深刻な損傷はありません。ですが、火器と船体にはかなりのダメージを負いました」
CIWSの損害率は50%を超え、主砲はムラサメの特攻で1基が大破、ミサイル発射管も多くが破壊されている。
「今戦えと言われたら、僕は誰が何と言おうと白旗を揚げますからね!」
「面白くもない冗談ね、アーサー」
タリアに一蹴され、アーサーはこういう時、自分は常日頃から冗談など言っているつもりは毛頭ないのに、なぜか誰にも信じてもらえないのが不思議だと首を傾げる。
「モビルスーツもセイバー、ウォーリアが大破、ファントムが中破と、厳しい状況です」
「ジブラルタルまでもうあと僅かだというのに…またここで修理と補給待ちというのは辛いけど、仕方ないわね」
タリアは手を振ってもういいわと合図を送った。
「毎度毎度後味の悪い戦闘だわ。敗退したわけでもないのに」
今回はアークエンジェルは攻撃を行わなかった。
けれど、最後まで上空で我々を見ていた。
(さながら、愚かな人間たちを見守る天上界の大天使のごとく…ね)
タリアはちっと舌打ちし、不機嫌そうに席を立った。
「対空、対潜警戒は厳に。あとお願いね」
シャワーでも浴びて気分を変えよう…
タリアはむしゃくしゃした気持ちのまま、部屋に戻った。
タリアがその豊満な体に熱いシャワーを浴びている頃、アークエンジェルではムラサメ部隊の面々がブリッジに迎えられていた。
彼らははじめこそ一列に整列して敬礼していたが、カガリの姿を見るやいなや彼を取り囲み、口々にその無事を喜んだ。
中には男泣きを始める者までいて、キラたちは皆、その中心で困ったように彼らをなだめているカガリを楽しそうに眺めていた。
彼らの望みは、このままアークエンジェルに同行し、カガリの力になりたいという事だった。カガリは困惑し、激戦を潜り抜けた彼らにも故郷で待つ者はいようから、今はひとまず艦隊と共にオーブに帰った方がよいと言う。
けれど彼らの意思は固い。
「いや、しかし…」
「ここまでの責めは自分が負う。既に無い命と思うなら、アークエンジェルへ行けと。今日無念に散った者たちのためにもと」
アマギは背筋を伸ばし、自分たちを後押しした1人の男の言葉を伝えた。
「それが、トダカ一佐の最期の言葉でした」
第二護衛艦群のトダカ一佐…カガリもその名は聞いていた。
多くの兵に慕われる柔和な人物と聞く。前大戦のオーブ危機の際も、キサカは海軍所属の彼や、勇猛で知られるソガ一佐と連絡を取ろうと随分苦労していた。
後でわかった事だが、トダカは最後までオーブに留まって避難民をプラントや中立国に引き渡す任務を全うし、さらには屈辱的な占領後のオーブにおいても連合からの武装解除命令や理不尽な接収命令を一身に背負った人物なのだ。
(オーブはまた、宝を失ったんだな…)
カガリは彼の死を悼み、そのトダカが送り出した兵たちを見た。
「幾度も御命令に背いて戦い、艦と多くの兵の命を失いましたことは、まことにお詫びのしようもございません!」
アマギはそう言って深々と頭を下げた。兵たちも皆頭を下げる。
「ですがどうか、トダカ一佐と我らの苦渋もどうか…!」
それから顔をあげると、彼はもう一度自分たちが心から望む事を訴えた。
「おわかりくださいますのなら、この後は我らもアークエンジェルと共に!どうか!」
カガリはしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「アマギ一尉。謝らねばならないのは、俺の方だ」
「カガリ様…」
「俺が愚かだったばかりに…非力だったばかりに…オーブの…大事な、心ある者たちを失ってしまった」
本当にすまない、とカガリは言った。
「だが、おまえたちが無事でよかった。それは何よりだ」
再び感無量というように自分を取り囲む兵たちを、カガリは押し留めた。
「待て待て。おまえたちをこの艦に迎えるかどうかを決めるのは、俺ではない」
「え?」
当然ながら兵たちが一瞬戸惑うような表情を見せる。
「アークエンジェルは、俺の指揮下にあるわけじゃないんだ」
カガリは穏やかに言った。
「この艦にいる人々は皆、俺の大切な友人であり、大切な仲間だ」
カガリの粋な紹介にクルーたちはふふっと笑い、マリューが言った。
「私たちは皆、カガリくんのために、そしてオーブのためにと、取るものもとりあえず集まりました。彼女…キラさんを中心にして」
「キラ…」
「キラ・ヤマト…」
「フリーダムの…?」
それを聞いた兵たちの間にヒソヒソと言葉が交わされた。
「あなたが…カガリ様の妹君…であられるという?」
アマギが兵たちの疑念を代弁した。
キラはマリューとカガリを見、それからはにかむように頷いた。
「キラ、おまえはどう思う?」
カガリがキラに発言を促した。
キラは困ったように首を傾げたが、やがて思い切って口を開いた。
「今、私たちにわかってるのは…このままじゃ駄目だっていうことだけです」
その途端、兵たちが皆キラの方を向いた。
凝視される事に慣れていないキラは一瞬ためらったが、言葉を続けた。
「…でも、何をどうしたらいいのかは…わからない」
カガリがそんなキラの後押しをするように歩み寄り、隣に立ってくれた。
「多分、ザフトを討ってもだめだし、地球軍を討ってもだめです。だって、そんなことはもう散々やってきたんですから」
その言葉はその場にいる誰もの心に沁み、身に沁みる言葉だった。
前大戦末期のオーブとて、もはや平和で安全な国ではなかったのだから。
「どちらかについてしまえば、どちらかを討つことになってしまう」
アスランは、ザフトについた。オーブは、地球軍についた。
そして彼らは戦った…お互いに、戦う理由など何一つないのに。
「だから憎しみが止まらない。戦いが終わらない…私たちも、戦い続けるから本当はだめなのかもしれません」
キラは一生懸命訴えた。
それは人前で話し慣れていない彼女らしく、たどたどしく、稚拙だったが、けれど一生懸命な言葉は胸を打った。
「私たちは多分みんな…きっとプラントも地球も、幸せに暮らせる世界が欲しいだけなんです」
カガリはその言葉を聞き、ふとパトリック・ザラの最期を思い出した。
あれほどの狂気に囚われた彼のささやかな願いは、あの写真…優しそうな美しい妻と、可愛らしい一人娘のいる世界だったのだ。
(アスラン…おまえは、あの人の幸せな世界の中心にいたんだよ)
皆、本当に願うものなどささやかな、ほんのささやかなものなのだ。
なのにそれがなぜかなわないのだろう…家族がいて、愛する者がいて、小さな幸福を感じられればいいだけなのに。
指輪をしてくれていたアスランを思い出し、カガリは哀しそうに微笑んだ。
「だから…あの…」
一方、なんだか自分が何を言ってるのかわからなくなってきたキラはカガリを仰ぎ見た。カガリはにっこり笑って頷き、勇気をもらったキラは続けた。
「皆さんもそうだって言うんでしたら、あの…」
「無論です、キラ様!」
(キ、キラ様!?)
アマギが力強く頷いて自分を「様」づけで呼んだので、キラはびっくりした。
「仇を討つためとか、ただ戦いたいとか、そのような想いで我らはここに来たのではありません!」
「私たちは、オーブが今、誤って進んでいる道を正させたいのです!」
「我らはオーブの理念を信望したからこそ、軍に身を置いたオーブの軍人です。ならばその、『真実のオーブ』のためにこそ戦いたい!」
アマギの言葉を皮切りに、またしても軍人たちが口々に思いを述べ始めた。
カガリとこの艦と共にと願う彼らの力強い言葉を、マリューたちも静かに聞いていた。
マリューもノイマンもチャンドラも、元は故国のため、地球のためと信じて軍に入った人間だ。生きてきた国や信じた大義は違えども、軍人として職務に臨む姿勢には当然、相通ずるものがある。
だから3人もまた、キラとカガリに頷いてみせた。
自分たちに「異論はない」という意味だ。
「わかりました。失礼なことを言ってすみません」
キラがなんだか偉そうな事を言っちゃって…と恐縮した。
そしてペコリと頭を下げ、「よろしくお願いします」と言うと、アマギたちも慌てて「いえ、こちらこそ!」と全員が最敬礼した。
再び戸惑って振り返るキラを見て、マリューもミリアリアも明るく笑った。
目覚めると、途端に胸に激痛が走った。
けれど呼吸を整えると痛みは遠ざかり、ルナマリアはふうと息をつく。
(ここ…どこ?)
きょろきょろとあたりを見る。
消毒薬や医薬品の香りと、ピッ、ピッと規則的に鳴る機器の音。
カチャカチャという金属器具の音、ぽーんと言うナースコール…
(医務室…?)
ルナマリアは思い至り、ぼんやりした記憶を手繰り寄せた。
(ああ…私、被弾して、怪我をしたんだ…)
足を動かしてみると、どちらも自分の意思を反映してちゃんと動いた。
右腕は大丈夫…左腕は固定されて動かないけれど、指先の感覚はある。
視力も聴力も無事だ。失った器官はない。
ルナマリアは最後に「あー」と声を出してみて、自分がどこも機能不全には陥っていないと確認してほっとした。ただだるさと少しの痛みがうっとうしい。
「あら、眼が覚めた?よかったわね」
彼女が目覚めた事に気づいた看護兵が、バイタルをチェックしてくれた。
ルナマリアはその後やってきた軍医に、いつ頃部屋に戻れるか聞いてみた。
半日ほど様子を見て、自立動作に問題がなければ戻っていいと許可が下りる。
戦闘が終わったばかりでケガ人がまだひきもきらない医務室としては、ベッドがひとつ空くのは大歓迎なのだろう。
時間と共に元気になっていくルナマリアは退屈を感じ、ふと隣のベッドを見た。
そこにはすっかりやつれ、金色の髪も艶を失ってこんこんと眠るステラがいた。
眼の下にはクマができ、頬はこけ、首までガリガリに痩せてしまっている。
(…いつの間にこんなに?)
ルナマリアは痛々しい彼女の姿に驚いた。
シンはこんな風に彼女が弱っていくのを見ていたのだろうか。
(ずっと…この子の傍で…)
そう思うとちくちくと胸が痛んだ。
ルナマリアはきょろきょろと見回し、誰もいないと知るとゆっくり上半身を起こしてみた。
「いたた…」
何度か息をつきながら座り、呼吸を整える。
「うん、大丈夫じゃない…私」
自分を励ますように言うと、それからゆっくりと足を下ろしてみた。
初めは力が入らず、何度か足の裏を地面につけてから立ち上がる。
起立性低血圧を起こして少しくらっとしたが、すぐに元に戻った。
医療機器に掴まりながら恐る恐る歩いてみると、大丈夫そうだった。
そしてカーテンの向こうに寝ている彼女を覗き込んだ。
(わぁ…可愛い子…)
ナチュラルとはいえ、ステラはその中でも群を抜く美少女だった。
やつれてはいるが顔立ちが美しく、笑えばさぞ愛らしいだろうと思う。
シンが彼女の事を抱き締めていた事を思い出し、ルナマリアの心に再び鈍い痛みが走る。彼女のこの弱った様子を見れば、そんな事を考えるのは情けない事だと思いながらも、彼を一途に想う女心は複雑に揺れてしまう。
(私なんか、手を握るのが精一杯だったのに…)
ルナマリアはさらに彼女に近づいてみた。
呼吸は浅く速く、オキシメーターの数値も低い。
「ねぇ、あなた…具合、悪いの?」
ルナマリアがステラの額にそっと手をあてると、熱があった。
(この子は、ガイアに乗ってた敵。だけど、今はこんなに弱々しい…)
その時、突然ステラが眼を開いたので、ルナマリアは驚いて手を引いた。
しかしその途端、グラリとバランスを崩してしまった。
(やばっ…)
転ぶ…!そう思った時、後ろで体を支えてくれた人がいた。
「何してんだよ。危ないだろ」
シンはルナマリアを抱きとめ、怪訝そうに見ていた。
「シン…?」
「眼、覚めたのか」
よかったなと言いながら、シンはそのまま無造作にルナマリアを抱き上げた。
「…っ!?」
思いもかけないお姫様抱っこに、ルナマリアは声も出せない。
シンはルナマリアをベッドに戻すと、「おまえ、重いよ」と言い捨て、カーテンの向こうのステラのもとに戻っていった。
ルナマリアはあまりの事に心臓が飛び出しそうだったが、やがてはっと気づき、「重くないもん!」と抗議した。けれど、心はその言葉とは完全に裏腹だった。
(私…今、シンに抱きあげられた…よね?)
なのにアンダースーツ姿の色気もへったくれもない自分が恨めしい。
もうやだぁ…そう思いながらも、今すぐ駆け出したいような気分だった。
自分を抱き上げたシンの力強い腕と、すぐ眼の前にあった顎のラインや肩に感じた堅い胸板など、垣間見えた彼の男らしさが激しく動悸を誘う。
けれどそんなルナマリアの甘い余韻はすぐにかき消されてしまった。
カーテンの向こうのシンの声が、そこにいる彼女の急変を物語ったからだ。
「ステラ!?どうした?ステラ!大丈夫か?」
「…シン」
彼女も弱々しくシンの名を呼んでいる。
追い討ちをかけるようにピピッ、ピピッと医療機器が不安げな音を立てた。
「シン?大丈夫?」
ルナマリアも驚いて呼びかけたが、シンは何も答えない。
ステラは荒い息をしながら拘束されている腕を弱々しく動かし、空をかいた。
シンはすっかり痩せたその腕を握ってやった。
シンの手には彼女がくれた貝殻が入った瓶があり、ステラはそれに気づいてじっと見つめた。
「あ…これ?きみがくれたやつ。覚えてるの?」
ステラは荒い息をしながら何か言いかけたが、途端に咳き込んだ。
黄色い液が唇から流れ、泡を噴く。はぁはぁと浅い呼吸が苦しそうだ。
「ゴホゴホ…ここ…怖い…ゴホゴホ…」
「ステラ!」
彼女の耳元で名を呼ぶ。そうしないと、消えてしまいそうな気がした。
彼らの声が尋常ではないので、ルナマリアはナースコールを押した。
「シン、今、人を呼んだよ」
シンは「ああ」と返事だけしてステラの手を握り締めていた。
「守るって…」
ステラが苦しそうに身をよじりながら、搾り出すように言った。
「シン…ステラを……守るって…」
シンは何も答えられず、ルナマリアもまた、彼女の言葉に息を呑んでいた。
その時、看護兵がやってきてシャッとカーテンを開けた。
「どいてください!」
彼女はシンを押しやり、またカーテンを閉めた。
シンはよろっと後ろに後ずさってルナマリアのベッドまで来た。
カーテンの向こうからは「シン…」という弱々しい声が聞こえたが、シンもルナマリアも無言のままだ。もとより彼らに何ができようはずもない。
2人はただ黙って、カーテンの向こうの消えかけた命を見守るしかなかった。
「じゃあ、結局またシンがやったのか?敵艦」
セイバーは廃棄処分だろうということになり、仕事がなくなったヴィーノとヨウランは、ようやくオフになったからと急いでルナマリアの見舞いに行きかけていたメイリンを強引に引き止めて、休憩室でたむろしていた。
「敵『艦隊』だよ。もうほとんど」
メイリンは姉が心配で気もそぞろだったが、シンの活躍となると眼を輝かせ、「本当にすごかったんだから!」と彼らに説明した。
「へぇ」
ヴィーノがドリンクを飲みながら感心する。
「なんかすごいよ、シン、この頃。『ミネルバ!ソードシルエット!』とか、ガンガン怒鳴ってくる」
「まぁ確かに、シンはすごいヤツだけどさ」
ヨウランも合いの手を入れた。
「セイバーもザクもボロボロなのに、インパルスはほとんど無傷だもんなぁ」
「うん。もう完璧エースって感じだよ。最近はちょっと…色々あったし、怖い感じもするけど、戦闘中はもう、もっとすごいって感じ」
ヨウランもヴィーノも、姉の見舞いをすっかり忘れてシンの武勇伝を語るメイリンの話に頷いたり感心したりで、すっかり盛り上がっている。
「メイリン?」
その時、3人の後ろから聞き慣れた声がした。
「あ、姉さん!?」
メイリンが驚いてソファから立ち上がり、姉のもとに駆け出した。
「大丈夫?」
ルナマリアは左腕を吊り、上着を肩からかけている。
頭には包帯、顔や首、手足にはガーゼや絆創膏が貼ってあって痛々しい。
しかし本人はいたって元気そうに笑っているのが救いだった。
「『大丈夫?』じゃないわよ、あんたはもう。人が被弾したっていうのに見舞いにも来ないで」
ルナマリアは無事な右手でコツンと弟の額を小突いた。
「ごめん、今行こうとしてたんだ。僕、ずっとオンだったから」
「派手にやられたねぇ、ルナ」
「もう動いても大丈夫なの?」
ヴィーノとヨウランも心配して声をかけた。
「まぁね。平気平気!」
本当は隣にいるステラの容態があまりにも悪いのでいたたまれず、言われた通り半日過ぎたからと医務室を飛び出してきてしまったのだが。
「それより、アスランは?どうしてるか知らない?」
3人はそれを聞いて「ああ…」と顔を見合わせた。
「セイバー、あんなにやられたなんて、私、知らなかった」
ルナマリアは医務室からの道すがら、ハンガーを廻って驚いたのだ。
自分が乗っていたザクウォーリアの破損状態にある程度納得した後、セイバーを見て息を呑んだ。それはまさに「残骸」としか思えなかった。
「ルナが被弾した後の事だからね」
ヴィーノが言う。
「でも、ケガとかはしてないよ。全然無事」
そう…とルナマリアはほっとする。
「今…何してるかは知らないけど」
ヴィーノは無言でパイロットルームに向かうアスランを思い出した。
そういえばあれ以来、彼女の姿を見ていなかった。
「あ、シン!」
その時メイリンが今度はシンがやってきた事に気づき、声をかけた。
「ふらふら歩き回るなよ。またコケるぞ」
そう言ってシンはベンダーでドリンクを買い、ルナマリアに1本投げてよこすとソファに座った。
「ありがと」
片手で上手に受け取ったルナマリアは、礼を言ってから尋ねた。
「ねえ、アスランは?どうしてるか知ってる?」
「ん?いや…派手にやられてたからね、フリーダムに」
既にオーブ艦隊に斬り込んでいたシンはその場面を見なかったが、セイバーの残骸は見た。斬り口の鮮やかさ、そのくせコックピットブロックはほぼ無傷だ。
セイバーのアイカメラが捉えたフリーダムの攻撃データも、「解析してから見せてやるから」と渋る技師に頼み込んでその場で見せてもらったのだが、両手に持ったサーベルが何回振られたのか、何度繰り返して見ても正確にはわからない。
(あの野郎…なんなんだ、あの強さは…)
フリーダムの事を思い出してむすっとしたシンは、ルナマリアに「会ってないの?アスランに」と聞かれて、そういえば彼女にずっと会ってない事を思い出した。
「さぁね。部屋でどーんと落ち込んでんじゃないの」
あれでヘラヘラされても困るけどとシンが肩をすくめた。
「でも…やっぱり、戦ったんだね、アスラン…フリーダムと」
ルナマリアは戦闘前に「彼らと戦うのか」と聞いたことを思い出した。
「戦ったっていうか…」
シンは首を傾げる。
シンが見たのはセイバーのアイカメラに映った映像なので、セイバーの動きは窺い知れないが、機体のデータでも、セイバーは特に射撃等の反撃行動を行っていなかったように思える。
(…まさか、本当に手も足も出なかったのか?)
うーん、とシンは天井を仰ぎながら言った。
「…あんま強くないよね、あの人」
「え?」
「なんであれでFAITHなんだか。昔は強かったってやつ?」
「悪いわよ、そんな言い方」
ルナマリアは声をひそめて諌めたが、確かに最近はシンの活躍こそがミネルバを救っている事は事実だ。自分たちより数段高みにいると思っていたアスランが、フリーダムには完膚なきまでにやられたことは、確かにどこか腑に落ちない。
けれどルナマリアは、アスランが、時に激しく牙を剥いて男の教官や上司でさえ煙たがるシンを恐れることなく、投げ出さず、常に真摯に向かい合っている姿を思い出して呟いた。
「でも…『強さ』だけがFAITHの基準じゃないのかも…」
その言葉を聞いて、シンはまたうーん、と考え込んでいる。
それを見てルナマリアは少し明るくため息をついてみせた。
「あーあ。しっかし今回は美女2人が見事に撃墜されちゃったってわけね」
「美女ねぇ…1人はすっげー重いけど」
「重くないってば!」
口を尖らせて抗議するルナマリアを見て、シンはさも楽しそうに笑った。
「ふんだ!」と顔をそむける彼女の手からドリンクを取って口を開けてやると、すぐに機嫌を直して「ありがと」と素直に礼を言うのがまた可愛かった。
今にも命の灯火が消えてしまいそうなステラと違い、大怪我はしたもののルナマリアがこんなに元気で本当によかったと思って、シンはもう一度笑った。
一方アスランはといえば、まさしくシンの言うとおり、電気もつけずに自室に閉じこもっていた。モニターの光が彼女を照らしているが、アスランの眼はそれを見ておらず、さっき入れたコーヒーにも口をつけていない。
考えるのはキラの言葉だ。
「カガリは、今…泣いている」
アスランはキラが言った言葉を呟いてみた。
あれだけ慕っていた父ウズミが死んだ時ですら、気丈に振舞って他人に涙を見せなかったカガリが、一度だけ泣き崩れたあの時…皮肉屋のディアッカでさえ、あれを見たら帰れないよなと苦笑していた。
それほどオーブを大切に思っている彼が、今の状況に苦しまないはずはない。
(だからあんな行動に出たのだろうし…)
カガリの声を思い出し、ストライクRの姿を思い浮かべると胸が苦しい。
それにキラは、カガリも命を狙われていると言っていた。
代表首長ともなれば暗殺や謀殺など、決してありえない事ではない。
だからこそ自分も、護衛として彼を護っていたのだから。
けれど、そんな彼らに自分は「オーブに帰れ」と言ってしまった。
(なんにもわかってなかったのは、私の方だ)
無意識にカチッとキーを押すとセイバーのデータが現れた。
議長から受け取った機体は再起不能となり、スクラップになった。
その力を、自分の正義に従い、正義を為すために振るえといわれたのに、フリーダムにやすやすと破壊されてしまった。
もちろん、キラは強い。
だが「敗れた」ということ以上に、自分自身の正義が、信じたものがあまりにも薄っぺらいと言われたようで、その方がずっと苦しかった。
もう一度カチッとキーを押すと、そこにはラクス・クラインの偽者を名乗るテロリスト一派がディオキアでシャトルを強奪し、プラントに潜伏しているらしいというニュースが現れた。
議長は断固としてこのような輩を許してはならないと白々しく怒っており、ミーアは「騙された」人々をいたわる悲しみのコメントを発表している。
(ラクス…)
「犯人の一人」とされる画像では、ディオキア宇宙港のカメラに捉えられた「本物」のラクスがにこやかに笑っていた。
(命を狙われるあなたが、プラントに戻って一体何をしようというの?)
―― 敵だというなら、僕を討つか?ザフトのアスラン・ザラ。
「敵じゃない!」
アスランは思わず口を開いた。
その声があまりに大きくて、自分でも驚いてしまった。
(キラも、カガリも、ラクスも…誰も私の敵じゃない)
今度は言葉に出さないように、拳を握り締めて俯く。
(そんなつもりでザフトに戻ったんじゃないのに、どうしてまた…)
アスランは何度目かのため息をついた。
一口も飲まないうちに、コーヒーはとっくに冷たくなっていた。
J.P.ジョーンズでは、ただ一人残されたエクステンデッド、スティング・オークレーの「初期化」が行われていた。
今回はアウルの記憶だけを消すのではなく、最初から全ての記憶を消し、彼に残されるのは戦闘に必要なデータのみにしようというのだ。
記憶を選別する細かな作業がないので、作業としてはその方が手っ取り早いが、記憶量の多いスティングの精神への危険は加速度的に増した。
「何のために戦うのか…」
ネオは3つのゆりかごのうち、空っぽになった2つを見て呟いた。
「は?」
自分に話しかけられたのかと思った研究員が顔を上げる。
「ふ、そんなことを考え始めたら終わりだな、俺たちは」
自嘲気味に言うネオの言っている意味がわからず、研究員は首を傾げた。
ネオは「いいよ、気にしないでくれ」と明るく言うと部屋を出て行った。
しかし、スティングの記憶から消されてしまったステラ・ルーシェはまだ生存していた。はかない蝋燭の灯火のようにあやうく、弱く…
「そう…やっぱりどうにもならない?」
タリアが医務室を訪れ、さらに状態の悪化したステラを見ながら聞く。
臓器機能全体が低下し、ことに心肺機能の低下が甚だしい。
熱も下がらないし、これ以上の治療は困難だと軍医が答えた。
「もう時間の問題です」
この時、いつものようにステラの様子を見にやってきたシンは、偶然にも彼らが交わしているヒソヒソ話を聞いてしまった。
「生きたままで引き渡せればそれに越したことはないのですが…」
軍医の言葉に、シンの背筋がヒヤリと冷たくなる。
「無理ならば、これ以上の延命措置はかえって良くないのではと。解剖しても、正確なデータが取りにくくなるだけですからね」
(…解…剖?)
シンの心臓が激しく鼓動を打ち始めた。
(エクステンデッドだから?その身体の仕組みを知りたいからか?)
壁に寄りかかったシンは首を振った。
(ステラは人間だぞ!)
しかしシンをもっと驚かせたのは艦長のあまりにも冷静な厳しい言葉だった。
「そういうサンプルなら研究所で取ったものがいくらでもあるでしょ?評議会の欲しがっているのは、やはり生きたエクステンデッドなのよ」
そして「やっぱり、生きたまま引き渡したいわ」と言う彼女の言葉を聞き、シンの中にあった艦長への信頼がガラガラと崩れていく。
(わかってるよ…それが艦長の仕事だってことくらい…けど…けど…)
そう思いながらも心は傷つけられ、苦しさと怒りで熱くなった。
「ああ…シンは?まだ来てたりするの?」
その時、タリアが自分の名前を口にしたのでシンはギクリとした。
軍医は「来ますよ、ちょくちょくね」と面白くもなさそうに言った。
「何であんなのに思い入れるんだかわかりませんけどね」
「…そう」
(軍紀違反を犯してまで助けたかった、という事でしょうけど…)
「このまま処置は続けて」と言い残し、タリアは医務室を出た。
廊下には、誰もいなかった。
いい加減部屋ばかりにいてもと思い、アスランは艦を出て海辺にいた。
太陽は既に落ちかけており、春の初めはこのあたりでもまだ冷える。
地中海は穏やかであまり波がない。アスランは波打ち際に歩み寄った。
透き通った水は美しく、砕けた貝殻が重なった海岸線が白く長く続く。
今にも蟹が現れそうな小さな岩場に眼をやり、アスランは少しだけ微笑んだ。
(ジブラルタルまではあと少し…そこまで行けば…私は…)
「あ!」
その時、後ろで驚いたような声がしたので振り返った。
艦長と軍医の話に胸を痛め、気持ちを落ち着かせようと外の空気を吸いに来たシンが、アスランの姿を見て声をあげたのだ。
「シン」
「部屋じゃなくて、こんなとこで落ち込んでたんですか?」
シンがジャリっと砂を踏みしめながら近づいてくる。
「セイバー、見事にやられましたね。お仲間のフリーダムに」
アスランはチラッとシンを見たが、何も言わなかった。
シンは「…ったく」と言いながら腰に手を当てた。
「ルナが心配してましたよ、どうしてるかって。自分もやられてケガしてるくせに」
「…ルナマリアは?」
「元気です。もうとっくに部屋に戻りましたよ」
それを聞いて「そう、よかった」とアスランは言った。
「見舞いにも行かなくて…悪い事をしたわ…」
「呑気なもんですね」
シンはそんなアスランの様子に少し苛立ちを感じてしまう。
「落ち込むより、怒ればいいんだ。悔しくないんですか?」
その言葉を聞き、アスランは諌めるように言った。
「シン、私たちは…」
「喧嘩にいくわけじゃない、って言いたいんでしょう」
シンは頭をかいた。
「そうやって偉そうな顔したって、何もできなきゃ同じです」
「…なんですって?」
アスランがその言葉にややむっとして言い返した。
けれどシンはただアスランに歯向かっているだけではなかった。
「何をしに戻って来たんです?あなたは」
アスランは思った以上に穏やかなシンの赤い瞳に射られた。
「これまで見てきても、悪いのは全部地球軍だ。それと戦うためにザフトに戻ってきたんでしょう?」
自分がザフトに戻った理由をもう一度考え直していたところに、核心を突く痛い言葉を受けてアスランはうっと詰まった。
「あなたは、そんな連中と戦う力を奪われたんですよ、フリーダムに」
シンは圧倒的な存在感を誇る機体を思い出し、忌々しそうに言った。
「なんなんです、あいつら。審判者にでもなったつもりですか」
「彼らは…」
アスランにもうまく言い表せない。
いや、今またキラの言葉に迷っている自分には、永遠に答えなど出せないのかもしれなかった。
「次は、ちゃんと戦いますよね」
アスランはその言葉にはっと気づいてシンを見た。
シンは真っ直ぐアスランを見つめていた。全てお見通しと言うように。
自分には、キラと…もう二度とキラと本気で戦うつもりなどない。
負け惜しみではなく、それはアスランの心の奥底にある本音だった。
アスランが答えずにいると、やがてシンが「あ、そうだ」と言った。
「インパルスに乗ったらどうです?」
「…え?」
全く思ってもみない方角からボールが投げ返されたように、アスランはシンのその言葉に戸惑い、きょとんとして彼を見つめてしまった。
「意外といけるかもしれませんよ。あなたなら」
真顔で言うシンに、アスランは呆れたように言った。
「本気で言ってるの?」
「いや、まぁ、冗談です」
シンが笑ったので、アスランも表情を緩めた。
「…冗談です…ほんの」
そう答えながら、シンの眼は笑ってはいなかった。
彼の表情には何か思いつめたものがあったが、元々他人の感情に疎く、今はさらに自分の想いで精一杯の鈍感なアスランに気づけるはずもない。
「もしかして、励ましてるつもり?」
「俺が?FAITHのあなたを?冗談でしょう」
シンはうんざりしたように軽く手を振った。
「そう思うんだったら、もっとしっかりしてくださいよ」
ルナにしろあなたにしろ、俺は年上の女性のお守りなんかごめんですとシンは肩をすくめ、それから暮れなずむ遥かな水平線に眼を向けた。
「…ミネルバを守れるのは、俺たちパイロットだけなんですから…」
アスランは急に大人びたような表情を見せたシンに驚く反面、何か不可解な違和感がある気もしたが、気のせいだと思い直した。
「…何をしている?」
その夜遅く、レイが目覚めるとシンは1人、モニターに向かっていた。
いつもならレイより早く眠ってしまうシンが、夜中に起きだすなど…シンは振り向きもせず「何でもないよ」と答えた。
「…そうか」
レイは光を避けるように壁際を向いた。
「眩しかったか?悪い、すぐ終わる」
シンはしばらく何かしているようだったが、やがて電源を落とし、部屋はまた闇に覆われた。そしてレイをチラリと見、そのまま部屋を出て行った。
レイは寝たふりをしながら、そんなシンの様子を静かに窺っていた。
夜間はロックしてある医務室のインターホンが鳴ったので、夜勤の看護兵が不審そうな顔でドアに近づいてきた。
モニターを見てみると、シンがペコリと頭を下げる。
「あらあら…」
(確かにあの娘の容態はかなり悪いけど、いくらなんでも…)
看護兵は苦笑しながらロックを解除した。
「なあに?こんな時間に…」
その途端、シンは彼女の鳩尾に当身をくらわせ、崩れ落ちた体を支えた。
そのまま彼女を医務室に運び込むと、奥の部屋に寝かせる。
「すみません」
それから素早くステラの元に駆け寄った。
「ステラ…ステラ!」
彼女の耳元で名前を呼ぶと、ステラはゆっくりと眼を開ける。
「…ネオ?」
ステラはネオの名を呼んだが、すぐにシンだと認識した。
シンはすっかりやつれ果てた彼女に優しく笑いかけた。
「帰ろう…俺は約束を守る。ステラを守る」
シンは手早くステラを拘束しているベルトを外すと、彼女を抱き上げた。
ガイアのコックピットで彼女を抱き上げたあの夜に比べて、ステラの体は信じられないくらい軽くなっていた。手の平から零れ落ちる砂のように、まるで命がサラサラと流れていくような気がする。
彼女を抱いたまま人気のない廊下を走り抜け、ハンガーまで辿り着くと、シンは中の様子を窺い、ステラをそこに降ろした。
もはや姿勢すら保持できない彼女を壁にもたれさせ、「すぐ戻ってくるから、ここで待ってて」と言うと、ステラは「うん」と頷いて弱々しく微笑んだ。
自分を信じきっている彼女の頬を優しく撫でると、シンは立ち上がり、ハンガーに向かって走り出した。
(この時間は、ハンガーデッキの警備兵は5人…)
夜勤の整備兵もいるはずだが、連中は実践的な戦闘訓練は受けていない。
シンはインパルスの近くにいた警備兵の背後から近づくと、いきなり首を絞めあげた。わずかな時間でうまく気絶させたのだが、その気配で2人の警備兵に気づかれてしまった。
「貴様!そこで何をしている! 」
「どうした?」
さらにもう1つの入り口付近にも1人…シンは機材に隠れて暗がりを走ったが、怪しい人影を見て警戒した警備兵は銃を構える。
「動くな!」
シンは機材を背に立ち止まった。
銃を構えた兵がそのままゆっくり出て来いと命じる。
「うわ…っ!!」
しかしその時、入り口付近にいたもう1人の兵が叫び声をあげた。
(何だ…?)
シンが見ると、なんとレイが彼らを殴り飛ばしている。
「…え!?」
しかし驚いてばかりもいられない。
シンに銃を向けていた兵がレイに銃を構えなおしたのだ。
「おまえら、何を…!」
後ろを向いた彼に突進したシンは、銃を抑えて何発かぶん殴った。
結局レイと2人ずつ殴ったり気絶させたりして片付け、駆けつけた最後の警備兵には奪い取った銃を向けて武装を解除させた。
夜勤の整備兵たちは案の定、ただ驚いて見ているだけだ。
血の気の多いエイブスがいたらかかってきたかもしれないが、幸いこの夜は彼は夜勤ではない。シンはヴィーノがいる事に気づいたので、驚いている彼に合図をした。レイにはそれが「心配するな」というサインだとわかったが、残念ながらヴィーノには通じず、彼は青い顔をして2人を見つめるばかりだ。
シンは廊下に戻ると、ぐったりしているステラを抱き上げた。
レイは武装解除させた兵を彼自身のベルトで縛り上げると、シンの元に近づく。
まさか優等生のレイがこんなむちゃな自分の手助けをしてくれるとは思わず、シンは彼の意図を測りかねて何も言わずにただ突っ立っていた。
「返すのか?」
荒い息をしている彼女を見てレイは尋ねた。
「ああ…」
レイはステラの額に手をあてると、「ひどい熱だな」と呟く。
「このままじゃ死んでしまう」
シンは止めても無駄だと言うつもりで強い語調で言った。
「その後も、実験動物みたいに…俺は、そんなの…!」
レイは何も言わず、力なく垂れたままのステラの腕を体に乗せてやり、さらに羽織っただけだった自分の上着を脱ぐと、薄着の彼女にかけてやった。
シンはそんなレイの細やかな気遣いを見ながら、ただただ驚くばかりだった。
「おまえは、戻ってくるんだな?」
レイは尋ねた。
その瞬間、彼がこれから何をしようとしているかを悟ったシンは胸が一杯になったが、それを悟られないよう、まるで怒ったような声で返事をした。
「あたりまえだ!」
「厳罰だぞ」
「かまわない」
シンの赤い瞳とレイの青い瞳が交差した。
「なら急げ。ゲートは俺が開けてやる」
くるりと踵を返したレイが手で合図した。
「レイ、けど…」
シンは戸惑いながら聞いた。
「おまえみたいに真面目なヤツが…なんで?」
「どんな命でも…生きられるのなら生きたいだろう」
レイはそうとだけ言って、もう一度「早く行け」と言った。
シンはそれ以上言葉が見つけられず、コアスプレンダーに向かった。
シンの膝の上に抱かれたステラがシンの名を呼ぶ。
「大丈夫だよ。ちょっと我慢して」
シンは安心させるようにステラを軽く抱き締めた。
それからレバーと操縦桿を握り、管制との通信を開く。
「どうしたの?何事なの?」
眠っていたタリアはブリッジからの緊急通信に飛び起きた。
「医務室からエクステンデッドがいないと」
夜勤のバートからの情報に、タリアは驚きの声をあげた。
一方ハンガーではコアスプレンダーが発進しようとしており、ヴィーノたち夜勤の整備兵から連絡を受けて駆けつけたエイブスがロックされた管制室のドアを叩いていた。
「開けろ!くっそー。おい、誰かそこの端末から割り込んで…」
レイはフライヤーとフォースシルエットの発進シークエンスを進めている。
シンは身軽さを考えてコアスプレンダーでいいと言ったのだが、相手は地球軍だ。
万一を考え、「インパルスにしろ」とレイが推し進めた。
「いいぞ、シン」
「レイ」
「なんだ?」
「…ありがとう」
シンは言いそびれた感謝の気持ちを伝えたが、レイの返事はなかった。
「行くよ」
ステラにそう言うと、シンはコアスプレンダーを発進させた。
フライヤーが追いかけてきて合体し、シンは先ほど調べた地球軍艦隊が駐留すると思われるあたりまで戻っていく。空母の行き足を鑑みても、まだスエズまでは戻っていないはずだ…そうあたりをつけたシンは、機体からピックアウトしたガイアのコードを入力し、通信を繋げた。
(もうすぐだ、ステラ…もうすぐ帰れるから…)
シンは見当をつけた座標へと急いだ。
「艦長、インパルスが!」
バートが慌ててブリッジに駆けつけたタリアに報告した。
ハンガーの管制室が占拠されては、ブリッジからのゲート遮蔽もできない。
インパルスは無許可で発進し、整備兵からは警備兵が何人か暴行を受けたと連絡が入っている。まるで嵐のような大騒ぎに、タリアも何が何だかわからない。
とりあえず「管制室を占拠している人物を拘束しなさい」と指示を下す。
その管制室からは、タリアの予想には全く入っていない人物が出てきた。
「おい…レイだぞ?」
「まさか…なんで…」
シンを出撃させたレイにはもはや抵抗の意思などなく、自らロックを外して警備兵を招きいれたのだった。
奥にはレイに殴られて倒れた管制員がおり、警備兵が彼らを助け起こしている。
拘束された彼の姿に、現場を見ていなかった兵たちは驚きを隠せない。
(真面目でおとなしいレイが何だってこんな事を…)
(シンにそそのかされたんじゃないのか?)
(もしかして、あいつに脅されたとか…)
ヒソヒソと噂する兵たちの好奇の目にさらされながら、レイは艦長室へと連行されていった。
騒ぎを聞きつけて起きだして来たアスランとルナマリアも、警備兵に連れられて歩くレイを見守っていた。ルナマリアが「レイ!」と声をかけると、それまで誰とも眼を合わせなかったレイが、チラリと彼女を見た。
穏やかな、いつもと変わらない表情がむしろ事の重大さを感じさせた。
不安げな様子でレイの後姿を見送ったルナマリアが思わずアスランを見る。
アスランは何も言わず、そのままレイの後を追った。
「仕方ないでしょ?こちらには今追える機体が無いんだから」
ブリッジのアーサーから、インパルスは捕捉していますがどうしますかと聞かれて、トレースして見失わないよう指示をしながら、タリアはひどく苛立ち、額に手をあてていた。
艦長室の前でレイと警備兵に追いついたアスランは、タリアに同席を求めた。
「悪いけど、アスランはいいわ」
彼女の答えは先日のシンの時と同じだった。
「ですが…」
「下がって!」
ギロリと不機嫌そうな寝不足の眼で睨まれ、アスランは黙り込んだ。
タリアは警備兵たちも下がらせると、レイと2人きりになった。
それから「ふぅ」とこれ見よがしに深いため息をついた。
「追撃などしなくても、シンは戻ってきます」
レイはいつも通りの顔で、動揺すらなく言った。
タリアはギロリと彼を睨むと、「そんな事はどうでもいいの」と言い捨てた。
「どういうこと、レイ。これもあの人からの指示かしら?」
タリアは忌々しそうに親指を噛んだが、レイは首を振った。
「今回のことは私の一存です。通常の処分をお願いいたします」
エクステンデッドの彼女のデータや、シンが彼女に思いいれているという報告は確かにギルバートには送っている。しかしレイは、それと今回の事は別だと心の中で一線を画していた。自分は純粋に、シンを手伝いたかったのだ。
「シンは彼女を返しに行っただけです。必ず戻ります」
戻ったところで何が待っているかはレイにもわかっていた。
それも含め、シンと共に処分を受けるつもりだった。
(ギルに助けは求めない。これはあくまでも俺の意思で行った、俺の選択だ)
「これは!?」
じきに夜が明けるという頃、夜勤シフトのJ.P.ジョーンズのオペレーターが救難信号を捉えた。
見覚えのあるそのシグナルを見て、彼は急遽ネオ・ロアノーク大佐の部屋に通信を入れた。
「ガイアの識別コードとは。どういうことだ?」
すぐにやって来たネオはモニターを覗き込んだ。
「わかりませんが、ずっとそれで呼び出しを」
ネオは不可解なそのシグナルが確かにガイアと同一ものと確認した。
ガイアが発信しているのか、鹵獲されたガイアのデータを抜き出した別の第三者が打電しているのか…いずれにせよ、確かめる必要があった。
「総員、第二戦闘配備」
ネオはそう命じると、自分のウィンダムを準備させた。
そして「応答してみろ」とオペレーターに伝えた。
座標で待っていたシンは、ようやく応答が返ってくるとほっとし、あらかじめ準備してあった電文を流し始めた。
ネオへ。ステラが待ってる。ポイントS228へ一人で迎えに来てくれ
騒ぎを聞きつけてブリッジにはクルーが集まりつつあったが、この怪しげな電文を読むと皆、ざわついてネオを見た。
「いなくなったあの娘か?」
「罠に決まってます、大佐、危険ですよ」
「いや、逆に待ち伏せを…」
ネオはしばらく考えたが、「まぁ、乗ってみようじゃないか」と言った。
「本当にお1人で行かれるんですか?」
ウィンダムを準備させた将校が心配そうに言った。
「カオスもまだ使えん以上、仕方がないさ。罠だとしても、何かしてみなきゃ何もわからん」
ネオは両手を広げた。
「あとを頼むぞ」
そう言い残し、ネオのウィンダムはランデブーポイントに向かった。
東の空がようやく、明け染めていた。
「待ってて、ステラ…もう少しだから」
シンはコックピットの中でステラを抱き締めていた。
レイが貸してくれた上着でくるみ、冷えないようにしっかりと。
ステラの体は熱く、吐く息までが熱い。なのにずっと震えている。
「きっと、ネオが来てくれるから…」
その名を出すと、ステラは嬉しそうに笑った。
「ネオ…」
ステラにとって「ネオ」というのはよほど大切な人なのだ。
痛々しいその笑顔に胸が詰まる。
(早く…早く迎えにきてやってくれ…)
S228。そこは古代の遺跡が残る小さな岬の突端だった。
ネオは上空から座標を確認すると、モビルスーツがあることを視認した。
「あれは…」
やはりガイアではない。
インパルス…悪鬼羅刹のごとく、オーブ艦を斬り裂いたあいつだ。
しばらく様子を窺ったが、インパルスからの威嚇も攻撃もない。
ネオはウィンダムを着陸させるとハッチを開け、ラダーで降り立った。
それでもインパルスは動かず、ここからは人影も見えない。
「来たぞ!ネオ・ロアノークだ!約束通り一人だぞ!」
ネオは叫んだ。
しばらく待っていると、インパルスの足元から赤服を来た男が現れた。
彼はステラを腕に抱き、燃えるような赤い瞳でネオを睨んでいる。
(こいつが…)
ネオは思ったよりずっと若いインパルスのパイロットを見た。
その時ネオに何かが…突然、不可解な何かが蘇るような感覚があったが、すぐに消えうせてしまった。モビルスーツに乗った、若いパイロット…凄まじく強く、それでいて心優しく、戦いを誰よりも厭うその姿。
それが、ネオの心の奥に眠る何かを刺激したような気がした。
シンは警戒しながらネオの元に近づいた。
ネオは彼の腕の中のやつれきったステラを見て息を呑んだ。
これほどまでに状態の悪い彼女を見たのは初めてだ。
(管理下になければ、すぐに命に関わる障害が出るような連中です)
いつも完璧にメンテナンスされた元気な彼らしか見ていなかったネオは、これまでラボの研究員の言葉を話半分だと思っていた。
けれど目の前のこのステラの状態はどうだ…
(今にも死にそうな、瀕死の状態じゃないか)
「あんたがネオか」
堅い面持ちのまま、シンが相手の名を確認した。
「そうだ。その子は…ステラだろう?ガイアに乗っていた」
ネオは彼女の名前を告げ、自分の素性を証明してみせた。
「ステラ…ネオだ」
シンは疑うような表情を崩さずにステラに彼を見せた。
仮面を被った彼を見たステラが「ネオ…」と弱々しく笑い、首実検が済んだ。
「死なせたくないから…彼女を返す」
「…そうか」
ネオはそう言って腕を伸ばしたが、シンは彼女を抱いたまま後ずさった。
「だから、絶対に約束してくれ」
ネオは黙って聞いている。
「決して、戦争とかモビルスーツとか…そんな、死…」
シンはステラが嫌う言葉…ブロックワードを言いかけて口をつぐんだ。
「…彼女がいやがる事とは絶対遠い、優しくて温かい世界へ返すって」
そんな事も知っているのかと少し驚いて、ネオはこの若い兵とステラの間に一体何があったのかと思いを巡らせた。シンは少し苦しそうに言葉を続ける。
「可哀想なこの子に、2度と戦わせたり、人を殺させたりしないでくれ!」
ネオは彼の瞳を見つめていた。
(その約束を…俺に守れというのか…命令に逆らえない俺に…)
けれど彼の口から出た言葉は、理性より感情に支配されたものだった。
そしてそれは悲しいかな、決してかなわない望みだとネオは知っていた。
「…約束…するよ」
ネオはそう言って思わず唇を噛んだ。自分の二枚舌が恨めしかった。
(本当に、それが守れたらどんなにいいだろうな)
そのまま少し立ち尽くしていたシンは、やがて再び歩き出した。
ステラをネオに差出すシンの眼は、まっすぐ仮面の男を見つめていた。
ネオはもう一度両腕を伸ばして、弱りきったステラを受け取った。
「ステラ」
「…ネオ」
その時の彼女のあまりにも嬉しそうな顔と声が、シンの心をえぐった。
(こんなにも…ステラはこの人に会いたかったんだ)
それを、誰も彼女の想いや人生なんか気にかけず、実験材料やサンプルにしか思わないようなところで、猛獣か何かのように拘束し、放置していた。
(人間なのに…この子だって…人間なのに…)
彼女をこんな体にしたのは連合だが、ザフトとて褒められたものではない。
その矛盾がシンの心を刺した。
「ありがとうと…言っておこうかな」
ネオは彼女にかけられていた赤服を返しながら言った。
「別にそんなのはどうでもいい」
シンは堅く、冷たい声で答えた。
「でも…さっき言ったことは必ず守ってくれ」
シンは一瞬激しい瞳でネオを睨んだ。
「もし守らなかったら…」
「わかってるよ」
守れない約束なんかするもんじゃないが…ネオは仮面の下で眉をひそめた。
それでも、信じたいと思う。
(哀れなこの子の運命が変わることを…)
ネオは「じゃあな」と言い残して自分の機体に戻ろうとした。
「待て!」
シンは2人を追ってくると、ポケットから小瓶を出してステラに渡した。
「ステラがくれたんだ。ステラ、これが好きで…だから…」
ステラはそれを受け取り、「…シン」と彼の名前を呼んだ。
シンはステラの髪を撫でながら優しく言った。
「忘れないで、ステラ。俺、忘れないで…」
2人は見つめあい、ステラはゆっくり手を上げてシンの頬に触れた。
シンは彼女の痩せ細った手を握り締めると、自分の額にそっと押し当てた。
それはまるで、とっくに廃れた古い宗教の「祈りを捧げる姿」のようだった。
そんな彼らの純粋すぎる想いがあまりにも眩しくて、ネオは思わず眼を逸らした。
やがてシンは想いを振り切るように走り出した。
まなじりをひそかに濡らすものがあったが、ぬぐいもせずにシンは走った。
そしてレイの上着を手にしたままコックピットからもう一度2人を見ると、そのまま中に消えた。
インパルスのスラスターがうなり始め、暁の空へと飛び去っていく。
長く重苦しい夜が、ようやく明けようとしていた。
「…シン」
ステラはインパルスが消えた空の彼方をいつまでも見つめていた。
いつまでも、いつまでも見つめていた…
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制作裏話-PHASE30-
大きな戦闘が終わり、総集編も終わり、いよいよ30話台に突入です。シンがすっかり弱って死に掛けているステラをネオに返すという、種でキラがやったラクスを返す話と同じ構図です。
しかしシンはキラと違って軍人であり、ステラもラクスと違って軍人なので、種とは違う着地をします。しかも相変わらずバカな制作陣が、なぜか「シンの成長」ではなく、「シンの増長」などというわけのわからない結末にしたため、この話はシンを擁護する人にとってもなかなか辛い話になってしまっています。逆転ではこうした破綻した物語と貶められたシンのサルベージも一つの挑戦でした。
大きな改変は、本編ではただ起き上がっておしまいだったルナマリアの描写です。自分の体に失われたものがないと確認したルナマリアは、隣に寝ているステラに興味を持ちます。せっかく隣にいるんですから、ヒロイン同士の関わりも欲しいじゃないですか。ナチュラルながら美少女であるステラを見て、ルナマリアは具合が悪そうと心配する反面、彼女に惹かれ、つききりのシンを思ってチクチクしてしまいます。
そんな悶々としている彼女がよろけてしまったその時、シンが彼女を支え、お姫様抱っこしてくれるのです。そりゃもうルナマリアもシンの力強さにドキドキですね。ドキドキ過ぎて、シンがもう「人と触れ合う事を嫌がっていない」事に気づかないくらいです。
ルナマリアにはこの後も元気さと明るさを振りまいてもらい、本人が気づかないところでシンを癒してもらっています。健やかで可愛いルナマリアは、彼女の「明るさ」こそがシンが一番喜ぶ最大の魅力であるとは知らないんですね。
また、本編では相変わらず全くの描写不足だったアスランが落ち込む様子を描き出しました。キラやカガリやラクスを思い出し、自分のしてきたこと、なすべき事を考える様子を入れ込めば、アスランもあそこまでダメキャラ扱いされずに済んだと思うんですよ。もう何度も言ってるけど、制作陣はなんでこんな簡単な事ができなかったのか全くわかりません。
一方アークエンジェルでは、オーブの軍人さんたちのカガリ様バンザイ祭が開催中です。ここはセリフや雰囲気は本編準拠なのですが、大きく変えた点があります。
逆転のカガリがベソベソ泣くだけの本編のようなバカ丸出しキャラでない事はもちろんですが(ここでも本編のカガリは泣く事泣く事…もういい加減にしろと言いたい)、アークエンジェルがカガリの直轄部隊などではなく、「大切な友人であり、仲間である」と言わせた事です。トダカはともかく、オーブの軍人さんたちは絶対こう思ってたと思うんですよ。逆転のカガリはそれをはっきりと否定します。これは、これまで彼らに後押しされ、支えられてきた逆転のカガリならではのセリフになったと思います。こう言ってもらえたなら、マリューたちもきっと嬉しかったはずですし、それに何よりこれによって、本編では「なんでおめーが偉そうな事言ってんだよ」とムカつかせたキラが発言した理由になるでしょう。アマギの「キラ様!」は、本編では「キラ様の・キラ様による・キラ様のための」ヒビキ帝国建国計画の始まりでしたから。
アスランとシンの会話シーンも大幅に変えています。
本編では相変わらずシンはアスランに噛み付くばかりで会話らしい会話になっていなかったのですが、逆転のシンはバカではないので、さりげなくアスランに発破をかけ、励ましたりするのです。
PHASE17の2人の会話(喧嘩をしに行くわけじゃない)もちゃんと取り込んでますし、何より、「落ち込むより怒ればいい」というのはシンらしくていいなと思っています。その理由も、ただ負けたからではなく、フリーダムに「地球軍と戦う力を奪われた」んだから、というのが逆転のシンらしいでしょう。逆転のシンはバカじゃないんです。しつこいけど何度でも言うぞ。
制作裏話的には、私はこのあたりからシンを徐々に大人びさせています。青年へと成長していくシンは、やがて深い哀しみを知り、悲惨な現実を知り、大人の偽りを知り、抱くべき希望を知り、守るべき本当の愛を知る。そして耐え難い痛みと敗北を乗り越え、再び立ち上がって前進する、そんなガンダム乗りの主人公を描きたかったのです。私は本編のキラにはあまりこういう可能性を感じませんが(アンチのせいもあるけど)、シンにはこうした可能性を非常に感じるのです。
なおこの時、直前に艦長と軍医がステラを実験動物扱いしている会話を聞いてしまったシンは、ある決意をしています。これは本編には全くなかった設定ですが、もし勝手な捕虜返還などをすれば極刑に値する重罪であるとシンが自覚しており、それを覚悟していた証としたかったのです。これはキラとシンが同じ事をしても、絶対的な違いとして描きたい点でした。死刑を宣告されてガビーンとなったキラと違い、自分の信義を貫くために、シンは極刑すら受ける覚悟でいます。
けれど、自分が捕えられればインパルスの乗り手はいなくなり、ミネルバの守り手がいなくなる事にも思いを馳せています。そしてその役目を託せるのは、シンにとってはアスランしかいないのです。シンとアスランにはこんな師弟関係を築いて欲しかったし、築くものだと思っていた頃が私にもありました(完全な勘違いだったけど)
本編ではキラに負けたアスランを「あんま強くないね、あの人。昔は強かったってヤツ?」とあっさり言い放ったシンがまたえらく叩かれたので(ホント、一体どうして制作陣は…)、私はただそれだけではなく、方法も考え方も間違ってはいるのだけれど、覚悟を決め、ステラを守るという約束を命懸けで守ろうとするシンを描きたかったのです。
自分亡き後は、インパルスでミネルバを守って欲しい…
冗談めかしつつも、悲壮な覚悟で信頼を口にしたシンの様子に気づかないのも、他人の変化に気づかず、鈍感なアスランらしい。こうやって徐々に近づく二人の決裂を演出しています。
シンを手助けするレイにも、本編とは違い、自分の意思で彼を助けると言わせています。レイはここではいいヤツだったのに、アスラン脱走のあたりからは何だかわけのわからんキャラになってしまったので、逆転では当然、サルベージ対象です。シンを操るなんて事もありませんし、むしろシンが議長に反抗して消される事を心配します。
なのでここでは弱っているステラを気遣い、彼女に自分の赤服をかけてやるという紳士的行為をしてもらいました。レイの優しさをちょっと出したかったのです。
それに本編でも気になってたんですよね、ステラ、薄着だったから。本編のレイは拘束されて牢にぶち込まれるまでずっとアンダーシャツ姿でしたから、ここで赤服を貸してもいいんじゃないかなと。彼の赤服を手にして、夜明けの空を背景にコックピットに立ってネオとステラを見つめるシンの姿もイメージとして浮かびました(ちなみに、このレイの赤服には思いがけず、次のPHASEでも役に立ってもらえました)
なお、本編ではステラをストレッチャーのまま運ぶという色気もへったくれもない状態だったので(つーかそんなん目立ち過ぎてすぐばれるやろ!)、シンにはステラを抱いて走ってもらいました。もちろん、ルナマリアよりは軽いです(「重くないもん!」<ルナマリア)そうそう、ルナマリアにジュースをおごるシンも、彼女をからかいながらも飲み口を開けてやるシンも気に入ってます。このPHASEはシンの男らしさも結構強調してますよ。
ステラをネオに返す時のシンは本編より凛々しく、格好よく書くよう心がけました。敵である地球軍と相対するわけですから命懸けです。伏兵が潜んでいないとも限りません。その緊迫感を持たせながら、シンは純粋にステラを死なせたくないから返すといいます。この後、その想いを完璧に裏切るネオに言葉の刃を投げつけさせるつもりで書いています。そりゃネオも思わず顔を背けたくなりますよ。
ステラのブロックワードにも気づいている(「ブロックワード」という存在そのものではなく、ステラのパニックを引き起こす言葉があるらしいと気づいている、という表現です)シンの頭の良さと、最後にステラの手を祈るように額に押し当てる姿も気に入っています。
シン、立派な主役ですね。
しかしシンはキラと違って軍人であり、ステラもラクスと違って軍人なので、種とは違う着地をします。しかも相変わらずバカな制作陣が、なぜか「シンの成長」ではなく、「シンの増長」などというわけのわからない結末にしたため、この話はシンを擁護する人にとってもなかなか辛い話になってしまっています。逆転ではこうした破綻した物語と貶められたシンのサルベージも一つの挑戦でした。
大きな改変は、本編ではただ起き上がっておしまいだったルナマリアの描写です。自分の体に失われたものがないと確認したルナマリアは、隣に寝ているステラに興味を持ちます。せっかく隣にいるんですから、ヒロイン同士の関わりも欲しいじゃないですか。ナチュラルながら美少女であるステラを見て、ルナマリアは具合が悪そうと心配する反面、彼女に惹かれ、つききりのシンを思ってチクチクしてしまいます。
そんな悶々としている彼女がよろけてしまったその時、シンが彼女を支え、お姫様抱っこしてくれるのです。そりゃもうルナマリアもシンの力強さにドキドキですね。ドキドキ過ぎて、シンがもう「人と触れ合う事を嫌がっていない」事に気づかないくらいです。
ルナマリアにはこの後も元気さと明るさを振りまいてもらい、本人が気づかないところでシンを癒してもらっています。健やかで可愛いルナマリアは、彼女の「明るさ」こそがシンが一番喜ぶ最大の魅力であるとは知らないんですね。
また、本編では相変わらず全くの描写不足だったアスランが落ち込む様子を描き出しました。キラやカガリやラクスを思い出し、自分のしてきたこと、なすべき事を考える様子を入れ込めば、アスランもあそこまでダメキャラ扱いされずに済んだと思うんですよ。もう何度も言ってるけど、制作陣はなんでこんな簡単な事ができなかったのか全くわかりません。
一方アークエンジェルでは、オーブの軍人さんたちのカガリ様バンザイ祭が開催中です。ここはセリフや雰囲気は本編準拠なのですが、大きく変えた点があります。
逆転のカガリがベソベソ泣くだけの本編のようなバカ丸出しキャラでない事はもちろんですが(ここでも本編のカガリは泣く事泣く事…もういい加減にしろと言いたい)、アークエンジェルがカガリの直轄部隊などではなく、「大切な友人であり、仲間である」と言わせた事です。トダカはともかく、オーブの軍人さんたちは絶対こう思ってたと思うんですよ。逆転のカガリはそれをはっきりと否定します。これは、これまで彼らに後押しされ、支えられてきた逆転のカガリならではのセリフになったと思います。こう言ってもらえたなら、マリューたちもきっと嬉しかったはずですし、それに何よりこれによって、本編では「なんでおめーが偉そうな事言ってんだよ」とムカつかせたキラが発言した理由になるでしょう。アマギの「キラ様!」は、本編では「キラ様の・キラ様による・キラ様のための」ヒビキ帝国建国計画の始まりでしたから。
アスランとシンの会話シーンも大幅に変えています。
本編では相変わらずシンはアスランに噛み付くばかりで会話らしい会話になっていなかったのですが、逆転のシンはバカではないので、さりげなくアスランに発破をかけ、励ましたりするのです。
PHASE17の2人の会話(喧嘩をしに行くわけじゃない)もちゃんと取り込んでますし、何より、「落ち込むより怒ればいい」というのはシンらしくていいなと思っています。その理由も、ただ負けたからではなく、フリーダムに「地球軍と戦う力を奪われた」んだから、というのが逆転のシンらしいでしょう。逆転のシンはバカじゃないんです。しつこいけど何度でも言うぞ。
制作裏話的には、私はこのあたりからシンを徐々に大人びさせています。青年へと成長していくシンは、やがて深い哀しみを知り、悲惨な現実を知り、大人の偽りを知り、抱くべき希望を知り、守るべき本当の愛を知る。そして耐え難い痛みと敗北を乗り越え、再び立ち上がって前進する、そんなガンダム乗りの主人公を描きたかったのです。私は本編のキラにはあまりこういう可能性を感じませんが(アンチのせいもあるけど)、シンにはこうした可能性を非常に感じるのです。
なおこの時、直前に艦長と軍医がステラを実験動物扱いしている会話を聞いてしまったシンは、ある決意をしています。これは本編には全くなかった設定ですが、もし勝手な捕虜返還などをすれば極刑に値する重罪であるとシンが自覚しており、それを覚悟していた証としたかったのです。これはキラとシンが同じ事をしても、絶対的な違いとして描きたい点でした。死刑を宣告されてガビーンとなったキラと違い、自分の信義を貫くために、シンは極刑すら受ける覚悟でいます。
けれど、自分が捕えられればインパルスの乗り手はいなくなり、ミネルバの守り手がいなくなる事にも思いを馳せています。そしてその役目を託せるのは、シンにとってはアスランしかいないのです。シンとアスランにはこんな師弟関係を築いて欲しかったし、築くものだと思っていた頃が私にもありました(完全な勘違いだったけど)
本編ではキラに負けたアスランを「あんま強くないね、あの人。昔は強かったってヤツ?」とあっさり言い放ったシンがまたえらく叩かれたので(ホント、一体どうして制作陣は…)、私はただそれだけではなく、方法も考え方も間違ってはいるのだけれど、覚悟を決め、ステラを守るという約束を命懸けで守ろうとするシンを描きたかったのです。
自分亡き後は、インパルスでミネルバを守って欲しい…
冗談めかしつつも、悲壮な覚悟で信頼を口にしたシンの様子に気づかないのも、他人の変化に気づかず、鈍感なアスランらしい。こうやって徐々に近づく二人の決裂を演出しています。
シンを手助けするレイにも、本編とは違い、自分の意思で彼を助けると言わせています。レイはここではいいヤツだったのに、アスラン脱走のあたりからは何だかわけのわからんキャラになってしまったので、逆転では当然、サルベージ対象です。シンを操るなんて事もありませんし、むしろシンが議長に反抗して消される事を心配します。
なのでここでは弱っているステラを気遣い、彼女に自分の赤服をかけてやるという紳士的行為をしてもらいました。レイの優しさをちょっと出したかったのです。
それに本編でも気になってたんですよね、ステラ、薄着だったから。本編のレイは拘束されて牢にぶち込まれるまでずっとアンダーシャツ姿でしたから、ここで赤服を貸してもいいんじゃないかなと。彼の赤服を手にして、夜明けの空を背景にコックピットに立ってネオとステラを見つめるシンの姿もイメージとして浮かびました(ちなみに、このレイの赤服には思いがけず、次のPHASEでも役に立ってもらえました)
なお、本編ではステラをストレッチャーのまま運ぶという色気もへったくれもない状態だったので(つーかそんなん目立ち過ぎてすぐばれるやろ!)、シンにはステラを抱いて走ってもらいました。もちろん、ルナマリアよりは軽いです(「重くないもん!」<ルナマリア)そうそう、ルナマリアにジュースをおごるシンも、彼女をからかいながらも飲み口を開けてやるシンも気に入ってます。このPHASEはシンの男らしさも結構強調してますよ。
ステラをネオに返す時のシンは本編より凛々しく、格好よく書くよう心がけました。敵である地球軍と相対するわけですから命懸けです。伏兵が潜んでいないとも限りません。その緊迫感を持たせながら、シンは純粋にステラを死なせたくないから返すといいます。この後、その想いを完璧に裏切るネオに言葉の刃を投げつけさせるつもりで書いています。そりゃネオも思わず顔を背けたくなりますよ。
ステラのブロックワードにも気づいている(「ブロックワード」という存在そのものではなく、ステラのパニックを引き起こす言葉があるらしいと気づいている、という表現です)シンの頭の良さと、最後にステラの手を祈るように額に押し当てる姿も気に入っています。
シン、立派な主役ですね。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
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