機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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「シン・アスカ!軍法第三条G項他の違反により、きみを逮捕する!」
戻ってきたシンを待っていたのは、冷たく向けられた銃口だった。
シンはおとなしく両手を前に出し、そのまま電子錠をはめられる。
ステラを無事に返したシンが今想うことは、自分を助けてくれたレイはどうしたかという事だけだった。コックピットにはレイの赤服が残っている。
シンは自分を連行する警備兵に「上着を…」と言いかけたが、仲間を打ち倒された彼は忌々しそうにシンを睨み、「黙って歩け!」と命じた。
シンは黙り、インパルスを見上げる。
(じゃあな、インパルス…)
ヴィーノが心配そうに見つめる中、シンは艦長室に連行されて行った。
「シン!」
艦長室の前ではルナマリアとアスランが待っていた。
腕を吊り、まだガーゼや包帯などが目立つルナマリアが真っ青な顔でシンに駆け寄ろうとしたが、警備兵に制止された。
「シン、なんで…」
言葉が続かないが、涙ぐむ深く青い瞳は、なぜこんな事をと言っている。
アスランもまた、ルナマリアの肩をそっと引いてシンを見つめた。
シンは2人から目を離すと、真っ直ぐ前を向いた。
「失礼します。シン・アスカを逮捕、連行しました」
戻ってきたシンを待っていたのは、冷たく向けられた銃口だった。
シンはおとなしく両手を前に出し、そのまま電子錠をはめられる。
ステラを無事に返したシンが今想うことは、自分を助けてくれたレイはどうしたかという事だけだった。コックピットにはレイの赤服が残っている。
シンは自分を連行する警備兵に「上着を…」と言いかけたが、仲間を打ち倒された彼は忌々しそうにシンを睨み、「黙って歩け!」と命じた。
シンは黙り、インパルスを見上げる。
(じゃあな、インパルス…)
ヴィーノが心配そうに見つめる中、シンは艦長室に連行されて行った。
「シン!」
艦長室の前ではルナマリアとアスランが待っていた。
腕を吊り、まだガーゼや包帯などが目立つルナマリアが真っ青な顔でシンに駆け寄ろうとしたが、警備兵に制止された。
「シン、なんで…」
言葉が続かないが、涙ぐむ深く青い瞳は、なぜこんな事をと言っている。
アスランもまた、ルナマリアの肩をそっと引いてシンを見つめた。
シンは2人から目を離すと、真っ直ぐ前を向いた。
「失礼します。シン・アスカを逮捕、連行しました」
艦長室ではタリアとアーサーが待っていた。
シンは落ち着いた表情で彼らの前に連行されると、しゃんと顔を上げた。
タリアも今度は警備兵を下がらせず、ドアの前に立って警護させている。
「覚悟はできている…とでも言いたげな顔ね」
タリアが厳しい眼でシンを見つめながら言った。
「レイは信じていたけれど、よく戻ってきたわ。でも戻ればどうなるかは無論…わかっていたでしょ?」
タリアは自分を落ち着かせるためにふぅと息をついた。
そして大きな声で朗々とシンの罪状を並べ立てた。
「勝手な捕虜の解放!クルーへの暴行!モビルスーツの無許可発進!敵軍との接触!」
タリアは「こんな馬鹿げた軍紀違反、聞いたこともないわ」と声を張り上げた。
「何故こんなことをしたの?あの子が可哀想だった?でもあれは…」
「…死にそうでした」
タリアの言葉を遮るように、シンが口を開いた。
「艦長もそれは御存じだったと思いますが?」
「シン、艦長はきみが、どうしてそんな事をしたのかと聞いてるんだぞ」
アーサーが艦長を批判するような口調を咎めるようにシンを諌めた。
けれどシンは行為の理由より動機を、即ち自分の想いを語りだした。
「いくら連合のエクステンデッドだからって、ステラだって人間です!それをあんな風に…解剖した時にデータが取りにくくなるとか、あんなのとか…」
シンは軍医と艦長の冷たい会話を反芻してみせ、タリアは自分たちの会話が彼に聞かれていたことを悟った。
「あの子が死ぬってこと…誰も気にもしない」
彼らにとって、ステラはただ「命を持つ物体」でしかなかったのだ。
壊れれば価値はなく、へとへとでも動いてさえいれば事足りる…
「地球軍だってひどいけど、艦長たちだって同じです、それじゃ!」
声を荒げたシンが一歩前に出たので警備兵が身構えた。
タリアはそれを制し、一方アーサーは堅い声で「口を慎め!」と叱った。
「ではあなたが今回の騒動を起こしたのは、私の言い方が悪かったのと、私たちが死ぬかもしれない彼女を、助けようと努力しなかったからなの?」
タリアはシンの意見を、最初の自分の質問に添った形に変換してみせた。
「それは…!」
そう言われると想いと答えが合わないことにシンは気づき、黙り込んだ。
(うーん、さすが艦長だ)
アーサーは弁の立つシンの口をつぐませた彼女の手腕にこっそりと感心した。
「あなたの主観だけで語るのはやめなさい」
タリアは厳しく言った。
「事実、彼女は連合のエクステンデッドで、私たちは彼女をジブラルタルへ連れて行くようにと司令部から命令を受けていたのよ」
確かに、タリアも軍医も決して治療を怠っていたわけではなく、非人道的扱いをしていたわけでもない。
改造され、薬でコントロールされた彼女の体を治療する術がなかっただけだ。
それに、拘束しなければ彼女は自傷も辞さず反撃に転じ、治療にあたる看護兵や軍医に危険が及ぶ可能性があった。
なのにシンは、自分たちの言動に安易に憤り、「彼女を助けたい」という個人の勝手な思惑で背いたのだ。
冷静に見えても、タリアの怒りは頂点に達していた。
「認められるわけがなく、許されることでもありません」
タリアはシンを完膚なきまでに黙らせた。
「この件は司令部に報告せざるを得ないわ。処分は追って通達します。それまでの間、シン・アスカにもレイ・ザ・バレル同様営倉入りを命じます」
警備兵に連れられてシンが艦長室を出てくると、既に野次馬はいなくなり、アスランとルナマリアだけが待っていた。
ルナマリアがシンの元に駆け寄ろうとしたが、再び警備兵に銃で阻まれる。
「…シン」
シンは心配そうな表情のルナマリアを見ると軽く微笑んだ。
(そんな顔するなよ。おまえは笑ってる方がいいんだから…)
安心させるサインを出したかったが、電子錠に阻まれてままならない。
「連れて行け」
続いて出てきたアーサーが警備兵に命じ、それから呆れたように言った。
「処分が決まるまでは営倉入りだ。まったく…なんだって…」
「処分…って…?」
その言葉を聞いたルナマリアが詰め寄ったが、アーサーは答えない。
「シンはどうなるんですか、副長!?」
「…司令部が決めることだ。僕たちが決めるわけじゃない」
アーサーはルナマリアから眼を逸らし、言葉を濁した。
そんな2人を見て、アスランもまた密かにため息をつく。
「だが、まぁ…覚悟はしておいた方がいいだろうな…」
「アスラン…ッ!」
ブリッジに戻るアーサーを見送り、ルナマリアはアスランを振り返った。
アスランは浮かない表情を見せている。
それを見たルナマリアの瞳が見開かれた。
「…まさか…そうなんですか?…嘘でしょ?」
―― 極刑?
残酷な事実に思い至り、ルナマリアの瞳に見る見る涙があふれた。
「う…嘘ですよね?嘘…そんなこと…」
「ルナマリア」
ルナマリアはアスランの腕を掴みながら泣き出し、床に崩れ落ちた。
そして涙にまみれた顔をアスランに向け、なりふり構わず叫んだ。
「ねぇ…アスラン!お願い…お願い…します…シンを…」
「落ち着いて、ルナマリア」
「シンを助けて…お願い、アスラン…お願い…」
アスランは膝をついて彼女を支え、なんとかなだめようとした。
「あの子、ホントに死にそうだったんです…シンはあの子を助けようとしただけ。敵なのに、ハイネを殺したのに…あんなに弱々しくて、熱も高くて…シンはあの子を守るって…だから返しに行っただけなんです!」
ルナマリアは一気にあふれ出てくる感情と共に次から次へ言葉を続けた。
「なのに…やだ…やだぁ…シンが殺されちゃうなんて…」
振り絞るように泣くルナマリアの肩を抱き、アスランは困惑していた。
「まだ…」
(そうと決まったわけでは…)
アスランはついそう言いかけたが、すぐに思いなおして口をつぐんだ。
シンのやった事は完全な軍紀違反だ。それもかなり罪を重ねている。
この状態では、いかなFAITHの自分にもどうにもできない。
(…気休めは言えない)
けれどルナマリアの姿はあまりに痛々しかった。
こんな時に、これほど冷静でいられる自分は、むしろ冷たすぎるのではないかとさえ思う。
「ル、ルナ…?」
ちょうどその時、そこにやって来たのはヴィーノだった。
彼は泣き崩れているルナマリアを見て驚いて固まっていたが、アスランが「どうしたの?」と聞くと、おずおずと手に持ったものを差し出した。
「あの…これ…インパルスのコックピットに…」
レイの上着なんです、そう言いながら彼はアスランに渡した。
「シン…あの子を抱いてて…レイが、彼女にこれをかけてやって…」
アスランは上着を受け取ると、少し考え込み、「ルナマリアをお願い」と泣いている彼女をヴィーノに頼んで足早に歩き出した。
ミネルバの最下層まで連れてこられたシンは、牢の扉を開けた警備兵に「入れ」と促され、腰をかがめて中に入った。
中では手錠を外してもらえたので、手は自由に使えるようになった。
電子ロックがジーッと冷たい音を立て、扉が閉まると同時に照明が落ちた。
警備兵は下がったが、中に1人、外で2人が厳重に見張っている。
シンはしばらく様子を窺っていた。ベッドと毛布、トイレと洗面台…ただそれだけのシンプルな造り。正真正銘の牢だなぁと思う。
ベッドに座ると、シンはようやく一息ついた。
そして何気なく「レイ」と呼んでみた。
「なんだ」
いつも通りのトーンで、返事はすぐ隣から聞こえてきた。
壁が厚いので柵から覗いても見えないが、隣り同士のようだ。
「ケガは?」と聞くと、「問題ない」と答えが返る。
その後少し沈黙が続き、やがてシンが言った。
「…ごめん」
「何がだ」
同じくベッドに腰掛け、壁に寄りかかっているレイがそっけなく答える。
シンはその答えにやや戸惑い、「だって…俺のせいで…」と言いかけた。
しかしレイはその続きを言わせないように答えた。
「おまえに詫びてもらう理由などない」
(もしシンがエクステンデッドに対して何らかの行動を起こすことがあったら、どんなことでもいい。きみは彼を手伝ってやってくれ)
デュランダルからの指令は、ただそれだけだった。
結果的にはその指令はまっとうされたが、レイの考えは違う。
「俺は俺で、勝手にやったことだ」
「でも、なんで…」
シンは腑に落ちなかった。
「ここでは…誰もステラの事なんか気にかけてなくて…」
シンは遠慮がちに言った。
「きっと、おまえもそうだろうと思ってたんだ…」
彼女は、ただその目的のためだけに造られた生体兵器だった。
けれど、シンは彼女を見捨てなかった。
世界に背を向けられ、不用品として廃棄された彼女を必死に助けようとした。
レイの脳裏に、一人ぼっちの自分を救ってくれた彼の姿が蘇った。
そんな彼自身も、「不用品」として「廃棄」された哀れな命だったのだ。
「おまえがそうしたかった。俺もそうしたかった。それでいいだろう」
レイは強引に話をまとめて切り上げた。
シンはふっと笑い、「うん」と答えた。
(…ありがとう、レイ…)
ずっと張り詰めていた心に、言い知れない温かさが沁み渡った。
「無事に返せたのか?」
「ああ。迎えに来たのは、仮面かぶった怪しいヤツだったけど」
「ふ…なら良かったな」
2人は少しだけ笑い、それからまた沈黙が続いた。
しばらくすると、警備兵に何やら動きがあった。
外で誰かと話している声が聞こえ、やがて扉が開いた。
2人の位置からは誰が入ってきたのか見えないが、足音が近づいてくる。
「シン」
「…ああ」
シンはやって来たのがアスランだと知って軽く目礼した。
アスランはしばらく無言だったが、やがてレイに柵の間から上着を渡した。
「ありがとうございます」
「ルナマリアが、本当に心配してるわよ」
シンは大きな眼を見張っていた彼女を思い出し、「でしょうね」と苦笑した。
「で?なんですか?どうしたんです、こんなところまで」
シンが尋ねると、アスランはやや口ごもりながら言った。
「いえ…その、すまなかったと思って」
「何が?」
「彼女のこと…あなたが、そんなに思い詰めてたとは思わなくて…」
(ほらな)
シンは眼を伏せた。
(誰もステラの事なんか気にかけてない…言ったとおりだ)
「別にそんな…思い詰めてたってわけじゃありませんけど」
シンは呟くように言った。
「ただ…嫌だと思っただけです」
(目の前で、戦争の犠牲になった命が消えていくのはいやだったんだ…)
シンは静かに続けた。
「ステラだって被害者なのに、なのにみんなそのことを忘れて、ただ、連合のエクステンデッドだって。死んでもしょうがないみたいに」
「でも…エクステンデッドであることは…事実でしょう?」
アスランは言いにくそうに言った。
「彼女は連合のパイロットで、彼女に討たれたザフト兵が沢山いるという事も事実で…それは、見方を変えれば…加害者と…」
「それは!でも…でもステラは望んでああなったわけじゃない!」
主観的な見方をするのはやめろと艦長に叱られたシンは、今またアスランに自分の見方が一元的であると示され、つい言い返した。
「わかってて軍に入った俺たちとは違います!」
「ならば尚のこと、彼女は返すべきじゃなかったのかもしれないわ」
「…う」
思いもかけない返答に、シンは言葉に詰まり、アスランを見つめた。
「自分の意志で戦場を去ることもできないのなら、下手をすれば、また…」
(また…)
戦うと?約束は反故にされ、彼女のあの戦闘能力だけが利用されると?
シンは急に不安に苛まれた。彼女を託した仮面の男の顔が浮かぶ。
「だけど、あの人は…約束してくれた。ステラをちゃんと、戦争とは遠い優しい世界に返すって…」
まるで自分に言い聞かせるように、シンはそう呟いた。
「あの人?」
アスランはいぶかしんだ。
「エクステンデッドを創り、利用するような相手が、そんな約束を守ると…本気で信じてるの?」
彼女のいつにも増して厳しい言葉に、シンも再び口を開いた。
「…でも、なら、あのまま死なせればよかったって言うんですか?」
「そうじゃない。でもこれでは何の解決にも…」
「あんなに苦しんで、怖がってたステラを」
「だから自分のやったことは間違っていないとでも?」
「そんな事は言ってませんよ!」
シンは少し声を荒げた。
アスランもうまく自分の気持ちが伝えられず、少し息をついた。
伝えたいのに、言葉が届かないというのはなんともどかしいのだろう。
同じ捕虜でも、民間人であるラクスを返しに来たキラとは、立場も状況も違いすぎる。自分の体験に近いものがあるのに、それは物差にならない。
それくらい、今のシンのケースは深刻だった。
「シン…」
アスランはそれ以上言葉が見つからず困ったように彼を見つめている。
「あ、そうだ」
その時、シンが思い出したように言った。
「インパルス、使ってください。あなたなら使えるでしょう」
アスランはそれを聞いて、シンが昨日言った言葉の意味を理解した。
シンは自分に、インパルスでフリーダムを倒せと言ったのではなく、自分がインパルスに乗る事はもうないからと…だから「託す」つもりだったのだ。
(初めから処罰を受けることもわかっていて…?)
「…俺だって、自分が全部正しいなんて思ってないです」
シンは壁に寄りかかると自嘲気味に笑った。
「今回みたいに、誰がどう見ても俺がバカな事をしてるから、なんでそんな事をしたんだと言われたり、責められたこともたくさんあります」
傷ついた彼に生きる力を与えた「怒り」は、教官や上級生、街のチンピラに向いた。けれどそれは相手の傲慢さや鼻持ちならない態度、意地の悪さがきっかけとなっていた。我慢がならないと思うとシンの感情は爆発した。それは、全てを失った彼が生きるために必要なエネルギーだった。
「でも、これだけは絶対に譲れないものって、誰にだってあるでしょう」
死ぬかもしれないとわかっていて、それでもなお行動を起こしたのか。
アスランが思い出したのはインド洋での基地の開放と破壊、虐殺だった。
(間違っていないと…シンにはそう言い切るだけの覚悟があった…?)
そんなシンを、これ以上自分が、あなたのした事は間違いだった、過ちだったと断罪すべきなのだろうか…この先にはただ、冷たい死が待つだけの彼を…
「だから、俺は譲らない。たとえ自分が…」
アスランはシンのその言葉の先に思い至り、声を失った。
「シン、もうやめろ」
その時、シンを止める声が聞こえてきた。
「アスランも、もういいでしょう。今そんな話をしたって何もならない」
アスランは相変わらず黙り込んでいた。
「終わった事は終わった事で、先の事はわからない。どちらも無意味です」
「レイ」
シンがいぶかしそうに姿の見えない彼の名前を呼んだ
「ただ祈って明日を待つだけだ。俺たちは、皆…」
レイはルナマリアが聞いたらまた「大げさね」と明るく笑いそうな事を言い、それきり黙りこくった。
会話の途切れた牢から、アスランは力なく歩き出した。
彼らに自分がしてやれる事はもう何もない。
(絶対に譲れないものがある…)
再びキラたちと敵対する形になり、セイバーを失って揺らいでいる今、シンの強さを物語るその言葉はアスランに衝撃を与えた。
(シンだけではなく、キラも、カガリも…ラクスもきっと、そのために戦っているのだろう)
だが、果たして自分は?自分が絶対に譲れないものはなんだったろう…?
アスランは背中を向けたまま、最後に静かに呟いた。
「でも、やっぱり…あなたのした事は間違ってる…」
シンはそれをただ黙って聞いていた。
「こちら第81独立機動軍、ネオ・ロアノーク大佐だ」
ロシア平原で猛吹雪に巻かれながら、輸送機は地球軍の地上空母ボナパルトに識別コードを送り、着艦を求めた。
「ようこそ、大佐。アプローチどうぞ」
やがて地中海からの長旅を終えた輸送機がようやく着陸態勢に入る。
キャビンにはスティングはもちろん、J.P.ジョーンズから移乗したラボの研究員たちも乗っていた。
しかし異質なのは座席の間に固定されたストレッチャーだった。
カプセルの中で眠っているのは紛れもないステラ・ルーシェだ。
スティングはちらっと彼女を見るが、特に興味はなさそうだった。
やがて防寒具に身を包んだネオたちが、巨大な空母のハンガーに降り立つ。
「けッ!またえらく辺鄙なところへ連れてきてくれちゃって」
スティングは春めいて暖かい南欧から突然、シベリアとの境まで連れて来られ、凍えるような寒さに震えながら悪態をついた。
「大体何だよこりゃ。なんだってこんな死に損ないみたいなのまでわざわざ…」
スティングが苦しそうにうめくステラを見て、忌々しそうに言った。
かつて彼が妹のように可愛がっていたステラは、彼の記憶にはもう存在しない。
彼にとって彼女は見知らぬ少女であり、しかもひどく具合の悪いお荷物にしか見えていないのだ。
「…いいんだ。きみらは知らないことが多すぎるんだから」
ネオは「初期化」されてリーダーらしい人格を失い、以前よりずっと好戦的で攻撃的になったスティングに言った。
「今さら、それも知らなくていいことさ…」
怪訝そうな顔のスティングにはそれ以上構わず、ネオはストレッチャーを運ばせた。
そんな彼らが通っていくその横にあるものは、シートをかけられた巨大な機材に見えたが、それこそがこの後の悲劇を生み出す、完成したモビルスーツ、GFAS-X1デストロイだった。
ネオは用意された部屋で服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
冷え切った体に熱い湯が沁みていく。
彼の体はひどい傷を負っており、あちこちに皮膚の移植がなされている。
ところどころひきつれた皮膚は、彼が動くたびに不自然な動きをした。
マスクを取った顔にも大きな傷があり、無造作に伸ばした髪がそれを隠す。
「ミネルバはきみの手には余ると、そういうことだったんだな」
ありありと失望感をにじませたロード・ジブリールの声がモニターのスピーカーから流れていた。
「いくら戦力をつぎ込んでも勝てないとは…ガッカリだよ、ネオ・ロアノーク」
ジブリールはねっとりと言った。
「幸いデストロイが完成してね。きみにはそちらを任せることにした」
最後の一つをはめ込もうとしたら、もっといい「部品」が戻ったようだし…ジブリールはネオの報告に眼を通して笑った。
そこにはステラ・ルーシェの帰還と、現在ラボの研究員が全力を上げて彼女を「メンテナンス中」であると書かれていた。
「きみがミネルバを討ってくれればこんな作戦は不要で、犠牲も出さずに済んだのだがねぇ…」
ジブリールは青いルージュをひいた唇を歪ませてくすくすと笑った。
「腐った部分は取り除かないと花園全体がダメになってしまうからね。あれを使ってユーラシア西側を早く静かにさせてくれたまえ」
「ステラ…」
運命が巡った。
戻ってきた彼女はかなりの機能低下を起こしていたが、初期化されたことで優等生だったスティングの精神にかなり不安定さが見える今、むしろこまめに記憶を消されてきたステラの方が安定しているという皮肉な結果が待っていた。
「デストロイに最適なCPUは、ステラ・ルーシェである」
コンピューターが弾き出した冷たい方程式が彼女の運命を決めた。
ネオはシャワー室の壁を叩いた。
(俺は軍人だ。戦うためにここにいる)
そして彼らは戦うことでしか生きられないエクステンデッドだ。
戦わせないことなど、どだい無理な話なのだ。
(あんな約束など…守れるわけがなかったのに…約束など…)
黒い髪、白い肌、赤い瞳の兵士がまっすぐ見つめていた。
怒りに燃え、力をたぎらせ、眼だけで彼を殺そうかというように。
ネオの顔にはシャワーの湯が流れたが、髪の毛に隠れた部分から流れるそれは、まるで涙のようにも見えた。
デュランダルは執務室でデストロイのデータを開いていた。
ちょうどジブリールの部隊が地上空母に合流したとの情報も入っている。
(恐らく、ミネルバから返されたエクステンデッドが届けられたのだろう)
デュランダルは指を動かすとタリアの報告書データを開いた。
シン・アスカが捕虜と共に脱走、レイ・ザ・バレルがそれを幇助。
彼女がいなくても、ジブリールがすぐに使えるエクステンデッドはもう1人残っているので問題はないだろうが、この場合選択肢はなるべく多い方がいい。
(デストロイの威力は、より高い方が効果がある)
役者はそろい、後は待つだけだった。
まずは司令本部から、ミネルバの一件について会議の報せが来ている。
デュランダルは(さて、どうやってお堅い上層部の連中を丸め込むか…)とほくそ笑んだ。インパルスの輝かしい戦績データは既に準備させてある。
シン・アスカをこんなところでリタイアさせるわけにはいかなかった。
彼にはこれから、大きな仕事をしてもらわねばならないのだから。
「浮上完了。推力移行します」
地中海から北海までの長きに渡る潜航を終え、アークエンジェルは浮上した。
「周辺に異常なし。目標点まで約90です」
チャンドラがレーダーを見ながら言うと、ミリアリアはどんよりと曇った空と鈍色の荒れた海を見てうわぁと震え上がった。
「寒そう!」
それを聞いたノイマンが笑いながら振り返った。
「実際寒いぞ、フィヨルドのドックは」
チャンドラもそうそうと頷き、それから嬉しそうに言った。
「だ・か・ら!温泉があるんだよ、アークエンジェルには」
「えー、うそ!?」
ミリアリアは大笑いしたが、後で天使湯を見て(ホントだったのね…)と驚くことになる。
「しかし、スカンジナビア王国に匿われてらしたとは」
アマギたちは、これまでのカガリたちの足取りや逃亡のいきさつを聞いて驚きを隠せなかった。
「国王陛下と、ごく身近な方々しか知らぬことだがな」
カガリが答えた。
「だが、本当にありがたいことだと思っている。父のことも、今でも惜しんでくださっているし…それに陛下はプラントのクライン元議長の知己でもあり、おかげでラクス・クライン共々、俺たちは大変な援助をいただいてるんだ」
危険を犯してまで彼らを受け入れてくれている柔和な国王夫妻と、豪放磊落でありながら心優しい姫将軍を思うたび、カガリはただただ感謝にたえない。
「地球軍の攻撃を受けたおりも真っ先に救援くださいましたな、あの国は」
トダカたちのように救援国への避難民輸送を行った兵は皆、連合の顔色を窺って手を差し伸べない国が多い中、最初に駆けつけた友好国スカンジナビアへの恩義を忘れてはいない。
今はムラサメパイロットのゴウやイケヤ、ニシザワたちも皆、当時は避難民の輸送に奔走し、真摯に働くスカンジナビア軍に世話になった思い出があった。
「俺は、まだそういったものに守られているだけだ」
カガリは苦笑しながら自分の力不足を自嘲した。
事態は未だ、何も好転してはいない。
オーブに戻る目処は立っていないし、この戦争が終結しない限り、いつ何時、ダーダネルスやクレタのような意味のない戦闘が起きるやもしれないのだ。
カガリの表情はしかし、今まで以上に明るかった。
一人ぼっちだと思ったあの日に比べれば、彼の周りにはいつの間にかこんなにも多くの仲間が集まってきている。まだまだ小さな力だけれど…
(俺にとってはここにいる全員が、大切な、大切な仲間たちだ)
「今はそれに甘えさせてもらい、いつの日かきっと、その恩を返そう」
カガリは穏やかな声で言った。
「何より、俺がオーブの善き為政者になることが一番の恩返しだと思う」
「オーブ国内には、セイランのやり方に反対し、カガリ様が戻られるのを心待ちにしている者も多くおります」
イケヤが、「昔から連合寄りと噂されるセイランの『阿り政策』には、そうでない首長や議会、国民の間にも不満があるようです」と訴えると、皆、中立を守るオーブの軍人であるという自負があるので、なぜ連合に従うのだ、今回の戦争は連合に非があるだろうと騒ぎ出す。
「そうですよ!セイランはバカだ!」
以前から仲間内ではセイラン嫌いで有名なニシザワが言うと、ユウナのへっぽこな司令官ぶりに辟易していた彼らはどっと大笑いした。
オーブ艦隊の最高司令官がユウナだったと知ったカガリは、自分の声を、言葉を、名を聞いてなお、攻撃を仕掛けたユウナの本心に思いを馳せた。
(後ろに控えた地球軍に追い詰められて、仕方なく…だよな、きっと)
ミリアリアやチャンドラたちからは、「奥さんだったのねぇ、相手」「壮大な夫婦喧嘩を見せてもらったよ、うん」と散々からかわれ、いやでも悪夢のような結婚式のことを思い出してはゲンナリした。
(ああ…あれも帰ったらどうにかしないとな…)
カガリは記憶をたどったが、何しろあの時はひどく自暴自棄だったから、やけくそになって変なものにサインしてなければいいがと戦々恐々だった。
「わかってる。わかってるから、少し待ってくれ」
やがてカガリは両手を広げ、すぐにでもオーブに帰ろう、そしてセイランに眼にものを見せましょうと意気揚々とする彼らをなだめながら言った。
「俺もなるべく早くオーブに戻りたいと思っている。おまえたちや、クレタで死んでいった者たちのためにも。だが、もう少し待って欲しいんだ」
キラは相変わらず、今はまだオーブには帰らないと言っている。
「どうしてだよ?何か事情があるのか?」
「そういうわけじゃないけど…もう少し待って。お願いだよ、カガリ」
キラが譲らないので、カガリもついにわかったと引き下がった。
けれど、できる限り早くオーブに戻りたいという意思は伝えてある。
惑い、迷う故国を、なんとしてももう一度立て直さなければならない。
「そして時が来たら、その時は皆、俺に力を貸してくれないか」
「もちろんです!」と、将兵たちはカガリの頼みに大喜びだ。
握手を求められたり、思いのたけを語られたりして、相変わらず男たちに囲まれているカガリも、心からの笑顔を見せた。
真っ直ぐな廊下をトリィがスーッと気持ちよさそうに飛んできた。
キラは荒れ始めた北の海を見つめている。白い波が風に飛んでいく。
フィヨルドが近づき、フリーダムもドックでのメンテが待っている。
「お邪魔してもいい?」
はっと振り向くと、休息に入ったマリューがいた。
「すみません。こんなところでサボってて」
今はまだシフト中のキラは恐縮した。
人手不足で生活班がいないので、パイロットとはいえ色々仕事がある。
「いいわよ。あなた一人で、ほんとによく頑張ってるもの、また…」
人手も増えたから、仕事の分担も見直しましょうねとマリューは笑った。
それから少し真面目な顔で聞いた。
「大丈夫?」
キラはその質問を聞いて、やや憂いを秘めた表情になった。
「なんか、何でこんなことになっちゃったのかなって思って…何でまた、アスランと戦うようなことに…」
自分は、アスランに刃を向けた。
怒ったような声でやめろとは言っていたけれど、一度も本気で攻撃を仕掛けなかったアスランのモビルスーツを、容赦なく斬り裂き、撃墜した。
「私たちが間違ってるんですか?ほんとにアスランの言うとおり、議長はいい人で、ラクスが狙われたことも何かの間違いで…」
慎重を期すラクスからの連絡はなく、どこまで調査が進んでいるのかもわからない。それがいつになくキラを不安にさせていた。
トリィがまた、キラの肩から飛び立っていく。
「私たちのやってる事の方が、バカげた、間違った事だとしたら…」
キラの心にアスランが投げかけた言葉が蘇った。
(でも、なぜあんなことをしたの!?あんなバカなことを!)
(自分だけわかったような綺麗事を言わないで!!)
(だから戻れと言ったのよ!討ちたくないと言いながら、なんなの!?)
(下がって、キラ!あなたの力は、ただ戦場を混乱させるだけよ)
友の言葉が心を乱し、キラはもどかしさに歯を食いしばる。
「…私たちはただ、混乱を呼ぶだけの存在なんでしょうか?」
それを聞いたマリューは、皆の前でははっきりと自分の意見を述べるようになったキラも、やはり心の中では迷い、苦しみ、葛藤しているのだと悟った。
「大切な誰かを守ろうとすることは、決してバカげた事でも、間違った事でもないと思うわ」
「え?」
「世界のことは、確かにわからないけど…」
マリューも、今の自分たちが正しいとは言い切れないと思っている。
「でもね、大切な人がいるから、世界も愛せるんじゃないかって、私は思うの」
優しく微笑むマリューの心の中に誰がいるのか、キラには痛いほどわかる。
「私はもう、本当に大切な人を失ってしまったけど…彼がいた世界だもの。やっぱり、この世界を愛してるわ」
「マリューさん…」
キラはいたわるように、彼女の背にそっと手を添えた。
「きっとみんなそうなのよ。キラさんが言ったように、幸せに暮らせる世界が欲しいだけなんだわ。どこかでただ静かに、平和に暮らせて、死んでいければ、それが一番幸せなんだと思うの」
(私もそうやって、生きていきたかったわ…ムウ、あなたと)
マリューは心から愛した男を思い出しながら言った。
「だから頑張るし、戦うんだろうけど…」
そこまで言いかけて、マリューはうーんとうなった。
「ただちょっとやり方が…というか、思う事が違っちゃう事もあるわ」
マリューは苦笑した。
「その、誰かがいてこその世界なのにね…」
キラは黙って聞いていた。
そしてアスランとカガリの再会の様子を思い出す。
(あんなに深く想いあってるのに…お互いにお互いを守りたいと思ってるのに、どうしてあの2人はすれ違ってしまうんだろう…)
「アスランさんも、きっと守りたいと思った気持ちは一緒のはずよ」
そうなんだろう。
アスランは何か、もっと大きなものを見ているようだ。
守りたいものを守るため…だけじゃダメだと思っていたのかもしれない。
「だから余計難しいんだと思うけど、いつかきっと、また手を取り合える時が来るわ、あなたたちは。だから諦めないで、あなたはあなたで頑張って」
キラは「はい」とはにかむように笑った。
(いつか、またアスランと…そうかな。そうだといいな)
マリューは微笑み、小さなキラの頭に手を置いて優しくなでてくれた。
「きみの新しい機体だよ」
パイロットスーツを着たステラとスティングを伴い、ネオは出撃準備が整ったデストロイの前に立った。
「ステラの、新しい?」
入念なメンテナンスを終え、ようやくいつも通りの身体に回復したステラは、ガイアに乗っていた頃のパイロットスーツとは少し形の違うものを着ていた。
デストロイはパイロットとの生体リンケージを行うため、スーツにもいくつか新しい機能が追加されているからだ。
「ああ。ステラもこれでまた戦わないとな…でないと、怖いものが来て私たちを殺す」
「殺す…ステラも?」
不安そうなステラがネオを仰ぎ見ると、ネオは「うん」と頷いた。
「ネオも?」
ステラの赤紫色の瞳がさらに不安に曇った。
ネオはこれ以上彼女を不安な表情にさせることはいやだと思ったが、彼女への…彼女が戦う際に何も苦しまないよう、強い刷り込みを行わなければならない。
「…そうだ」
戦いをシステマティックに進めさせるためには、ステラの中で白と黒をはっきりさせる必要があった。
それはゆりかごでのメンテナンスに加え、ステラが全幅の信頼を寄せるネオが行う事で、より効果を発揮する。
これまでも何度もやってきたことであり、これが自分の任務だった。
だがネオはこれまで以上に口調が重く、気が乗らなかった。
ステラは案の定激しく動揺し、ネオの腕を掴んだ。
「いや!そんなの…死ぬのはいや!」
ネオはステラの頭を優しくなでながら言った。
「なら、やらないとな。ステラならできるだろ?怖いものはみんななくしてしまわなくちゃ…」
「怖いもの……なくす…」
スティングはそんな2人のやり取りの一部始終を胡散臭そうに見ていた。
自分もネオの真似をし、ダダをこねるステラをなだめる時はいつも彼女の頭をなでたり、抱き締めてやったりした事など全て忘れて、突然現れた見知らぬ娘がなぜか新しい機体をもらったことに、苛立ちや嫉妬を隠さない。
ネオはやがてポケットから何かを取り出し、彼女の首にかけてやった。
「ステラが大好きなものだ」
「ステラが?」
ステラはそれが美しい貝殻であることを知ると、嬉しそうに笑った。
本当は、これをステラに持たせるのは非常に危険なことだ。
記憶の消去は、コンピューターのデータ消去と違って万能でも完璧でもない。
ステラがシンのことを忘れていながらも、彼と再会し、触れ合った事で全てを思い出したように、何かのきっかけで記憶が蘇る可能性はゼロではない。
しかしネオは、それを理解していながら敢えてステラに渡した。
あの若いザフト兵との約束を守れなかった自分勝手な罪滅ぼしといわれるかもしれないが、ネオはただ単純に彼の想いを…せめてステラと共にいさせてやりたいと思ったのだ。それほどに、あの夜の2人は純粋で清らかだった。
ネオはそんなステラの頭をもう一度なでると「さぁ、行っておいで」とデストロイのコックピットに向かわせた。
ステラはあきれるほど広いコックピットに座り、やがてデストロイが起動する。
ザムザザーやゲルズゲーを3人で操縦していた事を思えば、巨大なデストロイも、コーディネイターやステラのようなエクステンデッドでない限り、数人がかりでなければ動かせるはずがなかった。
しかしステラは今、このデストロイの操縦に限ってはコーディネイター以上の能力を発揮するよう綿密に「調整」されている。
薬物で極限まで高められた感覚も肉体機能も、既に人の限界を超えていた。
「あは…」
モニターを覗き込んだステラの表情が明るくなった。
「Gigantic Unilatieral Numerous Dominating Ammunition」
OSが起動した後、デストロイの概要が現れた。
パワー、火力、武装の種類と数…圧倒的なそれは、どれをとってもガイアの比ではない。
(これならネオの言った怖いものを、みんな、みぃんなやっつけられる)
「生体CPUリンケージ良好」
「非常要員待機。X-1デストロイ、プラットホーム、ゲート開放」
巨大な4門のビーム砲ドライツェーンを装備したフライトユニットが変形し、脚部が180度後ろを向くことでまるで鳥の脚のように曲がった不気味な姿のMA形態のデストロイが、すさまじい勢いでエンジン音を響かせ始めた。
カメラが光り、空母すら揺らしかねないほどの推進力でデストロイは動き出し、甲板へと出た。そこには護衛役のウィンダムも多数配置されている。
これから、彼らの殺戮作戦が始まるのだ。
「よし…こちらも出るぞ」
ひどい吹雪が吹き込むハッチが閉まると、風防シャッターのこちら側でデストロイの出撃を見届けたネオがスティングに言った。
「けど、何で俺にはあれくれねぇんだよ」
ネオの後をついてくるスティングが不満げに言う。
「あんなわけのわかんねぇ病み上がりより、俺の方がよっぽど…」
ネオは少し黙りこんだが、そっけなく言った。
「適正なんだ。ステラの方が効率がいいと…データ上でな」
ちっとスティングは舌打ちした。
「俺の方が絶対あれをうまく使えるのによぉ…」
悪態をつきながらスティングは同じく見事に復活したカオスに向かった。
ザフトの整備班は同じようにフリーダムに斬り刻まれたセイバーの補修を諦めたが、地球軍はバラバラにされたカオスを見事レストアしてみせた。
コックピットブロック以外はほとんど地球軍製の部品に変わったカオスは、ネオのウィンダムと共に発進し、小回りの利かないデストロイの護衛に就く。
巨大な要塞モビルスーツを中心に、死の部隊は吹雪の中を進軍し始めた。
プラントと友好を結んでいる都市へと向かって…
メイリンが一瞬息を呑み、ゆっくりと深呼吸をした。
(落ち着け…落ち着け…)
それからカラカラに渇いた口を開く。
「艦長に…司令部から、特一暗号電文です」
最後までなんとか声を震わせずに艦長を呼ぶことができた。
ここまで厳重な認証電文となればシンの処分決定の報せに違いない。
ルナマリアはあれ以来落ち着かず、何かあれば突然涙ぐんでしまう。
アスランは相変わらず食事を目の前にして何も食べようとせず、ヴィーノやヨウランでさえいつもの陽気さや元気さが鳴りを潜めている。
(シン…きみがいなくなるなんて、僕はいやだよ)
メイリンは思わず拳を握り締めた。
(ずっと戦場で僕たちを守ってくれたのは、きみなのに…)
祈るように眼を閉じている彼を見て、アーサーがぽんと肩に手を置いた。
「どうなるんでしょうか?シンは…」
メイリンからデータを受け取ったアーサーが艦長室にやってきた。
「わからないわね。普通に考えれば銃殺だけど…シンのこれまでの功績を考慮してくれれば、それだけは…」
タリアとて極刑は何とか避けさせたいが、減刑されたとしてもかなり厳しい結果が出るに違いない。ふぅとため息をつき、それから「防げなかった私たちも責任は問われるわよ」とアーサーをチラリと見た。
アーサーは浮かない顔をする。
「防げと言われても…インパルスですからねぇ、相手は」
そういう意味じゃないわよ!と一蹴され、アーサーがはいっと言って下がる間に、タリアは指紋及び静脈認証を開始した。
モニターにはザフトのシンボルマークが現れる。
「え?」
読み始めたタリアが驚きで姿勢を正すと、アーサーも慌てて覗き込んだ。
そこには、驚きの処分結果が書かれていた。
「出ろ」
艦長室から連絡を受けた警備兵がシンとレイに牢を出るよう促した。
シンは処分が決まったかと思いながら立ち、再び電子錠をかけられる。
外ではレイと合流したが、元気そうな姿を見て、少しだけ微笑んだ。
2人はものものしい警備兵に連れられ、艦内の好奇の眼にさらされながら艦長室までの長い道のりを歩いた。一度たりとも頭を垂れることなく。
やがて艦長室の前に立った2人は、警備兵に連れられて中に消えた。
「不問だって?」
「え、うそぉ!あれで!?司令部が?」
「やっぱスーパーエースだもんなぁ…」
その後、ミネルバでは当然上を下への大騒ぎだった。
シンもレイも一切の罪に問われることなく、無罪放免となったのだ。
ひそひそと噂をしているところに、渦中の2人が歩いてくると、皆口をつぐむ。
シンの働きを思えばそうかと思え、けれどあれだけの騒ぎを起こして罰則すらなしとはどうかと疑問に思う声もあったが、今さら本部の決定に異議を唱えても仕方がない。
2人に司令本部の処分を通達し、手錠を外させて退室を許可したタリアははーっとあからさまにため息をついた。
アーサーはもう一度モニターを見て司令本部の処分内容を音読した。
「拘束中のエクステンデッドが、逃亡の末死亡したことは遺憾であるが、貴艦のこれまでの功績と現在の戦況を鑑み、本件については不問に付す」
2人の間にしばらく沈黙が続く。
「…一体、これはどういうことですか?」
アーサーは何度考えても腑に落ちない。
「あのエクステンデッドは自力で逃亡し、それを僕らミネルバが取り逃がした事になってるんですよね?で、その…身に覚えのない僕たちの『失態』を一切不問にしてくれる…って、ええぇぇ?」
「…私たちの悩みも困惑も、あの人には何の関係もないのよ」
タリアはそう言って「んもぅ!」とデスクを叩き、アーサーはその剣幕に肩をすくめると、逃げるように艦長室を辞した。
「あ!シン!良かったよなぁ、おまえ!」
休憩室に戻ると、ヴィーノが走り寄ってきて抱きついた。
「ああ、もう、心配したぁ!」
今のシンは、もう他人との接触に違和感や嫌悪感はなくなったが、とはいえ男に抱きつかれても嬉しくもなんともないので、笑いながら「よせよ」と彼を突き放そうとした。
出遅れたルナマリアは泣き腫らした眼でシンを見つめている。
シンはそれを見ると彼女の元に歩み寄り、彼女の肩を軽く抱いた。
「心配かけてごめんな、ルナ」
「ん…」
シンの胸に額をつけ、ルナマリアは「よかった…」と涙声で呟いた。
ヨウランは同じく何の罪にも問われなかったレイに声をかけている。
「ヒヤヒヤさせるなよ。ただでさえ戦闘の時は心配してんのに」
「すまない」
「しかしまさかレイがあんな事するとは思わなかったよ」
現場を目撃していたヴィーノも首を振りながら笑っている。
「メイリンはどうしてる?」
シンが尋ねると、やっと笑顔の戻ったルナマリアは、処分が決まるまで姉弟で泣いたり落ち込んだりと毎日大騒ぎだった事を思い出した。
「もう大変。さっきは、シンが無事だったって、嬉し泣きしてた」
今回、シンは仲間たちにとってこれほど大切な存在なのだと実感した。
何より自分にとっては、世界中のどんな誰よりも大切な人だと…
「ご心配をおかけしました」
シンの声に、皆はっと気づいた。
そこには不問という処分を聞いて駆けつけたアスランがいた。
「もう大丈夫です。色々とありがとうございました」
シンはルナマリアや仲間たちから離れるとアスランに歩み寄っていく。
「いえ…」
シンの命が救われた事はともかく、司令本部の決定には疑念があった。
(シンの功績を考慮したにしても、減刑ですらないなんて…)
2人は距離をとって向き合った。
アスランはふと、少し低めだったシンの身長がいつの間にか自分のそれに追いついていることに気づいた。2人はもう、完全に同じ目線にいた。
「司令部より緊急通達です」
オフになったら、すぐにシンとレイに会いに行こう…姉さんも今頃きっと大喜びしてるんだろうなと考えていたメイリンは、再び司令部から緊急通信が入った事に胸騒ぎを覚えた。そしてそれを読み解いて心底驚いた。
「ユーラシア中央より地球軍が侵攻。既に3都市が壊滅。ザフト全軍は、非常態勢を取れとのことです!」
「何ですって!?」
ちょうどブリッジに戻ったタリアもアーサーもその不可解な事象に声をあげた。
同じくそろそろ接岸してドック入りというアークエンジェルでも、チャンドラがターミナルからのエマージェンシーを捉えていた。
連絡を受けたマリューは「わかったわ」とボードを閉じようとした。
「あ、それと、暗号化された秘密通信も届いています」
マリューもキラもそれを聞き、顔を見合わせてブリッジへ急いだ。
ターミナルからの通信は、地球軍の殺戮の記録映像だった。
猛吹雪の中の都市が、巨大なモビルアーマーが放つビーム砲で火の海に包まれた。
ユニットには全方向に向けて無数の砲門があり、そこから360度死角のないビームが放たれては、逃げ場などあるはずがない。
背部ユニットにはミサイル発射官も備わり、無数のミサイルが建物を、そして逃げ惑う人々をあっという間に破壊し、次々と殺していった。
「あ…ああ…」
キラはその光景を見ながら眼を見開いた。
キラが一般市民が虐殺される光景を実際に目の当たりにしたのは、2年前のオーブ戦以来だった。人々はやすやすと吹き飛ばされ、消し飛んでいく。
「これは…」
マリューがチャンドラを振り返ると、彼は冷静にデータを伝えた。
「ユーラシアから西へ、都市を焼きながら進んでいます」
見れば巨大なモビルスーツにはガズウートやバクゥが果敢にも防衛戦を挑んでおり、レセップス級も一斉砲撃を加えている。
だがそんなものはあの巨大なモビアーマーには効果がないようだ。
バビが次々と撃墜され、バクゥが踏み潰され、都市は火だるまになった。
「なんだ、これは!?」
駆けつけたカガリも、この惨状を見て立ちすくんだ。
「なんで…こんな…ひどい!」
ミリアリアは両手で口を押さながら火の海に沈む都市を見つめていたが、チャンドラが「暗号電文を解読して」と促すと慌てて席に座り、震える手でコードを入れ始めた。
「…これ、ラクスさんからです」
「ラクスくん?」
それを聞いたマリューとカガリがオペレーター席に駆けつけた。
ミリアリアは忙しなく指と眼を動かし、難解な暗号を解読していく。
「巨大モビルアーマーは、今後は進路をベルリンにとるのではないかと…」
「ベルリンだと!?」
ベルリンはオーブ同様先進工業が盛んであり、高い技術を誇る工業地域で、それゆえにユーラシアの中でも特にプラント寄りといわれる大都市だ。
慎重なラクスがわざわざ情報をよこしたからには、信憑性は高いと見ていい。
「ザフトを叩くために、同じナチュラルの都市を焼くというのか!?」
国を焼かれる事がどんな事かよく知るカガリが怒りの声をあげた。
「地球軍は何を考えているんだ!」
マリューが再びモニターに映し出される虐殺の戦場を見ると、炎に包まれる都市を背に、キラがこちらを向いていた。
「行きます!マリューさん!」
紫の瞳が今までになく厳しく光る。
「わかったわ。アークエンジェルも行きましょう」
「了解」
ノイマンはそれを受け、ゴール目前で180度回頭した。
黙りこくったままのアスランに、シンが言った。
「司令部にも、俺のことをわかってくれる人はいるみたいです」
シンは首を傾げた。
「不思議ですね…正義と正義は、ぶつかるだけじゃない時もあるんですね」
「シン、それは正義とは…」
違うと言おうとしたが、シンはその言葉より前ににやりと笑った。
「なんにせよ、あなたの言う正しさが全てじゃないってことですよ」
アスランはぐっと言葉を飲み込んだ。
「そうそう、インパルスにはやっぱり俺が乗ることにします」
シンはそんな彼女に向けて人差し指を立てて動かした。
「それだけは、譲れませんからね」
では、とシンは恭しく敬礼した。
「失礼します」
レイは軽く頭を下げてシンに続く。
勝ち誇ったようなシンの表情が心に突き刺さり、アスランは動けなかった。
忍び寄ってきた闇が、いつの間にか足元を包んでいるような気がした。
「やっつけなきゃ…怖いものは全部!」
焼け野原となり、何一つなくなった街の中心部に立ったデストロイの中では、ステラが嬉しそうに微笑んでいた。
「みんなみんなみぃんな、やっつけて…」
―― ネオが死ななくて済むように…ステラが死ななくて済むように…
一瞬、優しい影が見えた気がするが、ステラは気づかなかった。
風に舞う焼けた残骸と火の粉が、彼女の目の前を飛んで行った。
シンは落ち着いた表情で彼らの前に連行されると、しゃんと顔を上げた。
タリアも今度は警備兵を下がらせず、ドアの前に立って警護させている。
「覚悟はできている…とでも言いたげな顔ね」
タリアが厳しい眼でシンを見つめながら言った。
「レイは信じていたけれど、よく戻ってきたわ。でも戻ればどうなるかは無論…わかっていたでしょ?」
タリアは自分を落ち着かせるためにふぅと息をついた。
そして大きな声で朗々とシンの罪状を並べ立てた。
「勝手な捕虜の解放!クルーへの暴行!モビルスーツの無許可発進!敵軍との接触!」
タリアは「こんな馬鹿げた軍紀違反、聞いたこともないわ」と声を張り上げた。
「何故こんなことをしたの?あの子が可哀想だった?でもあれは…」
「…死にそうでした」
タリアの言葉を遮るように、シンが口を開いた。
「艦長もそれは御存じだったと思いますが?」
「シン、艦長はきみが、どうしてそんな事をしたのかと聞いてるんだぞ」
アーサーが艦長を批判するような口調を咎めるようにシンを諌めた。
けれどシンは行為の理由より動機を、即ち自分の想いを語りだした。
「いくら連合のエクステンデッドだからって、ステラだって人間です!それをあんな風に…解剖した時にデータが取りにくくなるとか、あんなのとか…」
シンは軍医と艦長の冷たい会話を反芻してみせ、タリアは自分たちの会話が彼に聞かれていたことを悟った。
「あの子が死ぬってこと…誰も気にもしない」
彼らにとって、ステラはただ「命を持つ物体」でしかなかったのだ。
壊れれば価値はなく、へとへとでも動いてさえいれば事足りる…
「地球軍だってひどいけど、艦長たちだって同じです、それじゃ!」
声を荒げたシンが一歩前に出たので警備兵が身構えた。
タリアはそれを制し、一方アーサーは堅い声で「口を慎め!」と叱った。
「ではあなたが今回の騒動を起こしたのは、私の言い方が悪かったのと、私たちが死ぬかもしれない彼女を、助けようと努力しなかったからなの?」
タリアはシンの意見を、最初の自分の質問に添った形に変換してみせた。
「それは…!」
そう言われると想いと答えが合わないことにシンは気づき、黙り込んだ。
(うーん、さすが艦長だ)
アーサーは弁の立つシンの口をつぐませた彼女の手腕にこっそりと感心した。
「あなたの主観だけで語るのはやめなさい」
タリアは厳しく言った。
「事実、彼女は連合のエクステンデッドで、私たちは彼女をジブラルタルへ連れて行くようにと司令部から命令を受けていたのよ」
確かに、タリアも軍医も決して治療を怠っていたわけではなく、非人道的扱いをしていたわけでもない。
改造され、薬でコントロールされた彼女の体を治療する術がなかっただけだ。
それに、拘束しなければ彼女は自傷も辞さず反撃に転じ、治療にあたる看護兵や軍医に危険が及ぶ可能性があった。
なのにシンは、自分たちの言動に安易に憤り、「彼女を助けたい」という個人の勝手な思惑で背いたのだ。
冷静に見えても、タリアの怒りは頂点に達していた。
「認められるわけがなく、許されることでもありません」
タリアはシンを完膚なきまでに黙らせた。
「この件は司令部に報告せざるを得ないわ。処分は追って通達します。それまでの間、シン・アスカにもレイ・ザ・バレル同様営倉入りを命じます」
警備兵に連れられてシンが艦長室を出てくると、既に野次馬はいなくなり、アスランとルナマリアだけが待っていた。
ルナマリアがシンの元に駆け寄ろうとしたが、再び警備兵に銃で阻まれる。
「…シン」
シンは心配そうな表情のルナマリアを見ると軽く微笑んだ。
(そんな顔するなよ。おまえは笑ってる方がいいんだから…)
安心させるサインを出したかったが、電子錠に阻まれてままならない。
「連れて行け」
続いて出てきたアーサーが警備兵に命じ、それから呆れたように言った。
「処分が決まるまでは営倉入りだ。まったく…なんだって…」
「処分…って…?」
その言葉を聞いたルナマリアが詰め寄ったが、アーサーは答えない。
「シンはどうなるんですか、副長!?」
「…司令部が決めることだ。僕たちが決めるわけじゃない」
アーサーはルナマリアから眼を逸らし、言葉を濁した。
そんな2人を見て、アスランもまた密かにため息をつく。
「だが、まぁ…覚悟はしておいた方がいいだろうな…」
「アスラン…ッ!」
ブリッジに戻るアーサーを見送り、ルナマリアはアスランを振り返った。
アスランは浮かない表情を見せている。
それを見たルナマリアの瞳が見開かれた。
「…まさか…そうなんですか?…嘘でしょ?」
―― 極刑?
残酷な事実に思い至り、ルナマリアの瞳に見る見る涙があふれた。
「う…嘘ですよね?嘘…そんなこと…」
「ルナマリア」
ルナマリアはアスランの腕を掴みながら泣き出し、床に崩れ落ちた。
そして涙にまみれた顔をアスランに向け、なりふり構わず叫んだ。
「ねぇ…アスラン!お願い…お願い…します…シンを…」
「落ち着いて、ルナマリア」
「シンを助けて…お願い、アスラン…お願い…」
アスランは膝をついて彼女を支え、なんとかなだめようとした。
「あの子、ホントに死にそうだったんです…シンはあの子を助けようとしただけ。敵なのに、ハイネを殺したのに…あんなに弱々しくて、熱も高くて…シンはあの子を守るって…だから返しに行っただけなんです!」
ルナマリアは一気にあふれ出てくる感情と共に次から次へ言葉を続けた。
「なのに…やだ…やだぁ…シンが殺されちゃうなんて…」
振り絞るように泣くルナマリアの肩を抱き、アスランは困惑していた。
「まだ…」
(そうと決まったわけでは…)
アスランはついそう言いかけたが、すぐに思いなおして口をつぐんだ。
シンのやった事は完全な軍紀違反だ。それもかなり罪を重ねている。
この状態では、いかなFAITHの自分にもどうにもできない。
(…気休めは言えない)
けれどルナマリアの姿はあまりに痛々しかった。
こんな時に、これほど冷静でいられる自分は、むしろ冷たすぎるのではないかとさえ思う。
「ル、ルナ…?」
ちょうどその時、そこにやって来たのはヴィーノだった。
彼は泣き崩れているルナマリアを見て驚いて固まっていたが、アスランが「どうしたの?」と聞くと、おずおずと手に持ったものを差し出した。
「あの…これ…インパルスのコックピットに…」
レイの上着なんです、そう言いながら彼はアスランに渡した。
「シン…あの子を抱いてて…レイが、彼女にこれをかけてやって…」
アスランは上着を受け取ると、少し考え込み、「ルナマリアをお願い」と泣いている彼女をヴィーノに頼んで足早に歩き出した。
ミネルバの最下層まで連れてこられたシンは、牢の扉を開けた警備兵に「入れ」と促され、腰をかがめて中に入った。
中では手錠を外してもらえたので、手は自由に使えるようになった。
電子ロックがジーッと冷たい音を立て、扉が閉まると同時に照明が落ちた。
警備兵は下がったが、中に1人、外で2人が厳重に見張っている。
シンはしばらく様子を窺っていた。ベッドと毛布、トイレと洗面台…ただそれだけのシンプルな造り。正真正銘の牢だなぁと思う。
ベッドに座ると、シンはようやく一息ついた。
そして何気なく「レイ」と呼んでみた。
「なんだ」
いつも通りのトーンで、返事はすぐ隣から聞こえてきた。
壁が厚いので柵から覗いても見えないが、隣り同士のようだ。
「ケガは?」と聞くと、「問題ない」と答えが返る。
その後少し沈黙が続き、やがてシンが言った。
「…ごめん」
「何がだ」
同じくベッドに腰掛け、壁に寄りかかっているレイがそっけなく答える。
シンはその答えにやや戸惑い、「だって…俺のせいで…」と言いかけた。
しかしレイはその続きを言わせないように答えた。
「おまえに詫びてもらう理由などない」
(もしシンがエクステンデッドに対して何らかの行動を起こすことがあったら、どんなことでもいい。きみは彼を手伝ってやってくれ)
デュランダルからの指令は、ただそれだけだった。
結果的にはその指令はまっとうされたが、レイの考えは違う。
「俺は俺で、勝手にやったことだ」
「でも、なんで…」
シンは腑に落ちなかった。
「ここでは…誰もステラの事なんか気にかけてなくて…」
シンは遠慮がちに言った。
「きっと、おまえもそうだろうと思ってたんだ…」
彼女は、ただその目的のためだけに造られた生体兵器だった。
けれど、シンは彼女を見捨てなかった。
世界に背を向けられ、不用品として廃棄された彼女を必死に助けようとした。
レイの脳裏に、一人ぼっちの自分を救ってくれた彼の姿が蘇った。
そんな彼自身も、「不用品」として「廃棄」された哀れな命だったのだ。
「おまえがそうしたかった。俺もそうしたかった。それでいいだろう」
レイは強引に話をまとめて切り上げた。
シンはふっと笑い、「うん」と答えた。
(…ありがとう、レイ…)
ずっと張り詰めていた心に、言い知れない温かさが沁み渡った。
「無事に返せたのか?」
「ああ。迎えに来たのは、仮面かぶった怪しいヤツだったけど」
「ふ…なら良かったな」
2人は少しだけ笑い、それからまた沈黙が続いた。
しばらくすると、警備兵に何やら動きがあった。
外で誰かと話している声が聞こえ、やがて扉が開いた。
2人の位置からは誰が入ってきたのか見えないが、足音が近づいてくる。
「シン」
「…ああ」
シンはやって来たのがアスランだと知って軽く目礼した。
アスランはしばらく無言だったが、やがてレイに柵の間から上着を渡した。
「ありがとうございます」
「ルナマリアが、本当に心配してるわよ」
シンは大きな眼を見張っていた彼女を思い出し、「でしょうね」と苦笑した。
「で?なんですか?どうしたんです、こんなところまで」
シンが尋ねると、アスランはやや口ごもりながら言った。
「いえ…その、すまなかったと思って」
「何が?」
「彼女のこと…あなたが、そんなに思い詰めてたとは思わなくて…」
(ほらな)
シンは眼を伏せた。
(誰もステラの事なんか気にかけてない…言ったとおりだ)
「別にそんな…思い詰めてたってわけじゃありませんけど」
シンは呟くように言った。
「ただ…嫌だと思っただけです」
(目の前で、戦争の犠牲になった命が消えていくのはいやだったんだ…)
シンは静かに続けた。
「ステラだって被害者なのに、なのにみんなそのことを忘れて、ただ、連合のエクステンデッドだって。死んでもしょうがないみたいに」
「でも…エクステンデッドであることは…事実でしょう?」
アスランは言いにくそうに言った。
「彼女は連合のパイロットで、彼女に討たれたザフト兵が沢山いるという事も事実で…それは、見方を変えれば…加害者と…」
「それは!でも…でもステラは望んでああなったわけじゃない!」
主観的な見方をするのはやめろと艦長に叱られたシンは、今またアスランに自分の見方が一元的であると示され、つい言い返した。
「わかってて軍に入った俺たちとは違います!」
「ならば尚のこと、彼女は返すべきじゃなかったのかもしれないわ」
「…う」
思いもかけない返答に、シンは言葉に詰まり、アスランを見つめた。
「自分の意志で戦場を去ることもできないのなら、下手をすれば、また…」
(また…)
戦うと?約束は反故にされ、彼女のあの戦闘能力だけが利用されると?
シンは急に不安に苛まれた。彼女を託した仮面の男の顔が浮かぶ。
「だけど、あの人は…約束してくれた。ステラをちゃんと、戦争とは遠い優しい世界に返すって…」
まるで自分に言い聞かせるように、シンはそう呟いた。
「あの人?」
アスランはいぶかしんだ。
「エクステンデッドを創り、利用するような相手が、そんな約束を守ると…本気で信じてるの?」
彼女のいつにも増して厳しい言葉に、シンも再び口を開いた。
「…でも、なら、あのまま死なせればよかったって言うんですか?」
「そうじゃない。でもこれでは何の解決にも…」
「あんなに苦しんで、怖がってたステラを」
「だから自分のやったことは間違っていないとでも?」
「そんな事は言ってませんよ!」
シンは少し声を荒げた。
アスランもうまく自分の気持ちが伝えられず、少し息をついた。
伝えたいのに、言葉が届かないというのはなんともどかしいのだろう。
同じ捕虜でも、民間人であるラクスを返しに来たキラとは、立場も状況も違いすぎる。自分の体験に近いものがあるのに、それは物差にならない。
それくらい、今のシンのケースは深刻だった。
「シン…」
アスランはそれ以上言葉が見つからず困ったように彼を見つめている。
「あ、そうだ」
その時、シンが思い出したように言った。
「インパルス、使ってください。あなたなら使えるでしょう」
アスランはそれを聞いて、シンが昨日言った言葉の意味を理解した。
シンは自分に、インパルスでフリーダムを倒せと言ったのではなく、自分がインパルスに乗る事はもうないからと…だから「託す」つもりだったのだ。
(初めから処罰を受けることもわかっていて…?)
「…俺だって、自分が全部正しいなんて思ってないです」
シンは壁に寄りかかると自嘲気味に笑った。
「今回みたいに、誰がどう見ても俺がバカな事をしてるから、なんでそんな事をしたんだと言われたり、責められたこともたくさんあります」
傷ついた彼に生きる力を与えた「怒り」は、教官や上級生、街のチンピラに向いた。けれどそれは相手の傲慢さや鼻持ちならない態度、意地の悪さがきっかけとなっていた。我慢がならないと思うとシンの感情は爆発した。それは、全てを失った彼が生きるために必要なエネルギーだった。
「でも、これだけは絶対に譲れないものって、誰にだってあるでしょう」
死ぬかもしれないとわかっていて、それでもなお行動を起こしたのか。
アスランが思い出したのはインド洋での基地の開放と破壊、虐殺だった。
(間違っていないと…シンにはそう言い切るだけの覚悟があった…?)
そんなシンを、これ以上自分が、あなたのした事は間違いだった、過ちだったと断罪すべきなのだろうか…この先にはただ、冷たい死が待つだけの彼を…
「だから、俺は譲らない。たとえ自分が…」
アスランはシンのその言葉の先に思い至り、声を失った。
「シン、もうやめろ」
その時、シンを止める声が聞こえてきた。
「アスランも、もういいでしょう。今そんな話をしたって何もならない」
アスランは相変わらず黙り込んでいた。
「終わった事は終わった事で、先の事はわからない。どちらも無意味です」
「レイ」
シンがいぶかしそうに姿の見えない彼の名前を呼んだ
「ただ祈って明日を待つだけだ。俺たちは、皆…」
レイはルナマリアが聞いたらまた「大げさね」と明るく笑いそうな事を言い、それきり黙りこくった。
会話の途切れた牢から、アスランは力なく歩き出した。
彼らに自分がしてやれる事はもう何もない。
(絶対に譲れないものがある…)
再びキラたちと敵対する形になり、セイバーを失って揺らいでいる今、シンの強さを物語るその言葉はアスランに衝撃を与えた。
(シンだけではなく、キラも、カガリも…ラクスもきっと、そのために戦っているのだろう)
だが、果たして自分は?自分が絶対に譲れないものはなんだったろう…?
アスランは背中を向けたまま、最後に静かに呟いた。
「でも、やっぱり…あなたのした事は間違ってる…」
シンはそれをただ黙って聞いていた。
「こちら第81独立機動軍、ネオ・ロアノーク大佐だ」
ロシア平原で猛吹雪に巻かれながら、輸送機は地球軍の地上空母ボナパルトに識別コードを送り、着艦を求めた。
「ようこそ、大佐。アプローチどうぞ」
やがて地中海からの長旅を終えた輸送機がようやく着陸態勢に入る。
キャビンにはスティングはもちろん、J.P.ジョーンズから移乗したラボの研究員たちも乗っていた。
しかし異質なのは座席の間に固定されたストレッチャーだった。
カプセルの中で眠っているのは紛れもないステラ・ルーシェだ。
スティングはちらっと彼女を見るが、特に興味はなさそうだった。
やがて防寒具に身を包んだネオたちが、巨大な空母のハンガーに降り立つ。
「けッ!またえらく辺鄙なところへ連れてきてくれちゃって」
スティングは春めいて暖かい南欧から突然、シベリアとの境まで連れて来られ、凍えるような寒さに震えながら悪態をついた。
「大体何だよこりゃ。なんだってこんな死に損ないみたいなのまでわざわざ…」
スティングが苦しそうにうめくステラを見て、忌々しそうに言った。
かつて彼が妹のように可愛がっていたステラは、彼の記憶にはもう存在しない。
彼にとって彼女は見知らぬ少女であり、しかもひどく具合の悪いお荷物にしか見えていないのだ。
「…いいんだ。きみらは知らないことが多すぎるんだから」
ネオは「初期化」されてリーダーらしい人格を失い、以前よりずっと好戦的で攻撃的になったスティングに言った。
「今さら、それも知らなくていいことさ…」
怪訝そうな顔のスティングにはそれ以上構わず、ネオはストレッチャーを運ばせた。
そんな彼らが通っていくその横にあるものは、シートをかけられた巨大な機材に見えたが、それこそがこの後の悲劇を生み出す、完成したモビルスーツ、GFAS-X1デストロイだった。
ネオは用意された部屋で服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
冷え切った体に熱い湯が沁みていく。
彼の体はひどい傷を負っており、あちこちに皮膚の移植がなされている。
ところどころひきつれた皮膚は、彼が動くたびに不自然な動きをした。
マスクを取った顔にも大きな傷があり、無造作に伸ばした髪がそれを隠す。
「ミネルバはきみの手には余ると、そういうことだったんだな」
ありありと失望感をにじませたロード・ジブリールの声がモニターのスピーカーから流れていた。
「いくら戦力をつぎ込んでも勝てないとは…ガッカリだよ、ネオ・ロアノーク」
ジブリールはねっとりと言った。
「幸いデストロイが完成してね。きみにはそちらを任せることにした」
最後の一つをはめ込もうとしたら、もっといい「部品」が戻ったようだし…ジブリールはネオの報告に眼を通して笑った。
そこにはステラ・ルーシェの帰還と、現在ラボの研究員が全力を上げて彼女を「メンテナンス中」であると書かれていた。
「きみがミネルバを討ってくれればこんな作戦は不要で、犠牲も出さずに済んだのだがねぇ…」
ジブリールは青いルージュをひいた唇を歪ませてくすくすと笑った。
「腐った部分は取り除かないと花園全体がダメになってしまうからね。あれを使ってユーラシア西側を早く静かにさせてくれたまえ」
「ステラ…」
運命が巡った。
戻ってきた彼女はかなりの機能低下を起こしていたが、初期化されたことで優等生だったスティングの精神にかなり不安定さが見える今、むしろこまめに記憶を消されてきたステラの方が安定しているという皮肉な結果が待っていた。
「デストロイに最適なCPUは、ステラ・ルーシェである」
コンピューターが弾き出した冷たい方程式が彼女の運命を決めた。
ネオはシャワー室の壁を叩いた。
(俺は軍人だ。戦うためにここにいる)
そして彼らは戦うことでしか生きられないエクステンデッドだ。
戦わせないことなど、どだい無理な話なのだ。
(あんな約束など…守れるわけがなかったのに…約束など…)
黒い髪、白い肌、赤い瞳の兵士がまっすぐ見つめていた。
怒りに燃え、力をたぎらせ、眼だけで彼を殺そうかというように。
ネオの顔にはシャワーの湯が流れたが、髪の毛に隠れた部分から流れるそれは、まるで涙のようにも見えた。
デュランダルは執務室でデストロイのデータを開いていた。
ちょうどジブリールの部隊が地上空母に合流したとの情報も入っている。
(恐らく、ミネルバから返されたエクステンデッドが届けられたのだろう)
デュランダルは指を動かすとタリアの報告書データを開いた。
シン・アスカが捕虜と共に脱走、レイ・ザ・バレルがそれを幇助。
彼女がいなくても、ジブリールがすぐに使えるエクステンデッドはもう1人残っているので問題はないだろうが、この場合選択肢はなるべく多い方がいい。
(デストロイの威力は、より高い方が効果がある)
役者はそろい、後は待つだけだった。
まずは司令本部から、ミネルバの一件について会議の報せが来ている。
デュランダルは(さて、どうやってお堅い上層部の連中を丸め込むか…)とほくそ笑んだ。インパルスの輝かしい戦績データは既に準備させてある。
シン・アスカをこんなところでリタイアさせるわけにはいかなかった。
彼にはこれから、大きな仕事をしてもらわねばならないのだから。
「浮上完了。推力移行します」
地中海から北海までの長きに渡る潜航を終え、アークエンジェルは浮上した。
「周辺に異常なし。目標点まで約90です」
チャンドラがレーダーを見ながら言うと、ミリアリアはどんよりと曇った空と鈍色の荒れた海を見てうわぁと震え上がった。
「寒そう!」
それを聞いたノイマンが笑いながら振り返った。
「実際寒いぞ、フィヨルドのドックは」
チャンドラもそうそうと頷き、それから嬉しそうに言った。
「だ・か・ら!温泉があるんだよ、アークエンジェルには」
「えー、うそ!?」
ミリアリアは大笑いしたが、後で天使湯を見て(ホントだったのね…)と驚くことになる。
「しかし、スカンジナビア王国に匿われてらしたとは」
アマギたちは、これまでのカガリたちの足取りや逃亡のいきさつを聞いて驚きを隠せなかった。
「国王陛下と、ごく身近な方々しか知らぬことだがな」
カガリが答えた。
「だが、本当にありがたいことだと思っている。父のことも、今でも惜しんでくださっているし…それに陛下はプラントのクライン元議長の知己でもあり、おかげでラクス・クライン共々、俺たちは大変な援助をいただいてるんだ」
危険を犯してまで彼らを受け入れてくれている柔和な国王夫妻と、豪放磊落でありながら心優しい姫将軍を思うたび、カガリはただただ感謝にたえない。
「地球軍の攻撃を受けたおりも真っ先に救援くださいましたな、あの国は」
トダカたちのように救援国への避難民輸送を行った兵は皆、連合の顔色を窺って手を差し伸べない国が多い中、最初に駆けつけた友好国スカンジナビアへの恩義を忘れてはいない。
今はムラサメパイロットのゴウやイケヤ、ニシザワたちも皆、当時は避難民の輸送に奔走し、真摯に働くスカンジナビア軍に世話になった思い出があった。
「俺は、まだそういったものに守られているだけだ」
カガリは苦笑しながら自分の力不足を自嘲した。
事態は未だ、何も好転してはいない。
オーブに戻る目処は立っていないし、この戦争が終結しない限り、いつ何時、ダーダネルスやクレタのような意味のない戦闘が起きるやもしれないのだ。
カガリの表情はしかし、今まで以上に明るかった。
一人ぼっちだと思ったあの日に比べれば、彼の周りにはいつの間にかこんなにも多くの仲間が集まってきている。まだまだ小さな力だけれど…
(俺にとってはここにいる全員が、大切な、大切な仲間たちだ)
「今はそれに甘えさせてもらい、いつの日かきっと、その恩を返そう」
カガリは穏やかな声で言った。
「何より、俺がオーブの善き為政者になることが一番の恩返しだと思う」
「オーブ国内には、セイランのやり方に反対し、カガリ様が戻られるのを心待ちにしている者も多くおります」
イケヤが、「昔から連合寄りと噂されるセイランの『阿り政策』には、そうでない首長や議会、国民の間にも不満があるようです」と訴えると、皆、中立を守るオーブの軍人であるという自負があるので、なぜ連合に従うのだ、今回の戦争は連合に非があるだろうと騒ぎ出す。
「そうですよ!セイランはバカだ!」
以前から仲間内ではセイラン嫌いで有名なニシザワが言うと、ユウナのへっぽこな司令官ぶりに辟易していた彼らはどっと大笑いした。
オーブ艦隊の最高司令官がユウナだったと知ったカガリは、自分の声を、言葉を、名を聞いてなお、攻撃を仕掛けたユウナの本心に思いを馳せた。
(後ろに控えた地球軍に追い詰められて、仕方なく…だよな、きっと)
ミリアリアやチャンドラたちからは、「奥さんだったのねぇ、相手」「壮大な夫婦喧嘩を見せてもらったよ、うん」と散々からかわれ、いやでも悪夢のような結婚式のことを思い出してはゲンナリした。
(ああ…あれも帰ったらどうにかしないとな…)
カガリは記憶をたどったが、何しろあの時はひどく自暴自棄だったから、やけくそになって変なものにサインしてなければいいがと戦々恐々だった。
「わかってる。わかってるから、少し待ってくれ」
やがてカガリは両手を広げ、すぐにでもオーブに帰ろう、そしてセイランに眼にものを見せましょうと意気揚々とする彼らをなだめながら言った。
「俺もなるべく早くオーブに戻りたいと思っている。おまえたちや、クレタで死んでいった者たちのためにも。だが、もう少し待って欲しいんだ」
キラは相変わらず、今はまだオーブには帰らないと言っている。
「どうしてだよ?何か事情があるのか?」
「そういうわけじゃないけど…もう少し待って。お願いだよ、カガリ」
キラが譲らないので、カガリもついにわかったと引き下がった。
けれど、できる限り早くオーブに戻りたいという意思は伝えてある。
惑い、迷う故国を、なんとしてももう一度立て直さなければならない。
「そして時が来たら、その時は皆、俺に力を貸してくれないか」
「もちろんです!」と、将兵たちはカガリの頼みに大喜びだ。
握手を求められたり、思いのたけを語られたりして、相変わらず男たちに囲まれているカガリも、心からの笑顔を見せた。
真っ直ぐな廊下をトリィがスーッと気持ちよさそうに飛んできた。
キラは荒れ始めた北の海を見つめている。白い波が風に飛んでいく。
フィヨルドが近づき、フリーダムもドックでのメンテが待っている。
「お邪魔してもいい?」
はっと振り向くと、休息に入ったマリューがいた。
「すみません。こんなところでサボってて」
今はまだシフト中のキラは恐縮した。
人手不足で生活班がいないので、パイロットとはいえ色々仕事がある。
「いいわよ。あなた一人で、ほんとによく頑張ってるもの、また…」
人手も増えたから、仕事の分担も見直しましょうねとマリューは笑った。
それから少し真面目な顔で聞いた。
「大丈夫?」
キラはその質問を聞いて、やや憂いを秘めた表情になった。
「なんか、何でこんなことになっちゃったのかなって思って…何でまた、アスランと戦うようなことに…」
自分は、アスランに刃を向けた。
怒ったような声でやめろとは言っていたけれど、一度も本気で攻撃を仕掛けなかったアスランのモビルスーツを、容赦なく斬り裂き、撃墜した。
「私たちが間違ってるんですか?ほんとにアスランの言うとおり、議長はいい人で、ラクスが狙われたことも何かの間違いで…」
慎重を期すラクスからの連絡はなく、どこまで調査が進んでいるのかもわからない。それがいつになくキラを不安にさせていた。
トリィがまた、キラの肩から飛び立っていく。
「私たちのやってる事の方が、バカげた、間違った事だとしたら…」
キラの心にアスランが投げかけた言葉が蘇った。
(でも、なぜあんなことをしたの!?あんなバカなことを!)
(自分だけわかったような綺麗事を言わないで!!)
(だから戻れと言ったのよ!討ちたくないと言いながら、なんなの!?)
(下がって、キラ!あなたの力は、ただ戦場を混乱させるだけよ)
友の言葉が心を乱し、キラはもどかしさに歯を食いしばる。
「…私たちはただ、混乱を呼ぶだけの存在なんでしょうか?」
それを聞いたマリューは、皆の前でははっきりと自分の意見を述べるようになったキラも、やはり心の中では迷い、苦しみ、葛藤しているのだと悟った。
「大切な誰かを守ろうとすることは、決してバカげた事でも、間違った事でもないと思うわ」
「え?」
「世界のことは、確かにわからないけど…」
マリューも、今の自分たちが正しいとは言い切れないと思っている。
「でもね、大切な人がいるから、世界も愛せるんじゃないかって、私は思うの」
優しく微笑むマリューの心の中に誰がいるのか、キラには痛いほどわかる。
「私はもう、本当に大切な人を失ってしまったけど…彼がいた世界だもの。やっぱり、この世界を愛してるわ」
「マリューさん…」
キラはいたわるように、彼女の背にそっと手を添えた。
「きっとみんなそうなのよ。キラさんが言ったように、幸せに暮らせる世界が欲しいだけなんだわ。どこかでただ静かに、平和に暮らせて、死んでいければ、それが一番幸せなんだと思うの」
(私もそうやって、生きていきたかったわ…ムウ、あなたと)
マリューは心から愛した男を思い出しながら言った。
「だから頑張るし、戦うんだろうけど…」
そこまで言いかけて、マリューはうーんとうなった。
「ただちょっとやり方が…というか、思う事が違っちゃう事もあるわ」
マリューは苦笑した。
「その、誰かがいてこその世界なのにね…」
キラは黙って聞いていた。
そしてアスランとカガリの再会の様子を思い出す。
(あんなに深く想いあってるのに…お互いにお互いを守りたいと思ってるのに、どうしてあの2人はすれ違ってしまうんだろう…)
「アスランさんも、きっと守りたいと思った気持ちは一緒のはずよ」
そうなんだろう。
アスランは何か、もっと大きなものを見ているようだ。
守りたいものを守るため…だけじゃダメだと思っていたのかもしれない。
「だから余計難しいんだと思うけど、いつかきっと、また手を取り合える時が来るわ、あなたたちは。だから諦めないで、あなたはあなたで頑張って」
キラは「はい」とはにかむように笑った。
(いつか、またアスランと…そうかな。そうだといいな)
マリューは微笑み、小さなキラの頭に手を置いて優しくなでてくれた。
「きみの新しい機体だよ」
パイロットスーツを着たステラとスティングを伴い、ネオは出撃準備が整ったデストロイの前に立った。
「ステラの、新しい?」
入念なメンテナンスを終え、ようやくいつも通りの身体に回復したステラは、ガイアに乗っていた頃のパイロットスーツとは少し形の違うものを着ていた。
デストロイはパイロットとの生体リンケージを行うため、スーツにもいくつか新しい機能が追加されているからだ。
「ああ。ステラもこれでまた戦わないとな…でないと、怖いものが来て私たちを殺す」
「殺す…ステラも?」
不安そうなステラがネオを仰ぎ見ると、ネオは「うん」と頷いた。
「ネオも?」
ステラの赤紫色の瞳がさらに不安に曇った。
ネオはこれ以上彼女を不安な表情にさせることはいやだと思ったが、彼女への…彼女が戦う際に何も苦しまないよう、強い刷り込みを行わなければならない。
「…そうだ」
戦いをシステマティックに進めさせるためには、ステラの中で白と黒をはっきりさせる必要があった。
それはゆりかごでのメンテナンスに加え、ステラが全幅の信頼を寄せるネオが行う事で、より効果を発揮する。
これまでも何度もやってきたことであり、これが自分の任務だった。
だがネオはこれまで以上に口調が重く、気が乗らなかった。
ステラは案の定激しく動揺し、ネオの腕を掴んだ。
「いや!そんなの…死ぬのはいや!」
ネオはステラの頭を優しくなでながら言った。
「なら、やらないとな。ステラならできるだろ?怖いものはみんななくしてしまわなくちゃ…」
「怖いもの……なくす…」
スティングはそんな2人のやり取りの一部始終を胡散臭そうに見ていた。
自分もネオの真似をし、ダダをこねるステラをなだめる時はいつも彼女の頭をなでたり、抱き締めてやったりした事など全て忘れて、突然現れた見知らぬ娘がなぜか新しい機体をもらったことに、苛立ちや嫉妬を隠さない。
ネオはやがてポケットから何かを取り出し、彼女の首にかけてやった。
「ステラが大好きなものだ」
「ステラが?」
ステラはそれが美しい貝殻であることを知ると、嬉しそうに笑った。
本当は、これをステラに持たせるのは非常に危険なことだ。
記憶の消去は、コンピューターのデータ消去と違って万能でも完璧でもない。
ステラがシンのことを忘れていながらも、彼と再会し、触れ合った事で全てを思い出したように、何かのきっかけで記憶が蘇る可能性はゼロではない。
しかしネオは、それを理解していながら敢えてステラに渡した。
あの若いザフト兵との約束を守れなかった自分勝手な罪滅ぼしといわれるかもしれないが、ネオはただ単純に彼の想いを…せめてステラと共にいさせてやりたいと思ったのだ。それほどに、あの夜の2人は純粋で清らかだった。
ネオはそんなステラの頭をもう一度なでると「さぁ、行っておいで」とデストロイのコックピットに向かわせた。
ステラはあきれるほど広いコックピットに座り、やがてデストロイが起動する。
ザムザザーやゲルズゲーを3人で操縦していた事を思えば、巨大なデストロイも、コーディネイターやステラのようなエクステンデッドでない限り、数人がかりでなければ動かせるはずがなかった。
しかしステラは今、このデストロイの操縦に限ってはコーディネイター以上の能力を発揮するよう綿密に「調整」されている。
薬物で極限まで高められた感覚も肉体機能も、既に人の限界を超えていた。
「あは…」
モニターを覗き込んだステラの表情が明るくなった。
「Gigantic Unilatieral Numerous Dominating Ammunition」
OSが起動した後、デストロイの概要が現れた。
パワー、火力、武装の種類と数…圧倒的なそれは、どれをとってもガイアの比ではない。
(これならネオの言った怖いものを、みんな、みぃんなやっつけられる)
「生体CPUリンケージ良好」
「非常要員待機。X-1デストロイ、プラットホーム、ゲート開放」
巨大な4門のビーム砲ドライツェーンを装備したフライトユニットが変形し、脚部が180度後ろを向くことでまるで鳥の脚のように曲がった不気味な姿のMA形態のデストロイが、すさまじい勢いでエンジン音を響かせ始めた。
カメラが光り、空母すら揺らしかねないほどの推進力でデストロイは動き出し、甲板へと出た。そこには護衛役のウィンダムも多数配置されている。
これから、彼らの殺戮作戦が始まるのだ。
「よし…こちらも出るぞ」
ひどい吹雪が吹き込むハッチが閉まると、風防シャッターのこちら側でデストロイの出撃を見届けたネオがスティングに言った。
「けど、何で俺にはあれくれねぇんだよ」
ネオの後をついてくるスティングが不満げに言う。
「あんなわけのわかんねぇ病み上がりより、俺の方がよっぽど…」
ネオは少し黙りこんだが、そっけなく言った。
「適正なんだ。ステラの方が効率がいいと…データ上でな」
ちっとスティングは舌打ちした。
「俺の方が絶対あれをうまく使えるのによぉ…」
悪態をつきながらスティングは同じく見事に復活したカオスに向かった。
ザフトの整備班は同じようにフリーダムに斬り刻まれたセイバーの補修を諦めたが、地球軍はバラバラにされたカオスを見事レストアしてみせた。
コックピットブロック以外はほとんど地球軍製の部品に変わったカオスは、ネオのウィンダムと共に発進し、小回りの利かないデストロイの護衛に就く。
巨大な要塞モビルスーツを中心に、死の部隊は吹雪の中を進軍し始めた。
プラントと友好を結んでいる都市へと向かって…
メイリンが一瞬息を呑み、ゆっくりと深呼吸をした。
(落ち着け…落ち着け…)
それからカラカラに渇いた口を開く。
「艦長に…司令部から、特一暗号電文です」
最後までなんとか声を震わせずに艦長を呼ぶことができた。
ここまで厳重な認証電文となればシンの処分決定の報せに違いない。
ルナマリアはあれ以来落ち着かず、何かあれば突然涙ぐんでしまう。
アスランは相変わらず食事を目の前にして何も食べようとせず、ヴィーノやヨウランでさえいつもの陽気さや元気さが鳴りを潜めている。
(シン…きみがいなくなるなんて、僕はいやだよ)
メイリンは思わず拳を握り締めた。
(ずっと戦場で僕たちを守ってくれたのは、きみなのに…)
祈るように眼を閉じている彼を見て、アーサーがぽんと肩に手を置いた。
「どうなるんでしょうか?シンは…」
メイリンからデータを受け取ったアーサーが艦長室にやってきた。
「わからないわね。普通に考えれば銃殺だけど…シンのこれまでの功績を考慮してくれれば、それだけは…」
タリアとて極刑は何とか避けさせたいが、減刑されたとしてもかなり厳しい結果が出るに違いない。ふぅとため息をつき、それから「防げなかった私たちも責任は問われるわよ」とアーサーをチラリと見た。
アーサーは浮かない顔をする。
「防げと言われても…インパルスですからねぇ、相手は」
そういう意味じゃないわよ!と一蹴され、アーサーがはいっと言って下がる間に、タリアは指紋及び静脈認証を開始した。
モニターにはザフトのシンボルマークが現れる。
「え?」
読み始めたタリアが驚きで姿勢を正すと、アーサーも慌てて覗き込んだ。
そこには、驚きの処分結果が書かれていた。
「出ろ」
艦長室から連絡を受けた警備兵がシンとレイに牢を出るよう促した。
シンは処分が決まったかと思いながら立ち、再び電子錠をかけられる。
外ではレイと合流したが、元気そうな姿を見て、少しだけ微笑んだ。
2人はものものしい警備兵に連れられ、艦内の好奇の眼にさらされながら艦長室までの長い道のりを歩いた。一度たりとも頭を垂れることなく。
やがて艦長室の前に立った2人は、警備兵に連れられて中に消えた。
「不問だって?」
「え、うそぉ!あれで!?司令部が?」
「やっぱスーパーエースだもんなぁ…」
その後、ミネルバでは当然上を下への大騒ぎだった。
シンもレイも一切の罪に問われることなく、無罪放免となったのだ。
ひそひそと噂をしているところに、渦中の2人が歩いてくると、皆口をつぐむ。
シンの働きを思えばそうかと思え、けれどあれだけの騒ぎを起こして罰則すらなしとはどうかと疑問に思う声もあったが、今さら本部の決定に異議を唱えても仕方がない。
2人に司令本部の処分を通達し、手錠を外させて退室を許可したタリアははーっとあからさまにため息をついた。
アーサーはもう一度モニターを見て司令本部の処分内容を音読した。
「拘束中のエクステンデッドが、逃亡の末死亡したことは遺憾であるが、貴艦のこれまでの功績と現在の戦況を鑑み、本件については不問に付す」
2人の間にしばらく沈黙が続く。
「…一体、これはどういうことですか?」
アーサーは何度考えても腑に落ちない。
「あのエクステンデッドは自力で逃亡し、それを僕らミネルバが取り逃がした事になってるんですよね?で、その…身に覚えのない僕たちの『失態』を一切不問にしてくれる…って、ええぇぇ?」
「…私たちの悩みも困惑も、あの人には何の関係もないのよ」
タリアはそう言って「んもぅ!」とデスクを叩き、アーサーはその剣幕に肩をすくめると、逃げるように艦長室を辞した。
「あ!シン!良かったよなぁ、おまえ!」
休憩室に戻ると、ヴィーノが走り寄ってきて抱きついた。
「ああ、もう、心配したぁ!」
今のシンは、もう他人との接触に違和感や嫌悪感はなくなったが、とはいえ男に抱きつかれても嬉しくもなんともないので、笑いながら「よせよ」と彼を突き放そうとした。
出遅れたルナマリアは泣き腫らした眼でシンを見つめている。
シンはそれを見ると彼女の元に歩み寄り、彼女の肩を軽く抱いた。
「心配かけてごめんな、ルナ」
「ん…」
シンの胸に額をつけ、ルナマリアは「よかった…」と涙声で呟いた。
ヨウランは同じく何の罪にも問われなかったレイに声をかけている。
「ヒヤヒヤさせるなよ。ただでさえ戦闘の時は心配してんのに」
「すまない」
「しかしまさかレイがあんな事するとは思わなかったよ」
現場を目撃していたヴィーノも首を振りながら笑っている。
「メイリンはどうしてる?」
シンが尋ねると、やっと笑顔の戻ったルナマリアは、処分が決まるまで姉弟で泣いたり落ち込んだりと毎日大騒ぎだった事を思い出した。
「もう大変。さっきは、シンが無事だったって、嬉し泣きしてた」
今回、シンは仲間たちにとってこれほど大切な存在なのだと実感した。
何より自分にとっては、世界中のどんな誰よりも大切な人だと…
「ご心配をおかけしました」
シンの声に、皆はっと気づいた。
そこには不問という処分を聞いて駆けつけたアスランがいた。
「もう大丈夫です。色々とありがとうございました」
シンはルナマリアや仲間たちから離れるとアスランに歩み寄っていく。
「いえ…」
シンの命が救われた事はともかく、司令本部の決定には疑念があった。
(シンの功績を考慮したにしても、減刑ですらないなんて…)
2人は距離をとって向き合った。
アスランはふと、少し低めだったシンの身長がいつの間にか自分のそれに追いついていることに気づいた。2人はもう、完全に同じ目線にいた。
「司令部より緊急通達です」
オフになったら、すぐにシンとレイに会いに行こう…姉さんも今頃きっと大喜びしてるんだろうなと考えていたメイリンは、再び司令部から緊急通信が入った事に胸騒ぎを覚えた。そしてそれを読み解いて心底驚いた。
「ユーラシア中央より地球軍が侵攻。既に3都市が壊滅。ザフト全軍は、非常態勢を取れとのことです!」
「何ですって!?」
ちょうどブリッジに戻ったタリアもアーサーもその不可解な事象に声をあげた。
同じくそろそろ接岸してドック入りというアークエンジェルでも、チャンドラがターミナルからのエマージェンシーを捉えていた。
連絡を受けたマリューは「わかったわ」とボードを閉じようとした。
「あ、それと、暗号化された秘密通信も届いています」
マリューもキラもそれを聞き、顔を見合わせてブリッジへ急いだ。
ターミナルからの通信は、地球軍の殺戮の記録映像だった。
猛吹雪の中の都市が、巨大なモビルアーマーが放つビーム砲で火の海に包まれた。
ユニットには全方向に向けて無数の砲門があり、そこから360度死角のないビームが放たれては、逃げ場などあるはずがない。
背部ユニットにはミサイル発射官も備わり、無数のミサイルが建物を、そして逃げ惑う人々をあっという間に破壊し、次々と殺していった。
「あ…ああ…」
キラはその光景を見ながら眼を見開いた。
キラが一般市民が虐殺される光景を実際に目の当たりにしたのは、2年前のオーブ戦以来だった。人々はやすやすと吹き飛ばされ、消し飛んでいく。
「これは…」
マリューがチャンドラを振り返ると、彼は冷静にデータを伝えた。
「ユーラシアから西へ、都市を焼きながら進んでいます」
見れば巨大なモビルスーツにはガズウートやバクゥが果敢にも防衛戦を挑んでおり、レセップス級も一斉砲撃を加えている。
だがそんなものはあの巨大なモビアーマーには効果がないようだ。
バビが次々と撃墜され、バクゥが踏み潰され、都市は火だるまになった。
「なんだ、これは!?」
駆けつけたカガリも、この惨状を見て立ちすくんだ。
「なんで…こんな…ひどい!」
ミリアリアは両手で口を押さながら火の海に沈む都市を見つめていたが、チャンドラが「暗号電文を解読して」と促すと慌てて席に座り、震える手でコードを入れ始めた。
「…これ、ラクスさんからです」
「ラクスくん?」
それを聞いたマリューとカガリがオペレーター席に駆けつけた。
ミリアリアは忙しなく指と眼を動かし、難解な暗号を解読していく。
「巨大モビルアーマーは、今後は進路をベルリンにとるのではないかと…」
「ベルリンだと!?」
ベルリンはオーブ同様先進工業が盛んであり、高い技術を誇る工業地域で、それゆえにユーラシアの中でも特にプラント寄りといわれる大都市だ。
慎重なラクスがわざわざ情報をよこしたからには、信憑性は高いと見ていい。
「ザフトを叩くために、同じナチュラルの都市を焼くというのか!?」
国を焼かれる事がどんな事かよく知るカガリが怒りの声をあげた。
「地球軍は何を考えているんだ!」
マリューが再びモニターに映し出される虐殺の戦場を見ると、炎に包まれる都市を背に、キラがこちらを向いていた。
「行きます!マリューさん!」
紫の瞳が今までになく厳しく光る。
「わかったわ。アークエンジェルも行きましょう」
「了解」
ノイマンはそれを受け、ゴール目前で180度回頭した。
黙りこくったままのアスランに、シンが言った。
「司令部にも、俺のことをわかってくれる人はいるみたいです」
シンは首を傾げた。
「不思議ですね…正義と正義は、ぶつかるだけじゃない時もあるんですね」
「シン、それは正義とは…」
違うと言おうとしたが、シンはその言葉より前ににやりと笑った。
「なんにせよ、あなたの言う正しさが全てじゃないってことですよ」
アスランはぐっと言葉を飲み込んだ。
「そうそう、インパルスにはやっぱり俺が乗ることにします」
シンはそんな彼女に向けて人差し指を立てて動かした。
「それだけは、譲れませんからね」
では、とシンは恭しく敬礼した。
「失礼します」
レイは軽く頭を下げてシンに続く。
勝ち誇ったようなシンの表情が心に突き刺さり、アスランは動けなかった。
忍び寄ってきた闇が、いつの間にか足元を包んでいるような気がした。
「やっつけなきゃ…怖いものは全部!」
焼け野原となり、何一つなくなった街の中心部に立ったデストロイの中では、ステラが嬉しそうに微笑んでいた。
「みんなみんなみぃんな、やっつけて…」
―― ネオが死ななくて済むように…ステラが死ななくて済むように…
一瞬、優しい影が見えた気がするが、ステラは気づかなかった。
風に舞う焼けた残骸と火の粉が、彼女の目の前を飛んで行った。
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制作裏話-PHASE31-
このPHASEは全体的に少し重苦しい雰囲気で書くように心がけています。何しろ普通ならこのまま「主人公銃殺」で「超絶バッドエンド」ですから。
しかしそこはもちろん逆転です。
本編であまりにもおかしかったアスランとシンのやり取りなどは変更し、シンの想いとアスランの意見をちゃんとぶつからせています。シンは怒鳴るだけではなく、アスランはシンの気持ちを理解しながらも間違いを間違いであると指摘します。
こうしたはっきりした表現をとるだけでも、今後すれ違っていく2人の関係を描く事ができたと思うのに、本編のシンは怒鳴るだけ、本編のアスランはシンの心を理解しているのか、それとも自分の考えを述べているだけなのかよくわからない。
その上この話の最後はシンの増長フェイスですから、そりゃもうネットでは叩かれまくりました。
(キラがデストロイの暴挙を見てヒーローよろしく迷うことなく出撃するから余計に…)
私はあの本編はシンを叩くなら、結局また何一つできなかった(シンを理解する事も、説得する事も、救う事も全くできなかった)アスランも同罪として叩くべきだと思いましたけどね。
前回何気なくシンの手に持たせたレイの赤服ですが、このPHASEでも役に立ってくれました。赤服を自分が持って行くか、レイに渡して欲しいと望もうとしたシンが警備兵にけんもほろろに扱われるのは、日頃から彼が扱いの難しいエースとして皆に認識されている象徴のつもりです。前回、レイがシンに加担した時も周りの兵がシンにそそのかされたか脅されたのではと囁いていた事もこれを見越しています。
艦長との会話についてもやや改変しました。本編のタリアはシンの言い分を聞きはしますがただ叱責するだけだったので、「彼に間違いをわからせる」ような会話にしたのです。逆転のシンはバカではないので自分の意見の矛盾に気づいてしまいます。ここは第一段階です。
大きな改変はやはりルナマリアでしょう。主人公の運命を想って泣き崩れるなど、まさしくヒロインならではの姿です。そしてまた、泣きじゃくるルナマリアを慰めながらも、気休めは言えないと妙に冷静なのがアスランだと思うのです。本編のアスランにもこうした唐変木ならではの人間らしさがあれば「優しい」という形容詞が薄っぺらいものにならなかったと思うのに(言っておきますが優柔不断と優しさは全く別物ですからね、アスラン)
そこにヴィーノを絡ませたのは、本編よりキャラを有効活用するためです。またしても艦長にハブられたアスランは赤服を届ける事を口実に営倉まで彼らを訪ねて行けますし、泣いているルナマリアを置き去りにせず、ヴィーノに任せることもできますからね。(ちなみに本編のルナマリアは別に泣いてないのでアスランに置いていかれました)
営倉に入ったシンとレイの会話も少し肉付けしてあります。レイはギルバートからの指令を思い出しますが、彼はそれに従ったのではなく、あくまでもシンを助けたかったのだと考え直しています。また同時に、その根拠となるのがゴミのように扱われていた(…というのが逆転での設定。本編では不明だったので)自分を、クルーゼが救ってくれた事であり、さらにそのクルーゼ自身がエクステンデッドと何ら変わらない境遇だったと重ねる事でレイの行動に背景を与えています。本編ではイマイチわかりづらかったこうした事が明らかになるだけでも、シンとレイの友情物語として成り立ったと思うんですよね、本編も。なので逆転では当然ながら、ところどころにレイとクルーゼの関係を散りばめるようにしています。
また、このシーンでは極刑に値する厳罰が待つ2人の間には温かいものが流れると同時に、諦めと覚悟を漂わせたいと思いました。
シンとアスランの会話についてはお互いの主張をわかりやすく言葉にしてみました。
アスランがステラの命にそこまで気を回していなかったことは事実なので、シンには先にレイにそう言わせる演出をしました。レイはそれを汲み取ってくれたわけですから、これによってシンはアスランに失望してしまったとわかるわけです。
ここからのアスランのセリフは本編とあまり変えていませんが、つなぎがおかしい部分が多々あるのでところどころ補完しました。
S ただ嫌だと思っただけですよ。ステラだって被害者なのに。なのにみんなそのことを忘れて、ただ連合のエクステンデッドだって…。死んでもしょうがないみたいに。
シンのこのセリフは特に変えていませんが、シンが「眼の前で戦争の犠牲となって死んでいく人を見たくない」という、自身の経験と、インド洋での行動を繋がせるものとして回想を利用しています。無論本編にはありません。でもそれを押し出すだけでも、「戦争の犠牲者の一人」であるシンのパーソナリティを浮き彫りにできたと思うのですが。
A 彼女は連合のパイロットであり、彼女に討たれたザフト兵も沢山いるということも事実だ。君はそれを…
シンを諌めるアスランのセリフも尤もな事実です。逆転ではさらに、「被害者は同時に加害者となる」という意味をこめました。それによってPHASE17でアスランがシンに言った「泣かされた者が力を持てば、誰かを泣かせる者となる」という事と、タリアに一元的なものの見方はやめなさいと言われたことがシンの心に蘇ります。これが第二段階ですね。それが少しシンを不安にさせます。なのでここでは以下のセリフを入れ替えています。
S じゃあ!あのまま死なせれば良かったって言うんですか!?
より先に、
S それにあの人は約束してくれた!ステラをちゃんと戦争とは遠い優しい世界に返すって!
を入れ込むことで、アスランに「あの人?」といぶかしませています。
「エクステンデッドを創り、利用するような相手が、そんな約束を守るとあなたは本気で信じてるの?」
アスランのこの、厳しいけれど当然ともいえる冷静で公平な問いかけはぜひ入れたかったので、とても満足です。それによってバカではないシンはやはり自分のやった事が正しくはないとまざまざと身に沁みてしまうという三段階の演出です。アスランの優秀さを示せる上に、感情論ばかりでは太刀打ちできないと感じ取るシンの優秀さも示しているやり取りです。
その上でここに、先ほど順番を逆にしたシンのセリフを持ってきます。
S じゃあ!あのまま死なせれば良かったって言うんですか!?
A そうじゃない!だがこれでは何の解決にも…
S あんなに苦しんで怖がってたステラを!
A だから自分のやったことは間違っていないとでも言う気か、君は!
S 俺だって!
と、このように本編の流れに戻していますが、最後は少し変えました。なぜなら、本編ではこの先こそが大切だと思うのに、レイが止めちゃうんですよ、2人の言い合いを。いやいやいやいや、違うだろーと。ちゃんと互いの意見をぶつけ合わなきゃ、いつまでもダメなままだろーと。
なので、逆転のシンは本編のように「俺だって!」ではなく、「そんな事は言ってませんよ!」と怒鳴り、二人は互いに思いをうまく伝えられない事にやや苛立ちを感じて黙り込むと改変しました。
私はここでこそ、アスランはSEEDでのキラとラクスの事を思い出すべきだったと思うんですよ。回想ってそうやって使うものです。ドツボにはまった今はまさしく「何もかもうまくいかないもどかしさに~♪」ですよ。
これ以上言い合っても仕方がないと冷静さを取り戻したシンは、インパルスの事をもう一度アスランに頼みます。アスランは彼の意図に気づき、自らの鈍感さにも気づく事になります。本編では特に答えの出なかったPHASE16とPHASE17のシンとアスランの対立にも、私はここで決着をつけさせたかったのです。だから、シンには自分が周りから見れば間違った事をしたといわれるとわかっている、と認めさせています。
なぜなら私はここで、シンに「絶対に譲れないものがある」と言わせる事をずっと前から決めていたからです。この後のシンの意思の強さを示すためにも必要でしたし、結局最後まで迷ってばかりのアスランへの警鐘でもありました。何を信じ、何を譲らないか…逆転ではシンもキラもとっくにそれを見つけていたのに、アスランだけは見つけられなかったとしたかったのです。(こうしておく事で、シンは議長を信じたのではなく、平和な世界を目指す事そのものを信じたとしたかったんですね)命を賭すことも厭わないシンの覚悟を言わせたところで、レイが「もうやめろ」と止めると続けたのは不自然ではないと思います。
けれど、アスランもまた「それでもシンが間違っている」と譲りません。逆転ではアスランへの救いを、本編では「自分は戦士でしかないのか」という質問に答えなかったラクスからもたらさせるつもりでしたから、こうしたシーンやセリフも必要だったのです。釈放されたシンに「それは正義とは…」と言い掛けるのもその一つです。これは後にラクスが言うように、何者をも恐れず、正しい事を正しい、間違いは間違いだと主張するアスランの強さです。空気が読めなくても孤独でも頑固でも、それを押し通すことこそがアスランの「力」なのだとしたかったのは、最終回まで読んでくださった方ならご存知の通りです。
さてステラのその後と、ロシア平原に向かったネオとスティングについては、本編では駆け足になってきて説明不足が過ぎると思われる部分を補完し、議長がジブリールの手の一手先を読んでいる事、シンの処分を取り消させる画策をしている事を創作しました。
その頃、アークエンジェルは隠れ家の北欧まで戻ってきています。オーブの兵隊さんによるカガリ様マンセー祭はまだ持続しており、これまでのいきさつや、カガリがユウナが自分に向けて発砲した事についてやや疑念に思い始めていることを示唆しています。書き進めるにつれて、こういう「陰謀」はあった方がよかったと思うんですよね、ユウナがあんな待遇になるなら余計に。じゃなかったらやっぱりカガリはとっととオーブに帰るべきですし。(本編はオーブに帰らない理由がイマイチはっきりしないんですよね)逆転では無力で何も持たないカガリが自信を取り戻し、為政者としての力をつけていく成長を描くつもりでしたから、このあたりになるとそろそろ大切な仲間たちから後押しをもらい、一人ではない、そして一人では何も出来ないと感じることで、カガリは着実に変化してきていると思います。
本編の「あんた誰?ホントにあのカガリ?」状態と違って、逆転ではカガリが逆種から持ち続けている明るさと大らかさを奪いたくなかったので、ここまで思い通りにいっているのは満足です。
キラとマリューの会話は特に変更はしていませんが、キラにはアスランのセリフを思い出させたり、マリューが語る言葉に、カガリとアスランのもどかしい状況を思い出したりさせています。こういうところに回想を挟むだけでもキラが思っていることがはっきりわかっていいと思うんですけどね。
マリューはあのうんこみたいな本編の中では数少ない「救われた勝ち組」ですが、その分、バルトフェルドと同じく救う側(まさにセイバー)に廻ってもらっています。
さて、ここではもう一つ加えたシーンがあります。
本編ではいつの間にかステラが首に下げていて視聴者をドン引きさせた「貝殻ペンダント」を、ネオが自分の手で首にかけてやるシーンです。これがあるのとないのでは、ネオが破ってしまったシンとの約束に思いを残しているかどうかに違いが出てきます。このシーンをなぜ入れなかったのかさっぱりわかりません。放送時間の都合で削られたのなら、むしろカガリとオーブ兵の会話を削ってよかったと思います。だってあれ、前回もブリッジでばっちりやったんですからあんなに長々とはいらないでしょう。
シンが釈放されたシーンについては、まずは何より仲間たちに喜びで迎えられるところからにしました。ことにルナマリアは本編と違い、シンの事を心から心配していますから、シンも彼女を真っ先に労わります(先にヴィーノに抱きつかれるのは本編どおりですが)メイリンが祈るように彼の処分を副長に渡すシーンも気に入っています。逆転のメイリンとシンは同い年ながら兄と弟のような関係なので、決裂時もシンはメイリンをためらいなく撃ったレイに怒りを露にする、という演出をしています。
シンのアスランへの態度は「増長」「生意気」と散々叩かれましたが、逆転のシンはもう少し利口ですから、アスランの言葉を再び引用します。そしてインパルスには自分が乗ります、と言うのも逆転ならではです。実際、デストロイ戦ではシンしか出られませんしね。もちろんそれを見越して書いてます。
一方、デストロイによる破壊を眼にしたアークエンジェルにも補完を加えています(ちゃんと公平に書いてますよ)本編ではただ破壊を眼にしたキラが義憤に駆られて出撃を決めたようなところがあるので、ターミナルからの通信に加え、危険を承知でラクスからも秘密通信を入れさせました。
キラやミリアリアが惨状に目を見張る中、国土を焼かれる事の意味を知るカガリが最も怒りをあらわにするのも、逆転ならではの演出です。
なお、もう一つ本編にない演出を施してあります。PHASE30の制作裏話でもお話しましたが、シンが成長しつつあるということを示すために、174cmあるアスランが(欧米系の人間としては、女性だろうと決して高くはなく普通ですが)、設定では16歳で168cmぽっちしかないシンが、自分に追いつきつつあると気づくシーンです。「男子3日会わざれば刮目して見よ」ではないですが、シンはまさに今、心身ともに成長著しい事を示したかったので、描写してみました。まさに後世畏るべしですね。
こうして物語は悲劇へと繋がります。
そして残酷な事実を突きつけられるシンの運命は、さらに過酷さを増して行くのです。
しかしそこはもちろん逆転です。
本編であまりにもおかしかったアスランとシンのやり取りなどは変更し、シンの想いとアスランの意見をちゃんとぶつからせています。シンは怒鳴るだけではなく、アスランはシンの気持ちを理解しながらも間違いを間違いであると指摘します。
こうしたはっきりした表現をとるだけでも、今後すれ違っていく2人の関係を描く事ができたと思うのに、本編のシンは怒鳴るだけ、本編のアスランはシンの心を理解しているのか、それとも自分の考えを述べているだけなのかよくわからない。
その上この話の最後はシンの増長フェイスですから、そりゃもうネットでは叩かれまくりました。
(キラがデストロイの暴挙を見てヒーローよろしく迷うことなく出撃するから余計に…)
私はあの本編はシンを叩くなら、結局また何一つできなかった(シンを理解する事も、説得する事も、救う事も全くできなかった)アスランも同罪として叩くべきだと思いましたけどね。
前回何気なくシンの手に持たせたレイの赤服ですが、このPHASEでも役に立ってくれました。赤服を自分が持って行くか、レイに渡して欲しいと望もうとしたシンが警備兵にけんもほろろに扱われるのは、日頃から彼が扱いの難しいエースとして皆に認識されている象徴のつもりです。前回、レイがシンに加担した時も周りの兵がシンにそそのかされたか脅されたのではと囁いていた事もこれを見越しています。
艦長との会話についてもやや改変しました。本編のタリアはシンの言い分を聞きはしますがただ叱責するだけだったので、「彼に間違いをわからせる」ような会話にしたのです。逆転のシンはバカではないので自分の意見の矛盾に気づいてしまいます。ここは第一段階です。
大きな改変はやはりルナマリアでしょう。主人公の運命を想って泣き崩れるなど、まさしくヒロインならではの姿です。そしてまた、泣きじゃくるルナマリアを慰めながらも、気休めは言えないと妙に冷静なのがアスランだと思うのです。本編のアスランにもこうした唐変木ならではの人間らしさがあれば「優しい」という形容詞が薄っぺらいものにならなかったと思うのに(言っておきますが優柔不断と優しさは全く別物ですからね、アスラン)
そこにヴィーノを絡ませたのは、本編よりキャラを有効活用するためです。またしても艦長にハブられたアスランは赤服を届ける事を口実に営倉まで彼らを訪ねて行けますし、泣いているルナマリアを置き去りにせず、ヴィーノに任せることもできますからね。(ちなみに本編のルナマリアは別に泣いてないのでアスランに置いていかれました)
営倉に入ったシンとレイの会話も少し肉付けしてあります。レイはギルバートからの指令を思い出しますが、彼はそれに従ったのではなく、あくまでもシンを助けたかったのだと考え直しています。また同時に、その根拠となるのがゴミのように扱われていた(…というのが逆転での設定。本編では不明だったので)自分を、クルーゼが救ってくれた事であり、さらにそのクルーゼ自身がエクステンデッドと何ら変わらない境遇だったと重ねる事でレイの行動に背景を与えています。本編ではイマイチわかりづらかったこうした事が明らかになるだけでも、シンとレイの友情物語として成り立ったと思うんですよね、本編も。なので逆転では当然ながら、ところどころにレイとクルーゼの関係を散りばめるようにしています。
また、このシーンでは極刑に値する厳罰が待つ2人の間には温かいものが流れると同時に、諦めと覚悟を漂わせたいと思いました。
シンとアスランの会話についてはお互いの主張をわかりやすく言葉にしてみました。
アスランがステラの命にそこまで気を回していなかったことは事実なので、シンには先にレイにそう言わせる演出をしました。レイはそれを汲み取ってくれたわけですから、これによってシンはアスランに失望してしまったとわかるわけです。
ここからのアスランのセリフは本編とあまり変えていませんが、つなぎがおかしい部分が多々あるのでところどころ補完しました。
S ただ嫌だと思っただけですよ。ステラだって被害者なのに。なのにみんなそのことを忘れて、ただ連合のエクステンデッドだって…。死んでもしょうがないみたいに。
シンのこのセリフは特に変えていませんが、シンが「眼の前で戦争の犠牲となって死んでいく人を見たくない」という、自身の経験と、インド洋での行動を繋がせるものとして回想を利用しています。無論本編にはありません。でもそれを押し出すだけでも、「戦争の犠牲者の一人」であるシンのパーソナリティを浮き彫りにできたと思うのですが。
A 彼女は連合のパイロットであり、彼女に討たれたザフト兵も沢山いるということも事実だ。君はそれを…
シンを諌めるアスランのセリフも尤もな事実です。逆転ではさらに、「被害者は同時に加害者となる」という意味をこめました。それによってPHASE17でアスランがシンに言った「泣かされた者が力を持てば、誰かを泣かせる者となる」という事と、タリアに一元的なものの見方はやめなさいと言われたことがシンの心に蘇ります。これが第二段階ですね。それが少しシンを不安にさせます。なのでここでは以下のセリフを入れ替えています。
S じゃあ!あのまま死なせれば良かったって言うんですか!?
より先に、
S それにあの人は約束してくれた!ステラをちゃんと戦争とは遠い優しい世界に返すって!
を入れ込むことで、アスランに「あの人?」といぶかしませています。
「エクステンデッドを創り、利用するような相手が、そんな約束を守るとあなたは本気で信じてるの?」
アスランのこの、厳しいけれど当然ともいえる冷静で公平な問いかけはぜひ入れたかったので、とても満足です。それによってバカではないシンはやはり自分のやった事が正しくはないとまざまざと身に沁みてしまうという三段階の演出です。アスランの優秀さを示せる上に、感情論ばかりでは太刀打ちできないと感じ取るシンの優秀さも示しているやり取りです。
その上でここに、先ほど順番を逆にしたシンのセリフを持ってきます。
S じゃあ!あのまま死なせれば良かったって言うんですか!?
A そうじゃない!だがこれでは何の解決にも…
S あんなに苦しんで怖がってたステラを!
A だから自分のやったことは間違っていないとでも言う気か、君は!
S 俺だって!
と、このように本編の流れに戻していますが、最後は少し変えました。なぜなら、本編ではこの先こそが大切だと思うのに、レイが止めちゃうんですよ、2人の言い合いを。いやいやいやいや、違うだろーと。ちゃんと互いの意見をぶつけ合わなきゃ、いつまでもダメなままだろーと。
なので、逆転のシンは本編のように「俺だって!」ではなく、「そんな事は言ってませんよ!」と怒鳴り、二人は互いに思いをうまく伝えられない事にやや苛立ちを感じて黙り込むと改変しました。
私はここでこそ、アスランはSEEDでのキラとラクスの事を思い出すべきだったと思うんですよ。回想ってそうやって使うものです。ドツボにはまった今はまさしく「何もかもうまくいかないもどかしさに~♪」ですよ。
これ以上言い合っても仕方がないと冷静さを取り戻したシンは、インパルスの事をもう一度アスランに頼みます。アスランは彼の意図に気づき、自らの鈍感さにも気づく事になります。本編では特に答えの出なかったPHASE16とPHASE17のシンとアスランの対立にも、私はここで決着をつけさせたかったのです。だから、シンには自分が周りから見れば間違った事をしたといわれるとわかっている、と認めさせています。
なぜなら私はここで、シンに「絶対に譲れないものがある」と言わせる事をずっと前から決めていたからです。この後のシンの意思の強さを示すためにも必要でしたし、結局最後まで迷ってばかりのアスランへの警鐘でもありました。何を信じ、何を譲らないか…逆転ではシンもキラもとっくにそれを見つけていたのに、アスランだけは見つけられなかったとしたかったのです。(こうしておく事で、シンは議長を信じたのではなく、平和な世界を目指す事そのものを信じたとしたかったんですね)命を賭すことも厭わないシンの覚悟を言わせたところで、レイが「もうやめろ」と止めると続けたのは不自然ではないと思います。
けれど、アスランもまた「それでもシンが間違っている」と譲りません。逆転ではアスランへの救いを、本編では「自分は戦士でしかないのか」という質問に答えなかったラクスからもたらさせるつもりでしたから、こうしたシーンやセリフも必要だったのです。釈放されたシンに「それは正義とは…」と言い掛けるのもその一つです。これは後にラクスが言うように、何者をも恐れず、正しい事を正しい、間違いは間違いだと主張するアスランの強さです。空気が読めなくても孤独でも頑固でも、それを押し通すことこそがアスランの「力」なのだとしたかったのは、最終回まで読んでくださった方ならご存知の通りです。
さてステラのその後と、ロシア平原に向かったネオとスティングについては、本編では駆け足になってきて説明不足が過ぎると思われる部分を補完し、議長がジブリールの手の一手先を読んでいる事、シンの処分を取り消させる画策をしている事を創作しました。
その頃、アークエンジェルは隠れ家の北欧まで戻ってきています。オーブの兵隊さんによるカガリ様マンセー祭はまだ持続しており、これまでのいきさつや、カガリがユウナが自分に向けて発砲した事についてやや疑念に思い始めていることを示唆しています。書き進めるにつれて、こういう「陰謀」はあった方がよかったと思うんですよね、ユウナがあんな待遇になるなら余計に。じゃなかったらやっぱりカガリはとっととオーブに帰るべきですし。(本編はオーブに帰らない理由がイマイチはっきりしないんですよね)逆転では無力で何も持たないカガリが自信を取り戻し、為政者としての力をつけていく成長を描くつもりでしたから、このあたりになるとそろそろ大切な仲間たちから後押しをもらい、一人ではない、そして一人では何も出来ないと感じることで、カガリは着実に変化してきていると思います。
本編の「あんた誰?ホントにあのカガリ?」状態と違って、逆転ではカガリが逆種から持ち続けている明るさと大らかさを奪いたくなかったので、ここまで思い通りにいっているのは満足です。
キラとマリューの会話は特に変更はしていませんが、キラにはアスランのセリフを思い出させたり、マリューが語る言葉に、カガリとアスランのもどかしい状況を思い出したりさせています。こういうところに回想を挟むだけでもキラが思っていることがはっきりわかっていいと思うんですけどね。
マリューはあのうんこみたいな本編の中では数少ない「救われた勝ち組」ですが、その分、バルトフェルドと同じく救う側(まさにセイバー)に廻ってもらっています。
さて、ここではもう一つ加えたシーンがあります。
本編ではいつの間にかステラが首に下げていて視聴者をドン引きさせた「貝殻ペンダント」を、ネオが自分の手で首にかけてやるシーンです。これがあるのとないのでは、ネオが破ってしまったシンとの約束に思いを残しているかどうかに違いが出てきます。このシーンをなぜ入れなかったのかさっぱりわかりません。放送時間の都合で削られたのなら、むしろカガリとオーブ兵の会話を削ってよかったと思います。だってあれ、前回もブリッジでばっちりやったんですからあんなに長々とはいらないでしょう。
シンが釈放されたシーンについては、まずは何より仲間たちに喜びで迎えられるところからにしました。ことにルナマリアは本編と違い、シンの事を心から心配していますから、シンも彼女を真っ先に労わります(先にヴィーノに抱きつかれるのは本編どおりですが)メイリンが祈るように彼の処分を副長に渡すシーンも気に入っています。逆転のメイリンとシンは同い年ながら兄と弟のような関係なので、決裂時もシンはメイリンをためらいなく撃ったレイに怒りを露にする、という演出をしています。
シンのアスランへの態度は「増長」「生意気」と散々叩かれましたが、逆転のシンはもう少し利口ですから、アスランの言葉を再び引用します。そしてインパルスには自分が乗ります、と言うのも逆転ならではです。実際、デストロイ戦ではシンしか出られませんしね。もちろんそれを見越して書いてます。
一方、デストロイによる破壊を眼にしたアークエンジェルにも補完を加えています(ちゃんと公平に書いてますよ)本編ではただ破壊を眼にしたキラが義憤に駆られて出撃を決めたようなところがあるので、ターミナルからの通信に加え、危険を承知でラクスからも秘密通信を入れさせました。
キラやミリアリアが惨状に目を見張る中、国土を焼かれる事の意味を知るカガリが最も怒りをあらわにするのも、逆転ならではの演出です。
なお、もう一つ本編にない演出を施してあります。PHASE30の制作裏話でもお話しましたが、シンが成長しつつあるということを示すために、174cmあるアスランが(欧米系の人間としては、女性だろうと決して高くはなく普通ですが)、設定では16歳で168cmぽっちしかないシンが、自分に追いつきつつあると気づくシーンです。「男子3日会わざれば刮目して見よ」ではないですが、シンはまさに今、心身ともに成長著しい事を示したかったので、描写してみました。まさに後世畏るべしですね。
こうして物語は悲劇へと繋がります。
そして残酷な事実を突きつけられるシンの運命は、さらに過酷さを増して行くのです。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
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