機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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雨が降ってきたジブラルタルの港は相変わらずの大混雑だった。
ユーラシアや東アジアなど、ザフトとは違う多くの艦艇が続々と入港を待ち、港も多くの人々でごった返している。
彼らが着ているのは、多くがカーキ色の地球軍の制服だ。
「ポートコントロールより通達。接近中の地球軍艦艇、オブジェクト729は、東アジア共和国より合流した友軍である」
「ステータスブルー。警戒態勢は解除。繰り返す」
キサカは舳先に立ち、ライトが照らされた夜の港への入港許可を待っていた。
安全を期し、ずっと電源を切っていた通信機能をオンにした時、GPSが知らせたのは大西洋を北上しつつあるカガリの存在だった。
オンになっているということは、カガリにも自分の存在がわかったはずだった。
(全く…こんなところで何をしているんだ…)
そう呆れながらも、心は主君から託された若き獅子の元に馳せる。
(残る任務もあとわずかだ…いずれオーブで合流できるだろう)
キサカは簡単にメッセージを送ると、今は背を向け、ジブラルタルに入港した。
ユーラシアや東アジアなど、ザフトとは違う多くの艦艇が続々と入港を待ち、港も多くの人々でごった返している。
彼らが着ているのは、多くがカーキ色の地球軍の制服だ。
「ポートコントロールより通達。接近中の地球軍艦艇、オブジェクト729は、東アジア共和国より合流した友軍である」
「ステータスブルー。警戒態勢は解除。繰り返す」
キサカは舳先に立ち、ライトが照らされた夜の港への入港許可を待っていた。
安全を期し、ずっと電源を切っていた通信機能をオンにした時、GPSが知らせたのは大西洋を北上しつつあるカガリの存在だった。
オンになっているということは、カガリにも自分の存在がわかったはずだった。
(全く…こんなところで何をしているんだ…)
そう呆れながらも、心は主君から託された若き獅子の元に馳せる。
(残る任務もあとわずかだ…いずれオーブで合流できるだろう)
キサカは簡単にメッセージを送ると、今は背を向け、ジブラルタルに入港した。
日がとっぷりと暮れてしまってもまだ喧騒が続く基地の様子を見ながら、ミネルバのブリッジではアーサーとタリア、マリクが話をしていた。
「しかし凄いものですね。こんなに連合側の軍が参集してくるとは」
「ええ。でもなんかこう…落ち着かないわね」
アーサーの言葉に、タリアが見慣れない地球軍の艦艇やバギー、制服を見て苦笑した。
作戦が開始されれば、そのうちダガーやウィンダムも基地を闊歩するのだろう。
「そうですね。もうあれは敵と刷り込まれている感じで…確かに」
マリクが苦笑した。 それを聞いてアーサーが頷いた。
「ほんと、これで一斉に裏切られたらジブラルタルはお終いですね!」
その瞬間、タリアやマリクだけでなく、準夜勤クルーも思わず息を呑んだ。
雰囲気を察したアーサーが「…あれ?」と皆を見る。
「もう!バカなこと言わないの、アーサー!」
タリアが眉をひそめた。
「そうでなくとも作戦前でみんなピリピリしてるのに」
「すすす、すみません!!」
自分がまずい事を言ったことに気付き、アーサーが平身低頭した。
「でも、これでヘブンズベースを討ち、逃げ込んだロゴスを討っても問題はそのあとね。本当にこれでロゴスを滅ぼすことが出来るのかしら」
「もちろん、議長ならきっとやってくれますよ!」
「根拠もないのに軽々しい事を言わないで」
失言を取り戻そうとしたアーサーが明るく言ったが、タリアに釘を刺され、またしてもしゅんとした。
「ミネルバ所属レイ・ザ・バレル、出頭いたしました」
「レイ…元気だったかね?大丈夫か?体の方は」
レイが嬉しそうに頷くと、2人はいつものように親愛の抱擁を交わした。
「ロドニアのラボでは辛い目に遭ってしまったな。いや、私も迂闊だった」
議長はレイを優しく促し、着席を奨めながら謝った。
「ああいったところは、な…」
「いえ、ギルのせいではありません。大丈夫です」
レイは首を振って否定した。
何しろあの状況は自分にとっても予想外だったのだ。
「またいろいろと細かい話を聞かせてもらいたいものだが…」
デュランダルは自分もソファに座って手を組むと、それを口元に当てた。
「シン・アスカ…彼は侮れないな。いや、全く驚いたよ」
「シン…ですか?」
レイはデュランダルの言葉の意味を汲み取りかねて彼の次の言葉を待った。
「シンは…もしかしてアスランより、ずっと手ごわいかもしれないね」
そのアスランはといえば、あてがわれた宿舎の一室で電気もつけず、先ほどの議長やシンとの会話について考え、悩み、部屋中を歩き回っていた。
何か心がざわめき、本能的なものが彼女を落ち着かせない。
キラ、カガリ、ラクス、議長、シン、レイ…それぞれが信じる主張が彼女の心に浮かび、互いに反発しあい、惑わせ、悩ませる。
(役割を果たすシンと私…議長の力となる、戦士という役割…)
その時、トントンとノックの音がして、アスランはギクリとした。
なぜこんなにも自分が驚いたのかはわからない。
アスランは咄嗟にデスクの上に置いた銃に手を伸ばしていた。
「…アスラン?アスラン?」
ささやく声は聞き覚えがある。
アスランは少しだけドアを開け、その人物を見た。
「ミーア…」
「やっぱり部屋にいた。駄目だよ、こんなことしてちゃ!」
ミーアはあたりを見回すと素早く部屋に滑り込んできた。
「きみ、さっきも格納庫で議長にちゃんとお返事しなかったろ?」
確かに、アスランは共に戦って欲しいと言った議長に何も言わずに戻ってきた。
ミーアは声を潜め、まるで怒ったような表情でアスランに詰め寄った。
「こんなことしてたら、ほんとに疑われちゃうよ!」
「は?」
アスランはいまひとつ意味がわからず聞き返した。
「あの…シン・アスカは…」
彼は、その名前を口にすると災いでも呼ぶかのように眉をひそめた。
「僕を偽者呼ばわりしたあいつは、もうずっと議長がくださった新型機のところにいるよ。だから、きみも早く!」
ミーアがアスランの腕を掴んだので、アスランはそれを振り払って聞いた。
「疑うって、何を?」
「きみはダメだって!」
「え?」
問い質そうとしたその時、ミーアが一枚の写真を見せた。
それはタルキウスでアスランがキラやカガリと会った時のものだった。
アスランは驚いてそれをまじまじと見つめている。
(いつの間にこんなものを?)
「議長、金髪の彼と話してて、それで…」
何者かが撮ったそれはタリアを通じて議長の元に届き、さらにレイからはミネルバでの自分の動向や言動が逐一報告されていたのだろう。
(監視は想定内だけど、実際につきつけられると…)
アスランは襟元に輝く「信頼の証」にそっと触れ、自嘲気味に苦笑した。
「そうか、やはりダメかな、アスランは…」
シンとの衝突後も、先ほど自分が実際に会うまで特に態度が変わらなかったアスランについての報告を受け、デュランダルはうーんと指先を額に当てた。
「思われた以上に、彼女のアークエンジェルとフリーダムに対する想いは強かったようです」
レイはモニターに映し出された報告書を示した。
「シンは、アスランがフリーダムに抵抗せずやられたと思っていますし…」
「彼ならそう見抜くだろうね」
デュランダルは笑った。
「彼があそこまでの切れ者とは、正直、予想もしていなかった」
議長は簡単にハンガーで起きた事をレイに語って聞かせた。
「では、やはりアスランは…」
「彼女は余計なことを考えすぎるんだ。それがせっかくの力を殺してしまっている。キラ・ヤマトと出会ってしまったのは不幸ということか…アスランもまた」
残念だよ、とデュランダルは言った。
「彼女はとても美しいし、賢く強い。考え過ぎず、ただ役割をこなしさえすれば、十分にプラントの象徴となりうる存在なのに」
レイは何度かアスランと問答を繰り返した手応えから、彼女の心がアークエンジェルやフリーダムに傾きつつある事を感じ取っていた。
彼女に親近感を覚えているルナマリアや、反発しつつも彼女の力にどこか一目置いているシンとは違い、はじめから「キラ・ヤマトの仲間」としか見てこなかったレイだけが、それを敏感に感じていた。
「キラ・ヤマトは死したゆえに、彼女の中で生き続けています」
「はは、それは厄介だね」
デュランダルは苦笑した。
どちらにせよ、使えない駒などもう必要なかった。
「罪状はある。あとは任せていいか?」
「はい」
レイは表情一つ変えずに頷いた。
ミーアは立ち聞きした2人の会話をアスランに伝えると、危機が迫っていることを改めてまくしたてた。
「ね?だからまずいんだ!ヤバいんだよ!」
けれどアスランは特に慌てる様子もなく、考え込んでいる。
「早くそんなことありませんってとこを見せないと、このままじゃ議長、きみを…」
やがてアスランは無言のまま窓に向かうと鍵を開けて外を見た。
いつしか雨は本降りになっており、ざーっという激しい雨音が聞こえる。
それからデスクに向かうと、予備のマガジンを取り出し、無造作にポケットに突っ込んだ。
「…アスラン?ねぇ、きみ、何を…?」
ミーアは、部屋の中を忙しなく動き回るアスランをいぶかしげに見つめている。
アスランはベッドカバーや布団、シーツやタオルを持ってきては床に撒き散らし、それから電気を消した。
その途端、ドンドンとドアを叩く音がしてミーアは縮み上がった。
「ミネルバ所属、特務隊、アスラン・ザラ。保安部の者です。ちょっとお話をお聞きしたいことがあるのですが!」
「さすが、議長は頭がいいわ」
アスランは小声で呟くと、ドアに向けて銃を構えながら窓に向かった。
ミーアが「え?」と尋ねると、アスランは肩をすくめた。
「私のこともよくわかってる」
「アスラン・ザラ!開けてください!」
「ミーア、こちらを見ないで。できたら、彼らの数を教えて」
アスランはそのまま身軽に窓枠に乗ると、すいっと窓の向こうに出た。
そこにはほんの少しだけ細い足場があり、壁伝いに窓枠の影に身を潜める。
(確かに私は、彼の言うとおりの戦う人形になんかはなれない。いくら彼の言うことが正しく聞こえても、私がかつて、それに惑わされてしまったとしても…)
一方ミーアが(人数って…)とおろおろしていると、業を煮やした保安要員が銃底でドアノブをガキンガキンと壊し、扉を開けてなだれこんできた。
その激しさに「うわぁ!」と驚いたミーアは、(どうしよう、どうしよう!)とさらに動揺した。
「…ラクス様!?」
「なぜこちらに…?」
銃を構えた兵たちはそこにラクスが立ちすくんでいたので驚いて聞いた。
「あ…いや、あの…僕…」
ミーアはしどろもどろになりながら、窓の外にも聞こえるよう大声で言った。
「ここでっ…待ち合わせをっ…その、3人で!」
(3人…いける)
それを聞いてアスランは窓の外で身構えた。
ざっと部屋を見回してアスランがいない事を悟った1人が窓辺に向かう。
邪魔っけなシーツや布団に足をとられ、「ええい!」と苛立っている兵たちは「…ったく!悪あがきを!」と言いながら雨が吹き込んでくる窓の外を覗き込んだ。
「外に逃げたんだろう。探せ!」
そう言って仲間を振り返った彼は、窓の外から飛び込んできたアスランの蹴りで後頭部を直撃され、そのまま昏倒した。
「うわっ!」
続けて、驚いて銃を構えかけたもう1人には強烈なエルボーを食らわせる。
鼻の骨がぐしゃりと潰れる感触があったが、そのまま振り切った。
もう1人には顎の先に膝蹴りをくわえ、後頭部を両拳で殴って気絶させた。
すべて関節で急所を狙う危険でえげつない攻撃だったが、仕方がない。
何しろ相手は屈強な保安兵だ。押さえつけられればひとたまりもない。
非力な自分を補い、絶対に反撃されないよう確実に仕留めるには、手加減などしている余裕はなかった。
アスランは倒れた一人のサブマシンガンを奪うとストラップを肩にかけた。
(ア、アスランって…こんなに強かったの!?)
ミーアは今にも腰が抜けそうだったが、その時再び窓の外に出て行くアスランが「早く!」と振り返ったので「ええ?」と叫んでしまった。
「ぼ、ぼ、僕も!?こんなところから!?」
窓から覗くと細い足場をアスランはいとも簡単にすいすいと歩いていく。
「急いで!」
「で、でも僕…」
そんな風に躊躇していると、今の騒ぎを聞きつけたのか廊下の向こうがバタバタと騒がしくなってきたので、ミーアは仕方なく窓枠を乗り越えた。
「…アスラン!アスランってば!」
「ん?」
何度も心臓が止まるような思いをしてようやく踊り場まで辿り着き、階段を降り始めたミーアは、先を行くアスランに声をかけた。
「どうして!?なんで逃げなくちゃいけないんだよ!」
「どうしてって…」
「せっかく知らせに来たのに!ちゃんと議長に謝れば、まだ…」
アスランは階上から聞こえてくる人の声を気にしつつ、声をひそめて言った。
「議長は、自分の認めた役割を果たす者にしか用はないのよ」
「え?」
「彼に都合にいいラクス、そしてモビルスーツパイロットとしての私…」
アスランはずぶ濡れになった長い髪を掻き揚げながら言った。
「保安要員を差し向けたということは、私はもう用無しということね」
それからアスランはミーアに手を差し伸べた。
ミーアはそのほっそりした手を見て顔を上げた瞬間、思わず息を呑んだ。
アスランが優しく、「一緒に行きましょう、ミーア」と言ったのだ。
一番欲しかった彼女の美しい微笑みを眼にして、ミーアの心が高鳴った。
(ああ、アスラン…)
「あなただって、ずっとそんなことをしていられるわけないでしょう?」
けれどミーアは、黙ってアスランを見つめたまま動かなかった。
「そうなればいずれあなたも殺される…だから、一緒に」
その途端、ミーアの心には激しい葛藤が沸きあがった。
ラクスに憧れていただけの自分が、整形し、彼の特徴を身につけて「ラクス・クライン」となってからは、誰もが優しくしてくれ、誰もが大切にしてくれた。人々に尊敬され、敬愛され、愛されて…それら全てと、今眼の前にある彼女の笑顔が天秤にかけられた。
(アスランは…そりゃ、とても素敵だけど…でも…でも…!)
「ぼ、僕は…僕はラクスだ!」
アスランは驚いて眼を見開いた。
「ミーア!?」
「違うっ!」
ミーアはアスランが差し伸べている手を思い切り振り払った。
その時、彼の指先がアスランの首元のバッジを弾き飛ばした。
かつて彼がつけてくれたFAITHの証が、階段から落ちて雨の中に消えた。
「僕はラクスだ!ラクスなんだ!ラクスがいいんだ!!」
アスランは呆気にとられて「ミーア…あなた…」と呟いた。
「役割だっていいじゃないか…ちゃんと…ちゃんとやれば!」
ミーアがアスランを見た。その眼にはどこか狂気が宿っている。
「そうやって生きたって、いいじゃないか!」
そしてミーアは今度は逆にアスランに向かって手を差し伸べた。
彼の指先は弾き飛ばしたFAITHのバッジで傷つけたのか、血が滲んでいた。
「だから…アスランも…ね?大丈夫だよ…」
「何を…」
「一緒に議長に謝ってさ…これからもちゃんとやりますって…2人で言おうよ」
アスランはその言葉にゾクリとし、彼の手を避けようとして後ずさった。
「何を言ってるの、あなたは…」
「いいだろ?そして僕とずっと一緒にいよう?僕はきみが…」
「やめて!」
アスランは首を振って彼の言葉を遮った。
そして再び階段を降り始めたが、踊り場まで来ると足を止めた。
(ここで彼を置いていけば、わかっていながら見捨てた事になる)
アスランはもう一度、偽りの名を持つ哀れな彼を振り返った。
「一緒に来て、ミーア。ここに残るのは危険よ」
けれどミーアは激しく首を振った。
「危険なんかじゃない!だって僕はラクスだ!ラクス・クラインなんだっ!」
彼はしゃがみこみ、階段の柵に掴まって首を振り続けている。
その姿がまるで、牢獄の中の囚われた人のようでいたたまれない。
アスランはそこに、かつての自分を見た気がした。
(彼は、アレックス・ディノだ)
何をすべきかもわからず、何もできず、ただ想いだけがあった哀れな自分。
自分を取り戻さなければならなかったのに、その勇気がもてなかった。
(自分の過去に向き合わなければいけなかったのに、逃げてばかりいた…)
「偽りの自分では、偽りの人生しか送れないわ、ミーア・キャンベル!」
「それでも…」
ミーアが顔を上げた。
「それでもいいんだ!僕は…議長に会って、初めて人に必要とされたんだ!」
泣いているような顔だったが、濡れた瞳に光るそれが涙なのか雨の雫なのか、アスランにはわからなかった。
「僕はラクス・クラインだ!ミーア・キャンベルなんか知らない!」
「ミー…」
「僕は知らないっ!そんなヤツはどこにもいないんだっ!!」
「くっ…」
アスランはいたたまれず背を向けた。ぐずぐずしてはいられない。
(ミーア…)
それから、もう二度と振り返らずに階段を駆け下りて走り出した。
「アスラン…なんで…」
ミーアはばしゃばしゃと遠ざかっていく足音が聞こえなくなると項垂れた。
思いがけず差し伸べられた手と、優しい笑顔が彼の胸に突き刺さった。
「…なんでだよぉ!!」
ミーアの絶叫だけが、アスランが姿を消した闇の中にこだました。
「ドアは固めたんだな?では各部屋と周辺を探せ!」
保安要員がさらに増援され、宿舎全体が捜査対象になった。
アスランに重傷を負わされた仲間たちを見て、男たちは憤り、昂ぶっている。
「相手は赤服だ。女だからと甘く見るなよ!」
「4人、あるいは5人以上でかかれ!相当な危険人物だぞ!」
「できれば拘束したいところだが、万一の場合は射殺もやむを得ん」
バタバタと廊下や外を保安要員が走り回り、基地は俄かにきな臭くなった。
メイリンは(なんだか騒がしいなぁ…)と思いながら自室でコンピューターをいじっていたが、やがてどこからともなくコツコツという音がする事に気づき、きょろきょろとあたりを見回した。
(気のせいかな?)
しかし少し間をおいてまたコツコツと音がする。
「何?一体何が…」
もう一度部屋の中にぐるりと顔を回すと、窓の外にアスランがいたので「うわぁっ!」と声をあげた。
アスランはしっと指を立て、メイリンは驚いて窓を開けた。
「アスランさん!? どっ…どうしたんです?」
「お願い、静かにして」
2人はその途端、「いたか!?」という声と足音にはっと振り向いた。
「とにかく早く!入ってください!」
いつもならそんな事は、引っ込み思案の彼には絶対できないだろう。
けれどこの時メイリンはアスランに手を差し伸べ、彼女を部屋に引っ張り上げた。
姉以外の女性の手を握ることも、ふわりと入ってきた彼女の細い体を支えた事も、甘く芳しい香りも、彼には全てが初体験だった。
「ごめんなさい、外に出たいだけなの…でも行き止りで…」
アスランはばつが悪そうに言った。
「ここまでの部屋を見てきたんだけど、知らない人ばかりだったから」
最後の部屋にメイリンがいたので、危険だとは思ったが合図をしたのだ。
「ん…あの、追われてるんですか?でも…どうして?」
「そんなことは…あとでレイにでも聞いて」
後半はやけに不愉快そうに言うと、アスランは銃を構えてドアの外を窺った。
「この部屋を出るとどこかに出られる?」
「あ、すぐ裏口です…駐車場へ抜けられます」
地獄に仏だった。ただしドアの外を走り回る保安要員を突破できればの話だが。
メイリンは外を窺うアスランの様子をしばらく見ていたが、やがて声をかけた。
「あの…」
「すぐ出て行くから…」
振り向かないままのアスランに言われて一旦黙ったが、勇気を振り絞り、もう一度言った。
「あの!僕を殴ってください!」
「えっ!?な…」
「早くっ!急いで!」
アスランが戸惑っていると、ドンドンドンと激しくドアが叩かれた。
「保安部だ!室内を検分したい。ドアを開けろ!」
アスランはメイリンを押し退けると、ドアに向かって銃を構えた。
「私が出たら声を上げて。銃で脅されていたと言って!」
「だめです!それより早く、僕を殴ってください!」
「バカな事言わないで!そんな事できるわけないでしょ!」
「ああ、もう…」
業を煮やしたメイリンは次の瞬間、「すみませんっ!」と突然アスランに覆いかぶさった。
「………っ!!!!!」
彼女の唇に触れる直前、メイリンは部屋の隅まで吹っ飛んでいた。
「おい!いないのか!」
保安要員の声が怒りに変わった時、メイリンはフラフラになりながら立ち上がり、自分の拳を手で押さえてごめんと呟いているアスランをベッドの下に押し込めた。
それから一番重そうな部屋の備品を手に取る。
「無理よ、危険だわ!」
アスランは止めたが、メイリンは「大丈夫です」とひそひそ声で答えた。
彼はそれで思いっきり窓ガラスを割り、窓を全開にすると倒れこんだ。
倒れこんだのは演技ではなく、彼女のパンチが効きすぎてひっくり返ったのだ。
大きな物音を聞いて、保安要員が扉を壊してなだれこんできた。
アスランは息を潜めてベッドの下から彼らの靴を見つめている。
「おい、大丈夫か!?」
「うわぁ、ひどいな、こりゃ…」
ベッドの下を隠すようにへたりこみ、窓から吹き込む雨に晒されているメイリンに、保安要員が駆け寄った。
「ヤツは窓から逃げたのか?」
「うぅ…」
「メイリン!?」
ルナマリアの声が聞こえ、保安要員たちが彼女に敬礼したのがわかる。
「やだ、どうしたのよ、あんた…」
ルナマリアは膝をついて弟を助け起こした。
鼻血のあとが残り、左の頬がひどく腫れている。
「あ…姉さん…急に入ってきて…でもまた…逃げたみたい」
「逃げたって…誰のこと?」
「…アスランさん…」
「はぁ?!なんでアスランが…?」
事情を知らないルナマリアは驚き、保安要員は破壊された窓を検分しながら「ここから逃げたのか!?」と窓の外を覗いた。
「いきなり銃を向けられて…匿うようにと脅されましたが…」
ルナマリアに助け起こされたメイリンが答える。
「皆さんの声が聞こえたので、僕を殴って逃げました」
「おい、外だ!全員外へ回れ!」
インカムで指令が送られ、バタバタとほとんどの部員が外に向かう。
一方ルナマリアはキツネにつままれたような顔をしている。
「大丈夫?いいからさっさと医務室に行きなさい。着いて行こうか?」
メイリンは「大丈夫、1人で行けるから」と答えた。
「それより姉さん、アスランさんを…きっと何か事情があるんだ」
「わかったわ」
ルナマリアは頷くと立ち上がり、保安要員を振り返った。
「大体なーに?これは何の騒ぎなの?」
「ああ…いえ…」
ルナマリアは保安要員を捕まえて説明を受けているらしく、話し声が段々遠くなっていく。
部屋の外が静かになると、2人は同時にはぁ…とため息をついた。
アスランがベッドの下から出ると、メイリンは何やら忙しなくパッドを操作していた。
「ありがとう…でもどうして…?」
アスランはパタパタと埃を落とすと、メイリンの傍に寄った。
「そりゃ…だって…」
メイリンはモゴモゴと口ごもった。
「僕は…その…アスランさんの…えと、仲間…ですから」
ほとんど言葉など交わしたことのない彼のその言葉にはきょとんとしたが、それでもアスランは「本当にどうもありがとう」と礼を言った。
「その…殴ってごめんなさい」
いくら殴らせようとしたからとはいえ、いきなりキスしようとした彼を見て気まずい思いを抱きつつ、アスランは「じゃ…」と部屋を出て行こうとした。
しかしそんな彼女の腕をメイリンが掴んだ。
「ま、待って」
「わ…!」
本来なら、超晩生の彼が自分から女性に触れるなどできるわけがない。
今日はメイリンにとって全てにおいて初めてのことばかりだった。
それよりさっきの事が尾を引いているアスランは、メイリンに触れられて(また!?)と警戒し、再び拳を構えた。
彼は慌てて「違います違います!」と否定すると素早く指を滑らせ始めた。
「か、格納庫…基地のホストに侵入してどこかで警報を出せれば…」
ここからは彼の腕の見せ所だった。
「車、まわします。見えたら出てください!」
てきぱきと指示するメイリンの言うとおり、アスランは生垣の陰で彼を待った。
やがて1台のエレカに乗ってきた彼はアスランを拾い、助手席で背をかがめるよう言って発進した。目的地はハンガーブロックだった。
しかしこの時、メイリンは厄介な相手に姿を見られていた。
議長の命を受け、保安要員に指示を下していたレイである。
(メイリン・ホーク?)
こんな時間、しかもこんな土砂降りの嵐の夜に、ブリッジ要員であるメイリンが母艦がいる方向とは違う場所に向かう理由など限られてくる。
レイは保安要員には港と基地全般を警戒させ、自分はメイリンの後を追った。
報告を待っていたデュランダルも、打ち合わせをしていたタリアやアーサーも、保安要員から説明を受けて「何でそんな事になったのよ!?」と驚いていたルナマリアも、急に鳴り始めた基地の警報に耳を傾けた。
そのけたたましい警報を耳にし、非常階段で座り込んだまま雨に打たれていたミーアも、はっと顔を上げた。心に浮かんだのは彼女の事だけだった。
(アスラン…見つかったのか!?)
「くそっ、港か!いつの間に…」
中庭やそこから抜けられる建物の探索に廻っていた保安要員たちは慌てて集まり、隊長から半数は港へと向かうよう指示が飛んだ。
「何なんですか?あの警報」
デスティニーの整備に忙しかったシンも顔をあげ、近くの兵に訊ねた。
港とは反対側の格納庫側は、保安要員も定例どおりの数が配置されているだけで積極的にアスランを探してはいない。
「よくわからんが、スパイみたいだ」
「スパイ?」
「情報が錯綜していてね…港の方らしいから、こっちには来ないだろうよ」
通信を受けながら彼は言った。
「連合も混じってごちゃごちゃだからなあ今は。まったく」
シンは港の方をチラリと見て再び作業に戻ろうと歩き出したが、その時ポケットの通信機が鳴り響いた。
同じ頃デュランダルは、ミネルバに通信を入れていた。
「子細はまだわからんが、アスランが突然こちらの保安要員を打ち倒して逃走した」
タリアは議長からの通信に「えっ!?」と声をあげた。
「ミネルバに行くことはないと思うが、一応知らせておく。ことによったら、レイやシンを借りるかもしれん」
「逃走って…なぜです!?」
タリアがモニターにかぶりつくと、議長は手を振った。
「だからまだわからんと言ったろう。また後で連絡するよ」
(シンの方が手ごわいなどと言ったからかな?やはりきみも手ごわいね、お嬢さん)
デュランダルは通信を切るとふぅとため息をついた。
「残念だよ、アスラン…きみはもう少し利口かと思ったがね」
「追っ手はほとんどが港です。今なら…」
メイリンはあたりに人影がないことを確認すると、青いグフが並ぶハンガーに車をつけた。そして手早く全てのモビルスーツのパスを解除していく。
「これでいい。行ってください」
「でも…あなた…」
アスランは戸惑ったままメイリンに訊ねた。
「どうしてここまで…こんな危険を犯してまで…私を?」
メイリンは先ほどからそう言われるたびにチクチクと胸が痛んだ。
「口も利いたことすらないのに」と気にする彼女は、自分が、出会ったその時から彼女を好きになったことなど知らないし、そんな事は微塵も思っていないのだろう。
好きな人を命懸けで助けたいというこの気持ちを、彼女は知る由もないのだ。
(だけど、それでもいい…あなたに会えなくなるのは寂しいけど)
彼は穏やかな眼で、静かに言った。
「殺されるくらいなら…行った方がいいです」
しかしその時、2人の離れかけた運命が再び1つになった。
巨大なハンガーの入り口から、突然サブマシンガンが撃ち込まれたのだ。
「隠れて!」
アスランは咄嗟にメイリンを連れて物陰に隠れた。
銃撃は続き、アスランもまた銃を構えて反撃の余地を待つ。
やがて銃撃が止まり、聞き覚えのある声が響き渡った。
「やっぱり逃げるんですか?また!」
(レイ!?)
頭を抱えたメイリンは、レイが躊躇もなく撃って来た事に驚きを隠せない。
「やめて、レイ!メイリンは…」
必死に叫んだが、レイはすぐに容赦ない銃撃を再開したため、アスランは場所を移動するとメイリンの逆側から威嚇射撃を行った。
「メイリンはただ…」
「俺は許しませんよ!ギルを裏切るなんてこと」
レイはアスランが撃ってくる場所に向けて集中攻撃を始めた。
(メイリンごと殺すつもり?)
アスランは銃撃が弱まった時を見計らって飛び出すと、レイと撃ちあいながら別の隠れ場所まで走り抜けた。
そして素早く位置と距離を測り、レイを傷つけないように彼の銃を弾き飛ばした。
しかしその瞬間、今度は自分のマシンガンも弾き飛ばされてしまった。
(新手!?)
武器を失ったアスランは素早く身を隠し、ポケットからセミオートを出した。
そしてセーフティーを外したそれを両手で構え、相手の様子を窺う。
しばらく沈黙が流れた。
「出て来い、アスラン」
その声を聞いてアスランは息を呑み、心臓の鼓動がさらに速く打ち始める。
メイリンも両手で口を覆ったまま何も言えなかった。
やがてアスランは銃を構えながら、ゆっくりと物陰を出た。
相手はピタリと銃口を自分に向けている。
アスランもまた、相手に照準を合わせた。
そこには、シンが銃を構えて立っていた。
「銃を捨てろ。メイリンも…いるんだろ?」
その声を聞き、メイリンは両手を上げて姿を現した。
シンの赤い瞳は、警戒と共に困惑と怒りを湛えている。
「何をしてるんだ?あんたもメイリンも…」
アスランはシンに銃を向けたまま言った。
「メイリンは関係ない。シン、私は…」
「とにかく銃を捨てろ。話はそれからだ」
しかしその時、メイリンが突然アスランの前に走ってきた。
アスランもシンも驚いたが、彼は銃弾からアスランを庇おうと飛び出したのだ。
いつの間にかレイが銃を構えており、放たれた銃弾はメイリンの腕をかすめた。
「うっ…!」
「メイリン!」
シンが倒れこんだメイリンを見て思わずその名を呼ぶと、アスランはその隙に体をひねり、振り向きざまに発砲して再びレイの拳銃を弾き飛ばした。
手首を押さえてうずくまったレイを、シンもまた振り返った。
「レイ!くそっ…!」
アスランは咄嗟にメイリンに手を差し伸べた。
それはつい先ほど、ミーアに差し伸べられ、振りほどかれた手だ。
(アスランさん…!)
傷を押さえてうずくまっていたメイリンは、意を決してその手を取った。
彼らが闇の中に消えたと思うと、やがて一体のグフが起動し、動き出した。
「アスラン!バカなことをするな!戻れ!」
シンはコックピットに向かって叫んだが、その声は轟音にかき消された。
歩き出したグフを避け、レイもシンも後ろに下がって見送るしかない。
「ごめんなさい…でも、このままじゃあなたが…」
コックピットに座ったアスランは、結局巻き込んでしまったメイリンに謝った。
「ケガは?」
「大丈夫、かすり傷です」
メイリンは器用に口を使って傷に布を巻いてみせた。
「でも、どうするんですか?」
「アークエンジェルを探すわ」
アスランは手早く操作を続けながらグフをハンガーから出した。
「え!?だって…あの艦は…」
メイリンは先の戦闘を思い出して思わず聞き返した。
「沈んじゃいないわ。きっと…キラも!」
アスランはそう言いながらシフトを一杯に入れ、グフは嵐の中へ飛び立った。
「デスティニーとレジェンドの発進準備をさせろ!」
レイがインカムに向かって怒号にも似た声で叫んだ。
「レイ、一体…」
「逃走犯にモビルスーツを奪取された!追撃に出る!」
「おい、レイ!」
レイはシンを無視したまま保安部や管制にてきぱきと命令を下していった。
そしてひと通り手配を終えると、別のチャンネルに合わせた。
「議長」
その言葉でレイが話す相手が誰かを悟ったシンは黙り込んだ。
「ああ、わかっている。頼むよ、レイ」
彼らの会話が終わると、シンは改めてレイを問い詰めた。
「どういうことだ、レイ。なんでこんな事になってるんだよ」
レイからのいきなりのコールで来てみればこの騒ぎだ。
「それに…どうして撃った!?」
シンは、自分がアスランと話している最中に発砲したレイに怒りを禁じえなかった。
何よりアスランを庇って銃弾に倒れたメイリンの姿が眼に焼きついて離れない。
「非常事態だ」
「俺は理由を聞いてるんだ!」
レイはシンの怒りに動じる事もなく、弾かれた銃を拾うと言った。
「彼女はスパイだ。初めから俺たちを裏切っていた」
「はぁ!?」
「とにかく、奴らを追えとの命令だ」
シンはあまりの事にきょとんとしたが、レイは気にも留めず走り出した。
「今は説明している暇はない。行くぞ!」
(スパイ…か)
シンはレイの背を追いながらため息をついた。
(なるほど、ルナの報告をこんな風に利用するってわけだ)
無論、議長の真意がそんなところにあるとは思えなかった。
シンはハンガーでのアスランの様子を思い出した。
(あんたのことだ。自分がつくべきは議長ではなく、アークエンジェルとフリーダムだと眼が覚めたんだろう)
―― いつだって奴らは正しいんだもんな、あんたにとって…
自分たちではなく、結局昔の仲間を選ぶ彼女を思い、シンの心は暗く沈んだ。
共に闘い、共に過ごした日々は、アスランには何も残さなかったのだろうか。
「だけど…」
シンは稲妻が光る荒れた嵐の夜空を見上げて呟いた。
「俺はそんな事許さないぞ、アスラン!」
―― 絶対に許さない…絶対に…!
「しかし凄いものですね。こんなに連合側の軍が参集してくるとは」
「ええ。でもなんかこう…落ち着かないわね」
アーサーの言葉に、タリアが見慣れない地球軍の艦艇やバギー、制服を見て苦笑した。
作戦が開始されれば、そのうちダガーやウィンダムも基地を闊歩するのだろう。
「そうですね。もうあれは敵と刷り込まれている感じで…確かに」
マリクが苦笑した。 それを聞いてアーサーが頷いた。
「ほんと、これで一斉に裏切られたらジブラルタルはお終いですね!」
その瞬間、タリアやマリクだけでなく、準夜勤クルーも思わず息を呑んだ。
雰囲気を察したアーサーが「…あれ?」と皆を見る。
「もう!バカなこと言わないの、アーサー!」
タリアが眉をひそめた。
「そうでなくとも作戦前でみんなピリピリしてるのに」
「すすす、すみません!!」
自分がまずい事を言ったことに気付き、アーサーが平身低頭した。
「でも、これでヘブンズベースを討ち、逃げ込んだロゴスを討っても問題はそのあとね。本当にこれでロゴスを滅ぼすことが出来るのかしら」
「もちろん、議長ならきっとやってくれますよ!」
「根拠もないのに軽々しい事を言わないで」
失言を取り戻そうとしたアーサーが明るく言ったが、タリアに釘を刺され、またしてもしゅんとした。
「ミネルバ所属レイ・ザ・バレル、出頭いたしました」
「レイ…元気だったかね?大丈夫か?体の方は」
レイが嬉しそうに頷くと、2人はいつものように親愛の抱擁を交わした。
「ロドニアのラボでは辛い目に遭ってしまったな。いや、私も迂闊だった」
議長はレイを優しく促し、着席を奨めながら謝った。
「ああいったところは、な…」
「いえ、ギルのせいではありません。大丈夫です」
レイは首を振って否定した。
何しろあの状況は自分にとっても予想外だったのだ。
「またいろいろと細かい話を聞かせてもらいたいものだが…」
デュランダルは自分もソファに座って手を組むと、それを口元に当てた。
「シン・アスカ…彼は侮れないな。いや、全く驚いたよ」
「シン…ですか?」
レイはデュランダルの言葉の意味を汲み取りかねて彼の次の言葉を待った。
「シンは…もしかしてアスランより、ずっと手ごわいかもしれないね」
そのアスランはといえば、あてがわれた宿舎の一室で電気もつけず、先ほどの議長やシンとの会話について考え、悩み、部屋中を歩き回っていた。
何か心がざわめき、本能的なものが彼女を落ち着かせない。
キラ、カガリ、ラクス、議長、シン、レイ…それぞれが信じる主張が彼女の心に浮かび、互いに反発しあい、惑わせ、悩ませる。
(役割を果たすシンと私…議長の力となる、戦士という役割…)
その時、トントンとノックの音がして、アスランはギクリとした。
なぜこんなにも自分が驚いたのかはわからない。
アスランは咄嗟にデスクの上に置いた銃に手を伸ばしていた。
「…アスラン?アスラン?」
ささやく声は聞き覚えがある。
アスランは少しだけドアを開け、その人物を見た。
「ミーア…」
「やっぱり部屋にいた。駄目だよ、こんなことしてちゃ!」
ミーアはあたりを見回すと素早く部屋に滑り込んできた。
「きみ、さっきも格納庫で議長にちゃんとお返事しなかったろ?」
確かに、アスランは共に戦って欲しいと言った議長に何も言わずに戻ってきた。
ミーアは声を潜め、まるで怒ったような表情でアスランに詰め寄った。
「こんなことしてたら、ほんとに疑われちゃうよ!」
「は?」
アスランはいまひとつ意味がわからず聞き返した。
「あの…シン・アスカは…」
彼は、その名前を口にすると災いでも呼ぶかのように眉をひそめた。
「僕を偽者呼ばわりしたあいつは、もうずっと議長がくださった新型機のところにいるよ。だから、きみも早く!」
ミーアがアスランの腕を掴んだので、アスランはそれを振り払って聞いた。
「疑うって、何を?」
「きみはダメだって!」
「え?」
問い質そうとしたその時、ミーアが一枚の写真を見せた。
それはタルキウスでアスランがキラやカガリと会った時のものだった。
アスランは驚いてそれをまじまじと見つめている。
(いつの間にこんなものを?)
「議長、金髪の彼と話してて、それで…」
何者かが撮ったそれはタリアを通じて議長の元に届き、さらにレイからはミネルバでの自分の動向や言動が逐一報告されていたのだろう。
(監視は想定内だけど、実際につきつけられると…)
アスランは襟元に輝く「信頼の証」にそっと触れ、自嘲気味に苦笑した。
「そうか、やはりダメかな、アスランは…」
シンとの衝突後も、先ほど自分が実際に会うまで特に態度が変わらなかったアスランについての報告を受け、デュランダルはうーんと指先を額に当てた。
「思われた以上に、彼女のアークエンジェルとフリーダムに対する想いは強かったようです」
レイはモニターに映し出された報告書を示した。
「シンは、アスランがフリーダムに抵抗せずやられたと思っていますし…」
「彼ならそう見抜くだろうね」
デュランダルは笑った。
「彼があそこまでの切れ者とは、正直、予想もしていなかった」
議長は簡単にハンガーで起きた事をレイに語って聞かせた。
「では、やはりアスランは…」
「彼女は余計なことを考えすぎるんだ。それがせっかくの力を殺してしまっている。キラ・ヤマトと出会ってしまったのは不幸ということか…アスランもまた」
残念だよ、とデュランダルは言った。
「彼女はとても美しいし、賢く強い。考え過ぎず、ただ役割をこなしさえすれば、十分にプラントの象徴となりうる存在なのに」
レイは何度かアスランと問答を繰り返した手応えから、彼女の心がアークエンジェルやフリーダムに傾きつつある事を感じ取っていた。
彼女に親近感を覚えているルナマリアや、反発しつつも彼女の力にどこか一目置いているシンとは違い、はじめから「キラ・ヤマトの仲間」としか見てこなかったレイだけが、それを敏感に感じていた。
「キラ・ヤマトは死したゆえに、彼女の中で生き続けています」
「はは、それは厄介だね」
デュランダルは苦笑した。
どちらにせよ、使えない駒などもう必要なかった。
「罪状はある。あとは任せていいか?」
「はい」
レイは表情一つ変えずに頷いた。
ミーアは立ち聞きした2人の会話をアスランに伝えると、危機が迫っていることを改めてまくしたてた。
「ね?だからまずいんだ!ヤバいんだよ!」
けれどアスランは特に慌てる様子もなく、考え込んでいる。
「早くそんなことありませんってとこを見せないと、このままじゃ議長、きみを…」
やがてアスランは無言のまま窓に向かうと鍵を開けて外を見た。
いつしか雨は本降りになっており、ざーっという激しい雨音が聞こえる。
それからデスクに向かうと、予備のマガジンを取り出し、無造作にポケットに突っ込んだ。
「…アスラン?ねぇ、きみ、何を…?」
ミーアは、部屋の中を忙しなく動き回るアスランをいぶかしげに見つめている。
アスランはベッドカバーや布団、シーツやタオルを持ってきては床に撒き散らし、それから電気を消した。
その途端、ドンドンとドアを叩く音がしてミーアは縮み上がった。
「ミネルバ所属、特務隊、アスラン・ザラ。保安部の者です。ちょっとお話をお聞きしたいことがあるのですが!」
「さすが、議長は頭がいいわ」
アスランは小声で呟くと、ドアに向けて銃を構えながら窓に向かった。
ミーアが「え?」と尋ねると、アスランは肩をすくめた。
「私のこともよくわかってる」
「アスラン・ザラ!開けてください!」
「ミーア、こちらを見ないで。できたら、彼らの数を教えて」
アスランはそのまま身軽に窓枠に乗ると、すいっと窓の向こうに出た。
そこにはほんの少しだけ細い足場があり、壁伝いに窓枠の影に身を潜める。
(確かに私は、彼の言うとおりの戦う人形になんかはなれない。いくら彼の言うことが正しく聞こえても、私がかつて、それに惑わされてしまったとしても…)
一方ミーアが(人数って…)とおろおろしていると、業を煮やした保安要員が銃底でドアノブをガキンガキンと壊し、扉を開けてなだれこんできた。
その激しさに「うわぁ!」と驚いたミーアは、(どうしよう、どうしよう!)とさらに動揺した。
「…ラクス様!?」
「なぜこちらに…?」
銃を構えた兵たちはそこにラクスが立ちすくんでいたので驚いて聞いた。
「あ…いや、あの…僕…」
ミーアはしどろもどろになりながら、窓の外にも聞こえるよう大声で言った。
「ここでっ…待ち合わせをっ…その、3人で!」
(3人…いける)
それを聞いてアスランは窓の外で身構えた。
ざっと部屋を見回してアスランがいない事を悟った1人が窓辺に向かう。
邪魔っけなシーツや布団に足をとられ、「ええい!」と苛立っている兵たちは「…ったく!悪あがきを!」と言いながら雨が吹き込んでくる窓の外を覗き込んだ。
「外に逃げたんだろう。探せ!」
そう言って仲間を振り返った彼は、窓の外から飛び込んできたアスランの蹴りで後頭部を直撃され、そのまま昏倒した。
「うわっ!」
続けて、驚いて銃を構えかけたもう1人には強烈なエルボーを食らわせる。
鼻の骨がぐしゃりと潰れる感触があったが、そのまま振り切った。
もう1人には顎の先に膝蹴りをくわえ、後頭部を両拳で殴って気絶させた。
すべて関節で急所を狙う危険でえげつない攻撃だったが、仕方がない。
何しろ相手は屈強な保安兵だ。押さえつけられればひとたまりもない。
非力な自分を補い、絶対に反撃されないよう確実に仕留めるには、手加減などしている余裕はなかった。
アスランは倒れた一人のサブマシンガンを奪うとストラップを肩にかけた。
(ア、アスランって…こんなに強かったの!?)
ミーアは今にも腰が抜けそうだったが、その時再び窓の外に出て行くアスランが「早く!」と振り返ったので「ええ?」と叫んでしまった。
「ぼ、ぼ、僕も!?こんなところから!?」
窓から覗くと細い足場をアスランはいとも簡単にすいすいと歩いていく。
「急いで!」
「で、でも僕…」
そんな風に躊躇していると、今の騒ぎを聞きつけたのか廊下の向こうがバタバタと騒がしくなってきたので、ミーアは仕方なく窓枠を乗り越えた。
「…アスラン!アスランってば!」
「ん?」
何度も心臓が止まるような思いをしてようやく踊り場まで辿り着き、階段を降り始めたミーアは、先を行くアスランに声をかけた。
「どうして!?なんで逃げなくちゃいけないんだよ!」
「どうしてって…」
「せっかく知らせに来たのに!ちゃんと議長に謝れば、まだ…」
アスランは階上から聞こえてくる人の声を気にしつつ、声をひそめて言った。
「議長は、自分の認めた役割を果たす者にしか用はないのよ」
「え?」
「彼に都合にいいラクス、そしてモビルスーツパイロットとしての私…」
アスランはずぶ濡れになった長い髪を掻き揚げながら言った。
「保安要員を差し向けたということは、私はもう用無しということね」
それからアスランはミーアに手を差し伸べた。
ミーアはそのほっそりした手を見て顔を上げた瞬間、思わず息を呑んだ。
アスランが優しく、「一緒に行きましょう、ミーア」と言ったのだ。
一番欲しかった彼女の美しい微笑みを眼にして、ミーアの心が高鳴った。
(ああ、アスラン…)
「あなただって、ずっとそんなことをしていられるわけないでしょう?」
けれどミーアは、黙ってアスランを見つめたまま動かなかった。
「そうなればいずれあなたも殺される…だから、一緒に」
その途端、ミーアの心には激しい葛藤が沸きあがった。
ラクスに憧れていただけの自分が、整形し、彼の特徴を身につけて「ラクス・クライン」となってからは、誰もが優しくしてくれ、誰もが大切にしてくれた。人々に尊敬され、敬愛され、愛されて…それら全てと、今眼の前にある彼女の笑顔が天秤にかけられた。
(アスランは…そりゃ、とても素敵だけど…でも…でも…!)
「ぼ、僕は…僕はラクスだ!」
アスランは驚いて眼を見開いた。
「ミーア!?」
「違うっ!」
ミーアはアスランが差し伸べている手を思い切り振り払った。
その時、彼の指先がアスランの首元のバッジを弾き飛ばした。
かつて彼がつけてくれたFAITHの証が、階段から落ちて雨の中に消えた。
「僕はラクスだ!ラクスなんだ!ラクスがいいんだ!!」
アスランは呆気にとられて「ミーア…あなた…」と呟いた。
「役割だっていいじゃないか…ちゃんと…ちゃんとやれば!」
ミーアがアスランを見た。その眼にはどこか狂気が宿っている。
「そうやって生きたって、いいじゃないか!」
そしてミーアは今度は逆にアスランに向かって手を差し伸べた。
彼の指先は弾き飛ばしたFAITHのバッジで傷つけたのか、血が滲んでいた。
「だから…アスランも…ね?大丈夫だよ…」
「何を…」
「一緒に議長に謝ってさ…これからもちゃんとやりますって…2人で言おうよ」
アスランはその言葉にゾクリとし、彼の手を避けようとして後ずさった。
「何を言ってるの、あなたは…」
「いいだろ?そして僕とずっと一緒にいよう?僕はきみが…」
「やめて!」
アスランは首を振って彼の言葉を遮った。
そして再び階段を降り始めたが、踊り場まで来ると足を止めた。
(ここで彼を置いていけば、わかっていながら見捨てた事になる)
アスランはもう一度、偽りの名を持つ哀れな彼を振り返った。
「一緒に来て、ミーア。ここに残るのは危険よ」
けれどミーアは激しく首を振った。
「危険なんかじゃない!だって僕はラクスだ!ラクス・クラインなんだっ!」
彼はしゃがみこみ、階段の柵に掴まって首を振り続けている。
その姿がまるで、牢獄の中の囚われた人のようでいたたまれない。
アスランはそこに、かつての自分を見た気がした。
(彼は、アレックス・ディノだ)
何をすべきかもわからず、何もできず、ただ想いだけがあった哀れな自分。
自分を取り戻さなければならなかったのに、その勇気がもてなかった。
(自分の過去に向き合わなければいけなかったのに、逃げてばかりいた…)
「偽りの自分では、偽りの人生しか送れないわ、ミーア・キャンベル!」
「それでも…」
ミーアが顔を上げた。
「それでもいいんだ!僕は…議長に会って、初めて人に必要とされたんだ!」
泣いているような顔だったが、濡れた瞳に光るそれが涙なのか雨の雫なのか、アスランにはわからなかった。
「僕はラクス・クラインだ!ミーア・キャンベルなんか知らない!」
「ミー…」
「僕は知らないっ!そんなヤツはどこにもいないんだっ!!」
「くっ…」
アスランはいたたまれず背を向けた。ぐずぐずしてはいられない。
(ミーア…)
それから、もう二度と振り返らずに階段を駆け下りて走り出した。
「アスラン…なんで…」
ミーアはばしゃばしゃと遠ざかっていく足音が聞こえなくなると項垂れた。
思いがけず差し伸べられた手と、優しい笑顔が彼の胸に突き刺さった。
「…なんでだよぉ!!」
ミーアの絶叫だけが、アスランが姿を消した闇の中にこだました。
「ドアは固めたんだな?では各部屋と周辺を探せ!」
保安要員がさらに増援され、宿舎全体が捜査対象になった。
アスランに重傷を負わされた仲間たちを見て、男たちは憤り、昂ぶっている。
「相手は赤服だ。女だからと甘く見るなよ!」
「4人、あるいは5人以上でかかれ!相当な危険人物だぞ!」
「できれば拘束したいところだが、万一の場合は射殺もやむを得ん」
バタバタと廊下や外を保安要員が走り回り、基地は俄かにきな臭くなった。
メイリンは(なんだか騒がしいなぁ…)と思いながら自室でコンピューターをいじっていたが、やがてどこからともなくコツコツという音がする事に気づき、きょろきょろとあたりを見回した。
(気のせいかな?)
しかし少し間をおいてまたコツコツと音がする。
「何?一体何が…」
もう一度部屋の中にぐるりと顔を回すと、窓の外にアスランがいたので「うわぁっ!」と声をあげた。
アスランはしっと指を立て、メイリンは驚いて窓を開けた。
「アスランさん!? どっ…どうしたんです?」
「お願い、静かにして」
2人はその途端、「いたか!?」という声と足音にはっと振り向いた。
「とにかく早く!入ってください!」
いつもならそんな事は、引っ込み思案の彼には絶対できないだろう。
けれどこの時メイリンはアスランに手を差し伸べ、彼女を部屋に引っ張り上げた。
姉以外の女性の手を握ることも、ふわりと入ってきた彼女の細い体を支えた事も、甘く芳しい香りも、彼には全てが初体験だった。
「ごめんなさい、外に出たいだけなの…でも行き止りで…」
アスランはばつが悪そうに言った。
「ここまでの部屋を見てきたんだけど、知らない人ばかりだったから」
最後の部屋にメイリンがいたので、危険だとは思ったが合図をしたのだ。
「ん…あの、追われてるんですか?でも…どうして?」
「そんなことは…あとでレイにでも聞いて」
後半はやけに不愉快そうに言うと、アスランは銃を構えてドアの外を窺った。
「この部屋を出るとどこかに出られる?」
「あ、すぐ裏口です…駐車場へ抜けられます」
地獄に仏だった。ただしドアの外を走り回る保安要員を突破できればの話だが。
メイリンは外を窺うアスランの様子をしばらく見ていたが、やがて声をかけた。
「あの…」
「すぐ出て行くから…」
振り向かないままのアスランに言われて一旦黙ったが、勇気を振り絞り、もう一度言った。
「あの!僕を殴ってください!」
「えっ!?な…」
「早くっ!急いで!」
アスランが戸惑っていると、ドンドンドンと激しくドアが叩かれた。
「保安部だ!室内を検分したい。ドアを開けろ!」
アスランはメイリンを押し退けると、ドアに向かって銃を構えた。
「私が出たら声を上げて。銃で脅されていたと言って!」
「だめです!それより早く、僕を殴ってください!」
「バカな事言わないで!そんな事できるわけないでしょ!」
「ああ、もう…」
業を煮やしたメイリンは次の瞬間、「すみませんっ!」と突然アスランに覆いかぶさった。
「………っ!!!!!」
彼女の唇に触れる直前、メイリンは部屋の隅まで吹っ飛んでいた。
「おい!いないのか!」
保安要員の声が怒りに変わった時、メイリンはフラフラになりながら立ち上がり、自分の拳を手で押さえてごめんと呟いているアスランをベッドの下に押し込めた。
それから一番重そうな部屋の備品を手に取る。
「無理よ、危険だわ!」
アスランは止めたが、メイリンは「大丈夫です」とひそひそ声で答えた。
彼はそれで思いっきり窓ガラスを割り、窓を全開にすると倒れこんだ。
倒れこんだのは演技ではなく、彼女のパンチが効きすぎてひっくり返ったのだ。
大きな物音を聞いて、保安要員が扉を壊してなだれこんできた。
アスランは息を潜めてベッドの下から彼らの靴を見つめている。
「おい、大丈夫か!?」
「うわぁ、ひどいな、こりゃ…」
ベッドの下を隠すようにへたりこみ、窓から吹き込む雨に晒されているメイリンに、保安要員が駆け寄った。
「ヤツは窓から逃げたのか?」
「うぅ…」
「メイリン!?」
ルナマリアの声が聞こえ、保安要員たちが彼女に敬礼したのがわかる。
「やだ、どうしたのよ、あんた…」
ルナマリアは膝をついて弟を助け起こした。
鼻血のあとが残り、左の頬がひどく腫れている。
「あ…姉さん…急に入ってきて…でもまた…逃げたみたい」
「逃げたって…誰のこと?」
「…アスランさん…」
「はぁ?!なんでアスランが…?」
事情を知らないルナマリアは驚き、保安要員は破壊された窓を検分しながら「ここから逃げたのか!?」と窓の外を覗いた。
「いきなり銃を向けられて…匿うようにと脅されましたが…」
ルナマリアに助け起こされたメイリンが答える。
「皆さんの声が聞こえたので、僕を殴って逃げました」
「おい、外だ!全員外へ回れ!」
インカムで指令が送られ、バタバタとほとんどの部員が外に向かう。
一方ルナマリアはキツネにつままれたような顔をしている。
「大丈夫?いいからさっさと医務室に行きなさい。着いて行こうか?」
メイリンは「大丈夫、1人で行けるから」と答えた。
「それより姉さん、アスランさんを…きっと何か事情があるんだ」
「わかったわ」
ルナマリアは頷くと立ち上がり、保安要員を振り返った。
「大体なーに?これは何の騒ぎなの?」
「ああ…いえ…」
ルナマリアは保安要員を捕まえて説明を受けているらしく、話し声が段々遠くなっていく。
部屋の外が静かになると、2人は同時にはぁ…とため息をついた。
アスランがベッドの下から出ると、メイリンは何やら忙しなくパッドを操作していた。
「ありがとう…でもどうして…?」
アスランはパタパタと埃を落とすと、メイリンの傍に寄った。
「そりゃ…だって…」
メイリンはモゴモゴと口ごもった。
「僕は…その…アスランさんの…えと、仲間…ですから」
ほとんど言葉など交わしたことのない彼のその言葉にはきょとんとしたが、それでもアスランは「本当にどうもありがとう」と礼を言った。
「その…殴ってごめんなさい」
いくら殴らせようとしたからとはいえ、いきなりキスしようとした彼を見て気まずい思いを抱きつつ、アスランは「じゃ…」と部屋を出て行こうとした。
しかしそんな彼女の腕をメイリンが掴んだ。
「ま、待って」
「わ…!」
本来なら、超晩生の彼が自分から女性に触れるなどできるわけがない。
今日はメイリンにとって全てにおいて初めてのことばかりだった。
それよりさっきの事が尾を引いているアスランは、メイリンに触れられて(また!?)と警戒し、再び拳を構えた。
彼は慌てて「違います違います!」と否定すると素早く指を滑らせ始めた。
「か、格納庫…基地のホストに侵入してどこかで警報を出せれば…」
ここからは彼の腕の見せ所だった。
「車、まわします。見えたら出てください!」
てきぱきと指示するメイリンの言うとおり、アスランは生垣の陰で彼を待った。
やがて1台のエレカに乗ってきた彼はアスランを拾い、助手席で背をかがめるよう言って発進した。目的地はハンガーブロックだった。
しかしこの時、メイリンは厄介な相手に姿を見られていた。
議長の命を受け、保安要員に指示を下していたレイである。
(メイリン・ホーク?)
こんな時間、しかもこんな土砂降りの嵐の夜に、ブリッジ要員であるメイリンが母艦がいる方向とは違う場所に向かう理由など限られてくる。
レイは保安要員には港と基地全般を警戒させ、自分はメイリンの後を追った。
報告を待っていたデュランダルも、打ち合わせをしていたタリアやアーサーも、保安要員から説明を受けて「何でそんな事になったのよ!?」と驚いていたルナマリアも、急に鳴り始めた基地の警報に耳を傾けた。
そのけたたましい警報を耳にし、非常階段で座り込んだまま雨に打たれていたミーアも、はっと顔を上げた。心に浮かんだのは彼女の事だけだった。
(アスラン…見つかったのか!?)
「くそっ、港か!いつの間に…」
中庭やそこから抜けられる建物の探索に廻っていた保安要員たちは慌てて集まり、隊長から半数は港へと向かうよう指示が飛んだ。
「何なんですか?あの警報」
デスティニーの整備に忙しかったシンも顔をあげ、近くの兵に訊ねた。
港とは反対側の格納庫側は、保安要員も定例どおりの数が配置されているだけで積極的にアスランを探してはいない。
「よくわからんが、スパイみたいだ」
「スパイ?」
「情報が錯綜していてね…港の方らしいから、こっちには来ないだろうよ」
通信を受けながら彼は言った。
「連合も混じってごちゃごちゃだからなあ今は。まったく」
シンは港の方をチラリと見て再び作業に戻ろうと歩き出したが、その時ポケットの通信機が鳴り響いた。
同じ頃デュランダルは、ミネルバに通信を入れていた。
「子細はまだわからんが、アスランが突然こちらの保安要員を打ち倒して逃走した」
タリアは議長からの通信に「えっ!?」と声をあげた。
「ミネルバに行くことはないと思うが、一応知らせておく。ことによったら、レイやシンを借りるかもしれん」
「逃走って…なぜです!?」
タリアがモニターにかぶりつくと、議長は手を振った。
「だからまだわからんと言ったろう。また後で連絡するよ」
(シンの方が手ごわいなどと言ったからかな?やはりきみも手ごわいね、お嬢さん)
デュランダルは通信を切るとふぅとため息をついた。
「残念だよ、アスラン…きみはもう少し利口かと思ったがね」
「追っ手はほとんどが港です。今なら…」
メイリンはあたりに人影がないことを確認すると、青いグフが並ぶハンガーに車をつけた。そして手早く全てのモビルスーツのパスを解除していく。
「これでいい。行ってください」
「でも…あなた…」
アスランは戸惑ったままメイリンに訊ねた。
「どうしてここまで…こんな危険を犯してまで…私を?」
メイリンは先ほどからそう言われるたびにチクチクと胸が痛んだ。
「口も利いたことすらないのに」と気にする彼女は、自分が、出会ったその時から彼女を好きになったことなど知らないし、そんな事は微塵も思っていないのだろう。
好きな人を命懸けで助けたいというこの気持ちを、彼女は知る由もないのだ。
(だけど、それでもいい…あなたに会えなくなるのは寂しいけど)
彼は穏やかな眼で、静かに言った。
「殺されるくらいなら…行った方がいいです」
しかしその時、2人の離れかけた運命が再び1つになった。
巨大なハンガーの入り口から、突然サブマシンガンが撃ち込まれたのだ。
「隠れて!」
アスランは咄嗟にメイリンを連れて物陰に隠れた。
銃撃は続き、アスランもまた銃を構えて反撃の余地を待つ。
やがて銃撃が止まり、聞き覚えのある声が響き渡った。
「やっぱり逃げるんですか?また!」
(レイ!?)
頭を抱えたメイリンは、レイが躊躇もなく撃って来た事に驚きを隠せない。
「やめて、レイ!メイリンは…」
必死に叫んだが、レイはすぐに容赦ない銃撃を再開したため、アスランは場所を移動するとメイリンの逆側から威嚇射撃を行った。
「メイリンはただ…」
「俺は許しませんよ!ギルを裏切るなんてこと」
レイはアスランが撃ってくる場所に向けて集中攻撃を始めた。
(メイリンごと殺すつもり?)
アスランは銃撃が弱まった時を見計らって飛び出すと、レイと撃ちあいながら別の隠れ場所まで走り抜けた。
そして素早く位置と距離を測り、レイを傷つけないように彼の銃を弾き飛ばした。
しかしその瞬間、今度は自分のマシンガンも弾き飛ばされてしまった。
(新手!?)
武器を失ったアスランは素早く身を隠し、ポケットからセミオートを出した。
そしてセーフティーを外したそれを両手で構え、相手の様子を窺う。
しばらく沈黙が流れた。
「出て来い、アスラン」
その声を聞いてアスランは息を呑み、心臓の鼓動がさらに速く打ち始める。
メイリンも両手で口を覆ったまま何も言えなかった。
やがてアスランは銃を構えながら、ゆっくりと物陰を出た。
相手はピタリと銃口を自分に向けている。
アスランもまた、相手に照準を合わせた。
そこには、シンが銃を構えて立っていた。
「銃を捨てろ。メイリンも…いるんだろ?」
その声を聞き、メイリンは両手を上げて姿を現した。
シンの赤い瞳は、警戒と共に困惑と怒りを湛えている。
「何をしてるんだ?あんたもメイリンも…」
アスランはシンに銃を向けたまま言った。
「メイリンは関係ない。シン、私は…」
「とにかく銃を捨てろ。話はそれからだ」
しかしその時、メイリンが突然アスランの前に走ってきた。
アスランもシンも驚いたが、彼は銃弾からアスランを庇おうと飛び出したのだ。
いつの間にかレイが銃を構えており、放たれた銃弾はメイリンの腕をかすめた。
「うっ…!」
「メイリン!」
シンが倒れこんだメイリンを見て思わずその名を呼ぶと、アスランはその隙に体をひねり、振り向きざまに発砲して再びレイの拳銃を弾き飛ばした。
手首を押さえてうずくまったレイを、シンもまた振り返った。
「レイ!くそっ…!」
アスランは咄嗟にメイリンに手を差し伸べた。
それはつい先ほど、ミーアに差し伸べられ、振りほどかれた手だ。
(アスランさん…!)
傷を押さえてうずくまっていたメイリンは、意を決してその手を取った。
彼らが闇の中に消えたと思うと、やがて一体のグフが起動し、動き出した。
「アスラン!バカなことをするな!戻れ!」
シンはコックピットに向かって叫んだが、その声は轟音にかき消された。
歩き出したグフを避け、レイもシンも後ろに下がって見送るしかない。
「ごめんなさい…でも、このままじゃあなたが…」
コックピットに座ったアスランは、結局巻き込んでしまったメイリンに謝った。
「ケガは?」
「大丈夫、かすり傷です」
メイリンは器用に口を使って傷に布を巻いてみせた。
「でも、どうするんですか?」
「アークエンジェルを探すわ」
アスランは手早く操作を続けながらグフをハンガーから出した。
「え!?だって…あの艦は…」
メイリンは先の戦闘を思い出して思わず聞き返した。
「沈んじゃいないわ。きっと…キラも!」
アスランはそう言いながらシフトを一杯に入れ、グフは嵐の中へ飛び立った。
「デスティニーとレジェンドの発進準備をさせろ!」
レイがインカムに向かって怒号にも似た声で叫んだ。
「レイ、一体…」
「逃走犯にモビルスーツを奪取された!追撃に出る!」
「おい、レイ!」
レイはシンを無視したまま保安部や管制にてきぱきと命令を下していった。
そしてひと通り手配を終えると、別のチャンネルに合わせた。
「議長」
その言葉でレイが話す相手が誰かを悟ったシンは黙り込んだ。
「ああ、わかっている。頼むよ、レイ」
彼らの会話が終わると、シンは改めてレイを問い詰めた。
「どういうことだ、レイ。なんでこんな事になってるんだよ」
レイからのいきなりのコールで来てみればこの騒ぎだ。
「それに…どうして撃った!?」
シンは、自分がアスランと話している最中に発砲したレイに怒りを禁じえなかった。
何よりアスランを庇って銃弾に倒れたメイリンの姿が眼に焼きついて離れない。
「非常事態だ」
「俺は理由を聞いてるんだ!」
レイはシンの怒りに動じる事もなく、弾かれた銃を拾うと言った。
「彼女はスパイだ。初めから俺たちを裏切っていた」
「はぁ!?」
「とにかく、奴らを追えとの命令だ」
シンはあまりの事にきょとんとしたが、レイは気にも留めず走り出した。
「今は説明している暇はない。行くぞ!」
(スパイ…か)
シンはレイの背を追いながらため息をついた。
(なるほど、ルナの報告をこんな風に利用するってわけだ)
無論、議長の真意がそんなところにあるとは思えなかった。
シンはハンガーでのアスランの様子を思い出した。
(あんたのことだ。自分がつくべきは議長ではなく、アークエンジェルとフリーダムだと眼が覚めたんだろう)
―― いつだって奴らは正しいんだもんな、あんたにとって…
自分たちではなく、結局昔の仲間を選ぶ彼女を思い、シンの心は暗く沈んだ。
共に闘い、共に過ごした日々は、アスランには何も残さなかったのだろうか。
「だけど…」
シンは稲妻が光る荒れた嵐の夜空を見上げて呟いた。
「俺はそんな事許さないぞ、アスラン!」
―― 絶対に許さない…絶対に…!
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制作裏話-PHASE36②-
PHASE36は初めて「文字数が多すぎて」分割になったPHASEです。このPHASE以降は加筆と補完により、ほとんどの話が文字数オーバーで2話構成になります。
前半では冒頭に「ガイア」を出して伏線にしたので、後半では「キサカ」です。彼はこの後、物語を左右する大活躍をするわけですが、そのために存在をアピールしました。本編では全くセリフがありませんでしたが、どうして種ってセリフで話を進めることができないんでしょうね。謎です。
夜になり、雨が降ってきても騒がしいジブラルタル基地の宿舎では、ミーアがアスランに忠告にやってきます。アスランは彼から議長とレイが自分はもうダメだと判断していた事、タルキウスでキラたちと会っているシーンを撮影されていた事を知り、FAITHとは名ばかりで、所詮は監視される囚われ人だった事を確信します。
本編のアスランはひたすら力技で脱出を謀りましたが、逆転のアスランは女性なので、そこまでパワーを押し出すわけにはいきません。なので部屋を荒らして足場を乱す、ミーアに人数を報告させる、そして奇襲と容赦のない急所攻撃でとりあえず第一関門を突破するという演出にしました。
そして後半、大きな山場であるミーアとの決裂シーン。
ここは本編準拠ですが、PHASE12でミーアがアスランの襟にはめたFAITHの証を、ミーア自身が弾き飛ばすという演出を入れました。
また、「ラクス・クライン」にしがみつき、「ミーア・キャンベル」に戻る事を拒む彼を見て、アスランは過去を封印し、空虚だった頃の自分…「アレックス・ディノ」と重ね合わせます。
本編では「アレックス・ディノ」は後半は全く出てこない「死に設定」(多いなぁ)でしたが、逆デスではシンの想いを軸にするために、「力」同様、「嘘と偽り」をクローズアップすると決めていたので、これも無事生かすことができました。
「偽者」であるミーアに、アスランがこれではいけないと思いつつ過去から逃げ、何かしなければと思いつつ何も行動に移せなかった「アレックス・ディノ」を重ねあわせる、という演出を取り入れられたのです。
でも本当はこれって多分、初めは本編でも狙っていたんだと思うんですよ。なぜなら議長が「その名が偽りなら…」と意味深な事を言っていたからです。本当はこの伏線になるはずだったのに、何しろ物語がトロトロちんたりんなので、タイムオーバーとなり、バッサリ削られて「なかったこと」になったんだと思います。
ちなみに私はこのセリフを意識して、アスランに「偽りの自分では、偽りの人生しか送れない」と言わせています。
ミーアは、議長に必要とされた自分は、これからも役割を果たすと言い張ります。むしろこちらこそが本編でのシン(自分を認めてくれた人に盲目的につき従う)のようになっており、なんとも複雑でした。「ミーア・キャンベルなんか知らない!」というセリフは創作ですが、後の彼の運命を思うと、なんとも物悲しく、惨い言葉に聞こえていいかもしれません。何しろ「そんなヤツはどこにもいない!」と、自分で自分を否定してしまったのですから。
ちなみに「THE EDGE」のように、アスランの背を押して大きく株を上げたミーアは描きたくありませんでした。逆転では本編以上に、ミーアは単純で、愚かで、ラクスとアスランに憧れながらも、決してそれに手が届く事はない、哀れな存在として描きたかったからです。
これは、「人は自分の人生しか生きる事はできない。だからこそ今生きている世界で、精一杯生きるのだ」という、キラとラクスが選び取る道を示すためでもあります。未だにこき下ろされる彼らについても何とか救いをもたらしたかったので、ミーアにはそれこそ「重要な役割」を担ってもらっています。
本編のミーアも、あんな風に下品にアスランに迫ったりせず、あくまでも一生懸命ラクスとしての役割を果たそうとしつつ、むしろシンと何らかの関係を結ぶ(かつてのアスランとラクスとは少し違う、明るい歌姫とやんちゃな騎士という雰囲気で)ヒロインの一人だったなら、そのけなげさと悲劇性でもっと人気が出たと思います。アスランと絡んだおかげで、ルナマリアもミーアもメイリンも、いまいちパッとしない「ただのお色気フィギュア要員」に成り下がっているのは可哀想ですね。
さて、断腸の思いでミーアを置き去りにしたアスランですが、脱出経路は狭まるばかりです。ここで登場するのがメイリン・ホーク。逆転では重要キャラとして最初からきちんと描写してきた上に、一目あったその時からアスランに恋をしているので、決して本編のような「いきなり脚光を浴びた壁キャラ」ではありません。晩生ゆえに行動は何一つ起こせませんでしたが、初恋ゆえにひたむきに、一途にアスランに恋焦がれる姿は描写してきました。
本編では下着姿でアスランをドギマギさせつつ、見事保安兵を追い払ったメイリンですが、男女逆転ではもちろんそんな事はできません。さて何をどうしようか…
色々考えた末に、本編同様、ほんの少し色気を加えた小芝居になりました。
メイリンがアスランにキスをしようとして殴らせるというのは思いつきですが、メイリンを「晩生でシャイ」であると描いてきた事が逆に面白い演出になったと思います。
「殴る」という行為にも実は私なりの理由があります。
ひとつは、逆転のアスランはキラを倒したシンを殴らないという展開にしたので、一発分余っているパンチをここで使ったこと。もう一つは、逆種でカガリにきつい「3発目」を喰らわせた時の状況を意識していることです。何より女性が男性を殴るなら、少しコミカルさが欲しいところですから。
メイリンはこの後もさらに、モビルスーツのロックを解除したり、アスランを銃弾から庇ったりと本編以上に大活躍します。
そしてそんな彼らをレイが追って来て銃撃戦になるラストシーンでは、これまた大きな改変を行いました。それは、本編ではその場に居合わせなかったシンが駆けつけた事です。というか、むしろなぜ本編でここにシンがいなかったのかよくわからない…
2人はここで決定的に決裂してしまうんですから、アスランが離反する姿をシンには見せるべきだと思うんですよ。何で主役が蚊帳の外にするんでしょうか本編は。
レイの銃を見事撃ち落したアスランですが、直後、シンの射撃で武器を奪われます。本編では何度か射撃訓練をしていたシンですが、その腕前を披露する機会がなかったのでここで生かしました。私の中では射撃はレイの方が上だと思うのですが(クルーゼが大した腕前だったので)、当然シンも一般レベルなどではないという事を示したかったのです。
そして2人は対峙するのですが、決裂の象徴として銃を向け合う2人のイメージは、ぜひ書いてみたかったので大満足です。図としては種のOPのアスランとカガリを思い浮かべていただくといいかもしれません。
なおこの時、シンとアスランが会話している隙を突いてレイがアスランを撃ったため、それが2人に逃走のチャンスを与えてしまいました。シンは気弱で心優しく、時には「臆病者」とやや下に見ていたメイリンのその行動に驚き、それゆえ発砲したレイに怒りを禁じえません。
ミーアが取れなかったアスランの手を取ったメイリンは、彼女と共にグフに乗り込みます。アークエンジェルを探す…雲を掴む事を言うアスランと共に、嵐の空へと飛び出します。本編では私も含め、多くのアスカガ派の胸を抉ってくれたこの「愛の逃避行」シーンですが、逆転ではむしろ「2人とも切羽詰ってたんだろうなぁ」と他人事のように思いながら書いていました。こちらのアスランとカガリは基盤がしっかりしている「鉄板カップル」なので、何があっても心配する必要はありません。結婚も夜這いも逃避行もどーんと来いなのです。ホント、本編もこうだったならきっともっと楽しめたと思いますね。
急転直下(とはいえアスランの裏切りは予想通りともいう)の展開を見せた本編では、次回いよいよタイトルを冠した主人公機、デスティニーの初出撃です。
何しろ、最大の見せ場たるべき初出撃が裏切り者である副主人公の追撃とは…しかもとても主役とは思えないおっかないBGM(その名も「悪魔の契約」と申します)をバックに、ガションガションと歩いて出撃します。雷鳴の中、全く意味のわからない問答を繰り広げ、最後は錯乱した者同士でヤケクソに…
かつて、アークエンジェルの絶体絶命を救うため、天空より舞い降りたフリーダムの格好良すぎる雄姿と比べてはいけませんね…
前半では冒頭に「ガイア」を出して伏線にしたので、後半では「キサカ」です。彼はこの後、物語を左右する大活躍をするわけですが、そのために存在をアピールしました。本編では全くセリフがありませんでしたが、どうして種ってセリフで話を進めることができないんでしょうね。謎です。
夜になり、雨が降ってきても騒がしいジブラルタル基地の宿舎では、ミーアがアスランに忠告にやってきます。アスランは彼から議長とレイが自分はもうダメだと判断していた事、タルキウスでキラたちと会っているシーンを撮影されていた事を知り、FAITHとは名ばかりで、所詮は監視される囚われ人だった事を確信します。
本編のアスランはひたすら力技で脱出を謀りましたが、逆転のアスランは女性なので、そこまでパワーを押し出すわけにはいきません。なので部屋を荒らして足場を乱す、ミーアに人数を報告させる、そして奇襲と容赦のない急所攻撃でとりあえず第一関門を突破するという演出にしました。
そして後半、大きな山場であるミーアとの決裂シーン。
ここは本編準拠ですが、PHASE12でミーアがアスランの襟にはめたFAITHの証を、ミーア自身が弾き飛ばすという演出を入れました。
また、「ラクス・クライン」にしがみつき、「ミーア・キャンベル」に戻る事を拒む彼を見て、アスランは過去を封印し、空虚だった頃の自分…「アレックス・ディノ」と重ね合わせます。
本編では「アレックス・ディノ」は後半は全く出てこない「死に設定」(多いなぁ)でしたが、逆デスではシンの想いを軸にするために、「力」同様、「嘘と偽り」をクローズアップすると決めていたので、これも無事生かすことができました。
「偽者」であるミーアに、アスランがこれではいけないと思いつつ過去から逃げ、何かしなければと思いつつ何も行動に移せなかった「アレックス・ディノ」を重ねあわせる、という演出を取り入れられたのです。
でも本当はこれって多分、初めは本編でも狙っていたんだと思うんですよ。なぜなら議長が「その名が偽りなら…」と意味深な事を言っていたからです。本当はこの伏線になるはずだったのに、何しろ物語がトロトロちんたりんなので、タイムオーバーとなり、バッサリ削られて「なかったこと」になったんだと思います。
ちなみに私はこのセリフを意識して、アスランに「偽りの自分では、偽りの人生しか送れない」と言わせています。
ミーアは、議長に必要とされた自分は、これからも役割を果たすと言い張ります。むしろこちらこそが本編でのシン(自分を認めてくれた人に盲目的につき従う)のようになっており、なんとも複雑でした。「ミーア・キャンベルなんか知らない!」というセリフは創作ですが、後の彼の運命を思うと、なんとも物悲しく、惨い言葉に聞こえていいかもしれません。何しろ「そんなヤツはどこにもいない!」と、自分で自分を否定してしまったのですから。
ちなみに「THE EDGE」のように、アスランの背を押して大きく株を上げたミーアは描きたくありませんでした。逆転では本編以上に、ミーアは単純で、愚かで、ラクスとアスランに憧れながらも、決してそれに手が届く事はない、哀れな存在として描きたかったからです。
これは、「人は自分の人生しか生きる事はできない。だからこそ今生きている世界で、精一杯生きるのだ」という、キラとラクスが選び取る道を示すためでもあります。未だにこき下ろされる彼らについても何とか救いをもたらしたかったので、ミーアにはそれこそ「重要な役割」を担ってもらっています。
本編のミーアも、あんな風に下品にアスランに迫ったりせず、あくまでも一生懸命ラクスとしての役割を果たそうとしつつ、むしろシンと何らかの関係を結ぶ(かつてのアスランとラクスとは少し違う、明るい歌姫とやんちゃな騎士という雰囲気で)ヒロインの一人だったなら、そのけなげさと悲劇性でもっと人気が出たと思います。アスランと絡んだおかげで、ルナマリアもミーアもメイリンも、いまいちパッとしない「ただのお色気フィギュア要員」に成り下がっているのは可哀想ですね。
さて、断腸の思いでミーアを置き去りにしたアスランですが、脱出経路は狭まるばかりです。ここで登場するのがメイリン・ホーク。逆転では重要キャラとして最初からきちんと描写してきた上に、一目あったその時からアスランに恋をしているので、決して本編のような「いきなり脚光を浴びた壁キャラ」ではありません。晩生ゆえに行動は何一つ起こせませんでしたが、初恋ゆえにひたむきに、一途にアスランに恋焦がれる姿は描写してきました。
本編では下着姿でアスランをドギマギさせつつ、見事保安兵を追い払ったメイリンですが、男女逆転ではもちろんそんな事はできません。さて何をどうしようか…
色々考えた末に、本編同様、ほんの少し色気を加えた小芝居になりました。
メイリンがアスランにキスをしようとして殴らせるというのは思いつきですが、メイリンを「晩生でシャイ」であると描いてきた事が逆に面白い演出になったと思います。
「殴る」という行為にも実は私なりの理由があります。
ひとつは、逆転のアスランはキラを倒したシンを殴らないという展開にしたので、一発分余っているパンチをここで使ったこと。もう一つは、逆種でカガリにきつい「3発目」を喰らわせた時の状況を意識していることです。何より女性が男性を殴るなら、少しコミカルさが欲しいところですから。
メイリンはこの後もさらに、モビルスーツのロックを解除したり、アスランを銃弾から庇ったりと本編以上に大活躍します。
そしてそんな彼らをレイが追って来て銃撃戦になるラストシーンでは、これまた大きな改変を行いました。それは、本編ではその場に居合わせなかったシンが駆けつけた事です。というか、むしろなぜ本編でここにシンがいなかったのかよくわからない…
2人はここで決定的に決裂してしまうんですから、アスランが離反する姿をシンには見せるべきだと思うんですよ。何で主役が蚊帳の外にするんでしょうか本編は。
レイの銃を見事撃ち落したアスランですが、直後、シンの射撃で武器を奪われます。本編では何度か射撃訓練をしていたシンですが、その腕前を披露する機会がなかったのでここで生かしました。私の中では射撃はレイの方が上だと思うのですが(クルーゼが大した腕前だったので)、当然シンも一般レベルなどではないという事を示したかったのです。
そして2人は対峙するのですが、決裂の象徴として銃を向け合う2人のイメージは、ぜひ書いてみたかったので大満足です。図としては種のOPのアスランとカガリを思い浮かべていただくといいかもしれません。
なおこの時、シンとアスランが会話している隙を突いてレイがアスランを撃ったため、それが2人に逃走のチャンスを与えてしまいました。シンは気弱で心優しく、時には「臆病者」とやや下に見ていたメイリンのその行動に驚き、それゆえ発砲したレイに怒りを禁じえません。
ミーアが取れなかったアスランの手を取ったメイリンは、彼女と共にグフに乗り込みます。アークエンジェルを探す…雲を掴む事を言うアスランと共に、嵐の空へと飛び出します。本編では私も含め、多くのアスカガ派の胸を抉ってくれたこの「愛の逃避行」シーンですが、逆転ではむしろ「2人とも切羽詰ってたんだろうなぁ」と他人事のように思いながら書いていました。こちらのアスランとカガリは基盤がしっかりしている「鉄板カップル」なので、何があっても心配する必要はありません。結婚も夜這いも逃避行もどーんと来いなのです。ホント、本編もこうだったならきっともっと楽しめたと思いますね。
急転直下(とはいえアスランの裏切りは予想通りともいう)の展開を見せた本編では、次回いよいよタイトルを冠した主人公機、デスティニーの初出撃です。
何しろ、最大の見せ場たるべき初出撃が裏切り者である副主人公の追撃とは…しかもとても主役とは思えないおっかないBGM(その名も「悪魔の契約」と申します)をバックに、ガションガションと歩いて出撃します。雷鳴の中、全く意味のわからない問答を繰り広げ、最後は錯乱した者同士でヤケクソに…
かつて、アークエンジェルの絶体絶命を救うため、天空より舞い降りたフリーダムの格好良すぎる雄姿と比べてはいけませんね…
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
2011/5/22~2012/9/12
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