機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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「報告!グフ、撃墜です」
司令室で報告を待っていた将官たちが一斉に声をあげた。
タリアだけは息を呑み、項垂れたルナマリアの肩を抱いている。
「デスティニー、レジェンド帰投」
「そうか、ありがとう」
議長が微笑んで礼を言うと、部屋の中の緊張もようやく解れた。
ルナマリアはその結末が意味するところを知って涙をこらえていたが、タリアが「もう行きなさい」と優しく促すと、部屋を辞した。
ミーアもまた、アスランが討たれたと知ってそのまま床に崩れ落ちた。
呆然としたまま床を見つめていた彼は、やがて両耳を覆って眼を閉じた。
(アスラン…!)
今は何も聞きたくないし、何も見たくなかった。
デュランダルは睨みつけるタリアには気付かないふりをしながら、1人の黒服を呼びつけて言った。
「クラエバー、事の次第を簡単に文章に纏めてくれ。連合側もあれこれ探ってきているからな」
「は」
「それと、調査隊を出すので現場海域へは立ち入らないよう全軍に通達を」
議長がてきぱきと事後処理を指示すると、緊迫していた司令室も安堵感に包まれていった。
(たった今、自分の部下の命が消えたことなど、なかったことのように)
タリアはじっとデュランダルを睨みながら考えていた。
「ミネルバの彼らの部屋を調べさせてもらうことになると思うが…」
やがて自分の順番が廻ってきたのでタリアは頷いたが、表情はこわばったままだ。
「そう睨まないでくれ、タリア」
議長は少し困ったように、柔和な笑顔を彼女に向けた。
「きみにも事情も聞かねばならないし、あとでゆっくり時間を取るから」
「…ええ」
「アスランは私が復隊させ、FAITHとまでした者だ。それがこんなことになって、ショックなのは私も同じさ」
議長はため息混じりに言ったが、タリアは相変わらず硬い表情のままだ。
「調査が進めば、彼らの狙いが何だったのかはわかるだろう。それまではきみも少し休んでくれ。あの2人もね」
タリアはしばらく彼を見つめていたが、再び「ええ」と言っただけだった。
司令室で報告を待っていた将官たちが一斉に声をあげた。
タリアだけは息を呑み、項垂れたルナマリアの肩を抱いている。
「デスティニー、レジェンド帰投」
「そうか、ありがとう」
議長が微笑んで礼を言うと、部屋の中の緊張もようやく解れた。
ルナマリアはその結末が意味するところを知って涙をこらえていたが、タリアが「もう行きなさい」と優しく促すと、部屋を辞した。
ミーアもまた、アスランが討たれたと知ってそのまま床に崩れ落ちた。
呆然としたまま床を見つめていた彼は、やがて両耳を覆って眼を閉じた。
(アスラン…!)
今は何も聞きたくないし、何も見たくなかった。
デュランダルは睨みつけるタリアには気付かないふりをしながら、1人の黒服を呼びつけて言った。
「クラエバー、事の次第を簡単に文章に纏めてくれ。連合側もあれこれ探ってきているからな」
「は」
「それと、調査隊を出すので現場海域へは立ち入らないよう全軍に通達を」
議長がてきぱきと事後処理を指示すると、緊迫していた司令室も安堵感に包まれていった。
(たった今、自分の部下の命が消えたことなど、なかったことのように)
タリアはじっとデュランダルを睨みながら考えていた。
「ミネルバの彼らの部屋を調べさせてもらうことになると思うが…」
やがて自分の順番が廻ってきたのでタリアは頷いたが、表情はこわばったままだ。
「そう睨まないでくれ、タリア」
議長は少し困ったように、柔和な笑顔を彼女に向けた。
「きみにも事情も聞かねばならないし、あとでゆっくり時間を取るから」
「…ええ」
「アスランは私が復隊させ、FAITHとまでした者だ。それがこんなことになって、ショックなのは私も同じさ」
議長はため息混じりに言ったが、タリアは相変わらず硬い表情のままだ。
「調査が進めば、彼らの狙いが何だったのかはわかるだろう。それまではきみも少し休んでくれ。あの2人もね」
タリアはしばらく彼を見つめていたが、再び「ええ」と言っただけだった。
「おはよう。昨日はすまなかったね。いきなり大変な仕事を頼んで」
翌朝、シンとレイは早速議長に呼び出されて司令室に向かった。
部屋の中にはタリアがおり、お互いに軽く目礼する。
議長は2人をねぎらったが、レイは「討ったのはシンです」と強調した。
居並ぶ基地のお偉方はそれを聞いてシンを褒め称え、握手を求めた。
2人は用意された席に座ると、彼らと共に、徹夜で行われた機体の回収作業や調査結果の報告を聞く事になった。
「まだコックピットも見つからず、何もわかってはいないが、こちらの『ラグナロク』のデータには侵入された跡があったようだ」
「…ラグナロク?」
シンが聞き慣れないそれについて聞き返した。
「ヘブンズベース攻撃作戦のコードネームだよ。たいそうな名前だがね」
議長はシンだけでなく、居並ぶ将官にもそう説明した。
「ただその中には、デスティニーとレジェンドのデータもある」
それを聞いて部屋全体がざわめいた。
「どうやらシステムに侵入して、それらを盗んだ者がいるようだ」
議長が言うと、レイが静かに呟いた。
「メイリン・ホーク…情報のエキスパートの彼ならば容易いでしょう」
シンは何も言わずに黙っている。
そんな彼に、議長は再び視線を向けた。
「シン、彼女はラクスを連れ出そうとしたよ」
「え?あい…彼を、でありますか?」
「だがラクスは拒否し、それでこちらにも事態が知れたのだが」
「なんで…」
あんな偽者を…と言いかけたシンを遮るように、議長は言った。
「それこそ人質だったのだろう。もし彼なら討たせるわけにはいかなかった」
(ああ、そうか)
シンは皮肉をこめてふっと笑った。
(メイリンは殺してもいいけど、偽者とはいえラクス・クラインはダメってことか…)
シンはもう何も言わなかった。
嘘と偽りが渦巻いているその部屋で、ただ沈黙を守っていた。
議長の側近たちは、アスランとメイリンがラグナロクの情報を持ってロゴスの元に走ったのではないかと説明し、司令室にいる将官たちを納得させている。
タリアだけは厳しい顔つきだったが、人々は概ね、その意見に賛成のようだ。
「元々裏切り者のアスラン・ザラなど、信用できなかったのだ」
そう怒りを露にする者もいた。
「皆様には本当に申し訳ないことをしたと思います」
議長は、彼女を軍に戻したのは自分であり、責任を感じると謝罪した。
「開戦の折、それだけはどうしても避けてくれと言って来てくれた彼女だからこそ、私は信じて軍に戻した。それがなぜ?ロゴスを討って戦争を止めようというのが気に入らない?」
議長のその言場に、将官たちはこぞって言った。
「スパイの思惑など、我らがいくら推し量ってもわかるものではありますまい」
「議長がそこまでお思いにならずとも…」
そんな中、レイも立ち上がった。
「心中はお察ししますが、もう思い悩まれても意味のないことです」
シンもタリアもそれを見て少し驚いた。
無口なレイが、こうした場で自分から発言するのは珍しい事だった。
「我々がいます。議長」
将官たちも口々に続いた。
「そうです、我々がおります」
「困難でも、究極の道を選ばれた議長を、皆支持しています」
シンは生暖かいこの雰囲気に、どうも居心地の悪さを感じて仕方がない。
(ここには、何かに反対したり、反論したりする人間はいないのか?)
シンは心のどこかで、無意識に自分を否定する人間を探していた。
迷いながら友を、そうではないとわかりながら上官だった人を討った自分を、それは間違いだと、よく考えなければいけないと否定してくれる人…欺瞞に満ちたこの場に、厳しくも懐かしい面影を求めたシンは眼を伏せた。
(もういない…あの人はもういないんだ)
「次の命令をお待ちしています」
レイの言葉に、シンははっと我に返った。
デュランダルが礼を述べてレイと握手を交わしたので、シンも立ち上がった。
(たとえ今は嘘と偽りにまみれていても…)
そして議長と握手を交わす。大きくて、力強い手だった。
「では、ヘブンズベースで」
「うん。期待しているよ、シン」
きりりと唇を引き結び、真っ直ぐ議長を見つめるシンの瞳には、たった今宿っていた深い哀しみはもう見えない。そこには強い意志の光があった。
彼らは部屋を後にし、シンは議長のぬくもりが残る手を握り締めた。
(俺は選んだんだ。この先にある、本当の平和な世界を手に入れると)
「メイリンが…メイリンが何で…」
弟が裏切り者として討たれたことに加え、機密を盗んだと説明されたルナマリアは心身ともにボロボロだった。
「そんなはずありません!あの子がそんな…気が弱くて、女の人とも話せなくて…とてもじゃないけどそんな大それた事…アスランも…!」
ルナマリアは否定し続けたが、メイリンのIDで侵入されたという「わかり易すぎる」ハッキングの痕跡や、2人が手を取りあって走る映像を見せつけられては、あとは声を詰まらせてただ首を振るばかりだった。
「そんなの、何かの間違いです!絶対そんな…馬鹿なことを!」
しかも悪い事に、メイリンにはもう一つ罪状が追加されていた。
このスパイ騒ぎのドサクサに紛れ、ガイアが強奪されたのだ。
ちょうどそのガイアの搬出の時、メイリン・ホークがハンガーにいた…ヴィーノとヨウランも呼び出され、渋々その証言をさせられたのだ。
「絶対関係ないと思うのに」
「当たり前だろ。あの時あいつ、ただぼけーっと見てただけじゃないか」
当時、ガイアをアーモリーに運ぶなどという指令は下っていなかった。
司令部はその情報操作をしたのがメイリンであり、輸送会社ごとグルになって盗んだのだろうという結論に達した。ガイアがエクステンデッドに強奪された機体であり、ロゴスの臭いが染み付いている事も信憑性を高めた。
「で…これがデスティニーとレジェンドか…」
ヴィーノとヨウランがミネルバに配備されたこの2機を見たのは、本部での事情聴取から戻った時だった。
「シンとレイが乗るのか…これに」
浮かない表情のヨウランが言うと、ヴィーノも仏頂面でため息をついた。
「メイリンは…あれで…」
「よせよ、ヴィーノ。そのことはもう言うな」
ヨウランが珍しく厳しい声でヴィーノを諌めた。
いつもならお調子者の彼の方がヴィーノに諌められるのだが、メイリンと仲のよかったヴィーノは、同じく仲のいいシンが彼を殺したという事実がどうしても受け入れられずにいる。
「けど…」
「あれは任務で、シンだってやりたくてやったんじゃないんだ」
意外にも、彼らよりほんの少し精神的に大人だったヨウランは言った。
「だからパイロットでもないし、メイリンの身内でもない俺たちは、その事を二度と口に出しちゃいけない。いいな」
彼らが動揺したように、当然ながらミネルバには激震が走っていた。
アスランとメイリンがスパイ行為を働き、保安部に対して暴行、モビルスーツを奪って逃亡の末、シンとレイに討たれたというあまりにも信じがたい出来事に、艦内はざわめいている。
「お疲れ様でした、艦長」
艦長が戻ると、ブリッジ要員が皆振り返った。
タリアはぽつんと空いたメイリンの席を見てため息をついた。
「艦内はどう?司令部からの発表、もうみんな聞いたわね」
「はい…皆、その…ショックを受け、動揺しております」
アーサー自身も仲がよく、弟のように可愛がっていた子だ。
珍しく沈んだ表情をしているのは思うところがあるに違いない。
タリアはもう一度大きなため息をついた。
「悪いけど、もう少し頼める?これではシートに座れない」
そして珍しくアーサーにシートを任せ、再びブリッジを出て行く。
アーサーは労わるように彼女を見送り、ぽっかりと空いた席を見た。
(皆がこの事態に苦しんでいる。メイリン…きみの死はこんなに重いよ)
作戦決行が近づくにつれ、シンとレイはほとんど一日中ハンガーで機体の調整や整備を行うようになった。
艦内は動揺が続いていたが、それも時と共に収まりを見せ、次の戦いが近づいたことで再び緊張感が取り戻されつつある。
シンは新たな力となったデスティニーの整備に没頭する事で、どこかにもやもやと残ってしまうアスランとメイリンの討伐を忘れたがっていた。
けれど、同時にそんな自分の弱さを嫌悪してもいた。
(俺も大概情けない…こんな事くらいで…)
しかしその彼が思う「弱さ」を、きちんと克服しなければと思ったのは、ずっと部屋にこもって姿を見せなかったルナマリアと偶然出会った時だった。
レイと共にいたシンは、通路の向こうから歩いてきたルナマリアに気付くと立ち止まった。あれ以来、彼女に会うのは初めてだった。
ルナマリアも同時にシンを認め、一瞬立ち止まる。
しばらくして彼女は、意を決したように顔をあげると歩み寄ってきた。
シンはルナマリアから眼を逸らし、レイは黙って2人を見つめている。
(シン…シンがメイリンを…私の弟を殺した…)
小さい頃から、臆病で弱虫で泣き虫だった、たった1人の弟。
夜も1人で眠れず、仕方なく眠るまで歌を歌ったり本を読んだり…
(いい子だったのよ…気の弱い、優しい、でもいい子だったの)
ルナマリアの心に、温かく、せつない想いが去来した。
(そんなあの子を、シンが殺した…)
シンはルナマリアが何も言わないので、一歩踏み出した。
そして彼女に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「………ごめん」
ルナマリアはそれを聞くと、そのまま立ちすくんだ。
けれどしばらくして踵を返し、シンの後を追って走り出した。
「ルナマリア!」
レイが彼女を呼ぶ声を聞いてシンが振り返ると、追いついてきたルナマリアは彼の腕を掴み、痛いくらい揺さぶった。
「何が…何がごめんなの!?何がごめんよ!」
シンはそれを黙って聞いている。責められて当然だ。
彼女を制止しようと近づいてきたレイには止めるなと眼で合図をした。
けれど次に放たれた彼女の言葉は、シンにとっては予想外のものだった。
「シンは任務を果たしたんでしょ!?」
「え…」
「私たちは軍人よ!シンは軍人としてやるべき事をやったのよ!」
シンは戸惑いながら彼女を見つめた。
だが、ルナマリアの青い瞳には涙など浮かんでいなかった。
「だから…だから…」
ルナマリアは握っていたシンの腕を離した。
「ごめんなんて、言わないで!」
どんな理由があるにせよ、メイリンもアスランも脱走した。
それは、軍に於いては討たれるに足る罪状なのだ。
(シンは任務を全うしたのよ。フリーダムの時と同じように)
なのにあの人は、自分の想いとは裏腹な事をしたシンを殴ろうとした。
(あんな理不尽な、あんな感情的な、あんな自分勝手な…!)
ルナマリアはきゅっと拳を握り締めた。
太陽のように明るかった彼女の表情が暗く沈んでしまったことに気づいたシンは、気丈に振舞う彼女の痛々しさを感じ取り、言葉が見つけられなかった。
「…ありがとう、ルナ…」
ようやくそれだけ言ってシンは歩き出し、レイもまた彼に続いた。
ルナマリアも再び頭を上げ、姿勢を正して歩み去る。
(私はアスランのようにはならない…あんな人のようには…!)
「で?隊長たちはどーすんの?上から見守り?」
ディアッカが伸びをしながら聞くと、イザークが答える間もなくステーションに全館放送がかかった。
「ヘイズ隊、作業時刻は予定通り。関係各員は直ちに準備を開始せよ。降下揚陸隊A班は15時よりブリーフィングを行う。各隊長は…」
「…だってさ」
「後を頼む」
召集を聞いたイザークは、ブリーフィングルームに向かった。
最近はすっかりおとなしくなり、見知らぬ将官に噛みつくこともない。
「やれやれ」
ディアッカはコキッと首を鳴らしながら元気のない後姿を見送っていた。
ジブラルタルでの一件は、普段なら当然上が隠匿すべき「汚点」だったが、地球軍への情報公開があるためか、事件の概要と共に議長から「今は勇往邁進を旨とする」というメッセージが発表されるなど、異例続きだった。
スパイの正体については当然伏せられていたが、突き止めようとすればそんなものはすぐにわかる事だ。
しかもそれにミネルバが絡んだとなれば、2人が思い当たる人物は1人しかいない。
「連合の手前、『ロゴスのスパイでした』って方が都合がいいんだろうな」
ディアッカがわざと気楽そうに言って反撃を待っても、イザークは気のない返事をしただけだ。相変わらずわかりやす過ぎる単純さは呆れるほどだった。
(前科があるのに脱走したって事は、よっぽどの事があったんだろうよ)
ディアッカは、イザークの嫌味を涼しい顔でかわし、セクハラまがいのきわどいジョークでからかう自分をそつなくスルーする、実に「可愛げのない」彼女を思い出した。
そんな自分たちにニコルはいつも真面目に抗議し、ラスティが「まぁまぁ」と仲立ちしたあの頃は、ミゲルがいて、マシューがいて、オロールがいた。
「また逝ったのか…仲間が…」
ディアッカはほっとため息をつき、小さな窓から見える深淵の闇を見つめた。
オペレーション・ラグナロクの発動まであと少しとなり、ジブラルタルでは出航を待つ艦艇が引きもきらない。
地球軍の空母は沖合いで待機し、ヘリや輸送機なども上空を飛んでいる。
議長の命により、この作戦の旗艦はミネルバが務めることになった。
「議長」
議長を取り囲むように多くの将官たちが乗り込んでいるため、いつもより人口の多いミネルバのブリッジは活気を呈している。
ここ数日の落ち込んだ雰囲気を払拭するかのように、ミネルバは今、旗艦としての職務を全うしようとそれこそ全艦一丸となっていた。
「ああ、わかっているよ。やらねばならん」
議長は頷いた。
(そうだ。ようやくここまで来たのだ…ようやく)
評議会議員になった日から、この日を思い描き、何度も何度もシミュレーションを重ねてきた。
ミネルバの建造、インパルスの製造…偽りのラクス・クラインを創り、シン・アスカを発掘し、テロリストやロゴスの隠しルートにまで手を伸ばした。
険しく危険なその道は、薄っぺらい綺麗事が通用するほど甘くなかった。
ついにはユニウスセブンを新世界の礎とすべく、多くのナチュラルを贄として、屍を踏みしめながら歩いてきたのだ。彼は血まみれの自分の手を眺めた。
(すべては目的のため…来るべき新しい世界のためだ)
「そのために我々は集ったのだからな」
そして作戦が開始され、ヘブンズベースに向けて全艦出撃した。
「マジマ隊、全機発進」
「シレオ隊、発進スタンバイ」
「針路クリアー。旗艦BB01、出港よろし」
様々な国の部隊が出撃していく。
バビとウィンダムが並んで飛び、ボズゴロフ級にはダガーLが配備された。
戦いに明け暮れたこの世界が、今、デュランダルの旗の下、一つの目的のためにこうして集っているのだ。
いがみあっていた者が手を取り合い、憎みあったナチュラルとコーディネイターが同じ管制に従って整然と出撃していく。
少し前には誰もこんな光景を予想する事さえできなかった。
けれど今、現実にここにあるのだ。
シンはその光景を見つめていた。
「また戦争がしたいのか!あんたたちは!」
あの時自分はそう叫び、戦争を始めようとした見えない敵への怒りを滾らせた。
けれどお互いを憎みあう彼らが今、手を取り合い、共に戦争を操る者たちを討ちに向かっている。
それが正しいかどうかはともかく、目の前にあるこの光景は本物なのだ。
コーディネイターとナチュラルが手を取り合って、そしていずれは戦わない、平和で温かい、安らげる世界になる。
(そうだ…まるで、オーブのように…)
シンはそう考えてしまってはっとした。
(これは…この光景は…オーブ…?)
オーブでは当たり前の、ナチュラルとコーディネイターの共存。
両者の間には小さな諍いはあっても大きな争いはなく、他国との戦いもない。
誰もが安心して暮らせていた、あの頃の…平和で安らかな国…
(それが、俺が望んでいる…世界?)
シンの心臓が突然早鐘のように鳴り始めた。
「違う…!」
思わず声に出して否定する。
(違う違う違う違う!!)
俺は、あの国がいやで…あの国を捨てて生きてきたんだ。
(そんなはずはない。そんなはずがあるか)
シンはその感情をもてあまし、拳でウィンドウを叩いた。
「…あってたまるか!」
「旗艦BB01ミネルバより通達。全軍、我に従え」
司令官の1人となるタリアに代わり、艦長代理を務めるアーサーが告げると、ミネルバがゆっくりと前進を始めた。
「まずは通告を送ってくれ」
議長のその言葉に、司令官はじめミネルバのクルーも皆戸惑いを見せた。
「基地内にいるロード・ジブリール氏他、ロゴスと名を挙げた方々の引き渡しを要求すると」
議長は、あくまでも紳士的に、正式な宣戦布告を行うのだと説明した。
「話し合えればな。それに越したことはないだろう?本当は」
(とはいえ、話し合えればこんなところまでは来なかっただろうがね)
建前の裏にある本音を自嘲気味に笑うと、彼は第二幕の開幕を待った。
その頃エターナルでも、ラクスがターミナルを通じてジブラルタルの様子を窺っていた。
「ダコスタくん、今、戦争はどうなってる?」
「え?戦争…ですか?」
ダコスタが唐突な質問にきょとんとしてラクスを見つめた。
「そういえば、どうなったんでしょうね?」
「皆そう思ってるだろうさ、ちょっと頭の廻るやつならねぇ」
バルトフェルドがサイバースコープをかけ、モニターを操作しながら答えた。
彼は先日、まんまと奪取に成功したガイアのデータをいじっている最中だ。
「ヘブンズベースが落ちれば、ユニウスセブンを発端とした今回の全ての戦争は終わるんだ。議長もここは正念場だよ」
「へぇ…でもそうですね、確かに」
そう言われてダコスタはしきりに頷いた。
「だけど、問題はこの次だ」
ラクスは少し難しい表情で2人を見た。
これまではロゴスの財力が支える連邦の言いなりだった国々が、いまや崇高な議長の理念と理想に、結局はプラントの言いなりになっているのだ。
「カガリくんがオーブに戻り、いまや紙くず同然の同盟を破棄すれば、世界中がそれに続くだろう」
連邦の威信が地に落ちた今、連合は総崩れになり、世界の力関係が変わる。
「そして再び中立を取り戻し、独自路線をいくオーブは…」
「どこにとっても邪魔な存在になる、か?」
バルトフェルドが笑った。
「誰からもいい国だといわれるのに、国際社会では厄介な国として一目置かれ、時に煙たがられる…面白い国だ、あそこは」
「だからこそ、素晴らしいんだよ」
ラクスはモニターに現れた小さな島国を見つめた。
「失わせてはいけない国だ。そうだろう?隊長」
それから彼はダコスタに数々の指示を行った。
「ターミナルを通じて、キラたちに警戒を強めるようにと伝えてくれ」
「わかりました」
「ザフトの新型についてはデータを。あれのいい比較材料だからね」
「この距離ですから、完璧に全部は無理ですよ」
できる範囲でいいよと言ったラクスは、さらにいくつかの指示を下した。
「それが落ち着いたら、きみには行ってもらいたいところがあるんだ」
「どこへです?」
「メンデルへ。調査をお願いするよ」
「メンデル?あんなところへ?」
山ほどの仕事にうんざりしつつ、ダコスタは尋ねた。
「とにかく、戦うには相手を知って準備を整えなくちゃいけないからね」
「おやおや…今回は戦う気かね、英雄どの?」
バルトフェルドがやや驚いたように言った。
「もちろん。オーブを落とされたら、もう誰も彼を止められなくなる。それに…」
ラクスはにっこりと笑った。
「僕はもう二度と、カガリくんを亡国の王にはさせない」
「進入クリアランス、3、1、1。係留チームスタンバイ」
「放射線管理チームはAパドックに待機せよ」
傷ついたアークエンジェルは、長旅を終えてオーブに戻ったばかりだった。
ひどく痛んだ艦体も、逃亡生活に疲れた自分たちも、これでようやく休む事ができるのだと皆ほっとしていた。
ドックでは懐かしいエリカ・シモンズが待っていた。
「あらあら、全く!こんなにボロボロにしてくれて!」
そんなお叱りの言葉も今は懐かしい。
やがて入渠が完了し、ドックの扉が厳重に締められた。
「よし!直ちに修理と補給作業にかからせろ。急げ!」
アマギが命じると、働き者のモルゲンレーテの技師たちがわらわらと出てくる。
カガリも久々の故郷にほっとしたようで、すっかり元気になったキラと楽しげに話をしていた。
その時、席を離れようとしたミリアリアが、アラートに気付いてそれを止めた。
「ジブラルタルより、ヘブンズベースへ向けての通告です」
その声にマリューやキラやカガリたちも皆彼女に眼を向けた。
その通信は地球・プラントを問わず、あらゆる場所、地域、組織に向けて完全にオープンなものとして送られているのだった。
「我らザフト及び地球連合軍は、ヘブンズベースに対し以下を要求する」
1.先に公表したロゴス構成メンバーの即時引き渡し
2.全軍の武装解除、基地施設の放棄
それを聞いて皆顔を見合わせる。
議長がかねてから言っていた対ロゴス最終戦が始まるのだ。
「何人かのロゴスが殺されたり捕えられたただけでも、世界は混乱してる。世界経済の変動も大きいしな」
カガリが椅子に両手をつきながら言うと、チャンドラも天を仰いだ。
「ホント、この後、世界はどうなっていくんだろうね」
「戦争も…本当にこれで終わるのかしら?」
ミリアリアが不安そうに言うと、なんとなく気まずい空気が流れる。
キラは、ふと思い出したようにカガリに聞いた。
「そういえば、キサカさんと連絡取れたんでしょう?」
「ああ。じきに詳しい情報が入るはずだ」
「あら、一佐は今どちらに?」
マリューが尋ねると、カガリは少し嬉しそうに笑った。
「ジブラルタルに入ったらしい。この作戦が終われば、ようやく帰国だそうだ」
「そう。よかったわね」
だがカガリは、まさか今そのキサカが彼への大切な届け物を運んでいる最中とは夢にも思っていなかった。
あの嵐の夜、飛び去ったグフを見た後もキサカは観測を続けていた。
すると今度はデスティニーとレジェンドが飛び立ったので、偵察のために急遽、輸送機を出したのだ。
あんなにも飛行条件の悪い嵐の中をモビルスーツが時間差で飛び立ち、基地では何度も警報が鳴り響くということは…
(あわよくば何か面白いものが見られるか、手に入るかもしれん)
果たして、それは思った以上の収穫を彼にもたらした。
このご時世なので、地球軍がこの海域にいてもザフトに警戒される事はない。
キサカたちは安全域まで離れ、彼らの観測を続けた。
どうやら脱走した1機を、2機のモビルスーツが追撃しているようだった。
「追われているのはグフです」
「追撃の2機は、ザフトの新型のようですね」
「気象条件は悪いが、いい機会だ。できる限りデータを取っておけ」
キサカは命じ、機体をスキャンしたオペレーターたちは手早く作業を進めた。
やがてグフが2機に追い込まれ、ダメージが蓄積し始めた。
「劣勢ですね。じきに墜ちますよ」
「墜落したらすぐに機体の回収にかかる。潜水艇用意!」
どうせすぐにザフトが海域を封鎖する。
それより先にいただけるものはいただこうという魂胆だった。
ところが戦いが佳境に入った時、キサカは思いもかけないものを眼にした。
「一佐!救難信号が…グフからです」
「ほう、こちらに気づいたのか。なかなか聡いパイロットだな。どれ…」
それはありきたりの国際救難信号だったが、それを見たキサカはもちろん、潜入兵たちも驚きを隠せなかった。なぜなら、最後の部分に信号とは関係のない「ある数字」が続けられていたためである。
「2500474C…このコードは…」
「なんで、こんなところで?」
狭いブリッジがざわめいたその途端、グフがデスティニーに貫かれた。
「グフ、撃墜されました!」
同時に顔色を変えたキサカが大声で怒鳴った。
「ただちに救助開始!コックピットブロックを…パイロットを回収するんだ!医療班は至急待機!」
「しかし、まだ追撃の2機が残っています」
「気づかれないように距離を取って潜航しろ。とにかく急げ!なんとしても救助しろ!」
キサカのこの剣幕に押され、ブリッジは突然慌しい動きに包まれた。
大急ぎで潜航艇が出され、ソナーやレーダー、作業用アームが展開される。
水深が深く、海中もひどく荒れていたが、やがて彼らは機体を回収した。
あと少し遅ければ浸水し、水圧で完全に潰れてしまっていただろう。
熱で溶けかけたコックピットを焼き切って開くと、乗員の姿が見えた。
(なぜおまえがこんなところにいるのだ…)
キサカは驚きの眼を持って、主君の傍にいるべき人間を見つめた。
血まみれで息も絶え絶えの彼女は、年若いザフト兵を守るように覆いかぶさり、背中に深い傷を負っていた。
(アスラン・ザラ!)
アスランが出した救難信号に続けられていたコードは、オーブ国民なら誰にでもわかるものだった。
それはアスラン…いや、「アレックス・ディノ」の市民番号だったのだ。
シンが救難信号を見て少し驚いた様子だったのも、オーブ出身の彼がコードの意味に気付いたからに他ならない。
アスランは輸送機に乗る彼らがオーブ人だと思ってコードを続けたわけではない。
その思惑は、自分が中立国…現在は連合の同盟国の人間だとわかれば、救助後の処遇に何らかの手心が加わるのではないかというものだったのだが、彼女のこの機転が結果的にキサカに救助を急がせ、間一髪のところで2人の命を救う事になったのだ。
皮肉なことに、存在を否定され続けた偽りの彼女 が、本物の彼女 を救ったのだ。
翌朝、シンとレイは早速議長に呼び出されて司令室に向かった。
部屋の中にはタリアがおり、お互いに軽く目礼する。
議長は2人をねぎらったが、レイは「討ったのはシンです」と強調した。
居並ぶ基地のお偉方はそれを聞いてシンを褒め称え、握手を求めた。
2人は用意された席に座ると、彼らと共に、徹夜で行われた機体の回収作業や調査結果の報告を聞く事になった。
「まだコックピットも見つからず、何もわかってはいないが、こちらの『ラグナロク』のデータには侵入された跡があったようだ」
「…ラグナロク?」
シンが聞き慣れないそれについて聞き返した。
「ヘブンズベース攻撃作戦のコードネームだよ。たいそうな名前だがね」
議長はシンだけでなく、居並ぶ将官にもそう説明した。
「ただその中には、デスティニーとレジェンドのデータもある」
それを聞いて部屋全体がざわめいた。
「どうやらシステムに侵入して、それらを盗んだ者がいるようだ」
議長が言うと、レイが静かに呟いた。
「メイリン・ホーク…情報のエキスパートの彼ならば容易いでしょう」
シンは何も言わずに黙っている。
そんな彼に、議長は再び視線を向けた。
「シン、彼女はラクスを連れ出そうとしたよ」
「え?あい…彼を、でありますか?」
「だがラクスは拒否し、それでこちらにも事態が知れたのだが」
「なんで…」
あんな偽者を…と言いかけたシンを遮るように、議長は言った。
「それこそ人質だったのだろう。もし彼なら討たせるわけにはいかなかった」
(ああ、そうか)
シンは皮肉をこめてふっと笑った。
(メイリンは殺してもいいけど、偽者とはいえラクス・クラインはダメってことか…)
シンはもう何も言わなかった。
嘘と偽りが渦巻いているその部屋で、ただ沈黙を守っていた。
議長の側近たちは、アスランとメイリンがラグナロクの情報を持ってロゴスの元に走ったのではないかと説明し、司令室にいる将官たちを納得させている。
タリアだけは厳しい顔つきだったが、人々は概ね、その意見に賛成のようだ。
「元々裏切り者のアスラン・ザラなど、信用できなかったのだ」
そう怒りを露にする者もいた。
「皆様には本当に申し訳ないことをしたと思います」
議長は、彼女を軍に戻したのは自分であり、責任を感じると謝罪した。
「開戦の折、それだけはどうしても避けてくれと言って来てくれた彼女だからこそ、私は信じて軍に戻した。それがなぜ?ロゴスを討って戦争を止めようというのが気に入らない?」
議長のその言場に、将官たちはこぞって言った。
「スパイの思惑など、我らがいくら推し量ってもわかるものではありますまい」
「議長がそこまでお思いにならずとも…」
そんな中、レイも立ち上がった。
「心中はお察ししますが、もう思い悩まれても意味のないことです」
シンもタリアもそれを見て少し驚いた。
無口なレイが、こうした場で自分から発言するのは珍しい事だった。
「我々がいます。議長」
将官たちも口々に続いた。
「そうです、我々がおります」
「困難でも、究極の道を選ばれた議長を、皆支持しています」
シンは生暖かいこの雰囲気に、どうも居心地の悪さを感じて仕方がない。
(ここには、何かに反対したり、反論したりする人間はいないのか?)
シンは心のどこかで、無意識に自分を否定する人間を探していた。
迷いながら友を、そうではないとわかりながら上官だった人を討った自分を、それは間違いだと、よく考えなければいけないと否定してくれる人…欺瞞に満ちたこの場に、厳しくも懐かしい面影を求めたシンは眼を伏せた。
(もういない…あの人はもういないんだ)
「次の命令をお待ちしています」
レイの言葉に、シンははっと我に返った。
デュランダルが礼を述べてレイと握手を交わしたので、シンも立ち上がった。
(たとえ今は嘘と偽りにまみれていても…)
そして議長と握手を交わす。大きくて、力強い手だった。
「では、ヘブンズベースで」
「うん。期待しているよ、シン」
きりりと唇を引き結び、真っ直ぐ議長を見つめるシンの瞳には、たった今宿っていた深い哀しみはもう見えない。そこには強い意志の光があった。
彼らは部屋を後にし、シンは議長のぬくもりが残る手を握り締めた。
(俺は選んだんだ。この先にある、本当の平和な世界を手に入れると)
「メイリンが…メイリンが何で…」
弟が裏切り者として討たれたことに加え、機密を盗んだと説明されたルナマリアは心身ともにボロボロだった。
「そんなはずありません!あの子がそんな…気が弱くて、女の人とも話せなくて…とてもじゃないけどそんな大それた事…アスランも…!」
ルナマリアは否定し続けたが、メイリンのIDで侵入されたという「わかり易すぎる」ハッキングの痕跡や、2人が手を取りあって走る映像を見せつけられては、あとは声を詰まらせてただ首を振るばかりだった。
「そんなの、何かの間違いです!絶対そんな…馬鹿なことを!」
しかも悪い事に、メイリンにはもう一つ罪状が追加されていた。
このスパイ騒ぎのドサクサに紛れ、ガイアが強奪されたのだ。
ちょうどそのガイアの搬出の時、メイリン・ホークがハンガーにいた…ヴィーノとヨウランも呼び出され、渋々その証言をさせられたのだ。
「絶対関係ないと思うのに」
「当たり前だろ。あの時あいつ、ただぼけーっと見てただけじゃないか」
当時、ガイアをアーモリーに運ぶなどという指令は下っていなかった。
司令部はその情報操作をしたのがメイリンであり、輸送会社ごとグルになって盗んだのだろうという結論に達した。ガイアがエクステンデッドに強奪された機体であり、ロゴスの臭いが染み付いている事も信憑性を高めた。
「で…これがデスティニーとレジェンドか…」
ヴィーノとヨウランがミネルバに配備されたこの2機を見たのは、本部での事情聴取から戻った時だった。
「シンとレイが乗るのか…これに」
浮かない表情のヨウランが言うと、ヴィーノも仏頂面でため息をついた。
「メイリンは…あれで…」
「よせよ、ヴィーノ。そのことはもう言うな」
ヨウランが珍しく厳しい声でヴィーノを諌めた。
いつもならお調子者の彼の方がヴィーノに諌められるのだが、メイリンと仲のよかったヴィーノは、同じく仲のいいシンが彼を殺したという事実がどうしても受け入れられずにいる。
「けど…」
「あれは任務で、シンだってやりたくてやったんじゃないんだ」
意外にも、彼らよりほんの少し精神的に大人だったヨウランは言った。
「だからパイロットでもないし、メイリンの身内でもない俺たちは、その事を二度と口に出しちゃいけない。いいな」
彼らが動揺したように、当然ながらミネルバには激震が走っていた。
アスランとメイリンがスパイ行為を働き、保安部に対して暴行、モビルスーツを奪って逃亡の末、シンとレイに討たれたというあまりにも信じがたい出来事に、艦内はざわめいている。
「お疲れ様でした、艦長」
艦長が戻ると、ブリッジ要員が皆振り返った。
タリアはぽつんと空いたメイリンの席を見てため息をついた。
「艦内はどう?司令部からの発表、もうみんな聞いたわね」
「はい…皆、その…ショックを受け、動揺しております」
アーサー自身も仲がよく、弟のように可愛がっていた子だ。
珍しく沈んだ表情をしているのは思うところがあるに違いない。
タリアはもう一度大きなため息をついた。
「悪いけど、もう少し頼める?これではシートに座れない」
そして珍しくアーサーにシートを任せ、再びブリッジを出て行く。
アーサーは労わるように彼女を見送り、ぽっかりと空いた席を見た。
(皆がこの事態に苦しんでいる。メイリン…きみの死はこんなに重いよ)
作戦決行が近づくにつれ、シンとレイはほとんど一日中ハンガーで機体の調整や整備を行うようになった。
艦内は動揺が続いていたが、それも時と共に収まりを見せ、次の戦いが近づいたことで再び緊張感が取り戻されつつある。
シンは新たな力となったデスティニーの整備に没頭する事で、どこかにもやもやと残ってしまうアスランとメイリンの討伐を忘れたがっていた。
けれど、同時にそんな自分の弱さを嫌悪してもいた。
(俺も大概情けない…こんな事くらいで…)
しかしその彼が思う「弱さ」を、きちんと克服しなければと思ったのは、ずっと部屋にこもって姿を見せなかったルナマリアと偶然出会った時だった。
レイと共にいたシンは、通路の向こうから歩いてきたルナマリアに気付くと立ち止まった。あれ以来、彼女に会うのは初めてだった。
ルナマリアも同時にシンを認め、一瞬立ち止まる。
しばらくして彼女は、意を決したように顔をあげると歩み寄ってきた。
シンはルナマリアから眼を逸らし、レイは黙って2人を見つめている。
(シン…シンがメイリンを…私の弟を殺した…)
小さい頃から、臆病で弱虫で泣き虫だった、たった1人の弟。
夜も1人で眠れず、仕方なく眠るまで歌を歌ったり本を読んだり…
(いい子だったのよ…気の弱い、優しい、でもいい子だったの)
ルナマリアの心に、温かく、せつない想いが去来した。
(そんなあの子を、シンが殺した…)
シンはルナマリアが何も言わないので、一歩踏み出した。
そして彼女に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「………ごめん」
ルナマリアはそれを聞くと、そのまま立ちすくんだ。
けれどしばらくして踵を返し、シンの後を追って走り出した。
「ルナマリア!」
レイが彼女を呼ぶ声を聞いてシンが振り返ると、追いついてきたルナマリアは彼の腕を掴み、痛いくらい揺さぶった。
「何が…何がごめんなの!?何がごめんよ!」
シンはそれを黙って聞いている。責められて当然だ。
彼女を制止しようと近づいてきたレイには止めるなと眼で合図をした。
けれど次に放たれた彼女の言葉は、シンにとっては予想外のものだった。
「シンは任務を果たしたんでしょ!?」
「え…」
「私たちは軍人よ!シンは軍人としてやるべき事をやったのよ!」
シンは戸惑いながら彼女を見つめた。
だが、ルナマリアの青い瞳には涙など浮かんでいなかった。
「だから…だから…」
ルナマリアは握っていたシンの腕を離した。
「ごめんなんて、言わないで!」
どんな理由があるにせよ、メイリンもアスランも脱走した。
それは、軍に於いては討たれるに足る罪状なのだ。
(シンは任務を全うしたのよ。フリーダムの時と同じように)
なのにあの人は、自分の想いとは裏腹な事をしたシンを殴ろうとした。
(あんな理不尽な、あんな感情的な、あんな自分勝手な…!)
ルナマリアはきゅっと拳を握り締めた。
太陽のように明るかった彼女の表情が暗く沈んでしまったことに気づいたシンは、気丈に振舞う彼女の痛々しさを感じ取り、言葉が見つけられなかった。
「…ありがとう、ルナ…」
ようやくそれだけ言ってシンは歩き出し、レイもまた彼に続いた。
ルナマリアも再び頭を上げ、姿勢を正して歩み去る。
(私はアスランのようにはならない…あんな人のようには…!)
「で?隊長たちはどーすんの?上から見守り?」
ディアッカが伸びをしながら聞くと、イザークが答える間もなくステーションに全館放送がかかった。
「ヘイズ隊、作業時刻は予定通り。関係各員は直ちに準備を開始せよ。降下揚陸隊A班は15時よりブリーフィングを行う。各隊長は…」
「…だってさ」
「後を頼む」
召集を聞いたイザークは、ブリーフィングルームに向かった。
最近はすっかりおとなしくなり、見知らぬ将官に噛みつくこともない。
「やれやれ」
ディアッカはコキッと首を鳴らしながら元気のない後姿を見送っていた。
ジブラルタルでの一件は、普段なら当然上が隠匿すべき「汚点」だったが、地球軍への情報公開があるためか、事件の概要と共に議長から「今は勇往邁進を旨とする」というメッセージが発表されるなど、異例続きだった。
スパイの正体については当然伏せられていたが、突き止めようとすればそんなものはすぐにわかる事だ。
しかもそれにミネルバが絡んだとなれば、2人が思い当たる人物は1人しかいない。
「連合の手前、『ロゴスのスパイでした』って方が都合がいいんだろうな」
ディアッカがわざと気楽そうに言って反撃を待っても、イザークは気のない返事をしただけだ。相変わらずわかりやす過ぎる単純さは呆れるほどだった。
(前科があるのに脱走したって事は、よっぽどの事があったんだろうよ)
ディアッカは、イザークの嫌味を涼しい顔でかわし、セクハラまがいのきわどいジョークでからかう自分をそつなくスルーする、実に「可愛げのない」彼女を思い出した。
そんな自分たちにニコルはいつも真面目に抗議し、ラスティが「まぁまぁ」と仲立ちしたあの頃は、ミゲルがいて、マシューがいて、オロールがいた。
「また逝ったのか…仲間が…」
ディアッカはほっとため息をつき、小さな窓から見える深淵の闇を見つめた。
オペレーション・ラグナロクの発動まであと少しとなり、ジブラルタルでは出航を待つ艦艇が引きもきらない。
地球軍の空母は沖合いで待機し、ヘリや輸送機なども上空を飛んでいる。
議長の命により、この作戦の旗艦はミネルバが務めることになった。
「議長」
議長を取り囲むように多くの将官たちが乗り込んでいるため、いつもより人口の多いミネルバのブリッジは活気を呈している。
ここ数日の落ち込んだ雰囲気を払拭するかのように、ミネルバは今、旗艦としての職務を全うしようとそれこそ全艦一丸となっていた。
「ああ、わかっているよ。やらねばならん」
議長は頷いた。
(そうだ。ようやくここまで来たのだ…ようやく)
評議会議員になった日から、この日を思い描き、何度も何度もシミュレーションを重ねてきた。
ミネルバの建造、インパルスの製造…偽りのラクス・クラインを創り、シン・アスカを発掘し、テロリストやロゴスの隠しルートにまで手を伸ばした。
険しく危険なその道は、薄っぺらい綺麗事が通用するほど甘くなかった。
ついにはユニウスセブンを新世界の礎とすべく、多くのナチュラルを贄として、屍を踏みしめながら歩いてきたのだ。彼は血まみれの自分の手を眺めた。
(すべては目的のため…来るべき新しい世界のためだ)
「そのために我々は集ったのだからな」
そして作戦が開始され、ヘブンズベースに向けて全艦出撃した。
「マジマ隊、全機発進」
「シレオ隊、発進スタンバイ」
「針路クリアー。旗艦BB01、出港よろし」
様々な国の部隊が出撃していく。
バビとウィンダムが並んで飛び、ボズゴロフ級にはダガーLが配備された。
戦いに明け暮れたこの世界が、今、デュランダルの旗の下、一つの目的のためにこうして集っているのだ。
いがみあっていた者が手を取り合い、憎みあったナチュラルとコーディネイターが同じ管制に従って整然と出撃していく。
少し前には誰もこんな光景を予想する事さえできなかった。
けれど今、現実にここにあるのだ。
シンはその光景を見つめていた。
「また戦争がしたいのか!あんたたちは!」
あの時自分はそう叫び、戦争を始めようとした見えない敵への怒りを滾らせた。
けれどお互いを憎みあう彼らが今、手を取り合い、共に戦争を操る者たちを討ちに向かっている。
それが正しいかどうかはともかく、目の前にあるこの光景は本物なのだ。
コーディネイターとナチュラルが手を取り合って、そしていずれは戦わない、平和で温かい、安らげる世界になる。
(そうだ…まるで、オーブのように…)
シンはそう考えてしまってはっとした。
(これは…この光景は…オーブ…?)
オーブでは当たり前の、ナチュラルとコーディネイターの共存。
両者の間には小さな諍いはあっても大きな争いはなく、他国との戦いもない。
誰もが安心して暮らせていた、あの頃の…平和で安らかな国…
(それが、俺が望んでいる…世界?)
シンの心臓が突然早鐘のように鳴り始めた。
「違う…!」
思わず声に出して否定する。
(違う違う違う違う!!)
俺は、あの国がいやで…あの国を捨てて生きてきたんだ。
(そんなはずはない。そんなはずがあるか)
シンはその感情をもてあまし、拳でウィンドウを叩いた。
「…あってたまるか!」
「旗艦BB01ミネルバより通達。全軍、我に従え」
司令官の1人となるタリアに代わり、艦長代理を務めるアーサーが告げると、ミネルバがゆっくりと前進を始めた。
「まずは通告を送ってくれ」
議長のその言葉に、司令官はじめミネルバのクルーも皆戸惑いを見せた。
「基地内にいるロード・ジブリール氏他、ロゴスと名を挙げた方々の引き渡しを要求すると」
議長は、あくまでも紳士的に、正式な宣戦布告を行うのだと説明した。
「話し合えればな。それに越したことはないだろう?本当は」
(とはいえ、話し合えればこんなところまでは来なかっただろうがね)
建前の裏にある本音を自嘲気味に笑うと、彼は第二幕の開幕を待った。
その頃エターナルでも、ラクスがターミナルを通じてジブラルタルの様子を窺っていた。
「ダコスタくん、今、戦争はどうなってる?」
「え?戦争…ですか?」
ダコスタが唐突な質問にきょとんとしてラクスを見つめた。
「そういえば、どうなったんでしょうね?」
「皆そう思ってるだろうさ、ちょっと頭の廻るやつならねぇ」
バルトフェルドがサイバースコープをかけ、モニターを操作しながら答えた。
彼は先日、まんまと奪取に成功したガイアのデータをいじっている最中だ。
「ヘブンズベースが落ちれば、ユニウスセブンを発端とした今回の全ての戦争は終わるんだ。議長もここは正念場だよ」
「へぇ…でもそうですね、確かに」
そう言われてダコスタはしきりに頷いた。
「だけど、問題はこの次だ」
ラクスは少し難しい表情で2人を見た。
これまではロゴスの財力が支える連邦の言いなりだった国々が、いまや崇高な議長の理念と理想に、結局はプラントの言いなりになっているのだ。
「カガリくんがオーブに戻り、いまや紙くず同然の同盟を破棄すれば、世界中がそれに続くだろう」
連邦の威信が地に落ちた今、連合は総崩れになり、世界の力関係が変わる。
「そして再び中立を取り戻し、独自路線をいくオーブは…」
「どこにとっても邪魔な存在になる、か?」
バルトフェルドが笑った。
「誰からもいい国だといわれるのに、国際社会では厄介な国として一目置かれ、時に煙たがられる…面白い国だ、あそこは」
「だからこそ、素晴らしいんだよ」
ラクスはモニターに現れた小さな島国を見つめた。
「失わせてはいけない国だ。そうだろう?隊長」
それから彼はダコスタに数々の指示を行った。
「ターミナルを通じて、キラたちに警戒を強めるようにと伝えてくれ」
「わかりました」
「ザフトの新型についてはデータを。あれのいい比較材料だからね」
「この距離ですから、完璧に全部は無理ですよ」
できる範囲でいいよと言ったラクスは、さらにいくつかの指示を下した。
「それが落ち着いたら、きみには行ってもらいたいところがあるんだ」
「どこへです?」
「メンデルへ。調査をお願いするよ」
「メンデル?あんなところへ?」
山ほどの仕事にうんざりしつつ、ダコスタは尋ねた。
「とにかく、戦うには相手を知って準備を整えなくちゃいけないからね」
「おやおや…今回は戦う気かね、英雄どの?」
バルトフェルドがやや驚いたように言った。
「もちろん。オーブを落とされたら、もう誰も彼を止められなくなる。それに…」
ラクスはにっこりと笑った。
「僕はもう二度と、カガリくんを亡国の王にはさせない」
「進入クリアランス、3、1、1。係留チームスタンバイ」
「放射線管理チームはAパドックに待機せよ」
傷ついたアークエンジェルは、長旅を終えてオーブに戻ったばかりだった。
ひどく痛んだ艦体も、逃亡生活に疲れた自分たちも、これでようやく休む事ができるのだと皆ほっとしていた。
ドックでは懐かしいエリカ・シモンズが待っていた。
「あらあら、全く!こんなにボロボロにしてくれて!」
そんなお叱りの言葉も今は懐かしい。
やがて入渠が完了し、ドックの扉が厳重に締められた。
「よし!直ちに修理と補給作業にかからせろ。急げ!」
アマギが命じると、働き者のモルゲンレーテの技師たちがわらわらと出てくる。
カガリも久々の故郷にほっとしたようで、すっかり元気になったキラと楽しげに話をしていた。
その時、席を離れようとしたミリアリアが、アラートに気付いてそれを止めた。
「ジブラルタルより、ヘブンズベースへ向けての通告です」
その声にマリューやキラやカガリたちも皆彼女に眼を向けた。
その通信は地球・プラントを問わず、あらゆる場所、地域、組織に向けて完全にオープンなものとして送られているのだった。
「我らザフト及び地球連合軍は、ヘブンズベースに対し以下を要求する」
1.先に公表したロゴス構成メンバーの即時引き渡し
2.全軍の武装解除、基地施設の放棄
それを聞いて皆顔を見合わせる。
議長がかねてから言っていた対ロゴス最終戦が始まるのだ。
「何人かのロゴスが殺されたり捕えられたただけでも、世界は混乱してる。世界経済の変動も大きいしな」
カガリが椅子に両手をつきながら言うと、チャンドラも天を仰いだ。
「ホント、この後、世界はどうなっていくんだろうね」
「戦争も…本当にこれで終わるのかしら?」
ミリアリアが不安そうに言うと、なんとなく気まずい空気が流れる。
キラは、ふと思い出したようにカガリに聞いた。
「そういえば、キサカさんと連絡取れたんでしょう?」
「ああ。じきに詳しい情報が入るはずだ」
「あら、一佐は今どちらに?」
マリューが尋ねると、カガリは少し嬉しそうに笑った。
「ジブラルタルに入ったらしい。この作戦が終われば、ようやく帰国だそうだ」
「そう。よかったわね」
だがカガリは、まさか今そのキサカが彼への大切な届け物を運んでいる最中とは夢にも思っていなかった。
あの嵐の夜、飛び去ったグフを見た後もキサカは観測を続けていた。
すると今度はデスティニーとレジェンドが飛び立ったので、偵察のために急遽、輸送機を出したのだ。
あんなにも飛行条件の悪い嵐の中をモビルスーツが時間差で飛び立ち、基地では何度も警報が鳴り響くということは…
(あわよくば何か面白いものが見られるか、手に入るかもしれん)
果たして、それは思った以上の収穫を彼にもたらした。
このご時世なので、地球軍がこの海域にいてもザフトに警戒される事はない。
キサカたちは安全域まで離れ、彼らの観測を続けた。
どうやら脱走した1機を、2機のモビルスーツが追撃しているようだった。
「追われているのはグフです」
「追撃の2機は、ザフトの新型のようですね」
「気象条件は悪いが、いい機会だ。できる限りデータを取っておけ」
キサカは命じ、機体をスキャンしたオペレーターたちは手早く作業を進めた。
やがてグフが2機に追い込まれ、ダメージが蓄積し始めた。
「劣勢ですね。じきに墜ちますよ」
「墜落したらすぐに機体の回収にかかる。潜水艇用意!」
どうせすぐにザフトが海域を封鎖する。
それより先にいただけるものはいただこうという魂胆だった。
ところが戦いが佳境に入った時、キサカは思いもかけないものを眼にした。
「一佐!救難信号が…グフからです」
「ほう、こちらに気づいたのか。なかなか聡いパイロットだな。どれ…」
それはありきたりの国際救難信号だったが、それを見たキサカはもちろん、潜入兵たちも驚きを隠せなかった。なぜなら、最後の部分に信号とは関係のない「ある数字」が続けられていたためである。
「2500474C…このコードは…」
「なんで、こんなところで?」
狭いブリッジがざわめいたその途端、グフがデスティニーに貫かれた。
「グフ、撃墜されました!」
同時に顔色を変えたキサカが大声で怒鳴った。
「ただちに救助開始!コックピットブロックを…パイロットを回収するんだ!医療班は至急待機!」
「しかし、まだ追撃の2機が残っています」
「気づかれないように距離を取って潜航しろ。とにかく急げ!なんとしても救助しろ!」
キサカのこの剣幕に押され、ブリッジは突然慌しい動きに包まれた。
大急ぎで潜航艇が出され、ソナーやレーダー、作業用アームが展開される。
水深が深く、海中もひどく荒れていたが、やがて彼らは機体を回収した。
あと少し遅ければ浸水し、水圧で完全に潰れてしまっていただろう。
熱で溶けかけたコックピットを焼き切って開くと、乗員の姿が見えた。
(なぜおまえがこんなところにいるのだ…)
キサカは驚きの眼を持って、主君の傍にいるべき人間を見つめた。
血まみれで息も絶え絶えの彼女は、年若いザフト兵を守るように覆いかぶさり、背中に深い傷を負っていた。
(アスラン・ザラ!)
アスランが出した救難信号に続けられていたコードは、オーブ国民なら誰にでもわかるものだった。
それはアスラン…いや、「アレックス・ディノ」の市民番号だったのだ。
シンが救難信号を見て少し驚いた様子だったのも、オーブ出身の彼がコードの意味に気付いたからに他ならない。
アスランは輸送機に乗る彼らがオーブ人だと思ってコードを続けたわけではない。
その思惑は、自分が中立国…現在は連合の同盟国の人間だとわかれば、救助後の処遇に何らかの手心が加わるのではないかというものだったのだが、彼女のこの機転が結果的にキサカに救助を急がせ、間一髪のところで2人の命を救う事になったのだ。
皮肉なことに、存在を否定され続けた
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制作裏話-PHASE37②-
さて後半は重苦しい雰囲気の中で話が進みます。
一部始終を見ていたルナマリアはメイリンの死を目の当たりにし、アスランの死にミーアも崩れ落ちます。
ここは一夜明けたところから大きく改変しています。それはシンとレイが議長とだけ話すのではなく、隊長艦長クラスの会議に出席する事です。
このシーンの狙いは、「議長万歳」「議長は正しい」という雰囲気をシンに感じさせ、他の色を許さず、一色に染まっていく世界への「不快感」を与える事が目的でした。
こうした中で、自分は確かに任務を全うしたけれど、真実を…彼らがスパイではないと確信するに足る事を知っている自分は、本当は過ちを犯していると考えているシンが、鼻につくながらも「正しい事は正しい、間違っている事は間違っている」と主張したアスランの影を求める…というシチュエーションを描きたかったからです。
アスランの「力」であるその孤高の正しさ、いやになるほどの頑固さを、シンはどこかで求めてしまうんですね。でも、その人はもういないのです。自分が殺してしまったのですから…
そんな寂しさと哀しみを隠し、それでもシンは強くあろうとします。この道を選んだのは自分なのだから、と責任を負おうとします。だから嘘も欺瞞も、本物を手に入れるためなら受け入れると決めています。
ガイアが強奪されたとか、シンを責めるような事は言うなとヴィーノに釘を刺すヨウラン、アーサーたちブリッジの重苦しい雰囲気など、ミネルバクルーの精神的ダメージが大きいという事も表現しています。
しかし当然、この中で最も傷ついているのはルナマリアです。
ここは本当に改変したかったところであり、思い通りにできたので大変満足です。
本編ではシンもルナも抱き合って泣くという「レイさん立場なし」という「舐めあいシーン」でしたが、逆転はもちろん違います。
2人とも抱き合いもしないし、泣きもしません。
シンが「ごめん」というのは同じですが、ルナマリアの反応が違うのです。一瞬、シンはルナマリアに責められ、怒りや悲しみをぶつけられると覚悟します。けれどルナマリアはシンに「謝るな」と言うのです。
それは任務だったのだから…と。
アスランがフリーダムを討たれてシンに怒りをぶつけた姿を見ているから、ルナマリアは裏切り者である彼女のようにはなるまいと誓うのです。シンは軍人としての責務を果たした。それは責めるべきではないと態度で示すのです。
本編では男あさりに忙しく、そのくせ妹に寝首をかかれて残り物で手を打ったルナマリアですが、逆転では本当にいい娘なので、ここで彼女らしい強さを見せられたのは本当に嬉しいです。シンは彼女の強さに打たれ、心に刻み付けます。それが次回の告白へと繋がります。
さて、このPHASEにはおまけがあります。
オペレーション・ラグナロクは、当然ザフト得意の強襲降下作戦を含んでいますから、ステーションも作戦のバックアップに廻っています。隊長クラスは当然作戦の中核にいますし、実際イザークたちの姿が見られましたから、ここは創作で膨らませました。
何しろアスランがスパイ嫌疑をかけられて脱走し、討たれたというのですからイザークの落ち込みは激しいものです。ディアッカは何とか励まそうとしますがうまくいきません。そんな彼には、かつての仲間が減っていく寂しさを深淵の闇に見てもらいました。
また次の展開を見越してもう一つ仕掛けを施してあります。
それはシンに、「俺が望む世界って、よく考えたらオーブじゃね?」という疑念を抱かせることです。
私は議長がオーブをジャマな存在と思う理由を、デスティニープランへの地ならしのため、大掛かりな仕掛けを施して行った「ナチュラルとコーディネイターが共存する社会」を、既に体現してしまっているから、と定義したので、ここでは「シンが欲しいものは、かつてのオーブと同じ」なのだと気づかせたかったのです。
そして本編にはないラクスも登場します。
逆転のラクスは狂言回し的に、この物語が「今、どうなっているか」を総括してくれるので、ロゴスを討ったら次の舞台がオーブに移ることを示唆しています。まぁそれより先に自分が攻撃を受けますけど。
さてヘブンズベース攻略の前に、時間軸が少し戻ります。
本編ではラストにいきなり既に救助されて手当てを受けているアスランとメイリンがいて「もう生きてるってわかっちゃうのかよ!」と萎えまくりでしたが、こちらは逆転らしいひねりを入れました。
それこそ「本物のスパイ」として諜報活動に勤しむキサカは、あまり重要視していなかったパイロットが、見知ったコードを救難信号にくっつけるという苦肉の策をした事で、アスランではないかと青くなります。
カガリと共にいるとばかり思っていた彼女がなぜ…と思いつつ、キサカは救助を急がせ、それゆえに普通なら死んでいたであろうこの状況が覆されました。
市民番号はもちろん思いつきです。そういえばそんなのがあったなぁと思い出したら、あれよあれよとこの結末が浮かんだんですよね。
ここでも死に設定の「アレックス・ディノ」を生かすことができましたし、追い詰められ、絶体絶命の中にあって、アスランが実に冷静で機転の利いたことができると表現する事で、優秀さを強調できます。
何より偽りの名を持つ偽りの存在が本物を救ったというのは、実は後にミーアがラクスを庇って命を落とす事と対比しているのです。この2人の決着にも、一つの共通する帰結を置きたかったので満足です。
種は脚本がうまくなくて、キャラ同士の会話がほとんど成り立っていないので、舌戦が続き、しかもシンの最も重要なターニングポイントとしなければならなかったのでPHASE36はとても辛かったです。補完に次ぐ補完ではどうしても無理が出ますから。
しかしこのPHASE37は逆に改変もすいすいできました。戦闘シーンを書くのも楽しかったです。
でも何より、シンを悩める主人公らしく、そしてルナマリアを凛としたヒロインとして書けたのが一番嬉しかったですね。
一部始終を見ていたルナマリアはメイリンの死を目の当たりにし、アスランの死にミーアも崩れ落ちます。
ここは一夜明けたところから大きく改変しています。それはシンとレイが議長とだけ話すのではなく、隊長艦長クラスの会議に出席する事です。
このシーンの狙いは、「議長万歳」「議長は正しい」という雰囲気をシンに感じさせ、他の色を許さず、一色に染まっていく世界への「不快感」を与える事が目的でした。
こうした中で、自分は確かに任務を全うしたけれど、真実を…彼らがスパイではないと確信するに足る事を知っている自分は、本当は過ちを犯していると考えているシンが、鼻につくながらも「正しい事は正しい、間違っている事は間違っている」と主張したアスランの影を求める…というシチュエーションを描きたかったからです。
アスランの「力」であるその孤高の正しさ、いやになるほどの頑固さを、シンはどこかで求めてしまうんですね。でも、その人はもういないのです。自分が殺してしまったのですから…
そんな寂しさと哀しみを隠し、それでもシンは強くあろうとします。この道を選んだのは自分なのだから、と責任を負おうとします。だから嘘も欺瞞も、本物を手に入れるためなら受け入れると決めています。
ガイアが強奪されたとか、シンを責めるような事は言うなとヴィーノに釘を刺すヨウラン、アーサーたちブリッジの重苦しい雰囲気など、ミネルバクルーの精神的ダメージが大きいという事も表現しています。
しかし当然、この中で最も傷ついているのはルナマリアです。
ここは本当に改変したかったところであり、思い通りにできたので大変満足です。
本編ではシンもルナも抱き合って泣くという「レイさん立場なし」という「舐めあいシーン」でしたが、逆転はもちろん違います。
2人とも抱き合いもしないし、泣きもしません。
シンが「ごめん」というのは同じですが、ルナマリアの反応が違うのです。一瞬、シンはルナマリアに責められ、怒りや悲しみをぶつけられると覚悟します。けれどルナマリアはシンに「謝るな」と言うのです。
それは任務だったのだから…と。
アスランがフリーダムを討たれてシンに怒りをぶつけた姿を見ているから、ルナマリアは裏切り者である彼女のようにはなるまいと誓うのです。シンは軍人としての責務を果たした。それは責めるべきではないと態度で示すのです。
本編では男あさりに忙しく、そのくせ妹に寝首をかかれて残り物で手を打ったルナマリアですが、逆転では本当にいい娘なので、ここで彼女らしい強さを見せられたのは本当に嬉しいです。シンは彼女の強さに打たれ、心に刻み付けます。それが次回の告白へと繋がります。
さて、このPHASEにはおまけがあります。
オペレーション・ラグナロクは、当然ザフト得意の強襲降下作戦を含んでいますから、ステーションも作戦のバックアップに廻っています。隊長クラスは当然作戦の中核にいますし、実際イザークたちの姿が見られましたから、ここは創作で膨らませました。
何しろアスランがスパイ嫌疑をかけられて脱走し、討たれたというのですからイザークの落ち込みは激しいものです。ディアッカは何とか励まそうとしますがうまくいきません。そんな彼には、かつての仲間が減っていく寂しさを深淵の闇に見てもらいました。
また次の展開を見越してもう一つ仕掛けを施してあります。
それはシンに、「俺が望む世界って、よく考えたらオーブじゃね?」という疑念を抱かせることです。
私は議長がオーブをジャマな存在と思う理由を、デスティニープランへの地ならしのため、大掛かりな仕掛けを施して行った「ナチュラルとコーディネイターが共存する社会」を、既に体現してしまっているから、と定義したので、ここでは「シンが欲しいものは、かつてのオーブと同じ」なのだと気づかせたかったのです。
そして本編にはないラクスも登場します。
逆転のラクスは狂言回し的に、この物語が「今、どうなっているか」を総括してくれるので、ロゴスを討ったら次の舞台がオーブに移ることを示唆しています。まぁそれより先に自分が攻撃を受けますけど。
さてヘブンズベース攻略の前に、時間軸が少し戻ります。
本編ではラストにいきなり既に救助されて手当てを受けているアスランとメイリンがいて「もう生きてるってわかっちゃうのかよ!」と萎えまくりでしたが、こちらは逆転らしいひねりを入れました。
それこそ「本物のスパイ」として諜報活動に勤しむキサカは、あまり重要視していなかったパイロットが、見知ったコードを救難信号にくっつけるという苦肉の策をした事で、アスランではないかと青くなります。
カガリと共にいるとばかり思っていた彼女がなぜ…と思いつつ、キサカは救助を急がせ、それゆえに普通なら死んでいたであろうこの状況が覆されました。
市民番号はもちろん思いつきです。そういえばそんなのがあったなぁと思い出したら、あれよあれよとこの結末が浮かんだんですよね。
ここでも死に設定の「アレックス・ディノ」を生かすことができましたし、追い詰められ、絶体絶命の中にあって、アスランが実に冷静で機転の利いたことができると表現する事で、優秀さを強調できます。
何より偽りの名を持つ偽りの存在が本物を救ったというのは、実は後にミーアがラクスを庇って命を落とす事と対比しているのです。この2人の決着にも、一つの共通する帰結を置きたかったので満足です。
種は脚本がうまくなくて、キャラ同士の会話がほとんど成り立っていないので、舌戦が続き、しかもシンの最も重要なターニングポイントとしなければならなかったのでPHASE36はとても辛かったです。補完に次ぐ補完ではどうしても無理が出ますから。
しかしこのPHASE37は逆に改変もすいすいできました。戦闘シーンを書くのも楽しかったです。
でも何より、シンを悩める主人公らしく、そしてルナマリアを凛としたヒロインとして書けたのが一番嬉しかったですね。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
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2011/5/22~2012/9/12
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