機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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「補給各班、112号ユニットの設置を開始する」
「ストライクブースターの搬入急げ」
「整備班Cは所定の位置で待機」
多忙を極めるエリカ・シモンズ自らが陣頭指揮を執り、アークエンジェルの補修と整備は、急ピッチで進められていた。
しかしさしもの彼女もフリーダムの無残な姿には言葉がなかった。
「よくまぁこれでパイロットが無事だったこと」
「嬢ちゃんじゃなきゃ無理だったでしょうよ」
マードックもフリーダム撃墜当時の大騒ぎを振り返った。
データを取らせてもらってもいいのかしらと話していると、何やら外が騒がしいので、2人は顔を見合わせ、騒ぎの中心に向かった。
「どうしたの?何?」
「地球軍の輸送機が着陸を求めてきまして…信号はキサカ一佐です」
「キサカ一佐?わかったわ。ラミアス艦長とカガリ様に連絡を」
輸送機が岩場に着水すると、やがてハッチが開いて懐かしい顔が出てきた。
「どうも!」
マードックが手を上げると、キサカが大声で答えた。
「ストレッチャーを運びたい。人を頼む」
すぐに人手を集め、スロープを準備させてから聞いた。
「けが人ですかい?」
キサカは「うん」と頷いてそれを示した。
「…こいつは…」
マードックは何気なく酸素マスクをつけたその患者を見て息を呑んだ。
「戻ったか、キサカ!」
振り返れば、キサカを見つけたカガリが嬉しそうに走ってきた。
「早かったな。もっと後かと思ってたぞ」
その明るい声が驚きの声に変わるまで、あとほんのわずかだった。
「ストライクブースターの搬入急げ」
「整備班Cは所定の位置で待機」
多忙を極めるエリカ・シモンズ自らが陣頭指揮を執り、アークエンジェルの補修と整備は、急ピッチで進められていた。
しかしさしもの彼女もフリーダムの無残な姿には言葉がなかった。
「よくまぁこれでパイロットが無事だったこと」
「嬢ちゃんじゃなきゃ無理だったでしょうよ」
マードックもフリーダム撃墜当時の大騒ぎを振り返った。
データを取らせてもらってもいいのかしらと話していると、何やら外が騒がしいので、2人は顔を見合わせ、騒ぎの中心に向かった。
「どうしたの?何?」
「地球軍の輸送機が着陸を求めてきまして…信号はキサカ一佐です」
「キサカ一佐?わかったわ。ラミアス艦長とカガリ様に連絡を」
輸送機が岩場に着水すると、やがてハッチが開いて懐かしい顔が出てきた。
「どうも!」
マードックが手を上げると、キサカが大声で答えた。
「ストレッチャーを運びたい。人を頼む」
すぐに人手を集め、スロープを準備させてから聞いた。
「けが人ですかい?」
キサカは「うん」と頷いてそれを示した。
「…こいつは…」
マードックは何気なく酸素マスクをつけたその患者を見て息を呑んだ。
「戻ったか、キサカ!」
振り返れば、キサカを見つけたカガリが嬉しそうに走ってきた。
「早かったな。もっと後かと思ってたぞ」
その明るい声が驚きの声に変わるまで、あとほんのわずかだった。
アイスランドの北側にある地球軍基地ヘブンズベースを前に、ザフト・反ロゴス同盟軍はロゴス引渡しに応じるかどうかの回答を待っていた。
「要求への回答期限まであと5時間」
タリアが時計を確認する。
「やはり無理かな。戦わずにすめばそれが一番よいのだがね」
デュランダル議長も、動きのない基地を見つめながら呟いた。
タリアは通信士に、「パイロットたちの様子はどう?」と尋ねた。
脱走兵メイリン・ホークの補充として、本作戦からはアビー・ウィンザーという女性通信士が配属されている。
艦長は女性だが、ブリッジ要員は男ばかりだったミネルバには珍しい女性の配属に、アーサーがやたらデレデレするので、久々にタリアのつねりが発動した。
「順調です。本作戦よりルナマリア・ホークが搭乗するインパルスについては、シン・アスカが整備指導をしています」
そう…タリアは平静を装って答えながら、ルナマリアのことを想った。
慕っていたアスランに裏切られ、あれほど可愛がっていた弟を失い…けれどあれ以来彼女は涙や脆さをほとんど見せることなく、気丈に振舞っている。
(あんなに気を張って…)
タリアはため息をついた。
(戦争が終わろうとしているのに、いやなものね)
「42デスティニー、666レジェンドの予備ライフルは2番パドックに配置する」
シンとレイは戦闘に備え、万全にあわせるため機体の整備に忙しかった。
さらにシンは、時間が空けばルナマリアのインパルスの整備を手伝った。
自分がつけた癖を取り払い、彼女が使いやすいようにカスタマイズしていく。
もうほとんど誰も、今はいない2人の事を口には出さなくなった。
シンもまた、ただ、目の前にいる敵を倒すため…その先にあるはずの、平和な世界のために戦うのだと考えていた。今はそれが一番正しく思えた。
「C18から31ゲートはこれより閉鎖されます」
最後通牒を突きつけられたヘブンズベースでは、上を下への大騒ぎだった。
「最終チェック急げ!」
整備兵がウィンダムやダガーL、105ダガー、海中戦用のGAT-707Eフォビドゥンヴォーテクスなどの整備を急いでいる。
「全区画、Fクラス施設の地下退避を開始する。防衛体制オメガ発令」
「第七機動軍、配置完了」
「ニーベルングへのパワー供給は、30分後に開始する」
基地もハンガーも放送や怒号が飛び交い、重機の音がこだましていた。
「ふん、通告して回答を待つか。デュランダルはさぞや今、気分のいいことでしょうよ」
基地内のシェルターに陣取ったジブリールが忌々しそうに言った。
「だがこれで本当に守りきれるのか?ジブリール」
屋敷が暴徒に襲われ、ジブリールに援けを求めてきたルクス・コーラーは、その時の恐怖が忘れられないらしく、ずっと落ち着かない様子だった。
「守る?」
ジブリールはその言葉を聞いて体を起こした。
「何をおっしゃってるんですか!我々は攻めるのですよ!」
今もなお、世界中で暴徒がロゴスに関わりのある人々や企業を襲い、愚かにも自国の経済構造を破壊している。
民衆を抑えきれなくなった政権が解体し、無政府状態に陥った国もあった。
「ロゴスを討てば戦争は終わり、平和な世界になるというヤツの理論…そんな言葉に易々と騙されるほどに愚かです、確かに民衆は!何しろ、自分で自分の首を締めているのですからね!」
さすがにこの事態を見て、ロゴスを討つだけで戦争はなくならないと唱えている学識者や経済学者もいるのだが、すでに世界はうねりに巻き込まれてしまい、その良識ある声はあまりにも小さい。
「だからこそ我々が何としても奴を討たなければならない」
ジブリールはお得意の演説を繰り広げた。
「ヤツとコーディネイターが支配する世界になる前にね!」
「確かにの」
セイランと繋がりの深い年老いたリッターがため息混じりに言った。
「我らを討ったとて、ただ奴らが取って代わるだけじゃわ」
「議長殿が調子に乗っていられるのも、もうここまでだ」
準備が出来次第始めますとジブリールは言った。
「格好をつけてノコノコと前線にまで出てきたことを、奴にたっぷりと後悔させてやりましょう。あの世でね…」
いつものように青いルージュが塗られた唇が、にやりと笑った。
回答期限までのカウントダウンは進み、整備を終えたシンたちパイロットには、パイロットルームでの待機が命じられている。
シンがパイロットスーツに着替えてエレベーターを上がってくると、そこにルナマリアがいた。
「ルナ」
シンはヘルメットを置くと彼女の横に立った。
ルナマリアは振り向かず、喧騒の続くハンガーを見つめている。
「インパルス…」
ルナマリアが小さく呟く。
「ん?」
「やっぱり、すごいね。扱えるかな、私に…シンみたいに」
「大丈夫。いい機体だよ、あれは」
シンはかつての愛機を眺めた。
「出撃時の加速と、合体や換装時は気をつけろ。慣れないうちはどうしても無防備になるから、位置補正と調整は早めに…」
「ふふっ」
ルナマリアが急に笑ったので、シンは「なんだよ」と言った。
「『ルナはなんでも苦手だろ』って、言わないの?」
「…」
シンはそう言ってからかっては笑いあった明るい日々を思い出して眼を伏せた。
もう一度、あんな風に戻れるのだろうか…一見変わらないように見えるものの、どこか憂いめいた暗い影を落としている彼女を見つめて、シンは言った。
「…おまえにはもう…苦手なものなんかないよ」
弟を討った自分を責めることなく、面を上げている彼女の凛とした強さが、今のシンには眩しかった。
(明るくて可愛いだけの、苦労知らずの甘ったれだと思っていた…)
なのにこんな強さが、彼女のどこに隠れていたというのだろう。
「おまえは、強いから…」
そう言って、シンはルナマリアのほっそりとした体を抱き締めた。
ルナマリアはなす術もなく彼の腕の中に納まり、驚いている。
「…シン?」
「俺と一緒に…戦ってくれるから…」
シンの唇が、戸惑うルナマリアの唇に重なった。
「整備第八班に伝達…ハイパーデュートリオンシステムの再調整は、15分後に開始します」
長いキスが終わると、二人は少し照れたように見つめあった。
ルナマリアは再びシンに強く抱き締められ、その胸に顔を埋めた。
(人にさわれないと言っていたシンが、今はこんなに近くにいる…)
ルナマリアはこの突然の衝撃に慄き、それ以上の幸福感にクラクラした。
シンもまた、彼女の甘い香りを楽しみながら優しく髪を撫でている。
ただの友達としか思っていなかったルナマリアが、今は愛しくてたまらない。
やがてルナマリアが語りだした。
「…私、強くて、優しくて、綺麗なあの人に、ずっと憧れてた」
それが誰の事かを悟り、シンの腕に少しだけ力がこもった。
「メイリンもきっとそうね。だから一緒に行ったんだわ…私たちを置いて」
シンはそれを聞いてきゅっと唇を噛んだ。
(違う…そうじゃないんだ、ルナ)
「行かないでくださいって…ずっと一緒にいてくださいって言ったのに…」
ルナマリアは、困ったように首を傾げて答えなかった彼女の顔を思い浮かべた。
「アスラン…ずるいよね…私たちをだまして…見捨てて…行っちゃった」
ルナマリアは軽く体を離すとシンを見上げた。
「私も馬鹿よね」
「ルナ…」
「でも私…シンと一緒に戦う」
ルナマリアは無理に笑ってみせた。
「負けないから。絶対負けないから。あの人みたいに、戦うべきものから逃げたりしない」
「…あいつ…は…」
「シン!お願い!ルナマリアが哀しむわ!あの子を…」
ハンガーでも、追撃を受けても、必死にメイリンを助けようとしていた姿や声を思い出しながらも、シンはそのまま言葉を飲み込んでしまった。
結局は自分たちよりかつての仲間を選んだアスランを思うと、心が痛んだのだ。
「私たちで、平和な世界にしよう。戦いを終わらせよう」
ルナマリアは手を伸ばし、シンの頬に優しく触れた。
「だから、シンも…ね?」
シンは少し辛そうな表情で温かいその手を握り返した。
(…俺はもう、きっと何も守れない…)
けれど、口からは心と違う言葉が流れ出た。
「インパルスは…おまえは絶対、俺が守るから」
微笑んだルナマリアを強く抱き締めると、2人の影は再び重なった。
デュランダルはこの戦いを全世界周知のもとで行いたいとして、「常識的で、安全な範囲内で」という条件をつけ、すべてのメディアに開放していた。
戦闘が始まればヘリや飛行機は飛ばせないので、今が撮り時とばかりに上空には各国メディアが陣取って両軍のにらみあいを撮影している。
「こちら、ヘブンズベース上空です。デュランダル議長の示した要求への回答期限まで、あと3時間と少しを残すところとなりました。が、未だ連合軍側からは何のコメントもありません。このまま刻限を迎えるようなことになれば、自ら陣頭指揮に立つデュランダル議長を最高司令官としたザフト及び対ロゴス同盟軍によるヘブンズベースへの攻撃が開始されることになるわけですが、ここは基地施設の他にも軍事工場を擁する連合軍の一大拠点で…」
全世界がこの戦いに注目しているのは当然で、アークエンジェルのブリッジでも、マリューたちが様子を見つめていた。
「開始されれば、その戦闘はどちらにとっても熾烈なものになることが予想されます」
「ああ、もう!せっかくあんなに開放されてるのにぃ!」
ミリアリアが映し放題のヘブンズベースを見ながら言った。
さっきからあちこちの施設がズームされるたびに、あれも撮りたい、これも撮りたい、あれは何かしら?とモニターにかじりついている。
「剣呑剣呑。総力戦だぜ?またサイクロプスみたいなのがあったらどうするのさ」
「それでも、私は撮る!」
「ったく、じゃじゃ馬め」
拳を握り締めるミリアリアに、チャンドラとノイマンが呆れていると、マリューはくすくす笑った。
キラとカガリも以前からこの放映を気にしていたのだが、2人とも今はアスランにつききりで、とてもそれどころではなかった。
(あんなに傷ついて…何があったのかしらね)
マリューはひどい傷を負って戻ってきた彼女を思い出した。
「ん?何か動いたのか?」
やがてモニターの中が急に騒がしくなったので、ノイマンが身を乗り出した。
リポーターが遠くを指差し、カメラマンと話していると、突然ズズンと爆発音が聞こえ、クルーの乗った船が揺れた。
カメラがパンすると、最前線の艦艇の一つが黒煙をあげている。
ヘブンズベースから、通告もなく攻撃が開始されたのだった。
「全軍、配備完了しました」
ヘブンズベース司令官が基地の全ての準備が整った事を告げたが、その口調はあまり乗り気ではなさそうだ。
「む…だが本当に…」
「先手必勝と言うでしょう?どうせ戦うのです。追い込んだつもりでいる奴らの出鼻をくじくんですよ」
ジブリールが計画に変更はないと言うと、司令官はしぶしぶながら命じた。
「全軍攻撃開始!」
そして今まさに、基地の対空砲が一斉に火を噴いたのだ。
「敵軍、ミサイル発射!」
「ええっ!?」
自身もやや驚きをこめた声でバートが報告すると、タリアもアーサーも、黒服の司令官たちも大きな声をあげた。
「なんだと!?」
デュランダルもまた身を乗り出し、レーダーを見つめる。
「回答もなく攻撃だと!?正気か、奴らは」
「被害状況を報告させろ」
各隊から通信が入り、ミネルバのブリッジはにわかに慌しくなった。
「攻撃開始!モビルアーマー隊、モビルスーツ隊発進せよ!」
「第2、第3機動軍発進!オールウェポンズフリー!」
「第七、第十五防衛中隊発進!」
戦いの火蓋が切って落とされたのと同時に、基地からは続々とモビルスーツ、モビルアーマーが飛び出してきた。
おなじみのウィンダムやダガーLはもちろん、かつての宇宙の花形メビウスを髣髴とさせる新型モビルアーマー、TS-MB1Bユークリッドが攻撃を始める。
「モビルスーツ、モビルアーマー群接近。攻撃、開始されました!」
タリアはそれを聞いて驚きの声をあげる。
「そんな!未だ何の回答も…」
アークエンジェルで放送を見ているマリューたちも驚いている。
「これは一体どうしたことでしょうか?ヘブンズベースが攻撃を開始いたしました。あちらからは未だに何のコメントも宣誓すら発せられておりません。しかし攻撃が…」
途端に画面が乱れ、映像がぶつっと切れてしまった。
「ジャマーかな?」
彼らが話していると、やがて映像が回復した。
陣を取っていた艦艇が爆発を繰り返し、黒煙をあげて炎上している。
そこにはビーム砲とミサイルが飛び交う、凄まじい戦場が広がっていた。
「生体CPU、リンケージ同調率87%。システムオールグリーン」
「X1デストロイ、発進スタンバイ」
やがて地響きにも似た駆動音を立てながら、5機ものデストロイが起動した。
「へっへっへ…さあ行くぜ!」
ステラが着ていたスーツと同型のものを着装したスティングは、狂気が宿った眼でようやく与えられた「おもちゃ」に嬉々としていた。
再び全ての記憶を消された彼は、ラボからも廃棄の提案がなされるほど不安定な興奮状態が続き、奇行も目立ったが、何より圧倒的な実戦経験数が買われて今回の搭乗となった。
ネオという砦もなくなった彼に待つのは、もはや死という名の廃棄か、戦いしかない。
まだ雪が残る山岳地帯から数機のデストロイが姿を現すと、ダガーとウィンダムが上昇し、ユークリッドは基地まで下がる。
そして射線が開いたところで、5機のデストロイが海に向かって一斉にドライツェーンを放った。
前線に陣取り、浮上していたボズゴロフ級やその他各国の艦艇は、20本もの強力な巨砲に薙ぎ払われ、あっという間に爆発・炎上してしまった。
それを見てデストロイはさらに前進を始める。
奇襲を想定していなかった同盟軍は俄かに浮き足立っていた。
何しろ基地を包囲し、数も陣形も優勢に立っていたのは自分たちなのだ。
デストロイの援護により、ウィンダムは対空砲の準備が遅れた艦艇を上空から狙い、フォビドゥンヴォーテクスは慌てて投入されたグーンに接近すると、何もさせないままフォノン・メーザーで撃破した。
ラクス暗殺に利用されたアッシュは、海の中を自在に暴れまわるフォビドゥンに向かっていったが、その自慢のクローを展開する間すらもなく、トライデントに正面から貫かれて爆散してしまった。
水面すれすれを水飛沫をあげながら飛ぶユークリッドが、背中のデグチャレフで艦艇のどてっ腹に穴を開け、敵モビルスーツ部隊の突破口を開いていく。
グーンやゾノを海中に射出すると同時に浮上してきたボズゴロフ級は、バビ隊やディンを射出するが、海岸線に前進したデストロイの射線軸に入ってしまえば、かすっただけでも大ダメージを食らった。
物量では負けていないはずなのに、連合の5機のデストロイのような決定打となる戦力がないせいか、それともにわか仕立ての軍では連携に慣れていないせいなのか、ザフト・同盟軍は明らかに押され気味だった。
スティングはこの強力な破壊力にご機嫌だ。
大きな声でゲラゲラと笑いながらドライツェーンを放ち、果敢にも艦砲射撃を行ってくるものは、ネフェルテムで一掃してやった。
「すげぇ、すげぇよ、こいつは!」
スティングは「最高だぜ!」と笑いながら破壊と殺戮を楽しんだ。
「同型機、5機確認」
「あんなのが5機も!?」
バートの報告に、艦長席のアーサーが身を乗り出した。
「1機でもあれだけ苦労して倒したのに」
ブリッジがざわざわとざわめき、皆、デュランダルの次の判断を待っている。
「なんということだ、ジブリール!」
デュランダルは最前線の艦隊が壊滅状態になったことに憤りを見せた。
「何の回答もなく、期限前にいきなりこのような攻撃を行うとは」
「議長、これでは…」
黒服や国防委員会の者たちの言葉に、議長は頷いた。
「ああ、わかっている。やむを得ん。我らも直ちに戦闘を開始する」
「コンディションレッド発令!総対戦用意!」
タリアは命じ、シンたちは機体に乗り込んで出撃を待った。
「オペレーション・ラグナロク発動。降下揚陸隊は直ちに発進を開始せよ」
同じ頃、宇宙ステーションでは主だった隊の隊長たちが集い、戦況の確認と揚陸部隊の降下タイミングを待っていた。
イザークもモニターと地形図を見ながら戦況を見据えている。
(デストロイが5機…エクステンデッドが乗っているのか)
その疑いのある者と戦ったという理由で、戦後、ブーステッドマンの調査を担当したイザークにとって、エクステンデッドのような「人工的な強化兵士」は不快感以外何も感じない「連合の悪事」だった。とはいえ、疑問も残る。
(確かにそういった研究にロゴスが資金を出しているというのはあるだろうが…資金を出したから、 「悪」と断じていいものなのか?)
イザークはカウントダウンを聞きながらこの戦いの意味を考えていた。
ユニウスセブンの落下以降、小競り合いとはいえ、ジュール隊は月軌道などでのほとんどの戦いに参戦してきた。
おかげでヒヨっ子どもの腕も随分上がり、撃墜率も作戦遂行率もかなり高い。
だがプラントにしてもナチュラルにしても、多くの関心は地上で快進撃を続けるミネルバで、ちまちまと連合と戦っている彼らのような部隊からすると、戦っても戦っても先が見えず、終わるでもなく、勝利するでもないこの戦争は一体なんなのかと疑念も沸こうというものだ。
(すべてがこの対ロゴス戦のためだとしたら…)
イザークは顎を押さえて思いふけった。
(俺たちは一体、何のために戦ってきたんだ?)
考えるほどにわからなくなってきて、イザークがむーっと不機嫌そうな顔になると、隣にいる若い隊長が小さくなった。彼はついさっき、余計なことを言ってイザークにガミガミと叱られたばかりだ。
(ミネルバか…)
旗艦として赤くマークされたミネルバを見て、イザークは、いやでもいなくなってしまった同僚を想った。
(何を考えていたのか知らんが、死んだらなんにもならんだろうが…)
「…バカが!」
「わ!」
想いが口をついて出てしまい、隣の隊長が驚いてまた小さくなった。
「糾弾もよい、理想もよい。だが、全ては勝たねば意味がない」
戦局が連合有利に傾いているのでジブリールはご機嫌だった。
膝の上の黒猫を撫でながら、デストロイが迂闊にも近づきすぎたバビ部隊をネフェルテムで一気に屠るのを楽しげに見ている。
「直上にザフト軍降下ポット現出。ルート26から31に展開」
ザフト得意の降下作戦が始まると、ジブリールはニヤリと笑った。
(ふん、またバカの一つ覚えの降下作戦か…我らが貴様ら宇宙の化け物とどれだけ長く戦ってきたと思っているのだ)
「ニーベルング発射用意!」
先ほど、じきにパワー供給が始まるとアナウンスがあったニーベルングなる兵器の発射が命じられた。
「現時点を以てニーベルングシステムの安全装置を解除する」
退避命令が発令され、ユークリッドやモビルスーツが動き出す。
「偽装シャッター開放」
合図と共に巨大な雪山が真っ二つに割れ、その下の地面がスライドして巨大なすり鉢のような金属のドームが現れた。
「直上にザフト軍降下ポット現出。ルート26から31に展開」
「照射角、20から32。ニーベルング発射準備完了」
ニーベルングは急激に光を発し、すり鉢の真ん中に突っ立つ砲…レーザー照射装置に、エネルギーが充填されていった。
上空では大気圏突破後、射出ポッドが開かれてそれぞれブレイズやガナー装備のザクウォーリア、ザクファントムで編成された降下揚陸隊が降下を始めた。
それらが最も効率よく射程に入るのを待ち、射線軸が調整されていく。
ロゴスや司令たちが固唾を呑んで見守る中、やがて司令官が命じた。
「発射!」
対空掃射砲ニーベルングが放たれると、ミネルバからも、遥か遠い雪山から駆け上がる火柱にも似たその光が見えた。
タリアもデュランダルもその光をいぶかしみ、黒服たちもミネルバクルーも、その禍々しい一本の光に不安げにざわめいた。
上空では降下ポイントに降り立とうと構えていた兵士たちが巨大な対空レーザーに貫かれ、爆発するモビルスーツの中でどうしようもないまま、断末魔の叫びをあげて果てて行った。
ある者はコックピットの破片に貫かれ、ある者は武装の爆発に巻き込まれて、若い命があっけなく散っていく…
「何なんだよ!これは!」
シンは恐ろしいほどの速さで消えていく友軍機のシグナルに怒りの声をあげた。
ルナマリアもレイもその威力に言葉もない。
「全滅だと!?」
「バカな…調査はどうなっていたのだ!?」
それはステーションで作戦を見守っていたイザークたちも同様で、作戦の要たる降下のいきなりの失敗に、司令室には動揺広がっている。
「これは…こんな!」
ミネルバでは、動揺したアーサーが艦長席から腰を浮かして絶句した。
「降下部隊、消滅…です」
バートがそう呟くと、ブリッジが静まり返る。
「なんというものを…ロゴスめ!」
議長の隣に座る黒服を着た総司令官が怒りを露にした。
「やっぱりね…なんだかんだ言ったって、連合の規模と物量にはそうそうかなうものじゃありませんわ」
オーブ行政府の執務室でこの報道を見ていたユウナが言った。
椅子に深く腰掛けたウナトも連合有利の戦況を見つめている。
「前の大戦ではJOSH-Aを失ったわ。でもヘブンズベースがある。そして万一これを失っても、まだ月がありますもの、連合には」
「うむ」
「あのデュランダルの演説を聞いた時は正直驚きましたけど…私たちはその、戦争の根源などと言われている方々と提携して、オーブ経済を立て直したんですもの」
ユウナは誇らしげに胸を張った。
戦闘開始前はおろおろしていたが、状況が連合に傾きつつある今はすっかり元気になって口も滑らかに回るようだ。
「連合寄りだの阿り政策だの、日和見宰相などと言われながらオーブを強い国に戻したのは、アスハではなく、我らセイランだわ」
政治に関しても経済に関しても、綺麗事ばかりで実際には何の手も打てなかったカガリを思い出し、ユウナはふふんと鼻で笑った。
「私たちの選んだ道はやっぱり正しかったんですわ、お父様」
「ああ。あとはこれでこのままデュランダルが討たれてくれればな」
「大丈夫。結局最後は連合の勝ちですわ」
すると、ふと気付いたようにウナトが尋ねた。
「アスハといえば、カガリの行方はわかったのかね?」
「さぁ。どこをほっつき歩いてるんだか!」
ユウナは不機嫌そうに答えた。
「やれやれ…アスハの名でないとダメだという頑固な首長もおるからな」
八方手を尽くして探させているのだが、アークエンジェルの行方はクレタ沖以来、杳として知れなかった。
軍部では戦場にカガリが現れたと未だに噂が絶えず、兵たちに動揺が残る。
タケミカズチのムラサメ隊とアマギ一尉以下20人以上の下士官が忽然とMIAになったのは、「アークエンジェルでカガリに仕えているからだ」などという噂まで流れている。
(全く…いてもいなくても本当に忌々しいガキだわ!)
ユウナは毒づいたが、まさかそのカガリが既に帰国しており、手を伸ばせば届く場所に潜伏しているとは、さしもの彼女も思っていなかった。
「艦長、行きます。早く発進を!」
シンが出撃を要請する通信を入れてきたが、タリアはたった今目の当たりにした惨状に、シンたちを出していいものか躊躇した。
「ええ…でも…」
「こんなこと、もう許しておけません!」
「頼む」
その時、シンに対してなのか躊躇するタリアに対してなのか、議長がポツリと言った。
タリアが振り返るのと、シンが答えたのはほぼ同時だった。
「はい、議長」
(シン…ギルバート…)
タリアは少し黙り込んだが、ほうと息を吐いた。
今、この戦いを握るのは恐らくシンたちミネルバの3人にほかならない。
ましてや始めてしまった戦いを、ここでやめるわけになどいかなかった。
「デスティニー、レジェンド、インパルス発進!」
タリアは意を決し、彼らを発進させる命令を下した。
慣れ親しんだメイリンではなく、新たなオペレーターの声でデスティニーの発進シークエンスが整えられていった。
(初めはヘタクソで…インパルスのフライヤー射出もビビって遅れて…)
シンはメイリンと夜中まで発進シークエンスの特訓をした事や、射出タイミングを合わせるシミュレーションソフトを独自に開発して喜ばれた事を思い出した。
(同い年なのに弟みたいで…気が弱いけど優しくて…)
シンははにかんだような笑顔のメイリンの面影を振り払おうと頭を振った。
(よせ…!今はそんな事を考えている暇はない!)
「射出推力正常。針路クリアー。デスティニー、発進どうぞ」
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
デスティニーはリニアカタパルトに乗って大空に飛び出した。
ボディの色がディアクティヴモードからごく薄いグレーに変わると、シンは機体を回転させ、ウィングを展開した。さらに出力を上げると、まばゆい光の粒子が翼に現れた。
続いてレジェンドが飛び出し、コアスプレンダーがトップスピードで飛び出してきた。
シンはさりげなく周囲を警戒し、ルナマリアの合体を見守った。
自分の搭乗時よりシステマティックな補佐AIを入れてあるとはいえ、ルナマリアは見事に合体してみせ、そこに馴染み深いフォースインパルスが姿を現した。
シンはデスティニーのマニピュレーターを器用に動かし、「よくやった」とサインを送った。
「大分やられてるな」
「ああ」
レイの言葉に、シンは頷いた。
今、戦場を支配しているのはデストロイの火力だ。
「俺が道を開く。レイは俺と、周りのラインを揺さぶりながら行こう」
「よし」
「ルナは無理せず、ラインまででいい。ただし必ず全部片付けていけ」
「わかった。任せて」
シンの簡単な指示だけで3人は散開した。
「行くぞ!もう連中の好きにはさせない」
2人はデスティニーを中心に位置を取り、シンは背中にマウントされたM2000GX高エネルギー長射程ビーム砲を持つと、その長い砲身を構えた。
そして前に出て海の上をホバー飛行しているデストロイに向け、ビームを放つ。
射線上にいたウィンダムを屠りながら、ビームがちょうどスティングの機体に達すると、スティングは素早くそれをリフレクターで弾いた。
「なんだ?どこから?」
スティングの狂気が宿る眼がビーム砲を構えたデスティニーを見つける。
シンは同じく射線上に向かってくるウィンダムを捉えつつ、2発目を放った。
スティングはこのあからさまな挑発が嬉しくて仕方がない。
「はっはー!おもしれぇ!来いよ!早く来い!」
シンはビーム砲をマウントすると、輝く光の翼を広げて飛び立った。
そして左肩のフラッシュエッジを手に取ると、2機のウィンダムが並ぶ射線を狙って投げつけた。
それは見事に2機同時に破壊し、デスティニーの手元に戻ってくる。
ライフルでウィンダムを撃ち落すと、シンの前にはもう新たな道が開いていた。
「やれる。私だって!」
ルナマリアもまた、雲霞のように群がるウィンダムを次々と撃破していった。
インパルスはほんのわずか加速するだけで素晴らしい機動性を見せる。
(やっぱりすごい…)
しかしその時、海面すれすれを走行していたユークリッドが、足元が無防備なインパルスに向けてビーム砲を放った。
「ルナ!」
「…え?」
シンはデグチャレフの射線に飛び込むと、インパルスを庇ってビームシールドを展開した。
そしてそれをしのぎきると、今度はこちらからライフルで胴体を狙ったが、あちらもリフレクターを展開してこちらの攻撃を悉く弾いた。
「迂闊だぞ!飛んでるんだから下からも撃たれる!」
「…ごめん」
ルナマリアは約束どおり守ってくれたシンに素直に謝ったが、「ありがとう」と言う前に、デスティニーはもう飛び去ってしまっていた。
3機が道を開いたことでバビやグフも連合の防衛ラインを突破し始める。
デストロイはそれを見てモビルスーツに変形し、今度はスーパースキュラやツォーンでより精密な砲撃を始めた。
シュトゥルムファウストがバビを追い詰め、ディンを爆破した。
「シン!ともかくあれを潰すんだ。斬り込めるか?」
「ああ」
援護してくれ、と言うが早いかシンは1機のデストロイ、スティングが乗るデストロイに向かって行った。
スティングはそれを見て「さっきの挑発野郎か!」と気づくと、嬉々として両腕を突き出し、シュトゥルムファウストをデスティニーに向けた。
そしてスプリットビームガンを撃ち放つ。
10本の強力なビーム砲を、シンはビームシールドを展開してその懐に高速で突っ込んでいった。
後ろからはレジェンドのビーム砲がデストロイを狙う。
「こいつ…くそっ!」
スティングは激しい砲撃にひるまないデスティニーに苛立ったが、手応えのない敵ばかりで退屈していた心は明らかに浮き立っている。
いかな機体性能が上がったからとはいえ、強力な火力を持つデストロイの懐に飛び込むのは決死のダイヴに他ならない。
だが援護するレイが「熱くなるな!」と声をかけても、シンは構わず前進した。
(エクステンデッド…俺たちに勝つために…俺たちを殺すためだけに創られた命)
シンは、哀れな彼女の最期を思い出して唇をかみ締めた。
(命を守るために戦ってるんじゃないのか、俺たちは!?)
しかしその瞬間、彼の心を痛みが走り抜けた。
「命…を…」
眼の前で家族を失ったことであれだけ苦しんだ自分が、アスランを、メイリンをその手にかけ、殺したことがこんなにも苦しい。
(守るどころか…奪った…俺が…)
「ちくしょうっ!!」
それが果たして自分への怒りなのか、それとも理不尽な運命に対する怒りなのか、シンにはわからなかった。
ただ怒涛のようなエネルギーが彼の中を突き抜け、逆流した。
背中と首が抜けるような感覚があり、やがて冷えていく。
音は何も聞こえない。視野も狭まっている。なのに見える…シンは背中のアロンダイトを取ると構えた。
家族の死も、ステラの死も、自分の罪も、全ての根幹に戦争があった。
今はそう思おうとした。 そう思うことでしか救われない気がした。
「そんなに…」
シンはアロンダイトを構え、出力を最大にあげていく。
デスティニーの翼が開かれ、急激に光の翼があたりを照らし出した。
そして凄まじいスピードでデストロイの懐に飛び込んだ。
放たれるビームなど当たるわけがない。
「そんなに戦争がしたいのか!」
シンは全ての弾道を読み、わずかな移動で全て避けていた。
デスティニーはさらにスピードを上げて、ついにデストロイの前に出た。
「こんなことをする奴ら…ロゴス!許すもんか!」
アロンダイトがデストロイの右腕を肩から斬り落とした。
「うわっ!」
「おまえたちなんかがいるから!世界はっ!」
シンはすぐさま離れると、今度は掌を広げて再び上空から飛び込んだ。
そして腕を落とされたダメージがまだ冷めやらぬデストロイの頭部を掴み、そのままパルマフィオキーナを放った。
アイカメラが見る見る融け、熱を持ったイーゲルシュテルンが誘爆を起こして頭部が破壊された。
「世界は、いつまでも変わらないんだ!」
スティングのデストロイはバランスを崩し、そのまま跪いた。
デスティニーのこの凄まじい猛攻を見ていたミネルバのクルーたちは黙り込んだ。
ことにシンの戦いぶりをまざまざと見せつけられた黒服たちは首を振ったり、互いに顔を見合わせたりして驚いている。
「すごい…これはまたすごいですよ、シン!艦長!」
アーサーが感心したように言うと、バートもマリクも頷いた。
戦場を切り伏せていくデスティニーを見て、アビーも言葉がない。
本部でも「ミネルバに凄腕のエースパイロットがいる」と噂になっており、アビー自身も他の女性兵士同様、内心ではその「彼」に興味津々だった。
だが実際に会ってみれば当の彼はまだ年若く、気の利いた挨拶一つしてこない。
期待が大きかった分、(なぁんだ、子供じゃないの)と正直ガッカリしたものだ。
ところが眼の前で繰り広げられているこの戦いぶりはどうだろう。
(本当にすごいわ…一体なんなの、あの子!?)
やがてデュランダルが静かに言った。
「彼らも頑張ってくれている。この間に陣容を立て直すのだ」
「はっ!」
鬼神のごとく戦うデスティニーを見て意気上がる彼らは、すぐに部隊に連絡を取り始めた。
シンの戦いぶりを見たルナマリアも、(私もやらなきゃ)と決意を新たにした。
「道を空けるわ。モビルスーツ隊、続け!」
デストロイの火力に阻まれて思うように動けないバビやグフ、グゥルに乗ったザクや揚陸を狙うアッシュやゾノが彼女に従った。
ルナマリアはウィンダムを蹴散らしながら対空砲を撃つ戦車や艦艇に攻撃を仕掛けていく。こちらの攻撃ラインは徐々に海岸に迫ろうとしていた。
その頃レイは機敏に動くシュトゥルムファウストに取りつかれていたが、レジェンドのライフルは砲身が長いため小回りが利かない。
(ならば…!)
レイはジャベリン抜いて構えると、ビームガンが放たれるわずかなタイムラグを狙って飛び込み、それを切り刻んだ。
「第2防衛ライン、破られました!」
ヘブンズベースではミネルバから出た3機の活躍で戦況が大きく変わったことに焦りを隠せずにいた。
「敵モビルスーツ、湾内に侵攻!」
ルナマリアが上空から戦車や対空砲、艦艇を潰しているため、阻まれていたモビルスーツ隊が湾内に入り始めた。
レジェンドがドラグーンパックのビームの砲門を基地に向け、デスティニーはスピードを生かしてモビルスーツを狩っていく。
インパルスが開いた道にはボズゴロフ級や地球軍艦艇も続き、連合の中枢に迫りつつある。
シンたちの活躍で連合は知らぬ間に追い詰められてきていた。
「ええい、なんだあの3機は!デストロイを回せ!攻撃を集中しろ!」
シンはそれを待つまでもなく、右岸で艦艇を吹き飛ばしているデストロイに狙いを定めた。
そして急速に速度をあげると、アロンダイトを構えたまま突進した。
残像が眼を眩ませ、スピードが威力となって、かつてあれだけ装甲が硬かったデストロイがあっけなくボディを斬り裂かれて倒れこむ。
「2号機、撃沈されました」
あっという間に2機…司令官たちは次の獲物を求めて飛び立つデスティニーを見てゾクリと総毛立ち、震撼した。
「だから…なんなんだ、あれは…!?」
「ルナ!」
攻撃ラインを上げてきたインパルスを見て、シンはルナマリアを呼んだ。
「換装だ!ソードに換装しろ!」
「ええ!?」
マニュアルとシミュレーションでは理解しているが、換装は当然初めてだ。
「でも…」と躊躇するルナマリアを見て、シンはモニターの中で頷いた。
「大丈夫だ。おまえならやれる!」
「シン…」
その言葉に勇気をもらったルナマリアは、「わかった」と返事をし、改めてアビーに「ソードシルエットを!」とリクエストした。
ライフルを構えたシンが周囲を警戒する中、ルナマリアはシルエットを待つ。
「パージしたら、すぐに換装だ。タイミングを合わせろ」
「わかってる」
やがてソードシルエットが索引機に引かれてやってきた。
(来た!)
ルナマリアはユニットを全てパージするとソードシルエットの軸線にあわせて上昇した。新たなシルエットが装着されるとチェストが赤く変わる。
「よし、上出来だ」
シンは見事換装を成功させたルナマリアにサインを出し、さらに「エクスカリバーをレイにも!」と告げた。
「レイ!」
ルナマリアがエクスカリバーを投げると、レイはそれを受け取って言った。
「このまま斬り込むぞ!」
そして背中のユニットからビームを放ちながら飛び込み、デストロイの上部ユニットに斬りつける。
ドライツェーンは強力だが、そこまで近づかれると射線が取れないようだ。
(そっか…懐に入っちゃえば、こいつは小回りが利かないんだわ)
ルナマリアは肩のフラッシュエッジブーメランを取ると、二発とも投げつけた。
ダメージを広げたところに今度は自分のエクスカリバーでレイが斬りこんでいく。
息の合った連携攻撃は功を奏し、弱った部分を集中的に攻撃されたデストロイは激しい爆発を起こした。
「やるな、ルナマリア。大したものじゃないか」
レイが的確で合理的な攻撃を見せたルナマリアを褒めた。
ルナマリアはその言葉に、「あら」ととぼけてみせる。
「忘れてた?私も赤なのよ」
そしてたった一機で敵陣深く斬りこみ、対空砲火を避けながらモビルスーツを屠っているデスティニーを見つめた。
(シンと一緒に戦うって決めたんだもの…足手まといになんかならないわ)
「3号機、大破!」
劣勢に次ぐ劣勢の報告に、ヘブンズベース司令部は動揺を隠せない。
シンたちが出てきて以来、デストロイが堅牢な防御壁ではなくなっているのだ。
「バカな!量産機とはいえ、スペックが落ちているわけではないんだぞ?」
けれど既に3機を落とされ、4機目ももはや時間の問題と思われた。
「…そんな…なんてことだ…」
シンが4機目を一刀両断にしたのを見て、先ほど沈黙させられたスティングの闘争心に火がついた。
「やっぱおもしれぇよ、おまえ!」
右腕を斬り落とされ、頭部を破壊された1機目のデストロイが再び起動すると、スティングはそのままデスティニーに向けてスーパースキュラを一斉に放った。
「ええい!」
3門の強力なプラズマ砲を恐れる事もなく、シンはビームシールドを展開して押し返しながら進んだ。
懐に飛び込まれた瞬間、スキュラの砲門を掌からのビーム波で潰されたデストロイが爆発を起こす。シンは再び離れるとアロンダイトを構えた。
「なんなんだ、てめぇはぁ!」
ダメージを受けて大きくよろけながらもなお、スティングは片手を突き出してシュトゥルムファウストで応戦しようとしたが、シンはスピードを上げ、アロンダイトを正確にコックピットに突き刺した。
それは硬い装甲を貫き、中にいるパイロットまで届いた。
「ぐわっ!」
スティングは激しい衝撃に揺さぶられて血を吐き、ピクッと痙攣した。
「…俺が…」
光に包まれていく彼が最期に残した言葉はそれだけだった。
かつてアーモリーワンでシンと戦った彼は、仲間の記憶も、生きてきた記憶も全て失い、ただの戦闘記録のみを残されてこの戦場に送り込まれた。
血と泥にまみれた彼の人生は終わり、ようやく安息を得る事ができるのだ。
奪った命が激しい爆煙に消えると、シンはふっと息をついた。
自分が人生の幕を下ろした相手が誰か、彼には知る由もなかった。
「1号機…撃墜…」
司令室はもはやしーんと静まり返るばかりだった。
防衛ラインは完全に破られ、デストロイは4機までが撃破された。
「ジブリール…これでは…」
年老いたリッターがため息をついてジブリールを振り返ったが、返事はない。
「…ジブリール?」
残されたロゴスたちも、ジブリールがいつの間にか姿を消した事に気づいた。
司令たちもきょろきょろとあたりを探したが、彼はどこにもいない。
状況を把握するまで、少しばかり時間が必要だった。
「奴は逃げたのだ…我々を見捨て、自分だけ…」
リッターがぽつりと呟いた。もう誰一人、口を開かなかった。
「どういうことなのだ、これは!ええい!」
口では強気な事を言い、皆を煽っておきながら、万一のためにと用意させておいた潜水艦の中でジブリールは地団駄を踏んでいた。
(あれだけの武装、あれだけの準備をしてやったのに勝てないとは…無能なやつらめ!いや、それ以上に忌々しいのはデュランダルだ!)
「どちらへ?」
潜水艦が戦闘海域を抜けると、艦長が尋ねた。
ジブリールは行き先を検索しようと考えこむ。
(すぐにでもダイダロスに上がりたいところだが、まずは落ち着いて色々と準備をしなければ…)
やがてジブリールは一つの心あたりを見つけ、ニヤリと笑った。
「イワノ隊より入電です。司令部に、白旗を視認」
バートが告げると、議長を取り囲んでいた黒服たちがざわめいた。
「敵軍、更なる戦闘の意志なき模様」
それを聞き、デュランダルは確認を急ぐよう命じた。
黒服の1人がアーサーに、完全に停戦するまで警戒を怠らないよう言う。
既に目の前に広がる戦場を見ても、どちらが勝利したのかは明らかだ。
海岸線にはゾノやアッシュが上陸し、救助用ボートの周りにグーンがいる。
空にはウィンダムの姿はなく、グフやバビ、ダガーLが警戒を行っていた。
けれど一番の功労者たちはまだ戦いを終えていなかった。
「これで…こいつを討てば終わる!」
シンはアロンダイトを構え、既にダメージを受けているデストロイに向かって左下から右の肩口へと斬り上げた。
「レイ!」
それを見てレジェンドが逆に右から左へと斬り上げる。
最後はルナマリアがエクスカリバーを構え、真っ直ぐ斬り下げた。
デストロイは大爆発を起こしながら倒れ、あたりを火の海にした。
逃げ惑う連合軍兵士が巻き込まれ、あっけなく吹っ飛んでいく。
燃え盛る火は地獄の業火もかくやというくらい基地を焼き尽くし、激しい戦闘を物語っていた。
すでに降伏の白旗は揚げられ、やがてこの寒々しい北国の戦場を冷たい沈黙が包みこんだ。
デスティニーとレジェンドは上空から、インパルスは着陸してその光景を眺めていた。無数の命が散り、戦いは終わったのだ。
(終わった…)
シンは息をついた。
たった今、「ロゴスを討つ」という目的が果たされた。
(これで…本当に平和な世界になったのか?)
けれど、シンには何の手ごたえも実感もない。
嘘と偽りを受け入れ、誤りと汚濁にまみれようとも、それが手に入るならと…
平和な世界が来るならと信じて戦ってきた。
(こうやって戦っていれば、いつか俺の願いはかなうんだろうか)
けれど心から望む世界とオーブを重ね合わせてしまった彼には、この先さらに辛く厳しい、過酷な運命が待ち受けているのだった。
事後処理に忙しい人々が席を立つと、1人司令官席に残されたデュランダルはほぅと息をつき、眼を閉じて満足げに微笑んだ。
(ジブリール…きみの悪あがきのおかげで素晴らしいショーになったよ)
デスティニー、レジェンド、インパルスが、その力を世界に見せつけてくれた。
ザフトと地球軍のにわか同盟も、「勝利」が何より堅固なものにしてくれる。
(フリーダムなき今、最強の戦士は、彼だ)
議長は赤い瞳の彼を思い出した。
(全てを受け入れて戦うシン・アスカ…なんと強くたくましいことよ)
「さてと…」
それから彼はふふっと笑った。
(キラ・ヤマトの次はきみだ…待っていたまえ、ラクス・クライン)
ヘブンズベースが落ちたニュースを、ラクスはベッドで見ていた。
過労からくる疲れで眩暈を起こし、安静を言い渡されているため、医療班からはボードやタブレット類を完全に取り上げられてしまっている。
今はただ言うことを聞かない身体を恨みながら、考えることしかできない。
(デュランダル議長は勝負に勝ち、これで戦争は終結した)
次はいよいよ彼の真の目的が明かされる事になるのだろうか。
だが、ラクスはその議長の「真の目的」を未だに図りかねていた。
彼は優秀で高名な遺伝学者でもある。メンデルに何らかの手がかりが残っているかもしれない…ダコスタに調査を頼んだのはそのためだった。
(優秀なダコスタくんが、きっと何か持ち帰ってくれるさ)
やがてラクスは、恐る恐る眼を閉じた。
患って以来、眠りを迎えるたびに、このまま二度と目覚めないのではないかと不安を感じるのは、今も昔も変わっていない。
(だが、今は少し休もう…また再び目覚めると信じて)
ラクスが眠りについた頃、アスランもまだ眠り続けていた。
照明が落とされ、目覚めた時に光が眼につき刺さらないよう細心の配慮がなされた医務室で、キラはアスランを見守っている。
最も危険な域は脱したが、それでも予断は許さないという。
四肢や感覚器官は奇跡的に無事だったが、折れた肋骨が肺を深く傷つけ、肝臓や脾臓からの出血がひどかった。
しかも爆発時にメイリンを庇ったため背中に重篤な熱傷を負い、感染症を起こしかけているという。
気管挿管、点滴、輸血、カテーテル…アスランの身体からは無数の管が出ており、まるで操り人形のようだった。
カガリは運ばれてきた彼女を診て、すぐさま医療チームを組織させた。
数時間にわたる処置後、24時間交代制の看護スタッフが何人もついているが、それでもカガリは彼女の傍を離れようとはしない。
一方アスランの救助によって残る任務を切り上げて帰ってきたキサカは、カガリが帰国後もまだ一度も行政府に戻っていないことを知って驚いた。
ロゴスとの繋がりが深いセイランには、当然世論の風当たりも強い。
「今が戻るチャンスではないか!」
一体何をしているのかとキサカはマリューたちに詰め寄った。
「それは、まだできません」
答えたのはキラだった。
「カガリは帰りたがったけれど、私が止めたんです」
「なぜだ?」
「あの時…ユウナ・ロマさんが、カガリを殺そうとしたからです」
キサカは押し黙った。セイランならやりかねん…その考えが一瞬頭をよぎる。
「セイランさんたちはロゴスの一件で追い詰められています。なら、余計にカガリに何をするかわからない…キサカさんが戻った今は、また少し状況が変わったと思いますが…」
キラはそう言って一生懸命彼を説得しようとした。
「オーブに戻った今は、私たちもいつでも動けます。だから、もう少し様子を見させてください。お願いします」
キサカは、キラのこのあまりにもきっぱりとした様子に面食らい、さらにはアマギをはじめタケミカヅチの搭乗員が、「キラ様の言葉に従うべきです」と加勢するので、まるで狐にでも抓まれたような顔になった。
自分が知っているキラ・ヤマトは、モビルスーツに乗れば無双の強さを誇るが、常に一歩引いていて主張を貫き通そうとまではせず、まだ幼さを残して、どこか弱々しい印象があったのだが…と、キサカは首をひねった。
「一体どうしたことだ、あれは?」
困惑したように呟くと、マリューが言った。
「変わりましたでしょう?」
「変わったどころか、まるで別人ではないか」
彼の言葉を聞いて、マリューはふふっと笑った。
「この旅で、本当に見違えるように強くなりましたわ、あの子」
ネオはといえば、このものものしい騒ぎの中でベッドで神妙にしていた。
キラもカガリも、所属していた連合の事なのだし、ヘブンズベース攻防戦を見てもいいと奨めたが、ネオは遠慮して静かに横になっていた。
ネオの隣に寝かされているメイリンは、一度は意識が戻ったものの、未だに薬で眠っている時間が長い。重傷とはいえ致命傷は負っていないため、じきに動けるようになると診断されているが、今は静かにしておいてやりたかった。
(それにヤツの…ジブリールの最後なんぞ、今さら興味もないさ)
けれどデストロイが数機出たと聞いた時だけ、少し心がざわめいた。
( スティング…あいつ、あれを欲しがっていた。乗っていなければいいが…)
血の気のない青白い顔を、ガーゼや包帯でものものしく飾られてしまったアスランは、未だに一度も目覚めなかった。
キサカによれば、グフに乗った彼女は追ってきた2機の新型と激闘の末、撃墜されたのだという。
(追撃されたってことは、逃げたの?一体何があったの?)
「…アスラン」
キラは小さな声で呼んでみた。
けれど答えはなく、部屋にはただ無機質な医療機器の音しかしない。
やがてカガリがキラに、「少し休んで来い」と言った。
「疲れてるだろ、おまえも」
しかしキラはカガリの方がずっと疲れていることを知っている。
いつも自分より遅くまで付き添い、自分より早く来ているのだ。
いいよ…と言おうとしたが、考え直して「わかった」と席を立った。
長く離れ離れになっていた2人を、少しでも2人きりにしてやりたかった。
そしてキラはカーテンを閉める直前、もう一度アスランを振り返った。
カガリは祈るように手を組み、背中を丸めている。
「…なんで……こんな…」
搾り出すようなその声を聞いて、キラはカーテンをそっと閉めた。
「キラさん」
ブリッジに戻ってきたキラを見て、マリューが声をかけた。
「アスランは?」
ミリアリアが心配そうに駆け寄ってきた。
「峠は越えたって。でも、まだ眼が覚めない」
「そう…心配ね」
「うん」
何よりたった今見てきた、疲れきったカガリの姿がキラの胸を刺した。
「戦闘の方は?」
「まだわからないけど、どうやら連合の負けのようね」
リポーターが話している画面の後ろを、ザフトのモビルスーツが飛んでいく。
「降下部隊を迎え撃ったところまでは、連合優勢かと思ったんだがな」
ノイマンが言うと、チャンドラは腕を組みながら答えた。
「新型がバッサバッサ切り刻んだからね。あれが戦局を変えたよ」
「ホント、撮りたかったわぁ」
ミリアリアが残念そうに言うと、あれを見てまだ言うかと2人が呆れた。
「私のライフワークだもん」
鼻高々に笑ったミリアリアが、「あ、そうだ」と続けた。
「インパルスも出てたわよ」
「インパルス…」
そう…キラは呟いた。
どこまでも追いすがり、襲い掛かってくるインパルスの姿が心に浮かぶ。
(あの、とても強い人も戦ったのか…)
ロゴスは討たれた。
戦いのない世界を、と望みながら、結局また戦っている…
議長が言うように、これで本当に平和な世界が来るんだろうか…
「でも、戦っても終わらないよ、戦争は」
自分があの戦争を通して知ったこと…感じたこと…学んだこと…戦っても、終わらない。戦い続ける限り、戦いは続いてしまう。
新しい敵、新しい兵器、新しい戦場…どんなに理由をつけても、戦う限り、それらはなくならない。
「私たちは…何をやっているんだろう。世界は…」
世界はまだ、こんなにも歪んでいる。
「要求への回答期限まであと5時間」
タリアが時計を確認する。
「やはり無理かな。戦わずにすめばそれが一番よいのだがね」
デュランダル議長も、動きのない基地を見つめながら呟いた。
タリアは通信士に、「パイロットたちの様子はどう?」と尋ねた。
脱走兵メイリン・ホークの補充として、本作戦からはアビー・ウィンザーという女性通信士が配属されている。
艦長は女性だが、ブリッジ要員は男ばかりだったミネルバには珍しい女性の配属に、アーサーがやたらデレデレするので、久々にタリアのつねりが発動した。
「順調です。本作戦よりルナマリア・ホークが搭乗するインパルスについては、シン・アスカが整備指導をしています」
そう…タリアは平静を装って答えながら、ルナマリアのことを想った。
慕っていたアスランに裏切られ、あれほど可愛がっていた弟を失い…けれどあれ以来彼女は涙や脆さをほとんど見せることなく、気丈に振舞っている。
(あんなに気を張って…)
タリアはため息をついた。
(戦争が終わろうとしているのに、いやなものね)
「42デスティニー、666レジェンドの予備ライフルは2番パドックに配置する」
シンとレイは戦闘に備え、万全にあわせるため機体の整備に忙しかった。
さらにシンは、時間が空けばルナマリアのインパルスの整備を手伝った。
自分がつけた癖を取り払い、彼女が使いやすいようにカスタマイズしていく。
もうほとんど誰も、今はいない2人の事を口には出さなくなった。
シンもまた、ただ、目の前にいる敵を倒すため…その先にあるはずの、平和な世界のために戦うのだと考えていた。今はそれが一番正しく思えた。
「C18から31ゲートはこれより閉鎖されます」
最後通牒を突きつけられたヘブンズベースでは、上を下への大騒ぎだった。
「最終チェック急げ!」
整備兵がウィンダムやダガーL、105ダガー、海中戦用のGAT-707Eフォビドゥンヴォーテクスなどの整備を急いでいる。
「全区画、Fクラス施設の地下退避を開始する。防衛体制オメガ発令」
「第七機動軍、配置完了」
「ニーベルングへのパワー供給は、30分後に開始する」
基地もハンガーも放送や怒号が飛び交い、重機の音がこだましていた。
「ふん、通告して回答を待つか。デュランダルはさぞや今、気分のいいことでしょうよ」
基地内のシェルターに陣取ったジブリールが忌々しそうに言った。
「だがこれで本当に守りきれるのか?ジブリール」
屋敷が暴徒に襲われ、ジブリールに援けを求めてきたルクス・コーラーは、その時の恐怖が忘れられないらしく、ずっと落ち着かない様子だった。
「守る?」
ジブリールはその言葉を聞いて体を起こした。
「何をおっしゃってるんですか!我々は攻めるのですよ!」
今もなお、世界中で暴徒がロゴスに関わりのある人々や企業を襲い、愚かにも自国の経済構造を破壊している。
民衆を抑えきれなくなった政権が解体し、無政府状態に陥った国もあった。
「ロゴスを討てば戦争は終わり、平和な世界になるというヤツの理論…そんな言葉に易々と騙されるほどに愚かです、確かに民衆は!何しろ、自分で自分の首を締めているのですからね!」
さすがにこの事態を見て、ロゴスを討つだけで戦争はなくならないと唱えている学識者や経済学者もいるのだが、すでに世界はうねりに巻き込まれてしまい、その良識ある声はあまりにも小さい。
「だからこそ我々が何としても奴を討たなければならない」
ジブリールはお得意の演説を繰り広げた。
「ヤツとコーディネイターが支配する世界になる前にね!」
「確かにの」
セイランと繋がりの深い年老いたリッターがため息混じりに言った。
「我らを討ったとて、ただ奴らが取って代わるだけじゃわ」
「議長殿が調子に乗っていられるのも、もうここまでだ」
準備が出来次第始めますとジブリールは言った。
「格好をつけてノコノコと前線にまで出てきたことを、奴にたっぷりと後悔させてやりましょう。あの世でね…」
いつものように青いルージュが塗られた唇が、にやりと笑った。
回答期限までのカウントダウンは進み、整備を終えたシンたちパイロットには、パイロットルームでの待機が命じられている。
シンがパイロットスーツに着替えてエレベーターを上がってくると、そこにルナマリアがいた。
「ルナ」
シンはヘルメットを置くと彼女の横に立った。
ルナマリアは振り向かず、喧騒の続くハンガーを見つめている。
「インパルス…」
ルナマリアが小さく呟く。
「ん?」
「やっぱり、すごいね。扱えるかな、私に…シンみたいに」
「大丈夫。いい機体だよ、あれは」
シンはかつての愛機を眺めた。
「出撃時の加速と、合体や換装時は気をつけろ。慣れないうちはどうしても無防備になるから、位置補正と調整は早めに…」
「ふふっ」
ルナマリアが急に笑ったので、シンは「なんだよ」と言った。
「『ルナはなんでも苦手だろ』って、言わないの?」
「…」
シンはそう言ってからかっては笑いあった明るい日々を思い出して眼を伏せた。
もう一度、あんな風に戻れるのだろうか…一見変わらないように見えるものの、どこか憂いめいた暗い影を落としている彼女を見つめて、シンは言った。
「…おまえにはもう…苦手なものなんかないよ」
弟を討った自分を責めることなく、面を上げている彼女の凛とした強さが、今のシンには眩しかった。
(明るくて可愛いだけの、苦労知らずの甘ったれだと思っていた…)
なのにこんな強さが、彼女のどこに隠れていたというのだろう。
「おまえは、強いから…」
そう言って、シンはルナマリアのほっそりとした体を抱き締めた。
ルナマリアはなす術もなく彼の腕の中に納まり、驚いている。
「…シン?」
「俺と一緒に…戦ってくれるから…」
シンの唇が、戸惑うルナマリアの唇に重なった。
「整備第八班に伝達…ハイパーデュートリオンシステムの再調整は、15分後に開始します」
長いキスが終わると、二人は少し照れたように見つめあった。
ルナマリアは再びシンに強く抱き締められ、その胸に顔を埋めた。
(人にさわれないと言っていたシンが、今はこんなに近くにいる…)
ルナマリアはこの突然の衝撃に慄き、それ以上の幸福感にクラクラした。
シンもまた、彼女の甘い香りを楽しみながら優しく髪を撫でている。
ただの友達としか思っていなかったルナマリアが、今は愛しくてたまらない。
やがてルナマリアが語りだした。
「…私、強くて、優しくて、綺麗なあの人に、ずっと憧れてた」
それが誰の事かを悟り、シンの腕に少しだけ力がこもった。
「メイリンもきっとそうね。だから一緒に行ったんだわ…私たちを置いて」
シンはそれを聞いてきゅっと唇を噛んだ。
(違う…そうじゃないんだ、ルナ)
「行かないでくださいって…ずっと一緒にいてくださいって言ったのに…」
ルナマリアは、困ったように首を傾げて答えなかった彼女の顔を思い浮かべた。
「アスラン…ずるいよね…私たちをだまして…見捨てて…行っちゃった」
ルナマリアは軽く体を離すとシンを見上げた。
「私も馬鹿よね」
「ルナ…」
「でも私…シンと一緒に戦う」
ルナマリアは無理に笑ってみせた。
「負けないから。絶対負けないから。あの人みたいに、戦うべきものから逃げたりしない」
「…あいつ…は…」
「シン!お願い!ルナマリアが哀しむわ!あの子を…」
ハンガーでも、追撃を受けても、必死にメイリンを助けようとしていた姿や声を思い出しながらも、シンはそのまま言葉を飲み込んでしまった。
結局は自分たちよりかつての仲間を選んだアスランを思うと、心が痛んだのだ。
「私たちで、平和な世界にしよう。戦いを終わらせよう」
ルナマリアは手を伸ばし、シンの頬に優しく触れた。
「だから、シンも…ね?」
シンは少し辛そうな表情で温かいその手を握り返した。
(…俺はもう、きっと何も守れない…)
けれど、口からは心と違う言葉が流れ出た。
「インパルスは…おまえは絶対、俺が守るから」
微笑んだルナマリアを強く抱き締めると、2人の影は再び重なった。
デュランダルはこの戦いを全世界周知のもとで行いたいとして、「常識的で、安全な範囲内で」という条件をつけ、すべてのメディアに開放していた。
戦闘が始まればヘリや飛行機は飛ばせないので、今が撮り時とばかりに上空には各国メディアが陣取って両軍のにらみあいを撮影している。
「こちら、ヘブンズベース上空です。デュランダル議長の示した要求への回答期限まで、あと3時間と少しを残すところとなりました。が、未だ連合軍側からは何のコメントもありません。このまま刻限を迎えるようなことになれば、自ら陣頭指揮に立つデュランダル議長を最高司令官としたザフト及び対ロゴス同盟軍によるヘブンズベースへの攻撃が開始されることになるわけですが、ここは基地施設の他にも軍事工場を擁する連合軍の一大拠点で…」
全世界がこの戦いに注目しているのは当然で、アークエンジェルのブリッジでも、マリューたちが様子を見つめていた。
「開始されれば、その戦闘はどちらにとっても熾烈なものになることが予想されます」
「ああ、もう!せっかくあんなに開放されてるのにぃ!」
ミリアリアが映し放題のヘブンズベースを見ながら言った。
さっきからあちこちの施設がズームされるたびに、あれも撮りたい、これも撮りたい、あれは何かしら?とモニターにかじりついている。
「剣呑剣呑。総力戦だぜ?またサイクロプスみたいなのがあったらどうするのさ」
「それでも、私は撮る!」
「ったく、じゃじゃ馬め」
拳を握り締めるミリアリアに、チャンドラとノイマンが呆れていると、マリューはくすくす笑った。
キラとカガリも以前からこの放映を気にしていたのだが、2人とも今はアスランにつききりで、とてもそれどころではなかった。
(あんなに傷ついて…何があったのかしらね)
マリューはひどい傷を負って戻ってきた彼女を思い出した。
「ん?何か動いたのか?」
やがてモニターの中が急に騒がしくなったので、ノイマンが身を乗り出した。
リポーターが遠くを指差し、カメラマンと話していると、突然ズズンと爆発音が聞こえ、クルーの乗った船が揺れた。
カメラがパンすると、最前線の艦艇の一つが黒煙をあげている。
ヘブンズベースから、通告もなく攻撃が開始されたのだった。
「全軍、配備完了しました」
ヘブンズベース司令官が基地の全ての準備が整った事を告げたが、その口調はあまり乗り気ではなさそうだ。
「む…だが本当に…」
「先手必勝と言うでしょう?どうせ戦うのです。追い込んだつもりでいる奴らの出鼻をくじくんですよ」
ジブリールが計画に変更はないと言うと、司令官はしぶしぶながら命じた。
「全軍攻撃開始!」
そして今まさに、基地の対空砲が一斉に火を噴いたのだ。
「敵軍、ミサイル発射!」
「ええっ!?」
自身もやや驚きをこめた声でバートが報告すると、タリアもアーサーも、黒服の司令官たちも大きな声をあげた。
「なんだと!?」
デュランダルもまた身を乗り出し、レーダーを見つめる。
「回答もなく攻撃だと!?正気か、奴らは」
「被害状況を報告させろ」
各隊から通信が入り、ミネルバのブリッジはにわかに慌しくなった。
「攻撃開始!モビルアーマー隊、モビルスーツ隊発進せよ!」
「第2、第3機動軍発進!オールウェポンズフリー!」
「第七、第十五防衛中隊発進!」
戦いの火蓋が切って落とされたのと同時に、基地からは続々とモビルスーツ、モビルアーマーが飛び出してきた。
おなじみのウィンダムやダガーLはもちろん、かつての宇宙の花形メビウスを髣髴とさせる新型モビルアーマー、TS-MB1Bユークリッドが攻撃を始める。
「モビルスーツ、モビルアーマー群接近。攻撃、開始されました!」
タリアはそれを聞いて驚きの声をあげる。
「そんな!未だ何の回答も…」
アークエンジェルで放送を見ているマリューたちも驚いている。
「これは一体どうしたことでしょうか?ヘブンズベースが攻撃を開始いたしました。あちらからは未だに何のコメントも宣誓すら発せられておりません。しかし攻撃が…」
途端に画面が乱れ、映像がぶつっと切れてしまった。
「ジャマーかな?」
彼らが話していると、やがて映像が回復した。
陣を取っていた艦艇が爆発を繰り返し、黒煙をあげて炎上している。
そこにはビーム砲とミサイルが飛び交う、凄まじい戦場が広がっていた。
「生体CPU、リンケージ同調率87%。システムオールグリーン」
「X1デストロイ、発進スタンバイ」
やがて地響きにも似た駆動音を立てながら、5機ものデストロイが起動した。
「へっへっへ…さあ行くぜ!」
ステラが着ていたスーツと同型のものを着装したスティングは、狂気が宿った眼でようやく与えられた「おもちゃ」に嬉々としていた。
再び全ての記憶を消された彼は、ラボからも廃棄の提案がなされるほど不安定な興奮状態が続き、奇行も目立ったが、何より圧倒的な実戦経験数が買われて今回の搭乗となった。
ネオという砦もなくなった彼に待つのは、もはや死という名の廃棄か、戦いしかない。
まだ雪が残る山岳地帯から数機のデストロイが姿を現すと、ダガーとウィンダムが上昇し、ユークリッドは基地まで下がる。
そして射線が開いたところで、5機のデストロイが海に向かって一斉にドライツェーンを放った。
前線に陣取り、浮上していたボズゴロフ級やその他各国の艦艇は、20本もの強力な巨砲に薙ぎ払われ、あっという間に爆発・炎上してしまった。
それを見てデストロイはさらに前進を始める。
奇襲を想定していなかった同盟軍は俄かに浮き足立っていた。
何しろ基地を包囲し、数も陣形も優勢に立っていたのは自分たちなのだ。
デストロイの援護により、ウィンダムは対空砲の準備が遅れた艦艇を上空から狙い、フォビドゥンヴォーテクスは慌てて投入されたグーンに接近すると、何もさせないままフォノン・メーザーで撃破した。
ラクス暗殺に利用されたアッシュは、海の中を自在に暴れまわるフォビドゥンに向かっていったが、その自慢のクローを展開する間すらもなく、トライデントに正面から貫かれて爆散してしまった。
水面すれすれを水飛沫をあげながら飛ぶユークリッドが、背中のデグチャレフで艦艇のどてっ腹に穴を開け、敵モビルスーツ部隊の突破口を開いていく。
グーンやゾノを海中に射出すると同時に浮上してきたボズゴロフ級は、バビ隊やディンを射出するが、海岸線に前進したデストロイの射線軸に入ってしまえば、かすっただけでも大ダメージを食らった。
物量では負けていないはずなのに、連合の5機のデストロイのような決定打となる戦力がないせいか、それともにわか仕立ての軍では連携に慣れていないせいなのか、ザフト・同盟軍は明らかに押され気味だった。
スティングはこの強力な破壊力にご機嫌だ。
大きな声でゲラゲラと笑いながらドライツェーンを放ち、果敢にも艦砲射撃を行ってくるものは、ネフェルテムで一掃してやった。
「すげぇ、すげぇよ、こいつは!」
スティングは「最高だぜ!」と笑いながら破壊と殺戮を楽しんだ。
「同型機、5機確認」
「あんなのが5機も!?」
バートの報告に、艦長席のアーサーが身を乗り出した。
「1機でもあれだけ苦労して倒したのに」
ブリッジがざわざわとざわめき、皆、デュランダルの次の判断を待っている。
「なんということだ、ジブリール!」
デュランダルは最前線の艦隊が壊滅状態になったことに憤りを見せた。
「何の回答もなく、期限前にいきなりこのような攻撃を行うとは」
「議長、これでは…」
黒服や国防委員会の者たちの言葉に、議長は頷いた。
「ああ、わかっている。やむを得ん。我らも直ちに戦闘を開始する」
「コンディションレッド発令!総対戦用意!」
タリアは命じ、シンたちは機体に乗り込んで出撃を待った。
「オペレーション・ラグナロク発動。降下揚陸隊は直ちに発進を開始せよ」
同じ頃、宇宙ステーションでは主だった隊の隊長たちが集い、戦況の確認と揚陸部隊の降下タイミングを待っていた。
イザークもモニターと地形図を見ながら戦況を見据えている。
(デストロイが5機…エクステンデッドが乗っているのか)
その疑いのある者と戦ったという理由で、戦後、ブーステッドマンの調査を担当したイザークにとって、エクステンデッドのような「人工的な強化兵士」は不快感以外何も感じない「連合の悪事」だった。とはいえ、疑問も残る。
(確かにそういった研究にロゴスが資金を出しているというのはあるだろうが…資金を出したから、 「悪」と断じていいものなのか?)
イザークはカウントダウンを聞きながらこの戦いの意味を考えていた。
ユニウスセブンの落下以降、小競り合いとはいえ、ジュール隊は月軌道などでのほとんどの戦いに参戦してきた。
おかげでヒヨっ子どもの腕も随分上がり、撃墜率も作戦遂行率もかなり高い。
だがプラントにしてもナチュラルにしても、多くの関心は地上で快進撃を続けるミネルバで、ちまちまと連合と戦っている彼らのような部隊からすると、戦っても戦っても先が見えず、終わるでもなく、勝利するでもないこの戦争は一体なんなのかと疑念も沸こうというものだ。
(すべてがこの対ロゴス戦のためだとしたら…)
イザークは顎を押さえて思いふけった。
(俺たちは一体、何のために戦ってきたんだ?)
考えるほどにわからなくなってきて、イザークがむーっと不機嫌そうな顔になると、隣にいる若い隊長が小さくなった。彼はついさっき、余計なことを言ってイザークにガミガミと叱られたばかりだ。
(ミネルバか…)
旗艦として赤くマークされたミネルバを見て、イザークは、いやでもいなくなってしまった同僚を想った。
(何を考えていたのか知らんが、死んだらなんにもならんだろうが…)
「…バカが!」
「わ!」
想いが口をついて出てしまい、隣の隊長が驚いてまた小さくなった。
「糾弾もよい、理想もよい。だが、全ては勝たねば意味がない」
戦局が連合有利に傾いているのでジブリールはご機嫌だった。
膝の上の黒猫を撫でながら、デストロイが迂闊にも近づきすぎたバビ部隊をネフェルテムで一気に屠るのを楽しげに見ている。
「直上にザフト軍降下ポット現出。ルート26から31に展開」
ザフト得意の降下作戦が始まると、ジブリールはニヤリと笑った。
(ふん、またバカの一つ覚えの降下作戦か…我らが貴様ら宇宙の化け物とどれだけ長く戦ってきたと思っているのだ)
「ニーベルング発射用意!」
先ほど、じきにパワー供給が始まるとアナウンスがあったニーベルングなる兵器の発射が命じられた。
「現時点を以てニーベルングシステムの安全装置を解除する」
退避命令が発令され、ユークリッドやモビルスーツが動き出す。
「偽装シャッター開放」
合図と共に巨大な雪山が真っ二つに割れ、その下の地面がスライドして巨大なすり鉢のような金属のドームが現れた。
「直上にザフト軍降下ポット現出。ルート26から31に展開」
「照射角、20から32。ニーベルング発射準備完了」
ニーベルングは急激に光を発し、すり鉢の真ん中に突っ立つ砲…レーザー照射装置に、エネルギーが充填されていった。
上空では大気圏突破後、射出ポッドが開かれてそれぞれブレイズやガナー装備のザクウォーリア、ザクファントムで編成された降下揚陸隊が降下を始めた。
それらが最も効率よく射程に入るのを待ち、射線軸が調整されていく。
ロゴスや司令たちが固唾を呑んで見守る中、やがて司令官が命じた。
「発射!」
対空掃射砲ニーベルングが放たれると、ミネルバからも、遥か遠い雪山から駆け上がる火柱にも似たその光が見えた。
タリアもデュランダルもその光をいぶかしみ、黒服たちもミネルバクルーも、その禍々しい一本の光に不安げにざわめいた。
上空では降下ポイントに降り立とうと構えていた兵士たちが巨大な対空レーザーに貫かれ、爆発するモビルスーツの中でどうしようもないまま、断末魔の叫びをあげて果てて行った。
ある者はコックピットの破片に貫かれ、ある者は武装の爆発に巻き込まれて、若い命があっけなく散っていく…
「何なんだよ!これは!」
シンは恐ろしいほどの速さで消えていく友軍機のシグナルに怒りの声をあげた。
ルナマリアもレイもその威力に言葉もない。
「全滅だと!?」
「バカな…調査はどうなっていたのだ!?」
それはステーションで作戦を見守っていたイザークたちも同様で、作戦の要たる降下のいきなりの失敗に、司令室には動揺広がっている。
「これは…こんな!」
ミネルバでは、動揺したアーサーが艦長席から腰を浮かして絶句した。
「降下部隊、消滅…です」
バートがそう呟くと、ブリッジが静まり返る。
「なんというものを…ロゴスめ!」
議長の隣に座る黒服を着た総司令官が怒りを露にした。
「やっぱりね…なんだかんだ言ったって、連合の規模と物量にはそうそうかなうものじゃありませんわ」
オーブ行政府の執務室でこの報道を見ていたユウナが言った。
椅子に深く腰掛けたウナトも連合有利の戦況を見つめている。
「前の大戦ではJOSH-Aを失ったわ。でもヘブンズベースがある。そして万一これを失っても、まだ月がありますもの、連合には」
「うむ」
「あのデュランダルの演説を聞いた時は正直驚きましたけど…私たちはその、戦争の根源などと言われている方々と提携して、オーブ経済を立て直したんですもの」
ユウナは誇らしげに胸を張った。
戦闘開始前はおろおろしていたが、状況が連合に傾きつつある今はすっかり元気になって口も滑らかに回るようだ。
「連合寄りだの阿り政策だの、日和見宰相などと言われながらオーブを強い国に戻したのは、アスハではなく、我らセイランだわ」
政治に関しても経済に関しても、綺麗事ばかりで実際には何の手も打てなかったカガリを思い出し、ユウナはふふんと鼻で笑った。
「私たちの選んだ道はやっぱり正しかったんですわ、お父様」
「ああ。あとはこれでこのままデュランダルが討たれてくれればな」
「大丈夫。結局最後は連合の勝ちですわ」
すると、ふと気付いたようにウナトが尋ねた。
「アスハといえば、カガリの行方はわかったのかね?」
「さぁ。どこをほっつき歩いてるんだか!」
ユウナは不機嫌そうに答えた。
「やれやれ…アスハの名でないとダメだという頑固な首長もおるからな」
八方手を尽くして探させているのだが、アークエンジェルの行方はクレタ沖以来、杳として知れなかった。
軍部では戦場にカガリが現れたと未だに噂が絶えず、兵たちに動揺が残る。
タケミカズチのムラサメ隊とアマギ一尉以下20人以上の下士官が忽然とMIAになったのは、「アークエンジェルでカガリに仕えているからだ」などという噂まで流れている。
(全く…いてもいなくても本当に忌々しいガキだわ!)
ユウナは毒づいたが、まさかそのカガリが既に帰国しており、手を伸ばせば届く場所に潜伏しているとは、さしもの彼女も思っていなかった。
「艦長、行きます。早く発進を!」
シンが出撃を要請する通信を入れてきたが、タリアはたった今目の当たりにした惨状に、シンたちを出していいものか躊躇した。
「ええ…でも…」
「こんなこと、もう許しておけません!」
「頼む」
その時、シンに対してなのか躊躇するタリアに対してなのか、議長がポツリと言った。
タリアが振り返るのと、シンが答えたのはほぼ同時だった。
「はい、議長」
(シン…ギルバート…)
タリアは少し黙り込んだが、ほうと息を吐いた。
今、この戦いを握るのは恐らくシンたちミネルバの3人にほかならない。
ましてや始めてしまった戦いを、ここでやめるわけになどいかなかった。
「デスティニー、レジェンド、インパルス発進!」
タリアは意を決し、彼らを発進させる命令を下した。
慣れ親しんだメイリンではなく、新たなオペレーターの声でデスティニーの発進シークエンスが整えられていった。
(初めはヘタクソで…インパルスのフライヤー射出もビビって遅れて…)
シンはメイリンと夜中まで発進シークエンスの特訓をした事や、射出タイミングを合わせるシミュレーションソフトを独自に開発して喜ばれた事を思い出した。
(同い年なのに弟みたいで…気が弱いけど優しくて…)
シンははにかんだような笑顔のメイリンの面影を振り払おうと頭を振った。
(よせ…!今はそんな事を考えている暇はない!)
「射出推力正常。針路クリアー。デスティニー、発進どうぞ」
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
デスティニーはリニアカタパルトに乗って大空に飛び出した。
ボディの色がディアクティヴモードからごく薄いグレーに変わると、シンは機体を回転させ、ウィングを展開した。さらに出力を上げると、まばゆい光の粒子が翼に現れた。
続いてレジェンドが飛び出し、コアスプレンダーがトップスピードで飛び出してきた。
シンはさりげなく周囲を警戒し、ルナマリアの合体を見守った。
自分の搭乗時よりシステマティックな補佐AIを入れてあるとはいえ、ルナマリアは見事に合体してみせ、そこに馴染み深いフォースインパルスが姿を現した。
シンはデスティニーのマニピュレーターを器用に動かし、「よくやった」とサインを送った。
「大分やられてるな」
「ああ」
レイの言葉に、シンは頷いた。
今、戦場を支配しているのはデストロイの火力だ。
「俺が道を開く。レイは俺と、周りのラインを揺さぶりながら行こう」
「よし」
「ルナは無理せず、ラインまででいい。ただし必ず全部片付けていけ」
「わかった。任せて」
シンの簡単な指示だけで3人は散開した。
「行くぞ!もう連中の好きにはさせない」
2人はデスティニーを中心に位置を取り、シンは背中にマウントされたM2000GX高エネルギー長射程ビーム砲を持つと、その長い砲身を構えた。
そして前に出て海の上をホバー飛行しているデストロイに向け、ビームを放つ。
射線上にいたウィンダムを屠りながら、ビームがちょうどスティングの機体に達すると、スティングは素早くそれをリフレクターで弾いた。
「なんだ?どこから?」
スティングの狂気が宿る眼がビーム砲を構えたデスティニーを見つける。
シンは同じく射線上に向かってくるウィンダムを捉えつつ、2発目を放った。
スティングはこのあからさまな挑発が嬉しくて仕方がない。
「はっはー!おもしれぇ!来いよ!早く来い!」
シンはビーム砲をマウントすると、輝く光の翼を広げて飛び立った。
そして左肩のフラッシュエッジを手に取ると、2機のウィンダムが並ぶ射線を狙って投げつけた。
それは見事に2機同時に破壊し、デスティニーの手元に戻ってくる。
ライフルでウィンダムを撃ち落すと、シンの前にはもう新たな道が開いていた。
「やれる。私だって!」
ルナマリアもまた、雲霞のように群がるウィンダムを次々と撃破していった。
インパルスはほんのわずか加速するだけで素晴らしい機動性を見せる。
(やっぱりすごい…)
しかしその時、海面すれすれを走行していたユークリッドが、足元が無防備なインパルスに向けてビーム砲を放った。
「ルナ!」
「…え?」
シンはデグチャレフの射線に飛び込むと、インパルスを庇ってビームシールドを展開した。
そしてそれをしのぎきると、今度はこちらからライフルで胴体を狙ったが、あちらもリフレクターを展開してこちらの攻撃を悉く弾いた。
「迂闊だぞ!飛んでるんだから下からも撃たれる!」
「…ごめん」
ルナマリアは約束どおり守ってくれたシンに素直に謝ったが、「ありがとう」と言う前に、デスティニーはもう飛び去ってしまっていた。
3機が道を開いたことでバビやグフも連合の防衛ラインを突破し始める。
デストロイはそれを見てモビルスーツに変形し、今度はスーパースキュラやツォーンでより精密な砲撃を始めた。
シュトゥルムファウストがバビを追い詰め、ディンを爆破した。
「シン!ともかくあれを潰すんだ。斬り込めるか?」
「ああ」
援護してくれ、と言うが早いかシンは1機のデストロイ、スティングが乗るデストロイに向かって行った。
スティングはそれを見て「さっきの挑発野郎か!」と気づくと、嬉々として両腕を突き出し、シュトゥルムファウストをデスティニーに向けた。
そしてスプリットビームガンを撃ち放つ。
10本の強力なビーム砲を、シンはビームシールドを展開してその懐に高速で突っ込んでいった。
後ろからはレジェンドのビーム砲がデストロイを狙う。
「こいつ…くそっ!」
スティングは激しい砲撃にひるまないデスティニーに苛立ったが、手応えのない敵ばかりで退屈していた心は明らかに浮き立っている。
いかな機体性能が上がったからとはいえ、強力な火力を持つデストロイの懐に飛び込むのは決死のダイヴに他ならない。
だが援護するレイが「熱くなるな!」と声をかけても、シンは構わず前進した。
(エクステンデッド…俺たちに勝つために…俺たちを殺すためだけに創られた命)
シンは、哀れな彼女の最期を思い出して唇をかみ締めた。
(命を守るために戦ってるんじゃないのか、俺たちは!?)
しかしその瞬間、彼の心を痛みが走り抜けた。
「命…を…」
眼の前で家族を失ったことであれだけ苦しんだ自分が、アスランを、メイリンをその手にかけ、殺したことがこんなにも苦しい。
(守るどころか…奪った…俺が…)
「ちくしょうっ!!」
それが果たして自分への怒りなのか、それとも理不尽な運命に対する怒りなのか、シンにはわからなかった。
ただ怒涛のようなエネルギーが彼の中を突き抜け、逆流した。
背中と首が抜けるような感覚があり、やがて冷えていく。
音は何も聞こえない。視野も狭まっている。なのに見える…シンは背中のアロンダイトを取ると構えた。
家族の死も、ステラの死も、自分の罪も、全ての根幹に戦争があった。
今はそう思おうとした。 そう思うことでしか救われない気がした。
「そんなに…」
シンはアロンダイトを構え、出力を最大にあげていく。
デスティニーの翼が開かれ、急激に光の翼があたりを照らし出した。
そして凄まじいスピードでデストロイの懐に飛び込んだ。
放たれるビームなど当たるわけがない。
「そんなに戦争がしたいのか!」
シンは全ての弾道を読み、わずかな移動で全て避けていた。
デスティニーはさらにスピードを上げて、ついにデストロイの前に出た。
「こんなことをする奴ら…ロゴス!許すもんか!」
アロンダイトがデストロイの右腕を肩から斬り落とした。
「うわっ!」
「おまえたちなんかがいるから!世界はっ!」
シンはすぐさま離れると、今度は掌を広げて再び上空から飛び込んだ。
そして腕を落とされたダメージがまだ冷めやらぬデストロイの頭部を掴み、そのままパルマフィオキーナを放った。
アイカメラが見る見る融け、熱を持ったイーゲルシュテルンが誘爆を起こして頭部が破壊された。
「世界は、いつまでも変わらないんだ!」
スティングのデストロイはバランスを崩し、そのまま跪いた。
デスティニーのこの凄まじい猛攻を見ていたミネルバのクルーたちは黙り込んだ。
ことにシンの戦いぶりをまざまざと見せつけられた黒服たちは首を振ったり、互いに顔を見合わせたりして驚いている。
「すごい…これはまたすごいですよ、シン!艦長!」
アーサーが感心したように言うと、バートもマリクも頷いた。
戦場を切り伏せていくデスティニーを見て、アビーも言葉がない。
本部でも「ミネルバに凄腕のエースパイロットがいる」と噂になっており、アビー自身も他の女性兵士同様、内心ではその「彼」に興味津々だった。
だが実際に会ってみれば当の彼はまだ年若く、気の利いた挨拶一つしてこない。
期待が大きかった分、(なぁんだ、子供じゃないの)と正直ガッカリしたものだ。
ところが眼の前で繰り広げられているこの戦いぶりはどうだろう。
(本当にすごいわ…一体なんなの、あの子!?)
やがてデュランダルが静かに言った。
「彼らも頑張ってくれている。この間に陣容を立て直すのだ」
「はっ!」
鬼神のごとく戦うデスティニーを見て意気上がる彼らは、すぐに部隊に連絡を取り始めた。
シンの戦いぶりを見たルナマリアも、(私もやらなきゃ)と決意を新たにした。
「道を空けるわ。モビルスーツ隊、続け!」
デストロイの火力に阻まれて思うように動けないバビやグフ、グゥルに乗ったザクや揚陸を狙うアッシュやゾノが彼女に従った。
ルナマリアはウィンダムを蹴散らしながら対空砲を撃つ戦車や艦艇に攻撃を仕掛けていく。こちらの攻撃ラインは徐々に海岸に迫ろうとしていた。
その頃レイは機敏に動くシュトゥルムファウストに取りつかれていたが、レジェンドのライフルは砲身が長いため小回りが利かない。
(ならば…!)
レイはジャベリン抜いて構えると、ビームガンが放たれるわずかなタイムラグを狙って飛び込み、それを切り刻んだ。
「第2防衛ライン、破られました!」
ヘブンズベースではミネルバから出た3機の活躍で戦況が大きく変わったことに焦りを隠せずにいた。
「敵モビルスーツ、湾内に侵攻!」
ルナマリアが上空から戦車や対空砲、艦艇を潰しているため、阻まれていたモビルスーツ隊が湾内に入り始めた。
レジェンドがドラグーンパックのビームの砲門を基地に向け、デスティニーはスピードを生かしてモビルスーツを狩っていく。
インパルスが開いた道にはボズゴロフ級や地球軍艦艇も続き、連合の中枢に迫りつつある。
シンたちの活躍で連合は知らぬ間に追い詰められてきていた。
「ええい、なんだあの3機は!デストロイを回せ!攻撃を集中しろ!」
シンはそれを待つまでもなく、右岸で艦艇を吹き飛ばしているデストロイに狙いを定めた。
そして急速に速度をあげると、アロンダイトを構えたまま突進した。
残像が眼を眩ませ、スピードが威力となって、かつてあれだけ装甲が硬かったデストロイがあっけなくボディを斬り裂かれて倒れこむ。
「2号機、撃沈されました」
あっという間に2機…司令官たちは次の獲物を求めて飛び立つデスティニーを見てゾクリと総毛立ち、震撼した。
「だから…なんなんだ、あれは…!?」
「ルナ!」
攻撃ラインを上げてきたインパルスを見て、シンはルナマリアを呼んだ。
「換装だ!ソードに換装しろ!」
「ええ!?」
マニュアルとシミュレーションでは理解しているが、換装は当然初めてだ。
「でも…」と躊躇するルナマリアを見て、シンはモニターの中で頷いた。
「大丈夫だ。おまえならやれる!」
「シン…」
その言葉に勇気をもらったルナマリアは、「わかった」と返事をし、改めてアビーに「ソードシルエットを!」とリクエストした。
ライフルを構えたシンが周囲を警戒する中、ルナマリアはシルエットを待つ。
「パージしたら、すぐに換装だ。タイミングを合わせろ」
「わかってる」
やがてソードシルエットが索引機に引かれてやってきた。
(来た!)
ルナマリアはユニットを全てパージするとソードシルエットの軸線にあわせて上昇した。新たなシルエットが装着されるとチェストが赤く変わる。
「よし、上出来だ」
シンは見事換装を成功させたルナマリアにサインを出し、さらに「エクスカリバーをレイにも!」と告げた。
「レイ!」
ルナマリアがエクスカリバーを投げると、レイはそれを受け取って言った。
「このまま斬り込むぞ!」
そして背中のユニットからビームを放ちながら飛び込み、デストロイの上部ユニットに斬りつける。
ドライツェーンは強力だが、そこまで近づかれると射線が取れないようだ。
(そっか…懐に入っちゃえば、こいつは小回りが利かないんだわ)
ルナマリアは肩のフラッシュエッジブーメランを取ると、二発とも投げつけた。
ダメージを広げたところに今度は自分のエクスカリバーでレイが斬りこんでいく。
息の合った連携攻撃は功を奏し、弱った部分を集中的に攻撃されたデストロイは激しい爆発を起こした。
「やるな、ルナマリア。大したものじゃないか」
レイが的確で合理的な攻撃を見せたルナマリアを褒めた。
ルナマリアはその言葉に、「あら」ととぼけてみせる。
「忘れてた?私も赤なのよ」
そしてたった一機で敵陣深く斬りこみ、対空砲火を避けながらモビルスーツを屠っているデスティニーを見つめた。
(シンと一緒に戦うって決めたんだもの…足手まといになんかならないわ)
「3号機、大破!」
劣勢に次ぐ劣勢の報告に、ヘブンズベース司令部は動揺を隠せない。
シンたちが出てきて以来、デストロイが堅牢な防御壁ではなくなっているのだ。
「バカな!量産機とはいえ、スペックが落ちているわけではないんだぞ?」
けれど既に3機を落とされ、4機目ももはや時間の問題と思われた。
「…そんな…なんてことだ…」
シンが4機目を一刀両断にしたのを見て、先ほど沈黙させられたスティングの闘争心に火がついた。
「やっぱおもしれぇよ、おまえ!」
右腕を斬り落とされ、頭部を破壊された1機目のデストロイが再び起動すると、スティングはそのままデスティニーに向けてスーパースキュラを一斉に放った。
「ええい!」
3門の強力なプラズマ砲を恐れる事もなく、シンはビームシールドを展開して押し返しながら進んだ。
懐に飛び込まれた瞬間、スキュラの砲門を掌からのビーム波で潰されたデストロイが爆発を起こす。シンは再び離れるとアロンダイトを構えた。
「なんなんだ、てめぇはぁ!」
ダメージを受けて大きくよろけながらもなお、スティングは片手を突き出してシュトゥルムファウストで応戦しようとしたが、シンはスピードを上げ、アロンダイトを正確にコックピットに突き刺した。
それは硬い装甲を貫き、中にいるパイロットまで届いた。
「ぐわっ!」
スティングは激しい衝撃に揺さぶられて血を吐き、ピクッと痙攣した。
「…俺が…」
光に包まれていく彼が最期に残した言葉はそれだけだった。
かつてアーモリーワンでシンと戦った彼は、仲間の記憶も、生きてきた記憶も全て失い、ただの戦闘記録のみを残されてこの戦場に送り込まれた。
血と泥にまみれた彼の人生は終わり、ようやく安息を得る事ができるのだ。
奪った命が激しい爆煙に消えると、シンはふっと息をついた。
自分が人生の幕を下ろした相手が誰か、彼には知る由もなかった。
「1号機…撃墜…」
司令室はもはやしーんと静まり返るばかりだった。
防衛ラインは完全に破られ、デストロイは4機までが撃破された。
「ジブリール…これでは…」
年老いたリッターがため息をついてジブリールを振り返ったが、返事はない。
「…ジブリール?」
残されたロゴスたちも、ジブリールがいつの間にか姿を消した事に気づいた。
司令たちもきょろきょろとあたりを探したが、彼はどこにもいない。
状況を把握するまで、少しばかり時間が必要だった。
「奴は逃げたのだ…我々を見捨て、自分だけ…」
リッターがぽつりと呟いた。もう誰一人、口を開かなかった。
「どういうことなのだ、これは!ええい!」
口では強気な事を言い、皆を煽っておきながら、万一のためにと用意させておいた潜水艦の中でジブリールは地団駄を踏んでいた。
(あれだけの武装、あれだけの準備をしてやったのに勝てないとは…無能なやつらめ!いや、それ以上に忌々しいのはデュランダルだ!)
「どちらへ?」
潜水艦が戦闘海域を抜けると、艦長が尋ねた。
ジブリールは行き先を検索しようと考えこむ。
(すぐにでもダイダロスに上がりたいところだが、まずは落ち着いて色々と準備をしなければ…)
やがてジブリールは一つの心あたりを見つけ、ニヤリと笑った。
「イワノ隊より入電です。司令部に、白旗を視認」
バートが告げると、議長を取り囲んでいた黒服たちがざわめいた。
「敵軍、更なる戦闘の意志なき模様」
それを聞き、デュランダルは確認を急ぐよう命じた。
黒服の1人がアーサーに、完全に停戦するまで警戒を怠らないよう言う。
既に目の前に広がる戦場を見ても、どちらが勝利したのかは明らかだ。
海岸線にはゾノやアッシュが上陸し、救助用ボートの周りにグーンがいる。
空にはウィンダムの姿はなく、グフやバビ、ダガーLが警戒を行っていた。
けれど一番の功労者たちはまだ戦いを終えていなかった。
「これで…こいつを討てば終わる!」
シンはアロンダイトを構え、既にダメージを受けているデストロイに向かって左下から右の肩口へと斬り上げた。
「レイ!」
それを見てレジェンドが逆に右から左へと斬り上げる。
最後はルナマリアがエクスカリバーを構え、真っ直ぐ斬り下げた。
デストロイは大爆発を起こしながら倒れ、あたりを火の海にした。
逃げ惑う連合軍兵士が巻き込まれ、あっけなく吹っ飛んでいく。
燃え盛る火は地獄の業火もかくやというくらい基地を焼き尽くし、激しい戦闘を物語っていた。
すでに降伏の白旗は揚げられ、やがてこの寒々しい北国の戦場を冷たい沈黙が包みこんだ。
デスティニーとレジェンドは上空から、インパルスは着陸してその光景を眺めていた。無数の命が散り、戦いは終わったのだ。
(終わった…)
シンは息をついた。
たった今、「ロゴスを討つ」という目的が果たされた。
(これで…本当に平和な世界になったのか?)
けれど、シンには何の手ごたえも実感もない。
嘘と偽りを受け入れ、誤りと汚濁にまみれようとも、それが手に入るならと…
平和な世界が来るならと信じて戦ってきた。
(こうやって戦っていれば、いつか俺の願いはかなうんだろうか)
けれど心から望む世界とオーブを重ね合わせてしまった彼には、この先さらに辛く厳しい、過酷な運命が待ち受けているのだった。
事後処理に忙しい人々が席を立つと、1人司令官席に残されたデュランダルはほぅと息をつき、眼を閉じて満足げに微笑んだ。
(ジブリール…きみの悪あがきのおかげで素晴らしいショーになったよ)
デスティニー、レジェンド、インパルスが、その力を世界に見せつけてくれた。
ザフトと地球軍のにわか同盟も、「勝利」が何より堅固なものにしてくれる。
(フリーダムなき今、最強の戦士は、彼だ)
議長は赤い瞳の彼を思い出した。
(全てを受け入れて戦うシン・アスカ…なんと強くたくましいことよ)
「さてと…」
それから彼はふふっと笑った。
(キラ・ヤマトの次はきみだ…待っていたまえ、ラクス・クライン)
ヘブンズベースが落ちたニュースを、ラクスはベッドで見ていた。
過労からくる疲れで眩暈を起こし、安静を言い渡されているため、医療班からはボードやタブレット類を完全に取り上げられてしまっている。
今はただ言うことを聞かない身体を恨みながら、考えることしかできない。
(デュランダル議長は勝負に勝ち、これで戦争は終結した)
次はいよいよ彼の真の目的が明かされる事になるのだろうか。
だが、ラクスはその議長の「真の目的」を未だに図りかねていた。
彼は優秀で高名な遺伝学者でもある。メンデルに何らかの手がかりが残っているかもしれない…ダコスタに調査を頼んだのはそのためだった。
(優秀なダコスタくんが、きっと何か持ち帰ってくれるさ)
やがてラクスは、恐る恐る眼を閉じた。
患って以来、眠りを迎えるたびに、このまま二度と目覚めないのではないかと不安を感じるのは、今も昔も変わっていない。
(だが、今は少し休もう…また再び目覚めると信じて)
ラクスが眠りについた頃、アスランもまだ眠り続けていた。
照明が落とされ、目覚めた時に光が眼につき刺さらないよう細心の配慮がなされた医務室で、キラはアスランを見守っている。
最も危険な域は脱したが、それでも予断は許さないという。
四肢や感覚器官は奇跡的に無事だったが、折れた肋骨が肺を深く傷つけ、肝臓や脾臓からの出血がひどかった。
しかも爆発時にメイリンを庇ったため背中に重篤な熱傷を負い、感染症を起こしかけているという。
気管挿管、点滴、輸血、カテーテル…アスランの身体からは無数の管が出ており、まるで操り人形のようだった。
カガリは運ばれてきた彼女を診て、すぐさま医療チームを組織させた。
数時間にわたる処置後、24時間交代制の看護スタッフが何人もついているが、それでもカガリは彼女の傍を離れようとはしない。
一方アスランの救助によって残る任務を切り上げて帰ってきたキサカは、カガリが帰国後もまだ一度も行政府に戻っていないことを知って驚いた。
ロゴスとの繋がりが深いセイランには、当然世論の風当たりも強い。
「今が戻るチャンスではないか!」
一体何をしているのかとキサカはマリューたちに詰め寄った。
「それは、まだできません」
答えたのはキラだった。
「カガリは帰りたがったけれど、私が止めたんです」
「なぜだ?」
「あの時…ユウナ・ロマさんが、カガリを殺そうとしたからです」
キサカは押し黙った。セイランならやりかねん…その考えが一瞬頭をよぎる。
「セイランさんたちはロゴスの一件で追い詰められています。なら、余計にカガリに何をするかわからない…キサカさんが戻った今は、また少し状況が変わったと思いますが…」
キラはそう言って一生懸命彼を説得しようとした。
「オーブに戻った今は、私たちもいつでも動けます。だから、もう少し様子を見させてください。お願いします」
キサカは、キラのこのあまりにもきっぱりとした様子に面食らい、さらにはアマギをはじめタケミカヅチの搭乗員が、「キラ様の言葉に従うべきです」と加勢するので、まるで狐にでも抓まれたような顔になった。
自分が知っているキラ・ヤマトは、モビルスーツに乗れば無双の強さを誇るが、常に一歩引いていて主張を貫き通そうとまではせず、まだ幼さを残して、どこか弱々しい印象があったのだが…と、キサカは首をひねった。
「一体どうしたことだ、あれは?」
困惑したように呟くと、マリューが言った。
「変わりましたでしょう?」
「変わったどころか、まるで別人ではないか」
彼の言葉を聞いて、マリューはふふっと笑った。
「この旅で、本当に見違えるように強くなりましたわ、あの子」
ネオはといえば、このものものしい騒ぎの中でベッドで神妙にしていた。
キラもカガリも、所属していた連合の事なのだし、ヘブンズベース攻防戦を見てもいいと奨めたが、ネオは遠慮して静かに横になっていた。
ネオの隣に寝かされているメイリンは、一度は意識が戻ったものの、未だに薬で眠っている時間が長い。重傷とはいえ致命傷は負っていないため、じきに動けるようになると診断されているが、今は静かにしておいてやりたかった。
(それにヤツの…ジブリールの最後なんぞ、今さら興味もないさ)
けれどデストロイが数機出たと聞いた時だけ、少し心がざわめいた。
( スティング…あいつ、あれを欲しがっていた。乗っていなければいいが…)
血の気のない青白い顔を、ガーゼや包帯でものものしく飾られてしまったアスランは、未だに一度も目覚めなかった。
キサカによれば、グフに乗った彼女は追ってきた2機の新型と激闘の末、撃墜されたのだという。
(追撃されたってことは、逃げたの?一体何があったの?)
「…アスラン」
キラは小さな声で呼んでみた。
けれど答えはなく、部屋にはただ無機質な医療機器の音しかしない。
やがてカガリがキラに、「少し休んで来い」と言った。
「疲れてるだろ、おまえも」
しかしキラはカガリの方がずっと疲れていることを知っている。
いつも自分より遅くまで付き添い、自分より早く来ているのだ。
いいよ…と言おうとしたが、考え直して「わかった」と席を立った。
長く離れ離れになっていた2人を、少しでも2人きりにしてやりたかった。
そしてキラはカーテンを閉める直前、もう一度アスランを振り返った。
カガリは祈るように手を組み、背中を丸めている。
「…なんで……こんな…」
搾り出すようなその声を聞いて、キラはカーテンをそっと閉めた。
「キラさん」
ブリッジに戻ってきたキラを見て、マリューが声をかけた。
「アスランは?」
ミリアリアが心配そうに駆け寄ってきた。
「峠は越えたって。でも、まだ眼が覚めない」
「そう…心配ね」
「うん」
何よりたった今見てきた、疲れきったカガリの姿がキラの胸を刺した。
「戦闘の方は?」
「まだわからないけど、どうやら連合の負けのようね」
リポーターが話している画面の後ろを、ザフトのモビルスーツが飛んでいく。
「降下部隊を迎え撃ったところまでは、連合優勢かと思ったんだがな」
ノイマンが言うと、チャンドラは腕を組みながら答えた。
「新型がバッサバッサ切り刻んだからね。あれが戦局を変えたよ」
「ホント、撮りたかったわぁ」
ミリアリアが残念そうに言うと、あれを見てまだ言うかと2人が呆れた。
「私のライフワークだもん」
鼻高々に笑ったミリアリアが、「あ、そうだ」と続けた。
「インパルスも出てたわよ」
「インパルス…」
そう…キラは呟いた。
どこまでも追いすがり、襲い掛かってくるインパルスの姿が心に浮かぶ。
(あの、とても強い人も戦ったのか…)
ロゴスは討たれた。
戦いのない世界を、と望みながら、結局また戦っている…
議長が言うように、これで本当に平和な世界が来るんだろうか…
「でも、戦っても終わらないよ、戦争は」
自分があの戦争を通して知ったこと…感じたこと…学んだこと…戦っても、終わらない。戦い続ける限り、戦いは続いてしまう。
新しい敵、新しい兵器、新しい戦場…どんなに理由をつけても、戦う限り、それらはなくならない。
「私たちは…何をやっているんだろう。世界は…」
世界はまだ、こんなにも歪んでいる。
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制作裏話-PHASE38-
仕切り直しにより、主人公機デスティニーが活躍するPHASEです。インパルスとフリーダムがあれほど苦戦したデストロイを、シンたちはあっという間に5機倒し、ヘブンズベースを落とす主戦力となります。さらにシンはこの回、ようやくヒロインの唇をゲット。ここから主人公シン・アスカの怒涛の快進撃が始まる…には、本編ではもはや遅すぎました。
次回はキラさまが新たな機体をゲットし、最強の主人公として今度こそ君臨するのです…
もちろん逆転ではそのような事はありません。
シン・アスカはれっきとした主人公であり、キラ・ヤマトはそれに対抗する最強の好敵手として立ちはだかります。
今回の物語はせっかくのシンとデスティニーの見せ場なのに、正直、本編では結構スルーされてしまうのではないかと思われます。特に、ザクとグフの区別もつかないような女のコたちにとっては、キラとアスランもちょっとしか出ないし、「戦闘ばっかでつまんな~い」話だったのではないでしょうか。
(ガンダム好きにとっては、MSV展開のフォビドゥン・ヴォーテクスが出ただけで心踊りますよねっ!?)
逆転で大きく改変した部分は2つあります。
まずは当然ながらシンとルナマリア。
ここは本編のように「なんとなくそうなった」ではなく、長いこと「ルナマリアはシンが好き」という描写を続けてきた事が、ようやく実を結ぶシーンになっています。 これはぜひ書きたかった「ヒロインの重要な役割」なので、思った以上にうまくいったのではないかと思っています。何よりも、ルナマリアがけなげに一途にシンを想い続けていた事が報われるので、こちらとしてもほっとしましたね。やっぱり「は?なんでそうなる?」といわれるカップルより、「よかったね、やっとくっつくことができて」といわれるカップルの方がいいじゃないですか。
もう一つが「アスランが目覚めない」ことです。
これは物語の構成上の都合なのですが、本編が「PHASE40 黄金の意思」のあと、突然「リフレイン」という総集編に入ってしまい、物語の伏線は回収されないわ、物語そのものも分断されてしまうわと酷い状態になっていたため、この順番を入れ替える予定だったからです。
本編では何も話さず、決着がつかなかったカガリとアスランにきちんと決着をつけさせるために、どうしても「話し合う場」を作りたかったので、総集編などで潰されてしまった1話をそれに当てたかったんですね。あそこはホント、進行がちゃんとしていれば最終決戦に向けて、各キャラの立ち位置を確認する最後の機会だったんですよね。
そんなこんなで戦闘が開始されます。
けれど本編もそうですが、旗艦ミネルバのシンたちの出撃は先陣のあとなので比較的遅いのです。
迎撃に備えているとばかり思われた地球軍が先制攻撃を仕掛けてきたため、ザフト・同盟軍はいきなり劣勢にたたされてしまいます。こちらも結構な物量なのに、です。
しかもニーベルングなる対空レーザー砲を仕込んでいたため、ザフトお得意の降下揚陸作戦も失敗に終わります。まぁこれはザフトもザフトですけどね。これだけ降下作戦を繰り返せば、さすがにナチュラルだって対抗策くらい立てるでしょ。
なおこのシーンでのイザークの「疑念」はおまけです。イザークもDESTINYでは結果的に「裏切り者」になってしまうので、その理由として「この戦争そのものに疑念を抱いている」という描写をしておきたかったのです。まぁ彼以上に本質をわかっているのはディアッカなんですけどね。そこがこのコンビのいいところです。イザークに怒鳴られた黒服のおっさんに続き、とばっちりを受けている隣の若い隊長はお気の毒です。
戦闘シーンはいつものように記憶と想像で書いていますので「本編と違う!」と怒られると困ってしまうのですが…何年経っても運命は見返すのが辛く、難しいので、確認はご容赦ください(種はいいんですけど)
あ、そういえばこの戦いではルナマリアの活躍を大幅に増やしています。たとえば5機目のデストロイに止めを刺すのは本編ではデスティニーとレジェンドなんですが、逆転ではここにインパルスを入れて3人の連携としています。
それに、シンが約束どおりルナマリアを守ったという事を本編以上にはっきりと描写しました。カガリに「きみは俺が守る」と言いながら、すっかり戦いに夢中になり、結果的にイザークに守らせたアスランとは違うのです。
最終回を本編のような「ルナマリアを殺しかけたかのような描写」から「ルナマリアを守って撃破される」に変えたのも、逆転のシンのパーソナリティなら、必ず身を捨ててルナマリアを守る道を選んだだろうと思うからです。ステラを守れなかったことを後悔し続けている彼が、愛するルナマリアを守らないはずはないです。
まさに裏話なのですが、私は「守れなかったキラ」「守らなかったアスラン」と対象的な存在として「守り抜いたシン」を描いてあげたかったのです。
負けても主人公らしく、敗れても格好いいキャラにしたかったのですね。
さて、主人公とヒロインのキスシーンについてです。
ここはシンにかなり積極的な行動を取らせると決めていました。抱き締められたルナマリアには心底驚いてもらい、逆にシンは迷いもせず彼女にキスをします。拒まれたらどうすんだと思ってしまいますが、逆転のシンはこういう行動に出そうな「強い」キャラクター性を持たせてきたので、「シンならアリかなぁ」と思っていただければ幸いです。
シンは若さも手伝って、興味のないものにはアスラン以上にクールなところがあると思いますが(アビーの回想でもこのあたりが強調されています)、こだわるものに対しては愛情深い性格だと思うんですよ。家族やステラに対する執着を見ると、明らかに「防御」系の性格だと思うんですね。だから逆転ではミネルバの仲間たちへの友情も描いています。メイリンへの想いも、本編では「ルナの妹」くらいでしたが、逆転ではよりはっきりと「友達」としての関係を打ち出しています。
哀しみを抱きながらも、それを受け入れ、昇華しようとするルナマリアの凛とした姿を見て、シンは強く惹かれていきます。自分と同じく愛する者を失いながら、しかも眼の前にはっきりとその「仇」がいるのに、彼女はシンを責めることはしないのです(この根拠が書きたかったのでPHASE37はあの形になりました)「力」を求めるシンにとって、彼女の強さ…隠されていた「力」は眩しいものなのです。そしてまた、そんな彼女だからこそ「一緒に戦ってくれる」と確信できるのです。力がありながら逃げたアスランとは違うと思うわけです。
シンがルナマリアに惹かれ、彼女を愛するようになる明確な理由を作りたかった…逆転DESTINYを書いた理由の一つであるこの命題も、ここにきて私なりに示せたのではないかと思います。
なお、「ルナは何でも苦手だろ」はPHASE3以来、シンがルナマリアをからかう常套句として使ってきました。それも、ここで2人の会話に繋げるための伏線です。
個人的に私が気に入っているのは、創作シーンですがシンがルナマリアに譲渡したインパルスを「いい機体だ」と言うところですね。本編でも監督いわく、「キラはストライクにほとんど思いいれはない」との事でしたから、シンには軍人らしく、キラよりはわかっているという意味で、「力」への執着と敬意を示す表現がしたいなと思いましたので。
ルナマリアがアスランについて語ることは本編でも同じですが、PHASE33で言わせておいた伏線を生かし、「行かないでと言ったのに…」と彼女の哀しみを含ませています。また、真実とアスランの真意に薄々気づいているシンは、メイリンが巻き込まれただけという事がわかっているので、本編よりわかりやすく内心ではそれを否定します。けれどルナマリアには言えません。この事が後に2人の間に亀裂を入れてしまいます。もちろんこれも本編にはない私の創作なんですけど、主人公とヒロインなら、決戦前にこういうドラマ性を持たせたいじゃないですか。
戦闘シーンだけでは冗長なので、イザークだけでなく、カメラマンとしてヘブンズベースの取材など当然行きたかっただろうミリアリアや、新キャラのアビー・ウィンザーについても補完しています。アビーには本部でもシンが話題になっていると語ってもらいましたし、キサカにはマリューと共にキラが変わりつつあるという描写を手伝ってもらいました。
キラに「今はカガリを帰せない」と説明させたのも、本編ではこれをツッコむ人が誰一人いなかったからです。なぜオーブに帰れないのか、行政府に戻らないのか、ウソみたいですけど何も説明がないんですよね。なので明確な理由が欲しいと思ってPHASE13、14を改変したのです。けれどこれによって「キラが変わった」と旧知の仲のキサカが驚くという効果をもたせることができたので、まさに一石二鳥三鳥でした。
ついに3人組最後の命を散らしたスティングについても、あまりにもあっけなかった本編よりは出番を増やし、さらにネオにも彼を思い出させ、心配させました。
もちろんラクスにもこの戦闘を総括してもらっていますが、傷ついたアスランと対比するため、彼も過労で倒れてしまいます。ダコスタをメンデルに送り、大勝利を治めたデュランダルの真の目的、次の手を探らせようと画策しています。本編のラクスにも、これくらい先を見越した動きをしてもらいたかったですね(制作者には先がわかってるんだから)
シンの迷いや、アスランとメイリンを討ったことによる傷も、ところどころでシンを苛みます。ステラとフリーダムの時もそうでしたが、かつて心に深い傷を受けたシンは、大きな障害物に阻まれると、目的をすり替え、それを怒りという力を利用して力づくで乗り越えようとしてしまうんですね。これが彼なりの防衛方法なわけですが、それは周囲も傷つけてしまう広範囲ミサイルのようなもの。
でもこうしたシンの「歪み」はアスランに最終回で正してもらうので、今はこれでいいのです。逆転のアスランはただシンを力づくでぶっ飛ばすのではなく、導き、正す役にしたかったので。
私は、二次創作とはいえ作者としてシン・アスカを深く愛しています。格好よく書くことはもちろん、主人公として成長させるためには、愛するキャラでも辛酸を舐めさせることに抵抗はありません。この愛情を持って見ると、本編のシンがいかに制作陣の愛情から見放されていたかわかっちゃうんですよね。本当に不幸な主人公です。
救助されたものの、アスランは本編以上に重傷です。イージスの自爆時やザクを撃破された時のルナマリアのように骨折一つしなかった分、内臓のダメージや火傷がひどいという設定にしました。逆転での設定が「医療技術者」であるカガリは、彼女の容態がキラ以上に深刻であるとわかっているため、つきっきりです。キラもまたひどく心配していますが、アスランは本編と違ってこのPHASEではまだ目覚めないのは、前述の通りです。
ヘブンズベースの戦いは終わり、ザフト・同盟軍は全世界注視の中、勝利しました。実際はジブリールが逃げたため戦いは次のステージ、すなわちオーブへと進むのですが、今は世界は勝利に沸き立ちます。
そしてキラは憂鬱そうに思い描くのです。
逆種で見た水面に揺らぐ空のように、世界は未だに歪んでいると。
新型を駆って主人公がこれだけ活躍するのに、キラマンセーの本編の中では地味な話として片付けられてしまう本編ですが、逆転では以上のように、これまで張り続けてきた様々な伏線が収束し、芽吹き、実を結ぶ回にしてみたのです。
次回はキラさまが新たな機体をゲットし、最強の主人公として今度こそ君臨するのです…
もちろん逆転ではそのような事はありません。
シン・アスカはれっきとした主人公であり、キラ・ヤマトはそれに対抗する最強の好敵手として立ちはだかります。
今回の物語はせっかくのシンとデスティニーの見せ場なのに、正直、本編では結構スルーされてしまうのではないかと思われます。特に、ザクとグフの区別もつかないような女のコたちにとっては、キラとアスランもちょっとしか出ないし、「戦闘ばっかでつまんな~い」話だったのではないでしょうか。
(ガンダム好きにとっては、MSV展開のフォビドゥン・ヴォーテクスが出ただけで心踊りますよねっ!?)
逆転で大きく改変した部分は2つあります。
まずは当然ながらシンとルナマリア。
ここは本編のように「なんとなくそうなった」ではなく、長いこと「ルナマリアはシンが好き」という描写を続けてきた事が、ようやく実を結ぶシーンになっています。 これはぜひ書きたかった「ヒロインの重要な役割」なので、思った以上にうまくいったのではないかと思っています。何よりも、ルナマリアがけなげに一途にシンを想い続けていた事が報われるので、こちらとしてもほっとしましたね。やっぱり「は?なんでそうなる?」といわれるカップルより、「よかったね、やっとくっつくことができて」といわれるカップルの方がいいじゃないですか。
もう一つが「アスランが目覚めない」ことです。
これは物語の構成上の都合なのですが、本編が「PHASE40 黄金の意思」のあと、突然「リフレイン」という総集編に入ってしまい、物語の伏線は回収されないわ、物語そのものも分断されてしまうわと酷い状態になっていたため、この順番を入れ替える予定だったからです。
本編では何も話さず、決着がつかなかったカガリとアスランにきちんと決着をつけさせるために、どうしても「話し合う場」を作りたかったので、総集編などで潰されてしまった1話をそれに当てたかったんですね。あそこはホント、進行がちゃんとしていれば最終決戦に向けて、各キャラの立ち位置を確認する最後の機会だったんですよね。
そんなこんなで戦闘が開始されます。
けれど本編もそうですが、旗艦ミネルバのシンたちの出撃は先陣のあとなので比較的遅いのです。
迎撃に備えているとばかり思われた地球軍が先制攻撃を仕掛けてきたため、ザフト・同盟軍はいきなり劣勢にたたされてしまいます。こちらも結構な物量なのに、です。
しかもニーベルングなる対空レーザー砲を仕込んでいたため、ザフトお得意の降下揚陸作戦も失敗に終わります。まぁこれはザフトもザフトですけどね。これだけ降下作戦を繰り返せば、さすがにナチュラルだって対抗策くらい立てるでしょ。
なおこのシーンでのイザークの「疑念」はおまけです。イザークもDESTINYでは結果的に「裏切り者」になってしまうので、その理由として「この戦争そのものに疑念を抱いている」という描写をしておきたかったのです。まぁ彼以上に本質をわかっているのはディアッカなんですけどね。そこがこのコンビのいいところです。イザークに怒鳴られた黒服のおっさんに続き、とばっちりを受けている隣の若い隊長はお気の毒です。
戦闘シーンはいつものように記憶と想像で書いていますので「本編と違う!」と怒られると困ってしまうのですが…何年経っても運命は見返すのが辛く、難しいので、確認はご容赦ください(種はいいんですけど)
あ、そういえばこの戦いではルナマリアの活躍を大幅に増やしています。たとえば5機目のデストロイに止めを刺すのは本編ではデスティニーとレジェンドなんですが、逆転ではここにインパルスを入れて3人の連携としています。
それに、シンが約束どおりルナマリアを守ったという事を本編以上にはっきりと描写しました。カガリに「きみは俺が守る」と言いながら、すっかり戦いに夢中になり、結果的にイザークに守らせたアスランとは違うのです。
最終回を本編のような「ルナマリアを殺しかけたかのような描写」から「ルナマリアを守って撃破される」に変えたのも、逆転のシンのパーソナリティなら、必ず身を捨ててルナマリアを守る道を選んだだろうと思うからです。ステラを守れなかったことを後悔し続けている彼が、愛するルナマリアを守らないはずはないです。
まさに裏話なのですが、私は「守れなかったキラ」「守らなかったアスラン」と対象的な存在として「守り抜いたシン」を描いてあげたかったのです。
負けても主人公らしく、敗れても格好いいキャラにしたかったのですね。
さて、主人公とヒロインのキスシーンについてです。
ここはシンにかなり積極的な行動を取らせると決めていました。抱き締められたルナマリアには心底驚いてもらい、逆にシンは迷いもせず彼女にキスをします。拒まれたらどうすんだと思ってしまいますが、逆転のシンはこういう行動に出そうな「強い」キャラクター性を持たせてきたので、「シンならアリかなぁ」と思っていただければ幸いです。
シンは若さも手伝って、興味のないものにはアスラン以上にクールなところがあると思いますが(アビーの回想でもこのあたりが強調されています)、こだわるものに対しては愛情深い性格だと思うんですよ。家族やステラに対する執着を見ると、明らかに「防御」系の性格だと思うんですね。だから逆転ではミネルバの仲間たちへの友情も描いています。メイリンへの想いも、本編では「ルナの妹」くらいでしたが、逆転ではよりはっきりと「友達」としての関係を打ち出しています。
哀しみを抱きながらも、それを受け入れ、昇華しようとするルナマリアの凛とした姿を見て、シンは強く惹かれていきます。自分と同じく愛する者を失いながら、しかも眼の前にはっきりとその「仇」がいるのに、彼女はシンを責めることはしないのです(この根拠が書きたかったのでPHASE37はあの形になりました)「力」を求めるシンにとって、彼女の強さ…隠されていた「力」は眩しいものなのです。そしてまた、そんな彼女だからこそ「一緒に戦ってくれる」と確信できるのです。力がありながら逃げたアスランとは違うと思うわけです。
シンがルナマリアに惹かれ、彼女を愛するようになる明確な理由を作りたかった…逆転DESTINYを書いた理由の一つであるこの命題も、ここにきて私なりに示せたのではないかと思います。
なお、「ルナは何でも苦手だろ」はPHASE3以来、シンがルナマリアをからかう常套句として使ってきました。それも、ここで2人の会話に繋げるための伏線です。
個人的に私が気に入っているのは、創作シーンですがシンがルナマリアに譲渡したインパルスを「いい機体だ」と言うところですね。本編でも監督いわく、「キラはストライクにほとんど思いいれはない」との事でしたから、シンには軍人らしく、キラよりはわかっているという意味で、「力」への執着と敬意を示す表現がしたいなと思いましたので。
ルナマリアがアスランについて語ることは本編でも同じですが、PHASE33で言わせておいた伏線を生かし、「行かないでと言ったのに…」と彼女の哀しみを含ませています。また、真実とアスランの真意に薄々気づいているシンは、メイリンが巻き込まれただけという事がわかっているので、本編よりわかりやすく内心ではそれを否定します。けれどルナマリアには言えません。この事が後に2人の間に亀裂を入れてしまいます。もちろんこれも本編にはない私の創作なんですけど、主人公とヒロインなら、決戦前にこういうドラマ性を持たせたいじゃないですか。
戦闘シーンだけでは冗長なので、イザークだけでなく、カメラマンとしてヘブンズベースの取材など当然行きたかっただろうミリアリアや、新キャラのアビー・ウィンザーについても補完しています。アビーには本部でもシンが話題になっていると語ってもらいましたし、キサカにはマリューと共にキラが変わりつつあるという描写を手伝ってもらいました。
キラに「今はカガリを帰せない」と説明させたのも、本編ではこれをツッコむ人が誰一人いなかったからです。なぜオーブに帰れないのか、行政府に戻らないのか、ウソみたいですけど何も説明がないんですよね。なので明確な理由が欲しいと思ってPHASE13、14を改変したのです。けれどこれによって「キラが変わった」と旧知の仲のキサカが驚くという効果をもたせることができたので、まさに一石二鳥三鳥でした。
ついに3人組最後の命を散らしたスティングについても、あまりにもあっけなかった本編よりは出番を増やし、さらにネオにも彼を思い出させ、心配させました。
もちろんラクスにもこの戦闘を総括してもらっていますが、傷ついたアスランと対比するため、彼も過労で倒れてしまいます。ダコスタをメンデルに送り、大勝利を治めたデュランダルの真の目的、次の手を探らせようと画策しています。本編のラクスにも、これくらい先を見越した動きをしてもらいたかったですね(制作者には先がわかってるんだから)
シンの迷いや、アスランとメイリンを討ったことによる傷も、ところどころでシンを苛みます。ステラとフリーダムの時もそうでしたが、かつて心に深い傷を受けたシンは、大きな障害物に阻まれると、目的をすり替え、それを怒りという力を利用して力づくで乗り越えようとしてしまうんですね。これが彼なりの防衛方法なわけですが、それは周囲も傷つけてしまう広範囲ミサイルのようなもの。
でもこうしたシンの「歪み」はアスランに最終回で正してもらうので、今はこれでいいのです。逆転のアスランはただシンを力づくでぶっ飛ばすのではなく、導き、正す役にしたかったので。
私は、二次創作とはいえ作者としてシン・アスカを深く愛しています。格好よく書くことはもちろん、主人公として成長させるためには、愛するキャラでも辛酸を舐めさせることに抵抗はありません。この愛情を持って見ると、本編のシンがいかに制作陣の愛情から見放されていたかわかっちゃうんですよね。本当に不幸な主人公です。
救助されたものの、アスランは本編以上に重傷です。イージスの自爆時やザクを撃破された時のルナマリアのように骨折一つしなかった分、内臓のダメージや火傷がひどいという設定にしました。逆転での設定が「医療技術者」であるカガリは、彼女の容態がキラ以上に深刻であるとわかっているため、つきっきりです。キラもまたひどく心配していますが、アスランは本編と違ってこのPHASEではまだ目覚めないのは、前述の通りです。
ヘブンズベースの戦いは終わり、ザフト・同盟軍は全世界注視の中、勝利しました。実際はジブリールが逃げたため戦いは次のステージ、すなわちオーブへと進むのですが、今は世界は勝利に沸き立ちます。
そしてキラは憂鬱そうに思い描くのです。
逆種で見た水面に揺らぐ空のように、世界は未だに歪んでいると。
新型を駆って主人公がこれだけ活躍するのに、キラマンセーの本編の中では地味な話として片付けられてしまう本編ですが、逆転では以上のように、これまで張り続けてきた様々な伏線が収束し、芽吹き、実を結ぶ回にしてみたのです。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
2011/5/22~2012/9/12
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