機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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「艦長」
ミネルバのブリッジでは、アビーが艦長を呼んだ。
「なに?」
「艦隊司令部より入電です。連合軍、アルザッヘル基地に動きあり」
タリアもアーサーもその報告に姿勢を正した。
「月艦隊並びにミネルバは、直ちに座標、4286へ集結せよ」
タリアは了承し、早速マリクに発進を命じた。
艦内にアビーの声でコンディションイエローが発令されると、シンもルナマリアも顔を見合わせた。ルナマリアがブリッジに通信を入れると、アルザッヘルに動きがあるのでミネルバも動くと言う。
「あなたたちはまだ待機しなくていいわ。でも心積もりはしておいて」
「わかりました」
通信が切れると、シンは不愉快そうに言った。
「やっぱり連合軍は、まだ戦う気なのか…」
「そのようだな」
その途端、レイの声がしたので2人は振り返った。
ミネルバのブリッジでは、アビーが艦長を呼んだ。
「なに?」
「艦隊司令部より入電です。連合軍、アルザッヘル基地に動きあり」
タリアもアーサーもその報告に姿勢を正した。
「月艦隊並びにミネルバは、直ちに座標、4286へ集結せよ」
タリアは了承し、早速マリクに発進を命じた。
艦内にアビーの声でコンディションイエローが発令されると、シンもルナマリアも顔を見合わせた。ルナマリアがブリッジに通信を入れると、アルザッヘルに動きがあるのでミネルバも動くと言う。
「あなたたちはまだ待機しなくていいわ。でも心積もりはしておいて」
「わかりました」
通信が切れると、シンは不愉快そうに言った。
「やっぱり連合軍は、まだ戦う気なのか…」
「そのようだな」
その途端、レイの声がしたので2人は振り返った。
レイはすっかり元気になり、もういつも通りだった。
「さっきのことなら何でもない。驚かせて悪かった」
彼がそう言いながら椅子に座ると、ルナマリアが心配そうに聞いた。
「一体どうしたの?」
「持病のようなものだ。気にしなくていい」
それ以上は聞くなと言わんばかりの素っ気無さで彼女に答えたものの、シンがじっと見つめている事に気づくと、レイは「なんだ?」と聞いた。
「いや…少し、驚いただけだ」
「そんなことより、その前に俺が言ったことを忘れるな」
シンもルナマリアもそれを思い出して黙り込んだ。
―― 人は、もう本当に変わらなければならない。
人が変わることで、世界もまた、変わる…
「この先何が起ころうと、誰が何を言おうと、議長を信じろ」
レイは2人を見て言った。
「世界は変わるんだ。俺たちが変える」
こんな戦いなどない、平和な世界に…
「だがそんな時には混乱の中、これまでとは違う決断をしなければならないこともあるだろう。わけがわからず逃げたくなる時もあるだろう」
かつてシンが驚いたように、ルナマリアもまた、普段は無口なレイがこれほどまでに熱心に語る姿を見るのは初めてだった。
「だが、議長を信じていれば大丈夫だ」
「議長を…」
ルナマリアはいぶかしげに呟く。
議長は確かに私たちの指導者だけど…でも…
(このプランは本当に正しいの?私たちは従っていいものなの?)
「正しいのは彼なんだからな」
「うん…まぁ、それは…そうだけど…」
迷う自分とは違い、意外にもシンがあっさりと返事をしたので、ルナマリアは少し驚いて彼を見る。
しかしシンはその後、少し声を荒げて続けた。
「だけどおまえ、何でそんなこと言うんだよ、いきなり。それじゃ、ドラマの死んでいくオヤジみたいだぞ。やめろよ」
ルナマリアはシンの言葉に呆気に取られて言った。
「何言ってるのよ、シンったら!」
「だってこんなの、まるっきり遺言みたいじゃないか」
レイは2人の会話を聞いてふっと笑った。
「実際、俺にはもうあまり未来はない」
「え?」
2人はその言葉の意味がわからず、レイを見つめた。
「テロメアが短いんだ。生まれつき」
レイは珍しく微笑んでいた。
ルナマリアが聞き慣れない言葉に首を傾げ、シンが尋ねた。
「それって…」
「俺は、クローンだからな」
「はぁぁ!?」
レイのその告白に、シンとルナマリアの息が見事に合った。
「キラ・ヤマトという、夢の、たった一人を作る資金のために、俺たちは作られた」
「キラ…ヤマト?」
レイがくるりと椅子を回して二人の方に向き直って話し出すと、ルナマリアは聞き覚えのあるようなないようなその名前を呟いた。
「キラ・ヤマト。フリーダムの…この世で最強のパイロットだってさ」
ジブラルタルで議長が教えてくれたその名を、シンはつまらなそうに伝えた。
「俺も、実際に彼に会った事はない」
レイは言う。
「だが、彼を創るためには莫大な費用が必要だった。その巨額の資金を出資したのが、俺の元になった男だ」
シンは眉を顰めた。
「…人を創るために、人を…クローンを作ったって言うのか?」
「何よ、それ…どういうこと?」
「実際には、俺自身は資金のために作られたわけではない」
レイは目線を落とした。
「資金のための『俺』は、キラ・ヤマトが生み出される前に誕生した。俺はただ『できる』という理由だけで作られた、凍結されていた胚の一つだ」
試験管の中で眠っていた胚から「作ってみた」ら、俺が産まれた…レイはふんと鼻で笑った。
「だがその結果の俺は…どうすればいいんだ?父も母もない。俺は最初に俺を作ったヤツの夢など知らない」
―― キラ・ヤマトなど…知らない…
「細胞を採取したオリジナルが年老いていたためテロメアが短く、人より早く老化し、もう、そう遠くなく死に至るこの身が、科学の進歩の素晴らしい結果だとも思えない…」
「レイ…」
ルナマリアは口を両手で覆い、彼の身に隠されていた残酷な事実をどう受け止めていいのかわからず、じわりと涙を浮かべていた。
「同情しなくてもいい、ルナマリア。俺はとっくに諦めている」
レイは彼女に言った。口調は冷淡だが、彼なりの慰めだった。
「だがもう一人の俺…最初に作られた『俺』は、この運命を呪い、全てを壊そうと戦って死んだ」
レイは遠い眼で、自分を慈しんだラウ・ル・クルーゼを思い出した。
「だが、誰が悪い?誰が悪かったんだ?」
創り出された夢の子、キラ・ヤマト?ロゴス同様、資金を提供した者?
それとも、己の欲求を満たすために彼や俺たちを生み出した者か?
わからない…俺が生まれる前に起きた事など、俺は何も知らない…
「俺たちは誰もが皆、この世界の欠陥の子だ。だからもう、すべてを終わらせて還る。俺たちのような子供がもう二度と生まれないように」
そう言ってから、レイはぽつりと呟いた。
「あの、エクステンデッドの少女…」
シンもルナマリアもそれを聞いてギクリとした。
(ステラ…)
戦うためだけに調節され、生かされていた戦闘人形。
シンは誰にも知られることなくたった一人で眠る彼女を想い、ルナマリアもまた、やつれ果て弱々しく呼吸していた美しい少女と、彼女を帰そうと命を賭けたシンの必死な姿を思い出してうなだれた。
あれもまた、盲目的に狂気に突き進んだ世界の許されざる罪業なのだ。
「あんなことを二度と繰り返さないために…俺たちのように、気まぐれに弄ばれる生命がないように…」
ルナマリアの頬を一筋の涙が伝い、シンは彼女の肩を抱いた。
レイはそんな2人を見て、なんとなく明るい表情になる。
「だから、その未来はおまえたちが守れ」
「おまえ…」
シンが言い掛けると、レイは今までになく優しく笑った。
「議長がくれる新しい世界は、おまえたちのものだ」
「一体何事だ」
国内では戦闘で傷ついた地域を廻って国民を励ましながら、国際的にはメディアに積極的に顔を出して演説していたカガリを行政府に呼び戻した首長や補佐官、外交官たちの表情は硬かった。
「代表…してやられました」
「何があった?」
モニターにはつい先ほど放映が終わったプラントのニュースの録画が映されている。カガリは最初の映像を見て少なからず驚いた。
それは見覚えのある戦艦ボギーワン…ガーティ・ルーだったのだ。
プラント政府のスポークスマンは資料を示しながら説明を続けている。
「これはザフト軍が入手した映像です。一年前、アーモリーワンの工廠が強襲され、モビルスーツが奪取されたテロ事件がありました。その時の犯人の母艦だったのが、この地球軍戦艦です」
さらに映像はガーティ・ルーが、落下したユニウスセブンの破砕現場にいたと伝えている。
かつてガーティ・ルーは、ミネルバやジュール隊の母艦であるヴォルテールやルソーがこの現場にいたという映像を放出してテロへのザフトの関与を示唆して戦争を煽ったが、この映像は逆から撮られていた。
「プラントのアーモリーワンでのモビルスーツ強奪事件に関わったのは、この地球連合軍…というより、ロゴスの息がかかった大西洋連邦が極秘に建造した新造鑑『ガーティ・ルー』でした。ユニウス条約に違反し、ミラージュ・コロイドを搭載したこの艦は、同じくロゴスのジブリールの懐刀だった第81独立部隊ファントムペインの母艦です」
そこには遠目ながら、3人の実行犯がザフト兵に手引きされ、ハンガーで警備兵と戦い、3機のモビルスーツを強奪する姿が映し出されていた。
あの現場に居合わせたカガリ自身、こんな映像が残っている事に驚き、つくづく、この事件も議長が仕組んだものなのだと確信させられる。
「また、ユニウスセブンの落下時にも、この戦艦は現場にいました。一体誰が、いつ、彼らに情報を流したのか、それはわかりませんが…」
スポークスマンは何やら意味深な事を言い、映像では強奪された3機が、破砕作業を続けながらジン・ハイマニューバ2型と戦うジュール隊や、ミネルバのインパルスや赤いザクウォーリア、白いザクファントムに襲い掛かっている。
以前とは全く逆の、「ザフトの邪魔をする連合」の構図だ。
「あまりにもタイミングよく現れたこの戦艦が、我々ザフトが必死にテロリストと戦い、危険を冒してまで破砕作業を続けた事は黙殺し、あたかもユニウスセブン落下はプラントの仕業であると言わんばかりに地球の皆さんに知らせたことは、皆さんの記憶にも新しいことでしょう」
そこには、あの時ミネルバに残ると言った自分を置いて議長が移乗したヴォルテールから撮ったのか、破片に向けてタンホイザーを撃つミネルバや、大気圏に落ちていくジンとインパルス、そしてアスランのザクまでもが映っていた。
続けて、もはや見慣れたデストロイのベルリン襲撃と、ロドニアのラボ、そしてレクイエムで破壊され、無残な姿を晒すプラントが映し出された。
「この事件…『ブレイク・ザ・ワールド』によって始まった戦争が、多くの悲惨な事態を招いた事は周知の通りです。もしもあのままなら、我々はまた、前大戦のように憎み合い、滅ぼしあったかもしれません。しかし、そうはなりませんでした」
次の映像では、議長は世界中に向けてロゴス追討を訴えていた。
「世界の真の敵、ロゴスを滅ぼさんと戦う事を、私はここに宣言します」
彼の呼びかけに続々と集結してきた各国の軍はザフトの同盟軍となり、やがてヘブンズベースで行われた苛烈な対ロゴス戦が映し出された。
「議長は常に戦争を起こそうと企む諸悪の根源、ロゴスの存在を突き止め、それを滅ぼすと宣言しました。その目的のためにならと、あれほど憎みあったナチュラルとコーディネイターが手を取り合い、長きに渡って世界を操り、戦いを煽る者を倒そうと立ち上がったのです」
―― これは、人類の勝利です!
スポークスマンの声は興奮で高まり、ヘブンズベースに掲げられた白旗は、否応なく「人類が手を取り合い、勝利をおさめた証拠」としてはためいた。
さらに最後に映ったのは、彼らに止めを刺したレジェンドのカメラが捉えたはずの、爆発する瞬間のガーティ・ルーの姿だった。
「こうして、多大な犠牲を払いながら、ようやくロゴスは滅びました」
そこから先は、つい最近、いや、今もまだ頻繁に流されている、議長のデスティニープラン導入の演説映像が流され始めたが、カガリは意図の読めないこの「議長賞賛番組」に辟易していた。
「しかし世界が平和に向けて新たなステップを踏もうとする今、その変化を阻害し、立ちはだかろうとする者たちがいるのです」
カガリはいぶかしげにその言葉を聞いていたが、やがて突然、画面に思いもかけず自分の姿が次々と映し出されたので叫んだ。
「なんだ、これは!?」
それはまさにアーモリーワンに到着した時や、司令部での議長との極秘会見、さらにはミネルバのブリッジにいる時など、自分では全く撮られた覚えのない映像ばかりだ。
無論アスランも映っており、艦にいる時は話したこともないメイリンも意味深に映されている。
「中立国を名乗りながら、連合を私物化し、武力でのプラント侵攻を推し進めた大西洋連邦と同盟を結んだ国…さらに、世界がひとつになろうとした時、議長の呼びかけに応じるどころかロゴスを匿い、それが結果的に、プラントを襲った未曾有の悲劇を呼んだのです」
(くそっ、そう来たか…!)
カガリは軽く舌打ちして立ち上がった。
「プラントがこちらの呼びかけに一切答えなかったのはこのためか…」
モニターには「ロゴス追討」を大義とするオーブ侵攻戦が映された。
インパルスのカメラが、尾翼にセイラン家の紋章が入ったシャトルが脱出する様子を捉えている。先行するインパルスに遅れてジブリールを追うムラサメが、まるでインパルスを追撃しているように見えてしまう。
「ロゴスに操られた自らの非を認めず、未だ戦いをやめない大西洋連邦。中立国の名を騙り、裏で卑劣にもロゴスと手を組んだオーブ首長国連邦」
その途端、モニターにはコープランドとカガリの姿が並んで映し出された。
「ことにオーブは、平和な世界を約束するデュランダル議長のデスティニープランをあくまでも否定し、拒否し、高い技術力と強大な武力を持って、プラントに敵対しようとしているのです」
ダーダネルスやクレタ沖でミネルバと激しく砲火を交えるオーブ艦隊や、モビルスーツ部隊が映し出される。そして肩にウズミの紋章を刻んだストライクRもクローズアップされた。
なのに肝心の、兵たちに戦いをやめるよう呼びかけるカガリの声など、もちろん流される事はない。
「一体、この国のどこが中立なのでしょうか!」
カガリがあまりにも突飛過ぎるこの「オーブ=敵性国家」論に言葉もなく呆然としていると、ついに張本人が現れた。
デュランダル議長は悲痛な面持ちで語り始める。
「私は前大戦の英雄、オーブのアスハ代表を盟友と信じていました。プラントとオーブは技術提携国であり、友好関係にあったのですから。けれど、こうして様々な映像が語るのは…各地で起きた事件の現場にはなぜかいつも代表ご自身がおられた…という不可思議な事実なのです」
デュランダルはさも哀しげに、そして残念そうに言った。
「もちろん、私も盟友である彼を疑いたくなどありません。けれど私の心にあるのは、今回の戦争に関する多くの事件に、もしやオーブが関わっていたのではという、忌むべき疑念です」
「ふざけた事を言うな、デュランダル!」
カガリの怒りが頂点に達し、拳を固めると机を殴りつけた。
「きさまの罪を、全部オーブになすりつける気か!」
「我らの大切な英雄であるラクス・クラインの偽者を使い、プラントを混乱に陥れようとしたのもオーブの策略です」
再びスポークスマンが映し出され、在りし日のミーア・キャンベルと、電波ジャックした時のカガリの隣に立つラクス本人の映像が流れる。
こうして「証拠映像」ともっともらしい説明がついてからこんなものを見せられると、「何かが起きた現場には常にカガリがいた」という印象が確かに強い。
「こんな…バカなことって…」
キラはこのあまりにも突拍子のない、けれどいやに説得力のある放映に言葉もないエターナルのブリッジで、呻くように呟いた。
ラクスは自分の電波ジャック映像を見てふっとため息をつく。
(またしてもやられたな…こちらの手までも利用するとは…)
国際的信用を落としているオーブへのデュランダルの断罪は分が悪い。
アスランもまた、自分が関わったアーモリーワンやユニウスセブンの映像を黙って見ていた。言われてしまえば、そう見えるものばかりだ。
強襲を知りながらカガリとの会見を受けたのも、いずれは利用できると思ってのことだったなら…策略で彼にかなうわけがない、とアスランは思う。
(けれど真実を知る者たちは、一体どう判断するだろう?)
「…全部、オーブの仕業って…」
レイのカミングアウトのすぐ後に始まったプラントの発表を見終わったルナマリアは驚きを隠せず、そしてシンを見た。
「まさか、そんな」
「ありえない」
シンは呟く。
アーモリーワン…ユニウスセブン…ダーダネルスとクレタ沖…現場にいた自分たちだからこそわかる。
ガイアやカオス、アビスと戦う自分を、アスランのザクは救った。
さらにユニウスセブンを破砕する時も、彼女は最後まで諦めなかった。
「それにユニウスセブンが落ちると聞いた時、あいつはヨウランが不用意に言った事に怒り、あれを破砕した俺たちをねぎらってもいた」
「それもまた、演技かもしれない。彼の思惑のための…」
レイが言うと、シンは彼を見て反論した。
「ダーダネルスでもクレタ沖でも、ヤツは戦闘をやめろと訴えてたぞ」
「だが結局、オーブは戦闘をやめなかった。おまえたちも知ってるだろ」
シンもルナマリアも顔を見合わせる。
「議長が、アークエンジェルやフリーダムを討て、裏切り者のアスラン・ザラを討てと命じたのは、根拠があっての事だった」
レイは椅子に深く腰掛けて言った。
「これで全ての事件のつじつまが合う。口では平和と言いながら、奴らがやってきたことは、自作自演の破壊行為ばかりだったんだ」
ルナマリアは言葉を失い、レイとシンを交互に見たがシンはただ黙ってレイの言葉を聞いているだけだった。
「やはり…議長は正しい」
レイはまるで老人のように溜息と共に呟き、微笑んだ。
アークエンジェルのブリッジでもこの事態にざわめきが起きていた。
アマギたちはバカな事を言うなと抗議していたが、今の議長の影響力を思うと、多くの人々には何が真実かなどどうでもいいと思えてきた。
(議長がそう言った…ただそれだけで白は黒になってしまうのだ)
アマギは拳を握り締めた。
(トダカ一佐…あなたの死までもがこんな事に利用されています)
タケミカヅチの特攻とインパルスによる撃破はザフトの正義を印象づけた。
「役割…か」
ネオは自分たちの部隊の映像を見て苦々しい顔で呟いた。
「俺たちはジブリールの駒だったが、さらにその上に、デュランダルという操り手がいたというわけだな…」
―― スティング、アウル、ステラ…
インパルスやザクと戦う彼らのモビルスーツを見ながら、ネオは言った。
「あいつらは、この世界の歪みの産物だ。生きる権利も意味も知らず、ただの殺戮人形として育てられ、言われたとおり戦って死んでいった…」
いつになく沈んだ声の彼の言葉を、クルーは皆静かに聞いている。
「そんな世界はもうごめんだが、全てを知っていながら、それらを利用して思い通りにしたヤツが操る世界なんぞ、もっとごめんだ」
「それって、もしかして彼のために奉仕する世界?」
ミリアリアが呆れたように聞く。
「神と神官の下には、眼を閉じ、耳を塞ぎ、口をつぐんだ一般市民」
「じゃ、歯向かった者はみーんな奴隷か、死刑!だね」
ノイマンの言葉にチャンドラがおどけて言う。
マリューはなんとか雰囲気を明るくしようとするクルーを見てふふっと笑い、さらに沈痛な面持ちのネオを見て微笑んだ。
(ちゃんと覚えてるんじゃない)
昔の事はもう全部忘れたよと言いながら、普段は明るく振舞うネオを見てきたマリューは、彼の心の中に残る、連合時代の深い傷と澱を思う。
(忘れちゃだめよ…)
マリューが皆に見えないように、そっと隣に立つネオの手を握った。
ネオはそれに気づくと、敢えて自分を見ないマリューの横顔を見つめる。
(その痛みも傷も、全部、私たちを支えるものなんだから)
「あのぉ、艦長…」
「だから、私に聞かないでったら!」
ミネルバのブリッジでも毎度の事ながら親指を噛み続けるタリアに恐る恐るアーサーが問いかけたが、彼女の答えもいつもと同じだった。
(開戦のきっかけになった事件に、オーブが関わっていたですって?)
タリアは強奪に巻き込まれてケガをし、艦長室でユニウスセブンが動き出したと説明した時には驚いて動揺していた彼の姿を思い出した。
スポークスマンは、代表は議長の移乗の勧めを断ってミネルバに残り、ミネルバをオーブに迎え入れておいて連合と結んで挟み撃ちにしたと非難している。
(事実にほんの少し嘘が混じるから、逆に真実に見えてしまうんだわ)
「黒に挟まれた駒は、ひっくり返って黒になる。脱出しろ。そうなる前に」
「今また二色になろうとしている世界に、本艦はただ邪魔な色なのかもしれません」
脱出を促したバルトフェルドと、投降を拒否したマリューの言葉が蘇る。
(オーブを世界の敵にして、どうしようって言うの?ギルバート)
タリアがそう思った時、ブリッジにけたたましいアラートが鳴った。
「月の裏側に、高エネルギー体発生」
インカムを抑えながらバートがてきぱきと状況を伝えた。
「え?」
タリアが思考を中断して顔を向ける。
アーサーも驚いてアビーのモニターを覗き込んだ。
「ダイダロス基地、これは…」
いつも冷静なバートも、そこまで言って思わず息を呑んだ。
「レクイエムです!」
「何ですって!?」
タリアは思わずシートから立ち上がった。
アーサーもまた艦長とモニターを見比べて叫ぶ。
「そんな馬鹿な!」
(アスハが…)
同じ頃、イザークは何度か会った事のある金色の髪の若者を思い出していた。
(諸悪の根源だなどと、議長は何を血迷っている?)
バカがつくほど単純で、無防備過ぎるほど真っ直ぐで、オーブを守る、オーブをいい国にしてみせると言うあの野郎に、世界を陥れるような真似ができるものか。
(第一…)
イザークはややムスッとしながら思う。
(ヤツの傍にいたあいつが、そんな事をさせるわけがない)
そしてアスランの、手に負えない頑固さを思い出してちっと舌打ちをした。
死んだヤツに何を言っても詮はないが…イザークの心には苦みが残る。
「イザーク!」
その時、オペレーターとインカムを共有しながらレーダーを見ていたディアッカが彼を呼び、イザークは「なんだ?」と振り返った。
「レクイエムだ」
「なんだとっ!?」
オペレーター席まで来たイザークは、ディアッカの言葉に驚いた。
「照準はどこなの?わかる?」
ミネルバでもこの突然のレクイエム発射の激震が走っていた。
バートは放たれた座標と角度から、コースを割り出す計算式を入力した。
「屈曲後、コースエリア、4から11」
「地球!?」
コースがわかっているとは思えないアーサーの声が響いたが、冷静なアビーはメイリンのように「ええっ!?」とは乗ってくれなかった。
「アルザッヘルだわ」
タリアは自身の手元のモニターで宙域図とコースを重ねて言った。
「ええっ!?では…これは、我が軍が!?」
アーサーはさらに驚いた。
何しろ、単機でのレクイエム撃破が先だってのミネルバへの命令であり、ルナマリアの活躍で見事成し遂げられたのだ。
だって、それならなんで…アーサーは戸惑いを隠せない。
「あたりまえでしょ。あそこにもう連合はいないわよ」
(大西洋連邦とオーブを非難して、間をおかずにこの攻撃…)
タリアは思惑の読めない議長を思い、親指をぎりっと噛んだ。
あんなものを撃てば多大な犠牲が出て、また戦いが始まるだろう。
(あなたの言う平和な世界には、一体いつまで戦えば辿り着けるの?)
残存の月艦隊を集めつつあったアルザッヘルでは、コープランド大統領がユーラシアや東アジア共和国、南アメリカ合衆国との通信に忙殺されていた。
しかしこれまで侮っていたこれらの国々に、世界のリーダーであるべき大西洋連邦が、今更「どうしたらいいか」などと聞くわけにはいかない。
彼には進むべき道が見えなくなっており、ただただあたふたするばかりだ。
共に議長から「混乱の原因」とされたオーブにも、ずっと連絡を入れさせているのだが、回線がパンクしているのかそれとも拒絶しているのか、チャンネルが全く繋がらない。
無論、プラントはいくら通信を入れてもなしのつぶてだった。
そのくせ大洋州やプラント寄りの国家の要望にはすぐ応じ、外交担当や国家元首とにこやかに握手をかわすデュランダルをモニターで見るたびに、大統領は苛立たしく思い、歯噛みをする。
勝てない戦争で国力も戦力も削られ、国際社会の信用も地に堕ちた。
元来肝の小さい彼にとって、叱咤激励してくれるロゴスがいない今、もはや大国の大統領を勤め上げるだけの気力は残っていなかった。
そんな彼に引導を渡す光が、基地を貫いた。
彼は昔ながらの有線の受話器をとり、そのまま光に呑まれた。
補佐官も秘書も、いや、基地にいた兵士や軍属や民間人までもが全て、月の裏側から軌道を変えて走ってきたビームに貫かれ、一体何が起きたのかもわからないままに蒸発して消滅した。
アルザッヘルは大きな爆発に包まれ、死の廃墟と化した。
人々が見上げる月に、巨大な墓標がまた増えたのだ。
ターミナルからの連絡は、無論キラたちを震撼とさせた。
「キラ」
「ミリアリア、マリューさんは?」
キラがエターナルのブリッジから通信を入れると、ミリアリアが困惑した顔で艦長を呼んだ。
「撃たれたわ、レクイエムを…」
「破壊したんじゃなかったんだな、あいつ」
ネオが呆れたように言い、キラは言葉を失った。
「これで残っていた連合の戦力も、ほぼ全滅だわ」
マリューが言うと、アスランは自分のボードに入ったハブ情報からいくつか軌道を割り出した。
「あれの破壊力も、かつてのジェネシスに劣らない。中継点の配置次第で、地球のどこでも自在に狙えるわ」
絶望のあまりかわずかな沈黙が続き、やがて全員がラクスを見つめた。
「従わねば、死…か」
ラクスは皆の視線を浴びたまましばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「議長はこれで反抗するオーブを討ち、世界への見せしめにする気だ」
「見せしめに…」
モニターの向こうのアマギたちが思わずごくりと唾を飲んだ。
「人々は悪のオーブを正義の議長が討つならと、何の痛みも感じない。そして役割どおり生きれば幸せと信じ、無限の選択肢や広がる可能性を知ることもない。それがいやだと言えば、レクイエムがどこまでも追いかけてくる」
―― 彼の望む世界は、人々の心の中に染みついた恐怖の向こう側に存在する。
「今、この世界を見捨てて屈服するか、最後まで抗って道をこじ開けるか」
ラクスはそこまで言って仲間たちの顔を見ると、「聞くまでもないね」と朗らかに笑った。
メイリンはこの時、ジブラルタルの嵐の海でアスランがシンに言った言葉を思い出していた。
「彼らの言葉はやがて世界の全てを殺す!」
あの頃はシンも自分もただ驚くばかりだったが、今となっては彼女の言葉が現実となり、逆時計となって世界の命運を計り始めたように感じられる。
キラもまた、ラクスを、アスランを、メイリンを見つめて力強く言った。
「行きましょう。オーブを守らなきゃ」
キラの言葉に、誰もが頷いた。
ストライクフリーダムがアークエンジェルに帰ると、ラクスの主導のもと、全てが急速に動き出した。
ラクスはまず、ザフトに潜伏しているクライン派の兵士を、全員脱走させるようダコスタに指示をした。
「ぜ、全員…ですか!?」
かなりの数になると思いますが…と、さすがにダコスタも青くなる。
「もう潜伏の必要はない。こちらの戦力は圧倒的に少ないのだし、できる限り兵たちを取り込んで、内部から切り崩すよう通達してくれ」
もちろん、奪取できる戦艦やモビルスーツは根こそぎいただいてね…いつものようにおどけた口調だが、ラクスの青い瞳は笑っていない。
さらにプラント各地に散るクライン派も急ぎ、集結させるよう要請する。
「キラにはオーブ艦隊を動かして防衛ラインを整えてもらおう。スカンジナビアにはオーブから共闘の要請がいくだろうから、カガリくんに任せておいて大丈夫だ。僕からも陛下に親書を送る」
それからアスランを振り返った。
「アスラン…」
ラクスはいつになく真顔で彼女の肩に手を置いた。
「すまない。今は頼むよ」
「わかってる」
アスランは身を翻すと、そのままハンガーに向かった。
さらに、バルトフェルドがアルザッヘル周辺の艦艇を指して聞く。
「連邦の生き残り部隊はどうするかね?これもカガリに任せるか?」
「いや、今はオーブと連邦の接触はできる限り避けるべきだ」
それ見たことか、オーブと連邦は結託しているとプラントにつけ入る隙を与えてしまうに違いない。とはいえ手駒の少ないこちらにとって、行き場のなくなった彼らの情報や戦力には魅力があった。
「交渉は、僕が間に入ろう。連邦に顔の利く知り合いがいる」
ラクスがファクトリー建設の資金集めのために、何度も足を運んでルートを作ったプラント寄りの南アメリカ合衆国には、彼の独自のパイプがあった。
「だがこちらの仕事とはいえ、カガリくんには一つも漏らさず全てを知らせるんだ。急げ。時間がない」
ラクスはてきぱきとバルトフェルドやダコスタに指示を続けている。
「すごい…」
的確な指示で手足のように人を動かしていく彼を見て、メイリンは今更のようにラクス・クラインのリーダーシップに舌を巻いた。
(やっぱりこの人はすごい…悲劇の英雄の名は伊達じゃないんだ)
するとバルトフェルドが彼に声をかけた。
「そこの緑服のきみ!」
「あ、はい…自分ですか?」
メイリンは慌てて艦長席に向かい、敬礼した。
「名前は何というのかね」
「メイリン・ホークであります、バルトフェルド隊長」
バルトフェルドは面白そうに彼を眺め、「何ができる?」と聞いた。
「は…あの、ミネルバではモビルスーツ管制として働いておりました」
「ふむ…しかし残念ながらこの艦では通信士は間に合っている」
メイリンはぎょっとし、「ではCICでも、索敵でも…」と食い下がった。
「いやぁ、すまんが、それも全部人手が足りているんだ」
ここもなかなか就職難でね、とバルトフェルドはにやりと笑った。
「そんな、仕事がないなんて…」
戸惑う表情の彼にバルトフェルドが言う。
「ああ、そういえば一つだけ空いている席があるんだが…」
「ど、どこです?何でもやります!整備とか、衛生…生活班でも!」
バルトフェルドはモニターを指し示した。
「では、きみはここに座りたまえ」
メイリンはそれを覗き込むと、思わず声をあげた。
「え…ええぇ!?」
メサイアのデュランダルは、全てが整った事にほっと息をついた。
世界の反応は上々だった。彼の言葉でオーブは泥沼に引きずりこまれ、もはやアスハが何を言っても人々は彼の言葉に耳を傾けようとはしないだろう。
今やプラント最高評議会議長の言葉は、人々にとって絶対のものなのだ。
ユーラシアも東アジア共和国も「静観」の立場を取ると伝えてきており、実質上「プラントが何をやっても非難しません」という意思を示した。
(しかし、それでもオーブは屈しない)
オーブ政府はプラントからの弾劾についてはもちろんすぐに否定した。
しかし、その後もこちらを非難するような声明などは出さず、今までと変わらない穏やかで静かな、けれどプラン導入は断固拒否するというアスハ代表の演説やインタビューが繰り返されていた。同時に彼は、オーブにはプラントに敵対する理由や謂れは全くないと説明し続けている。
(彼もなかなか賢い…いや、これもラクス・クラインの入れ知恵か?)
デュランダルはふんと鼻で笑った。
「せいぜい頑張りたまえ。それもあと少しで終わるのだから」
それから通信を開くと、補佐官に命じた。
「ミネルバに連絡を。レイ・ザ・バレルとシン・アスカをこちらに寄こすように言ってくれ。ああ、機体共々だ」
デュランダルはそう将官に伝え、赤い瞳の彼を待つ。
長く壮大だった彼の舞台が、いよいよ最終章を迎えようとしていた。
レイを残し、シンと共に部屋を出たルナマリアは涙を拭いた。
「レイに、あんな秘密があったなんて…」
「うん…俺も知らなかった」
テロメアが短くて、老化が早い…だから、命が短い…あんな運命を背負わされていれば、レイが新しい世界を望むのは無理もない。2人とも重苦しい空気に黙り込む。
「シン!あ、ルナもか!」
そこにヴィーノとヨウランが走ってきた。
「どうした?」
息を切らすヴィーノに代わり、ヨウランが答えた。
「…アルザッヘルが撃たれたぞ」
2人はまたしても新たな驚きに身を乗り出した。
「連合の、あの、レクイエムで!」
息を切らしながらヴィーノが続けると、ことにルナマリアが驚いた。
「何で!?誰が!?」
「基地に反抗の動きがあったんだって…」
「確かに、連合は艦隊を集結させてたようだけど…」
シンは首を振った。
「もう俺たちと戦える戦力なんかなかったはずだ」
「それより、軍はあれを直したの?」
ルナマリアは自分がコントロールを破壊し、目の前で完全に動きを止めたレクイエムを思い出しながら訊ねた。
「あんなものを…再利用するなんて…」
「変化を望まず、反抗する者がいるからだ」
彼らの後ろから、部屋から出てきたレイが言った。
「言った通りだろ?例えいいことでも、スムーズにはいかない」
今のままの方が都合がよければ、皆その安穏から出たがらない…
「議長がおまえと俺を呼んでいる。召集命令だ」
レイは続けて言った。
「次は奴らが来るぞ。アークエンジェルと、フリーダム…」
ルナマリアもヴィーノもヨウランもはっとして2人を見る。
「そして、裏切り者のアスラン・ザラが!」
「アルザッヘル、壊滅です…」
ヴォルテールでは腕組みをしたイザークに、オペレーターが告げた。
「ダイダロス基地の封鎖は、レクイエムの解体のためだって言ってたろ?」
「隊長の再三に渡る調査申し入れにも、頑として答えませんでしたね」
「解体どころか、直してたってわけだ」
ディアッカが「呆れたね」と肩をすくめると、赤服のハーネンフースも頷き、それに同意した。
(ローランめ!)
イザークはギリッと歯を食いしばった。
「レクイエムは地球を撃てるんだな」
イザークはオペレーターのモニターを覗きながら聞いた。
「はい。中継ステーションが新たに設置されていますので…」
「チャージサイクルは?」
「不明です。司令部により、極秘事項とされています」
「随分と厳重だな」
ディアッカは苦笑したが、やがて至極真面目な表情になってダイダロス基地を見つめた。
「当然…オーブだよな、次は…」
ディアッカは一度連絡があったきりの彼女を思って息をついた。
(…もしかして、オーブに戻っているんだろうか…?)
むしろ今は世界中を飛び回っていてくれた方がまだいい。
(あいつとプラントを天秤にかけるなんてできないけど…でも…)
ディアッカは誰にも聞こえないように、小さな声で呟いた。
「…ミリアリア」
言い知れぬ不安がじわりと心に広がった。
「じゃあね、レイ。気をつけて」
「おまえもな、ルナマリア。また戦場で会おう」
ブリッジに行って、しっかりねと励ます艦長と、相変わらずの人のよさで2人との別れを惜しんでくれた副長に挨拶を済ませると、レイはルナマリアと握手を交わし、先にロッカールームに向かった。
シンはミネルバに残るルナマリアと向き合った。
「FAITHは皆の模範となるべきなんだから、議長の前ではちゃんと制服の襟、留めなくちゃだめよ」
ルナマリアはシンの制服の襟を整えながら、お姉さんぶって言った。
「結局、私1人になっちゃったね…」
シンは少し寂しそうなルナマリアを見つめて「え?」と聞き返した。
「ショーンもデイルも、ハイネも…アスランとメイリン…今度はレイとシン。皆、私を置いていなくなっちゃう」
「ルナ、俺は…」
ルナマリアはふっと息をついて続けた。
「議長の言うとおり、本当にオーブが…今回の戦争に色々と関わってたなら、やっぱりアスランはスパイだったのかな…」
シンは思いがけないその言葉にぐっと詰まった。
「もしそうなら、私、あの人と戦えるわ。だってあの人が間違ってるって確信できるもの」
シンにはルナマリアのその言葉は、まるで彼女自身が自分に必死にそう言い聞かせているように思えた。
―― アスランが悪いのなら、戦える…
本当は戦いたくないけれど、そう信じることで、戦えると…
(俺たちはもう迷ってはいけないと、ルナに言ったのは俺だ)
なのに、自分自身が本当にこんな形でいいのかと思っている。
そして真実を知らないルナマリアに、自分を偽る想いで戦わせて…
(いいのか、それで?ルナにもそんな思いをさせたままで?)
俺は議長の嘘を受け入れた。自分の意思で、そうすると決めた。
(でも、ルナは…)
シンの心に、無邪気に笑うステラの姿が蘇り、朗らかに笑う可愛らしいルナマリアと重なる。
(何も知らないまま戦うんじゃ、まるで…ステラと同じだ…)
シンはきゅっと唇を結ぶと、ルナマリアを正面から見据えた。
「ルナ…アスランはスパイじゃないんだ」
「え?」
ルナマリアはいきなりそんな事を言い出したシンを見て呆気に取られた。
「アスランは…議長に殺されそうになったから逃げたんだ」
「…だって、だから、それはスパイだったからでしょ?あの人が…」
「違う」
戸惑うルナマリアに、シンは首を振った。
「議長は不要になったアスランを切り捨てた。あいつはフリーダムを、アークエンジェルを信じてたから…議長は…間違ってると気づいたから」
「え…シン…?なにを…」
ルナマリアの頭は大混乱だ。
(議長が間違ってる?アスランはそれに気づいたって…)
思いもかけない上に、情報量が多すぎて処理がしきれない。
「メイリンは…あいつはアスランを助けようとして巻き込まれただけだ」
ルナマリアはもはや何も言わず、驚愕の表情でシンを見つめている。
シンは彼女の両肩をつかみ、まるで言い訳するように必死に続けた。
「2人ともスパイじゃないし、裏切ったわけでもない。だから…俺は…」
「……して…」
ルナマリアの声に、シンははっとした。
「…ど…して…黙ってたの…?今まで…」
「ルナ…」
シンは唾を飲もうとしたが、口の中はカラカラだった。
「言えなかった…言わなきゃと思ったのに、言えなかった…」
「嘘つきっ!!」
ルナマリアはそう叫ぶと、勢いよくシンの腕を振りほどいた。
シンは一瞬よろめいたが、すぐに体を立て直して言った。
「ルナ、ごめん!でも俺…」
「嘘つきっ!知ってたくせに黙ってたなんて!」
ルナマリアは後退りながらシンを睨みつけた。
あの人に裏切られたと思って…弟を奪われたと思って…
アスランと戦うと決めたのに…シンと共に戦うと決めたのに…
今さら、彼女は裏切ったんじゃないなんて言われたって…
「私が…どんなに…」
ルナマリアの大きな瞳に、見る見る涙が溜まる。
(シンが…私に嘘をついてた…)
実際にはシンは嘘をついたのではなく、「真実を告げなかった」だけなのだが、どちらにせよ真実を知らなかったルナマリアは、「自分は知らず、シンは知っていた」という事実に深く傷ついていた。
「ルナ…待…」
「最低よ!」
ルナマリアは踵を返し、そのまま走り去った。
残されたシンは、彼女を引きとめようと腕を伸ばしたまま、呆然と立ち尽くしてしまった。
(当然だ…こんなの、当然だ…)
バルトフェルドと共にハンガーにやってきたメイリンを見て、アスランは「どうしたんですか?」と2人に声をかけた。
「いやぁ、彼はパイロット候補生だったんだろ?せっかくだから、僕の機体を譲ろうと思ってね」
アスランはバルトフェルドが指差した機体を見て驚いた。
「ガイアを…メイリンに?」
やや心配そうな顔をするアスラン同様、メイリンも言った。
「あの、でも僕は…適性がないって…」
モビルスーツに乗るのは命懸けだ。
遺伝子のセレクションが自分には無理だと言っているのに、逆らって乗ったりしたら…いざとなると少し腰が引けている自分が情けない。
「そんなもの、覆してやればいい」
バルトフェルドは豪快に笑った。
「この体を見たまえ。名誉の負傷で義手、義足、隻眼だ」
相手は恐ろしく強いバーサーカーでね…彼は首を振りながら言う。
「死んでもおかしくなかったが、俺は運よく生き残った。遺伝子がこの俺のそんなしぶとい運命まで決めたと言えるか?」
そして今は、ザフトではなくここで、おまえたちと一緒に戦ってる。
「運命なんか、生きてりゃいくらでも変えられる。俺はこうして生きてることで、運命に勝ったも同然だ」
そう言いながら、彼はメイリンの肩をバンと力強く叩いた。
「乗りたいなら乗れ。いやならやめとけ。ここでは遺伝子に適性を決めてもらう事なんかできんぞ。おまえが決めるんだ」
アスランはそれを聞いてふふっと笑った。
「確かに…そうですね」
それにしても、なんという運命のいたずらだろう…
メイリンは叩かれた肩をさすりながら、自分がザフトを追われたあの日、ジブラルタルで見送ったガイアとこうして再会した事に驚きを禁じえない。
あの時ヴィーノとヨウランも不思議がっていたガイアの宇宙への搬送は、バルトフェルド隊長に強奪されたからだったのか…メイリンは苦笑した。
(そういえば…コンテナに描かれていたのは「砂漠の虎」だったっけ)
やがてバルトフェルドがガイアを見上げている彼に改めて尋ねた。
「どうだ。否定された自分の可能性に挑んでみるか?」
メイリンはふーっと息を吐いた。
「乗ります」
踏み躙られた夢を、もう一度取り戻すため…自分の未来を、自分の手で掴むために、僕は、戦います。
「さっきのことなら何でもない。驚かせて悪かった」
彼がそう言いながら椅子に座ると、ルナマリアが心配そうに聞いた。
「一体どうしたの?」
「持病のようなものだ。気にしなくていい」
それ以上は聞くなと言わんばかりの素っ気無さで彼女に答えたものの、シンがじっと見つめている事に気づくと、レイは「なんだ?」と聞いた。
「いや…少し、驚いただけだ」
「そんなことより、その前に俺が言ったことを忘れるな」
シンもルナマリアもそれを思い出して黙り込んだ。
―― 人は、もう本当に変わらなければならない。
人が変わることで、世界もまた、変わる…
「この先何が起ころうと、誰が何を言おうと、議長を信じろ」
レイは2人を見て言った。
「世界は変わるんだ。俺たちが変える」
こんな戦いなどない、平和な世界に…
「だがそんな時には混乱の中、これまでとは違う決断をしなければならないこともあるだろう。わけがわからず逃げたくなる時もあるだろう」
かつてシンが驚いたように、ルナマリアもまた、普段は無口なレイがこれほどまでに熱心に語る姿を見るのは初めてだった。
「だが、議長を信じていれば大丈夫だ」
「議長を…」
ルナマリアはいぶかしげに呟く。
議長は確かに私たちの指導者だけど…でも…
(このプランは本当に正しいの?私たちは従っていいものなの?)
「正しいのは彼なんだからな」
「うん…まぁ、それは…そうだけど…」
迷う自分とは違い、意外にもシンがあっさりと返事をしたので、ルナマリアは少し驚いて彼を見る。
しかしシンはその後、少し声を荒げて続けた。
「だけどおまえ、何でそんなこと言うんだよ、いきなり。それじゃ、ドラマの死んでいくオヤジみたいだぞ。やめろよ」
ルナマリアはシンの言葉に呆気に取られて言った。
「何言ってるのよ、シンったら!」
「だってこんなの、まるっきり遺言みたいじゃないか」
レイは2人の会話を聞いてふっと笑った。
「実際、俺にはもうあまり未来はない」
「え?」
2人はその言葉の意味がわからず、レイを見つめた。
「テロメアが短いんだ。生まれつき」
レイは珍しく微笑んでいた。
ルナマリアが聞き慣れない言葉に首を傾げ、シンが尋ねた。
「それって…」
「俺は、クローンだからな」
「はぁぁ!?」
レイのその告白に、シンとルナマリアの息が見事に合った。
「キラ・ヤマトという、夢の、たった一人を作る資金のために、俺たちは作られた」
「キラ…ヤマト?」
レイがくるりと椅子を回して二人の方に向き直って話し出すと、ルナマリアは聞き覚えのあるようなないようなその名前を呟いた。
「キラ・ヤマト。フリーダムの…この世で最強のパイロットだってさ」
ジブラルタルで議長が教えてくれたその名を、シンはつまらなそうに伝えた。
「俺も、実際に彼に会った事はない」
レイは言う。
「だが、彼を創るためには莫大な費用が必要だった。その巨額の資金を出資したのが、俺の元になった男だ」
シンは眉を顰めた。
「…人を創るために、人を…クローンを作ったって言うのか?」
「何よ、それ…どういうこと?」
「実際には、俺自身は資金のために作られたわけではない」
レイは目線を落とした。
「資金のための『俺』は、キラ・ヤマトが生み出される前に誕生した。俺はただ『できる』という理由だけで作られた、凍結されていた胚の一つだ」
試験管の中で眠っていた胚から「作ってみた」ら、俺が産まれた…レイはふんと鼻で笑った。
「だがその結果の俺は…どうすればいいんだ?父も母もない。俺は最初に俺を作ったヤツの夢など知らない」
―― キラ・ヤマトなど…知らない…
「細胞を採取したオリジナルが年老いていたためテロメアが短く、人より早く老化し、もう、そう遠くなく死に至るこの身が、科学の進歩の素晴らしい結果だとも思えない…」
「レイ…」
ルナマリアは口を両手で覆い、彼の身に隠されていた残酷な事実をどう受け止めていいのかわからず、じわりと涙を浮かべていた。
「同情しなくてもいい、ルナマリア。俺はとっくに諦めている」
レイは彼女に言った。口調は冷淡だが、彼なりの慰めだった。
「だがもう一人の俺…最初に作られた『俺』は、この運命を呪い、全てを壊そうと戦って死んだ」
レイは遠い眼で、自分を慈しんだラウ・ル・クルーゼを思い出した。
「だが、誰が悪い?誰が悪かったんだ?」
創り出された夢の子、キラ・ヤマト?ロゴス同様、資金を提供した者?
それとも、己の欲求を満たすために彼や俺たちを生み出した者か?
わからない…俺が生まれる前に起きた事など、俺は何も知らない…
「俺たちは誰もが皆、この世界の欠陥の子だ。だからもう、すべてを終わらせて還る。俺たちのような子供がもう二度と生まれないように」
そう言ってから、レイはぽつりと呟いた。
「あの、エクステンデッドの少女…」
シンもルナマリアもそれを聞いてギクリとした。
(ステラ…)
戦うためだけに調節され、生かされていた戦闘人形。
シンは誰にも知られることなくたった一人で眠る彼女を想い、ルナマリアもまた、やつれ果て弱々しく呼吸していた美しい少女と、彼女を帰そうと命を賭けたシンの必死な姿を思い出してうなだれた。
あれもまた、盲目的に狂気に突き進んだ世界の許されざる罪業なのだ。
「あんなことを二度と繰り返さないために…俺たちのように、気まぐれに弄ばれる生命がないように…」
ルナマリアの頬を一筋の涙が伝い、シンは彼女の肩を抱いた。
レイはそんな2人を見て、なんとなく明るい表情になる。
「だから、その未来はおまえたちが守れ」
「おまえ…」
シンが言い掛けると、レイは今までになく優しく笑った。
「議長がくれる新しい世界は、おまえたちのものだ」
「一体何事だ」
国内では戦闘で傷ついた地域を廻って国民を励ましながら、国際的にはメディアに積極的に顔を出して演説していたカガリを行政府に呼び戻した首長や補佐官、外交官たちの表情は硬かった。
「代表…してやられました」
「何があった?」
モニターにはつい先ほど放映が終わったプラントのニュースの録画が映されている。カガリは最初の映像を見て少なからず驚いた。
それは見覚えのある戦艦ボギーワン…ガーティ・ルーだったのだ。
プラント政府のスポークスマンは資料を示しながら説明を続けている。
「これはザフト軍が入手した映像です。一年前、アーモリーワンの工廠が強襲され、モビルスーツが奪取されたテロ事件がありました。その時の犯人の母艦だったのが、この地球軍戦艦です」
さらに映像はガーティ・ルーが、落下したユニウスセブンの破砕現場にいたと伝えている。
かつてガーティ・ルーは、ミネルバやジュール隊の母艦であるヴォルテールやルソーがこの現場にいたという映像を放出してテロへのザフトの関与を示唆して戦争を煽ったが、この映像は逆から撮られていた。
「プラントのアーモリーワンでのモビルスーツ強奪事件に関わったのは、この地球連合軍…というより、ロゴスの息がかかった大西洋連邦が極秘に建造した新造鑑『ガーティ・ルー』でした。ユニウス条約に違反し、ミラージュ・コロイドを搭載したこの艦は、同じくロゴスのジブリールの懐刀だった第81独立部隊ファントムペインの母艦です」
そこには遠目ながら、3人の実行犯がザフト兵に手引きされ、ハンガーで警備兵と戦い、3機のモビルスーツを強奪する姿が映し出されていた。
あの現場に居合わせたカガリ自身、こんな映像が残っている事に驚き、つくづく、この事件も議長が仕組んだものなのだと確信させられる。
「また、ユニウスセブンの落下時にも、この戦艦は現場にいました。一体誰が、いつ、彼らに情報を流したのか、それはわかりませんが…」
スポークスマンは何やら意味深な事を言い、映像では強奪された3機が、破砕作業を続けながらジン・ハイマニューバ2型と戦うジュール隊や、ミネルバのインパルスや赤いザクウォーリア、白いザクファントムに襲い掛かっている。
以前とは全く逆の、「ザフトの邪魔をする連合」の構図だ。
「あまりにもタイミングよく現れたこの戦艦が、我々ザフトが必死にテロリストと戦い、危険を冒してまで破砕作業を続けた事は黙殺し、あたかもユニウスセブン落下はプラントの仕業であると言わんばかりに地球の皆さんに知らせたことは、皆さんの記憶にも新しいことでしょう」
そこには、あの時ミネルバに残ると言った自分を置いて議長が移乗したヴォルテールから撮ったのか、破片に向けてタンホイザーを撃つミネルバや、大気圏に落ちていくジンとインパルス、そしてアスランのザクまでもが映っていた。
続けて、もはや見慣れたデストロイのベルリン襲撃と、ロドニアのラボ、そしてレクイエムで破壊され、無残な姿を晒すプラントが映し出された。
「この事件…『ブレイク・ザ・ワールド』によって始まった戦争が、多くの悲惨な事態を招いた事は周知の通りです。もしもあのままなら、我々はまた、前大戦のように憎み合い、滅ぼしあったかもしれません。しかし、そうはなりませんでした」
次の映像では、議長は世界中に向けてロゴス追討を訴えていた。
「世界の真の敵、ロゴスを滅ぼさんと戦う事を、私はここに宣言します」
彼の呼びかけに続々と集結してきた各国の軍はザフトの同盟軍となり、やがてヘブンズベースで行われた苛烈な対ロゴス戦が映し出された。
「議長は常に戦争を起こそうと企む諸悪の根源、ロゴスの存在を突き止め、それを滅ぼすと宣言しました。その目的のためにならと、あれほど憎みあったナチュラルとコーディネイターが手を取り合い、長きに渡って世界を操り、戦いを煽る者を倒そうと立ち上がったのです」
―― これは、人類の勝利です!
スポークスマンの声は興奮で高まり、ヘブンズベースに掲げられた白旗は、否応なく「人類が手を取り合い、勝利をおさめた証拠」としてはためいた。
さらに最後に映ったのは、彼らに止めを刺したレジェンドのカメラが捉えたはずの、爆発する瞬間のガーティ・ルーの姿だった。
「こうして、多大な犠牲を払いながら、ようやくロゴスは滅びました」
そこから先は、つい最近、いや、今もまだ頻繁に流されている、議長のデスティニープラン導入の演説映像が流され始めたが、カガリは意図の読めないこの「議長賞賛番組」に辟易していた。
「しかし世界が平和に向けて新たなステップを踏もうとする今、その変化を阻害し、立ちはだかろうとする者たちがいるのです」
カガリはいぶかしげにその言葉を聞いていたが、やがて突然、画面に思いもかけず自分の姿が次々と映し出されたので叫んだ。
「なんだ、これは!?」
それはまさにアーモリーワンに到着した時や、司令部での議長との極秘会見、さらにはミネルバのブリッジにいる時など、自分では全く撮られた覚えのない映像ばかりだ。
無論アスランも映っており、艦にいる時は話したこともないメイリンも意味深に映されている。
「中立国を名乗りながら、連合を私物化し、武力でのプラント侵攻を推し進めた大西洋連邦と同盟を結んだ国…さらに、世界がひとつになろうとした時、議長の呼びかけに応じるどころかロゴスを匿い、それが結果的に、プラントを襲った未曾有の悲劇を呼んだのです」
(くそっ、そう来たか…!)
カガリは軽く舌打ちして立ち上がった。
「プラントがこちらの呼びかけに一切答えなかったのはこのためか…」
モニターには「ロゴス追討」を大義とするオーブ侵攻戦が映された。
インパルスのカメラが、尾翼にセイラン家の紋章が入ったシャトルが脱出する様子を捉えている。先行するインパルスに遅れてジブリールを追うムラサメが、まるでインパルスを追撃しているように見えてしまう。
「ロゴスに操られた自らの非を認めず、未だ戦いをやめない大西洋連邦。中立国の名を騙り、裏で卑劣にもロゴスと手を組んだオーブ首長国連邦」
その途端、モニターにはコープランドとカガリの姿が並んで映し出された。
「ことにオーブは、平和な世界を約束するデュランダル議長のデスティニープランをあくまでも否定し、拒否し、高い技術力と強大な武力を持って、プラントに敵対しようとしているのです」
ダーダネルスやクレタ沖でミネルバと激しく砲火を交えるオーブ艦隊や、モビルスーツ部隊が映し出される。そして肩にウズミの紋章を刻んだストライクRもクローズアップされた。
なのに肝心の、兵たちに戦いをやめるよう呼びかけるカガリの声など、もちろん流される事はない。
「一体、この国のどこが中立なのでしょうか!」
カガリがあまりにも突飛過ぎるこの「オーブ=敵性国家」論に言葉もなく呆然としていると、ついに張本人が現れた。
デュランダル議長は悲痛な面持ちで語り始める。
「私は前大戦の英雄、オーブのアスハ代表を盟友と信じていました。プラントとオーブは技術提携国であり、友好関係にあったのですから。けれど、こうして様々な映像が語るのは…各地で起きた事件の現場にはなぜかいつも代表ご自身がおられた…という不可思議な事実なのです」
デュランダルはさも哀しげに、そして残念そうに言った。
「もちろん、私も盟友である彼を疑いたくなどありません。けれど私の心にあるのは、今回の戦争に関する多くの事件に、もしやオーブが関わっていたのではという、忌むべき疑念です」
「ふざけた事を言うな、デュランダル!」
カガリの怒りが頂点に達し、拳を固めると机を殴りつけた。
「きさまの罪を、全部オーブになすりつける気か!」
「我らの大切な英雄であるラクス・クラインの偽者を使い、プラントを混乱に陥れようとしたのもオーブの策略です」
再びスポークスマンが映し出され、在りし日のミーア・キャンベルと、電波ジャックした時のカガリの隣に立つラクス本人の映像が流れる。
こうして「証拠映像」ともっともらしい説明がついてからこんなものを見せられると、「何かが起きた現場には常にカガリがいた」という印象が確かに強い。
「こんな…バカなことって…」
キラはこのあまりにも突拍子のない、けれどいやに説得力のある放映に言葉もないエターナルのブリッジで、呻くように呟いた。
ラクスは自分の電波ジャック映像を見てふっとため息をつく。
(またしてもやられたな…こちらの手までも利用するとは…)
国際的信用を落としているオーブへのデュランダルの断罪は分が悪い。
アスランもまた、自分が関わったアーモリーワンやユニウスセブンの映像を黙って見ていた。言われてしまえば、そう見えるものばかりだ。
強襲を知りながらカガリとの会見を受けたのも、いずれは利用できると思ってのことだったなら…策略で彼にかなうわけがない、とアスランは思う。
(けれど真実を知る者たちは、一体どう判断するだろう?)
「…全部、オーブの仕業って…」
レイのカミングアウトのすぐ後に始まったプラントの発表を見終わったルナマリアは驚きを隠せず、そしてシンを見た。
「まさか、そんな」
「ありえない」
シンは呟く。
アーモリーワン…ユニウスセブン…ダーダネルスとクレタ沖…現場にいた自分たちだからこそわかる。
ガイアやカオス、アビスと戦う自分を、アスランのザクは救った。
さらにユニウスセブンを破砕する時も、彼女は最後まで諦めなかった。
「それにユニウスセブンが落ちると聞いた時、あいつはヨウランが不用意に言った事に怒り、あれを破砕した俺たちをねぎらってもいた」
「それもまた、演技かもしれない。彼の思惑のための…」
レイが言うと、シンは彼を見て反論した。
「ダーダネルスでもクレタ沖でも、ヤツは戦闘をやめろと訴えてたぞ」
「だが結局、オーブは戦闘をやめなかった。おまえたちも知ってるだろ」
シンもルナマリアも顔を見合わせる。
「議長が、アークエンジェルやフリーダムを討て、裏切り者のアスラン・ザラを討てと命じたのは、根拠があっての事だった」
レイは椅子に深く腰掛けて言った。
「これで全ての事件のつじつまが合う。口では平和と言いながら、奴らがやってきたことは、自作自演の破壊行為ばかりだったんだ」
ルナマリアは言葉を失い、レイとシンを交互に見たがシンはただ黙ってレイの言葉を聞いているだけだった。
「やはり…議長は正しい」
レイはまるで老人のように溜息と共に呟き、微笑んだ。
アークエンジェルのブリッジでもこの事態にざわめきが起きていた。
アマギたちはバカな事を言うなと抗議していたが、今の議長の影響力を思うと、多くの人々には何が真実かなどどうでもいいと思えてきた。
(議長がそう言った…ただそれだけで白は黒になってしまうのだ)
アマギは拳を握り締めた。
(トダカ一佐…あなたの死までもがこんな事に利用されています)
タケミカヅチの特攻とインパルスによる撃破はザフトの正義を印象づけた。
「役割…か」
ネオは自分たちの部隊の映像を見て苦々しい顔で呟いた。
「俺たちはジブリールの駒だったが、さらにその上に、デュランダルという操り手がいたというわけだな…」
―― スティング、アウル、ステラ…
インパルスやザクと戦う彼らのモビルスーツを見ながら、ネオは言った。
「あいつらは、この世界の歪みの産物だ。生きる権利も意味も知らず、ただの殺戮人形として育てられ、言われたとおり戦って死んでいった…」
いつになく沈んだ声の彼の言葉を、クルーは皆静かに聞いている。
「そんな世界はもうごめんだが、全てを知っていながら、それらを利用して思い通りにしたヤツが操る世界なんぞ、もっとごめんだ」
「それって、もしかして彼のために奉仕する世界?」
ミリアリアが呆れたように聞く。
「神と神官の下には、眼を閉じ、耳を塞ぎ、口をつぐんだ一般市民」
「じゃ、歯向かった者はみーんな奴隷か、死刑!だね」
ノイマンの言葉にチャンドラがおどけて言う。
マリューはなんとか雰囲気を明るくしようとするクルーを見てふふっと笑い、さらに沈痛な面持ちのネオを見て微笑んだ。
(ちゃんと覚えてるんじゃない)
昔の事はもう全部忘れたよと言いながら、普段は明るく振舞うネオを見てきたマリューは、彼の心の中に残る、連合時代の深い傷と澱を思う。
(忘れちゃだめよ…)
マリューが皆に見えないように、そっと隣に立つネオの手を握った。
ネオはそれに気づくと、敢えて自分を見ないマリューの横顔を見つめる。
(その痛みも傷も、全部、私たちを支えるものなんだから)
「あのぉ、艦長…」
「だから、私に聞かないでったら!」
ミネルバのブリッジでも毎度の事ながら親指を噛み続けるタリアに恐る恐るアーサーが問いかけたが、彼女の答えもいつもと同じだった。
(開戦のきっかけになった事件に、オーブが関わっていたですって?)
タリアは強奪に巻き込まれてケガをし、艦長室でユニウスセブンが動き出したと説明した時には驚いて動揺していた彼の姿を思い出した。
スポークスマンは、代表は議長の移乗の勧めを断ってミネルバに残り、ミネルバをオーブに迎え入れておいて連合と結んで挟み撃ちにしたと非難している。
(事実にほんの少し嘘が混じるから、逆に真実に見えてしまうんだわ)
「黒に挟まれた駒は、ひっくり返って黒になる。脱出しろ。そうなる前に」
「今また二色になろうとしている世界に、本艦はただ邪魔な色なのかもしれません」
脱出を促したバルトフェルドと、投降を拒否したマリューの言葉が蘇る。
(オーブを世界の敵にして、どうしようって言うの?ギルバート)
タリアがそう思った時、ブリッジにけたたましいアラートが鳴った。
「月の裏側に、高エネルギー体発生」
インカムを抑えながらバートがてきぱきと状況を伝えた。
「え?」
タリアが思考を中断して顔を向ける。
アーサーも驚いてアビーのモニターを覗き込んだ。
「ダイダロス基地、これは…」
いつも冷静なバートも、そこまで言って思わず息を呑んだ。
「レクイエムです!」
「何ですって!?」
タリアは思わずシートから立ち上がった。
アーサーもまた艦長とモニターを見比べて叫ぶ。
「そんな馬鹿な!」
(アスハが…)
同じ頃、イザークは何度か会った事のある金色の髪の若者を思い出していた。
(諸悪の根源だなどと、議長は何を血迷っている?)
バカがつくほど単純で、無防備過ぎるほど真っ直ぐで、オーブを守る、オーブをいい国にしてみせると言うあの野郎に、世界を陥れるような真似ができるものか。
(第一…)
イザークはややムスッとしながら思う。
(ヤツの傍にいたあいつが、そんな事をさせるわけがない)
そしてアスランの、手に負えない頑固さを思い出してちっと舌打ちをした。
死んだヤツに何を言っても詮はないが…イザークの心には苦みが残る。
「イザーク!」
その時、オペレーターとインカムを共有しながらレーダーを見ていたディアッカが彼を呼び、イザークは「なんだ?」と振り返った。
「レクイエムだ」
「なんだとっ!?」
オペレーター席まで来たイザークは、ディアッカの言葉に驚いた。
「照準はどこなの?わかる?」
ミネルバでもこの突然のレクイエム発射の激震が走っていた。
バートは放たれた座標と角度から、コースを割り出す計算式を入力した。
「屈曲後、コースエリア、4から11」
「地球!?」
コースがわかっているとは思えないアーサーの声が響いたが、冷静なアビーはメイリンのように「ええっ!?」とは乗ってくれなかった。
「アルザッヘルだわ」
タリアは自身の手元のモニターで宙域図とコースを重ねて言った。
「ええっ!?では…これは、我が軍が!?」
アーサーはさらに驚いた。
何しろ、単機でのレクイエム撃破が先だってのミネルバへの命令であり、ルナマリアの活躍で見事成し遂げられたのだ。
だって、それならなんで…アーサーは戸惑いを隠せない。
「あたりまえでしょ。あそこにもう連合はいないわよ」
(大西洋連邦とオーブを非難して、間をおかずにこの攻撃…)
タリアは思惑の読めない議長を思い、親指をぎりっと噛んだ。
あんなものを撃てば多大な犠牲が出て、また戦いが始まるだろう。
(あなたの言う平和な世界には、一体いつまで戦えば辿り着けるの?)
残存の月艦隊を集めつつあったアルザッヘルでは、コープランド大統領がユーラシアや東アジア共和国、南アメリカ合衆国との通信に忙殺されていた。
しかしこれまで侮っていたこれらの国々に、世界のリーダーであるべき大西洋連邦が、今更「どうしたらいいか」などと聞くわけにはいかない。
彼には進むべき道が見えなくなっており、ただただあたふたするばかりだ。
共に議長から「混乱の原因」とされたオーブにも、ずっと連絡を入れさせているのだが、回線がパンクしているのかそれとも拒絶しているのか、チャンネルが全く繋がらない。
無論、プラントはいくら通信を入れてもなしのつぶてだった。
そのくせ大洋州やプラント寄りの国家の要望にはすぐ応じ、外交担当や国家元首とにこやかに握手をかわすデュランダルをモニターで見るたびに、大統領は苛立たしく思い、歯噛みをする。
勝てない戦争で国力も戦力も削られ、国際社会の信用も地に堕ちた。
元来肝の小さい彼にとって、叱咤激励してくれるロゴスがいない今、もはや大国の大統領を勤め上げるだけの気力は残っていなかった。
そんな彼に引導を渡す光が、基地を貫いた。
彼は昔ながらの有線の受話器をとり、そのまま光に呑まれた。
補佐官も秘書も、いや、基地にいた兵士や軍属や民間人までもが全て、月の裏側から軌道を変えて走ってきたビームに貫かれ、一体何が起きたのかもわからないままに蒸発して消滅した。
アルザッヘルは大きな爆発に包まれ、死の廃墟と化した。
人々が見上げる月に、巨大な墓標がまた増えたのだ。
ターミナルからの連絡は、無論キラたちを震撼とさせた。
「キラ」
「ミリアリア、マリューさんは?」
キラがエターナルのブリッジから通信を入れると、ミリアリアが困惑した顔で艦長を呼んだ。
「撃たれたわ、レクイエムを…」
「破壊したんじゃなかったんだな、あいつ」
ネオが呆れたように言い、キラは言葉を失った。
「これで残っていた連合の戦力も、ほぼ全滅だわ」
マリューが言うと、アスランは自分のボードに入ったハブ情報からいくつか軌道を割り出した。
「あれの破壊力も、かつてのジェネシスに劣らない。中継点の配置次第で、地球のどこでも自在に狙えるわ」
絶望のあまりかわずかな沈黙が続き、やがて全員がラクスを見つめた。
「従わねば、死…か」
ラクスは皆の視線を浴びたまましばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「議長はこれで反抗するオーブを討ち、世界への見せしめにする気だ」
「見せしめに…」
モニターの向こうのアマギたちが思わずごくりと唾を飲んだ。
「人々は悪のオーブを正義の議長が討つならと、何の痛みも感じない。そして役割どおり生きれば幸せと信じ、無限の選択肢や広がる可能性を知ることもない。それがいやだと言えば、レクイエムがどこまでも追いかけてくる」
―― 彼の望む世界は、人々の心の中に染みついた恐怖の向こう側に存在する。
「今、この世界を見捨てて屈服するか、最後まで抗って道をこじ開けるか」
ラクスはそこまで言って仲間たちの顔を見ると、「聞くまでもないね」と朗らかに笑った。
メイリンはこの時、ジブラルタルの嵐の海でアスランがシンに言った言葉を思い出していた。
「彼らの言葉はやがて世界の全てを殺す!」
あの頃はシンも自分もただ驚くばかりだったが、今となっては彼女の言葉が現実となり、逆時計となって世界の命運を計り始めたように感じられる。
キラもまた、ラクスを、アスランを、メイリンを見つめて力強く言った。
「行きましょう。オーブを守らなきゃ」
キラの言葉に、誰もが頷いた。
ストライクフリーダムがアークエンジェルに帰ると、ラクスの主導のもと、全てが急速に動き出した。
ラクスはまず、ザフトに潜伏しているクライン派の兵士を、全員脱走させるようダコスタに指示をした。
「ぜ、全員…ですか!?」
かなりの数になると思いますが…と、さすがにダコスタも青くなる。
「もう潜伏の必要はない。こちらの戦力は圧倒的に少ないのだし、できる限り兵たちを取り込んで、内部から切り崩すよう通達してくれ」
もちろん、奪取できる戦艦やモビルスーツは根こそぎいただいてね…いつものようにおどけた口調だが、ラクスの青い瞳は笑っていない。
さらにプラント各地に散るクライン派も急ぎ、集結させるよう要請する。
「キラにはオーブ艦隊を動かして防衛ラインを整えてもらおう。スカンジナビアにはオーブから共闘の要請がいくだろうから、カガリくんに任せておいて大丈夫だ。僕からも陛下に親書を送る」
それからアスランを振り返った。
「アスラン…」
ラクスはいつになく真顔で彼女の肩に手を置いた。
「すまない。今は頼むよ」
「わかってる」
アスランは身を翻すと、そのままハンガーに向かった。
さらに、バルトフェルドがアルザッヘル周辺の艦艇を指して聞く。
「連邦の生き残り部隊はどうするかね?これもカガリに任せるか?」
「いや、今はオーブと連邦の接触はできる限り避けるべきだ」
それ見たことか、オーブと連邦は結託しているとプラントにつけ入る隙を与えてしまうに違いない。とはいえ手駒の少ないこちらにとって、行き場のなくなった彼らの情報や戦力には魅力があった。
「交渉は、僕が間に入ろう。連邦に顔の利く知り合いがいる」
ラクスがファクトリー建設の資金集めのために、何度も足を運んでルートを作ったプラント寄りの南アメリカ合衆国には、彼の独自のパイプがあった。
「だがこちらの仕事とはいえ、カガリくんには一つも漏らさず全てを知らせるんだ。急げ。時間がない」
ラクスはてきぱきとバルトフェルドやダコスタに指示を続けている。
「すごい…」
的確な指示で手足のように人を動かしていく彼を見て、メイリンは今更のようにラクス・クラインのリーダーシップに舌を巻いた。
(やっぱりこの人はすごい…悲劇の英雄の名は伊達じゃないんだ)
するとバルトフェルドが彼に声をかけた。
「そこの緑服のきみ!」
「あ、はい…自分ですか?」
メイリンは慌てて艦長席に向かい、敬礼した。
「名前は何というのかね」
「メイリン・ホークであります、バルトフェルド隊長」
バルトフェルドは面白そうに彼を眺め、「何ができる?」と聞いた。
「は…あの、ミネルバではモビルスーツ管制として働いておりました」
「ふむ…しかし残念ながらこの艦では通信士は間に合っている」
メイリンはぎょっとし、「ではCICでも、索敵でも…」と食い下がった。
「いやぁ、すまんが、それも全部人手が足りているんだ」
ここもなかなか就職難でね、とバルトフェルドはにやりと笑った。
「そんな、仕事がないなんて…」
戸惑う表情の彼にバルトフェルドが言う。
「ああ、そういえば一つだけ空いている席があるんだが…」
「ど、どこです?何でもやります!整備とか、衛生…生活班でも!」
バルトフェルドはモニターを指し示した。
「では、きみはここに座りたまえ」
メイリンはそれを覗き込むと、思わず声をあげた。
「え…ええぇ!?」
メサイアのデュランダルは、全てが整った事にほっと息をついた。
世界の反応は上々だった。彼の言葉でオーブは泥沼に引きずりこまれ、もはやアスハが何を言っても人々は彼の言葉に耳を傾けようとはしないだろう。
今やプラント最高評議会議長の言葉は、人々にとって絶対のものなのだ。
ユーラシアも東アジア共和国も「静観」の立場を取ると伝えてきており、実質上「プラントが何をやっても非難しません」という意思を示した。
(しかし、それでもオーブは屈しない)
オーブ政府はプラントからの弾劾についてはもちろんすぐに否定した。
しかし、その後もこちらを非難するような声明などは出さず、今までと変わらない穏やかで静かな、けれどプラン導入は断固拒否するというアスハ代表の演説やインタビューが繰り返されていた。同時に彼は、オーブにはプラントに敵対する理由や謂れは全くないと説明し続けている。
(彼もなかなか賢い…いや、これもラクス・クラインの入れ知恵か?)
デュランダルはふんと鼻で笑った。
「せいぜい頑張りたまえ。それもあと少しで終わるのだから」
それから通信を開くと、補佐官に命じた。
「ミネルバに連絡を。レイ・ザ・バレルとシン・アスカをこちらに寄こすように言ってくれ。ああ、機体共々だ」
デュランダルはそう将官に伝え、赤い瞳の彼を待つ。
長く壮大だった彼の舞台が、いよいよ最終章を迎えようとしていた。
レイを残し、シンと共に部屋を出たルナマリアは涙を拭いた。
「レイに、あんな秘密があったなんて…」
「うん…俺も知らなかった」
テロメアが短くて、老化が早い…だから、命が短い…あんな運命を背負わされていれば、レイが新しい世界を望むのは無理もない。2人とも重苦しい空気に黙り込む。
「シン!あ、ルナもか!」
そこにヴィーノとヨウランが走ってきた。
「どうした?」
息を切らすヴィーノに代わり、ヨウランが答えた。
「…アルザッヘルが撃たれたぞ」
2人はまたしても新たな驚きに身を乗り出した。
「連合の、あの、レクイエムで!」
息を切らしながらヴィーノが続けると、ことにルナマリアが驚いた。
「何で!?誰が!?」
「基地に反抗の動きがあったんだって…」
「確かに、連合は艦隊を集結させてたようだけど…」
シンは首を振った。
「もう俺たちと戦える戦力なんかなかったはずだ」
「それより、軍はあれを直したの?」
ルナマリアは自分がコントロールを破壊し、目の前で完全に動きを止めたレクイエムを思い出しながら訊ねた。
「あんなものを…再利用するなんて…」
「変化を望まず、反抗する者がいるからだ」
彼らの後ろから、部屋から出てきたレイが言った。
「言った通りだろ?例えいいことでも、スムーズにはいかない」
今のままの方が都合がよければ、皆その安穏から出たがらない…
「議長がおまえと俺を呼んでいる。召集命令だ」
レイは続けて言った。
「次は奴らが来るぞ。アークエンジェルと、フリーダム…」
ルナマリアもヴィーノもヨウランもはっとして2人を見る。
「そして、裏切り者のアスラン・ザラが!」
「アルザッヘル、壊滅です…」
ヴォルテールでは腕組みをしたイザークに、オペレーターが告げた。
「ダイダロス基地の封鎖は、レクイエムの解体のためだって言ってたろ?」
「隊長の再三に渡る調査申し入れにも、頑として答えませんでしたね」
「解体どころか、直してたってわけだ」
ディアッカが「呆れたね」と肩をすくめると、赤服のハーネンフースも頷き、それに同意した。
(ローランめ!)
イザークはギリッと歯を食いしばった。
「レクイエムは地球を撃てるんだな」
イザークはオペレーターのモニターを覗きながら聞いた。
「はい。中継ステーションが新たに設置されていますので…」
「チャージサイクルは?」
「不明です。司令部により、極秘事項とされています」
「随分と厳重だな」
ディアッカは苦笑したが、やがて至極真面目な表情になってダイダロス基地を見つめた。
「当然…オーブだよな、次は…」
ディアッカは一度連絡があったきりの彼女を思って息をついた。
(…もしかして、オーブに戻っているんだろうか…?)
むしろ今は世界中を飛び回っていてくれた方がまだいい。
(あいつとプラントを天秤にかけるなんてできないけど…でも…)
ディアッカは誰にも聞こえないように、小さな声で呟いた。
「…ミリアリア」
言い知れぬ不安がじわりと心に広がった。
「じゃあね、レイ。気をつけて」
「おまえもな、ルナマリア。また戦場で会おう」
ブリッジに行って、しっかりねと励ます艦長と、相変わらずの人のよさで2人との別れを惜しんでくれた副長に挨拶を済ませると、レイはルナマリアと握手を交わし、先にロッカールームに向かった。
シンはミネルバに残るルナマリアと向き合った。
「FAITHは皆の模範となるべきなんだから、議長の前ではちゃんと制服の襟、留めなくちゃだめよ」
ルナマリアはシンの制服の襟を整えながら、お姉さんぶって言った。
「結局、私1人になっちゃったね…」
シンは少し寂しそうなルナマリアを見つめて「え?」と聞き返した。
「ショーンもデイルも、ハイネも…アスランとメイリン…今度はレイとシン。皆、私を置いていなくなっちゃう」
「ルナ、俺は…」
ルナマリアはふっと息をついて続けた。
「議長の言うとおり、本当にオーブが…今回の戦争に色々と関わってたなら、やっぱりアスランはスパイだったのかな…」
シンは思いがけないその言葉にぐっと詰まった。
「もしそうなら、私、あの人と戦えるわ。だってあの人が間違ってるって確信できるもの」
シンにはルナマリアのその言葉は、まるで彼女自身が自分に必死にそう言い聞かせているように思えた。
―― アスランが悪いのなら、戦える…
本当は戦いたくないけれど、そう信じることで、戦えると…
(俺たちはもう迷ってはいけないと、ルナに言ったのは俺だ)
なのに、自分自身が本当にこんな形でいいのかと思っている。
そして真実を知らないルナマリアに、自分を偽る想いで戦わせて…
(いいのか、それで?ルナにもそんな思いをさせたままで?)
俺は議長の嘘を受け入れた。自分の意思で、そうすると決めた。
(でも、ルナは…)
シンの心に、無邪気に笑うステラの姿が蘇り、朗らかに笑う可愛らしいルナマリアと重なる。
(何も知らないまま戦うんじゃ、まるで…ステラと同じだ…)
シンはきゅっと唇を結ぶと、ルナマリアを正面から見据えた。
「ルナ…アスランはスパイじゃないんだ」
「え?」
ルナマリアはいきなりそんな事を言い出したシンを見て呆気に取られた。
「アスランは…議長に殺されそうになったから逃げたんだ」
「…だって、だから、それはスパイだったからでしょ?あの人が…」
「違う」
戸惑うルナマリアに、シンは首を振った。
「議長は不要になったアスランを切り捨てた。あいつはフリーダムを、アークエンジェルを信じてたから…議長は…間違ってると気づいたから」
「え…シン…?なにを…」
ルナマリアの頭は大混乱だ。
(議長が間違ってる?アスランはそれに気づいたって…)
思いもかけない上に、情報量が多すぎて処理がしきれない。
「メイリンは…あいつはアスランを助けようとして巻き込まれただけだ」
ルナマリアはもはや何も言わず、驚愕の表情でシンを見つめている。
シンは彼女の両肩をつかみ、まるで言い訳するように必死に続けた。
「2人ともスパイじゃないし、裏切ったわけでもない。だから…俺は…」
「……して…」
ルナマリアの声に、シンははっとした。
「…ど…して…黙ってたの…?今まで…」
「ルナ…」
シンは唾を飲もうとしたが、口の中はカラカラだった。
「言えなかった…言わなきゃと思ったのに、言えなかった…」
「嘘つきっ!!」
ルナマリアはそう叫ぶと、勢いよくシンの腕を振りほどいた。
シンは一瞬よろめいたが、すぐに体を立て直して言った。
「ルナ、ごめん!でも俺…」
「嘘つきっ!知ってたくせに黙ってたなんて!」
ルナマリアは後退りながらシンを睨みつけた。
あの人に裏切られたと思って…弟を奪われたと思って…
アスランと戦うと決めたのに…シンと共に戦うと決めたのに…
今さら、彼女は裏切ったんじゃないなんて言われたって…
「私が…どんなに…」
ルナマリアの大きな瞳に、見る見る涙が溜まる。
(シンが…私に嘘をついてた…)
実際にはシンは嘘をついたのではなく、「真実を告げなかった」だけなのだが、どちらにせよ真実を知らなかったルナマリアは、「自分は知らず、シンは知っていた」という事実に深く傷ついていた。
「ルナ…待…」
「最低よ!」
ルナマリアは踵を返し、そのまま走り去った。
残されたシンは、彼女を引きとめようと腕を伸ばしたまま、呆然と立ち尽くしてしまった。
(当然だ…こんなの、当然だ…)
バルトフェルドと共にハンガーにやってきたメイリンを見て、アスランは「どうしたんですか?」と2人に声をかけた。
「いやぁ、彼はパイロット候補生だったんだろ?せっかくだから、僕の機体を譲ろうと思ってね」
アスランはバルトフェルドが指差した機体を見て驚いた。
「ガイアを…メイリンに?」
やや心配そうな顔をするアスラン同様、メイリンも言った。
「あの、でも僕は…適性がないって…」
モビルスーツに乗るのは命懸けだ。
遺伝子のセレクションが自分には無理だと言っているのに、逆らって乗ったりしたら…いざとなると少し腰が引けている自分が情けない。
「そんなもの、覆してやればいい」
バルトフェルドは豪快に笑った。
「この体を見たまえ。名誉の負傷で義手、義足、隻眼だ」
相手は恐ろしく強いバーサーカーでね…彼は首を振りながら言う。
「死んでもおかしくなかったが、俺は運よく生き残った。遺伝子がこの俺のそんなしぶとい運命まで決めたと言えるか?」
そして今は、ザフトではなくここで、おまえたちと一緒に戦ってる。
「運命なんか、生きてりゃいくらでも変えられる。俺はこうして生きてることで、運命に勝ったも同然だ」
そう言いながら、彼はメイリンの肩をバンと力強く叩いた。
「乗りたいなら乗れ。いやならやめとけ。ここでは遺伝子に適性を決めてもらう事なんかできんぞ。おまえが決めるんだ」
アスランはそれを聞いてふふっと笑った。
「確かに…そうですね」
それにしても、なんという運命のいたずらだろう…
メイリンは叩かれた肩をさすりながら、自分がザフトを追われたあの日、ジブラルタルで見送ったガイアとこうして再会した事に驚きを禁じえない。
あの時ヴィーノとヨウランも不思議がっていたガイアの宇宙への搬送は、バルトフェルド隊長に強奪されたからだったのか…メイリンは苦笑した。
(そういえば…コンテナに描かれていたのは「砂漠の虎」だったっけ)
やがてバルトフェルドがガイアを見上げている彼に改めて尋ねた。
「どうだ。否定された自分の可能性に挑んでみるか?」
メイリンはふーっと息を吐いた。
「乗ります」
踏み躙られた夢を、もう一度取り戻すため…自分の未来を、自分の手で掴むために、僕は、戦います。
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制作裏話-PHASE48②-
元気になったレイが「俺はクローンだからな」とカミングアウトします。
本編ではこれを聞いたのはシンのみで、ルナマリアがそれを知っていたのかどうかはわからないままなのですが、逆転ではどうしてもルナマリアにこの事実を知っていてもらいたかったので同席させました。これはもちろん最終回を見越しての演出であり、それ以外にもレイが新世界を「未来を紡いでいく」二人に託すという描写が欲しかったのです。
逆転はこの後、クローンであるレイが生み出された理由や、キラ・ヤマトという夢の子についても言及します。実はこれ、PHASE49である「レイ」の展開なんですね。でも流れからすると、これって別に回想にしなくても…と思い、ここに入れてみました。メンデルの資料は逆種で持ち出され、残ったものもデュランダルに全て処分されているとしたので、レイは詳細は知りませんし、知りたいとも思っていません。過去を振り返ると辛いことばかり(という設定)ですからね、レイは。さらに会った事のないキラのことは当然「男」だと思っています。ここが逆転の苦しいところですが、最終回では大きな改変を加えるついでにこの「わかっていない」ことを逆手にとってみました。
それにステラの話も、彼女が捕虜になった時にルナマリアともちゃんと絡めておいたので、ここでは2人ともどんよりさせられました。まぁこれは伏線と言うよりも「ラッキー!」という感じでしたが。
そしてここからが大改編の始まりです。
ここは実は、本編が大好きなバンクを多用し、総集編を取り入れてやろうという試みです。
何しろ本編では、まず議長がこの流れに持ってきた工作の全容がわからない。ラクスの暗殺と、デストロイとレクイエムの情報を握っていたらしいことはわかっていますが(あとロドニア)、それとミネルバの紛争裁きがどう結びつくのか、描写不足でわからない。さらに、それでも一応「周到で慎重」にやってきたようには見えるのに、「プランに反対した」というだけでオーブをレクイエムで狙うぞというキチガイじみた脅し…
駆け足過ぎてわけのわからない展開は「無駄な話やってるから」「脚本の練りこみが悪いから」「バンク多用して時間稼ぎなんかするから」といくらでも悪態が出てきます。
しかしそうとばかり言ってもいられません。逆転はあくまでも本編準拠ですから、この後シンとレイがキラとアスランと戦うという展開に持っていかねばなりません。ならばせめて、両者の対立をしっかり描いておきたいではありませんか。
まず議長の暗躍については、逆転では早いうちからラクスが探りをいれ、裏を取り、ほぼ証明されています。
オーブについては、このPHASEの前半でカガリに議論をさせ、プランに反対する理由を明確にしています。
しかしこれではまだレクイエムを撃つ動機としては弱すぎる。
そこでいまや世界を掌握しているといっていいデュランダルが、水面に「オーブが全ての元凶である」という石を放り込む、という展開を考えました。
アーモリーワンでの強奪時、それを知っていながらなぜあんな時にカガリの極秘訪問を受けたのか…PHASE46でアスランが疑問に思わせたのは、ここで利用するためでした。
もはやジブリールもコープランドもいない今、連合…というより連邦を擁護する者などいません。ファントムペインも事実上空中分解していますから、証人などいないのです。
言いたい放題のプラントメディアは、戦いの最中には常にオーブがいて、アスハがいたとアジります。
何しろオーブは確かにずっとプラントと戦い続けていましたし、不本意ながらジブリールを匿ってしまいました。旗色は悪く、せっかく国際協調を基盤に各国と関係を結びなおそうとしていたカガリの努力も徒労に終わってしまいました。
こうしてデュランダルが以前「別の手段で」と言っていた「オーブとの『交渉』」は、議長の思惑通りになりました。
もともとミーアを使って大衆を操る事を考えるようなメディア戦略に長けた議長の事ですから、この方法はオーブを孤立させる絶大な効果を上げます。
そしてまた面白いことに、孤立無援となったことでオーブ…即ちキラたちが戦う道を選ぶ、という流れに持っていけました。
もともと「えっ?尺が足りないからっていきなりレクエム!?」と視聴者置き去りの作品ですから、全てが中途半端なのですが、せめてこんな展開なら、少なくともキラたちには「戦う理由」があると示せるのではないかと思っての改変でした。
そしてこの事をシンもわかっています。レイに論破されてしまっても、前編で心のどこかでオーブがプランに従わないと決めたことにホッとしたシンは、オーブが戦争の元凶だなどと言うことはないと信じています。こうしたシンの内的宇宙が示されないので、最終回周辺はホント、シンはお飾りでしかなく、だからEDのキャストで「キラ、アスラン、シン」の順になっちゃうんですよ。なんだそれ、酷すぎるだろー!
一方、ここでは本編でかろうじてスティングたちの回想だけはしてくれたネオに、自分の想いを語ってもらいました。忘れたくても、忘れていない…彼らを覚えているネオを見て、マリューが励ますように手を握ります。
タリアもまたカガリと接触していますから、未熟ではあるけれど真っ直ぐな彼の人柄を思い出し、さらに本編ではありませんでしたがバルトフェルド、マリューを思い出してもらいました。
こうして再び揺らいでいく世界をカガリと議長を対比させながら描くことで示そうとしたのは、皆が「そんなはずがない」と思っても、世界は安易な方向に流れてしまう…そんな危うい世界であっても、守りたいと願ったからキラは今も戦っている…そう描き続けてきた逆転のテーマ、即ちアスランが探す「何と闘わなければならなかったか」という答えなのです。
議長が目指し、シンが望む「平和な新世界」とは、反抗も抵抗も許されない「死の世界」でもあると、ラクスはここではっきりと告げます。本編ではこのあたりが抽象的で、彼女の言葉はサッパリ意味がわかりませんので、ラクスのセリフはほぼ全部創作です。
逆に、PHASE37でシンに討たれそうになるアスランが言った「議長の言葉が世界を殺す」というセリフについては本編では全く生かされずに「錯乱したアスランの暴言」で片付けられましたが、本編の彼がこの事を見越していた…ようには見えませんけど、まぁとりあえずアスランのジャッジの優秀さを示すという点ではうまく生かせたと思います。
ローランの動きが怪しいと睨んでいたイザークは、案の定の結果に頭が沸騰しそうです。しかしディアッカはつい心配してしまうのです。プラントが敵視するオーブは彼女の故郷であり、もしそんなものが撃たれ、彼女がそこにいたら…というわけで、名前を呟いてもらいました。ディアッカの物語がここで動き始めたということです。
PHASE49はシンとレイがメサイアにいる(まだガンダムに乗らん主人公)シーンから始まってしまったので、逆転では仲間との絆を示すためシンとレイがブリッジに挨拶に来ます。そしてルナマリアが彼の身支度を整え、アスランへの想いを語るのです。
オーブが悪いと議長は言った…なら、オーブに逃げたアスランも悪い…
そうです、ルナマリアを同席させたのは、本編では愚かでしかなかったシンの役割を担ってもらうためでした。
けれど逆転のシンはここでまた葛藤します。
アスランがスパイではないことを、シンは知っています(PHASE36で「つくならマシな嘘をつけ」と笑うのはそのためでした)
アスランの脱走時、本編ではなぜだか現場にいなかったシンを当事者にしたのはこのためです。
そのおかげで、シンはあの脱出劇がなぜ起きたのかを知っているんですから、メイリンがただ巻きこまれただけと言うのもそりゃわかりますよね。
しかしそれを聞いたルナマリアはショックを隠せません。若い女の子らしく、真実がどうだったかを検証するのではなく、ショックのあまりシンに当たってしまいます。シンが嘘をついていたとなじるのです。嘘じゃないんです。本当の事を言わなかっただけなんです(この言い訳は女性にはほとんど通用せんぞ男性諸君)
シンもまた、真実を知らずに盲目的に戦う彼女は、まるで何も知らずに戦っていたステラのようだと思い、震撼します。自分の意思で、思考で決める…逆転のシンは常にこうしてきたからこそ、ルナマリアも当然そうやって自分の意志で決めて然るべきだと思うわけです。
しかしこれはうまくいかず、ここで主人公とヒロインが決裂してしまいます。同じPHASEでもキスしまくりでラブラブ出撃だった逆種とは違い、シンは肝心な時に喧嘩別れしてしまうのです。シンの運命の過酷さと、彼を立ち直らせた「他人との絆」を示すいい演出じゃないでしょうか。
これはぜひ書きたかったので満足です。最終回の展開によって再び2人の絆が結ばれ、嘘のない関係になるためには、キャラに泥を被らせるのも必要な演出だと思います。PHASE36で銃を向け合う「シンVSアスラン」、PHASE40でアスランを殺したとなじる「ミーアVSシン」を描いたのも、ルナマリアに真実を伝えなければと思う後押しになるわけです。
これらは、本編であまりに無知で、愚かで、考えなしの可哀想な主人公に「されてしまった」操り人形のシン・アスカ…放映前のDESTINYのイメージボードで見た、暗い表情でこちらを睨む、銃を持った彼への私からのプレゼントでもあります。
そして最後に動き出すのはメイリンのドラマです。
ラクスの指揮官ぶりに驚いている彼がバルトフェルドに与えられた席は、なんとガイアのコックピットでした。
本編のメイリンはそのまま通信士ですが、逆転ではもうひと捻り加えてやろうと思い、強奪されたガイアを譲り受け、なおかつ姉と直接戦うとしました。これはまさしくガンダムらしいドラマです。
本編では後半は特に空気と化していたバルトフェルドには、「いい大人」になってもらいました。
自分自身が運命に抗った結果だと言い、メイリンの後押しをします。やがてメイリンは「乗ります」と宣言し、ついに念願のパイロットになったのでした。
とにかく言い訳と全然あってないつじつま合わせに終始して動きのない話なので、ここまで大胆にアレンジするのはなかなか難しかったです。しょーもない話でも、演出によってはなんとか盛り上げられるのではないかという証になっていたらいいなぁと思います。
本編ではこれを聞いたのはシンのみで、ルナマリアがそれを知っていたのかどうかはわからないままなのですが、逆転ではどうしてもルナマリアにこの事実を知っていてもらいたかったので同席させました。これはもちろん最終回を見越しての演出であり、それ以外にもレイが新世界を「未来を紡いでいく」二人に託すという描写が欲しかったのです。
逆転はこの後、クローンであるレイが生み出された理由や、キラ・ヤマトという夢の子についても言及します。実はこれ、PHASE49である「レイ」の展開なんですね。でも流れからすると、これって別に回想にしなくても…と思い、ここに入れてみました。メンデルの資料は逆種で持ち出され、残ったものもデュランダルに全て処分されているとしたので、レイは詳細は知りませんし、知りたいとも思っていません。過去を振り返ると辛いことばかり(という設定)ですからね、レイは。さらに会った事のないキラのことは当然「男」だと思っています。ここが逆転の苦しいところですが、最終回では大きな改変を加えるついでにこの「わかっていない」ことを逆手にとってみました。
それにステラの話も、彼女が捕虜になった時にルナマリアともちゃんと絡めておいたので、ここでは2人ともどんよりさせられました。まぁこれは伏線と言うよりも「ラッキー!」という感じでしたが。
そしてここからが大改編の始まりです。
ここは実は、本編が大好きなバンクを多用し、総集編を取り入れてやろうという試みです。
何しろ本編では、まず議長がこの流れに持ってきた工作の全容がわからない。ラクスの暗殺と、デストロイとレクイエムの情報を握っていたらしいことはわかっていますが(あとロドニア)、それとミネルバの紛争裁きがどう結びつくのか、描写不足でわからない。さらに、それでも一応「周到で慎重」にやってきたようには見えるのに、「プランに反対した」というだけでオーブをレクイエムで狙うぞというキチガイじみた脅し…
駆け足過ぎてわけのわからない展開は「無駄な話やってるから」「脚本の練りこみが悪いから」「バンク多用して時間稼ぎなんかするから」といくらでも悪態が出てきます。
しかしそうとばかり言ってもいられません。逆転はあくまでも本編準拠ですから、この後シンとレイがキラとアスランと戦うという展開に持っていかねばなりません。ならばせめて、両者の対立をしっかり描いておきたいではありませんか。
まず議長の暗躍については、逆転では早いうちからラクスが探りをいれ、裏を取り、ほぼ証明されています。
オーブについては、このPHASEの前半でカガリに議論をさせ、プランに反対する理由を明確にしています。
しかしこれではまだレクイエムを撃つ動機としては弱すぎる。
そこでいまや世界を掌握しているといっていいデュランダルが、水面に「オーブが全ての元凶である」という石を放り込む、という展開を考えました。
アーモリーワンでの強奪時、それを知っていながらなぜあんな時にカガリの極秘訪問を受けたのか…PHASE46でアスランが疑問に思わせたのは、ここで利用するためでした。
もはやジブリールもコープランドもいない今、連合…というより連邦を擁護する者などいません。ファントムペインも事実上空中分解していますから、証人などいないのです。
言いたい放題のプラントメディアは、戦いの最中には常にオーブがいて、アスハがいたとアジります。
何しろオーブは確かにずっとプラントと戦い続けていましたし、不本意ながらジブリールを匿ってしまいました。旗色は悪く、せっかく国際協調を基盤に各国と関係を結びなおそうとしていたカガリの努力も徒労に終わってしまいました。
こうしてデュランダルが以前「別の手段で」と言っていた「オーブとの『交渉』」は、議長の思惑通りになりました。
もともとミーアを使って大衆を操る事を考えるようなメディア戦略に長けた議長の事ですから、この方法はオーブを孤立させる絶大な効果を上げます。
そしてまた面白いことに、孤立無援となったことでオーブ…即ちキラたちが戦う道を選ぶ、という流れに持っていけました。
もともと「えっ?尺が足りないからっていきなりレクエム!?」と視聴者置き去りの作品ですから、全てが中途半端なのですが、せめてこんな展開なら、少なくともキラたちには「戦う理由」があると示せるのではないかと思っての改変でした。
そしてこの事をシンもわかっています。レイに論破されてしまっても、前編で心のどこかでオーブがプランに従わないと決めたことにホッとしたシンは、オーブが戦争の元凶だなどと言うことはないと信じています。こうしたシンの内的宇宙が示されないので、最終回周辺はホント、シンはお飾りでしかなく、だからEDのキャストで「キラ、アスラン、シン」の順になっちゃうんですよ。なんだそれ、酷すぎるだろー!
一方、ここでは本編でかろうじてスティングたちの回想だけはしてくれたネオに、自分の想いを語ってもらいました。忘れたくても、忘れていない…彼らを覚えているネオを見て、マリューが励ますように手を握ります。
タリアもまたカガリと接触していますから、未熟ではあるけれど真っ直ぐな彼の人柄を思い出し、さらに本編ではありませんでしたがバルトフェルド、マリューを思い出してもらいました。
こうして再び揺らいでいく世界をカガリと議長を対比させながら描くことで示そうとしたのは、皆が「そんなはずがない」と思っても、世界は安易な方向に流れてしまう…そんな危うい世界であっても、守りたいと願ったからキラは今も戦っている…そう描き続けてきた逆転のテーマ、即ちアスランが探す「何と闘わなければならなかったか」という答えなのです。
議長が目指し、シンが望む「平和な新世界」とは、反抗も抵抗も許されない「死の世界」でもあると、ラクスはここではっきりと告げます。本編ではこのあたりが抽象的で、彼女の言葉はサッパリ意味がわかりませんので、ラクスのセリフはほぼ全部創作です。
逆に、PHASE37でシンに討たれそうになるアスランが言った「議長の言葉が世界を殺す」というセリフについては本編では全く生かされずに「錯乱したアスランの暴言」で片付けられましたが、本編の彼がこの事を見越していた…ようには見えませんけど、まぁとりあえずアスランのジャッジの優秀さを示すという点ではうまく生かせたと思います。
ローランの動きが怪しいと睨んでいたイザークは、案の定の結果に頭が沸騰しそうです。しかしディアッカはつい心配してしまうのです。プラントが敵視するオーブは彼女の故郷であり、もしそんなものが撃たれ、彼女がそこにいたら…というわけで、名前を呟いてもらいました。ディアッカの物語がここで動き始めたということです。
PHASE49はシンとレイがメサイアにいる(まだガンダムに乗らん主人公)シーンから始まってしまったので、逆転では仲間との絆を示すためシンとレイがブリッジに挨拶に来ます。そしてルナマリアが彼の身支度を整え、アスランへの想いを語るのです。
オーブが悪いと議長は言った…なら、オーブに逃げたアスランも悪い…
そうです、ルナマリアを同席させたのは、本編では愚かでしかなかったシンの役割を担ってもらうためでした。
けれど逆転のシンはここでまた葛藤します。
アスランがスパイではないことを、シンは知っています(PHASE36で「つくならマシな嘘をつけ」と笑うのはそのためでした)
アスランの脱走時、本編ではなぜだか現場にいなかったシンを当事者にしたのはこのためです。
そのおかげで、シンはあの脱出劇がなぜ起きたのかを知っているんですから、メイリンがただ巻きこまれただけと言うのもそりゃわかりますよね。
しかしそれを聞いたルナマリアはショックを隠せません。若い女の子らしく、真実がどうだったかを検証するのではなく、ショックのあまりシンに当たってしまいます。シンが嘘をついていたとなじるのです。嘘じゃないんです。本当の事を言わなかっただけなんです(この言い訳は女性にはほとんど通用せんぞ男性諸君)
シンもまた、真実を知らずに盲目的に戦う彼女は、まるで何も知らずに戦っていたステラのようだと思い、震撼します。自分の意思で、思考で決める…逆転のシンは常にこうしてきたからこそ、ルナマリアも当然そうやって自分の意志で決めて然るべきだと思うわけです。
しかしこれはうまくいかず、ここで主人公とヒロインが決裂してしまいます。同じPHASEでもキスしまくりでラブラブ出撃だった逆種とは違い、シンは肝心な時に喧嘩別れしてしまうのです。シンの運命の過酷さと、彼を立ち直らせた「他人との絆」を示すいい演出じゃないでしょうか。
これはぜひ書きたかったので満足です。最終回の展開によって再び2人の絆が結ばれ、嘘のない関係になるためには、キャラに泥を被らせるのも必要な演出だと思います。PHASE36で銃を向け合う「シンVSアスラン」、PHASE40でアスランを殺したとなじる「ミーアVSシン」を描いたのも、ルナマリアに真実を伝えなければと思う後押しになるわけです。
これらは、本編であまりに無知で、愚かで、考えなしの可哀想な主人公に「されてしまった」操り人形のシン・アスカ…放映前のDESTINYのイメージボードで見た、暗い表情でこちらを睨む、銃を持った彼への私からのプレゼントでもあります。
そして最後に動き出すのはメイリンのドラマです。
ラクスの指揮官ぶりに驚いている彼がバルトフェルドに与えられた席は、なんとガイアのコックピットでした。
本編のメイリンはそのまま通信士ですが、逆転ではもうひと捻り加えてやろうと思い、強奪されたガイアを譲り受け、なおかつ姉と直接戦うとしました。これはまさしくガンダムらしいドラマです。
本編では後半は特に空気と化していたバルトフェルドには、「いい大人」になってもらいました。
自分自身が運命に抗った結果だと言い、メイリンの後押しをします。やがてメイリンは「乗ります」と宣言し、ついに念願のパイロットになったのでした。
とにかく言い訳と全然あってないつじつま合わせに終始して動きのない話なので、ここまで大胆にアレンジするのはなかなか難しかったです。しょーもない話でも、演出によってはなんとか盛り上げられるのではないかという証になっていたらいいなぁと思います。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
2011/5/22~2012/9/12
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