機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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だって、オーブは戦争をしないと決めたんだ。
ナチュラルもコーディネイターも、一緒に暮らせる国を造ろうって皆で決めて、一生懸命頑張ってるんだから。
少年は画面の中の戦争をもう一回チラッと見て、再び駆け出した。
戦争なんて、バッカみたい。
ゲームならカッコいいし面白いけど、本物なんかバッカみたい。
バッカみたい…
(あれは…俺?)
何も知らなかった頃の…アークエンジェルとストライクがザフトと戦う映像を見て、戦争を映画かゲームでも見ているような気になっていた…俺だ。
幸せだった…怖いものなんか何もなくて。
ベッドに入れば、明日は必ずやってくるもので。
マユと喧嘩しても、ちょっとからかえばご機嫌が直って。
未来は果てしなく広がってて…自由で…どこまでも自由で…
ナチュラルもコーディネイターも、一緒に暮らせる国を造ろうって皆で決めて、一生懸命頑張ってるんだから。
少年は画面の中の戦争をもう一回チラッと見て、再び駆け出した。
戦争なんて、バッカみたい。
ゲームならカッコいいし面白いけど、本物なんかバッカみたい。
バッカみたい…
(あれは…俺?)
何も知らなかった頃の…アークエンジェルとストライクがザフトと戦う映像を見て、戦争を映画かゲームでも見ているような気になっていた…俺だ。
幸せだった…怖いものなんか何もなくて。
ベッドに入れば、明日は必ずやってくるもので。
マユと喧嘩しても、ちょっとからかえばご機嫌が直って。
未来は果てしなく広がってて…自由で…どこまでも自由で…
「シン…シン…」
誰だろう…俺を呼ぶのは…
「…どうしたの…?」
どうもしないよ…ただ、なんだか体が動かない…
「シン…」
…聞いた事のある声だ…
「ねぇ、シン」
(俺の…大切な…)
シンがゆっくり眼を開くと、そこに声の主がいた。
「……ルナ…?」
彼女は泣きながら微笑むと、膝の上のシンを抱き締める。
「シン…よかったぁ、シン…」
ルナマリアは、デスティニーに庇われて月面に着陸したインパルスから飛び出すと、ボロボロのコックピットからシンを助け出した。あれだけモビルスーツが破壊されているのに、シンにはほとんど怪我がなかった。
ルナマリアは気を失っているシンに膝を貸しながら、アスランが自分たちに致命傷を与える気がなかったこと、自分が軽々しい行動で招いた危機を回避しようと、自らの機体を傷つけて守ってくれたことを静かに思い返していた。
シンが身を起こすと、暗闇に向けて放たれた光が眼に入った。
「あれは…?」
「レクイエムよ」
ルナマリアがシンを支えながら言った。
「オーブは、討たれなかった」
シンは黙ってそれを見つめていた。
やがて永遠に輝き続けるのではないかと思うほど激しく噴出していた光は、静かにエネルギーの放出を終えた。
後にはただ、沈黙があった。
誰も知らない場所に、1人だけ取り残されたような寂寥感があたりを包んだ。
(世界に…たった1人…あの時のように…)
けれど、横を見ればルナマリアがいた。
ルナマリアは優しく笑っている。
(ああ…俺が何より好きな、こいつの明るい笑顔だ…)
「ルナ…ごめん」
シンの口からは素直に謝罪の言葉が出た。
「俺…おまえに……嘘を…」
「嘘なんか…」
「違うんだ」
ルナマリアが首を振って否定しようとすると、逆にシンが遮った。
「…俺は…もう、何かをなくすのがいやで…俺の家族みたいに、ある日突然目の前からなくなっちゃうのが…すごくいやで…」
シンは少し俯いて語り始めた。
「なくして、あんなに辛い思いをするなら………もういらない…」
「シン…」
「初めから何もいらない。そう思ってたはずなのに…」
シンの心には、家族を失い、心に傷を負った嵐のような日々と、まだ刺々しく攻撃的だった、アカデミーに入学した頃の自分が過ぎった。怒りや暴力、破壊と亡失感に苛まれた…だがそこにはルナマリアがいて、レイがいて、ヨウラン、ヴィーノ、メイリンがいた。彼らと過ごした日々が温かく、そして楽しい思い出として蘇る。
「…いつの間にか、俺の周りには…なくしたくないもんが一杯で…」
素直な想いを吐露するシンの瞳から、一筋の涙が月の重力に引かれて流れた。
「だから言えなかった…おまえが怒って……いなくなるかもって思ったら…」
「バカね」
ルナマリアはもう一度優しくシンを抱き締めた。
「そんなわけないじゃない」
ディオキアで初めてシンの辛い過酷な過去を聞いたあの時、抱き締めてあげたいと思っても、人との接触を恐れる彼にそれはできなかった。けれど今はこうして触れ合える…ルナマリアにはそれが何よりとても嬉しかった。
「私こそ、ごめんね」
ルナマリアはシンの背中をそっと撫でながら言った。
「戦いの邪魔しちゃって、シンを危ない目にあわせて」
「いいんだ。どうせ負けてた」
落ち着いたシンは彼女を放すと、改めてルナマリアを見つめた。
「何よりおまえが無事でよかった」
そしてポツリと呟いた。
「…悔しいけど…あいつ、やっぱ強いよ…」
「うん…そうだね」
自身もアスランと戦い、敗れたルナマリアも頷く。
シンは再び黙り込んだ。
「あいつに、本当に欲しかったのは何だって聞かれたよ」
やがてまたシンは言う。
「俺、うまく答えられなくてさ。咄嗟に『力だ』って答えたけど、本当は…俺が本当に望んでたのは…」
「平和で、温かくて、優しい世界」
ルナマリアが静かに答えたので、シンは驚いて彼女を見つめた。
「わかるよ。シンが一番、何を欲しがってるかなんて」
くすっと笑いながら彼女が言う。
「それに、シンはそれがどこにあるか知ってたはずよ」
「ルナ…」
「だってあなたは、オーブの子だもの」
(バカな…なぜ…)
オーブの滅亡と戦いの終結を信じていたデュランダルは、レクイエムが破壊されたという報に動揺を隠せなかった。
ネオ・ジェネシスを撃つまでは、形勢はまだどちらにも傾く可能性があった。むしろプラント有利だったといえる。けれど残念ながら、彼の最後の手は詰めが甘すぎた。
デュランダルの攻撃ターンに耐えに耐えながら、フリーダムやジャスティスを上手に使って凌ぎ抜き、追い風に変わるのを待っていたラクス・クラインは、戦況が変わったと見るや一気に攻勢に転じている。
アスランとネオによるレクイエム撃破は当然ながらオーブ軍やクライン派の士気を挙げ、ミーティアを装着したキラはもはや向かうところ敵なしの状態で、1人でメサイアを破壊していた。メサイアを守るシールドを発生させていた防御帯も一切の手加減なくソードで切り裂いて、剥き出しになった外部をビームで破壊して廻った。
「こちら、ストライクフリーダム。メサイアに告ぐ。これより港口を破壊します。退避を急いでください」
キラは破壊前に必ず勧告を行い、モビルスーツやランチがアリの子を散らすように出て行った後、ビーム砲を撃った。
「シールド、消滅!」
「フリーダム、来ます!その後方にエターナル!」
司令室のオペレーターももはや逃げ腰だった。
キラは港口を破壊し、ハンガーを破壊した後、内部に侵入してビームをぶっ放しているのだ。中に入られてはさしもの要塞もあっという間に破壊が進み、兵たちは緊急脱出口へと急いだ。
何人かは極刑もへったくれもないとばかりに敵前逃亡し、歯抜けのようになった司令室のモニターには、悪鬼の如く要塞内で暴れまわるフリーダムと、残弾全てを要塞に向けてぶち込むつもりかと思うほどの攻撃をしてくるエターナルが映し出されている。
司令室も彼らの徹底的な破壊の餌食となり、あちこちで爆発を起こし始めた。パネルに激しいプラズマが走り、驚いた1人が逃げ出すと、皆慌ててその後を追った。
黒服の将校や国防委員会の委員はデュランダル議長を脱出させようと必死だった。
何もかもが混乱に陥り、メサイアの命運は今、尽きようとしていた。
「ああ!艦長、メサイアが!」
ミネルバのブリッジでアーサーが叫んだ。
モニターで見るまでもなく、破壊の様子はもはや視認でも確認できる。
メサイアはあちこちで激しい爆発を起こし、格納されていた友軍機が、難破する船から逃げ出すねずみのようにわいて出て来た。タリアはそれを見て、この戦闘行為自体が終わったことを悟った。
「本艦の戦闘は終わりよ。総員、退艦」
「…はい…」
タリアの穏やかな命令に、アーサー以下クルーは敬礼をもって答えた。
中には敗北を思ってか、それとも艦を思ってか、すすり泣く者もいる。
(でも、みんな生きてるわ…)
タリアはブリッジクルーを見て微笑んだ。
「生きていれば何とかなるわよ。さ、準備して!」
彼女の持ち前の気風のいい明るい声に、クルーも「はい」と答えた。
そんな、月面に不時着したミネルバを見つめている者がいた。
マリューは破壊され、動けなくなったミネルバを見て敬礼した。
(グラディス艦長…)
ほんのわずかなふれあいだったけれど、オーブで共に過ごした温かい時間が蘇る。
(お茶を飲んで、とりとめもない話をして…)
ナタルと、いつかそうできればいいと願っていた時間を、どこか彼女に似て、どこか自分に似ているタリアと過ごす事ができた。それはとても幸せだったと改めて思う。
(いつの日かまた、お会いできる事を心から願いますわ)
タリアの発破で少しだけ元気になったブリッジクルーたちが、忙しげに退艦の準備を進めている中、タリアはアーサーを呼んだ。アーサーは「なんでしょう?」とやってきた。
タリアはすまなそうな顔をして、小さな声で囁いた。
「…本当に申し訳ないことなんだけど…あとを頼める?アーサー」
「は?」
アーサーはきょとんとして艦長の顔を見つめた。
「いや、でも、艦長」
「私…行かなくちゃ…」
「え?あ…はい」
艦長が退艦の指揮を投げ出すなど考えられない事だが、アーサーは思い当たって口をつぐんだ。
(行くつもりなんだ…デュランダル議長のところへ…)
彼らの関係は、ミネルバに配属される前から公然の噂だった。配属が決まってからは、噂ではなかったのだといやでも知れた。
けれど議長はいつもいるわけではないし、艦長は優秀で艦の職務には支障がない。それなら別にいいんじゃないかなと、持ち前の育ちのよさと大らかさでアーサーは容認していた。
「あなたにはいつもいつも、甘えさせてもらったわね」
「そんな、艦長…」
彼でなければ、国家元首と不倫をしている女を艦長などと呼ぶ副長はいなかったかもしれない…タリアもそれをよく知り、深く感謝していた。そして眼の前でなんとも困ったような顔をしている、見るからに人のよさそうな青年に別れを告げた。
「今までありがとう、アーサー。みんなをお願い。本当に…ごめんなさい」
そっとブリッジを出て行くタリアの後姿を見送り、アーサーは再び敬礼した。
「ルナ、行こう」
「え?」
突然シンが言ったので、ルナマリアは驚いて聞き返した。
「行くって…どこへ?」
「メサイアだ」
「だって、メサイアはもう…」
そう言いかける彼女を置いて、シンはデスティニーの状態を見るために月面を走った。
「こいつは…もうダメか…」
「待ってよ、シン。どうして今さら…」
シンはそれには答えず、ルナマリアを振り返った。
「ルナ、インパルスは?動けるか?」
「え?…うん…でも、エネルギーがあんまり…」
「メサイアまで行ければいい」
シンはルナマリアの手を握るとインパルスに向かった。そして彼女を抱いてラダーを掴み、コックピットに滑り込んだ。
シンは馴染みのコックピットで久々にインパルスを起動させた。
「ねぇ、何しに行くのよ?」
「俺は、議長に確かめなきゃならないことがある」
てきぱきと発進シークエンスを進めるシンに、ルナマリアは少し呆れたように言った。
「でも議長なんかとっくに脱出してるんじゃ…」
「いや、いる!」
傷ついたインパルスは、かつての主の手で目覚め、虚空へと飛び立った。
レクイエムを破壊した後、アークエンジェルと合流すると言うネオと別れたアスランは、エターナルとの合流を目指していた。
「キラは今、要塞内部の破壊をしてるよ」
「…中に入ってるの?」
「侵入していると言っても、フリーダムでだよ」
そのラクスの言葉を聞いても、アスランはなぜか胸騒ぎがして、ジャスティスをメサイアに向けた。そして無事だった港口から侵入すると、悪い予感が的中し、フリーダムが係留されていた。
アスランは銃を取るとコックピットを飛び出した。
(戦闘訓練も受けていないのに、単独で…)
不安を抱えたまま、アスランはキラを探しに爆発と火災の続く要塞の奥へと進入して行った。
一方キラは要塞内の施設をあらかた破壊した後、敢えて破壊せずに残しておいた港口で機体から降りた。
空気はまだ残っている。キラはヘルメットを脇に抱え、銃を手にして、爆発が続いている要塞内を進んで行った。
照明が落ちた薄暗い内部でも、キラの眼には十分よく見えた。
瓦礫を踏み越えて進んだ先に、モニターが並ぶ部屋があったが、どれもこれも壊れてしまっており、たまに光があってもノイズが流れているだけだ。そこにはもう、誰もいない…
(ううん…誰かいる!)
キラはゆっくりと歩を進めた。
壁が壊れ、天井が落ちているその部屋の奥には、テレビで見知った彼…プラント最高評議会議長がいた。
「きみがここへ来るとはな…正直思っていなかったよ、キラ・ヤマト」
デュランダル議長は優しげに微笑んだ。
けれどヘルメットを床に置いたキラが無言のまま銃を構えると、彼は少し驚いたような表情をし、ふっと笑った。
「なるほど。だが、いいのかな…本当にそれで?」
何も答えないキラに、少し困ったように議長は首を傾げ、そしておもむろに腕をあげた。彼の手にも銃が構えられていた。
「やめたまえ。やっとここまで来たのに」
キラはそれを見てドクンと心臓が脈打った。
(…撃たれるかもしれない)
恐怖心がじわじわと沸いたが、勇気を振り絞って銃を握り締めた。
(セーフティーはちゃんと外してある。大丈夫…私は…)
キラは再び議長を見つめた。
「そんなことをしたら、世界はまた元の混迷の闇へと逆戻りだ。争いあい、憎み合い、殺しあう…世界は何も変わらない。人は過ちを繰り返すものだからね」
さも呆れたように議長は言った。
「私の言っていることは真実だよ」
(ギル…キラ…ヤマト…)
アスランが落下する壁や機材を避けながらキラを探している頃、レイは一足先に彼らが対峙している司令室に辿り着いていた。
レイの額からは血が流れているが、拭おうともしない。
どことなくうつろで、力なく歩いて部屋に入って来た彼は、議長が「キラ・ヤマト」と呼びかけた人物の後姿を見た。それは、本当に小さな女性パイロットだった。
部屋に入って来たレイに気づいた議長は少し驚いた表情をしたが、何も言わない。
レイは壁際でのろのろと銃を抜き、手に持った。しかし構える事はせず、頭を押さえ、そのまま壁にもたれかかった。
一方キラは人が入って来たことすら気づいておらず、ただ真っ直ぐ議長を見つめて銃を向けていた。
「そう…なのかもしれません…」
議長の言うとおり、世界はいつだって争いあう。
キラは苦々しい想いで前大戦を振り返った。巻き込まれ、戦わされ、アスランとぶつかり合い、最後は互いの種を滅ぼしあう大量破壊兵器で戦った。
(…戦いは、始まってしまえば止まらない。戦争なんかイヤだと言いながら、誰もやめられない)
連合が報復に核を撃つのも、ザフトが地域紛争に介入するのも、ロゴスが人類の敵なのも、オーブが全ての元凶なのもおかしい…そう思うのに、おかしいとは言わない。言えない。言おうとしない。
「これでいいのかと思いながら、なんとなく流される。関係ないからと見て見ぬ振りをする。わからないからと知らんぷりをする」
それが一番怖いのだと思うと、キラは軽い寒気を感じて思わず息を吸い込んだ。
「そんな多くの人の『力』が、時に世界をも流してしまう」
世界はあの頃も今も、何も変わっていない…あの時、ストライクに乗って海の中から見た空のように、ゆらゆらとゆらめいて歪み続けている。善と悪の狭間で…
「私たちの……世界は…」
キラの表情が苦悶に歪むと、議長は柔らかく笑った。
「キラッ!?…う…!!」
そこにアスランが飛び込んできた。
アスランはキラと議長が銃を向け合っている事に気づいて驚き、すぐに自分も銃を構えたが、さらにキラの右後ろに人影を見てそちらにも銃口を向けた。暗闇の人影…それはレイだった。
「…レイ!?」
キラもアスランの声で人がいたことに初めて気づいた。
レイは手に持った銃を構えてはおらず、相変わらずぼんやりと視点の定まらない眼で議長とキラを見ている。その様子を見て、アスランは再び議長に向き直った。
とはいえ、何かあったらすぐにどちらにも銃口を向けられるようなスタンスを取っている。
「アスラン」
「キラ、下がって」
アスランはそのままの足の形を保ちながらじりっとキラの前に出た。
「やぁ…アスラン。元気そうだね。それとも、アレックスに逆戻りかな?」
議長が面白そうに呼びかけた。
「しかしまだザフトのパイロットスーツを着ているとは」
「…議長」
「ふふっ…相変わらずどっちつかずのきみらしいね」
けれどキラは、彼の言葉に唇を噛みしめているアスランを見て心強さを取り戻していた。
(…そうだ、私には今、こうして一緒に戦う仲間がいる)
一人ぼっちだったあの頃に出会ったラクス、カガリ。
(マリューさんも、バルトフェルドさんも、ムウさんも、戦争がなければ出会わなかった。皆、今は、大切な…)
あんなに辛くて、哀しくて、思い出したくもなかった戦争にも、こんな風に思える思い出があることに、キラは今さらながら驚いた。
「でも、私たちは…そうならない道を選ぶこともできます」
アスランはその言葉を聞いてキラを振り返る。
今まで何を話していたのかはわからないが、キラの表情は不思議なほど決意に満ちていた。
「それが許される世界なら!」
シンはインパルスを巧みに操って、メサイアやダイダロス基地からゴンドワナに向かって逃げ出す友軍機の間を逆行した。
遠目にはエターナルがまだ残存部隊と戦っているのが見える。
(メイリン…)
ルナマリアはそれを見て、あそこにいるだろう弟に想いを馳せた。
やがてシンはやや破壊の少ない港口に機体を寄せて停まった。
「ルナはここで待て」
「ええっ!?いやよ、私も行く!」
「ダメだ」
シンは手早く、コックピットに備えてある護身用の銃を準備しながら言う。
「だって…!」
「思ったより破壊がひどい。メサイアはじきに崩壊する」
シンはあちこちで爆発を繰り返す要塞を指差した。ルナマリアが補修した彼のバイザーの破損部分が、まるで腕白小僧の絆創膏のように見える。
「危ないから、おまえはここで待っててくれ」
「でも!」
ルナマリアはそれでもなお食い下がろうとした。ここまで一緒に来たのに置いていかれるということは、やはり自分は足手まといだからではないかという思いが突然去来したのだ。
「私、ちゃんと…」
しかし彼女に向き直ったシンはきっぱりと言った。
「おまえが待っててくれないと、俺は帰れないんだ。だから頼む、ルナ」
「…!」
ルナマリアは言葉に詰まり、やがて深く溜息をつくと、指を素早く動かしてサインを出した。それを見たシンは「ははっ」と楽しそうに笑った。
「わかった。いいよ」
それは彼らが訓練時代によく使った、「後でメシを奢れ」というサインだった。相手が失敗したり、こちらが助けてやったりした時、「気にするな」という意味をこめて示されたものだ。
(今度、また3人で考えよう…「デートしよう」っていう、新しいサインをさ)
やがて、「気をつけろよ」と言ってシンはコックピットを蹴った。
「ここまで来て被弾なんかするんじゃないぞ」
「失礼ね!しないわよ!」
からかわれて口を尖らせたルナマリアは、去っていくシンを見送ると、胸元で軽く拳を握った。誰もいない宙域に取り残されると、急に不安が心を覆った。
(大丈夫よね…シン…ちゃんと帰ってくるわよね…)
「ふむ…」
デュランダルはキラの言葉を聞いて呟いた。
「だが、誰も選ばない。人は忘れる、そして繰り返す」
アスランはプラントで議長と再会した時の事を思い出した。怒りと憎しみだけで討ち合っては駄目だと、戦いを止めなければと…それだけを思って彼のもとに向かった。
(それも彼が仕組んだ事だったのなら、何と陳腐な行動だったのか…)
人は本当に愚かでどうしようもない。だから自分が操らねば、導かねばと彼は思ったのだろうか。踊らされ、翻弄された者たちの心や想いなど知ろうともせずに…アスランは苦しみ続けたカガリを、そして命を散らしたミーア・キャンベルを思い出して眼を伏せた。
「こんなことはもう二度としないと、こんな世界にしないと、一体誰が言えるんだね?」
デュランダルはやや厳しい口調で尋ねた。
「誰にも言えはしないさ。きみにも、無論ラクス・クラインにも…」
アスランは言葉を失ったキラを見つめている。
「やはり何もわかりはしないのだからな!」
シンは低重力の中を、ぽーん、ぽーんと大きく跳躍しながら、真っ直ぐ司令室を目指した。そして出撃前に自分が使った議長の右手の出入り口に到着すると、銃を構えて様子を窺う。
(議長…)
響いてくるその声は、やはり残っていた彼のものだ。
シンは銃を構えながら腰を落とし、そっと内部に入っていく。
「…でも、私たちは…それを知っています」
(…女?)
シンはその声を聞いてややいぶかしんだ。
(こんなところに女…一体誰と話しているんだ、議長は…)
シンはモニタールームに隠れ、頭を下げたまま進んでいく。
「わかりあっていけることも、変わっていけることも!」
アスランはその言葉に、キラの想いが詰まっている事を悟る。
互いに討ちあい、どうしようもないと思った自分たちも、今はこうして共に戦っている。変わっていけるのだ、全ては…人は。
「だから、明日が欲しいんです」
キラはぎゅっと銃を握り締めて言う。
「どんなに苦しくても、変わらない世界は嫌なんです!」
変わっていく世界…変わらない世界…レイのぼんやりした心に、キラの声が入り込んでいく。
「キラ・ヤマト…」
ふと、その名を呟いたレイの曇った心が急激に晴れていった。
彼は今さらのように目の前で背中を見せているキラを見る。
これが、自分が生まれた原因、元凶となったコーディネイター…
(キラ・ヤマト!)
レイが銃を構えた事に、アスランも気づいていた。
「傲慢だね!」
議長が呆れたように言った。
「さすがは最高のコーディネイターだ」
シンもまた、その言葉にはっとする。
最高のコーディネイター…?
(なら、相手はキラ・ヤマト!?)
慌てて覗き込み、そっと垣間見たその姿に、シンは驚きで思わず声をあげそうになった。
(な…んだよ…女の子!?ウソだろ…!?)
この衝撃はあまりにも大きく、シンはしばらく眼を見開いて呆然としてしまった。
アスランがいる事も確認したが、何より「キラ・ヤマト」のショックが大きい。
何しろ自分が殺しかけ、何度も負け続けた相手が小さな女の子では無理もない。
「傲慢なのはあなたです!」
キラは議長の言葉に憤慨したように言い返した。
「私は、ただの一人の人間です。どこもみんなと変わらない。ラクスも…」
ラクスもまた、世界の歪みに絡め取られ、運命に翻弄された人間だ。
キラは、いつも勇気をくれる彼を想い、再び凛とした声で言った。
「核で傷つき、長くは生きられないかもしれないラクスもそうです。けれど私たちは、世界は変わると…人は変われると信じています」
シンもレイも、彼女の言葉に耳を傾けている。
キラの言葉は、いつも拙くてわかりにくい。
けれど、言葉が足りない彼女の一生懸命さだけは伝わってくる。
「でも、だから、あなたを討たなきゃならないんです!」
キラは、再び銃口をまっすぐ議長に向け直した。
「知っているから…」
キラは一言一言、ゆっくり考えるように言った。
「変わろうとする『力』こそが、世界を変えていけるんだって!」
(変わろうとする…力…)
シンは銃を握り締めながら彼女の言葉を噛み締めた。
「だが、きみが言う世界と私の示す世界…皆が望むのはどちらかな?」
議長は落ち着いた声で尋ねた。
「今ここで私を討って、再び混迷する世界を、きみはどうしようというんだ?」
レイはきゅっと唇を噛み締めた。
(世界が変わらなければ、人はまた繰り返す…)
どこかで、自分に言い聞かせようとしている不自然さを感じながら、レイは手にした銃の重さを確かめた。何かを始めるには、何かを終わらせなければならないのなら…そう思った時、かつてミネルバのハンガーで聞いた友の声が響いた。
「さすが、綺麗事はアスハのお家芸だな!」
あの時振り返ったシンの怒りに満ちた瞳を忘れられるはずがない。
(そう、遺伝子をいじって思い通りの人間を作り出す人に、もはや箍などない)
レイは再び疼く額に手をやった。ドクンドクンと切れた傷口に鼓動が響く。
「敵に回るって言うんなら、今度は俺が滅ぼしてやる!」
オーブを憎み、オーブをけなすシンの口調はいつも激しく、厳しかった。
なのになぜだろう…どこか哀しげで、だからこそ誰もシンの過去を問い質せなかった。
(新型の破壊兵器を作り、戦闘人形を作り、クローンを作り…)
記憶の混乱なのか、それとも思考の空転なのかわからない。レイは再びふらりと壁によりかかった。手袋に包まれた自分の掌を見る。この下には老人の細胞でできた皮膚がある…
「オーブを討つなら…俺が討つ!」
あんな風に想い出が眠る故郷を自分の手で破壊するというのは、一体どんな気持ちなのだろう。
レイにはわからない。故郷も、父も母もない彼にそれがわかるはずもない。なのに、シンの痛みを感じる事はできた。だからルナマリアを退けてまで彼を励まし、鼓舞したのだ。
(そしてまた、戦争だ。大切なものを失い、シンのように泣く子供が生まれる…だから…)
再びゆっくりと銃を構えなおすと、この同じ司令室でシンが議長に尋ねた言葉が蘇った。
「それはオーブを滅ぼさなければ、手に入らないものなんですか?」
この時、想い出など何もないと思っていた自分の脳裡に、シンが、ルナマリアが、そしてメイリンやヴィーノ、ヨウランたちの面影がよぎった。そのことに自分がやや感慨を覚えていることに、レイ自身が驚いた。空っぽの自分の中にあるものが、今、鮮明に理解できた。
「もしあなたが間違っているのなら…俺は、あなたを討ちます」
レイの瞳が冷たく輝く。
(ここで、俺が撃つべきは…!)
誰も何も言わず、沈黙が続いたが、やがてキラが言った。
「…覚悟はあります」
自分から逃げて、過去から逃げて、現実から逃げて…逃げていれば、何も見なくて済むかと思ったけれど…キラは、臆病だったかつての自分を想って眼を伏せた。
けれどマリューやカガリたちと続けた長い旅の中で、色々なものを見て、知って、感じて、過去に向かい合った今は、自分がすべきことがわかる。
キラは銃を構えなおした。銃口はピタリと議長に向けられていた。
「もう逃げない…私は闘う!」
誰だろう…俺を呼ぶのは…
「…どうしたの…?」
どうもしないよ…ただ、なんだか体が動かない…
「シン…」
…聞いた事のある声だ…
「ねぇ、シン」
(俺の…大切な…)
シンがゆっくり眼を開くと、そこに声の主がいた。
「……ルナ…?」
彼女は泣きながら微笑むと、膝の上のシンを抱き締める。
「シン…よかったぁ、シン…」
ルナマリアは、デスティニーに庇われて月面に着陸したインパルスから飛び出すと、ボロボロのコックピットからシンを助け出した。あれだけモビルスーツが破壊されているのに、シンにはほとんど怪我がなかった。
ルナマリアは気を失っているシンに膝を貸しながら、アスランが自分たちに致命傷を与える気がなかったこと、自分が軽々しい行動で招いた危機を回避しようと、自らの機体を傷つけて守ってくれたことを静かに思い返していた。
シンが身を起こすと、暗闇に向けて放たれた光が眼に入った。
「あれは…?」
「レクイエムよ」
ルナマリアがシンを支えながら言った。
「オーブは、討たれなかった」
シンは黙ってそれを見つめていた。
やがて永遠に輝き続けるのではないかと思うほど激しく噴出していた光は、静かにエネルギーの放出を終えた。
後にはただ、沈黙があった。
誰も知らない場所に、1人だけ取り残されたような寂寥感があたりを包んだ。
(世界に…たった1人…あの時のように…)
けれど、横を見ればルナマリアがいた。
ルナマリアは優しく笑っている。
(ああ…俺が何より好きな、こいつの明るい笑顔だ…)
「ルナ…ごめん」
シンの口からは素直に謝罪の言葉が出た。
「俺…おまえに……嘘を…」
「嘘なんか…」
「違うんだ」
ルナマリアが首を振って否定しようとすると、逆にシンが遮った。
「…俺は…もう、何かをなくすのがいやで…俺の家族みたいに、ある日突然目の前からなくなっちゃうのが…すごくいやで…」
シンは少し俯いて語り始めた。
「なくして、あんなに辛い思いをするなら………もういらない…」
「シン…」
「初めから何もいらない。そう思ってたはずなのに…」
シンの心には、家族を失い、心に傷を負った嵐のような日々と、まだ刺々しく攻撃的だった、アカデミーに入学した頃の自分が過ぎった。怒りや暴力、破壊と亡失感に苛まれた…だがそこにはルナマリアがいて、レイがいて、ヨウラン、ヴィーノ、メイリンがいた。彼らと過ごした日々が温かく、そして楽しい思い出として蘇る。
「…いつの間にか、俺の周りには…なくしたくないもんが一杯で…」
素直な想いを吐露するシンの瞳から、一筋の涙が月の重力に引かれて流れた。
「だから言えなかった…おまえが怒って……いなくなるかもって思ったら…」
「バカね」
ルナマリアはもう一度優しくシンを抱き締めた。
「そんなわけないじゃない」
ディオキアで初めてシンの辛い過酷な過去を聞いたあの時、抱き締めてあげたいと思っても、人との接触を恐れる彼にそれはできなかった。けれど今はこうして触れ合える…ルナマリアにはそれが何よりとても嬉しかった。
「私こそ、ごめんね」
ルナマリアはシンの背中をそっと撫でながら言った。
「戦いの邪魔しちゃって、シンを危ない目にあわせて」
「いいんだ。どうせ負けてた」
落ち着いたシンは彼女を放すと、改めてルナマリアを見つめた。
「何よりおまえが無事でよかった」
そしてポツリと呟いた。
「…悔しいけど…あいつ、やっぱ強いよ…」
「うん…そうだね」
自身もアスランと戦い、敗れたルナマリアも頷く。
シンは再び黙り込んだ。
「あいつに、本当に欲しかったのは何だって聞かれたよ」
やがてまたシンは言う。
「俺、うまく答えられなくてさ。咄嗟に『力だ』って答えたけど、本当は…俺が本当に望んでたのは…」
「平和で、温かくて、優しい世界」
ルナマリアが静かに答えたので、シンは驚いて彼女を見つめた。
「わかるよ。シンが一番、何を欲しがってるかなんて」
くすっと笑いながら彼女が言う。
「それに、シンはそれがどこにあるか知ってたはずよ」
「ルナ…」
「だってあなたは、オーブの子だもの」
(バカな…なぜ…)
オーブの滅亡と戦いの終結を信じていたデュランダルは、レクイエムが破壊されたという報に動揺を隠せなかった。
ネオ・ジェネシスを撃つまでは、形勢はまだどちらにも傾く可能性があった。むしろプラント有利だったといえる。けれど残念ながら、彼の最後の手は詰めが甘すぎた。
デュランダルの攻撃ターンに耐えに耐えながら、フリーダムやジャスティスを上手に使って凌ぎ抜き、追い風に変わるのを待っていたラクス・クラインは、戦況が変わったと見るや一気に攻勢に転じている。
アスランとネオによるレクイエム撃破は当然ながらオーブ軍やクライン派の士気を挙げ、ミーティアを装着したキラはもはや向かうところ敵なしの状態で、1人でメサイアを破壊していた。メサイアを守るシールドを発生させていた防御帯も一切の手加減なくソードで切り裂いて、剥き出しになった外部をビームで破壊して廻った。
「こちら、ストライクフリーダム。メサイアに告ぐ。これより港口を破壊します。退避を急いでください」
キラは破壊前に必ず勧告を行い、モビルスーツやランチがアリの子を散らすように出て行った後、ビーム砲を撃った。
「シールド、消滅!」
「フリーダム、来ます!その後方にエターナル!」
司令室のオペレーターももはや逃げ腰だった。
キラは港口を破壊し、ハンガーを破壊した後、内部に侵入してビームをぶっ放しているのだ。中に入られてはさしもの要塞もあっという間に破壊が進み、兵たちは緊急脱出口へと急いだ。
何人かは極刑もへったくれもないとばかりに敵前逃亡し、歯抜けのようになった司令室のモニターには、悪鬼の如く要塞内で暴れまわるフリーダムと、残弾全てを要塞に向けてぶち込むつもりかと思うほどの攻撃をしてくるエターナルが映し出されている。
司令室も彼らの徹底的な破壊の餌食となり、あちこちで爆発を起こし始めた。パネルに激しいプラズマが走り、驚いた1人が逃げ出すと、皆慌ててその後を追った。
黒服の将校や国防委員会の委員はデュランダル議長を脱出させようと必死だった。
何もかもが混乱に陥り、メサイアの命運は今、尽きようとしていた。
「ああ!艦長、メサイアが!」
ミネルバのブリッジでアーサーが叫んだ。
モニターで見るまでもなく、破壊の様子はもはや視認でも確認できる。
メサイアはあちこちで激しい爆発を起こし、格納されていた友軍機が、難破する船から逃げ出すねずみのようにわいて出て来た。タリアはそれを見て、この戦闘行為自体が終わったことを悟った。
「本艦の戦闘は終わりよ。総員、退艦」
「…はい…」
タリアの穏やかな命令に、アーサー以下クルーは敬礼をもって答えた。
中には敗北を思ってか、それとも艦を思ってか、すすり泣く者もいる。
(でも、みんな生きてるわ…)
タリアはブリッジクルーを見て微笑んだ。
「生きていれば何とかなるわよ。さ、準備して!」
彼女の持ち前の気風のいい明るい声に、クルーも「はい」と答えた。
そんな、月面に不時着したミネルバを見つめている者がいた。
マリューは破壊され、動けなくなったミネルバを見て敬礼した。
(グラディス艦長…)
ほんのわずかなふれあいだったけれど、オーブで共に過ごした温かい時間が蘇る。
(お茶を飲んで、とりとめもない話をして…)
ナタルと、いつかそうできればいいと願っていた時間を、どこか彼女に似て、どこか自分に似ているタリアと過ごす事ができた。それはとても幸せだったと改めて思う。
(いつの日かまた、お会いできる事を心から願いますわ)
タリアの発破で少しだけ元気になったブリッジクルーたちが、忙しげに退艦の準備を進めている中、タリアはアーサーを呼んだ。アーサーは「なんでしょう?」とやってきた。
タリアはすまなそうな顔をして、小さな声で囁いた。
「…本当に申し訳ないことなんだけど…あとを頼める?アーサー」
「は?」
アーサーはきょとんとして艦長の顔を見つめた。
「いや、でも、艦長」
「私…行かなくちゃ…」
「え?あ…はい」
艦長が退艦の指揮を投げ出すなど考えられない事だが、アーサーは思い当たって口をつぐんだ。
(行くつもりなんだ…デュランダル議長のところへ…)
彼らの関係は、ミネルバに配属される前から公然の噂だった。配属が決まってからは、噂ではなかったのだといやでも知れた。
けれど議長はいつもいるわけではないし、艦長は優秀で艦の職務には支障がない。それなら別にいいんじゃないかなと、持ち前の育ちのよさと大らかさでアーサーは容認していた。
「あなたにはいつもいつも、甘えさせてもらったわね」
「そんな、艦長…」
彼でなければ、国家元首と不倫をしている女を艦長などと呼ぶ副長はいなかったかもしれない…タリアもそれをよく知り、深く感謝していた。そして眼の前でなんとも困ったような顔をしている、見るからに人のよさそうな青年に別れを告げた。
「今までありがとう、アーサー。みんなをお願い。本当に…ごめんなさい」
そっとブリッジを出て行くタリアの後姿を見送り、アーサーは再び敬礼した。
「ルナ、行こう」
「え?」
突然シンが言ったので、ルナマリアは驚いて聞き返した。
「行くって…どこへ?」
「メサイアだ」
「だって、メサイアはもう…」
そう言いかける彼女を置いて、シンはデスティニーの状態を見るために月面を走った。
「こいつは…もうダメか…」
「待ってよ、シン。どうして今さら…」
シンはそれには答えず、ルナマリアを振り返った。
「ルナ、インパルスは?動けるか?」
「え?…うん…でも、エネルギーがあんまり…」
「メサイアまで行ければいい」
シンはルナマリアの手を握るとインパルスに向かった。そして彼女を抱いてラダーを掴み、コックピットに滑り込んだ。
シンは馴染みのコックピットで久々にインパルスを起動させた。
「ねぇ、何しに行くのよ?」
「俺は、議長に確かめなきゃならないことがある」
てきぱきと発進シークエンスを進めるシンに、ルナマリアは少し呆れたように言った。
「でも議長なんかとっくに脱出してるんじゃ…」
「いや、いる!」
傷ついたインパルスは、かつての主の手で目覚め、虚空へと飛び立った。
レクイエムを破壊した後、アークエンジェルと合流すると言うネオと別れたアスランは、エターナルとの合流を目指していた。
「キラは今、要塞内部の破壊をしてるよ」
「…中に入ってるの?」
「侵入していると言っても、フリーダムでだよ」
そのラクスの言葉を聞いても、アスランはなぜか胸騒ぎがして、ジャスティスをメサイアに向けた。そして無事だった港口から侵入すると、悪い予感が的中し、フリーダムが係留されていた。
アスランは銃を取るとコックピットを飛び出した。
(戦闘訓練も受けていないのに、単独で…)
不安を抱えたまま、アスランはキラを探しに爆発と火災の続く要塞の奥へと進入して行った。
一方キラは要塞内の施設をあらかた破壊した後、敢えて破壊せずに残しておいた港口で機体から降りた。
空気はまだ残っている。キラはヘルメットを脇に抱え、銃を手にして、爆発が続いている要塞内を進んで行った。
照明が落ちた薄暗い内部でも、キラの眼には十分よく見えた。
瓦礫を踏み越えて進んだ先に、モニターが並ぶ部屋があったが、どれもこれも壊れてしまっており、たまに光があってもノイズが流れているだけだ。そこにはもう、誰もいない…
(ううん…誰かいる!)
キラはゆっくりと歩を進めた。
壁が壊れ、天井が落ちているその部屋の奥には、テレビで見知った彼…プラント最高評議会議長がいた。
「きみがここへ来るとはな…正直思っていなかったよ、キラ・ヤマト」
デュランダル議長は優しげに微笑んだ。
けれどヘルメットを床に置いたキラが無言のまま銃を構えると、彼は少し驚いたような表情をし、ふっと笑った。
「なるほど。だが、いいのかな…本当にそれで?」
何も答えないキラに、少し困ったように議長は首を傾げ、そしておもむろに腕をあげた。彼の手にも銃が構えられていた。
「やめたまえ。やっとここまで来たのに」
キラはそれを見てドクンと心臓が脈打った。
(…撃たれるかもしれない)
恐怖心がじわじわと沸いたが、勇気を振り絞って銃を握り締めた。
(セーフティーはちゃんと外してある。大丈夫…私は…)
キラは再び議長を見つめた。
「そんなことをしたら、世界はまた元の混迷の闇へと逆戻りだ。争いあい、憎み合い、殺しあう…世界は何も変わらない。人は過ちを繰り返すものだからね」
さも呆れたように議長は言った。
「私の言っていることは真実だよ」
(ギル…キラ…ヤマト…)
アスランが落下する壁や機材を避けながらキラを探している頃、レイは一足先に彼らが対峙している司令室に辿り着いていた。
レイの額からは血が流れているが、拭おうともしない。
どことなくうつろで、力なく歩いて部屋に入って来た彼は、議長が「キラ・ヤマト」と呼びかけた人物の後姿を見た。それは、本当に小さな女性パイロットだった。
部屋に入って来たレイに気づいた議長は少し驚いた表情をしたが、何も言わない。
レイは壁際でのろのろと銃を抜き、手に持った。しかし構える事はせず、頭を押さえ、そのまま壁にもたれかかった。
一方キラは人が入って来たことすら気づいておらず、ただ真っ直ぐ議長を見つめて銃を向けていた。
「そう…なのかもしれません…」
議長の言うとおり、世界はいつだって争いあう。
キラは苦々しい想いで前大戦を振り返った。巻き込まれ、戦わされ、アスランとぶつかり合い、最後は互いの種を滅ぼしあう大量破壊兵器で戦った。
(…戦いは、始まってしまえば止まらない。戦争なんかイヤだと言いながら、誰もやめられない)
連合が報復に核を撃つのも、ザフトが地域紛争に介入するのも、ロゴスが人類の敵なのも、オーブが全ての元凶なのもおかしい…そう思うのに、おかしいとは言わない。言えない。言おうとしない。
「これでいいのかと思いながら、なんとなく流される。関係ないからと見て見ぬ振りをする。わからないからと知らんぷりをする」
それが一番怖いのだと思うと、キラは軽い寒気を感じて思わず息を吸い込んだ。
「そんな多くの人の『力』が、時に世界をも流してしまう」
世界はあの頃も今も、何も変わっていない…あの時、ストライクに乗って海の中から見た空のように、ゆらゆらとゆらめいて歪み続けている。善と悪の狭間で…
「私たちの……世界は…」
キラの表情が苦悶に歪むと、議長は柔らかく笑った。
「キラッ!?…う…!!」
そこにアスランが飛び込んできた。
アスランはキラと議長が銃を向け合っている事に気づいて驚き、すぐに自分も銃を構えたが、さらにキラの右後ろに人影を見てそちらにも銃口を向けた。暗闇の人影…それはレイだった。
「…レイ!?」
キラもアスランの声で人がいたことに初めて気づいた。
レイは手に持った銃を構えてはおらず、相変わらずぼんやりと視点の定まらない眼で議長とキラを見ている。その様子を見て、アスランは再び議長に向き直った。
とはいえ、何かあったらすぐにどちらにも銃口を向けられるようなスタンスを取っている。
「アスラン」
「キラ、下がって」
アスランはそのままの足の形を保ちながらじりっとキラの前に出た。
「やぁ…アスラン。元気そうだね。それとも、アレックスに逆戻りかな?」
議長が面白そうに呼びかけた。
「しかしまだザフトのパイロットスーツを着ているとは」
「…議長」
「ふふっ…相変わらずどっちつかずのきみらしいね」
けれどキラは、彼の言葉に唇を噛みしめているアスランを見て心強さを取り戻していた。
(…そうだ、私には今、こうして一緒に戦う仲間がいる)
一人ぼっちだったあの頃に出会ったラクス、カガリ。
(マリューさんも、バルトフェルドさんも、ムウさんも、戦争がなければ出会わなかった。皆、今は、大切な…)
あんなに辛くて、哀しくて、思い出したくもなかった戦争にも、こんな風に思える思い出があることに、キラは今さらながら驚いた。
「でも、私たちは…そうならない道を選ぶこともできます」
アスランはその言葉を聞いてキラを振り返る。
今まで何を話していたのかはわからないが、キラの表情は不思議なほど決意に満ちていた。
「それが許される世界なら!」
シンはインパルスを巧みに操って、メサイアやダイダロス基地からゴンドワナに向かって逃げ出す友軍機の間を逆行した。
遠目にはエターナルがまだ残存部隊と戦っているのが見える。
(メイリン…)
ルナマリアはそれを見て、あそこにいるだろう弟に想いを馳せた。
やがてシンはやや破壊の少ない港口に機体を寄せて停まった。
「ルナはここで待て」
「ええっ!?いやよ、私も行く!」
「ダメだ」
シンは手早く、コックピットに備えてある護身用の銃を準備しながら言う。
「だって…!」
「思ったより破壊がひどい。メサイアはじきに崩壊する」
シンはあちこちで爆発を繰り返す要塞を指差した。ルナマリアが補修した彼のバイザーの破損部分が、まるで腕白小僧の絆創膏のように見える。
「危ないから、おまえはここで待っててくれ」
「でも!」
ルナマリアはそれでもなお食い下がろうとした。ここまで一緒に来たのに置いていかれるということは、やはり自分は足手まといだからではないかという思いが突然去来したのだ。
「私、ちゃんと…」
しかし彼女に向き直ったシンはきっぱりと言った。
「おまえが待っててくれないと、俺は帰れないんだ。だから頼む、ルナ」
「…!」
ルナマリアは言葉に詰まり、やがて深く溜息をつくと、指を素早く動かしてサインを出した。それを見たシンは「ははっ」と楽しそうに笑った。
「わかった。いいよ」
それは彼らが訓練時代によく使った、「後でメシを奢れ」というサインだった。相手が失敗したり、こちらが助けてやったりした時、「気にするな」という意味をこめて示されたものだ。
(今度、また3人で考えよう…「デートしよう」っていう、新しいサインをさ)
やがて、「気をつけろよ」と言ってシンはコックピットを蹴った。
「ここまで来て被弾なんかするんじゃないぞ」
「失礼ね!しないわよ!」
からかわれて口を尖らせたルナマリアは、去っていくシンを見送ると、胸元で軽く拳を握った。誰もいない宙域に取り残されると、急に不安が心を覆った。
(大丈夫よね…シン…ちゃんと帰ってくるわよね…)
「ふむ…」
デュランダルはキラの言葉を聞いて呟いた。
「だが、誰も選ばない。人は忘れる、そして繰り返す」
アスランはプラントで議長と再会した時の事を思い出した。怒りと憎しみだけで討ち合っては駄目だと、戦いを止めなければと…それだけを思って彼のもとに向かった。
(それも彼が仕組んだ事だったのなら、何と陳腐な行動だったのか…)
人は本当に愚かでどうしようもない。だから自分が操らねば、導かねばと彼は思ったのだろうか。踊らされ、翻弄された者たちの心や想いなど知ろうともせずに…アスランは苦しみ続けたカガリを、そして命を散らしたミーア・キャンベルを思い出して眼を伏せた。
「こんなことはもう二度としないと、こんな世界にしないと、一体誰が言えるんだね?」
デュランダルはやや厳しい口調で尋ねた。
「誰にも言えはしないさ。きみにも、無論ラクス・クラインにも…」
アスランは言葉を失ったキラを見つめている。
「やはり何もわかりはしないのだからな!」
シンは低重力の中を、ぽーん、ぽーんと大きく跳躍しながら、真っ直ぐ司令室を目指した。そして出撃前に自分が使った議長の右手の出入り口に到着すると、銃を構えて様子を窺う。
(議長…)
響いてくるその声は、やはり残っていた彼のものだ。
シンは銃を構えながら腰を落とし、そっと内部に入っていく。
「…でも、私たちは…それを知っています」
(…女?)
シンはその声を聞いてややいぶかしんだ。
(こんなところに女…一体誰と話しているんだ、議長は…)
シンはモニタールームに隠れ、頭を下げたまま進んでいく。
「わかりあっていけることも、変わっていけることも!」
アスランはその言葉に、キラの想いが詰まっている事を悟る。
互いに討ちあい、どうしようもないと思った自分たちも、今はこうして共に戦っている。変わっていけるのだ、全ては…人は。
「だから、明日が欲しいんです」
キラはぎゅっと銃を握り締めて言う。
「どんなに苦しくても、変わらない世界は嫌なんです!」
変わっていく世界…変わらない世界…レイのぼんやりした心に、キラの声が入り込んでいく。
「キラ・ヤマト…」
ふと、その名を呟いたレイの曇った心が急激に晴れていった。
彼は今さらのように目の前で背中を見せているキラを見る。
これが、自分が生まれた原因、元凶となったコーディネイター…
(キラ・ヤマト!)
レイが銃を構えた事に、アスランも気づいていた。
「傲慢だね!」
議長が呆れたように言った。
「さすがは最高のコーディネイターだ」
シンもまた、その言葉にはっとする。
最高のコーディネイター…?
(なら、相手はキラ・ヤマト!?)
慌てて覗き込み、そっと垣間見たその姿に、シンは驚きで思わず声をあげそうになった。
(な…んだよ…女の子!?ウソだろ…!?)
この衝撃はあまりにも大きく、シンはしばらく眼を見開いて呆然としてしまった。
アスランがいる事も確認したが、何より「キラ・ヤマト」のショックが大きい。
何しろ自分が殺しかけ、何度も負け続けた相手が小さな女の子では無理もない。
「傲慢なのはあなたです!」
キラは議長の言葉に憤慨したように言い返した。
「私は、ただの一人の人間です。どこもみんなと変わらない。ラクスも…」
ラクスもまた、世界の歪みに絡め取られ、運命に翻弄された人間だ。
キラは、いつも勇気をくれる彼を想い、再び凛とした声で言った。
「核で傷つき、長くは生きられないかもしれないラクスもそうです。けれど私たちは、世界は変わると…人は変われると信じています」
シンもレイも、彼女の言葉に耳を傾けている。
キラの言葉は、いつも拙くてわかりにくい。
けれど、言葉が足りない彼女の一生懸命さだけは伝わってくる。
「でも、だから、あなたを討たなきゃならないんです!」
キラは、再び銃口をまっすぐ議長に向け直した。
「知っているから…」
キラは一言一言、ゆっくり考えるように言った。
「変わろうとする『力』こそが、世界を変えていけるんだって!」
(変わろうとする…力…)
シンは銃を握り締めながら彼女の言葉を噛み締めた。
「だが、きみが言う世界と私の示す世界…皆が望むのはどちらかな?」
議長は落ち着いた声で尋ねた。
「今ここで私を討って、再び混迷する世界を、きみはどうしようというんだ?」
レイはきゅっと唇を噛み締めた。
(世界が変わらなければ、人はまた繰り返す…)
どこかで、自分に言い聞かせようとしている不自然さを感じながら、レイは手にした銃の重さを確かめた。何かを始めるには、何かを終わらせなければならないのなら…そう思った時、かつてミネルバのハンガーで聞いた友の声が響いた。
「さすが、綺麗事はアスハのお家芸だな!」
あの時振り返ったシンの怒りに満ちた瞳を忘れられるはずがない。
(そう、遺伝子をいじって思い通りの人間を作り出す人に、もはや箍などない)
レイは再び疼く額に手をやった。ドクンドクンと切れた傷口に鼓動が響く。
「敵に回るって言うんなら、今度は俺が滅ぼしてやる!」
オーブを憎み、オーブをけなすシンの口調はいつも激しく、厳しかった。
なのになぜだろう…どこか哀しげで、だからこそ誰もシンの過去を問い質せなかった。
(新型の破壊兵器を作り、戦闘人形を作り、クローンを作り…)
記憶の混乱なのか、それとも思考の空転なのかわからない。レイは再びふらりと壁によりかかった。手袋に包まれた自分の掌を見る。この下には老人の細胞でできた皮膚がある…
「オーブを討つなら…俺が討つ!」
あんな風に想い出が眠る故郷を自分の手で破壊するというのは、一体どんな気持ちなのだろう。
レイにはわからない。故郷も、父も母もない彼にそれがわかるはずもない。なのに、シンの痛みを感じる事はできた。だからルナマリアを退けてまで彼を励まし、鼓舞したのだ。
(そしてまた、戦争だ。大切なものを失い、シンのように泣く子供が生まれる…だから…)
再びゆっくりと銃を構えなおすと、この同じ司令室でシンが議長に尋ねた言葉が蘇った。
「それはオーブを滅ぼさなければ、手に入らないものなんですか?」
この時、想い出など何もないと思っていた自分の脳裡に、シンが、ルナマリアが、そしてメイリンやヴィーノ、ヨウランたちの面影がよぎった。そのことに自分がやや感慨を覚えていることに、レイ自身が驚いた。空っぽの自分の中にあるものが、今、鮮明に理解できた。
「もしあなたが間違っているのなら…俺は、あなたを討ちます」
レイの瞳が冷たく輝く。
(ここで、俺が撃つべきは…!)
誰も何も言わず、沈黙が続いたが、やがてキラが言った。
「…覚悟はあります」
自分から逃げて、過去から逃げて、現実から逃げて…逃げていれば、何も見なくて済むかと思ったけれど…キラは、臆病だったかつての自分を想って眼を伏せた。
けれどマリューやカガリたちと続けた長い旅の中で、色々なものを見て、知って、感じて、過去に向かい合った今は、自分がすべきことがわかる。
キラは銃を構えなおした。銃口はピタリと議長に向けられていた。
「もう逃げない…私は闘う!」
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制作裏話-PHASE50⑤-
「シン・アスカ」
彼は一体どういう意図で設定されたキャラなのか、最後まではっきりしませんでした。平和な国で暮らしていた少年が突然戦争に巻き込まれて家族を失った暗い過去を持っている…それはともかく、それでなぜオーブを恨むのかよくわからないままだったことは致命的でした。普通の人間なら、独立国家である自国を侵略した者たちを恨み、復讐の鬼となるはずです。すなわちオーブ軍に入るのが普通です。
けれど彼はザフトに入隊しました。縁も所縁もないプラントを守ると決断した彼が何を考え、どんな葛藤を持ったのか、最後まで描かれる事はありませんでした。
物語が進んでも、いつも感情的で子供っぽい態度しか取らないシンは、アスランに対して一体何を怒っているのかわかりません。何しろ彼の心境の描写が全くないので、視聴者は戸惑うばかり。むしろ「ぎゃーぎゃーうるせぇな、こいつは」と思います。無口なレイはシンを理解しているかのようには見えましたが何も語らず、実力もないアーパーのくせにルナマリアはシンを見下してアスランのケツを追いかけるばかりだったので、自然視聴者もシンを見くびるようになります。何しろ判断材料がそれしかないのですから当然です。
シンの人となりを示すエピソードは唯一、ステラと出会った時くらいでした。けれど哀しいかなステラもまた白痴キャラだったのでシンと深いところで語り合ったり理解しあうことはなく、やはり視聴者の共感は得られませんでした。そのステラとの物語すらも「重大な軍紀違反をしやがった」「おまえが返したからああなったんだろう」「Ζガンダムの焼き直し」だと批判されるばかりでした。
やがて前作のでしゃばり主人公を討ち取り、はちゃめちゃな裏切り者を討ち取ったため、稀代の「主人公ヒール」となっていきます。最終的には「なぜ戦っているのか」と悩む事も考える事も一切させてもらえず、レイに操られ、議長の駒として、まさかの「悪役ガンダム」のパイロットとして敗れ去りました。しかもその相手は前作主役ですらない脇役。彼の出番は終わり、ベソをかいているうちに、いつの間にか物語も終わっていました。
どうしてこんな事になったのか、考えても答えは出ません。制作陣は言い訳しかしないし、作品は皆さんご存知の通りあの体たらくだからです。結局種の真の主役はキラ・ヤマトだったのに、シン・アスカは失敗作DESTINYを背負わされ、今でもまだ多くの人に嫌われ、疎まれ、そして同じくらい哀れまれ続けています。
逆転DESTINYも、着手する前はシンをどうするかが一番の課題でした。案はいくつかあって、一つがシンを当初のように「フリーダムを仇と恨んでいる」として、最強の敵としてキラの前に立ちはだからせるというもの。これならザフトに入隊する理由になります。フリーダムと戦うためには、オーブ軍にいては無理ですから。シンにとっては仇でも、仮にもフリーダムはオーブを守って戦ったんですから。
う~ん、しかしそう思うとやはりこれが「シン=ザフト軍人」にした理由だったのに、途中で改変されたということでしょうかね?
ただしこの「シン=最大の敵」パターンには大変な改変が必要になりますので、シナリオを外れてしまうかもしれない。それはちょっとしたくなかったですし、シンが復讐鬼だったり反クライン・反アスハのレジスタンスであるような優れた二次創作も多いので、餅は餅屋にお任せするのが一番と思いました。
もう一つは、DESTINYを全て「シンおよびミネルバの視点のみ」から見るというもの。キラたちアークエンジェルの動向を「一切・全く」描写しない事で、シンにとっては彼らはダーダネルスでいきなり出てくるという「なんだかよくわからない連中」にするわけです。これはシンの物語のみを追うからには有効な方法に見えます。アークエンジェル側の動向を描写しないとなると、削れる脚本もものすごく多いという事でもあります。
けれどこれでは、私が逆転を書く大きな理由だった「カガリの成長」「ラクスの責任」「アスランとカガリ(およびディアッカとミリアリア)への救済」が描けない事になり、これも却下となりました。DSETINYのみを書き直すならこれもアリでしょうが、種を含めるとやはりキラたちの動向は入れたくなります。
そうやって考えた結果、最終的に固めていったのが現在の逆転のシンです。
とにかく軍人としては高いスキルと明晰な頭脳を持ち、冷静沈着で強い。仲間思いで友情に厚い。妹がいるため面倒見がよく、さらに女の子に過度な期待を抱かず扱いに慣れている。
問題はアスランへの反抗です。彼の気の荒さ、生意気さ、感情的で子供っぽいところをどうやって処理すればいいのか…それを解決するための設定がPTSDの後遺症による「適応障害」でした。
こういう枷となってのしかかるような「眼に見える過去」を与える事で、シンが自分が敵と見なしたり相手の好意を感じ取れなかったりした時に無意識に起こしてしまう「防御的攻撃行動(積極的自衛権?)」によって、大人にとっては「扱いにくい、いやな子供」にできました。
とはいえ、私も初めから全て思惑通り描けていたわけではありません。これまで色々な裏話でお話してきたように、シンについては最初はほぼ手探りでした。PHASE13くらいまではむしろなかなか思い通りのキャラにできず、書くのが辛かったくらいです。
けれどPHASE15からアスランが絡むようになってからは変わっていきました。本当は本編もこれが正しかったはずです…つまり、「シンはアスランと絡んでこそ生きるキャラ」だったのです。結果は、何しろ制作陣が「両者の関わりを全く描写しなかったので関係が築けず、結局既に出来上がったキャラであるキラを出す事でお茶を濁した」ため、あんな結果になったわけです。
今回の物語は、この失敗を踏まえて描いてきたアスランとの関係性、決裂、対決と、本編で全く語られなかったシンの本音の部分を吐露させるためのPHASEです。逆に、本編はここで何があったのか。気絶したシンが死んだステラと霊界通信をしていたのです。せっかくルナマリアが彼を介抱しているのに、バカじゃなかろうか制作陣は。死んだ人間と話なんかできるはずがないんですよ。生きている時にきちんと話もせずに、ご都合主義で口寄せしてんじゃねーよと思います。
目覚めたシンは、ルナマリアに本心を語ります。
アスランに敗れたものの、危険に晒したルナマリアを守れたこと、そしてオーブが討たれなかったことが、シンの心を溶かしました。ここで泣いてる場合じゃないんですよ。シンは今こそ、自分が本当に何を望んでいたのかを見つめ直すべきなんです、物語上。そしてその相手がヒロインのルナマリアであるのは当然なのです。これでこそ主人公ですよ。
本編にはなかったのに、PHASE49でシンとルナマリアを決裂させた理由は、ここでシンがなぜルナマリアに本当のこと(アスランはスパイなどではなく、メイリンは巻き込まれただけだと言う事実)を言えなかったのかと言わせるためでした。
ステラが死んだ時、安易にかわした「約束」を守れなかったことを嘆き、同じく守られなかったネオとの「約束」に泣かせたのは、シンに「嘘」の痛みを与えるためでした。何しろシンは嘘でもいいから最後に平和になればいいと信じているのです。アスランは、それではいつか結局問題が起きると立ちはだかるのですが、両者の関係はこじれていますから説得は効きません。ではどうするか。シンがそれを自ら悟るには、自分自身が「嘘」に傷つく必要があります。全てはここで生かすための伏線であり、広げた風呂敷でもありました。
シンが嘘をついたのは、自分自身の心を偽っていたから…あの日大切なものをなくした怖さから、もう何もいらないと尖りきり、攻撃的だったシン。けれど元々は幸せな少年時代を送ってきた事もあり、仲間たちに癒され、時に癒されて穏やかになっていきます。けれど今度は、新たにできた大切なものを守ろうとして攻撃的になってしまう…防衛本能が強いからこそ、攻撃は無差別になり、さらには盲滅法になってしまうのです。ミネルバもステラも、彼にとっては何よりも守るべき大切なものだったからです。
ルナマリアはそんな中でも最も大切な宝物です。逆転の2人は傷の舐めあいカップルなどではなく、徐々に恋愛へと発展してきましたから、シンにとって彼女はとても大事な存在です。真実を告げなければと葛藤しながらも告げずにいたシンが告白を決断したことも、ルナマリアが怒ったことも、ここでシンに自分を見つめ直させるためでした。
「もう何もなくしたくなかった」
シンはわーわー泣いた本編と違い、こう言って一筋、涙を流します。そうです。これが、これこそがシン・アスカの戦う理由なのだと思います。
ルナマリアは優しく彼を抱き締めて赦します。これは、そんな事は彼女にとっては言われるまでもないという表現です。だってシンはちゃんと彼女を守りきりました。約束は果たされているのです。アホらしい本編のように、ルナマリアはビッチではなく、シンは「ルナマリアを殺してでも…!」などと視聴者に誤解させるような狂戦士ではありません。
だから本編では触れられなかったルナマリアの行動についても、ここで語らせることができました。彼女は戦いの邪魔をして「ごめんなさい」と謝り、シンは「どうせ負けてた」と敗北を認め、彼女が無事だった事を喜びます。
そして、「アスランは強かった」そう認める事で、シンはアスランからの問いに答えを出そうとします。欲しかったのは力と答えたけれど、本当は…
ここでルナマリアが言った言葉…「優しくて温かい世界」は、PHASE30でシンがネオと約束した、ステラを返すべき「世界」です。それを知るはずのないルナマリアが言う事で、彼女がこの世の誰よりもシンを知り、シンを理解していたとわかるわけですね。
「だってあなたは、オーブの子だもの」
驚いたシンにルナマリアが言ったこのセリフは、実はとても気に入っています。シンは、誰よりも平和な世界を知っている…アバンで気を失ったシンが思い浮かべたのは、逆種PHASE26で描いた、そのまさに幸せ一杯の「オーブの少年」なのです。死んだ人との霊界通信などであるわけがありません。
こうして、苦しみを乗り越えたシンの長きに渡ったオーブを巡る愛憎の物語がここに完結しました。
さて戦場はと言えば、本編同様キラのストライクフリーダムがミーティアを装備して要塞をぶち壊しまくっています。
さらに撃墜されたミネルバでは退鑑準備が進められていますが、タリアはこっそりアーサーを呼んで後を託します。艦長と議長の不倫についてはどういう扱いだったのかは想像の域を出ませんが、アーサーはいいキャラクターなので最後に少し絡めてみました。
要塞内に入ったキラは破壊行為の後、生身で侵入します。そしてついに議長と対峙するわけですが、ここで逆転ならではの改変が始まります。
無論、アスランがキラを追いかけた事ではありません。FPでは「ただそこにいただけ」とはいえアスランが出現しているので、これは逆転展開ではないのです。
逆転オリジナルなのは、シンがメサイアに行こうと立ち上がったことです。本編では女の胸で泣き崩れ、もう立ち上がれないほどのダメージで涙目のまま終わりましたが、逆転のシンはそんなヤワな男ではありません。
このために議長という最高権力者に対し、「間違ってたら討つ」と言わせたのです。逆転のシンはこんなところで終わるような主人公ではないのです。
ルナマリアが乗ってきたインパルスは、アスランとの勝負で傷ついてはいますが、デスティニーほどではないはずです。最終戦で主人公を旧主役機に乗せる展開(エルガイムとか)は嫌いではないので、ここはインパルスを操縦してもらいました。
けれど要塞の破壊状況を見たシンはルナマリアを残す事にします。危険だからということと、脱出口の確保も冷静に視野に入れています。二人のちょっと可愛らしい「会話」を経て、シンは議長の元へ向かいます。
そして逆転ならではのビックリドッキリ、「キラ・ヤマト=小さな女の子」という事実を知って驚愕します。そら驚くよね…ってか、こんなこと現実では絶対にありえないしね。
本編の議長とキラの会話はこれまた電波会話もいいところでして、キラは相変わらず何を言っているのかよくわかりません。とはいえここは、何しろ最終最後の結論を出すべきクライマックスですから、疎かにするわけにはいきません。
議長は自分を殺せば、世界はまた元の混沌と戦争を繰り返す無知蒙昧なものに戻ってしまうといいます。過去の大戦でいやというほど身に沁みているキラにもそれはわかります。きちんと考えもせず、決断もせずに流されていく「サイレント・マジョリティ」の凄まじい「力」が、世界を変えてしまう…キラがクルーゼとの戦いで得た答えは、同時に逆デスのテーマの一つである「力」についてでした。「力」には様々な形があると示したかったのです。
駆けつけたアスランに議長が皮肉を言うのは、アスランには本編とは違って最後までザフトの赤服(パイスー)をまとわせると決めていた時から構想していました。というか、この2人が何も話さないなんてかえって不自然です。アスランには途中からですが議長とキラの意見の応酬を聞きながら、自分も彼の舞台に上げられていたこと、彼に翻弄されたカガリや、哀れにも散ったミーアの運命を想ってもらいました。
キラはアスランの登場に勇気づけられ、哀しく苦しい思い出ばかりと思える過去にも、出会いがあり、変わった運命がある事を思い出します。ここも「過去が一歩踏み出す勇気をくれた」証です。
変わろうとすれば、変わっていけること…それを知っているから、キラはきっぱりとその力が未来を拓くと言うのです。
変わろうとする力が、世界を変える…新しい世界を望もうとしていたシンもレイも、この言葉を噛み締めます。旧世界を壊し、命を奪って手に入れる新世界と、穢れて歪みきってはいるけど、可能性を信じて変わろうと努めていく世界…レイの中では葛藤が起きます。自分が生きるのではなく、シンが生きるべき世界はどちらなのか、と。
「覚悟はある!僕は戦う!」
本編では「いやいやキラさま、そう言われましてももう今日で最終回ですがな」「つか2年間ニート生活を満喫してたのはどこの誰だよ」「誰がどう見てもキラ様が主役ですありがとうございました」というツッコミが入れられたこのセリフ、議長の問いかけの答えにはなっていないこのセリフは、逆転では過去を踏まえて成長したキラの決意として言わせました。
とはいえやっぱり「なんでここでキラ?」と思わずにはいられません。これも原作準拠の辛いところですな。
彼は一体どういう意図で設定されたキャラなのか、最後まではっきりしませんでした。平和な国で暮らしていた少年が突然戦争に巻き込まれて家族を失った暗い過去を持っている…それはともかく、それでなぜオーブを恨むのかよくわからないままだったことは致命的でした。普通の人間なら、独立国家である自国を侵略した者たちを恨み、復讐の鬼となるはずです。すなわちオーブ軍に入るのが普通です。
けれど彼はザフトに入隊しました。縁も所縁もないプラントを守ると決断した彼が何を考え、どんな葛藤を持ったのか、最後まで描かれる事はありませんでした。
物語が進んでも、いつも感情的で子供っぽい態度しか取らないシンは、アスランに対して一体何を怒っているのかわかりません。何しろ彼の心境の描写が全くないので、視聴者は戸惑うばかり。むしろ「ぎゃーぎゃーうるせぇな、こいつは」と思います。無口なレイはシンを理解しているかのようには見えましたが何も語らず、実力もないアーパーのくせにルナマリアはシンを見下してアスランのケツを追いかけるばかりだったので、自然視聴者もシンを見くびるようになります。何しろ判断材料がそれしかないのですから当然です。
シンの人となりを示すエピソードは唯一、ステラと出会った時くらいでした。けれど哀しいかなステラもまた白痴キャラだったのでシンと深いところで語り合ったり理解しあうことはなく、やはり視聴者の共感は得られませんでした。そのステラとの物語すらも「重大な軍紀違反をしやがった」「おまえが返したからああなったんだろう」「Ζガンダムの焼き直し」だと批判されるばかりでした。
やがて前作のでしゃばり主人公を討ち取り、はちゃめちゃな裏切り者を討ち取ったため、稀代の「主人公ヒール」となっていきます。最終的には「なぜ戦っているのか」と悩む事も考える事も一切させてもらえず、レイに操られ、議長の駒として、まさかの「悪役ガンダム」のパイロットとして敗れ去りました。しかもその相手は前作主役ですらない脇役。彼の出番は終わり、ベソをかいているうちに、いつの間にか物語も終わっていました。
どうしてこんな事になったのか、考えても答えは出ません。制作陣は言い訳しかしないし、作品は皆さんご存知の通りあの体たらくだからです。結局種の真の主役はキラ・ヤマトだったのに、シン・アスカは失敗作DESTINYを背負わされ、今でもまだ多くの人に嫌われ、疎まれ、そして同じくらい哀れまれ続けています。
逆転DESTINYも、着手する前はシンをどうするかが一番の課題でした。案はいくつかあって、一つがシンを当初のように「フリーダムを仇と恨んでいる」として、最強の敵としてキラの前に立ちはだからせるというもの。これならザフトに入隊する理由になります。フリーダムと戦うためには、オーブ軍にいては無理ですから。シンにとっては仇でも、仮にもフリーダムはオーブを守って戦ったんですから。
う~ん、しかしそう思うとやはりこれが「シン=ザフト軍人」にした理由だったのに、途中で改変されたということでしょうかね?
ただしこの「シン=最大の敵」パターンには大変な改変が必要になりますので、シナリオを外れてしまうかもしれない。それはちょっとしたくなかったですし、シンが復讐鬼だったり反クライン・反アスハのレジスタンスであるような優れた二次創作も多いので、餅は餅屋にお任せするのが一番と思いました。
もう一つは、DESTINYを全て「シンおよびミネルバの視点のみ」から見るというもの。キラたちアークエンジェルの動向を「一切・全く」描写しない事で、シンにとっては彼らはダーダネルスでいきなり出てくるという「なんだかよくわからない連中」にするわけです。これはシンの物語のみを追うからには有効な方法に見えます。アークエンジェル側の動向を描写しないとなると、削れる脚本もものすごく多いという事でもあります。
けれどこれでは、私が逆転を書く大きな理由だった「カガリの成長」「ラクスの責任」「アスランとカガリ(およびディアッカとミリアリア)への救済」が描けない事になり、これも却下となりました。DSETINYのみを書き直すならこれもアリでしょうが、種を含めるとやはりキラたちの動向は入れたくなります。
そうやって考えた結果、最終的に固めていったのが現在の逆転のシンです。
とにかく軍人としては高いスキルと明晰な頭脳を持ち、冷静沈着で強い。仲間思いで友情に厚い。妹がいるため面倒見がよく、さらに女の子に過度な期待を抱かず扱いに慣れている。
問題はアスランへの反抗です。彼の気の荒さ、生意気さ、感情的で子供っぽいところをどうやって処理すればいいのか…それを解決するための設定がPTSDの後遺症による「適応障害」でした。
こういう枷となってのしかかるような「眼に見える過去」を与える事で、シンが自分が敵と見なしたり相手の好意を感じ取れなかったりした時に無意識に起こしてしまう「防御的攻撃行動(積極的自衛権?)」によって、大人にとっては「扱いにくい、いやな子供」にできました。
とはいえ、私も初めから全て思惑通り描けていたわけではありません。これまで色々な裏話でお話してきたように、シンについては最初はほぼ手探りでした。PHASE13くらいまではむしろなかなか思い通りのキャラにできず、書くのが辛かったくらいです。
けれどPHASE15からアスランが絡むようになってからは変わっていきました。本当は本編もこれが正しかったはずです…つまり、「シンはアスランと絡んでこそ生きるキャラ」だったのです。結果は、何しろ制作陣が「両者の関わりを全く描写しなかったので関係が築けず、結局既に出来上がったキャラであるキラを出す事でお茶を濁した」ため、あんな結果になったわけです。
今回の物語は、この失敗を踏まえて描いてきたアスランとの関係性、決裂、対決と、本編で全く語られなかったシンの本音の部分を吐露させるためのPHASEです。逆に、本編はここで何があったのか。気絶したシンが死んだステラと霊界通信をしていたのです。せっかくルナマリアが彼を介抱しているのに、バカじゃなかろうか制作陣は。死んだ人間と話なんかできるはずがないんですよ。生きている時にきちんと話もせずに、ご都合主義で口寄せしてんじゃねーよと思います。
目覚めたシンは、ルナマリアに本心を語ります。
アスランに敗れたものの、危険に晒したルナマリアを守れたこと、そしてオーブが討たれなかったことが、シンの心を溶かしました。ここで泣いてる場合じゃないんですよ。シンは今こそ、自分が本当に何を望んでいたのかを見つめ直すべきなんです、物語上。そしてその相手がヒロインのルナマリアであるのは当然なのです。これでこそ主人公ですよ。
本編にはなかったのに、PHASE49でシンとルナマリアを決裂させた理由は、ここでシンがなぜルナマリアに本当のこと(アスランはスパイなどではなく、メイリンは巻き込まれただけだと言う事実)を言えなかったのかと言わせるためでした。
ステラが死んだ時、安易にかわした「約束」を守れなかったことを嘆き、同じく守られなかったネオとの「約束」に泣かせたのは、シンに「嘘」の痛みを与えるためでした。何しろシンは嘘でもいいから最後に平和になればいいと信じているのです。アスランは、それではいつか結局問題が起きると立ちはだかるのですが、両者の関係はこじれていますから説得は効きません。ではどうするか。シンがそれを自ら悟るには、自分自身が「嘘」に傷つく必要があります。全てはここで生かすための伏線であり、広げた風呂敷でもありました。
シンが嘘をついたのは、自分自身の心を偽っていたから…あの日大切なものをなくした怖さから、もう何もいらないと尖りきり、攻撃的だったシン。けれど元々は幸せな少年時代を送ってきた事もあり、仲間たちに癒され、時に癒されて穏やかになっていきます。けれど今度は、新たにできた大切なものを守ろうとして攻撃的になってしまう…防衛本能が強いからこそ、攻撃は無差別になり、さらには盲滅法になってしまうのです。ミネルバもステラも、彼にとっては何よりも守るべき大切なものだったからです。
ルナマリアはそんな中でも最も大切な宝物です。逆転の2人は傷の舐めあいカップルなどではなく、徐々に恋愛へと発展してきましたから、シンにとって彼女はとても大事な存在です。真実を告げなければと葛藤しながらも告げずにいたシンが告白を決断したことも、ルナマリアが怒ったことも、ここでシンに自分を見つめ直させるためでした。
「もう何もなくしたくなかった」
シンはわーわー泣いた本編と違い、こう言って一筋、涙を流します。そうです。これが、これこそがシン・アスカの戦う理由なのだと思います。
ルナマリアは優しく彼を抱き締めて赦します。これは、そんな事は彼女にとっては言われるまでもないという表現です。だってシンはちゃんと彼女を守りきりました。約束は果たされているのです。アホらしい本編のように、ルナマリアはビッチではなく、シンは「ルナマリアを殺してでも…!」などと視聴者に誤解させるような狂戦士ではありません。
だから本編では触れられなかったルナマリアの行動についても、ここで語らせることができました。彼女は戦いの邪魔をして「ごめんなさい」と謝り、シンは「どうせ負けてた」と敗北を認め、彼女が無事だった事を喜びます。
そして、「アスランは強かった」そう認める事で、シンはアスランからの問いに答えを出そうとします。欲しかったのは力と答えたけれど、本当は…
ここでルナマリアが言った言葉…「優しくて温かい世界」は、PHASE30でシンがネオと約束した、ステラを返すべき「世界」です。それを知るはずのないルナマリアが言う事で、彼女がこの世の誰よりもシンを知り、シンを理解していたとわかるわけですね。
「だってあなたは、オーブの子だもの」
驚いたシンにルナマリアが言ったこのセリフは、実はとても気に入っています。シンは、誰よりも平和な世界を知っている…アバンで気を失ったシンが思い浮かべたのは、逆種PHASE26で描いた、そのまさに幸せ一杯の「オーブの少年」なのです。死んだ人との霊界通信などであるわけがありません。
こうして、苦しみを乗り越えたシンの長きに渡ったオーブを巡る愛憎の物語がここに完結しました。
さて戦場はと言えば、本編同様キラのストライクフリーダムがミーティアを装備して要塞をぶち壊しまくっています。
さらに撃墜されたミネルバでは退鑑準備が進められていますが、タリアはこっそりアーサーを呼んで後を託します。艦長と議長の不倫についてはどういう扱いだったのかは想像の域を出ませんが、アーサーはいいキャラクターなので最後に少し絡めてみました。
要塞内に入ったキラは破壊行為の後、生身で侵入します。そしてついに議長と対峙するわけですが、ここで逆転ならではの改変が始まります。
無論、アスランがキラを追いかけた事ではありません。FPでは「ただそこにいただけ」とはいえアスランが出現しているので、これは逆転展開ではないのです。
逆転オリジナルなのは、シンがメサイアに行こうと立ち上がったことです。本編では女の胸で泣き崩れ、もう立ち上がれないほどのダメージで涙目のまま終わりましたが、逆転のシンはそんなヤワな男ではありません。
このために議長という最高権力者に対し、「間違ってたら討つ」と言わせたのです。逆転のシンはこんなところで終わるような主人公ではないのです。
ルナマリアが乗ってきたインパルスは、アスランとの勝負で傷ついてはいますが、デスティニーほどではないはずです。最終戦で主人公を旧主役機に乗せる展開(エルガイムとか)は嫌いではないので、ここはインパルスを操縦してもらいました。
けれど要塞の破壊状況を見たシンはルナマリアを残す事にします。危険だからということと、脱出口の確保も冷静に視野に入れています。二人のちょっと可愛らしい「会話」を経て、シンは議長の元へ向かいます。
そして逆転ならではのビックリドッキリ、「キラ・ヤマト=小さな女の子」という事実を知って驚愕します。そら驚くよね…ってか、こんなこと現実では絶対にありえないしね。
本編の議長とキラの会話はこれまた電波会話もいいところでして、キラは相変わらず何を言っているのかよくわかりません。とはいえここは、何しろ最終最後の結論を出すべきクライマックスですから、疎かにするわけにはいきません。
議長は自分を殺せば、世界はまた元の混沌と戦争を繰り返す無知蒙昧なものに戻ってしまうといいます。過去の大戦でいやというほど身に沁みているキラにもそれはわかります。きちんと考えもせず、決断もせずに流されていく「サイレント・マジョリティ」の凄まじい「力」が、世界を変えてしまう…キラがクルーゼとの戦いで得た答えは、同時に逆デスのテーマの一つである「力」についてでした。「力」には様々な形があると示したかったのです。
駆けつけたアスランに議長が皮肉を言うのは、アスランには本編とは違って最後までザフトの赤服(パイスー)をまとわせると決めていた時から構想していました。というか、この2人が何も話さないなんてかえって不自然です。アスランには途中からですが議長とキラの意見の応酬を聞きながら、自分も彼の舞台に上げられていたこと、彼に翻弄されたカガリや、哀れにも散ったミーアの運命を想ってもらいました。
キラはアスランの登場に勇気づけられ、哀しく苦しい思い出ばかりと思える過去にも、出会いがあり、変わった運命がある事を思い出します。ここも「過去が一歩踏み出す勇気をくれた」証です。
変わろうとすれば、変わっていけること…それを知っているから、キラはきっぱりとその力が未来を拓くと言うのです。
変わろうとする力が、世界を変える…新しい世界を望もうとしていたシンもレイも、この言葉を噛み締めます。旧世界を壊し、命を奪って手に入れる新世界と、穢れて歪みきってはいるけど、可能性を信じて変わろうと努めていく世界…レイの中では葛藤が起きます。自分が生きるのではなく、シンが生きるべき世界はどちらなのか、と。
「覚悟はある!僕は戦う!」
本編では「いやいやキラさま、そう言われましてももう今日で最終回ですがな」「つか2年間ニート生活を満喫してたのはどこの誰だよ」「誰がどう見てもキラ様が主役ですありがとうございました」というツッコミが入れられたこのセリフ、議長の問いかけの答えにはなっていないこのセリフは、逆転では過去を踏まえて成長したキラの決意として言わせました。
とはいえやっぱり「なんでここでキラ?」と思わずにはいられません。これも原作準拠の辛いところですな。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
2011/5/22~2012/9/12
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