忍者ブログ
機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
[43]  [44]  [45]  [46]  [47]  [48]  [49]  [50]  [51]  [52]  [53]  

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

この日、オーブでは冷たい雨が降っていた。
海岸線が雨に煙り、夏が終わりかけている事を感じさせる。
ミリアリアはタオルを抱えて医務室に向かっていた。
(なんだかすっかり看護師さん。ホントにライセンス取ろうかなぁ)
コードを入れて扉を開けると、ネオが退屈そうにモニターを見ている。
「こんにちは、可愛い子猫ちゃん」
「こんにちは、少佐」
「おまえら、わざとだろ」
ネオはふくれ、ミリアリアはくすくすと笑った。
一方メイリンは支給された小さなタブレットをいじっていたが、彼女を見ると軽く頭を下げた。
すっかり回復して元気になった彼は、もう自由に動いていいと許可が出ている。
ミリアリアはそのまま歩を進め、カーテンを開けてアスランの部屋に入った。 
「起きてる?」
「ええ」
アスランは小さな声で返事をした。

拍手


アスランもやっと回復してきて、ベッドの上に座る事ができるようになった。
湿潤が収まり、傷ももう十分乾いてきたので、ミリアリアが単独でガーゼと包帯を取り替えても問題ないと判断されている。
キラの時はカガリがきめ細かく指示をしてくれたのだが、カガリはアスランの治療にはノータッチなので、医師がいない時はほとんど彼女が1人でやっていた。
(キラより重症の人をサポートなしなんて、よく考えれば変よね) 
「ちゃんと再生医療、受けなさいよ?」
ミリアリアはひどいケロイドが残りそうな傷を見て言ったが、アスランは曖昧な返事をするばかりだ。そもそも、額の傷も顔の傷も全く気にする様子がない。
実際両腕には銃創が2つも残っており、脇腹の大きな傷にもぎょっとさせられた。
自分とキラが焦げた毛先を切ったので、長くて美しい髪が少し短くなったことにも、果たして気付いているのかどうか怪しいものだった。
(とことん無頓着。こういうとこは男の子みたい)
処置が終わると、服を着せてやり、背中にクッションを当てながらミリアリアは努めて明るく訊ねた
「ねぇ、どうしてカガリと話、しないの?」
「…」
アスランは黙りこくって答えない。
「可哀想よ、彼。何か話したいことがあるみたいなのに」
そのままうつむいたアスランを見て、ミリアリアは少し首を傾げて苦笑した。
(んもう、頑固なんだから!)

アスランの眼が覚めるまでは寝る事すら忘れて付き添っていたカガリは、メイリンが回復してしまうといまや医務室に来る事も稀になっていた。
その理由がアスランの拒絶にある。
2人がほとんど話をしていないことに最初に気付いたのはキラで、何度もアスランに「カガリと話して」と言ったのだが、彼女はなぜか頑として聞き入れない。
間の悪い事にキラがラクスを救うために宇宙に上がっていなくなると、2人を繋ぐものが何もなくなってしまった。
カガリはいつも通り明るく、平静を装っているが、気にしていないわけがない。
(無理しちゃって)
カラ元気の彼を見るたび、ミリアリアも胸を痛めていた。
「話せるなら、ちゃんと話した方がいいと思うよ」
ミリアリアは温かいお茶を注ぎ、カップを渡しながら言った。
「だって、話せるって、すごいことじゃない」
「え?」
アスランは怪訝そうにミリアリアを見た。
(ほら、あなたはなんにもわかってない)
ミリアリアは優しく微笑んだ。
「どんなに話したくても、もう二度と話せないこともあるのよ」
「あ…」
アスランがはっと気付いてカップを落としそうになったので、ミリアリアが慌てて支えた。そして「気をつけてよ」と笑う。
「また火傷が増えちゃう」
「…私…」
アスランは彼女が言わんとしていることを汲み取り、何か言おうとした。
けれど何も言葉が見つからない。
(彼女が心から会いたい人を奪い去ったのは、自分だ…)
キラに説明されても、いつ、どんな風に彼を殺したのかさえ覚えていなかった自分を思い出し、アスランの心がちくちくと痛んだ。
「ああ、あなたを責めてるわけじゃないの」
ミリアリアがアスランの様子に気付いて明るく言った。
「ただね、もう一回話ができるなら、やっぱり言いたいことはあるのよ」
アスランは何度か眼を逸らしかけて、そのたびに彼女を見つめ直した。
(眼を背けてはいけない…あの頃の私が犯した、重い過ちから)
けれどその視線の先にいるのは、憎しみでも怒りでもない、ただ優しく微笑む瞳があった。ミリアリアは静かに言った。
「やっぱり、会えるって、話せるっていいなって思うの。うん…ちょっとだけ、羨ましいかな?あなたたちのこと」
「…ミリアリア…」
「だから気になっちゃっただけ。ごめんね、余計なこと言って」
カップを片付けるとミリアリアは「またね」と部屋を出て行きかけた。
アスランは結局何も言えなかった。
ミリアリアも無論、謝罪や懺悔を聞きたかったわけではない。
ただ傍から見ても痛々しい2人を見ていられなかっただけだ。
「あ、そーだ」
カーテンを開けかけて、ミリアリアは明るい表情で振り返った。
「私も、話せるなら話さないとね…連絡してみるわ。全部終わったらね」
アスランはそれを聞いて、自分やイザークといる時と、彼女といる時では表情が全く違う彼を思い浮かべてふっと笑った。その時はきっと、心から喜ぶだろう。

「あら、艦長」
ミリアリアがカーテンの向こうから出てくると、珍しくマリューが来ていた。
「ちょっと、アスランさんの様子を見に来たの」
キラさんがいなくなったから、寂しいかなと思って、とマリューは言う。
「交換、終わりましたからどうぞ。ずいぶん元気になりましたよ」
そのまま「お先に」と部屋を出て行くミリアリアを見送り、マリューはこちらを気にしながら、上の空でモニターを見ているネオの広い背中を見つめた。
「話せるなら…か」
マリューは呟き、コツンと自分の頭を拳で軽く叩いた。
傷つきながらも前に進み、その上他人を思いやれるミリアリアのさりげない優しさと本当の強さを見せられ、ひどく情けなくなる。ネオを収容した時、動転し、ただ泣きじゃくるばかりだった自分の傍で、優しく慰めてくれたのも彼女だった。
(本当に…私はいつまでたってもだめねぇ…)

アスランはクッションにもたれながら、ため息をついた。
カガリと話さなければ、という思いはもちろんある。
けれどうまく話せない。一体何をどう話せばいいのかわからない。
(私は何で、こんなところにいるんだろう…)
あのままオーブにいれば、今とは違う状況だっただろう。
どこからやり直せる?やり直すべきところはどこ?
(戦争を止めようとした。それでプラントに行ったのに)
ザフトから逃げ、シンに討たれ、結局ここに、オーブにいる。
メイリンまで巻き込んで、キラに、カガリに、皆に心配をかけて。
(一体何をやってきたの、私は…)

「気になるの?そのニュース」
アスランの見舞いを終えたマリューが、いつものようにさっさと医務室を出ずに椅子に座ったので、ネオは驚いて向き直った。
(珍しいな…挨拶以外は無視するのが当たり前だったのに)
モニターには随分片付けられたヘブンズベースの様子が映っている。
デストロイが大きな貨物船に載せられるというのが今日の目玉だ。
ネオはじっとそれを見つめている。
「この…」
やがてネオが画面を指差した。
「…これに乗ってたパイロットのこと…わからないか?」
「え?」
その言葉にマリューが驚いて聞き返した。
だが、ネオはそれきり口をつぐんでしまう。
マリューはしばらく次の言葉を待っていたが、ネオがずっと無言のままだったので、探るように訊ねた。
「あなたの…部下?それとも…」
「いや、いいんだ。忘れてくれ」
デストロイが重機で引き上げられると、シンたちが斬りつけた傷が無残に機体に残っているのがはっきりとわかった。コックピットを貫かれているもの、爆発でハッチが吹き飛んで剥き出しになったもの、サーベルの熱で金属がめくれ、大きく反り返っているものなど、どれもこれも見事にパイロットを狙って攻撃を仕掛けている。それはパイロットの生存を絶望視させるに足る破壊力だった。
(あの、鬼神のようなインパルスの小僧ならやりかねない)
ネオはほっとため息をついた。
「あいつらの事は、もう…忘れてやってくれ」
もしスティングが乗っていたとしても、生きてはいまい。
万が一生きていたとしても、今の自分にはもうどうにもできなかった。
(きっと記憶を消されて、俺のことも忘れ、さらに不安定になったろう)
訓練されていたからもちろん残酷なところもあったが、普段のスティングは物静かで、面倒見がよくて、アウルやステラを本当に可愛がっていた。
口が悪くてわがままでやんちゃなアウルも、ネオの言う事はよく聞いた。
心が幼いステラに至っては、まるで父親のように彼を慕っていた。
(哀れなあいつらを、物のようになど…扱えなかった)
どんなに残虐で、どんなにもう普通の人間ではないと言われても…なのに、結局は物として、兵器として死んでいった彼らを想うと、苦しくて哀しかった。
そして、自分以上にステラを大切に想ってくれたただ一人の彼との約束を守れなかったことが、何よりも痛くて辛かった。
「だから、絶対に約束してくれ!」
真っ直ぐな赤い瞳が心を突き刺す。
「彼女がいやがる事とは絶対遠い、優しくて温かい世界へ返すって!」
そんな約束、守れるはずがなかった。
わかっていたのに、あいつに約束した…そして約束を破り、ステラをデストロイに乗せ、殺したのだ。
「初めから存在していなかったようなものなんだ…だから…そんなものはなかったんだと忘れてしまえばいい」
ネオは暗い声で吐き捨てると黙り込んだ。
(そうすれば、あいつらを死に追いやった俺の罪もなくなるのだろうか)
そんなわけがないと思いながらも、ネオは今、消え入りたい思いで一杯だった。
「忘れちゃだめよ」
その時、マリューが呟いたので、ネオは驚いて彼女を見た。
「だって、あなたは知ってるんでしょう?なら、忘れちゃだめ」
優しく微笑みながらマリューはもう一度言った。
「あなただけでも、ちゃんと覚えててあげなくちゃ。覚えてるのは辛いわよ。でも、覚えてるから…また会えるのよ」
「あんた…」
ネオはじっとマリューを見つめた。
(涙…?)
はしばみ色の瞳に浮かぶものを見て、彼は思わず手を伸ばしてしまう。
それに気づいて、マリューは思わず身を引いた。
「ごめんなさい。もう行くわね」
そう言って慌てて立ち上がったのは、そのまま触れられたらすがってしまいそうだったからだ。誰よりもよく知るそのぬくもりに、きっと寄りかかってしまう。
(それはできない…彼はムウではないのだから)
逃げるように部屋を出て行ったマリューの姿が消えても、ネオはいつまでも扉を見つめ続けていた。

マリューが去り、話し声が消えてしまうと、医務室はまた静かになった。
アスランは掌まで包帯が巻かれた自分の手を見た。指は自由に動く。
神経はやられていないから安心しなさいと年老いた医師は言ってくれた。
(どうして…あんなに焦っていたんだろう)
ミネルバで戦っているシンたちを見て、ザフトに残り、プラントを守っているイザークやディアッカを見て…
(あんなに、戦うのはもういやだ、やめなければと思ったからこそ、プラントを去ったのに…カガリと一緒にいようと思ったのに…)
戦後、オーブとて決して問題がなかったわけではない。
(カガリのそばにいても、苦労するのはカガリばかりだった)
亡国の英雄として祀り上げられたカガリを傀儡として、セイランが権力を握ると、最初の頃、カガリはほとんど政治的発言権を持たなかった。
けれど負けん気の強い彼は必死に勉強を重ね、自分なりの理想を模索し、実現しようとして、海千山千のセイランたちに戦いを挑んでいった。
何度傷つき、叩かれ、打ちのめされようと、折れることなく、明るい笑顔を見せる彼は、ゆっくりではあるものの、着実に強くたくましくなっていった。
けれどアスランは、そんな彼を具体的に助ける事ができず、ただ傍で見守るしかできなかった。
カガリには何も言っていないが、ユウナからはずっと「女のくせに、彼の慰めにすらなれないなんてね」と馬鹿にされ続けていたことも、彼女を傷つけていた。
そんな事をすれば、むしろ彼女はカガリと自分を引き離すいい材料にしただろう。アスランは矜持を守るため、ユウナの意地の悪い罵詈雑言に耐え抜いた。
(でも、結局私には何もできなかった。何より、何もできない自分が嫌だった)
その一方、自分にもきっと何かできることがあるはずなのにと思っていた。
(全ては私の甘え…いいえ、奢り?プライド?つけ上がってた?)

―― こんなはずじゃない。世界がこの私を見捨て、排斥するなんて…!

(そんな醜い自分がいたんじゃないか…そう思うといたたまれない)
キラに敗れたと悟った時、心のどこかで、キラが自分に勝るはずがないと思っていたことに気づかされ、その思い上がりを恥じたように、ラクスが自分を置いていくはずがないと信じ込み、自分がいつの間にか彼を侮っていたと気づかされたように、アスランは再び深い自省を余儀なくされていた。
しかし結論など出るはずもない。
(だめだわ)
思考がぐるぐる巡って収拾がつかなくなり、アスランは額を押えた。
いつもこうだ。カガリとキラに会った時も、キラに墜とされた時も、シンと言い合った後も、議長と話した後も、いつだって自分はこうなってしまう。
「…わからないんだもの…」
「何が?」
その途端、カーテンの向こうからカガリがひょっこり顔を出した。

「アスラン、帰ってきたんだね」
「ひどい怪我をしてたけど、ずいぶんよくなったんだよ」
ムチャするからね…とラクスは苦笑し、着替え終わったキラとブリッジに向かった。
「でも、カガリと口利かないんだ…」
そう言ってキラが沈んだ表情を見せると、ラクスが優しくその肩を抱いた。
「大丈夫。何も心配いらないよ」
そしてそのまま「お待たせ」とブリッジに入ると、クルーたちがやんやとキラを迎えた。
エターナルは逃亡を続け、以前からいくつか見つけてある隠れ場所のうちの一つ、廃棄コロニーのドックに潜んでいた。ここなら水も空気も重力もある。
「ようこそ、元バーサーカー」
「やめてください」
キラは苦笑しながらバルトフェルドが淹れてくれたミルク入りのコーヒーを受け取った。
「しかし今はもう、この名はあのインパルスのパイロットに捧げたいかな?何しろ天下無双のフリーダムをやったんだからなぁ」
「はい…本当に強いです。インパルスのパイロットは」
「うーん、とはいえ今日のきみが言うとそれも嫌味にしか聞こえんね」
バルトフェルドの切り返しに、ブリッジが笑いに包まれる。
しばらく歓談が続いた後、ラクスがスキャンしたノートの内容をモニターに映し出して言った。
「さて、じゃあ議長が何をしたいのか、推測を始めよう」
ラクスがページをめくっていくが、ほとんどが走り書きのような内容だ。
「これだけじゃなぁ」
ダコスタたちも顔を見合わせる。
「やはり、デスティニープランってのがそれなのか?」
「デスティニープラン…?」
キラが聞き慣れない言葉を口に出してみた。
「うん。それとは少し違うけど、面白い事が書いてあるよ」
ラクスがポインタを示したところには、「SEED」とある。
「Superior Evolutionary Element Destined-factor」の略で、解明されていない特別な能力を持つ者が出現する可能性を示唆している。
「それって、突然変異のようなものですか?」
ダコスタが訊ねた。
「それこそ、バーサーカーのような能力ってことかもしれんな」
「そんな…コーディネイターなら誰にでもあり得ると思いますけど」
バルトフェルドがにやにやして言うと、キラは口を尖らせて言い返した。
けれど心のどこかで、時折戦場で感じる恐ろしいほど研ぎ澄まされたあの感覚がそうなのではないかと思い至り、それを口にするには何となく抵抗感があった。
自分がまざまざと「人とは違う」と思い知らされるような気がしたのだ。
「けど、確かに生物の進化は突然変異の繰り返しですからね。コーディネイターだってまだ数世代です。生物の進化に比べたら僅かな時間に過ぎませんよ」
「そうだね。変異は眼に見える、わかりやすいものばかりじゃない」
ダコスタの言葉にラクスも相槌を打った。
「それじゃ、その壮大な『進化』とやらはハネクジラにでも任せるとして…」
バルトフェルドがコーヒーカップを持ち上げて言った。
「どっちにしろ、俺たちコーディネイターは、今さら遺伝子どうこう言われたって困る。何しろ人はもう、その禁断の方法を知ってしまったんだからな」
「じゃあ、ナチュラルもこれからは遺伝子操作をしましょうって奨めるんですか?」
ダコスタのこのえらく大雑把な案には皆が大笑いした。
そんなものは昔から散々あった問題だ。
ブリッジクルーからも「今さらそこに戻るのかよ」と野次が飛ぶ。
「だけど、今ある問題はコーディネイターとナチュラルの能力差でしょう?」
キラにまでくすっと笑われたダコスタは憤慨し、不満げに言い返した。
「もし今度は遺伝子が人生や運命を決める…なんてことになったら、ナチュラルなんか大博打ですよ。だって連中の遺伝子は、我々と違ってどうなるかさっぱりわからないんですから!」
途端にはっと空気が凍りついた。
ラクスが青く美しい瞳を見開いてダコスタを見つめている。
「…あれ?俺…なんか、変な事言いました?」
「デスティニー…」
「プラン…?」
バルトフェルドとキラも顔を見合わせた。
「定められやすいコーディネイターと、一発逆転もあり得るナチュラル…運命を決める遺伝子が競い合い、戦う世界か…なるほど、面白いね」
そしてラクスは「やっぱりダコスタくんは優秀だ」とにっこり笑った。

ジブラルタルへの入港はお祭り騒ぎだった。
これまでもミネルバの寄港はどこでも歓迎ムード一色だったが、今回ほどにぎやかな出迎えは見たことがない。
それはまさに「凱旋」だった。
花火が打ち上げられ、音楽が鳴り響き、人々がザフトマークの旗を振ってミネルバを迎えている。シンは休憩室のウィンドウからその熱狂ぶりを眺めていた。
ミネルバが率いているのは反ロゴス同盟軍、今は名実共に「連合軍」だ。
デュランダル議長の人気はうなぎのぼりで、戦争が終息に向かい、平和が訪れた事で皆浮かれている。
(戦争のない、平和な世界…)
誰もが銃弾や砲弾に怯えることなく、安心して生きられる世界。
人々の笑顔を見ていると、シンの記憶の奥底にある「平和な国」が蘇る。
(これで本当に、俺が望んだ世界になったのだろうか…)
シンの手が、ポケットの中の携帯電話を握り締めた。
(マユ…父さん、母さん…)
これであの日失ったものを、俺はようやく取り戻せるのだろうか。

基地に着くと祝賀イベントが目白押しだった。
ラクス・クラインの慰問イベントもその一つで、ヴィーノやヨウランは相変わらずセクシーで可愛い女の子たち目当てですっ飛んで行った。
一方シンたち赤服は、議長や軍のお偉いさんとの食事会だの、基地のある地元の名士に招かれてのパーティーだの、メディアの取材だのが続き、毎日がやけに忙しく、めまぐるしかった。
「なーんか戦争って、終わってからも大変なんだな」
ジープの後部座席を一人で陣取って座っているシンがぼやくと、「ホントね」と助手席のルナマリアが振り返って頷いた。
「機体の整備とかデータ整理とか、地味だなぁって思ってたけど、あれだけやってればよかった頃は、こんなに肩、凝らなかったよね」
「次はどこだって?」
シンは運転しているレイに尋ねた。
「今日はこれで終わりだ。ああ、けどシンは議長に呼ばれていたろ」
「ああ…」
シンは約束を思い出し、ルナマリアはきょとんとして訊ねた。
「なぁに?」
「俺たち3人の叙勲が決まったらしい」
レイが答えると、ルナマリアは顔を輝かせてパンと手を打ち鳴らした。
「ホント!?」
叙勲といえばネビュラ勲章…ザフト軍人にとっては最高栄誉だ。
(私…アスランと同じ勲章を貰うんだ)
「嬉しい」
ルナマリアはしみじみと呟くと、眼を閉じて微笑んだ。
(これからももっと頑張ろう…いつか必ず、あの人を超えられるように)
そう考えてふと思い当たり、ルナマリアはもう一度後ろを振り返った。
「あれ?じゃ、シンは2つ目ってこと?すごいじゃない!」
「とーぜんでしょ。格が違うよ」
このぉ!と朗らかに笑うルナマリアとハイタッチを交わし、シンも明るく笑った。

3人の代表として、叙勲の内容と授与式について補佐官から簡単に説明を受け、議長からねぎらいの言葉をもらったシンは執務室を辞した。
(メイリンを、アスランを討った俺が、褒め称えられて勲章を貰う)
シンはふぅと息をついた。
(俺が本当は何をしたかは問わないで、それも「貰えば本物」か?)
アスランが逃げた理由に気づいていながら…メイリンが巻き込まれただけだと知っていながら…
(俺がやったのは、逃げ惑う弱者をいたぶって殺したも同然だ)
ふん、とシンは自虐的に笑った。
もちろん、彼らの功労はヘブンズベース攻略戦での戦いぶりだが、アスランとメイリンの件が心に引っかかっている今は嬉しくもなんともなかった。
シンが歩き出そうとした時、廊下の暗闇に誰かがいた。
シンはいぶかしげに佇んでいるその人影を覗き込む。

「……アスランを…殺したの…?」

それはラクス・クライン…ミーア・キャンベルだった。
「きみが…脱走兵を討ったって…それ、ホントなの?」
暗がりにいるミーアの顔がどんな表情なのかはわからなかった。
けれど声が震えている。シンは何も答えず、通り過ぎようとした。
シンが目の前を通った時、ミーアはたまりかねたように言った。
「アスランは…追われて…仕方なく逃げたんだ…なのに、きみは…!」
「追われるようなことをするからだ」
シンはピシリと言った。
シンが言っているのはもちろんスパイ容疑のことなどではない。
自分たちより、アークエンジェルを、フリーダムを選んだこと…それが、彼が思うアスラン・ザラの「罪」だった。
ミーアはその冷たい答えに一瞬息を呑み、それでも反論した。
「でも!アスランはこれまではちゃんと役割を果たしてた!」
「…役割?」
シンはその、聞き覚えのある言葉を耳にして足を止めた。
(きみたちのようにその力と役割を知り、それを活かせる場所で生きられたら…)
「きみだってそうだ!皆、議長の決めた役割を果たしてる!僕だって、ちゃんと…」
「俺が役割を果たしてるだと?」
「そうだよっ!」
苛立つように叫んだミーアの声が裏返った。
「きみはずっとずっとずーっと、議長の言うとおりに戦ってきたんだ!議長に選ばれて、議長に言われるままに、議長が決めた敵とね!」
「…ふざけるなっ!」
シンはその言葉を聞いて怒りのこもった声で怒鳴った。
「俺は俺の意志で戦ってるんだ!」
自分が戦うと決めた理由…力を欲したあの時のひどく疼く痛みが蘇ってきた。
何よりも大切なものを守る力がなかったこと、奪われた命を前に泣くしかできなかったこと、全てを取り戻したいと願った、あの時の無力な自分を思い返した。
「役割とか言われるままとか、そんな事で戦ってるわけじゃない!」
「だからっ!!それこそがきみの役割なんだよ!何も知らないくせに!」
ミーアはシンの怒声に一瞬ひるんだが、負けじと言い返した。
「議長は全部知ってるんだ。きみが…戦うことしかできない人間だってね!」
「な…っ!」
シンは思いもかけないその言葉に虚をつかれ、言葉を失った。
(戦うことしか…できない…?俺が?)
そんな事はこれまで考えたこともなかった。
平和のためならと全ての虚実を受け入れて戦うと決意した自分が、逆に戦うことでしか存在意義を示せなくなるなど…シンの脳裡にルナマリアが、レイが、メイリンが、ステラが、マユが、ハイネが浮かんでは消えた。
「殺されたから殺して、殺したから殺されて…」
そして最後に、哀れむような眼でアスランが問いかけてくる。
「それで本当に最後は平和になるの…?」
シンが黙りこんだ隙に、ミーアはずいっと前に出てさらにシンに詰め寄った。 
「でも、アスランは…もう、自分は議長の言いなりにはならないって…」
その眼がまるで泣いているかのように濡れていて、シンは一瞬戸惑った。
「きみがあんな事を言って、アスランを追い詰めたりするから!!」
シンはその言葉にカッとなり、ミーアの胸倉を掴んで壁に押しつけた。
「うぁ…!」
「俺のせいかよ!あいつが逃げたのも死んだのも、全部俺のせいか!」
襟元を締め上げられたミーアは、怯えたように口をパクパクさせている。
シンがそのままミーアを突き飛ばすと、彼はシンの剣幕にへなへなと腰を抜かし、無様にも廊下に尻餅をついた。シンは彼を指差しながら怒りをぶつけた。
「あいつは逃げたんだ!俺たちから!世界から!全てのものから!!」
けれどそう怒鳴りつけてから、シンは苦しげな表情で搾り出すように言った。 
「力があるくせに…結局何もしないで、俺を…俺たちを…裏切ったんだ…」
ミーアがごくりと唾を飲み込むと、シンはぎろりと彼をにらみつけた。
燃え盛るような怒りが、彼の赤い瞳をさらに赤く輝かせている。
「二度と俺に話しかけるな。姿を見せたら承知しない」
それきり、シンは一度も振り返らずに歩み去った。
「…んだよ…なんだよ…なんだよぉ…」
ミーアは項垂れ、悔しそうにつぶやきながら床を拳で何度も叩いた。

アスランの病室にはカガリに続き、カメラを構えたミリアリアも入ってきた。
「おめでとう。ひとまず退院で~す」
「部屋、移ってもいいってよ。どうする?移るか?」
それはキラ同様、アスランももうここにある様々な医療器械の力を借りなくていいほど体が回復したという吉報だった。
カーテンを大きく開けてストレッチャーごと治療室を出ると、相変わらず暇らしいネオが寝ているアスランを覗き込んだ。
「お、退院か?」
「本日を持って、むさい男部屋からはな」
「寂しいねぇ。バイバイ、べっぴんさん」
ネオは手を振り、メイリンも「よかったですね」と声をかけた。 
「ここが新しい病室よ」
2人はアスランを隣の部屋に運び、ガートルをセットし直した。
その後医務室に戻ると、必要な器具や道具を乗せたワゴンを運んできた。
「よし、完了」
カガリが「痛みは?」と聞くと、アスランは首を振った。
ベッドの背を少し起こし、ミリアリアがクッションを当て直して座らせると、アスランはほっと息をついた。
ミリアリアがキラも撮ったから、と「一時退院記念」と写真を撮ってくれたのだが、そのデータを見て改めて、自分がいかにひどい様子かを知ったアスランも苦笑した。
「あ、そうだ…ほら、これ」
やがて、カガリがポケットからハウメアの守り石を取り出した。
紐にアスランの血がべったりとついてしまったので、取り替えたのだ。
そこには指輪がかかっていて、これを彼女の指にはめた日を思い出す。
(なんでもないような顔をしてはめたけど、本当は心臓バクバクだったっけ)
カガリは大して昔でもない事を思い出して、ふと口元をほころばせた。
「カガリ…」
守り石を首にかけてもらうと、アスランは意を決したように言った。
「…ごめんなさい…色々と…」
(話せるなら、話さなきゃ…向き合ってちゃんと話さないことでどうなるのか、私はいやというほど知ってるはずなんだから…)
ミリアリアに言われた事が、アスランの心にじわじわと沁みていた。
「え…あ、いや…」 
カガリはそれを聞いて思わずミリアリアと顔を見合わせた。
ミリアリアが、アスランがカガリと話をする気になったと悟ってカガリの肘を軽く突くと、カガリも照れたような笑みを返した。
(やぁね、嬉しそうな顔しちゃって)
ミリアリアはついつい笑いそうになりがらもカガリに頷いてみせ、「じゃ、私は次、シフトだからもう行くね」と断って部屋を出た。あとは2人にまかせるべきだと考えたのだ。

2人きりになると、カガリは椅子を引いてきてベッドの傍に座った。
「俺こそ、ごめん」
そしてペコリと頭を下げる。
「俺のこと、許してくれるか?」
「それは…私の方でしょ?謝るのは」
アスランが慌てて言った。
「クレタでキラに言われたこと、私は…」
「俺さ!」
その途端、カガリはアスランの言葉を遮るようにやや大きい声で言った。
「…結婚…しようとした。おまえに、何も言わずに…」
アスランは黙り込んだ。
それも何度も考えたけれど、カガリを責めたくはなかった。
カガリが何の考えなしにそんな事をするとは思えなかったし、実際、キラからはカガリはユウナに脅迫されていたと聞いている。あの女ならやりかねない…むしろよく2年間も隠し通せたものだと、キサカの技量には感心するほどだ。
「…守りたかったんでしょう?オーブを」
カガリはその言葉が彼女の答えだと悟り、ほっとしたように笑った。
「私は…何かしたかった。本当は…戦争になるのを止めたかった」
アスランは考えても答えの出なかったことを少しずつ口に出した。
「私が欲しかったのは、何か…明確な、はっきりした答えだった。だから議長の言葉を信じた。その言葉に真実を見たと思ったの…」
「うん。あの人の言葉は、確かに魅力的だよ」
カガリが同意した。
「でも…キラが…」
アスランが呟いた。
「最初、キラは戦場を混乱させるばかりだと思って、私にはキラや、アークエンジェルの皆の事がわからなくなった」
カガリは黙って頷いた。
それは無理もないことだと思う。
(俺たち自身、あれは無茶をしたと思ってるんだ)
カガリは特攻して行ったババを、トダカを想い、眼を伏せた。
(止められるわけがないよな…あんな決死の覚悟をしてきた奴らを…)
「だけど俺は、後悔はしていない」
やがてカガリはきっぱりと言った。
「あの時、あんな戦いをしなければならなかった兵たちに、俺の声は届けられたと思うんだ。だから…あいつらのためにも、俺は…」
アスランはそんなカガリを見てキラの言葉を思い出した。
(でも!カガリは今、泣いてるんだよ!!)
確かに、彼は泣いていたのだ。心の中で、たった1人で。

「議長は、私に『戦う人形』という役割を与えていたの」
「役割?」
「それをこなさない者、こなせない者は、彼には必要ない」
カガリは柔和な中に鋭さを秘めたデュランダル議長の姿を思い出した。
アスランは役割を果たさなかった…言われるがままにただ敵を討つ事が間違いだと知っているからだ。それは前大戦で、自分たちも傷つきながら学んだ事なのだ。
「だから…脱走したのか?」
「殺されかけたのもあるけど…」
アスランは首を振った。
「何より、真実を知りたくて…信じられるものが欲しくて…」
寂しそうに言って俯いたアスランを見て、カガリはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「役割か…それを言うなら、俺にも『役割』はあるよ」
「…え?」
アスランは顔を上げてカガリを見た。
「あっちこっちから突き上げられて、言い負かされて、そりゃもう大変なオーブの代表っていう『役割』だ」
カガリはおかしそうに笑った。
「だけど俺はそれを『役割』なんて思わない。確かに、そうあるべく振舞ってはいる。でも何より大事なのは、そこに俺の想いがあって、願いがあって、望みがあることだろ?」
アスランは黙って聞いている。
「『役割』を演じるには、まず俺という人間が根底にあることだと思うんだ」
それからカガリは大げさに両手を広げて見せ、明るく笑った。
「議長は人を見る眼がないな。おまえみたいな意地っ張りの頑固者に、誰かの言いなりになるだけの人形が務まるもんか!」
それを聞いてアスランはくすっと笑った。
自分が長々と思い悩んでいた事など、カガリの前では消し飛んでしまう。
「でも…いざ戦争が始まってしまうと、一日でも早く戦争を終わらせるためには戦うほかに道は残されてなかったわ」
やがてアスランが呟いた。
「結局前の時と同じ。戦いを止めるために戦う。戦わなきゃ守れない」
まだ握力が回復しきらない手で毛布を握り締める彼女の声は、少し震えていた。
「だから…戦おうと思った…私が戦おう…私しか戦えない…」
「アスラン…?」
「キラには…もう戦って欲しくなかったから…」
キラは、自分の出生の秘密を知り、前大戦を戦って、自分には戦う事しかできずただ「力」しかないのではないかと悩んでいた。そんな風に苦しんで前に進めないでいるキラを見ていたから、もう二度と彼女を戦わせてはいけないと思ったのだ。
「キラのあの力を、誰かに利用させてはいけない」
それに…アスランはしばらく口ごもり、それからゆっくりと言った。
「世界が本当に平和になれば、カガリが守るオーブが無理な同盟を迫られたり、無益な戦いをする必要なんかない。そうすれば、カガリが二度と泣く事もない」
「アスラン…」
「誰も傷つけたくなかったから…自分だけが戦えばいい…だって、私は戦えるんだから…」
「おまえ…1人で、全部背負う気でいたのか…?」
「戦える私は、戦わなくちゃいけない…」
アスランの眼にみるみる涙が溢れだした。
「…でも、だめだった。私がやった事はむしろ周りの人を混乱させただけ。シンもルナマリアも、メイリンも、ミーアも…皆を傷つけて、ただ…逃げただけ…」

(自分だけわかったような綺麗事を言わないで!!)
(あなたの手だって、既に何人もの命を奪ってるのよ!!)

「キラに、あんなひどい事を言った。もう戦わせたくないと思っていたキラに、あんな…それに、あなたにまで気持ちをぶつけた」

(あなたにはオーブでやるべき事があるでしょう?)
(私は復隊したの!…今さら、戻れないわ!!)
 
「オーブと戦って、アークエンジェルへの攻撃を止められもしなかった。力も権限もあったのに、私には何一つ使えなかった。力があっても、だめだったの…」

ようやく気づいた時には、もう取り返しがつかなかった。
自分が間違っていたのに、戻る場所は結局ここしかなかった。

「謝って…あなたたちに許してもらえば終わりなんて…私にはできない…」

アスランはそのまま泣き崩れた。
それはかつて彼女がよくやっていた、声を出さない泣き方だった。
「ただ…戦争を止めたかっただけなのに…終わらせたかっただけなのに…」
「わかってるよ、それは」
カガリは立ち上がると、アスランの肩をそっと抱いた。
すっかり痩せているが、懐かしい彼女のぬくもりは変わっていない。
何も言わずに旅立ったのは、1人で勝手に全部背負いこんで、1人で勝手に命を賭けていたからだったのだ。間違ったと気づいて、結局戻るのはここしかなかったのに、戻ったら戻ったで顔向けできないからと、あんなにも自分を拒んでいた…
(それに、俺が二度と泣かないようにだと?)
カガリは彼女を抱き締めながら、あの忌わしい結婚式を思い出していた。
国のこと、民のこと、父のこと、世界のこと…それらを考えなければならないと思えば思うほど、何にも増して自分の心を占めたものが一体何だったのか。
あの時の自分の情けない姿を見せてやれたらいいのにと思いながら。
「…おまえはバカだな、相変わらず」
カガリが笑いながら呟くと、アスランはすぐに声を出して泣き始めた。
溜め込んでいた想いが溢れ、彼女が心を許せる数少ない相手であるカガリの胸元を、温かいものが濡らしていく。
「バカだけど…しょうがないよな…」
カガリは彼女が落ち着くまで優しく肩を叩き続けた。

やがてアスランの嗚咽が収まると、カガリが静かに言った。
「でも難しいな…今だって、誰が間違ってて、誰が正しいかなんて、誰にもわからないんだから。俺たちだって間違ってるかもしれない。だから別に、おまえが謝る必要なんかないんだよ」
「…」
アスランはカガリの胸に頭を預けたまま黙っている。
「そもそも、戦争を止めたいとか、終わらせたいなんて、誰でも思うことだろ?」
「うん…」
「皆そうしたくてそう言ってるのに、なんでそうならないんだろうな」
カガリがため息混じりに呟いた。
「やっぱりロゴスのせいなのか?しょうがないのかな?もうほんとに…」
「違う」
すると、少し落ち着きを見せたアスランがきっぱり言った。
「そんなはずないわ」
彼の胸の規則正しい鼓動を聞きながら、アスランは眼を閉じた。
(ううん…そう信じたい、絶対に)

「遺伝子だけで全部決められるなんて、やな感じですね」
ラクスが作ったデータをキラがプログラミングし、シミュレーションしてみせた遺伝子のスクリーニング結果を見て、ダコスタは顔をしかめた。
それは例えばAという規定を当てはめた時、遺伝子情報のみでセレクトしていくもので、コーディネイターとして伸ばされたはずの能力も、適性が低ければ無視されてしまう。無論、後天的に身につけたスキルなども含まれる事はなかった。
「希望通りいけばいいけど、もしいかなかったらどうするんです?」
「ホント、ダコスタくんの優秀さより、遺伝子の評価が低かったら大変だよ」
サイバースコープをかけたラクスがデータを整理しながら答えた。
「初めは職業だの結婚だのくらいで重宝されるかもしれんが、エスカレートして選択肢が狭まったり、それが当たり前になって可能性が狭まり、人の思考まで停滞し始めたらやばいかもしれんな」
バルトフェルドが言うと、クルーたちがうんうんと頷いた。
「ラクス…議長の目的はまだわからないけど」
キラが尋ねた。
「議長はこの計画を実行するために、これまで準備してたのかな?」
皆それを聞いて「あ…」と思い至った。
ラクスもそうだった、と手を止めた。
「ごめんごめん、それをキラに知らせるのを忘れてたね」
ラクスはデータを一旦ファイルに閉じこむと、別のファイルを取り出した。 
「まずはユニウスセブン。これが実行犯のリーダーなんだけど…」
サトーの顔写真がメインモニターに映し出された。
「彼はザフト脱走兵ということで、データは全て削除されている。テロに使用されたジン・ハイマニューバ2型の出所は、ディセンベルだと判明したよ」
キラが首を傾げた。
「アスランの故郷?」
「そう。そこで、1年位前に1人の情報屋が交通事故死した。モビルスーツの闇取引をやっていた彼は、その頃から急に羽振りがよくなって、いい仕事が入ったんだろうと仲間内では羨ましがられていたそうだ」
「雉も鳴かずば撃たれまいってヤツかな」
バルトフェルドが肩をすくめた。
「さっさと地球へでも逃げればよかったものを」
「でもこの件を調べていたら、少し面白い事も見えてきたよ」
ラクスが別の画像データを出した。
「かなり見づらいけど、これがその死んだ情報屋」
ポインタが指し示すが、データが荒れて確かに見にくい。
「その後ろに何がある?」
「あれ?ガイア…?」
ダコスタが指を差した。
「ここ、アーモリーですか?」
「…まさか…強奪も…?」
「どうかな」
ラクスはサイバースコープを指で持ち上げた。
「だとしたら、議長は大分手広い交友関係をお持ちだね」
次にラクスはもう1枚の画像データを示した。
「これは、僕をしつこく狙ってた過激派のリーダー。僕を襲ってきて、きみや隊長たちが撃退してくれた連中だ」
おお、とクルーが隊長に拍手を送ると、バルトフェルドはまぁまぁとなだめるふりをしておどけた。
「彼が見慣れない女性と会っていることまではつき止めたんだけど、この女性が何者なのかがわからない。そうだよね、ダコスタくん?」
「はい。データにも全く引っかからないんです。完璧になし」
「かえっておかしいんじゃないか、そりゃ」
バルトフェルドが言うと、苦労しているせいかダコスタが身を乗り出した。
「おかしいですよ!どこにも住民記録がないなんて、どう考えても変でしょ?」
黙って画像を指で送っているキラを見て、ラクスがすまなそうに言った。
「明確な証拠があまりなくてごめんね。調べてはいるんだけど…」
「疑いだけで疑っちゃ可哀想ってこともあるか?」
「いいえ」
キラはバルトフェルドに向かって首を振った。
「ザフトはアークエンジェルを攻撃しましたから。あれが今は一番の証拠かもしれません」
画像の中に無残なフリーダムの残骸を見つけ、キラは少し眉をひそめた。
「確かに私たちは戦場を混乱させたけど、ロゴスを討つと言って、急にこちらに攻撃を仕掛けてくるなんて…ベルリンの映像からもデリートしたし、議長はとにかく、一刻も早く私たちを消したかったんでしょう」
キラが言うと、ラクスも続けた。
「エターナルもね。テロリストの追撃に30機もモビルスーツを出すなんて、僕の時の新型投入といい、議長は太っ腹だよねぇ」
「おいおい、笑い事じゃないぜ」
散々苦戦したバルトフェルドが苦笑した。
そして彼はふと、少し前にラクスと話していたことを思い出した。 
ダコスタが調査から帰還したことで棚上げになり、追撃のドサクサとキラの登場ですっかり忘れてしまっていた。
バルトフェルドがモニターをつけると、相変わらずヘブンズベースの後始末と、プラントが手を尽くしてロード・ジブリールの行方を探しているというニュースが流れた。彼は(そうだ、この話が途中のままだったな)と思い出して訊ねた。
「ラクス、おまえはオーブを落とされたら、もう誰にもデュランダルを止められなくなると言っていたな?」
キラがバルトフェルドの言葉に驚き、それからラクスを見た。
「だが落とすも落とさないも、ヤツがオーブを討つ理由などない。同盟前は、あの国はプラントと友好関係を築いていたからな」
「確かに」
ラクスは答えた。
「カガリくんはオーブ危機を教訓に、ウズミ氏が執っていた栄光ある孤立路線をやや緩和させ、国際協調路線を執ろうとした。プラントとの友好関係もその表れだった」
「ただ残念ながら、弱みに付け込まれて条約締結なんぞしちまったがね」
キラはカガリがその事をどれほど悔やんでいるか知っていた。
力がなかったことに苦しみ、兵を無駄死にさせてしまったことをどれだけ悔いていたか、ことさらに口に出しはしないが、それゆえ逆に傷は深いと思わせた。
「心配しなくていいよ、キラ」
ラクスは浮かない顔をしているキラに笑いかけた。
「今のカガリくんならもうそんな事、絶対にさせやしないから」
キラは頷くと、疑問に思っていることを口にした。 
「でもそれって、オーブが…議長を止める事ができるってこと?どうして?」
「デュランダル議長のやろうとしていることの前には、オーブのような国はただの障害でしかないと思うんだ」
「なぜだ?」
「オーブは既に体現してしまっているからさ」
今度はラクスが肩をすくめて見せた。

ナチュラルとコーディネイターの理解と融合による「共存」
高い技術に裏付けられた、その意志を貫くための強い「力」
そして「戦争のない平和な世界」を目指すという「理念」…

「彼が『英雄戦争』でやったのは、どれもオーブがとっくに成し遂げた事ばかりだ」
ふむ、とバルトフェルドは考え込み、ダコスタたちもざわめいた。
「そんな『土台』を作って、ヤツは何をやろうとしてるんだ?」
「…デスティニー…プラン?」
キラが恐る恐る割り込んだ。
「ああ、そうか!」と、皆、ここで話が繋がった。
「なんにせよ議長は、地球とプラントを一つにまとめた、全く新しい世界秩序を創ろうとしているんじゃないかな」
バルトフェルドは「そいつはまたどでかい計画だな」と苦笑した。
だがそうなると同じ『土台』を持つオーブが邪魔というのは合点がいく。
「つまり今度は、世界が『保守』か『革新』かに分かれるってわけか」
「なら、余計にジブリールの動向は気になりますね」
「そうだね…最悪の事態も想定しておいた方がいいだろう」
キラはその言葉の意味を図りかねて不安そうに彼らを見つめた。
「やっぱり限りなく黒に近いグレーってヤツじゃないか、議長は」
「でも、戦いのない世界を創る為だからといって、こんなにも多くの血を流さなきゃならないなんて、私には正しいとは思えないんです」
やがてバルトフェルドが入れ直したコーヒーの香りを嗅ぎながら言うと、キラは頷いた。
「戦いで勝ち取られた世界は、またきっと新しい戦いを呼びます」
珍しく不愉快そうな声でキラが言った。
「アスランは、そんな彼を信じて…」
「そうじゃないよ、キラ」
ラクスが優しく取り成した。
「なまじ戦えるから、彼女はいつもその道を選んでしまう…」
少し哀しそうなラクスの表情を見て、キラは黙り込んだ。
「でもアスランだってわかってるはずなんだ。それじゃいけないってね」
確かに、かつてアスランと再会した時、一番驚いたのは彼女が戦う道を選んでいた事だった。幼い頃から頭がよくて穏やかなアスランが軍人になるなど、当時の彼女を知る人間なら、全く考えてもみない、恐らく最もそぐわない道だった。
(戦いは、人の往く道を捻じ曲げる…それも決まりきった『運命』だから?)
「きみの言うように、戦いから生まれるのは、また戦いだ」
ラクスが静かに言った。
「僕もターミナルで情報を収集し、ファクトリーで兵器を造っている。戦うためにね。戦いはより大きな力を求め、そして大きな力はまた戦いを呼ぶ」
「ラクス…」
「だけど僕らは今、信じて戦うしかない。それが間違いかもしれなくても」
キラはわからない事だらけの現状と未来を想い、ほっとため息をついた。
「…まるで、真っ暗な中を歩いているみたいだ…」
ラクスはその言葉を聞いて優しく微笑んだ。
「僕たちは皆、小さくても消えない灯火を胸に持っている。皆が集まればその灯火は明るさを増し、見えなくなった道を見つけられるかもしれない」
キラはふと、ラクスやバルトフェルド、ダコスタたちクルーを見回した。
「そうやって道を探す事ができれば、前に進める。きっとね」
ラクスの言葉に少し温かい気持ちになったキラは、深く傷ついたアスランを思い出した。
(アスランはきっと、1人で真っ暗な道に迷い込んでしまったんだね)
オーブで最後に会った時、本当は何とどう戦わなければならなかったのか、その答えがまだ見つからないと俯いていた。タルキウスで再会した時は、議長の言葉を信じて戦うと言っていた。何があったのか、多くは語ってくれないけれど…
(でも今、私たちの小さな灯火を頼りにして、戻ってきてくれた)
「アスラン、大丈夫かな?」
キラはふと心配そうに友の名を口に出した。
「カガリとちゃんと話せたかな…」
「ああ、それなら大丈夫って言ったろ?」
ラクスが明るく笑った。
「アスランはカガリくんに甘ったれてるだけなんだから」
「ええ?」
キラが(あれで?)といぶかしみながらピリピリした2人を思い出していると、「そうそう、心配いらんよ」とバルトフェルドがにやついた。
「男と女なんて、2人きりにすればちゃんと仲直りするもんさ」

「繋いでくれ」
ジブラルタルの執務室では、多忙を極めるデュランダルがありとあらゆる通信のうちから一つを選んで繋げさせた。
そして手で補佐官たちを下げさせると、部屋には彼1人になった。
「そうか…確かかね?」
デュランダルの口元がほころび、やがて「ありがとう、サラ」と告げた。
(相変わらず思い通りの行動を取ってくれる…それもまた、きみの遺伝子のなせる業なのだろうか、ジブリール)
シン・アスカには、次の叙勲と同時に、もう一つ贈ろうと思っているものがある。
そしてまた、彼には戦ってもらわねばならない。
過酷な戦場になるだろうが、彼は信じて戦うだろう。
(戦争のない平和な世界のためにと)
失った過去を求めながら、現在を必死に生きる彼は、戦うことしかできない。
(そうやって戦って、戦って、戦い続けること…)
ふっとデュランダルは彼の赤い瞳を思い出して笑った。
「それが、きみの運命だ」

オーブの雨はまだ降り続いていた。
カガリは1人で海に降る冷たい雨を眺めている。
そして今は眠りについたアスランが、眠る前に呟いた言葉を思い出していた。
(シンは…きっとまだ、オーブのことが好きなんだと思う…)
「シン・アスカ」
カガリは噛み締めるようにその名を呟いてみた。
ミネルバで、ダーダネルスで、クレタで…彼が未だにあれだけの怒りを自分にぶつけてきたのは、故国オーブを忘れられないからこそだったのだろうか。
そして今、あのアスランを討つことができるパイロットなど、シンしかいないと確信できる。
「敵に回るって言うんなら、今度は俺が滅ぼしてやる!」
(おまえはオーブを想うがゆえに、何もかもが許せないのか…?)
カガリはシンの激しい口調と態度を思い出しながら頭を振った。
(誰かにそんな想いをさせるのは、もうこりごりだ)
だけど…

その頃、シンもまた海を眺めながらオーブを想っていた。
コーディネイターとナチュラルが共存し、中立によって国家間の争いを忌避し、豊かで、平和で、安全を保つ国…それは、自分の求める世界によく似ている。
(あの国は俺の家族を殺した。俺を守ってはくれなかった)
ずっとそう思ってきた。そう信じて生きてきた。
けれど、自分にも守れないものがあった。
それが正しいと思っても、別の視点からは正しくなかったり、戦って勝利を収めても、思い通りにならないこともあると知った。
ましてや、自分は戦うことしかできない人間だなどと言われているのだ。
(まるで皆が忌み嫌う、エクステンデットのステラのように…)
シンは言い知れぬ怒りを覚え、ぎゅっと拳を握り締めた。
だけど…

(俺には、力がない)
(俺には、力がある)

世界はどうしても、ままならない。
やがて、2人の男は激突する。
激しい戦いの中で、互いの正義を胸に秘め、信念と信念をぶつけあうのだ。
PR
この記事にコメントする
Name
Title
Font-Color
Mail
URL
Comment
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

secret
制作裏話-PHASE40-
さてこの「リフレイン」は、本編での話の順序を入れ替え、総集編のセリフを生かしつつも、ほぼ完全オリジナルのPHASEです。
本編では一体誰に向かって話してるんだかわからないアスランの独白…いや、情けないまでの「言い訳」を、カガリとの会話に置き換えて両者を和解させました。もちろん「逃げたんじゃない!ただ真実が知りたかっただけだ」などのアホゼリフは改変し、本編の彼の錯乱ぶり&キチガイぶりはなりをひそめていると思います。

本編ではこのPHASEでオーブ戦が始まり、ウズミのとんでもない隠し玉であるアカツキが登場してカガリが戦場に赴いたところで終わるのですが、次週はいきなり回想王アスランお得意の総集編で、物語が完全に断ち切られてしまうのです。

これはあまりにもひどいので、逆デスのプロットを考える際、PHASE20や29の総集編同様、早いうちから構成を考えていました。
ここはヘブンズベースとストフリ無双の後のインターバル的な話とし、本編で全く描かれなかったアスランとカガリの和解の会話、「調べるため」宇宙に上がっていたラクスの調査報告、ファントムペインへのネオの想い、名実共に英雄となったシンたちの姿などを描こうと考えていました。

頑なにカガリとの会話を避けているアスランの心をほぐす役割はミリアリアに担ってもらいました。これは適任だと思います。ミリアリアとアスランには深い因縁がありますから、こうした会話があれば討ったものと討たれたものの確執が時と共に昇華されていったことが描写できるのではないかと思ったからです。何よりミリアリアは本当によい娘なのに本編ではほとんど活躍できなかったので、こうして緩衝材的な役割を担わせたかったのです。彼女の押し付けがましくないさりげない優しさはアスランを救い、しかも知らないうちにマリューまで救っているのです。

私にとってミリアリアとディアッカは本当に動かしやすい花丸満点キャラなので、ついついこの2人も応援したくなってしまうんですよね。賛否両論ある2人ですが、私は賛成派なので、この2人についてもサルベージするつもりでした。あのラストは、名バイプレーヤーの二人にふさわしい「でしゃばることなく、だけど誰にでもわかるようなハッピーエンド」として気に入っています。

一方、ネオと向き合ってみようと思ったマリューは、ネオが何か心に傷を負っている事に気づきます。何しろ本編ではほとんどステラたちの事を思い出さない・悩むそぶりも見せないので、よき兄貴ぶりを見せてSEEDでは人気の高かったムウと違い、好感度が下がりまくったネオのこともサルベージしたかったので、ここはいい機会でした。ネオはシンとの約束を守れなかったこと、彼らを死に追いやったのは自分で、彼らのように全てを忘れてしまえたら苦しまずにすむのでは…と逃避しようとします。

けれどそれをマリューがいさめます。覚えている事は辛いけれど、忘れてはいけない…愛する人を二度も失った経験を持つ彼女の言葉は重いのです。ネオは彼女に惹かれており、マリューもまたネオにムウを見てしまいます。ちょっとでもせつない雰囲気が出せていたらいいのですが。

シンについては、今回の加筆修正で大きく変わった点があります。
シン、レイ、ルナマリアはヘブンズベース戦最大の功労者であり、名実共にトップガントリオなのですから、停戦後は世界へのアピールを忘れない議長のメディア戦略により、当然引っ張りだこになるはずです。戦友であり、親友であり、恋人でもある3人の絆を描くにも、こうした気の置けないシーンがあってもよいのではと思って書いています。

けれど明るい表情とは裏腹に、シンの心はやはり晴れません。アスランとメイリンの件は本編以上にシンの心を苛みます。そしてここで本編には全くなかったニセラクス…ミーア・キャンベルとシン・アスカの直接対決を入れ込みました。

これは逆転を書くに当たって必ず入れようと決めていました。シンがミーアの正体を暴く事、そしてミーアと直接対決する事…主人公なら重要キャラと絡むのは当然です。私などむしろ、ルナマリア・ステラ・ミーアはあくまでも脇役のアスランなどではなく、シンを巡って争うべきだったと思っていますし。

ミーアはシンに「アスランを殺したのか」と詰め寄ります。そして彼女が役割を果たせなくなったのは、シンが追い詰めたからだと責めるのです。
これによってシンは逆上し、アスランは全てを捨てて逃げたのだと激怒します。けれどそれは、自分たちがアスランに見捨てられたのだと現実を突きつけられたようで、苦しそうな吐露なのです。こうしてそこここにシンの本音を垣間見せる事で、ダークヒーローとしての道を歩みながらも自問自答を続ける主人公らしい姿も見せることができると思うのです。

そして今回の加筆修正による改変点へと進みます。
それは、シンの役割が「戦い続けること」だとハッキリさせたことです。シンは議長に戦うことしかできないと見なされているからだと、ミーアはシンにぶちまけてしまうのです。これはシンには衝撃的な言葉でした。何しろ自分は平和を目指して清濁併せ呑みながら進む孤高の存在だと思っていたのに、エクステンデッドのように利用されて、ただ戦いに明け暮れ、磨耗していく「戦う道具」扱いだと気づいてしまうのですから。

この突き落としがある方が、シンの意思をより鮮明に示せるのではないかと思っての改変です。今後もこれにより、少し物語の雰囲気が変わっていくかもしれません。

キラとラクスについてはぶれまくった挙句、何をしたいのか、何を言いたいのかさっぱりわからなくなった本編を、わかりやすく解説してもらうため「戦いの意義」や「現状」について語ってもらいました。デスティニープランについてはあまりにも弱すぎるので、遺伝子のスクリーニングによっては、コーディネイターとナチュラルの運命逆転もあり得るとしてみました。
また、議長がオーブを邪魔と思う理由に、彼が考えるコーディネイターとナチュラルの融和した世界は、既にオーブが体現しているためとしています。

つまり議長はすでにこの時点で、同じ土台ならデスティニープランに縛られる新世界より、好き勝手に生きたいと思う人々の「欲望」が起こす反抗や反発を懸念していると言えましょう。
議長がそこまでたどり着いているなら、彼が「危険人物」と見なして命を狙うラクスにもそれ相応の見識を持ってもらわなければ割に合いません。そうすることでラクスもまた非凡なリーダーの才を持っていると表現できますし、だからこそ皆を率いる事ができると根拠を与えたかったのです。

ラクスがカガリと同じく「大きな力は戦いを呼ぶ」と言ったり、かつてウズミとマリューが交わしたように「小さくても強い灯火は消えない」という思いを踏襲しているというように、オーブ戦が近づいていることもあり、そこはかとなく逆種の匂いをほのめかしています。

さて、次はアスランとカガリについてです。本編では会話らしい会話もないまま、カガリは行政府に戻って指輪を外し、国のために政治家として生きる事を決意します…というか、そういう肝心の決意するシーンは本編には全く出てこないので推測しかできないのですが、多分そういう事なのだろうと思います。アスランはそれについては何も言わず、その後どうしたいのか意志を示す事もありません。「夢は同じだ」って何なんだと。おまえらが夢を語り合ってるシーンなんか一回も見たことないぞと。

けれど私は、決裂したこの2人の和解までをきちんと描きたいと思っていました。ミリアリアの言葉で態度を軟化させたアスランはカガリに謝り、カガリもまた結婚しようとした事をようやく謝ることができました。本編ではこの会話は既にPHASE39で済んでいますが、逆デスでは敢えてここまで引っ張りました。

きっかけは本編では全く出てこなかったハウメアの守り石と、逆転ならではの、持ち主が逆転した指輪です。小道具をうまく使う事で物語をスムースに進めることができますし、2人の絆を描くにはぴったりのアイテムでした。

アスランはキラから、カガリが脅されて結婚を承諾したと教えられています。一方でユウナ・ロマの卑劣さと、アスランが彼女にねちねちといたぶられてきた過去も描写してみました。女同士って怖いですからね。イザークの嫌味より堪えていたと思います。

アスランは決して尊大なキャラではありませんが、優秀ゆえにそれなりの矜持は持っています。そもそも、イザークほどではないにしろ、彼と反りが合わなかったこと自体、意外とプライドが高いのだという証拠でもあります。
だからキラのこともラクスのことも、意識していたわけではないけれどどこか侮っており、それを逆種では自覚もさせました。しかし三つ子の魂は百まで。多分アスランは、年下のシンのことも、心のどこかで侮っていたんじゃないかと思うんですよ。

また、アスランが「力」を持ちながらそれをうまく使えなかった事も自分で言わせました。以前から言っている逆デスのテーマの一つ、「力」についてのエピソードです。ラクスがリーダーとして、カガリが元首として、そして司令官となるキラもまた、人望と統率力を身につけていく事と対照的に、人とうまく折り合えないアスランには、残念ながらそうした「人間力」が欠けていると象徴させたのです。

そしてアスランの告白は核心へと向かいます。
本編ではザフトに戻った理由がイマイチはっきりせず、PHASE41の「リフレイン」の独白でもさっぱりわからなかったアスランですが、私は逆デスのアスランは「戦いたがらないキラを戦わせたくない」「カガリと、カガリが大切にしているオーブを守りたい」と強く願っており、そのためには「戦えるのは自分だけだから」戦うべきなのだという、自己犠牲的思考に取り付かれてしまったとしたかったのです。内向的で頑固、かつ自爆スキーなアスランならこれ、ありそうじゃないですか。本編でもこんな理由だったらなぁと思いますよ。「なら、俺が戦うしかじないじゃないか!」ってね。

「できるだけの力があるなら、やるべきだ」というのは、PHASE5でアスランがザクに乗ると決めた時や、PHASE10で議長に複隊を薦められる時のセリフにも繋がります。タリアもPHASE6で「できるのに何もしないなんて」と言いますから、多分このへんは制作陣の話し合いでも出てたんじゃないかと思うんですよね、はじめ。種の主役が戦う力があってもずっとそれを嫌悪していたキラだったので、運命では力があるなら戦うべきだ、という強い主人公を置くつもりだったと思うんですよ。アスランはこの2人の中間にいたのではないかと。戦うのはいけないし、好きではないけれど、戦うべき時、戦わなければならない時もあると考えていたのがアスランだと思うのです。(そして主役の二人以上にそれがうまくいかないのもアスランです)
でもそれがいつの間にかなかった事になり、あろう事か主役交代という前代未聞の不祥事が起きてしまうのが種クォリティです。スタッフはシンに謝れ。

そしてアスランはそうやって自分がした事は、空回りに過ぎず、むしろ周囲を混乱させ、傷つけたと反省しています。キラに、何よりカガリに顔向けができず、会話を拒んでいたというのも、朴念仁の彼女ならでは。なんという不器用さ。本編でいけしゃあしゃあと新しい女といちゃついていたアスランとは違うのです。

こうしてカガリは彼女の本心を知り、ようやく心から安堵します。彼女はやはりバカでした。あの頃と何も変わらない、頑固で真面目な、彼が誰よりも愛するバカだったのです。

そしてカガリを泣かせたくなかったと、ようやく安心して泣いた彼女(アスランは声を出して泣かないという設定は、カガリの前でだけは心を許して泣けるという逆種で構築したものですね)を見て、カガリは自分を泣かせたのが誰なのかを思い出すシーンを入れたかったので満足です。この和解のシーンを気に入ってくださった方は、よろしければぜひもう一度PHASE14を読んでいただければと思います。

こうして和解があり、理解があり、衝撃や伏線の回収を経て、物語は最終段階へと進んでいきます。
PHASE29で出てきた「謎の女性」が後にミーアを殺す「サラ」であるというのは創作ですが、こんな風に使っていたら決して唐突キャラではないので、面白かったのではないかと思います。

カガリとシンは別々の海を見ながら、それぞれの想いにふけります。この2人についても、物語の序盤で激しくぶつかり合った割に何の帰結もなく有耶無耶になってしまったので、きちんと決着をつけさせるつもりでした。でなければ何のための衝突だったのかさっぱりです。

なので決戦前の緊張感を高めるためにも、逆デスではここに「リフレイン」を持ってくることは、重要な構成だったと信じています。
になにな(筆者) 2012/01/19(Thu)00:59:17 編集
Natural or Cordinater?
サブタイトル

お知らせ
PHASE0 はじめに
PHASE1-1 怒れる瞳①
PHASE1-2 怒れる瞳②
PHASE1-3 怒れる瞳③
PHASE2 戦いを呼ぶもの
PHASE3 予兆の砲火
PHASE4 星屑の戦場
PHASE5 癒えぬ傷痕
PHASE6 世界の終わる時
PHASE7 混迷の大地
PHASE8 ジャンクション
PHASE9 驕れる牙
PHASE10 父の呪縛
PHASE11 選びし道
PHASE12 血に染まる海
PHASE13 よみがえる翼
PHASE14 明日への出航
PHASE15 戦場への帰還
PHASE16 インド洋の死闘
PHASE17 戦士の条件
PHASE18 ローエングリンを討て!
PHASE19 見えない真実
PHASE20 PAST
PHASE21 さまよう眸
PHASE22 蒼天の剣
PHASE23 戦火の蔭
PHASE24 すれちがう視線
PHASE25 罪の在処
PHASE26 約束
PHASE27 届かぬ想い
PHASE28 残る命散る命
PHASE29 FATES
PHASE30 刹那の夢
PHASE31 明けない夜
PHASE32 ステラ
PHASE33 示される世界
PHASE34 悪夢
PHASE35 混沌の先に
PHASE36-1 アスラン脱走①
PHASE36-2 アスラン脱走②
PHASE37-1 雷鳴の闇①
PHASE37-2 雷鳴の闇②
PHASE38 新しき旗
PHASE39-1 天空のキラ①
PHASE39-2 天空のキラ②
PHASE40 リフレイン
(原題:黄金の意志)
PHASE41-1 黄金の意志①
(原題:リフレイン)
PHASE41-2 黄金の意志②
(原題:リフレイン)
PHASE42-1 自由と正義と①
PHASE42-2 自由と正義と②
PHASE43-1 反撃の声①
PHASE43-2 反撃の声②
PHASE44-1 二人のラクス①
PHASE44-2 二人のラクス②
PHASE45-1 変革の序曲①
PHASE45-2 変革の序曲②
PHASE46-1 真実の歌①
PHASE46-2 真実の歌②
PHASE47 ミーア
PHASE48-1 新世界へ①
PHASE48-2 新世界へ②
PHASE49-1 レイ①
PHASE49-2 レイ②
PHASE50-1 最後の力①
PHASE50-2 最後の力②
PHASE50-3 最後の力③
PHASE50-4 最後の力④
PHASE50-5 最後の力⑤
PHASE50-6 最後の力⑥
PHASE50-7 最後の力⑦
PHASE50-8 最後の力⑧
FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開

制作裏話-はじめに-
制作裏話-PHASE1①-
制作裏話-PHASE1②-
制作裏話-PHASE1③-
制作裏話-PHASE2-
制作裏話-PHASE3-
制作裏話-PHASE4-
制作裏話-PHASE5-
制作裏話-PHASE6-
制作裏話-PHASE7-
制作裏話-PHASE8-
制作裏話-PHASE9-
制作裏話-PHASE10-
制作裏話-PHASE11-
制作裏話-PHASE12-
制作裏話-PHASE13-
制作裏話-PHASE14-
制作裏話-PHASE15-
制作裏話-PHASE16-
制作裏話-PHASE17-
制作裏話-PHASE18-
制作裏話-PHASE19-
制作裏話-PHASE20-
制作裏話-PHASE21-
制作裏話-PHASE22-
制作裏話-PHASE23-
制作裏話-PHASE24-
制作裏話-PHASE25-
制作裏話-PHASE26-
制作裏話-PHASE27-
制作裏話-PHASE28-
制作裏話-PHASE29-
制作裏話-PHASE30-
制作裏話-PHASE31-
制作裏話-PHASE32-
制作裏話-PHASE33-
制作裏話-PHASE34-
制作裏話-PHASE35-
制作裏話-PHASE36①-
制作裏話-PHASE36②-
制作裏話-PHASE37①-
制作裏話-PHASE37②-
制作裏話-PHASE38-
制作裏話-PHASE39①-
制作裏話-PHASE39②-
制作裏話-PHASE40-
制作裏話-PHASE41①-
制作裏話-PHASE41②-
制作裏話-PHASE42①-
制作裏話-PHASE42②-
制作裏話-PHASE43①-
制作裏話-PHASE43②-
制作裏話-PHASE44①-
制作裏話-PHASE44②-
制作裏話-PHASE45①-
制作裏話-PHASE45②-
制作裏話-PHASE46①-
制作裏話-PHASE46②-
制作裏話-PHASE47-
制作裏話-PHASE48①-
制作裏話-PHASE48②-
制作裏話-PHASE49①-
制作裏話-PHASE49②-
制作裏話-PHASE50①-
制作裏話-PHASE50②-
制作裏話-PHASE50③-
制作裏話-PHASE50④-
制作裏話-PHASE50⑤-
制作裏話-PHASE50⑥-
制作裏話-PHASE50⑦-
制作裏話-PHASE50⑧-
2011/5/22~2012/9/12
ブログ内検索



Copyright (C) 逆転DESTINY All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog | Template by 紫翠

忍者ブログ | [PR]