機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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安静を保たねばならない患者が眠る、照明を落とした薄暗い集中治療室では、元気に立ち歩いている人影などなかった。
やがてその静かな病室に1人のナースが入室し、ベッドで眠る患者を一人ひとり丁寧に覗き込んで容態を見ていく。彼女は全員の様子を見終わると、一番奥まったコーナーで眠っている患者に近づいた。
その患者は手術を終えたばかりで、まだ意識が戻らず、呼吸器をつけている。傍らでは医療機器が規則的な機械音を立てていた。
ナースはそっと患者を覗き込んで機器を操作し、点滴を調節する。
最後に患者にかかっている毛布を直すと、静かに部屋を出て行った。
やや時間をおいて別のナースがこの集中治療室を訪れた時には、既にその患者の呼吸は止まっていた。
彼女はまだ若く、重症ではあったが容態も安定してきていたため、急変するとは考えにくかったが、誰もいない空白時間の死であり、身元もはっきりしない患者だったので、病院側は特にその死を不審がることもなく、疑問視する事も言及する事もなかった。
ダコスタたちの元に一連の連絡が入った時には、彼女…サラの遺体は何者かが持ち去り、病院のカルテや記録が綺麗に抹消されていた。
彼女を運び込み、見張りとして置かれていたクライン派の兵士たちも人知れず始末されてしまっており、彼女の存在は忽然と消えてしまった。
大切な証人と仲間を失ったダコスタは、議長側の口封じだと言って地団駄を踏んで悔しがったが、事態を知ったラクスの表情は険しい。
(議長が彼女を消したという事は、こちらが全ての情報を得ていることを、彼もまた知っているということだろう)
優秀で冷酷なデュランダル議長の事だ。
(何か、大きな罠を仕掛けてくるかもしれない…)
ひどく、胸騒ぎがした。
やがてその静かな病室に1人のナースが入室し、ベッドで眠る患者を一人ひとり丁寧に覗き込んで容態を見ていく。彼女は全員の様子を見終わると、一番奥まったコーナーで眠っている患者に近づいた。
その患者は手術を終えたばかりで、まだ意識が戻らず、呼吸器をつけている。傍らでは医療機器が規則的な機械音を立てていた。
ナースはそっと患者を覗き込んで機器を操作し、点滴を調節する。
最後に患者にかかっている毛布を直すと、静かに部屋を出て行った。
やや時間をおいて別のナースがこの集中治療室を訪れた時には、既にその患者の呼吸は止まっていた。
彼女はまだ若く、重症ではあったが容態も安定してきていたため、急変するとは考えにくかったが、誰もいない空白時間の死であり、身元もはっきりしない患者だったので、病院側は特にその死を不審がることもなく、疑問視する事も言及する事もなかった。
ダコスタたちの元に一連の連絡が入った時には、彼女…サラの遺体は何者かが持ち去り、病院のカルテや記録が綺麗に抹消されていた。
彼女を運び込み、見張りとして置かれていたクライン派の兵士たちも人知れず始末されてしまっており、彼女の存在は忽然と消えてしまった。
大切な証人と仲間を失ったダコスタは、議長側の口封じだと言って地団駄を踏んで悔しがったが、事態を知ったラクスの表情は険しい。
(議長が彼女を消したという事は、こちらが全ての情報を得ていることを、彼もまた知っているということだろう)
優秀で冷酷なデュランダル議長の事だ。
(何か、大きな罠を仕掛けてくるかもしれない…)
ひどく、胸騒ぎがした。
「機関、定格起動中。コンジット及びFCSオンライン。パワーフロー正常」
ノイマンが忙しく手を動かしながら艦の状態を整えていく。
副操縦士のキラはそれを受けてデータを更新して行った。
皆には司令官らしくしろと言われたが、キラはアークエンジェルのブリッジでくらい仕事がしたいと言って、コパイ席を死守している。
「磁場チェンバー及びペレットディスペンサー、アイドリング正常」
「外装衝撃ダンパー、出力20%でホールド」
チャンドラが2人の補佐としてハード面をサポートすると、ミリアリアもコペルニクス管制からの発進許可を伝えた。
「主動力コンタクト。システムオールグリーン。アークエンジェル、全システムオンライン。発進準備完了」
全てを終えたノイマンの最終報告に、マリューは頷いた。
ラクスの要請を受け、マリューはアークエンジェルの発進を決めた。
同時に、デブリの影に身を隠して偽装を続けているエターナルでも、ラクスやダコスタたちを受け入れるため発進準備が整えられている。
バルトフェルドはターミナルを通じて合流座標を知ると宣言した。
「真の英雄が戻る。暗号座標フラジャイル。繰り返す。真の英雄が戻る」
世界は再び、揺らぎ始めていた。
メディアでは連日のように、世界各国で人々が集められ、簡単な採血による遺伝子解析が行われているというニュースが伝えられていた。
生誕前に既に遺伝子を操作されており、一定のデータを持っているコーディネイターたちは地球上での大々的な調査の推移を見守り、ナチュラル政府はプラントが全て資金を提供するという条件の下、用意した施設に「行きたい者は行くように」と緩やかに勧奨した。
解析された内容は詳細なデータとして人々の手に渡り、文字を解さぬ人のためには色のついたカードが渡された。
ザフトでは特にこの検査を受けるようにという通達はない。
無論、兵たちのデータなど入隊時以降管理されているのだから、改めてまた血液から調べる必要はないといえばないのだが。
シンは部屋でレイと共にモニターを見ながら、地球上の各地域で検査のために長蛇の列を作る人々や、自分の結果を受け取って一喜一憂するナチュラルたちの姿を眺めていた。
しかし、当然ながら彼の疑念はまだ晴れてはいない。
(この制度が、戦争をなくすのか?本当に?)
連日のように、どこの国のメディアに対してもにこやかにインタビューに答えているデュランダルの柔和な表情を見て、シンは呟いた。
「議長…」
そんなシンの複雑な表情を見ていたレイが言った。
「おまえが驚くことはないだろ?」
シンはその言葉に振り返った。
「議長の目指す世界がどんなものかは、おまえも知っていたはずだ」
「約束しよう、シン…」
デスティニーを受け取った時、ハンガーでそう言った議長の力強い言葉と表情をシンは思い出していた。
「そのための戦いだ。その先には、戦いのない世界が必ずある」
議長は道を指し示してくれた。自分たちが行くべき道を…
「ああ、それは…でも急にこんなこと言ったって…」
シンはモニターに映る人々の中にも、このプランが本当に正しいのかわからない、受けていいものかどうか…と迷う人がいるのを見ながら言った。
「世界は…大変だ」
シンがチャンネルを変えると、そこにはカガリが映っていた。
「なるほどな。全ての疑念への証拠は、これで揃ったというわけだ」
オーブ軍の正規回線ではなく、ターミナルの秘匿回線を使用してアークエンジェルと連絡を取ったカガリは、報告を受けて言った。
「そっちの状況は?」
キラの言葉に、カガリは眉を顰めた。
「ほとんどの国は、この事態にどう対応したらいいかと混乱している。プラントは調査・サンプルのための資金だけでなく、今回の大戦で荒れた国々や崩壊した地域には多額の無償援助も申し出ているから、それと引き換えに国民に調査を受けさせると決めている国々もある」
チャンドラがそれを聞いて「なんか、形を変えた人身売買みたいだな」と肩をすくめてみせると、ミリアリアがシーッと指を立てて諌めた。
「こちらは艦隊と共にエターナルと合流し、不測の事態に備えておくわね」
「そうしてくれ。もちろんそんな事にはならないよう、最大限努力するよ」
マリューの言葉に、カガリは頷いた。
「これから俺は、首長たちと話し合ってオーブの取る方針を決めなければならない。もちろん決まり次第知らせるが…」
「『俺はそんなのまっぴらだ』でしょ?」
キラの言葉にブリッジがどっと沸いた。
「カガリ様」
キラの野郎…と、カガリが笑いながら通信を切ったところに、首長たちが全員揃ったという報せが入ったため、彼も席を立って議場に向かう。
ウナトもユウナもマシマもいなくなり、すっかり数が減った首長たちは、カガリが入室すると皆席を立って軽く頭をたれた。
「わかっている。だが、だからと言って議長は諦める方ではない」
シンの言葉を聞いて、レイもまた画面を見つめて言った。
「それはおまえも知っているだろう?今は俺たちもいる」
「ああ…そうだな」
ディオキアで、戦いは続けるよりやめる方が難しいと言った議長。戦争を煽る者…ロゴスを撃つ事がいかに難しいか憂えていた議長。
「確かに、議長は諦めずにそれをやり遂げた」
シンは呟いた。俺にフリーダムを討たせ、アスランを討たせて…
「議長の目指す、誰もが幸福に生きられる世界。そしてもう二度と、戦争など起きない世界。それを創り上げ、守っていくのが俺たちの仕事だ」
レイは自分のボードに残る、戦場の悲劇を物語る悲惨な画像や映像を見つめて言った。しかし、ロドニアのラボのデータまで来ると彼の手が止まる。
恐怖心のようなものがふつふつと沸き起こり、レイは深く深呼吸した。
(こんなもの…こんなものがもう二度と造られない世界のために…)
「そのための力だろ?デスティニーは」
シンはしばらく黙り、ゆっくりと言った
「それが大義か、俺たちの」
「そして、正義だ」
俺たちは間違っていない、レイは言う。
「力を使え、シン。そのパイロットに選ばれたのはおまえなんだ」
「俺が…選ばれた…」
それも議長の言う「デスティニープラン」によるものだとしたら、偽者のラクス・クラインが言ったことは嘘ではないということになる。
(戦うことしかできない…俺…)
「それが遺伝子の命じる、俺の中にある答えってヤツなのか?」
シンの問いかけに、レイは一瞬言葉を失った。
ギルバート・デュランダルの推奨する計画通りなら答えは「イエス」だ。
けれどレイは躊躇した。彼は知っているからだ…シンの長く辛い苦しみを。
「議長がおまえを選んだのは…」
レイが噛み締めるように言った。
(いいや、「議長」ではない)
レイはそう思いながらも言葉を続けた。それは、自分自身がシンに与えたい答えだった。
「おまえが誰よりも強く、誰よりもその平和な世界を望んだ者だからだ」
シンは再び黙りこんだ。
その時、彼らの部屋のインターホンが鳴り響いた。
「シン…レイ?」
部屋を訪れたのはルナマリアだった。
レイは軽く首を振ったが、シンは扉を開けた。
「ルナ」
「シン…私たち、一体…」
シンはひどく不安そうな表情をするルナマリアに笑いかけた。
「今その話をしてた。おまえも入れよ」
「シン…」
レイは軽く抗議するような声で言ったが、シンは振り向かずに言う。
「俺たちはずっと一緒に戦ってきた仲間だ。いいだろ、レイ」
「それは、FAITHとしての判断か?」
むっとするレイに、シンは「違うね」と笑った。
「友達としての言葉だよ」
ルナマリアを自分の椅子に座らせ、シンは散らかったベッドに腰掛けた。
「艦内の様子は?」
「うん、皆…どうしたらいいかわからないみたい、やっぱり」
ルナマリアがシンの問いかけに答えた。
ロゴスが敵だと言われたあの時のように、皆動揺を隠せない。
やっぱりなと呟くシンに、レイは言った。
「だが、おまえの言う通り、本当に大変なのはこれからだ。 いつの時代でも、変化は必ず反発を生む」
3人はモニターの中でデスティニープランへの懸念や危惧、そして異論を唱えるオーブのアスハ代表を見つめた。
「他の国々の動向はどうだ?」
カガリは、オーブ以外の国々の動きを外交筋から確かめさせていた。
「はい。どの国もまだどう判断すべきか決めかねているようで…」
実際には、ロゴス成敗により経済が逼迫したり、混乱と共に内乱が起きたりした小さな国々は、それどころではないというのが実情だ。
「ロゴスという名の魔女狩りのおかげで、今はどこも政府がガタガタですからなぁ」
ウズミよりずっと年上の首長の1人が渋面で言う。
「赤道連合はしばし回答を待って欲しいと伝えてきております。あそこも大分、連合にやられて経済状況が窮々としていますから、調査と引き換えのプラントからの多額の無償援助は魅力でしょう」
「ユーラシアや東アジア共和国の反応は?」
「まだ正式に声明は出ていませんが、反連邦を掲げる国は皆従うかと」
「南アメリカ合衆国や大洋州、北西アフリカは無論プラントに従います。もっとも、北アフリカ地域ではそれによって反プラントのゲリラ活動も活発化しておりますが…あそこはいかんせん、無政府状態ですからな」
それを聞いてカガリはふと、サイーブたちはどうしているだろうと心配になる。もう随分長いこと、砂漠に潜む彼らとは連絡が取れていない。
「それも全て、彼のプラン通りということなのだろうな…」
カガリはほっとため息をついた。
世界はやはり拒絶に二の足を踏み、または流されつつあるようだった。
議長がここに至るまで、どれだけの準備を重ね計画を練ってきたか、ラクスたちが調べ上げた数々の情報を手にすればいやでも理解できた。
(世界はまんまと彼の敷いたレールに乗せられてしまったわけだ)
「大西洋連邦はコープランドおろしを叫んでいますが、まだ全土での運動にはなっておりません。現大統領への支持も根強く残っていますし」
「反プラントの連邦が倒れれば、今度こそ世界は議長の思い通りになるだろう」
カガリは1台のモニターが映し出すコープランド大統領を見て言った。
彼の演説は不思議な事に、何度聞いても今ひとつ論点が定まらず、果たして連邦がプランに賛成なのか反対なのかよくわからない。
「さて、俺が皆に聞きたいのはごく簡単なことだ」
首長たちは姿勢を正し、問いかける代表に視線を向けた。
「未来を知らず、真っ暗闇の中を歩いていく俺たちナチュラルに、議長は夜道を照らす、明るくまばゆいライトをくれると言う」
カガリは肘をつき、口元で手を組んで続けた。
「希望ではなく、遺伝子によって未来を決められたいか否か。努力ではなく、遺伝子に刻まれた能力を重視するかどうか。何より…」
それから一瞬言葉を区切り、ゆっくりと言った。
「彼が示す『平和な世界』に、俺たちも向かうべきなのかどうか」
それを聞いて首長たちがざわめく。
「忌憚のない意見を聞かせてほしい。それが全てではないからな」
カガリはどうぞ議論をと奨め、彼らの様子を見つめていた。
しばらくあれこれ話していた首長たちは、やがて口々に言った。
「しかし議長の言う事が本当なのだとしたら、実に魅力的ですな」
「決められた事をやっていれば幸せになれるなら、そんな楽なことはない」
カガリは「そうだな」と頷いた。
「ですが代表、我々が彼の示す世界に向かう必要があるのでしょうか?」
最も年若い首長が肩をすくめながら言う。
ウナトもユウナも血気溢れる正義漢として人気のある彼を嫌っていたため、発言の機会を与えられない事が多かったが、彼らがいない今は彼も臆することなくのびのびと発言している。こうした世代や性別に関係ない活発な議論はカガリの望む形だった。
柔和に微笑んだ一人の首長が彼の意見に頷くと、静かに続けた。
「オーブは今も昔も、平和な世界への道を『模索し続ける国』です」
かつて、対立を深め始めたナチュラルとコーディネイターの共存を真っ先に推奨し、宣言し、実践しようと法を整備した最初の国です…
「中立政策もその一つでしたね」
「いやいや、何度も失敗しては法整備をやり直したり…」
「デモは怖いわ、テロは怖いわ」
年老いた首長たちは、かつての苦労を語りながら笑った。
「しかし挫けそうになると、決まってウズミ様が怒鳴って喝を入れられた」
稀代の頑固者を知る首長たちは懐かしそうに笑った。
カガリもまた、大きな声で皆の意見をまとめていた父を思い出して微笑む。
「オーブはそうやって、平和への道を探しながら歩んできたのだ」
もっとも年老いた首長が呟いた。
「それを他人様から与えられ、喜び勇んで享受するような国ではないよ」
「そうか」
カガリは首長たちの意見を聞き終わると再び尋ねた。
「しかし、当の国民はどうだ?3年間で2度も戦乱に巻き込まれた国民は…」
カガリは復興が進められている国と、傷ついた国民を慮って聞いた。
「プラントに敵対する意思は示さずとも、俺たちがプランを拒否し、敵対国と見なされれば再び侵攻を受ける可能性はゼロではなかろう」
首長たちはそれを聞いてまたひとしきり話し合った。
「今回、国を焼き、人々を傷つけたのはザフトですよ」
「国民が望んでいるのは、何よりも故国オーブの復興です。我々の国を焼いた張本人のプラントが唱える理想郷などではない」
政府の責任を問う声ももちろん多いが、完全に敗北した連合による屈辱的な占領統治時代に比べれば、今回、戦闘に辛くも勝利した事はかろうじて国民の矜持を保ち、政府への信頼も何とか保たせている。
「だが、ようやく立ち直ろうとしている民をまた危険に晒すのは…」
カガリはふと表情を曇らせた。
(…デスティニープランを推奨しないまでも、禁止はしないという道もある)
だが、それはデュランダル議長に国民の運命を委ねる事と同義だった。
「では、世界に君臨しようという彼に従うのですか?」
首長たちの眼が、考え込んでいるカガリに一斉に注がれた。
「オーブの獅子の子…いや、オーブの若獅子ともあろう方が」
カガリは彼らのその言葉に思わず笑い出した。
「あなた方も、父に負けない頑固者だな」
(あれほど痛めつけられてもなお、オーブの力を信じるか)
カガリは国家元首も宰相もいない中、行政府に迫る激しい砲撃やモビルスーツから逃げることなく、停戦交渉の草稿を整え、国民への避難指示を続けた彼ら首長たちを見て思う。
(俺ももう迷うまい。過去を見据え、前に進むと決めたんだ)
「オーブは議長のデスティニープランを拒否し、これまで通り、理念と中立を守り、独自路線を行く」
カガリはきっぱりと言った。
「俺たちの願う平和は、自由と自立の中にこそある」
しかしカガリはやや表情を曇らせると、懸念を口にした。
「これだけの態勢を整えての計画だ。議長は拒否する国を許さないだろう」
だがたとえ彼と敵対する事になっても…カガリが首長たちを見回した。
「俺たちは全力で民を守り、国を守ろう」
首長たちは頷き、それを見てカガリは立ち上がった。
「それによって不利益をこうむる者、明確な理由はなくとも、ただ漠然とした不安からも、異を唱える者が必ず現れる」
レイは実際に不安を訴えてきたルナマリアを見ながら言う。
「だって、皆、急にこんなこと言われれば不安になるわよ!」
ルナマリアは不満げに抗議した。
「今まではロゴスが悪いと言われてたのに、いきなり私たちの中の『無知』と『欲望』が悪いなんて言われたら、そりゃ誰だって…」
「議長の仰る通り、無知な我々には明日を知る術などないからな」
レイはぴしゃりと言う。
「わからないままに進み、そして必ず道を踏み外してきたのが我々だ」
レイはそこまで言うと、少し額を抑えた。
その仕草を見てルナマリアとシンは顔を見合わせたが、彼はすぐに続けた。
「だが人は、もう本当に変わらなければならない」
「変わる…」
その言葉を聞いたシンが呟いた。
(おまえたちなんかがいるから…世界は…いつまでも変わらない!)
ヘブンズベースでロゴスを討ったあの時…変わらない世界に苛立ち、それを無視し、阻害する者たちへの怒りをふつふつと滾らせた自分。
(変化は痛みを伴うもの。世界は今、生まれ変わろうとしている…)
「でなければ、救われない」
「私だって…それはわかるけど、でも…」
こんな急に示されても…とルナマリアは果敢にレイに反論した。
しかしレイはそれには答えず、2人に言い聞かせるように続けた。
「これはやり遂げなければならないんだ…なんとしても」
黙り込んだ3人の耳には、モニターの中で演説するオーブのアスハ代表の声だけが聞こえてきていた。
「かつて我が国の代表であったウズミ・ナラ・アスハは、地球連合の侵攻に際し、人としての『精神への侵略』という言葉を使いました」
カガリは穏やかな声で語っている。
「我々人の心は常に自由であり、その望み、願い、想いは、何人にも侵され、蹂躙されるべきではないと、私は考えます。しかし、デスティニープランはそれを阻害する可能性を秘めている…制約と束縛、差別と選民意識を呼ぶのではないかという負の可能性を」
シンは黙って彼の言葉に耳を傾けていた。あの日、妹と共にウズミ・ナラ・アスハの演説を聞いた時のように。
「我々は与えられる未来、自身で決められない未来を望みません」
カガリは人々に語りかけるように優しく言った。
「遺伝子ではなく、意思で選ぶ。役割ではなく、自覚と責任で果たす。自由と自立の中にあって、望むべき未来への道を模索する事こそが、人が生きるということそのものではないかと、私は思うからです」
カメラの向こうの国民に語りかけながら、カガリは同時に自分を励ましていた。
俺たちが選ぶ事ができる道は、いくらだってあるはずだ。
その目的さえ見失わなければ、いつかきっと、辿り着ける。
(そうだよな、親父。俺たちは、そう信じて歩いていく)
「我らは我らの願う明日を、求める人生を、自らの手で掴むべきです」
カガリは真っ直ぐ前を見据えてすぅっと息を吸う。
(迷いはない)
カガリの心にキラやラクスたちが、首長たちが、キサカたちの姿が去来する。
(俺には今、意思を貫く力があり、俺を支えてくれる人々がいるんだ)
中でも彼に最も勇気を与えるのは、藍色の髪と碧の瞳を持つ美しい彼女だった。
「よって、我がオーブ首長国連邦は、デュランダル議長の唱えるデスティニープランの導入を、断固拒否いたします!」
シンは、強い輝きを宿す彼の琥珀色の瞳を見つめていた。
(アスハ…)
いつ見ても忌々しい姿と声だ。なのに、なぜだろう…
(俺はどこかでほっとしている…オーブが従わないと決めたことに…)
カガリの意思表明を聞いているシンを、ルナマリアはチラリと見た。
「…強くなれ…シン…」
その時、レイがうめくように言った。
そのただ事ではない様子に2人ははっと腰を浮かした。
「おまえが…守るんだ。議長と…その…新しい世界を」
「レイ?」
ルナマリアが前屈みになったレイの背に触れた。
「それが…この混沌から人類を救う最後の…道だ…」
突然息の荒くなったレイにシンも驚く。
「どうしたんだ?おい、レイ」
「何でもないっ!構うな!」
レイは荒々しく2人を振り払うと立ち上がり、自分のベッドの脇の扉を開けて小さな小瓶を取り出した。そしてそこからザラザラと錠剤を出すと、大量に口に入れ、ぼりぼりと噛み砕き始めた。
シンもルナマリアも、面食らったようにその姿を見ていたが、やがてふらりとベッドに倒れこんだ彼に駆け寄った。
「でも、どうするんですか?これを…」
アーサーもまた、彼ら指揮官クラス全員にデータとして送られてきた「デスティニープラン」についての説明書を手にしながら言った。
その途方に暮れたような声を聞いて、さっきからずっと親指を噛み続けているタリアも思わず苛立ちを募らせてしまう。
「どうもこうもないでしょ?私にだってわからないわ」
しゅんとした彼を見て、タリアは少し可哀想になり、今度は優しく言った。
「戦争は政治の一部よ。そこから全体などなかなか見えるものではないわ」
「それはまぁ、そうですが…」
ぶつぶつ言いながら、アーサーはプランを読み返したが、読めば読むほどピンとこない。彼はしきりに首を傾げた。
(コーディネイターの僕たちが、どうして今更遺伝子なんだ?)
「艦内の様子、気をつけておいてね」
タリアが言った。
「みんな、あなたと同じ気持ちでしょうから…」
アーサーは珍しく元気のない声で「はい」と返事をした。
「では、はっきりとプラン導入の拒否を表明しているのは、まだ我々とスカンジナビア王国だけか?」
方針を表明したカガリは、報告してきた補佐官を振り返った。
報道からの直接の取材や、公共放送のインタビューが目白押しだが、未だにこちらからの停戦交渉に応じないまま、プラン導入を一方的に伝えてきたプラントへの外交交渉は続けさせるよう厳しく指示する。
「慎重かつ迅速にだ。それから、スカンジナビア王国にラインを引け。俺が陛下とじきじきに話し、情報交換と今後の折衝を行う。それから手の空いている外交官をすべて集めろ。すぐにだ」
そう言ってから、カガリはキサカに国防本部の司令官を呼び出すよう命じた。
その頃、エターナルとの合流を果たしたアークエンジェルでは、ラクスたちクライン派があちらに移乗する準備を始めていた。
アスランもまたインフィニットジャスティスと共に、運用艦であるエターナルに移る予定だが、キラはアークエンジェルに残ると言って皆を驚かせた。けれどそれはオーブ軍司令官としては当然の判断だった。
「なに、もし戦闘となれば俺たちは皆、一蓮托生なんだ」
久々にアークエンジェルのブリッジに顔を見せたバルトフェルドが言った。
「ストライクフリーダムはそちらにお任せしますよ、ラミアス艦長」
一方彼は、髪が伸び、以前とは随分雰囲気の違うネオの姿を見て、「これはこれは少佐殿!またきみに会えるとは嬉しいねぇ」と大仰に驚いてみせた。そしておどけたように指を立てた。
「安心したまえ。ここではなぜか、一旦生き返ったヤツは今度はなかなか死なないってジンクスがあるようだからね」
そう言って自分の義手をぽんと叩いて、マリューやキラたちを笑わせた。
「なんなんだよ、あいつは!?」
ネオは軽そうに見えるが只者ではなさそうな陽気な男の出現に面食らい、仏頂面で言ったが、ミリアリアもチャンドラも笑いながら「少佐のお友達じゃないですか」と答えたので、ますます不機嫌になった。
「ったく…第一おまえら、俺は大佐…じゃない、一佐!!」
「レイ…どこか悪いの?」
2人でレイをベッドに寝かせると、ルナマリアが枕元で心配そうに覗き込んだ。
「わからない。ロドニアでもひどい発作を起こしたけど…」
シンは彼が飲んでいた薬のラベルを読んでいたが、どうやら市販のものではないようで、何の薬なのかよくわからなかった。
「あれは、今思えば過呼吸とパニックだったと思うし…」
「もしかして、シンと…同じ?」
ルナマリアが恐る恐る訊ねたが、シンは安心させるように笑った。
「どうかな。この薬も俺が飲んでたものとは違うみたいだ」
まさかレイがこんな激しい発作のような症状を持っているとは思わなかった。
(俺自身、フラッシュバックや夜驚症が出ないよう気を使っていたから…)
「んん…」
その時レイが体を動かして呻いたので、2人はもう一度彼を覗き込んだ。
「レイ?大丈夫?」
「レイ」
ルナマリアが優しく聞き、シンも彼の名を呼んだ。
「隊長、ターミナルから、何か新しい情報は入ってる?」
ラクスがモニターの向こうのバルトフェルドに尋ねた。
バルトフェルドはそうだねぇと鼻を掻きながらデータを見た。
デスティニープランによる混乱は未だ、世界を席巻している。
「どこの国もはっきり態度を決めてるわけじゃない。思った通り、世界の反応は緩慢なものだな」
「思った以上に、じゃない?」
マリューはラクスがミリアリアに指示し、プラン支持、態度保留と分け、国々を彩っていく白地図を見て言う。
プラントは既に億単位の人々が検査を受けたと宣伝している。
「よくわからないってのが本音だろ?」
ネオが肩をすくめた。
「人種も国も飛び越えて、いきなり遺伝子じゃ、誰だって判断困るよ」
「あれだけ聞くとほんとにいいこと尽くめですものね。不安がなくなる、戦争が起きない、幸福になれると」
でも、ホントかしらねとマリューが困ったように笑うと、キラも頷いた。
「議長は信用ありますしね、今は」
「だがそれを導入実行すると言っているんだからなぁ、奴は」
モニターの向こうで頬杖をついたバルトフェルドも苦笑する。
「オーブはその後、何か動きがあるんですか?」
アスランの問いにはミリアリアが答えた。
「水面下で防衛体制に入ってるわ。カガリははっきりプラン拒否を表明したし、スカンジナビア王国との共同声明にも調印したから、じきに反プラント国家として見なされることは間違いないもの」
まだ先日の戦いからも立ち直っていないオーブからは、カガリたちの交渉の状況が逐一彼らにも知らされてきていた。
3年前に地球軍の侵攻を受けた時は、中立ゆえにオーブは自国の意思のみで断固拒否を唱えたが、今回、カガリはオーブの外交筋を総動員し、各国に対してくれぐれも慎重な対応を取るよう呼びかけている。
オーブとしては実質的に、プランが危険なものだと言っているわけではないのだが、カガリの演説を聞いた各国メディア、ことにプラント寄りの国は概ね、オーブはプランを危険視しているようだと捉えていた。
もちろん「中立国が他国の政策に口を出すな」と批判もされたが、カガリは負けじと「これは国家レベルの問題ではない。人類レベルで考えるべき問題だ」と訴えた。傷ついたオーブがプラントとの無用な戦いを避けるためには、国際協調は何よりも必要不可欠なものだった。
けれどそんな彼の努力も空しく、残念ながらオーブの旗色は悪い。
中立国でありながら同盟を結び、ロゴスを匿ったというレッテルが貼られたオーブは、以前のような国際社会での信用を失っている。他国、ことにプラント支持の国々や人々から風見鶏、こうもりと揶揄され、非難されるカガリの話は、なかなか聞いてもらえない。
いまや名実共に世界最強のリーダーとなったデュランダルの前に、太平洋に浮かぶちっぽけな島国など、今にも吹き飛びそうだ。
彩られていく世界地図の中で、「反対」である赤い色を塗られた、ひときわ小さなその国を見てマリューは言う。
「力押しで来られたら、もう戦うしかないものね…」
その言葉に、キラは人知れず困ったような顔をした。
「戦うしかない、か…」
ラクスとメイリンはダコスタたちクライン派の兵と共にランチで、アスランやヒルダたちは各自のモビルスーツでエターナルに向かう。
今回はキラもバルトフェルドと今後の事を打ち合わせるため、ストライクフリーダムに乗ってエターナルに着艦した。
戦いを終えた暁には、彼らが信じるラクスが表舞台に出ると決めたこと、ヒルダたちドム部隊が戻ったことでエターナルは今までになく活気を呈していた。
そのエターナルの中を、4人はブリッジに向かって進んでいく。
「キラ?」
呟くように言ったキラの声を聞いて、アスランが問いかけた。
「ううん。あっちも…そう思ってるんだろうなって思って」
キャリアのノブを掴んで進むメイリンとラクスもキラを見た。
「戦うしかない、これじゃ戦うしかないって、結局私たちは戦っていく」
キラはほーっと息をついた。
「プランも嫌だけど、本当はこんなことももう終わりにしたいのに」
アスランは憂鬱そうなキラの表情を見て思う。
(戦いたくないのは皆同じ。戦っても答えなど出ないのだから)
前大戦でも、いやというほど味わった。そして今回の戦争でも…アスランは、プラントを敵とすれば戦う事になるだろう3人を思う。
(戦わずに済むなら、何よりそれが一番いい…)
「僕たちは、また間に合わなかった」
ラクスは艦内を進みながら静かに口を開いた。
「できる限り武力と武力でぶつからずに済むように、僕らは不断の努力をしなければならなかったのに、議長の方がずっと上手だった」
議長は長い時間と手間をかけ、プランを導入するために周到に計画を練ってきたのだ。
そんな自分の計画の前に、恐らく立ちはだかるであろうと予測し、ラクス・クラインとキラ・ヤマトを排除しようとした事も、今の彼らの状況を見れば「間違いではなかった」と言える。
「正しい方法でプラントのトップに立ち、嘘と偽りを駆使しながら、計画を実行した。僕たちはそれだけで既に敗北していると言っていい」
ラクスのその衝撃的な言葉に、キラは不安げに彼を見上げた。
「でも、僕は諦めたくない。夢を見る。未来を望む。それは全ての命に与えられた生きていくための力だよ。夢と未来を封じられてしまったら、僕たちは…いや、僕は?僕はもう存在してはいけない存在なのか?」
ラクスはキラを見つめて微笑んだ。
「僕は、存在を否定されたくない。努力を否定されたくない。壊れてしまった体でも、望む場所に行き着けるという夢を見たい」
「そうですよ!」
同じく能力を否定されたメイリンが、その言葉に思わず同意した。
「僕も、誰かに…遺伝子なんかに未来を決めつけられたくありません」
アスランは珍しく声を荒げ、きっぱりと言ったメイリンを見つめた。
ラクスはそんな彼ににっこりと笑い、それからキラに言う。
「だから、僕はデスティニープランに反対するオーブを守りたい。そしてひいては故国プラントを、このプランの担い手から開放したい」
やがてキラが重い口を開いた。
「確かに、私たちが間に合わなかったから…」
今、こうして戦うしかないという選択肢しか選べないのかもしれない。
「私たちは彼の計画に気づけなかったし、それを防げなかった」
キラは一言一言を噛み締めるように言った。
4人はエターナルのブリッジに辿り着いた途端、モニターに映しだされている、検査を受ける人々の長蛇の列を眼にした。
キラはしばらくそれを無言で見つめてから呟いた。
「そして、人々は流されていくんだね…これでいいのかと思いながら」
「ステーション1、間もなくポジションにつきます」
メサイアではオペレーターが何やら忙しなくやり取りを続けている。
「レクイエム・コントロールシステム、全て正常に稼働中」
多くのプラント国民の命を奪い去った「レクイエム」という単語を聞いても、デュランダルはいつも通りの口調で返答した。
「チャージは始めておいてくれ。どのみち一度は撃たねばならん」
テストもかねてね…さらにはそんな恐ろしげな事を言っている。
「各国に何か新たな動きは?」
議長の問いかけに、黒服を着た将校がデータを手に答える。
「ありません。未だ明確なのは、早々にプラン導入の拒否を表明したオーブとスカンジナビア王国のみです」
デュランダルはふむ、と顎に手をあてた。
「ですが、これらの国の姿勢に呼応してか、アルザッヘル基地に少し動きが見られます」
「おやおや」
それを聞いて議長はあきれたように笑った。
アルザッヘルには連合の残存艦隊が集結しつつある。
「大西洋連邦大統領は、議長にコンタクトを取りたいと各国の首脳同様、申し入れもしてきているのですが…」
国防委員会の幹部が呆れたように言うと、議長も可笑しそうに笑った。
「なるほど、コープランドも大変だな。オーブのアスハのように頑張ることもできないのに、一国のリーダーをやらねばならんとは…どうすればよいか指示してくれるロゴスももういないからな」
モニターにはオーブの執る道を語る代表の姿が映し出されている。
「オーブは今後も自国の理念を守り、あくまでも中立を貫きます」
カガリは落ち着いた声で意見を述べていた。
「提示されたデスティニープランを拒否するとはいえ、オーブが執るコーディネイターとナチュラルの共存政策には何ら変わりなく、無論、プラントに敵対するなどという意思も考えもありません」
もしそこに何か誤解や食い違いがあるのなら…カガリは言った。
「私は今こそプラントとの対話を求めます。それこそが互いの理解を深め…」
(成長したものだな、若君…実に厄介で面倒な、私たちの『敵』に)
デュランダルはかつての無力な若僧が堂々と意見を述べるその姿に、人知れずエールを送った。
(だが、若さゆえのその意地…どこまでもつのやら)
くすりと笑った彼は、再びレーダーが示すアルザッヘル基地に眼を移した。
「まあいいだろう。ではまずアルザッヘルを討つ。準備を始めてくれ。オーブはそのあとでいい」
デュランダルはふふっと笑った。
反抗するオーブと、戦いをやめられない大西洋連邦。
「私はちゃんと言ったはずだがな…これは人類の存亡を賭けた最後の防衛策だと。なのに敵対するというのなら、それは人類の敵ということだ」
ならばそれにふさわしい「役割」を与えてやろう…
(カガリ・ユラ・アスハ…愛するオーブと共に滅ぶがいい)
「やあ、久しぶりだな、ザフトのアスラン・ザラ」
「大人げないよ、隊長」
ブリッジに姿を見せた赤服のアスランに、ちくりと意地悪を言うバルトフェルドをラクスが笑いながら諌めた。
「状況はよろしくないぞ、非常に」
「どうしたんだ?」
「ついさっき入った情報では、アルザッヘルに連合の残存兵力が集結しているらしい。しかも既にザフトにもばれているようでね。どうも雲行きが怪しい。議長は何か動きを見せそうだ」
「じゃあ、連邦寄りの地球軍は…」
「どうかな。ダイダロスでも散々やられて、兵力は少ないからな」
既にキラの元にも国防本部からオーブの各守備隊が極秘裏に国土防衛に入ったという連絡が入っている。こちらの艦隊も遠からず防衛体制を整える事になるだろう。
(やっぱり…戦うしかないのかな…)
キラが再び憂鬱そうな顔になった。
「地球ではカガリが踏ん張ってる。最悪の事ばかり考えるな」
バルトフェルドはデスティニープランについてアジるプラントのメディアから中立のコペルニクスのメディアに変え、カガリを映し出した。
「…から、『プランを選ばない自由』も認めていただきたいのです」
皆、黙ってカガリの声を聞いた。
「各国には慎重な対応を望みます。同時に、皆さん一人ひとりには本当にそれが必要なのか、プランの意義を今一度考えていただきたい」
キラはふっと微笑んだ。
「そうですね。カガリたちも、こんなに頑張ってるんだもの」
「でも、もし戦うべき時がきたなら…」
キラは、突然聞こえたアスランの声にはっと振り返った。
「私たちは、戦えるわ」
「アスラン?」
「私たちが本当は何とどう戦うべきだったのか…」
アスランは、かつてキラに投げかけた疑問を口にした。キラもラクスもメイリンも、皆きょとんとして彼女を見ている。
「やっとわかった気がする」
アスランはそれ以上何も言わず、カガリが映るモニターを見上げた。
(だから、あなたも…)
彼を見る彼女の表情は穏やかで優しく、そしてとても綺麗だった。
ノイマンが忙しく手を動かしながら艦の状態を整えていく。
副操縦士のキラはそれを受けてデータを更新して行った。
皆には司令官らしくしろと言われたが、キラはアークエンジェルのブリッジでくらい仕事がしたいと言って、コパイ席を死守している。
「磁場チェンバー及びペレットディスペンサー、アイドリング正常」
「外装衝撃ダンパー、出力20%でホールド」
チャンドラが2人の補佐としてハード面をサポートすると、ミリアリアもコペルニクス管制からの発進許可を伝えた。
「主動力コンタクト。システムオールグリーン。アークエンジェル、全システムオンライン。発進準備完了」
全てを終えたノイマンの最終報告に、マリューは頷いた。
ラクスの要請を受け、マリューはアークエンジェルの発進を決めた。
同時に、デブリの影に身を隠して偽装を続けているエターナルでも、ラクスやダコスタたちを受け入れるため発進準備が整えられている。
バルトフェルドはターミナルを通じて合流座標を知ると宣言した。
「真の英雄が戻る。暗号座標フラジャイル。繰り返す。真の英雄が戻る」
世界は再び、揺らぎ始めていた。
メディアでは連日のように、世界各国で人々が集められ、簡単な採血による遺伝子解析が行われているというニュースが伝えられていた。
生誕前に既に遺伝子を操作されており、一定のデータを持っているコーディネイターたちは地球上での大々的な調査の推移を見守り、ナチュラル政府はプラントが全て資金を提供するという条件の下、用意した施設に「行きたい者は行くように」と緩やかに勧奨した。
解析された内容は詳細なデータとして人々の手に渡り、文字を解さぬ人のためには色のついたカードが渡された。
ザフトでは特にこの検査を受けるようにという通達はない。
無論、兵たちのデータなど入隊時以降管理されているのだから、改めてまた血液から調べる必要はないといえばないのだが。
シンは部屋でレイと共にモニターを見ながら、地球上の各地域で検査のために長蛇の列を作る人々や、自分の結果を受け取って一喜一憂するナチュラルたちの姿を眺めていた。
しかし、当然ながら彼の疑念はまだ晴れてはいない。
(この制度が、戦争をなくすのか?本当に?)
連日のように、どこの国のメディアに対してもにこやかにインタビューに答えているデュランダルの柔和な表情を見て、シンは呟いた。
「議長…」
そんなシンの複雑な表情を見ていたレイが言った。
「おまえが驚くことはないだろ?」
シンはその言葉に振り返った。
「議長の目指す世界がどんなものかは、おまえも知っていたはずだ」
「約束しよう、シン…」
デスティニーを受け取った時、ハンガーでそう言った議長の力強い言葉と表情をシンは思い出していた。
「そのための戦いだ。その先には、戦いのない世界が必ずある」
議長は道を指し示してくれた。自分たちが行くべき道を…
「ああ、それは…でも急にこんなこと言ったって…」
シンはモニターに映る人々の中にも、このプランが本当に正しいのかわからない、受けていいものかどうか…と迷う人がいるのを見ながら言った。
「世界は…大変だ」
シンがチャンネルを変えると、そこにはカガリが映っていた。
「なるほどな。全ての疑念への証拠は、これで揃ったというわけだ」
オーブ軍の正規回線ではなく、ターミナルの秘匿回線を使用してアークエンジェルと連絡を取ったカガリは、報告を受けて言った。
「そっちの状況は?」
キラの言葉に、カガリは眉を顰めた。
「ほとんどの国は、この事態にどう対応したらいいかと混乱している。プラントは調査・サンプルのための資金だけでなく、今回の大戦で荒れた国々や崩壊した地域には多額の無償援助も申し出ているから、それと引き換えに国民に調査を受けさせると決めている国々もある」
チャンドラがそれを聞いて「なんか、形を変えた人身売買みたいだな」と肩をすくめてみせると、ミリアリアがシーッと指を立てて諌めた。
「こちらは艦隊と共にエターナルと合流し、不測の事態に備えておくわね」
「そうしてくれ。もちろんそんな事にはならないよう、最大限努力するよ」
マリューの言葉に、カガリは頷いた。
「これから俺は、首長たちと話し合ってオーブの取る方針を決めなければならない。もちろん決まり次第知らせるが…」
「『俺はそんなのまっぴらだ』でしょ?」
キラの言葉にブリッジがどっと沸いた。
「カガリ様」
キラの野郎…と、カガリが笑いながら通信を切ったところに、首長たちが全員揃ったという報せが入ったため、彼も席を立って議場に向かう。
ウナトもユウナもマシマもいなくなり、すっかり数が減った首長たちは、カガリが入室すると皆席を立って軽く頭をたれた。
「わかっている。だが、だからと言って議長は諦める方ではない」
シンの言葉を聞いて、レイもまた画面を見つめて言った。
「それはおまえも知っているだろう?今は俺たちもいる」
「ああ…そうだな」
ディオキアで、戦いは続けるよりやめる方が難しいと言った議長。戦争を煽る者…ロゴスを撃つ事がいかに難しいか憂えていた議長。
「確かに、議長は諦めずにそれをやり遂げた」
シンは呟いた。俺にフリーダムを討たせ、アスランを討たせて…
「議長の目指す、誰もが幸福に生きられる世界。そしてもう二度と、戦争など起きない世界。それを創り上げ、守っていくのが俺たちの仕事だ」
レイは自分のボードに残る、戦場の悲劇を物語る悲惨な画像や映像を見つめて言った。しかし、ロドニアのラボのデータまで来ると彼の手が止まる。
恐怖心のようなものがふつふつと沸き起こり、レイは深く深呼吸した。
(こんなもの…こんなものがもう二度と造られない世界のために…)
「そのための力だろ?デスティニーは」
シンはしばらく黙り、ゆっくりと言った
「それが大義か、俺たちの」
「そして、正義だ」
俺たちは間違っていない、レイは言う。
「力を使え、シン。そのパイロットに選ばれたのはおまえなんだ」
「俺が…選ばれた…」
それも議長の言う「デスティニープラン」によるものだとしたら、偽者のラクス・クラインが言ったことは嘘ではないということになる。
(戦うことしかできない…俺…)
「それが遺伝子の命じる、俺の中にある答えってヤツなのか?」
シンの問いかけに、レイは一瞬言葉を失った。
ギルバート・デュランダルの推奨する計画通りなら答えは「イエス」だ。
けれどレイは躊躇した。彼は知っているからだ…シンの長く辛い苦しみを。
「議長がおまえを選んだのは…」
レイが噛み締めるように言った。
(いいや、「議長」ではない)
レイはそう思いながらも言葉を続けた。それは、自分自身がシンに与えたい答えだった。
「おまえが誰よりも強く、誰よりもその平和な世界を望んだ者だからだ」
シンは再び黙りこんだ。
その時、彼らの部屋のインターホンが鳴り響いた。
「シン…レイ?」
部屋を訪れたのはルナマリアだった。
レイは軽く首を振ったが、シンは扉を開けた。
「ルナ」
「シン…私たち、一体…」
シンはひどく不安そうな表情をするルナマリアに笑いかけた。
「今その話をしてた。おまえも入れよ」
「シン…」
レイは軽く抗議するような声で言ったが、シンは振り向かずに言う。
「俺たちはずっと一緒に戦ってきた仲間だ。いいだろ、レイ」
「それは、FAITHとしての判断か?」
むっとするレイに、シンは「違うね」と笑った。
「友達としての言葉だよ」
ルナマリアを自分の椅子に座らせ、シンは散らかったベッドに腰掛けた。
「艦内の様子は?」
「うん、皆…どうしたらいいかわからないみたい、やっぱり」
ルナマリアがシンの問いかけに答えた。
ロゴスが敵だと言われたあの時のように、皆動揺を隠せない。
やっぱりなと呟くシンに、レイは言った。
「だが、おまえの言う通り、本当に大変なのはこれからだ。 いつの時代でも、変化は必ず反発を生む」
3人はモニターの中でデスティニープランへの懸念や危惧、そして異論を唱えるオーブのアスハ代表を見つめた。
「他の国々の動向はどうだ?」
カガリは、オーブ以外の国々の動きを外交筋から確かめさせていた。
「はい。どの国もまだどう判断すべきか決めかねているようで…」
実際には、ロゴス成敗により経済が逼迫したり、混乱と共に内乱が起きたりした小さな国々は、それどころではないというのが実情だ。
「ロゴスという名の魔女狩りのおかげで、今はどこも政府がガタガタですからなぁ」
ウズミよりずっと年上の首長の1人が渋面で言う。
「赤道連合はしばし回答を待って欲しいと伝えてきております。あそこも大分、連合にやられて経済状況が窮々としていますから、調査と引き換えのプラントからの多額の無償援助は魅力でしょう」
「ユーラシアや東アジア共和国の反応は?」
「まだ正式に声明は出ていませんが、反連邦を掲げる国は皆従うかと」
「南アメリカ合衆国や大洋州、北西アフリカは無論プラントに従います。もっとも、北アフリカ地域ではそれによって反プラントのゲリラ活動も活発化しておりますが…あそこはいかんせん、無政府状態ですからな」
それを聞いてカガリはふと、サイーブたちはどうしているだろうと心配になる。もう随分長いこと、砂漠に潜む彼らとは連絡が取れていない。
「それも全て、彼のプラン通りということなのだろうな…」
カガリはほっとため息をついた。
世界はやはり拒絶に二の足を踏み、または流されつつあるようだった。
議長がここに至るまで、どれだけの準備を重ね計画を練ってきたか、ラクスたちが調べ上げた数々の情報を手にすればいやでも理解できた。
(世界はまんまと彼の敷いたレールに乗せられてしまったわけだ)
「大西洋連邦はコープランドおろしを叫んでいますが、まだ全土での運動にはなっておりません。現大統領への支持も根強く残っていますし」
「反プラントの連邦が倒れれば、今度こそ世界は議長の思い通りになるだろう」
カガリは1台のモニターが映し出すコープランド大統領を見て言った。
彼の演説は不思議な事に、何度聞いても今ひとつ論点が定まらず、果たして連邦がプランに賛成なのか反対なのかよくわからない。
「さて、俺が皆に聞きたいのはごく簡単なことだ」
首長たちは姿勢を正し、問いかける代表に視線を向けた。
「未来を知らず、真っ暗闇の中を歩いていく俺たちナチュラルに、議長は夜道を照らす、明るくまばゆいライトをくれると言う」
カガリは肘をつき、口元で手を組んで続けた。
「希望ではなく、遺伝子によって未来を決められたいか否か。努力ではなく、遺伝子に刻まれた能力を重視するかどうか。何より…」
それから一瞬言葉を区切り、ゆっくりと言った。
「彼が示す『平和な世界』に、俺たちも向かうべきなのかどうか」
それを聞いて首長たちがざわめく。
「忌憚のない意見を聞かせてほしい。それが全てではないからな」
カガリはどうぞ議論をと奨め、彼らの様子を見つめていた。
しばらくあれこれ話していた首長たちは、やがて口々に言った。
「しかし議長の言う事が本当なのだとしたら、実に魅力的ですな」
「決められた事をやっていれば幸せになれるなら、そんな楽なことはない」
カガリは「そうだな」と頷いた。
「ですが代表、我々が彼の示す世界に向かう必要があるのでしょうか?」
最も年若い首長が肩をすくめながら言う。
ウナトもユウナも血気溢れる正義漢として人気のある彼を嫌っていたため、発言の機会を与えられない事が多かったが、彼らがいない今は彼も臆することなくのびのびと発言している。こうした世代や性別に関係ない活発な議論はカガリの望む形だった。
柔和に微笑んだ一人の首長が彼の意見に頷くと、静かに続けた。
「オーブは今も昔も、平和な世界への道を『模索し続ける国』です」
かつて、対立を深め始めたナチュラルとコーディネイターの共存を真っ先に推奨し、宣言し、実践しようと法を整備した最初の国です…
「中立政策もその一つでしたね」
「いやいや、何度も失敗しては法整備をやり直したり…」
「デモは怖いわ、テロは怖いわ」
年老いた首長たちは、かつての苦労を語りながら笑った。
「しかし挫けそうになると、決まってウズミ様が怒鳴って喝を入れられた」
稀代の頑固者を知る首長たちは懐かしそうに笑った。
カガリもまた、大きな声で皆の意見をまとめていた父を思い出して微笑む。
「オーブはそうやって、平和への道を探しながら歩んできたのだ」
もっとも年老いた首長が呟いた。
「それを他人様から与えられ、喜び勇んで享受するような国ではないよ」
「そうか」
カガリは首長たちの意見を聞き終わると再び尋ねた。
「しかし、当の国民はどうだ?3年間で2度も戦乱に巻き込まれた国民は…」
カガリは復興が進められている国と、傷ついた国民を慮って聞いた。
「プラントに敵対する意思は示さずとも、俺たちがプランを拒否し、敵対国と見なされれば再び侵攻を受ける可能性はゼロではなかろう」
首長たちはそれを聞いてまたひとしきり話し合った。
「今回、国を焼き、人々を傷つけたのはザフトですよ」
「国民が望んでいるのは、何よりも故国オーブの復興です。我々の国を焼いた張本人のプラントが唱える理想郷などではない」
政府の責任を問う声ももちろん多いが、完全に敗北した連合による屈辱的な占領統治時代に比べれば、今回、戦闘に辛くも勝利した事はかろうじて国民の矜持を保ち、政府への信頼も何とか保たせている。
「だが、ようやく立ち直ろうとしている民をまた危険に晒すのは…」
カガリはふと表情を曇らせた。
(…デスティニープランを推奨しないまでも、禁止はしないという道もある)
だが、それはデュランダル議長に国民の運命を委ねる事と同義だった。
「では、世界に君臨しようという彼に従うのですか?」
首長たちの眼が、考え込んでいるカガリに一斉に注がれた。
「オーブの獅子の子…いや、オーブの若獅子ともあろう方が」
カガリは彼らのその言葉に思わず笑い出した。
「あなた方も、父に負けない頑固者だな」
(あれほど痛めつけられてもなお、オーブの力を信じるか)
カガリは国家元首も宰相もいない中、行政府に迫る激しい砲撃やモビルスーツから逃げることなく、停戦交渉の草稿を整え、国民への避難指示を続けた彼ら首長たちを見て思う。
(俺ももう迷うまい。過去を見据え、前に進むと決めたんだ)
「オーブは議長のデスティニープランを拒否し、これまで通り、理念と中立を守り、独自路線を行く」
カガリはきっぱりと言った。
「俺たちの願う平和は、自由と自立の中にこそある」
しかしカガリはやや表情を曇らせると、懸念を口にした。
「これだけの態勢を整えての計画だ。議長は拒否する国を許さないだろう」
だがたとえ彼と敵対する事になっても…カガリが首長たちを見回した。
「俺たちは全力で民を守り、国を守ろう」
首長たちは頷き、それを見てカガリは立ち上がった。
「それによって不利益をこうむる者、明確な理由はなくとも、ただ漠然とした不安からも、異を唱える者が必ず現れる」
レイは実際に不安を訴えてきたルナマリアを見ながら言う。
「だって、皆、急にこんなこと言われれば不安になるわよ!」
ルナマリアは不満げに抗議した。
「今まではロゴスが悪いと言われてたのに、いきなり私たちの中の『無知』と『欲望』が悪いなんて言われたら、そりゃ誰だって…」
「議長の仰る通り、無知な我々には明日を知る術などないからな」
レイはぴしゃりと言う。
「わからないままに進み、そして必ず道を踏み外してきたのが我々だ」
レイはそこまで言うと、少し額を抑えた。
その仕草を見てルナマリアとシンは顔を見合わせたが、彼はすぐに続けた。
「だが人は、もう本当に変わらなければならない」
「変わる…」
その言葉を聞いたシンが呟いた。
(おまえたちなんかがいるから…世界は…いつまでも変わらない!)
ヘブンズベースでロゴスを討ったあの時…変わらない世界に苛立ち、それを無視し、阻害する者たちへの怒りをふつふつと滾らせた自分。
(変化は痛みを伴うもの。世界は今、生まれ変わろうとしている…)
「でなければ、救われない」
「私だって…それはわかるけど、でも…」
こんな急に示されても…とルナマリアは果敢にレイに反論した。
しかしレイはそれには答えず、2人に言い聞かせるように続けた。
「これはやり遂げなければならないんだ…なんとしても」
黙り込んだ3人の耳には、モニターの中で演説するオーブのアスハ代表の声だけが聞こえてきていた。
「かつて我が国の代表であったウズミ・ナラ・アスハは、地球連合の侵攻に際し、人としての『精神への侵略』という言葉を使いました」
カガリは穏やかな声で語っている。
「我々人の心は常に自由であり、その望み、願い、想いは、何人にも侵され、蹂躙されるべきではないと、私は考えます。しかし、デスティニープランはそれを阻害する可能性を秘めている…制約と束縛、差別と選民意識を呼ぶのではないかという負の可能性を」
シンは黙って彼の言葉に耳を傾けていた。あの日、妹と共にウズミ・ナラ・アスハの演説を聞いた時のように。
「我々は与えられる未来、自身で決められない未来を望みません」
カガリは人々に語りかけるように優しく言った。
「遺伝子ではなく、意思で選ぶ。役割ではなく、自覚と責任で果たす。自由と自立の中にあって、望むべき未来への道を模索する事こそが、人が生きるということそのものではないかと、私は思うからです」
カメラの向こうの国民に語りかけながら、カガリは同時に自分を励ましていた。
俺たちが選ぶ事ができる道は、いくらだってあるはずだ。
その目的さえ見失わなければ、いつかきっと、辿り着ける。
(そうだよな、親父。俺たちは、そう信じて歩いていく)
「我らは我らの願う明日を、求める人生を、自らの手で掴むべきです」
カガリは真っ直ぐ前を見据えてすぅっと息を吸う。
(迷いはない)
カガリの心にキラやラクスたちが、首長たちが、キサカたちの姿が去来する。
(俺には今、意思を貫く力があり、俺を支えてくれる人々がいるんだ)
中でも彼に最も勇気を与えるのは、藍色の髪と碧の瞳を持つ美しい彼女だった。
「よって、我がオーブ首長国連邦は、デュランダル議長の唱えるデスティニープランの導入を、断固拒否いたします!」
シンは、強い輝きを宿す彼の琥珀色の瞳を見つめていた。
(アスハ…)
いつ見ても忌々しい姿と声だ。なのに、なぜだろう…
(俺はどこかでほっとしている…オーブが従わないと決めたことに…)
カガリの意思表明を聞いているシンを、ルナマリアはチラリと見た。
「…強くなれ…シン…」
その時、レイがうめくように言った。
そのただ事ではない様子に2人ははっと腰を浮かした。
「おまえが…守るんだ。議長と…その…新しい世界を」
「レイ?」
ルナマリアが前屈みになったレイの背に触れた。
「それが…この混沌から人類を救う最後の…道だ…」
突然息の荒くなったレイにシンも驚く。
「どうしたんだ?おい、レイ」
「何でもないっ!構うな!」
レイは荒々しく2人を振り払うと立ち上がり、自分のベッドの脇の扉を開けて小さな小瓶を取り出した。そしてそこからザラザラと錠剤を出すと、大量に口に入れ、ぼりぼりと噛み砕き始めた。
シンもルナマリアも、面食らったようにその姿を見ていたが、やがてふらりとベッドに倒れこんだ彼に駆け寄った。
「でも、どうするんですか?これを…」
アーサーもまた、彼ら指揮官クラス全員にデータとして送られてきた「デスティニープラン」についての説明書を手にしながら言った。
その途方に暮れたような声を聞いて、さっきからずっと親指を噛み続けているタリアも思わず苛立ちを募らせてしまう。
「どうもこうもないでしょ?私にだってわからないわ」
しゅんとした彼を見て、タリアは少し可哀想になり、今度は優しく言った。
「戦争は政治の一部よ。そこから全体などなかなか見えるものではないわ」
「それはまぁ、そうですが…」
ぶつぶつ言いながら、アーサーはプランを読み返したが、読めば読むほどピンとこない。彼はしきりに首を傾げた。
(コーディネイターの僕たちが、どうして今更遺伝子なんだ?)
「艦内の様子、気をつけておいてね」
タリアが言った。
「みんな、あなたと同じ気持ちでしょうから…」
アーサーは珍しく元気のない声で「はい」と返事をした。
「では、はっきりとプラン導入の拒否を表明しているのは、まだ我々とスカンジナビア王国だけか?」
方針を表明したカガリは、報告してきた補佐官を振り返った。
報道からの直接の取材や、公共放送のインタビューが目白押しだが、未だにこちらからの停戦交渉に応じないまま、プラン導入を一方的に伝えてきたプラントへの外交交渉は続けさせるよう厳しく指示する。
「慎重かつ迅速にだ。それから、スカンジナビア王国にラインを引け。俺が陛下とじきじきに話し、情報交換と今後の折衝を行う。それから手の空いている外交官をすべて集めろ。すぐにだ」
そう言ってから、カガリはキサカに国防本部の司令官を呼び出すよう命じた。
その頃、エターナルとの合流を果たしたアークエンジェルでは、ラクスたちクライン派があちらに移乗する準備を始めていた。
アスランもまたインフィニットジャスティスと共に、運用艦であるエターナルに移る予定だが、キラはアークエンジェルに残ると言って皆を驚かせた。けれどそれはオーブ軍司令官としては当然の判断だった。
「なに、もし戦闘となれば俺たちは皆、一蓮托生なんだ」
久々にアークエンジェルのブリッジに顔を見せたバルトフェルドが言った。
「ストライクフリーダムはそちらにお任せしますよ、ラミアス艦長」
一方彼は、髪が伸び、以前とは随分雰囲気の違うネオの姿を見て、「これはこれは少佐殿!またきみに会えるとは嬉しいねぇ」と大仰に驚いてみせた。そしておどけたように指を立てた。
「安心したまえ。ここではなぜか、一旦生き返ったヤツは今度はなかなか死なないってジンクスがあるようだからね」
そう言って自分の義手をぽんと叩いて、マリューやキラたちを笑わせた。
「なんなんだよ、あいつは!?」
ネオは軽そうに見えるが只者ではなさそうな陽気な男の出現に面食らい、仏頂面で言ったが、ミリアリアもチャンドラも笑いながら「少佐のお友達じゃないですか」と答えたので、ますます不機嫌になった。
「ったく…第一おまえら、俺は大佐…じゃない、一佐!!」
「レイ…どこか悪いの?」
2人でレイをベッドに寝かせると、ルナマリアが枕元で心配そうに覗き込んだ。
「わからない。ロドニアでもひどい発作を起こしたけど…」
シンは彼が飲んでいた薬のラベルを読んでいたが、どうやら市販のものではないようで、何の薬なのかよくわからなかった。
「あれは、今思えば過呼吸とパニックだったと思うし…」
「もしかして、シンと…同じ?」
ルナマリアが恐る恐る訊ねたが、シンは安心させるように笑った。
「どうかな。この薬も俺が飲んでたものとは違うみたいだ」
まさかレイがこんな激しい発作のような症状を持っているとは思わなかった。
(俺自身、フラッシュバックや夜驚症が出ないよう気を使っていたから…)
「んん…」
その時レイが体を動かして呻いたので、2人はもう一度彼を覗き込んだ。
「レイ?大丈夫?」
「レイ」
ルナマリアが優しく聞き、シンも彼の名を呼んだ。
「隊長、ターミナルから、何か新しい情報は入ってる?」
ラクスがモニターの向こうのバルトフェルドに尋ねた。
バルトフェルドはそうだねぇと鼻を掻きながらデータを見た。
デスティニープランによる混乱は未だ、世界を席巻している。
「どこの国もはっきり態度を決めてるわけじゃない。思った通り、世界の反応は緩慢なものだな」
「思った以上に、じゃない?」
マリューはラクスがミリアリアに指示し、プラン支持、態度保留と分け、国々を彩っていく白地図を見て言う。
プラントは既に億単位の人々が検査を受けたと宣伝している。
「よくわからないってのが本音だろ?」
ネオが肩をすくめた。
「人種も国も飛び越えて、いきなり遺伝子じゃ、誰だって判断困るよ」
「あれだけ聞くとほんとにいいこと尽くめですものね。不安がなくなる、戦争が起きない、幸福になれると」
でも、ホントかしらねとマリューが困ったように笑うと、キラも頷いた。
「議長は信用ありますしね、今は」
「だがそれを導入実行すると言っているんだからなぁ、奴は」
モニターの向こうで頬杖をついたバルトフェルドも苦笑する。
「オーブはその後、何か動きがあるんですか?」
アスランの問いにはミリアリアが答えた。
「水面下で防衛体制に入ってるわ。カガリははっきりプラン拒否を表明したし、スカンジナビア王国との共同声明にも調印したから、じきに反プラント国家として見なされることは間違いないもの」
まだ先日の戦いからも立ち直っていないオーブからは、カガリたちの交渉の状況が逐一彼らにも知らされてきていた。
3年前に地球軍の侵攻を受けた時は、中立ゆえにオーブは自国の意思のみで断固拒否を唱えたが、今回、カガリはオーブの外交筋を総動員し、各国に対してくれぐれも慎重な対応を取るよう呼びかけている。
オーブとしては実質的に、プランが危険なものだと言っているわけではないのだが、カガリの演説を聞いた各国メディア、ことにプラント寄りの国は概ね、オーブはプランを危険視しているようだと捉えていた。
もちろん「中立国が他国の政策に口を出すな」と批判もされたが、カガリは負けじと「これは国家レベルの問題ではない。人類レベルで考えるべき問題だ」と訴えた。傷ついたオーブがプラントとの無用な戦いを避けるためには、国際協調は何よりも必要不可欠なものだった。
けれどそんな彼の努力も空しく、残念ながらオーブの旗色は悪い。
中立国でありながら同盟を結び、ロゴスを匿ったというレッテルが貼られたオーブは、以前のような国際社会での信用を失っている。他国、ことにプラント支持の国々や人々から風見鶏、こうもりと揶揄され、非難されるカガリの話は、なかなか聞いてもらえない。
いまや名実共に世界最強のリーダーとなったデュランダルの前に、太平洋に浮かぶちっぽけな島国など、今にも吹き飛びそうだ。
彩られていく世界地図の中で、「反対」である赤い色を塗られた、ひときわ小さなその国を見てマリューは言う。
「力押しで来られたら、もう戦うしかないものね…」
その言葉に、キラは人知れず困ったような顔をした。
「戦うしかない、か…」
ラクスとメイリンはダコスタたちクライン派の兵と共にランチで、アスランやヒルダたちは各自のモビルスーツでエターナルに向かう。
今回はキラもバルトフェルドと今後の事を打ち合わせるため、ストライクフリーダムに乗ってエターナルに着艦した。
戦いを終えた暁には、彼らが信じるラクスが表舞台に出ると決めたこと、ヒルダたちドム部隊が戻ったことでエターナルは今までになく活気を呈していた。
そのエターナルの中を、4人はブリッジに向かって進んでいく。
「キラ?」
呟くように言ったキラの声を聞いて、アスランが問いかけた。
「ううん。あっちも…そう思ってるんだろうなって思って」
キャリアのノブを掴んで進むメイリンとラクスもキラを見た。
「戦うしかない、これじゃ戦うしかないって、結局私たちは戦っていく」
キラはほーっと息をついた。
「プランも嫌だけど、本当はこんなことももう終わりにしたいのに」
アスランは憂鬱そうなキラの表情を見て思う。
(戦いたくないのは皆同じ。戦っても答えなど出ないのだから)
前大戦でも、いやというほど味わった。そして今回の戦争でも…アスランは、プラントを敵とすれば戦う事になるだろう3人を思う。
(戦わずに済むなら、何よりそれが一番いい…)
「僕たちは、また間に合わなかった」
ラクスは艦内を進みながら静かに口を開いた。
「できる限り武力と武力でぶつからずに済むように、僕らは不断の努力をしなければならなかったのに、議長の方がずっと上手だった」
議長は長い時間と手間をかけ、プランを導入するために周到に計画を練ってきたのだ。
そんな自分の計画の前に、恐らく立ちはだかるであろうと予測し、ラクス・クラインとキラ・ヤマトを排除しようとした事も、今の彼らの状況を見れば「間違いではなかった」と言える。
「正しい方法でプラントのトップに立ち、嘘と偽りを駆使しながら、計画を実行した。僕たちはそれだけで既に敗北していると言っていい」
ラクスのその衝撃的な言葉に、キラは不安げに彼を見上げた。
「でも、僕は諦めたくない。夢を見る。未来を望む。それは全ての命に与えられた生きていくための力だよ。夢と未来を封じられてしまったら、僕たちは…いや、僕は?僕はもう存在してはいけない存在なのか?」
ラクスはキラを見つめて微笑んだ。
「僕は、存在を否定されたくない。努力を否定されたくない。壊れてしまった体でも、望む場所に行き着けるという夢を見たい」
「そうですよ!」
同じく能力を否定されたメイリンが、その言葉に思わず同意した。
「僕も、誰かに…遺伝子なんかに未来を決めつけられたくありません」
アスランは珍しく声を荒げ、きっぱりと言ったメイリンを見つめた。
ラクスはそんな彼ににっこりと笑い、それからキラに言う。
「だから、僕はデスティニープランに反対するオーブを守りたい。そしてひいては故国プラントを、このプランの担い手から開放したい」
やがてキラが重い口を開いた。
「確かに、私たちが間に合わなかったから…」
今、こうして戦うしかないという選択肢しか選べないのかもしれない。
「私たちは彼の計画に気づけなかったし、それを防げなかった」
キラは一言一言を噛み締めるように言った。
4人はエターナルのブリッジに辿り着いた途端、モニターに映しだされている、検査を受ける人々の長蛇の列を眼にした。
キラはしばらくそれを無言で見つめてから呟いた。
「そして、人々は流されていくんだね…これでいいのかと思いながら」
「ステーション1、間もなくポジションにつきます」
メサイアではオペレーターが何やら忙しなくやり取りを続けている。
「レクイエム・コントロールシステム、全て正常に稼働中」
多くのプラント国民の命を奪い去った「レクイエム」という単語を聞いても、デュランダルはいつも通りの口調で返答した。
「チャージは始めておいてくれ。どのみち一度は撃たねばならん」
テストもかねてね…さらにはそんな恐ろしげな事を言っている。
「各国に何か新たな動きは?」
議長の問いかけに、黒服を着た将校がデータを手に答える。
「ありません。未だ明確なのは、早々にプラン導入の拒否を表明したオーブとスカンジナビア王国のみです」
デュランダルはふむ、と顎に手をあてた。
「ですが、これらの国の姿勢に呼応してか、アルザッヘル基地に少し動きが見られます」
「おやおや」
それを聞いて議長はあきれたように笑った。
アルザッヘルには連合の残存艦隊が集結しつつある。
「大西洋連邦大統領は、議長にコンタクトを取りたいと各国の首脳同様、申し入れもしてきているのですが…」
国防委員会の幹部が呆れたように言うと、議長も可笑しそうに笑った。
「なるほど、コープランドも大変だな。オーブのアスハのように頑張ることもできないのに、一国のリーダーをやらねばならんとは…どうすればよいか指示してくれるロゴスももういないからな」
モニターにはオーブの執る道を語る代表の姿が映し出されている。
「オーブは今後も自国の理念を守り、あくまでも中立を貫きます」
カガリは落ち着いた声で意見を述べていた。
「提示されたデスティニープランを拒否するとはいえ、オーブが執るコーディネイターとナチュラルの共存政策には何ら変わりなく、無論、プラントに敵対するなどという意思も考えもありません」
もしそこに何か誤解や食い違いがあるのなら…カガリは言った。
「私は今こそプラントとの対話を求めます。それこそが互いの理解を深め…」
(成長したものだな、若君…実に厄介で面倒な、私たちの『敵』に)
デュランダルはかつての無力な若僧が堂々と意見を述べるその姿に、人知れずエールを送った。
(だが、若さゆえのその意地…どこまでもつのやら)
くすりと笑った彼は、再びレーダーが示すアルザッヘル基地に眼を移した。
「まあいいだろう。ではまずアルザッヘルを討つ。準備を始めてくれ。オーブはそのあとでいい」
デュランダルはふふっと笑った。
反抗するオーブと、戦いをやめられない大西洋連邦。
「私はちゃんと言ったはずだがな…これは人類の存亡を賭けた最後の防衛策だと。なのに敵対するというのなら、それは人類の敵ということだ」
ならばそれにふさわしい「役割」を与えてやろう…
(カガリ・ユラ・アスハ…愛するオーブと共に滅ぶがいい)
「やあ、久しぶりだな、ザフトのアスラン・ザラ」
「大人げないよ、隊長」
ブリッジに姿を見せた赤服のアスランに、ちくりと意地悪を言うバルトフェルドをラクスが笑いながら諌めた。
「状況はよろしくないぞ、非常に」
「どうしたんだ?」
「ついさっき入った情報では、アルザッヘルに連合の残存兵力が集結しているらしい。しかも既にザフトにもばれているようでね。どうも雲行きが怪しい。議長は何か動きを見せそうだ」
「じゃあ、連邦寄りの地球軍は…」
「どうかな。ダイダロスでも散々やられて、兵力は少ないからな」
既にキラの元にも国防本部からオーブの各守備隊が極秘裏に国土防衛に入ったという連絡が入っている。こちらの艦隊も遠からず防衛体制を整える事になるだろう。
(やっぱり…戦うしかないのかな…)
キラが再び憂鬱そうな顔になった。
「地球ではカガリが踏ん張ってる。最悪の事ばかり考えるな」
バルトフェルドはデスティニープランについてアジるプラントのメディアから中立のコペルニクスのメディアに変え、カガリを映し出した。
「…から、『プランを選ばない自由』も認めていただきたいのです」
皆、黙ってカガリの声を聞いた。
「各国には慎重な対応を望みます。同時に、皆さん一人ひとりには本当にそれが必要なのか、プランの意義を今一度考えていただきたい」
キラはふっと微笑んだ。
「そうですね。カガリたちも、こんなに頑張ってるんだもの」
「でも、もし戦うべき時がきたなら…」
キラは、突然聞こえたアスランの声にはっと振り返った。
「私たちは、戦えるわ」
「アスラン?」
「私たちが本当は何とどう戦うべきだったのか…」
アスランは、かつてキラに投げかけた疑問を口にした。キラもラクスもメイリンも、皆きょとんとして彼女を見ている。
「やっとわかった気がする」
アスランはそれ以上何も言わず、カガリが映るモニターを見上げた。
(だから、あなたも…)
彼を見る彼女の表情は穏やかで優しく、そしてとても綺麗だった。
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制作裏話-PHASE48①-
残り3話で「デスティニープラン」なるものがようやく、本当にようやくお目見えしたのですが、この48話が一体どんな話だったのか覚えていない人も多いのでは?実は私も今回読み返すまで「レイがクローンと告白した」「アルザッヘルにレクイエムが撃たれた」事くらいしかはっきりとは覚えていなかったんですよね。そもそもアバンなんかほとんど総集編だし。
しかしこの話、逆転ではいつもながら大変な改変回になっています。ガンダムが出ることなく進む盛り上がらないクライマックス。本編ではデスティニープランというわけのわからないものが提唱され、なぜか世界が混乱している。一体これで収集つくのか!?(つきません)と視聴者をまたしても戦々恐々とさせた本編ですが、私はここで「オーブとプラントが対立する理由」をはっきりとさせるべく、長々と布石を打ち続けてきました。
まずアバンにおいて議長が証人であるサラを始末したとしました。サラが口を割るはずはないのですが、用意周到であり、かつ役割を果たせなくなった人間を切り捨てる議長の人となりを示す事が目的です。
アークエンジェルがエターナルと合流するのは、実は本編ではラストシーンでアークエンジェルが発進する、という描写で終わるだけなのですが、逆転ではこれを先に持ってきて、このPHASEで両者が合流するという流れになっています。逆転のPHASE47でラクスがマリューに「発進を」と言いましたが、あれは本編ではPHASE48のラストで言われるセリフをこのために前倒しにしたのです。
それによってミネルバのシンたちと、アークエンジェルのキラ、ラクス、アスランの意思を対比できるからです。
なおデスティニープランが「なぜ混乱を呼んでいるのか」については、本編では全く描かれず、なんでこれで最終決戦、ひいてはオーブをレクイエムで撃とうなどと議長が突然気が狂ったような行動に出たか全くわからないので、まずはこの背景を語ることと、議長がいかに「オーブを人類の敵」に仕立て上げたかを示すことがこの話の課題でした。だって「プランに反対するから」だけじゃあまりにも理由が弱過ぎます。まだ海のものとも山のものともつかないプランのために、一国を滅ぼせるほどの大量破壊兵器を使うなんて考えられないですよ。アズラエルやジブリールならともかく、議長ですよ?ないでしょ、普通。
議長はプランの推進のために、貧しい国々、紛争で疲弊した国々に資金援助を申し入れ、その見返りに国民にプラン導入を、と迫ります。世界を救った英雄である彼の言葉には逆らえず、持たざる彼らにとって何より資金援助は魅力的です。金でデータ、即ち人を買うなんてありそうじゃないですか。デスティニープランが浸透した後は、能力に秀でる者が貧しい国に出現した場合、本人にも知らせずに彼らを富める国が集めて知力や才能を集中させる…なんて事が起きそうです。
一方、オーブではカガリがこの事態をどう把握し、舵取りをしていくかをきちんと描くつもりでした。本編では反対声明のようなセリフはあるものの、そこに彼女が何を考えてそう主張するのかという基盤がない。ただエラソーにふんぞり返って「反対」と言うだけです。だっていきなり「よって、オーブは」とか言うんですよ!「よって」ってなんだよ!「よって」の前が大切なんだよフツーは!!
そこでカガリには首長会において、世界の様子をセリフで語ってもらい、オーブがどんな国を目指すのか、だからこそ他人の示すレールになど乗らないとはっきりと意思を示す根拠となる議論をさせています。知らない人ばかりの評議会より、「ウズミ」という残り火がある首長会の方が、種からの視聴者には馴染みがあると思うのです。(まぁこっちは評議会以上に名前すら出てないけど)
一方シンとレイも今後について話し合っています。
シンは「自分の役割は、戦うこと」というミーアの言葉に未だ納得できていないことや、自分自身でこの事態を把握している描写により、決してレイに引きずられているだけではないと示せていると思います。
そして大きな改変は、本編では「後にしろ!」とレイに怒鳴られてハブられたルナマリアを、シンが招き入れるところです。ここの「FAITHとしての判断か」というレイの憤りに、シンが「友達としての言葉だ」と返すのは私の創作ですが、これまでずっと描いてきた主人公らしいセリフになったのではないかと思います。
ここにルナマリアを入れることで、レイとシンの会話にはもう一つクッションが生まれ、よりわかりやすくなるのではないかと狙っての事ですが、これは確かにうまくいったと思います。逆転のシンは賢いキャラなので、驚いたり戸惑ったりする「一般の人の反応」を示す役割をルナマリアに担ってもらっているためです。
そんな二人の前でレイは突然苦しみ出し、薬を飲んで昏倒してしまうのです。
キラたちはといえばエターナルと合流し、バルトフェルド隊長と再会します。本編には全くありませんでしたが、虎の事ですからネオを見て軽口くらい叩くでしょう。
そしてここで本編では後半、アルザッヘルが討たれたと知った彼らが戦いを決意する部分をアレンジして、今後どうするかを話し合います。
ちなみに本編ラクスの「生命は戦うべきなのです。戦っていいものです」はバカバカし過ぎて意味がわからないので削りました。そんなに戦いが好きか、歌姫さんよ。
本編のラクスはそういう想いを語ったことがないのが気になっていたので、逆転のラクスには事あるごとに「故国プラント」への想いは口にしてもらっていました。そしてわからない、どうすればいいと口々に疑念を抱きながら、結局流されていく人々に歪んだ世界の憂鬱を見て、キラはため息をつくのです。世界が悪い方向に向かう時、情報網が発達すればするほど、一番恐ろしいのは弾圧する力でも武力でも暴力でもなく、「見て見ぬふりをする我々蚊帳の外の一般人の無関心」であろうことは明白です。種でも運命でも、二者の対立の陰にある一面として、このテーマをぶれさせなければよかったのに。
アルザッヘルを討たんとする議長が、オタオタするだけのコープランドと違い、堂々と自分の意見を述べ、反対するが敵対はしないと言うカガリを見て成長を認めるという展開もなかなか感慨深いものがあります。
本編ではPHASE1から7まであれだけ関わったのに、議長はカガリの事など眼中にないままでしたから。
そして「若さゆえの意地」は無論、1stやΖへのオマージュです。だって中の人がシャアなんですもの。
カガリが、過去を糧にし、自分を支えてくれる者たち、そして大切な仲間たちを想い、そして誰よりもアスランに勇気をもらっているように、アスランもまた、自分たちは「戦える」のだと言います。
大切なものを守るため…そして、自分が闘うべきものが何だったのか、カガリの演説や、キラとシンの言葉を受け止めたアスランは「やっとわかった」と言います。
アスランが見つけた答えとは、何だったのか…無論これは、最終回を意識させるための演出です。
しかしこの話、逆転ではいつもながら大変な改変回になっています。ガンダムが出ることなく進む盛り上がらないクライマックス。本編ではデスティニープランというわけのわからないものが提唱され、なぜか世界が混乱している。一体これで収集つくのか!?(つきません)と視聴者をまたしても戦々恐々とさせた本編ですが、私はここで「オーブとプラントが対立する理由」をはっきりとさせるべく、長々と布石を打ち続けてきました。
まずアバンにおいて議長が証人であるサラを始末したとしました。サラが口を割るはずはないのですが、用意周到であり、かつ役割を果たせなくなった人間を切り捨てる議長の人となりを示す事が目的です。
アークエンジェルがエターナルと合流するのは、実は本編ではラストシーンでアークエンジェルが発進する、という描写で終わるだけなのですが、逆転ではこれを先に持ってきて、このPHASEで両者が合流するという流れになっています。逆転のPHASE47でラクスがマリューに「発進を」と言いましたが、あれは本編ではPHASE48のラストで言われるセリフをこのために前倒しにしたのです。
それによってミネルバのシンたちと、アークエンジェルのキラ、ラクス、アスランの意思を対比できるからです。
なおデスティニープランが「なぜ混乱を呼んでいるのか」については、本編では全く描かれず、なんでこれで最終決戦、ひいてはオーブをレクイエムで撃とうなどと議長が突然気が狂ったような行動に出たか全くわからないので、まずはこの背景を語ることと、議長がいかに「オーブを人類の敵」に仕立て上げたかを示すことがこの話の課題でした。だって「プランに反対するから」だけじゃあまりにも理由が弱過ぎます。まだ海のものとも山のものともつかないプランのために、一国を滅ぼせるほどの大量破壊兵器を使うなんて考えられないですよ。アズラエルやジブリールならともかく、議長ですよ?ないでしょ、普通。
議長はプランの推進のために、貧しい国々、紛争で疲弊した国々に資金援助を申し入れ、その見返りに国民にプラン導入を、と迫ります。世界を救った英雄である彼の言葉には逆らえず、持たざる彼らにとって何より資金援助は魅力的です。金でデータ、即ち人を買うなんてありそうじゃないですか。デスティニープランが浸透した後は、能力に秀でる者が貧しい国に出現した場合、本人にも知らせずに彼らを富める国が集めて知力や才能を集中させる…なんて事が起きそうです。
一方、オーブではカガリがこの事態をどう把握し、舵取りをしていくかをきちんと描くつもりでした。本編では反対声明のようなセリフはあるものの、そこに彼女が何を考えてそう主張するのかという基盤がない。ただエラソーにふんぞり返って「反対」と言うだけです。だっていきなり「よって、オーブは」とか言うんですよ!「よって」ってなんだよ!「よって」の前が大切なんだよフツーは!!
そこでカガリには首長会において、世界の様子をセリフで語ってもらい、オーブがどんな国を目指すのか、だからこそ他人の示すレールになど乗らないとはっきりと意思を示す根拠となる議論をさせています。知らない人ばかりの評議会より、「ウズミ」という残り火がある首長会の方が、種からの視聴者には馴染みがあると思うのです。(まぁこっちは評議会以上に名前すら出てないけど)
一方シンとレイも今後について話し合っています。
シンは「自分の役割は、戦うこと」というミーアの言葉に未だ納得できていないことや、自分自身でこの事態を把握している描写により、決してレイに引きずられているだけではないと示せていると思います。
そして大きな改変は、本編では「後にしろ!」とレイに怒鳴られてハブられたルナマリアを、シンが招き入れるところです。ここの「FAITHとしての判断か」というレイの憤りに、シンが「友達としての言葉だ」と返すのは私の創作ですが、これまでずっと描いてきた主人公らしいセリフになったのではないかと思います。
ここにルナマリアを入れることで、レイとシンの会話にはもう一つクッションが生まれ、よりわかりやすくなるのではないかと狙っての事ですが、これは確かにうまくいったと思います。逆転のシンは賢いキャラなので、驚いたり戸惑ったりする「一般の人の反応」を示す役割をルナマリアに担ってもらっているためです。
そんな二人の前でレイは突然苦しみ出し、薬を飲んで昏倒してしまうのです。
キラたちはといえばエターナルと合流し、バルトフェルド隊長と再会します。本編には全くありませんでしたが、虎の事ですからネオを見て軽口くらい叩くでしょう。
そしてここで本編では後半、アルザッヘルが討たれたと知った彼らが戦いを決意する部分をアレンジして、今後どうするかを話し合います。
ちなみに本編ラクスの「生命は戦うべきなのです。戦っていいものです」はバカバカし過ぎて意味がわからないので削りました。そんなに戦いが好きか、歌姫さんよ。
本編のラクスはそういう想いを語ったことがないのが気になっていたので、逆転のラクスには事あるごとに「故国プラント」への想いは口にしてもらっていました。そしてわからない、どうすればいいと口々に疑念を抱きながら、結局流されていく人々に歪んだ世界の憂鬱を見て、キラはため息をつくのです。世界が悪い方向に向かう時、情報網が発達すればするほど、一番恐ろしいのは弾圧する力でも武力でも暴力でもなく、「見て見ぬふりをする我々蚊帳の外の一般人の無関心」であろうことは明白です。種でも運命でも、二者の対立の陰にある一面として、このテーマをぶれさせなければよかったのに。
アルザッヘルを討たんとする議長が、オタオタするだけのコープランドと違い、堂々と自分の意見を述べ、反対するが敵対はしないと言うカガリを見て成長を認めるという展開もなかなか感慨深いものがあります。
本編ではPHASE1から7まであれだけ関わったのに、議長はカガリの事など眼中にないままでしたから。
そして「若さゆえの意地」は無論、1stやΖへのオマージュです。だって中の人がシャアなんですもの。
カガリが、過去を糧にし、自分を支えてくれる者たち、そして大切な仲間たちを想い、そして誰よりもアスランに勇気をもらっているように、アスランもまた、自分たちは「戦える」のだと言います。
大切なものを守るため…そして、自分が闘うべきものが何だったのか、カガリの演説や、キラとシンの言葉を受け止めたアスランは「やっとわかった」と言います。
アスランが見つけた答えとは、何だったのか…無論これは、最終回を意識させるための演出です。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
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