機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
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本島に入り込んだグフやバビ、ザクの攻撃がますます激しくなる中、ウナトは自分の息がかかった首長たちと共にセイラン家が持っているシェルターに隠れていた。政府が建造したものより強度が高いので、何かあった時は海底に掘らせたこちらに逃げ込む事にしていたのだ。
屋敷のジブリールとは連絡が取れていないが、何かあったら2区の格納庫にシャトルを準備させていると説明してある。
モニターに映るオーブの状況はますます悪くなるばかりだ。
もう今さら行政府に戻ったところで、責任を問われるだけで何もいいことなどありはしない。
彼らはこのままここに隠れ続け、時機を見て2区からジブリールと共に月に向かう予定だった。
(それにしても遅い)
ウナトはチラリと腕時計を見た。
何度も連絡を入れているのだが、返事もなければ来る様子もない。
(何をしているのだ、ユウナは…)
その時だった。
突然轟音が聞こえてきたと思うと、頑丈なシェルターが凄まじく揺れ始めた。
ウナトは驚き、他の首長や高官たちも立ち上がって辺りを見回した。
音はますます大きくなり、振動もさらに激しくなっていく。やがて破壊音と共に、壁にぼこっと穴が開いた。現れたのは地底用グーンだった。
海底からの魚雷攻撃には十分耐えられる位置に作ってあったシェルターに、まさか掘削によってモビルスーツが到達するとは…しかしそう考えたのは、戦闘が終了した後、このシェルターの残骸を発見したオーブ軍であり、実際にグーンに襲われたウナトではない。
なぜなら彼らは、グーンが突入したその瞬間に瓦礫の下敷きとなってほとんどの者が一瞬で圧死し、それを免れた者も、グーンが連れてきた大量の海水に飲み込まれてあっという間に水死したからである。
屋敷のジブリールとは連絡が取れていないが、何かあったら2区の格納庫にシャトルを準備させていると説明してある。
モニターに映るオーブの状況はますます悪くなるばかりだ。
もう今さら行政府に戻ったところで、責任を問われるだけで何もいいことなどありはしない。
彼らはこのままここに隠れ続け、時機を見て2区からジブリールと共に月に向かう予定だった。
(それにしても遅い)
ウナトはチラリと腕時計を見た。
何度も連絡を入れているのだが、返事もなければ来る様子もない。
(何をしているのだ、ユウナは…)
その時だった。
突然轟音が聞こえてきたと思うと、頑丈なシェルターが凄まじく揺れ始めた。
ウナトは驚き、他の首長や高官たちも立ち上がって辺りを見回した。
音はますます大きくなり、振動もさらに激しくなっていく。やがて破壊音と共に、壁にぼこっと穴が開いた。現れたのは地底用グーンだった。
海底からの魚雷攻撃には十分耐えられる位置に作ってあったシェルターに、まさか掘削によってモビルスーツが到達するとは…しかしそう考えたのは、戦闘が終了した後、このシェルターの残骸を発見したオーブ軍であり、実際にグーンに襲われたウナトではない。
なぜなら彼らは、グーンが突入したその瞬間に瓦礫の下敷きとなってほとんどの者が一瞬で圧死し、それを免れた者も、グーンが連れてきた大量の海水に飲み込まれてあっという間に水死したからである。
「なんだ?」
アラマツバラでムラサメと交戦中のザクのパイロットが上空を見上げた。
岩陰を盾にしながらイカヅチを放っていたムラサメもそれに気づく。
「ザフトの降下部隊か?」
上空からはポッドが降りてきた。
降下作戦はザフトお得意の戦法だが、今回は投入されていない。
地上部隊が充実しているので不要と判断されたのか、それとも先日のヘブンズベースでの失敗がこたえたのかは知らないが…
「だが、なんだ、あの機体は…?」
ザクもムラサメもその正体がわからず、武器を構えたまま見入っている。
やがてポッドが展開し、3機の機体が降り立った。
黒と紫を基調にした機体は、非常に個性的なフォルムをしている。
モノアイではあるが、ジンを始めザクやグフのように水平ではなく十字に動くようになっており、全体的にずんぐりとした印象を与えた。脚部のふくらはぎ部分が異常に太く、それは見る間にフラップを上げ、ホバリングを開始した。
脚部スラスターがうなり、浮き上がった不安定な機体を重力下で制御するのは相当の技量を要すると思われたが、3機はやすやすとスピードを上げ、ミサイルやビームが飛び交う戦場の中心へと向かっていく。
それはかつて、ラクスがファクトリーからの申請を受理し、製造を許可したZGMF-XX09Tドムトルーパーだった。
「ふぅ…やはり鬱陶しいな、地球の重力は」
ヘルベルト・フォン・ラインハルトが言う。
かつて地球に落ちたディアッカもそうだったが、宇宙に慣れたコーディネイターは身体にまとわりつくような地球の重力を嫌う者が多い。
とはいえこんな強行な大気圏突破を行っても、減圧症や、循環器などに低重力障害を起こすことなくすぐ戦闘に参加できるなど、強靭な肉体を持つコーディネイターでなければ無理な話なのは皮肉である。
「何言ってんだ。ほら行くよ、野郎共!」
リーダー格のヒルダ・ハーケンがにやりと笑いながら言う。
彼女は眼帯をしているが、眼が見えないわけではない。
ヒルダいわく「集中力が増すから」だそうだが、真相は誰も知らなかった。
マーズ・シメオンがそれに応えると、ドムは隊列となって走り出した。
「ラクス様のために!」
かつて彼らの命を救ったクライン議長に報いるため、彼らはようやく息子であるラクスの力になれる日が来たことに喜びを感じていた。
「何?あれは…」
そんな彼らに最初に気づいたのはミリアリアだった。
そのままモニターに光学映像を出すと、激戦区となっているアラマツバラの軍港に見慣れないモビルスーツがいる。
「見たことないタイプね」
「熱紋照合もありません」
ミリアリアがライブラリの回答を伝えたその時、ハンガーから耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
「ラミアス艦長、降下ポッドのモビルスーツは敵ではありません」
「ラクスさん!」
「やぁ。久しぶりだね」
ラクスはモニターの向こうからミリアリアににっこり笑いかけた。
「彼らは僕たちの味方です。カガリくんにもそう伝えてください」
「わかったわ」
マリューが頷くと同時にミリアリアは国防本部を呼び出し、ラクスが持ってきたドムトルーパーの機体データを送信した。
「まずはあれだ。行くよ!」
そう言っている間に、先ほどムラサメと撃ちあっていたザクがいる場所に到達したドムがきれいに一列に並んだ。前から見るとまるで1台に見えるが、よほど息が合っていなければここまでピタリと位置をあわせるのは無理だろう。
「おう!」
メガネをかけたマーズが返事をし、ヘルベルトも「行くのかよ」と言う。
ドムは腰を落とし、見事に一列の陣形を維持したまま加速していく。
「ジェットストリームアタック!」
先頭のヒルダがビームシールドを展開して突撃し、ターゲットのザクに向かってサーベルで斬りつけた。
ドムトルーパーの胸部から放出されるスクリーミングニンバスが彼ら自身の機体や周囲の映像を拡散し、相手の視覚が惑わされる。
相手が見事にそれを回避したとしても、その機体の後ろにはまた中段にバズーカを構えたドムが待ち構えており、実弾とビームの連装砲に狙われるのだ。
よしんば敵が運よくそれをも避けたとしても、最後のドムが肩にバズーカを担ぎ、虎視眈々と獲物を狙っている。この三段構えの戦法は、戦場を引っ掻き回すに足る奇策だった。
ザクやグフに苦戦していたムラサメのパイロットは呆気に取られたまま、この突如現れた禍々しい助っ人の獅子奮迅の戦いぶりを見つめている。
やがてアークエンジェル経由で国防本部からデータが送られてきたため、あれは友軍であると認識された。
荒々しい助っ人は市街地に入り込んだザクやグフを次々撃破し、素早いホバリングでバビのビームを避けた。
一方、カガリからもう一つの激戦区であるオノゴロの戦場を預かったキラは、ニシザワたちに市街地の防戦を援護するよう言い、イザナギで戦っているイケヤたちにはこれ以上の揚陸を許さないよう指示を送った。
そしてゴウたちには残存部隊をまとめて本部に掌握させるよう頼んだ。
「孤立してしまった部隊や兵を集めて、カガリに連絡してください」
キラは戦力を集中させ、戦禍をこれ以上拡大させない事が肝心だと考えたのだ。
「ここは私が抑えます」
目の前にはデスティニーがいる。
ムラサメはキラに強敵を託し、それぞれの戦場へと散っていった。
「戦場を広げるな!」
「何としてもここで食い止めるんだ!」
戦場は悲壮だったが、タケミカヅチの生き残りたちは勢いづいた。
「カガリ様がお戻りになったぞ」
「フリーダムも…キラ様も来てくださったんだ」
「オーブが負けるわけがない!行くぞ!」
いきなり意気の上がったオーブ軍の攻撃は、グフやザクを戸惑わせた。
(フリーダム…)
シンは距離を保ちながら冷静な眼で素早く相手を観察した。
シールドを装備していない。手甲部の形状からして、デスティニーと同じくビームシールドが装備されているに違いなかった。
ジョイント部が金色になり、腹部にも砲口らしきものが追加されている。
腰部レールガンは以前の通りだが、やや小型化したようにも見える。
(ライフルが二挺。以前はラッチが背部にあったのに、腰にある)
逆に前より大きくなったように見える翼にも何か仕掛けがありそうだった。
(わからないな、やってみない事には…)
シンはおもむろにアロンダイトを抜くと、急速発進した。
このデスティニーの驚くべき加速はキラの予想をわずかに上回り、アロンダイトが鼻先をかすめた。キラはギリギリのところで機体を反り返らせ、刃を避ける。
(速い、相変わらず…!)
避けられてもシンは驚きもせず、戻しざま刃を逆に持ちかえた。
一方フリーダムは空中で身を翻し、それから加速して上昇した。
(逃げるのはお得意だろうが、前とは違う)
デスティニーならインパルスのようなパワー負けはしない。
シンはそのままスピードを上げてストライクフリーダムを追った。
「く…」
この機体を振り切れないとわかったキラは逆噴射と同時に両手でサーベルを抜いた。
シンはその動きも読んでいたので躊躇なくそのまま突っ込み、キラもまた素晴らしいスピードでデスティニーに向かっていった。
アロンダイトと2本のサーベルはぶつかり、ビームが拡散して激しく揺らいだ。
互いの熱で空気がひどく歪む。
両者はギリギリまで耐え切り、そして限界まで来ると飛び退った。
キラはそのままサーベルをマウントすると、今度はライフルを二挺とも抜いた。
そして素早く二挺を繋げてロングライフルにすると狙いを定めて放ち、デスティニーはビームシールドを展開してビームを豪快に弾き飛ばした。
連射してくるライフルを素早い反応と動き、さらにビームシールドで回避しながら、シンはキラに迫った。ロングライフルは腰を落として撃つ必要があり、身軽な動きを得意とする自分にはあまり向かないと感じられたキラは、それをばらすと両腰に戻して再び急上昇した。
全てがあまりに高速で行われているので、両者の戦闘を見ていてもどちらが優勢なのかよくわからなかった。
シンはストライクフリーダムを追って上昇すると、M2000GXを抜いて構えた。
ブーメランがあれば相手の動きを牽制するために使いたかったが、あいにく先のアカツキとの戦いで失ってしまっている。
しかしデスティニーにロックオンされても、何か思惑があるらしいキラは逃げようとしなかった。デスティニーがビームを放つと、ストライクフリーダムもまた腹部のカリドゥス複相ビーム砲を放って応ずる。両者のビームは空中でぶつかり、激しく干渉しあってやがて拡散した。
(互角…)
(互角か)
シンはギリッと歯を食いしばって砲をマウントすると、今度は再びアロンダイトを抜いた。
ザフトの最新鋭機に匹敵する機体を一体どこで手に入れたのかはわからないが、とはいえ機体性能も武装も決して負けているとは思えない。
「くそっ…何でこんな…」
なのになぜこんなに追い込まれているような気になるのだろうか。
(エンジェルダウンの時は、ヤツには一方向にしか道がなかった)
けれど今、フリーダムの軌道はこの空の下に無限に広がっている。
(条件が互角なら、俺の腕は…ヤツに劣るっていうのか?)
「違う!」
そう思ってしまったことを大声で否定したシンは、再びアロンダイトを構えるとデスティニーの出力を上げた。
(スピードとパワーで、シールドをぶち破ってやる!)
激しく輝きだした光の羽があたりを照らし、デスティニーのスピードが再び最大限に上がっていく。同時に散布されたミラージュコロイドが凄まじい速さで突っ込む機体の残像をいくつも重ね、幻惑させる。
しかしキラはそれに惑わされる事なく、落ち着いてデスティニーを待ち受けた。
(太刀筋を見極めて、攻撃を受け止める…!)
キラは集中力を高め、すぅと息を吸い込んだ。
今回は視覚より聴覚にそれが先に訪れた。
戦場ならではの雑多な音が先に消え、そして視界が明るく開けた。
眼に飛び込むのは光の翼を広げて突進してくるデスティニーだが、イザナギで戦うニシザワたち、市街地に向かったイケヤたちまでも見えたと思うほど、キラの感覚的な視力は広く遠くまで見晴らせた。
(来る!)
デスティニーは超高速でストライクフリーダムに向かい、その前に立った瞬間、素早くアロンダイトを振りかぶった。
そしてそのままその巨大な剣を力任せに振り下ろす。
キラはシンが構えに入ると同時に両腕を眼前に掲げ、ビームシールドを最大出力で展開し、待ち構えた。
振り下ろされた刀身をストライクフリーダムのマニピュレーターでがっちり挟み込まれ、デスティニーはそれ以上剣をおろす事ができない。
シンはビクともしないそれを外そうとしたが、その時ゾクリと背筋が冷えた。
コックピットの前に、ストライクフリーダムの腹部の金色の砲口が開いている。
(まずい!)
シンがそう判断してアロンダイトから手を離したのと、砲口から発砲されたのはほぼ同時だった。シンは衝撃で吹き飛ばされた。
しかし、衝撃は激しかったがアラートが鳴らず、コックピットも無傷のままだ。
(今ので俺を倒せたのに…やらなかった?)
キラはカリドゥスを使わなかった。
撃ち込んだのはクスィフィアス…即ち実弾のレールガンなので、衝撃は激しかったものの、VPSのデスティニーにはさしたるダメージはない。
「これがビームだったら、もう終わってるって…」
それが相手の手加減だと悟ったシンの心に屈辱と怒りがふつふつと沸き立った。
「そう言いたいのかよ、おまえは!」
シンの心を怒りが突き抜けた。
(バカにされた…こいつ、俺をコケにしやがった!)
その怒りと屈辱、踏み躙られた矜持が彼の心を晴らしていった。
なぜか不利になってしまう戦闘に、狭まりつつあった視界がクリアすぎるほどクリアに開け、聞こえなくていい不要な音は彼方へ飛び去り、相手の息遣いまで聞こえそうなほど澄み渡った。
シンはライフルを抜くと、急速に上昇し、ストライクフリーダムの上を取ろうと飛び回った。キラも同時に飛翔したが、光の翼を広げ、残像を残しながら飛ぶデスティニーのライフルを避けて逃げるのは難しい。
ストライクフリーダムは華麗に空中で旋回・反転し、デスティニーを先に行かせると、追うものと追われるものが逆転した。しかしキラにはデスティニーを完全に捕捉することができず、ライフルが当たらない。
(くっ…速い…こんな…!)
キラはやや苛立ち、驚くほど速いデスティニーを眼で追い続けた。
ストライクフリーダムの射線がわずかにデスティニーに追いつかず、撃てないと見て取るや、シンは接近してビームシールドを展開した。
出力を調整し、まるでクローのように細いそれがストライクフリーダムに突き出されてキラは不意を突かれたものの、驚くほどの反射神経で下がる。
卓越した2人の戦いはまさに紙一重、一進一退の攻防を見せていた。
しかしその時、そんな2人の戦いに割って入った者がいた。
「シン、帰投しろ」
シンはいつも通り冷静なその声に思わずモニターを睨みつけた。
「なんで…レイ、俺はまだやれる!」
確かに決定打は打てていないが、決して劣勢というわけではなかった。
「奴に勝ちたければ一旦戻るんだ」
命令だ、とレイは冷たく言い放った。
「トリスタン、撃ぇ!」
前に出たミネルバへのアークエンジェルの砲撃は凄まじかった。
激しく撃たれるイーゲルシュテルンの弾幕に隠れ、バリアントが容赦なく襲い掛かる。アーサーはパルシファルで攻撃を加えながら、主砲と副砲を使い分けて攻撃しているが、ミネルバとの戦いにより決して万全ではないアークエンジェルに撃ち負けている感がある。
それはもしかしたら、百戦錬磨のクソ度胸と優れた状況判断に基づいた、アークエンジェルの操縦にあるのかもしれなかった。
「回避!」
マリューの声に、ノイマンはギリギリの角度で艦体をロールさせた。
両者はすれ違いながら応酬する。
「ウォンバット、撃ぇ!」
「ランチャー1、2、撃ぇ!」
タリアはただ闇雲に撃っていてもだめよとアーサーに命ずる。
「エンジンを狙って!マリク、回避任せる!」
マリクは返事をしたが、大胆な舵を切る相手にやや気迫負けしている。
しかし自分だって数多くの激戦を勝ち抜いてきたミネルバの舵取りだ。
その誇りにかけ、こんなところで艦を沈めさせるわけにはいかなかった。
アスランはメイリンに支えられ、ハンガーに急いでいた。
戦闘中なので時に振動でよろけると、メイリンが今艦内を動くのは危ないですと言ったが、アスランは聞こうとしない。
「ラクス!」
やがてハンガーに辿り着いたアスランが、マードックと機体について打ち合わせをしているラクスの名を呼んだ。
ラクスはザフト軍の緑色のパイロットスーツを着ていた。
「アスラン!」
ラクスはボードをマードックに託してお願いしますと言うと、ハンガーの安全柵に掴まりながら彼女の元にやってきた。
(ラ…ラクス・クライン…?)
メイリンは歩み寄ってきた彼に驚きを隠せない。
モニター越しとはいえ、ラクス・クラインを初めてこの眼で見たのはディオキアだった。
2年間姿を消していた彼を見るたび、誰もが「こんな人だったか?」と思いながらも受け入れており、それは3年前はまだほんの少年だったメイリンも同じだったのだが、こうして実際本人と会ってしまうと、(ディオキアのあれは一体…)と思わざるをえなくなってしまう。
驚くほど整った容姿も、品のいい振舞いも、優しい口調も、もう一人のラクスとは全然違っていた。
ラクスは傷だらけのアスランを軽く抱き締めた。アスランもいつものように、親愛の証としてそれを受けたが、すぐに体を離して尋ねた。
「あなたが乗っていたなんて…大丈夫なの?体は?」
ラクスは微笑み、彼女を導いて安全柵に掴まらせた。
「大丈夫だよ。本当にただ乗っていただけだから」
もちろん、実際はそうではない。
着艦などはコンピューター制御だったとはいえ、ラクスは操縦前に最低限の操作をマスターしており、大気圏突入中もコンディションの微調整を欠かさなかった。彼の技術の高さには、ブリッジのマリューたちも感心したものだ。
「アスランこそ、大丈夫?」
アスランは、会うなり抱き合い、親しげに話し始めた2人を見て面食らっている様子のメイリンにも、安全柵に掴まるよう言ってから答えた。
「ええ、大丈夫よ」
「身体のことだけじゃないよ」
ラクスはいつものように少しいたずらっぽい眼でアスランを覗き込んだ。
突如現れたドムトルーパーの暴れっぷりと、デスティニーと一騎打ちをするストライクフリーダムを見て意気の上がったムラサメ隊のおかげで、各地の戦線が徐々に持ち直してきていた。
頬の傷を手当したカガリは、手早く軍服に着替えると司令部に戻っていた。
海岸線にはキサカが指揮する陸軍の機甲部隊を配備して防衛を命じ、艦隊には海軍のソガが指示を下している。
また、キラが前線で集めさせた残存兵を次々別部隊に編入させ、バラバラだった防衛隊の兵力を強化していった。国土の被害の広がりといい、もはや総力戦の様相を呈してはいるが、戦況は少しずつ好転している。皮肉な事に3年前の戦闘が経験となって、国民も軍もギリギリのところで踏みとどまる事ができているのだ。
それと同時にジブリールと、ユウナが放った使者、タツキ・マシマの行方を捜させていた。モニターはフル稼働し、オペレーターたちはカガリの要求に応えようと息つく間もなく手や口を動かし続けた。
「カガリ様!」
その時、オノゴロ島を洗い直していたチームが、島の裏側に不自然な動きをしている連合の輸送機がいるとレーダーを示した。
「何か信号を出していないか?」
眼に見えるように白旗でも掲げられていたら厄介だが、それはない。
「これは…救難信号ですね。エンジントラブルのようですが…」
もしこれがジブリールなら、隠密行動に徹するはずだ。ヤツにとって今一番まずいのは、オーブよりもザフトや連合に気づかれることだからだ。
兵たちとレーダーを覗き込んでいたカガリは、やがて意を決したように言った。
「ジブリールではないだろう。恐らく、これがマシマだ」
しかし、オノゴロは現在最大の激戦地であり、ミネルバとアークエンジェルが戦い、艦砲射撃と揚陸が続いている。イザナギのムラサメ隊も海と陸からの攻撃を防ぐので手一杯で、今この激戦地に飛び込んでマシマを確保にいける者などいなかった。そう、たった1人を除いては。
カガリは拳を握り締めてしばらく考えると、回線を開くよう命じた。
「キラを呼べ!」
それは、イチかバチかの賭けでもあった。
「命令?どういうことだ、レイ!」
その頃シンは、一方的に帰投を命じ、しかも「命令」と言ったレイに対し、怒りにも似た声で抗議していた。
ルナマリアと共にデスティニーとストライクフリーダムの戦いを見守っていたレイは、機体性能、パイロットとしての技量を分析し、「現況はシンに不利」だと結論付けた。
「この戦い、シンに不利だ」
「不利?」
シンがフリーダムに劣るとは思えないルナマリアはその言葉に驚いたが、レイは続けた。
「撃破したはずのフリーダムの復活、アンノウンとの戦闘、そして戦場はシンの故郷オーブ…ここには今、シンの心を乱すものが多過ぎる」
「それは…そうだけど…」
「それに変わった機体とはいえ、技量ははるかに劣るアンノウンも、結局は仕留められなかった」
レイはそう言うと、通信を開いてブリッジを呼び出した。
「艦長。シンを戻します」
アークエンジェルとの対艦戦に忙しい艦長はえ?と驚いた。
「状況が変わりました。よくありません」
「なら、あなたかルナマリアが出なさい!」
タリアがやや苛立った声をあげたが、レイは平静に答える。
「無論我らも出ますが、その前にシンの帰投を」
シンを戻して整備と補給を受けさせると言うレイが、「あれを落とさねばこの戦闘に勝利はありません」 ときっぱりと言うので、タリアは任せますと言った。
「あなたもFAITHよ。判断は自分でなさい。でも急いで」
「了解」
ルナマリアはどんな時もそつのない優等生だったレイが、いまや艦長と対等に意見を交わし、それを押し通したことを見て驚いた。
(これが、FAITH…)
そして時折遠くに視認できるデスティニーを見つめた。
「必要ない!ヤツは今ここで仕留める!」
しかしシンはレイの言葉を聞かず、再びストライクフリーダム目掛けてライフルを放った。
(帰投だと?ヤツに後ろなんか見せられるか!)
しかしその瞬間、ストライクフリーダムがライフルを持ち上げ、左手を前に突き出したのでシンは驚き、急激に制動をかけた。
「なんだ?なんのつもりだ!?」
「…シン!シン・アスカ!聞こえるか!?」
その途端、通信機のチャンネルが合わされてカガリの声が響いた。
「攻撃をやめてくれ。キラには、ある人間を止めに行ってもらいたい」
「なんだと!?」
シンは怒りのあまり通信を切ろうと手を伸ばした。
「戦闘中だぞ!バカを言え!!」
「そいつは無条件降伏の文書を持っている!もちろん、偽物だ!だがこのままではオーブは何もできずに陥落する!それを止めたいんだ!」
それを聞いてシンの手がピタリと止まった。
(無条件…降伏?)
シンはゆっくりと周囲に眼を配った。
破壊された施設や燃え盛る住宅地…乗り捨てられた車や、街路樹がへし折られ、穴だらけの道路に横たわっている。
(これが…オーブか…)
3年前の記憶が、ステラが破壊し尽くしたベルリンが蘇る。
歩道に倒れた人を見たその時、(ドクン)と激しく動悸がした。
(落ち着け…俺はもう大丈夫だ)
シンは再び始まりかけたフラッシュバックを、強靭な精神力で抑え込んだ。
俺は今、力を持ち、守るべきものを守り、目的のために戦って…
(…そして、オーブを…滅ぼすのか?)
あの日のように…この俺が…
デスティニーが動きを止めたのを見て、キラは慎重に左手を下ろした。
しかし次の瞬間、シンはライフルを再び構えてストライクフリーダムをロックした。キラはぐっと息を呑んだが、我慢してライフルは構えない。
「シン、頼む!行かせてやってくれ!」
デスティニーが退かないと知り、カガリが必死に叫んだ。
「俺たちは、こんな形でオーブを失わせたくないんだ!」
シンはギリギリと歯を食いしばった。
マニピュレーターの指先がライフルのトリガーにかかっている。
だがその瞬間、シンはベルリンでのフリーダムを思い出した。
暴走したステラの正面にいた自分に体当たりしたのは、眼の前の亡霊だ。
(このまま無防備なヤツを撃てば、かなりのダメージを与えられるだろう)
そうなればオーブは無条件で降伏し、どこかに匿われているジブリールもザフトの手で確保されるはずだ。
(こんな国…!)
滅べばいい…消えてなくなってしまえばいい…永遠に、この世から…
かつて自分の家族を守れなかったくせに、今度はその理念すら捨てて戦い、討たれ、そして…シンは悲惨な姿を晒している街を見つめた。
(そして、オーブはどうなる…?)
シンの脳裏にデュランダル議長の姿が浮かんだ。
(あの人なら、オーブをどうする?)
アスラン、メイリン…あの嵐の夜の光景が蘇った。
グフのコックピットを、彼らの体を貫いたであろう刃を持った自分の手が熱い。
「だからっ!!それこそがきみの役割なんだよ!何も知らないくせに!」
ラクス・クラインの悲鳴にも似た声が思い出され、耳に障った。
(目的のためには不要なものを斬り捨てる、あの人なら…)
カガリとキラが息を殺してデスティニーを見つめていた時間は、永遠にも思えた。
しかしやがて通信機から、シンの声が聞こえてきた。
「…一度だけだ」
シンは荒々しく呟いた。
「俺が見逃すのは、この一度だけだ!」
(シン…)
通信は、礼を言う暇もなく乱暴に切られたが、カガリの表情は明るかった。
シンはライフルを下ろした。
「レイ!了解した。これより帰投する」
そしてそのままデスティニーを反転させると、あっという間に飛び去った。
(チャンスを生かしてみろ、アスハ…!)
デスティニーを見送ったキラも、思わずほーっと息をついた。
(あのパイロット、カガリの言葉を…)
「キラ!頼む!」
キラは返事もそこそこに、激しい砲撃が続くオノゴロ沖へと向かった。
そしてニシザワたちと合流すると、簡単に状況の報告を受けた。
「連合機はすぐ近くを飛んでいるのですが、この通り近づけません」
キラは激しく艦砲射撃を加えてくる敵艦隊をざっと見回して言った。
「道を開きます。すぐに出られるよう、待機していてください」
そして捉えられる限り、凄まじい速さでマルチロックオンしていった。
キラの瞳が上下左右に激しく動き、やがてそれは整った。
クスィフィアスが起動し、カリドゥスが充填される。
やがてライフルを両手に持ち、キラは全砲門を開いて斉射した。
撃ち終わってもキラの動作は止まらず、再びロックオンを始める。
ミネルバもアークエンジェルもこれには驚き、激しい爆発を起こして黒煙をあげ始めたオノゴロ沖の艦隊を振り返って言葉を失った。
「今です!確保を!」
艦砲が収まっても、キラは上陸していたアッシュ部隊を上空から撃ち、慌ててオルトロスやライフルを構えるザクを次々斬り裂いていった。
果敢にも飛び掛ってきたグフのウィップをサーベルで華麗にさばき、レールガンでカメラを撃ち抜く。完全にオーブ劣勢だったイザナギ海岸は、このストライクフリーダムの突然の参戦により、あっという間に優勢に傾き始めた。
「輸送機、確保しました!タツキ・マシマ首長です!」
「よし、すぐに逮捕しろ。ユウナと共に拘束しておけ」
ニシザワからの通信を受け、カガリが彼の逮捕を命ずると、国防本部は一斉にほーっという安堵のため息に包まれた。
「危なかったな」
「せっかく押し戻しているのに、降伏なんて!」
彼らは胸を撫で下ろすと同時に、宣言どおりデスティニーを抑えきり、さらにイザナギ海岸で驚くべき戦果をあげたストライクフリーダムの噂を始めた。
「すごいな、あの機体は」
「乗ってんのは当然、キラ・ヤマトだろう?」
カガリもほっと息をついて兵たちをねぎらった。
「皆、よくやってくれた」
(シン・アスカ)
カガリは怒れる赤い瞳の彼を思い出した。
シンがくれたわずかなチャンスが、オーブを無条件降伏から救ったのだ。
カガリは喜びに沸く司令室を見つめ、まだ果敢に戦い続けるフリーダムを見て危機が一つ回避された喜びを噛み締めた。それは他ならぬ彼のおかげだった。
(ありがとう…シン)
激しく撃ち合う戦闘の振動によろけながら、アスランはそのモビルスーツを見上げた。
「ジャスティス…」
それはかつてジェネシスと運命を共にした、アスランの剣だった。
正義の名を冠するそれと共に戦場を駆け、正しいと思うものを信じ、道を誤った父と刃を交え…そして、今、再び道を見失ってしまった自分がいた。
「うん。ZGMF-X19Aインフィニットジャスティス」
「…私に?」
アスランは鋭い視線をラクスに送った。
ラクスはふふっと笑った。
「どうかな…何であれ、選ぶのはきみだから」
しかし、アスランがいつになく厳しい表情でラクスに詰め寄った。
「あなたも…私はただ戦士でしかないと、そう言いたいの!?」
メイリンはアスランの珍しく厳しい口調にびくっとしたが、その途端艦が大きく揺れ、よろめいたアスランはラクスに抱きとめられた。
彼の体からは、確かにこれはラクスだと思わせる、懐かしい薬の香りがした。
「取り舵20!回り込め!」
タリアが正面から突っ込んできたアークエンジェルの後ろを取ろうと弾幕を張らせ、すれ違いざまに急速反転するようマリクに伝える。
一方アマギも弾幕を厚くしながらゴットフリートを放ち、すれ違った後はバリアントの砲門を後方に向けた。
「パルシファル、撃ぇ!」
アーサーは発射されるウォンバットをディスパールで迎撃し、隙あらばトリスタンとパルシファルを撃ちこんでいる。
アークエンジェルはトリスタンに直撃されて艦が大きく揺らいだが、ラミネート装甲の排熱はまだ十分間に合っている。だが息つく間もなくミサイルが発射された事を知らせるアラートが鳴り、ノイマンは再び操縦桿を傾けた。
「11時からミサイル8!」
ミリアリアが叫ぶ。矢のように襲い掛かってきたパルシファルをイーゲルシュテルンが撃ち落としたが、2発が取りこぼされた。
「回避!」
(そんなもん間に合うか!)とノイマンが思った瞬間、アークエンジェルの目の前が爆煙に包まれた。
しかしミサイルが直撃した衝撃はない。
皆呆気に取られて何が起きたのかと思っている。
そんなクルーに正解を示したのはチャンドラだった。
「スカイグラスパー…?」
マリューたちが驚いてモニターを見ると、確かに戦闘機が旋回している。
やがてモニターにヘルメットをかぶったネオが映り、陽気に笑った。
「すまんなぁ、余計なことして」
「あ、あなた…!?」
マリューが驚き、上ずった声で言うと彼を見つめた。
「でも俺、あのミネルバって艦、嫌いでね」
何度も敗北を喫した忌々しい戦女神を指差し、ネオはウィンクした。
「そんな…だって…」
「大丈夫、あんたらは勝てるさ」
マリューがそのおかしな答えにうろたえると、ネオが制した。
「なんたって俺は、不可能を可能にする男だからな!」
その言葉を残し、スカイグラスパーは再び大空へと舞い上がった。
オーブ軍の皆は「地球軍の彼がなぜ…?」とざわめいたが、やがてノイマンやチャンドラ、ミリアリアがふふっと笑い出した。
「やーだ、少佐ったら」
「言うかね、あれ」
「あの人、実は記憶戻ってんじゃないですか?」
ノイマンが笑いながら言うと、マリューも思わず笑ってしまう。
どんなに似ていても、あの人の中にいるのはムウじゃない…
(なのに、どうしてこんなに…)
マリューは明るい表情で顔をあげ、再び戦場を目指した。
「第3区、異常ありません」
ユウナの策略を打ち破ったカガリは、キサカやソガと共にモニターを覗き、各地区とオペレーターからの報告を受けた。
(あとは一刻も早くジブリールを捕らえ、停戦交渉に入る…)
残った首長が部局員と共に突貫で作った草稿は上がってきており、先ほどから眼を通している。これにジブリールという土産をつけ、プラントに「オーブはあくまでも中立の立場であり、ロゴスに与する意志はない」と示したかった。
「こちら第6区、発見、ありません」
「こちら第2区、氏の姿はありません」
色よい返事がない事にカガリは焦り、捜索範囲を広げろと命じた。
しかし、実はこの第2区には「異常」があったのである。
本部に報告した兵はインカムを切ると、振り返ってオーブや連合軍の兵に頷いてみせた。その後ろにはジブリールがすまして立っている。
(セイランめ…何をしている…)
待ち合わせの時間はとっくに過ぎているというのに現れない。
さしものジブリールも、父親は既に死亡し、娘は国家反逆罪で捕らえられているとは思っていなかった。
オーブが陥落し、事態が悪くなる前に一刻も早く脱出せねば…ジブリールは側近が抱いている黒猫の顎を撫で、セイラン親子を待った。
「戦士?誰かが、きみは戦士だって言ったの?」
ラクスが尋ねたが、アスランは答える代わりに尋ね返した。
「…議長がセイバーやレジェンドを与えて戦えと言ったように、今、あなたもこうしてジャスティスを見せて、私に戦えと言うの?」
アスランはまるで相手が議長であるかのように彼に思いのたけをぶつけた。
「そうやって力を与えて、あなたも誰かを思い通りに戦わせるの?甘い言葉で、甘い夢を見させて…永遠に終わらない戦いを続けさせるつもりなの!?」
「力は、ただ力だ。それ以上でも、それ以下でもないよ」
おろおろしながら2人を見ているメイリンを尻目に、ラクスは落ち着いた口調で答えた。
「きみがジャスティスに乗らないと決めても、僕はきみを討ったりしない。それに、言っておくけど僕はきみを戦士だなんて思ったことは一度もないからね」
その意外とも思える答えに、アスランは言葉を失ってしまった。
「確かに、僕と議長は似ているかもしれない。ままならないと操りたくなるし、もどかしいと導きたくなる。困った事にね」
それから、「でも僕はきっと、彼よりは知っている」と楽しそうに笑った。
「そうしない方が、新しい可能性もどんどん広がっていくって事を」
「可能性…」
アスランが彼の言葉を反芻した。
「キラもカガリくんも、皆、思いがけない事をして、間違えて、悩んで、怒って、悲しんで…でもそうやって、一生懸命答えを探そうとしているんだ。平和な世界のために、よりよくあろうとして」
そう言ってラクスは心底嬉しそうに笑った。
「そんなきみたちといると、こんな僕でもつい夢を見たくなるんだよ」
ラクスはジャスティスを見上げた。
「怖いのは、閉ざされてしまうこと。こうなのだ、ここまでだと、終えてしまうこと…なら、体が悪くて未来がない僕は、生きていてはいけないのかな?」
アスランとメイリンは彼の言葉に顔を見合わせた。
「そんな風に何かに決めつけられて終わるなんて、誰だっていやだろう?僕は、自分で考えて決めたい。間違えることもあるけど、それでも自分で決めたいよ」
「…でも、選べる道が1つしか残されていなかったら…」
アスランは暗い表情で呟いた。
「結局、それを選ぶしかないじゃない」
「確かに、そういうこともあるね」
ラクスは頷いた。
「だけどよく考えてごらん。選択肢は本当に1つだけだった?」
アスランは再び黙り込んだ。改めて言われると、これしかないと追い詰められた時でも、ラクスの言う「可能性」は残されていたような気がしなくもなかった。
「これはね、キラが持っていこうと言ったんだよ」
唐突に話題を変えたラクスが言った。
「僕は反対した。傷ついた今のきみに、これは残酷だろうと。でもキラは…」
「僕をこれで?」
「うん。ごまかせるし、一石二鳥じゃない?」
バルトフェルドは面白そうだと乗ってくれたが、医療チームには内緒だったから、キラはラクスを連れてそっとハンガーに行き、着慣れないパイロットスーツの装着を手伝いながら言った。
「でも、今のアスランには…」
「うん、そうも思うけどね」
ヘルメットをかぶらせ、プシュっと減圧すると、キラが笑った。
「でも、何かしたいと思った時、何もできなかったら…それがきっと、一番辛くない?」
フリーダムを失い、皆を守る力がないと焦った自分。
でも今は、自分の力で、自分の大切な人たちを守れると信じられる。
エターナルにいたわずかな間に、キラはこの機体を完璧に仕上げていた。
その調整はドムを届けに来たファクトリーの技師が舌を巻くほどだった。
奇しくもキラとの命がけの戦闘以来、近接格闘を得意とするようになったアスランの、戦闘パターンや癖を知り尽くすキラならではの細やかさで、アスランが乗る事を想定し、アスランのためだけに調整された赤い機体。
キラは仕上がったインフィニットジャスティスを見上げて呟いた。
「アスランにも、できるから…想いを貫いて闘うこと」
「キラが…」
「きみは確かに『戦える』し、だからこそ『戦士』なのかもしれない」
ラクスはそんな彼女を優しく見つめて言った。
「でも、それ以前に、アスランだろ?」
その言葉はズキリとアスランの心を刺した。
(敵だというなら、僕を撃つかい?ザフトのアスラン・ザラ)
(『役割』を演じるには、まず俺という人間が根底にあることだと思うんだ)
アレックス・ディノ…偽りの名で偽りの自分を演じていたあの頃、どんどん本当の自分がなくなっていくようで怖かった。
キラと戦い、ナチュラルを滅ぼすと言った父に歯向かうと決めた頃の、悩んだり迷ったりした幼い無様な自分の方が、まだ「本当の自分」だったと思えた。
(本当の自分…本当の私…)
「アスランは今、どうしたい?」
ラクスはそっと、指輪が光る彼女の左手をとった。
「何か、心から望むことがあるから、僕に会いに来たんじゃないの?」
(私たちは、本当は何とどう戦わなきゃならなかったの?)
問いかけた自分に、想い出の中のキラが優しく答えた。
(守りたいものを守るため…じゃ、ダメなの?)
「私が…したいこと…」
「そういうことだよ、きっとね」
ラクスが微笑み、アスランは再びジャスティスを見上げた。
「デスティニー、着艦完了」
シンが戻ったことを知り、レイがハンガーに向かいかけると、ルナマリアも立ち上がって後を追った。正直なところ、シンにはもう戦わせたくなかった。
(やっぱり、シンがオーブと戦うなんて…いけないんだわ)
それにレイが言ったとおり、フリーダムの復活など、シンにとって条件が悪すぎる。
(シンの代わりにはなれないけど、私だって上達してるもの)
意気込む彼女をちらりと見たレイは足を止めた。
「ルナマリアは残れ」
「え!?」
ルナマリアは思いもかけない言葉に驚いて立ち止まった。
「命令だ。気を散らせばシンが負ける」
「やだ…何言ってるの?レイ」
ルナマリアは信じられないというように大きく眼を見開いてレイを見つめた。
「今のあいつに、おまえは邪魔だ。シンは力のないおまえを守ろうとし、おまえはシンの命を危うくさせる」
レイの言葉が冷たく響き、ルナマリアは頭の中が真っ白になった。
「だから残れ」
「…っ!?」
ルナマリアが何か反論しようと言葉を探す間に、レイはすたすたとエレベーター内へ姿を消した。
(邪魔…?私がシンの…邪魔…?)
その言葉に衝撃を受け、ルナマリアは力なくソファに座り込んだ。
(シンのために…シンと一緒に…戦うって決めたのに…)
頭の底の部分が熱くなり、聴力が消えてしまったようで艦内放送が遠くなる。
「…どうしてよ、レイ」
ルナマリアの眼に、力がないと言われた悔しさから涙が滲んだ。
「私だって…戦える…戦えるのに…!」
「ジャスティス」
アスランがその名を再び呟いた。
かつて、今はもうなくなってしまったセイバーを前にして議長は言った。
(きみにできること。きみが望むこと…それはきみが一番知っているはずだね、アスラン・ザラ)
その言葉を信じ、間違いを正す力だと信じて戦場に戻った自分を待っていたのは、ただ彼の思い通りに戦う「操り人形」となる道だった。
「できること…望むこと…」
けれど今はわかる。その道以外に、選択肢はあったのだ。
自分こそが可能性を諦め、閉じこもり、未来を閉ざしてしまっていたのだ。
(俺の家族はアスハに殺されたんだ!)
(戦うべき時には戦わないと。何一つ、自分たちすら守れません)
アスランは思い出していた。
怒りを湛えながらも、真っ直ぐに気持ちを、信じる正義をぶつけてきた彼を。
(普通に、平和に暮らしている人たちは守られるべきです!)
(でも、これだけは譲れないものって、誰にだってあるでしょう)
(嘘でも偽りでも、最後に手に入るのが本物なら、俺はかまわない!)
シンは今も、そう信じて戦っているのだろうか。
(できること、望むこと、すべきこと…みんな同じだろ?)
カガリの笑顔が浮かび、アスランは指輪をはめた左手を右手で包み込んだ。
「…私が…今、すべきこと…」
やがてアスランは、ジャスティスに向かってゆっくり歩き出した。
アラマツバラでムラサメと交戦中のザクのパイロットが上空を見上げた。
岩陰を盾にしながらイカヅチを放っていたムラサメもそれに気づく。
「ザフトの降下部隊か?」
上空からはポッドが降りてきた。
降下作戦はザフトお得意の戦法だが、今回は投入されていない。
地上部隊が充実しているので不要と判断されたのか、それとも先日のヘブンズベースでの失敗がこたえたのかは知らないが…
「だが、なんだ、あの機体は…?」
ザクもムラサメもその正体がわからず、武器を構えたまま見入っている。
やがてポッドが展開し、3機の機体が降り立った。
黒と紫を基調にした機体は、非常に個性的なフォルムをしている。
モノアイではあるが、ジンを始めザクやグフのように水平ではなく十字に動くようになっており、全体的にずんぐりとした印象を与えた。脚部のふくらはぎ部分が異常に太く、それは見る間にフラップを上げ、ホバリングを開始した。
脚部スラスターがうなり、浮き上がった不安定な機体を重力下で制御するのは相当の技量を要すると思われたが、3機はやすやすとスピードを上げ、ミサイルやビームが飛び交う戦場の中心へと向かっていく。
それはかつて、ラクスがファクトリーからの申請を受理し、製造を許可したZGMF-XX09Tドムトルーパーだった。
「ふぅ…やはり鬱陶しいな、地球の重力は」
ヘルベルト・フォン・ラインハルトが言う。
かつて地球に落ちたディアッカもそうだったが、宇宙に慣れたコーディネイターは身体にまとわりつくような地球の重力を嫌う者が多い。
とはいえこんな強行な大気圏突破を行っても、減圧症や、循環器などに低重力障害を起こすことなくすぐ戦闘に参加できるなど、強靭な肉体を持つコーディネイターでなければ無理な話なのは皮肉である。
「何言ってんだ。ほら行くよ、野郎共!」
リーダー格のヒルダ・ハーケンがにやりと笑いながら言う。
彼女は眼帯をしているが、眼が見えないわけではない。
ヒルダいわく「集中力が増すから」だそうだが、真相は誰も知らなかった。
マーズ・シメオンがそれに応えると、ドムは隊列となって走り出した。
「ラクス様のために!」
かつて彼らの命を救ったクライン議長に報いるため、彼らはようやく息子であるラクスの力になれる日が来たことに喜びを感じていた。
「何?あれは…」
そんな彼らに最初に気づいたのはミリアリアだった。
そのままモニターに光学映像を出すと、激戦区となっているアラマツバラの軍港に見慣れないモビルスーツがいる。
「見たことないタイプね」
「熱紋照合もありません」
ミリアリアがライブラリの回答を伝えたその時、ハンガーから耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
「ラミアス艦長、降下ポッドのモビルスーツは敵ではありません」
「ラクスさん!」
「やぁ。久しぶりだね」
ラクスはモニターの向こうからミリアリアににっこり笑いかけた。
「彼らは僕たちの味方です。カガリくんにもそう伝えてください」
「わかったわ」
マリューが頷くと同時にミリアリアは国防本部を呼び出し、ラクスが持ってきたドムトルーパーの機体データを送信した。
「まずはあれだ。行くよ!」
そう言っている間に、先ほどムラサメと撃ちあっていたザクがいる場所に到達したドムがきれいに一列に並んだ。前から見るとまるで1台に見えるが、よほど息が合っていなければここまでピタリと位置をあわせるのは無理だろう。
「おう!」
メガネをかけたマーズが返事をし、ヘルベルトも「行くのかよ」と言う。
ドムは腰を落とし、見事に一列の陣形を維持したまま加速していく。
「ジェットストリームアタック!」
先頭のヒルダがビームシールドを展開して突撃し、ターゲットのザクに向かってサーベルで斬りつけた。
ドムトルーパーの胸部から放出されるスクリーミングニンバスが彼ら自身の機体や周囲の映像を拡散し、相手の視覚が惑わされる。
相手が見事にそれを回避したとしても、その機体の後ろにはまた中段にバズーカを構えたドムが待ち構えており、実弾とビームの連装砲に狙われるのだ。
よしんば敵が運よくそれをも避けたとしても、最後のドムが肩にバズーカを担ぎ、虎視眈々と獲物を狙っている。この三段構えの戦法は、戦場を引っ掻き回すに足る奇策だった。
ザクやグフに苦戦していたムラサメのパイロットは呆気に取られたまま、この突如現れた禍々しい助っ人の獅子奮迅の戦いぶりを見つめている。
やがてアークエンジェル経由で国防本部からデータが送られてきたため、あれは友軍であると認識された。
荒々しい助っ人は市街地に入り込んだザクやグフを次々撃破し、素早いホバリングでバビのビームを避けた。
一方、カガリからもう一つの激戦区であるオノゴロの戦場を預かったキラは、ニシザワたちに市街地の防戦を援護するよう言い、イザナギで戦っているイケヤたちにはこれ以上の揚陸を許さないよう指示を送った。
そしてゴウたちには残存部隊をまとめて本部に掌握させるよう頼んだ。
「孤立してしまった部隊や兵を集めて、カガリに連絡してください」
キラは戦力を集中させ、戦禍をこれ以上拡大させない事が肝心だと考えたのだ。
「ここは私が抑えます」
目の前にはデスティニーがいる。
ムラサメはキラに強敵を託し、それぞれの戦場へと散っていった。
「戦場を広げるな!」
「何としてもここで食い止めるんだ!」
戦場は悲壮だったが、タケミカヅチの生き残りたちは勢いづいた。
「カガリ様がお戻りになったぞ」
「フリーダムも…キラ様も来てくださったんだ」
「オーブが負けるわけがない!行くぞ!」
いきなり意気の上がったオーブ軍の攻撃は、グフやザクを戸惑わせた。
(フリーダム…)
シンは距離を保ちながら冷静な眼で素早く相手を観察した。
シールドを装備していない。手甲部の形状からして、デスティニーと同じくビームシールドが装備されているに違いなかった。
ジョイント部が金色になり、腹部にも砲口らしきものが追加されている。
腰部レールガンは以前の通りだが、やや小型化したようにも見える。
(ライフルが二挺。以前はラッチが背部にあったのに、腰にある)
逆に前より大きくなったように見える翼にも何か仕掛けがありそうだった。
(わからないな、やってみない事には…)
シンはおもむろにアロンダイトを抜くと、急速発進した。
このデスティニーの驚くべき加速はキラの予想をわずかに上回り、アロンダイトが鼻先をかすめた。キラはギリギリのところで機体を反り返らせ、刃を避ける。
(速い、相変わらず…!)
避けられてもシンは驚きもせず、戻しざま刃を逆に持ちかえた。
一方フリーダムは空中で身を翻し、それから加速して上昇した。
(逃げるのはお得意だろうが、前とは違う)
デスティニーならインパルスのようなパワー負けはしない。
シンはそのままスピードを上げてストライクフリーダムを追った。
「く…」
この機体を振り切れないとわかったキラは逆噴射と同時に両手でサーベルを抜いた。
シンはその動きも読んでいたので躊躇なくそのまま突っ込み、キラもまた素晴らしいスピードでデスティニーに向かっていった。
アロンダイトと2本のサーベルはぶつかり、ビームが拡散して激しく揺らいだ。
互いの熱で空気がひどく歪む。
両者はギリギリまで耐え切り、そして限界まで来ると飛び退った。
キラはそのままサーベルをマウントすると、今度はライフルを二挺とも抜いた。
そして素早く二挺を繋げてロングライフルにすると狙いを定めて放ち、デスティニーはビームシールドを展開してビームを豪快に弾き飛ばした。
連射してくるライフルを素早い反応と動き、さらにビームシールドで回避しながら、シンはキラに迫った。ロングライフルは腰を落として撃つ必要があり、身軽な動きを得意とする自分にはあまり向かないと感じられたキラは、それをばらすと両腰に戻して再び急上昇した。
全てがあまりに高速で行われているので、両者の戦闘を見ていてもどちらが優勢なのかよくわからなかった。
シンはストライクフリーダムを追って上昇すると、M2000GXを抜いて構えた。
ブーメランがあれば相手の動きを牽制するために使いたかったが、あいにく先のアカツキとの戦いで失ってしまっている。
しかしデスティニーにロックオンされても、何か思惑があるらしいキラは逃げようとしなかった。デスティニーがビームを放つと、ストライクフリーダムもまた腹部のカリドゥス複相ビーム砲を放って応ずる。両者のビームは空中でぶつかり、激しく干渉しあってやがて拡散した。
(互角…)
(互角か)
シンはギリッと歯を食いしばって砲をマウントすると、今度は再びアロンダイトを抜いた。
ザフトの最新鋭機に匹敵する機体を一体どこで手に入れたのかはわからないが、とはいえ機体性能も武装も決して負けているとは思えない。
「くそっ…何でこんな…」
なのになぜこんなに追い込まれているような気になるのだろうか。
(エンジェルダウンの時は、ヤツには一方向にしか道がなかった)
けれど今、フリーダムの軌道はこの空の下に無限に広がっている。
(条件が互角なら、俺の腕は…ヤツに劣るっていうのか?)
「違う!」
そう思ってしまったことを大声で否定したシンは、再びアロンダイトを構えるとデスティニーの出力を上げた。
(スピードとパワーで、シールドをぶち破ってやる!)
激しく輝きだした光の羽があたりを照らし、デスティニーのスピードが再び最大限に上がっていく。同時に散布されたミラージュコロイドが凄まじい速さで突っ込む機体の残像をいくつも重ね、幻惑させる。
しかしキラはそれに惑わされる事なく、落ち着いてデスティニーを待ち受けた。
(太刀筋を見極めて、攻撃を受け止める…!)
キラは集中力を高め、すぅと息を吸い込んだ。
今回は視覚より聴覚にそれが先に訪れた。
戦場ならではの雑多な音が先に消え、そして視界が明るく開けた。
眼に飛び込むのは光の翼を広げて突進してくるデスティニーだが、イザナギで戦うニシザワたち、市街地に向かったイケヤたちまでも見えたと思うほど、キラの感覚的な視力は広く遠くまで見晴らせた。
(来る!)
デスティニーは超高速でストライクフリーダムに向かい、その前に立った瞬間、素早くアロンダイトを振りかぶった。
そしてそのままその巨大な剣を力任せに振り下ろす。
キラはシンが構えに入ると同時に両腕を眼前に掲げ、ビームシールドを最大出力で展開し、待ち構えた。
振り下ろされた刀身をストライクフリーダムのマニピュレーターでがっちり挟み込まれ、デスティニーはそれ以上剣をおろす事ができない。
シンはビクともしないそれを外そうとしたが、その時ゾクリと背筋が冷えた。
コックピットの前に、ストライクフリーダムの腹部の金色の砲口が開いている。
(まずい!)
シンがそう判断してアロンダイトから手を離したのと、砲口から発砲されたのはほぼ同時だった。シンは衝撃で吹き飛ばされた。
しかし、衝撃は激しかったがアラートが鳴らず、コックピットも無傷のままだ。
(今ので俺を倒せたのに…やらなかった?)
キラはカリドゥスを使わなかった。
撃ち込んだのはクスィフィアス…即ち実弾のレールガンなので、衝撃は激しかったものの、VPSのデスティニーにはさしたるダメージはない。
「これがビームだったら、もう終わってるって…」
それが相手の手加減だと悟ったシンの心に屈辱と怒りがふつふつと沸き立った。
「そう言いたいのかよ、おまえは!」
シンの心を怒りが突き抜けた。
(バカにされた…こいつ、俺をコケにしやがった!)
その怒りと屈辱、踏み躙られた矜持が彼の心を晴らしていった。
なぜか不利になってしまう戦闘に、狭まりつつあった視界がクリアすぎるほどクリアに開け、聞こえなくていい不要な音は彼方へ飛び去り、相手の息遣いまで聞こえそうなほど澄み渡った。
シンはライフルを抜くと、急速に上昇し、ストライクフリーダムの上を取ろうと飛び回った。キラも同時に飛翔したが、光の翼を広げ、残像を残しながら飛ぶデスティニーのライフルを避けて逃げるのは難しい。
ストライクフリーダムは華麗に空中で旋回・反転し、デスティニーを先に行かせると、追うものと追われるものが逆転した。しかしキラにはデスティニーを完全に捕捉することができず、ライフルが当たらない。
(くっ…速い…こんな…!)
キラはやや苛立ち、驚くほど速いデスティニーを眼で追い続けた。
ストライクフリーダムの射線がわずかにデスティニーに追いつかず、撃てないと見て取るや、シンは接近してビームシールドを展開した。
出力を調整し、まるでクローのように細いそれがストライクフリーダムに突き出されてキラは不意を突かれたものの、驚くほどの反射神経で下がる。
卓越した2人の戦いはまさに紙一重、一進一退の攻防を見せていた。
しかしその時、そんな2人の戦いに割って入った者がいた。
「シン、帰投しろ」
シンはいつも通り冷静なその声に思わずモニターを睨みつけた。
「なんで…レイ、俺はまだやれる!」
確かに決定打は打てていないが、決して劣勢というわけではなかった。
「奴に勝ちたければ一旦戻るんだ」
命令だ、とレイは冷たく言い放った。
「トリスタン、撃ぇ!」
前に出たミネルバへのアークエンジェルの砲撃は凄まじかった。
激しく撃たれるイーゲルシュテルンの弾幕に隠れ、バリアントが容赦なく襲い掛かる。アーサーはパルシファルで攻撃を加えながら、主砲と副砲を使い分けて攻撃しているが、ミネルバとの戦いにより決して万全ではないアークエンジェルに撃ち負けている感がある。
それはもしかしたら、百戦錬磨のクソ度胸と優れた状況判断に基づいた、アークエンジェルの操縦にあるのかもしれなかった。
「回避!」
マリューの声に、ノイマンはギリギリの角度で艦体をロールさせた。
両者はすれ違いながら応酬する。
「ウォンバット、撃ぇ!」
「ランチャー1、2、撃ぇ!」
タリアはただ闇雲に撃っていてもだめよとアーサーに命ずる。
「エンジンを狙って!マリク、回避任せる!」
マリクは返事をしたが、大胆な舵を切る相手にやや気迫負けしている。
しかし自分だって数多くの激戦を勝ち抜いてきたミネルバの舵取りだ。
その誇りにかけ、こんなところで艦を沈めさせるわけにはいかなかった。
アスランはメイリンに支えられ、ハンガーに急いでいた。
戦闘中なので時に振動でよろけると、メイリンが今艦内を動くのは危ないですと言ったが、アスランは聞こうとしない。
「ラクス!」
やがてハンガーに辿り着いたアスランが、マードックと機体について打ち合わせをしているラクスの名を呼んだ。
ラクスはザフト軍の緑色のパイロットスーツを着ていた。
「アスラン!」
ラクスはボードをマードックに託してお願いしますと言うと、ハンガーの安全柵に掴まりながら彼女の元にやってきた。
(ラ…ラクス・クライン…?)
メイリンは歩み寄ってきた彼に驚きを隠せない。
モニター越しとはいえ、ラクス・クラインを初めてこの眼で見たのはディオキアだった。
2年間姿を消していた彼を見るたび、誰もが「こんな人だったか?」と思いながらも受け入れており、それは3年前はまだほんの少年だったメイリンも同じだったのだが、こうして実際本人と会ってしまうと、(ディオキアのあれは一体…)と思わざるをえなくなってしまう。
驚くほど整った容姿も、品のいい振舞いも、優しい口調も、もう一人のラクスとは全然違っていた。
ラクスは傷だらけのアスランを軽く抱き締めた。アスランもいつものように、親愛の証としてそれを受けたが、すぐに体を離して尋ねた。
「あなたが乗っていたなんて…大丈夫なの?体は?」
ラクスは微笑み、彼女を導いて安全柵に掴まらせた。
「大丈夫だよ。本当にただ乗っていただけだから」
もちろん、実際はそうではない。
着艦などはコンピューター制御だったとはいえ、ラクスは操縦前に最低限の操作をマスターしており、大気圏突入中もコンディションの微調整を欠かさなかった。彼の技術の高さには、ブリッジのマリューたちも感心したものだ。
「アスランこそ、大丈夫?」
アスランは、会うなり抱き合い、親しげに話し始めた2人を見て面食らっている様子のメイリンにも、安全柵に掴まるよう言ってから答えた。
「ええ、大丈夫よ」
「身体のことだけじゃないよ」
ラクスはいつものように少しいたずらっぽい眼でアスランを覗き込んだ。
突如現れたドムトルーパーの暴れっぷりと、デスティニーと一騎打ちをするストライクフリーダムを見て意気の上がったムラサメ隊のおかげで、各地の戦線が徐々に持ち直してきていた。
頬の傷を手当したカガリは、手早く軍服に着替えると司令部に戻っていた。
海岸線にはキサカが指揮する陸軍の機甲部隊を配備して防衛を命じ、艦隊には海軍のソガが指示を下している。
また、キラが前線で集めさせた残存兵を次々別部隊に編入させ、バラバラだった防衛隊の兵力を強化していった。国土の被害の広がりといい、もはや総力戦の様相を呈してはいるが、戦況は少しずつ好転している。皮肉な事に3年前の戦闘が経験となって、国民も軍もギリギリのところで踏みとどまる事ができているのだ。
それと同時にジブリールと、ユウナが放った使者、タツキ・マシマの行方を捜させていた。モニターはフル稼働し、オペレーターたちはカガリの要求に応えようと息つく間もなく手や口を動かし続けた。
「カガリ様!」
その時、オノゴロ島を洗い直していたチームが、島の裏側に不自然な動きをしている連合の輸送機がいるとレーダーを示した。
「何か信号を出していないか?」
眼に見えるように白旗でも掲げられていたら厄介だが、それはない。
「これは…救難信号ですね。エンジントラブルのようですが…」
もしこれがジブリールなら、隠密行動に徹するはずだ。ヤツにとって今一番まずいのは、オーブよりもザフトや連合に気づかれることだからだ。
兵たちとレーダーを覗き込んでいたカガリは、やがて意を決したように言った。
「ジブリールではないだろう。恐らく、これがマシマだ」
しかし、オノゴロは現在最大の激戦地であり、ミネルバとアークエンジェルが戦い、艦砲射撃と揚陸が続いている。イザナギのムラサメ隊も海と陸からの攻撃を防ぐので手一杯で、今この激戦地に飛び込んでマシマを確保にいける者などいなかった。そう、たった1人を除いては。
カガリは拳を握り締めてしばらく考えると、回線を開くよう命じた。
「キラを呼べ!」
それは、イチかバチかの賭けでもあった。
「命令?どういうことだ、レイ!」
その頃シンは、一方的に帰投を命じ、しかも「命令」と言ったレイに対し、怒りにも似た声で抗議していた。
ルナマリアと共にデスティニーとストライクフリーダムの戦いを見守っていたレイは、機体性能、パイロットとしての技量を分析し、「現況はシンに不利」だと結論付けた。
「この戦い、シンに不利だ」
「不利?」
シンがフリーダムに劣るとは思えないルナマリアはその言葉に驚いたが、レイは続けた。
「撃破したはずのフリーダムの復活、アンノウンとの戦闘、そして戦場はシンの故郷オーブ…ここには今、シンの心を乱すものが多過ぎる」
「それは…そうだけど…」
「それに変わった機体とはいえ、技量ははるかに劣るアンノウンも、結局は仕留められなかった」
レイはそう言うと、通信を開いてブリッジを呼び出した。
「艦長。シンを戻します」
アークエンジェルとの対艦戦に忙しい艦長はえ?と驚いた。
「状況が変わりました。よくありません」
「なら、あなたかルナマリアが出なさい!」
タリアがやや苛立った声をあげたが、レイは平静に答える。
「無論我らも出ますが、その前にシンの帰投を」
シンを戻して整備と補給を受けさせると言うレイが、「あれを落とさねばこの戦闘に勝利はありません」 ときっぱりと言うので、タリアは任せますと言った。
「あなたもFAITHよ。判断は自分でなさい。でも急いで」
「了解」
ルナマリアはどんな時もそつのない優等生だったレイが、いまや艦長と対等に意見を交わし、それを押し通したことを見て驚いた。
(これが、FAITH…)
そして時折遠くに視認できるデスティニーを見つめた。
「必要ない!ヤツは今ここで仕留める!」
しかしシンはレイの言葉を聞かず、再びストライクフリーダム目掛けてライフルを放った。
(帰投だと?ヤツに後ろなんか見せられるか!)
しかしその瞬間、ストライクフリーダムがライフルを持ち上げ、左手を前に突き出したのでシンは驚き、急激に制動をかけた。
「なんだ?なんのつもりだ!?」
「…シン!シン・アスカ!聞こえるか!?」
その途端、通信機のチャンネルが合わされてカガリの声が響いた。
「攻撃をやめてくれ。キラには、ある人間を止めに行ってもらいたい」
「なんだと!?」
シンは怒りのあまり通信を切ろうと手を伸ばした。
「戦闘中だぞ!バカを言え!!」
「そいつは無条件降伏の文書を持っている!もちろん、偽物だ!だがこのままではオーブは何もできずに陥落する!それを止めたいんだ!」
それを聞いてシンの手がピタリと止まった。
(無条件…降伏?)
シンはゆっくりと周囲に眼を配った。
破壊された施設や燃え盛る住宅地…乗り捨てられた車や、街路樹がへし折られ、穴だらけの道路に横たわっている。
(これが…オーブか…)
3年前の記憶が、ステラが破壊し尽くしたベルリンが蘇る。
歩道に倒れた人を見たその時、(ドクン)と激しく動悸がした。
(落ち着け…俺はもう大丈夫だ)
シンは再び始まりかけたフラッシュバックを、強靭な精神力で抑え込んだ。
俺は今、力を持ち、守るべきものを守り、目的のために戦って…
(…そして、オーブを…滅ぼすのか?)
あの日のように…この俺が…
デスティニーが動きを止めたのを見て、キラは慎重に左手を下ろした。
しかし次の瞬間、シンはライフルを再び構えてストライクフリーダムをロックした。キラはぐっと息を呑んだが、我慢してライフルは構えない。
「シン、頼む!行かせてやってくれ!」
デスティニーが退かないと知り、カガリが必死に叫んだ。
「俺たちは、こんな形でオーブを失わせたくないんだ!」
シンはギリギリと歯を食いしばった。
マニピュレーターの指先がライフルのトリガーにかかっている。
だがその瞬間、シンはベルリンでのフリーダムを思い出した。
暴走したステラの正面にいた自分に体当たりしたのは、眼の前の亡霊だ。
(このまま無防備なヤツを撃てば、かなりのダメージを与えられるだろう)
そうなればオーブは無条件で降伏し、どこかに匿われているジブリールもザフトの手で確保されるはずだ。
(こんな国…!)
滅べばいい…消えてなくなってしまえばいい…永遠に、この世から…
かつて自分の家族を守れなかったくせに、今度はその理念すら捨てて戦い、討たれ、そして…シンは悲惨な姿を晒している街を見つめた。
(そして、オーブはどうなる…?)
シンの脳裏にデュランダル議長の姿が浮かんだ。
(あの人なら、オーブをどうする?)
アスラン、メイリン…あの嵐の夜の光景が蘇った。
グフのコックピットを、彼らの体を貫いたであろう刃を持った自分の手が熱い。
「だからっ!!それこそがきみの役割なんだよ!何も知らないくせに!」
ラクス・クラインの悲鳴にも似た声が思い出され、耳に障った。
(目的のためには不要なものを斬り捨てる、あの人なら…)
カガリとキラが息を殺してデスティニーを見つめていた時間は、永遠にも思えた。
しかしやがて通信機から、シンの声が聞こえてきた。
「…一度だけだ」
シンは荒々しく呟いた。
「俺が見逃すのは、この一度だけだ!」
(シン…)
通信は、礼を言う暇もなく乱暴に切られたが、カガリの表情は明るかった。
シンはライフルを下ろした。
「レイ!了解した。これより帰投する」
そしてそのままデスティニーを反転させると、あっという間に飛び去った。
(チャンスを生かしてみろ、アスハ…!)
デスティニーを見送ったキラも、思わずほーっと息をついた。
(あのパイロット、カガリの言葉を…)
「キラ!頼む!」
キラは返事もそこそこに、激しい砲撃が続くオノゴロ沖へと向かった。
そしてニシザワたちと合流すると、簡単に状況の報告を受けた。
「連合機はすぐ近くを飛んでいるのですが、この通り近づけません」
キラは激しく艦砲射撃を加えてくる敵艦隊をざっと見回して言った。
「道を開きます。すぐに出られるよう、待機していてください」
そして捉えられる限り、凄まじい速さでマルチロックオンしていった。
キラの瞳が上下左右に激しく動き、やがてそれは整った。
クスィフィアスが起動し、カリドゥスが充填される。
やがてライフルを両手に持ち、キラは全砲門を開いて斉射した。
撃ち終わってもキラの動作は止まらず、再びロックオンを始める。
ミネルバもアークエンジェルもこれには驚き、激しい爆発を起こして黒煙をあげ始めたオノゴロ沖の艦隊を振り返って言葉を失った。
「今です!確保を!」
艦砲が収まっても、キラは上陸していたアッシュ部隊を上空から撃ち、慌ててオルトロスやライフルを構えるザクを次々斬り裂いていった。
果敢にも飛び掛ってきたグフのウィップをサーベルで華麗にさばき、レールガンでカメラを撃ち抜く。完全にオーブ劣勢だったイザナギ海岸は、このストライクフリーダムの突然の参戦により、あっという間に優勢に傾き始めた。
「輸送機、確保しました!タツキ・マシマ首長です!」
「よし、すぐに逮捕しろ。ユウナと共に拘束しておけ」
ニシザワからの通信を受け、カガリが彼の逮捕を命ずると、国防本部は一斉にほーっという安堵のため息に包まれた。
「危なかったな」
「せっかく押し戻しているのに、降伏なんて!」
彼らは胸を撫で下ろすと同時に、宣言どおりデスティニーを抑えきり、さらにイザナギ海岸で驚くべき戦果をあげたストライクフリーダムの噂を始めた。
「すごいな、あの機体は」
「乗ってんのは当然、キラ・ヤマトだろう?」
カガリもほっと息をついて兵たちをねぎらった。
「皆、よくやってくれた」
(シン・アスカ)
カガリは怒れる赤い瞳の彼を思い出した。
シンがくれたわずかなチャンスが、オーブを無条件降伏から救ったのだ。
カガリは喜びに沸く司令室を見つめ、まだ果敢に戦い続けるフリーダムを見て危機が一つ回避された喜びを噛み締めた。それは他ならぬ彼のおかげだった。
(ありがとう…シン)
激しく撃ち合う戦闘の振動によろけながら、アスランはそのモビルスーツを見上げた。
「ジャスティス…」
それはかつてジェネシスと運命を共にした、アスランの剣だった。
正義の名を冠するそれと共に戦場を駆け、正しいと思うものを信じ、道を誤った父と刃を交え…そして、今、再び道を見失ってしまった自分がいた。
「うん。ZGMF-X19Aインフィニットジャスティス」
「…私に?」
アスランは鋭い視線をラクスに送った。
ラクスはふふっと笑った。
「どうかな…何であれ、選ぶのはきみだから」
しかし、アスランがいつになく厳しい表情でラクスに詰め寄った。
「あなたも…私はただ戦士でしかないと、そう言いたいの!?」
メイリンはアスランの珍しく厳しい口調にびくっとしたが、その途端艦が大きく揺れ、よろめいたアスランはラクスに抱きとめられた。
彼の体からは、確かにこれはラクスだと思わせる、懐かしい薬の香りがした。
「取り舵20!回り込め!」
タリアが正面から突っ込んできたアークエンジェルの後ろを取ろうと弾幕を張らせ、すれ違いざまに急速反転するようマリクに伝える。
一方アマギも弾幕を厚くしながらゴットフリートを放ち、すれ違った後はバリアントの砲門を後方に向けた。
「パルシファル、撃ぇ!」
アーサーは発射されるウォンバットをディスパールで迎撃し、隙あらばトリスタンとパルシファルを撃ちこんでいる。
アークエンジェルはトリスタンに直撃されて艦が大きく揺らいだが、ラミネート装甲の排熱はまだ十分間に合っている。だが息つく間もなくミサイルが発射された事を知らせるアラートが鳴り、ノイマンは再び操縦桿を傾けた。
「11時からミサイル8!」
ミリアリアが叫ぶ。矢のように襲い掛かってきたパルシファルをイーゲルシュテルンが撃ち落としたが、2発が取りこぼされた。
「回避!」
(そんなもん間に合うか!)とノイマンが思った瞬間、アークエンジェルの目の前が爆煙に包まれた。
しかしミサイルが直撃した衝撃はない。
皆呆気に取られて何が起きたのかと思っている。
そんなクルーに正解を示したのはチャンドラだった。
「スカイグラスパー…?」
マリューたちが驚いてモニターを見ると、確かに戦闘機が旋回している。
やがてモニターにヘルメットをかぶったネオが映り、陽気に笑った。
「すまんなぁ、余計なことして」
「あ、あなた…!?」
マリューが驚き、上ずった声で言うと彼を見つめた。
「でも俺、あのミネルバって艦、嫌いでね」
何度も敗北を喫した忌々しい戦女神を指差し、ネオはウィンクした。
「そんな…だって…」
「大丈夫、あんたらは勝てるさ」
マリューがそのおかしな答えにうろたえると、ネオが制した。
「なんたって俺は、不可能を可能にする男だからな!」
その言葉を残し、スカイグラスパーは再び大空へと舞い上がった。
オーブ軍の皆は「地球軍の彼がなぜ…?」とざわめいたが、やがてノイマンやチャンドラ、ミリアリアがふふっと笑い出した。
「やーだ、少佐ったら」
「言うかね、あれ」
「あの人、実は記憶戻ってんじゃないですか?」
ノイマンが笑いながら言うと、マリューも思わず笑ってしまう。
どんなに似ていても、あの人の中にいるのはムウじゃない…
(なのに、どうしてこんなに…)
マリューは明るい表情で顔をあげ、再び戦場を目指した。
「第3区、異常ありません」
ユウナの策略を打ち破ったカガリは、キサカやソガと共にモニターを覗き、各地区とオペレーターからの報告を受けた。
(あとは一刻も早くジブリールを捕らえ、停戦交渉に入る…)
残った首長が部局員と共に突貫で作った草稿は上がってきており、先ほどから眼を通している。これにジブリールという土産をつけ、プラントに「オーブはあくまでも中立の立場であり、ロゴスに与する意志はない」と示したかった。
「こちら第6区、発見、ありません」
「こちら第2区、氏の姿はありません」
色よい返事がない事にカガリは焦り、捜索範囲を広げろと命じた。
しかし、実はこの第2区には「異常」があったのである。
本部に報告した兵はインカムを切ると、振り返ってオーブや連合軍の兵に頷いてみせた。その後ろにはジブリールがすまして立っている。
(セイランめ…何をしている…)
待ち合わせの時間はとっくに過ぎているというのに現れない。
さしものジブリールも、父親は既に死亡し、娘は国家反逆罪で捕らえられているとは思っていなかった。
オーブが陥落し、事態が悪くなる前に一刻も早く脱出せねば…ジブリールは側近が抱いている黒猫の顎を撫で、セイラン親子を待った。
「戦士?誰かが、きみは戦士だって言ったの?」
ラクスが尋ねたが、アスランは答える代わりに尋ね返した。
「…議長がセイバーやレジェンドを与えて戦えと言ったように、今、あなたもこうしてジャスティスを見せて、私に戦えと言うの?」
アスランはまるで相手が議長であるかのように彼に思いのたけをぶつけた。
「そうやって力を与えて、あなたも誰かを思い通りに戦わせるの?甘い言葉で、甘い夢を見させて…永遠に終わらない戦いを続けさせるつもりなの!?」
「力は、ただ力だ。それ以上でも、それ以下でもないよ」
おろおろしながら2人を見ているメイリンを尻目に、ラクスは落ち着いた口調で答えた。
「きみがジャスティスに乗らないと決めても、僕はきみを討ったりしない。それに、言っておくけど僕はきみを戦士だなんて思ったことは一度もないからね」
その意外とも思える答えに、アスランは言葉を失ってしまった。
「確かに、僕と議長は似ているかもしれない。ままならないと操りたくなるし、もどかしいと導きたくなる。困った事にね」
それから、「でも僕はきっと、彼よりは知っている」と楽しそうに笑った。
「そうしない方が、新しい可能性もどんどん広がっていくって事を」
「可能性…」
アスランが彼の言葉を反芻した。
「キラもカガリくんも、皆、思いがけない事をして、間違えて、悩んで、怒って、悲しんで…でもそうやって、一生懸命答えを探そうとしているんだ。平和な世界のために、よりよくあろうとして」
そう言ってラクスは心底嬉しそうに笑った。
「そんなきみたちといると、こんな僕でもつい夢を見たくなるんだよ」
ラクスはジャスティスを見上げた。
「怖いのは、閉ざされてしまうこと。こうなのだ、ここまでだと、終えてしまうこと…なら、体が悪くて未来がない僕は、生きていてはいけないのかな?」
アスランとメイリンは彼の言葉に顔を見合わせた。
「そんな風に何かに決めつけられて終わるなんて、誰だっていやだろう?僕は、自分で考えて決めたい。間違えることもあるけど、それでも自分で決めたいよ」
「…でも、選べる道が1つしか残されていなかったら…」
アスランは暗い表情で呟いた。
「結局、それを選ぶしかないじゃない」
「確かに、そういうこともあるね」
ラクスは頷いた。
「だけどよく考えてごらん。選択肢は本当に1つだけだった?」
アスランは再び黙り込んだ。改めて言われると、これしかないと追い詰められた時でも、ラクスの言う「可能性」は残されていたような気がしなくもなかった。
「これはね、キラが持っていこうと言ったんだよ」
唐突に話題を変えたラクスが言った。
「僕は反対した。傷ついた今のきみに、これは残酷だろうと。でもキラは…」
「僕をこれで?」
「うん。ごまかせるし、一石二鳥じゃない?」
バルトフェルドは面白そうだと乗ってくれたが、医療チームには内緒だったから、キラはラクスを連れてそっとハンガーに行き、着慣れないパイロットスーツの装着を手伝いながら言った。
「でも、今のアスランには…」
「うん、そうも思うけどね」
ヘルメットをかぶらせ、プシュっと減圧すると、キラが笑った。
「でも、何かしたいと思った時、何もできなかったら…それがきっと、一番辛くない?」
フリーダムを失い、皆を守る力がないと焦った自分。
でも今は、自分の力で、自分の大切な人たちを守れると信じられる。
エターナルにいたわずかな間に、キラはこの機体を完璧に仕上げていた。
その調整はドムを届けに来たファクトリーの技師が舌を巻くほどだった。
奇しくもキラとの命がけの戦闘以来、近接格闘を得意とするようになったアスランの、戦闘パターンや癖を知り尽くすキラならではの細やかさで、アスランが乗る事を想定し、アスランのためだけに調整された赤い機体。
キラは仕上がったインフィニットジャスティスを見上げて呟いた。
「アスランにも、できるから…想いを貫いて闘うこと」
「キラが…」
「きみは確かに『戦える』し、だからこそ『戦士』なのかもしれない」
ラクスはそんな彼女を優しく見つめて言った。
「でも、それ以前に、アスランだろ?」
その言葉はズキリとアスランの心を刺した。
(敵だというなら、僕を撃つかい?ザフトのアスラン・ザラ)
(『役割』を演じるには、まず俺という人間が根底にあることだと思うんだ)
アレックス・ディノ…偽りの名で偽りの自分を演じていたあの頃、どんどん本当の自分がなくなっていくようで怖かった。
キラと戦い、ナチュラルを滅ぼすと言った父に歯向かうと決めた頃の、悩んだり迷ったりした幼い無様な自分の方が、まだ「本当の自分」だったと思えた。
(本当の自分…本当の私…)
「アスランは今、どうしたい?」
ラクスはそっと、指輪が光る彼女の左手をとった。
「何か、心から望むことがあるから、僕に会いに来たんじゃないの?」
(私たちは、本当は何とどう戦わなきゃならなかったの?)
問いかけた自分に、想い出の中のキラが優しく答えた。
(守りたいものを守るため…じゃ、ダメなの?)
「私が…したいこと…」
「そういうことだよ、きっとね」
ラクスが微笑み、アスランは再びジャスティスを見上げた。
「デスティニー、着艦完了」
シンが戻ったことを知り、レイがハンガーに向かいかけると、ルナマリアも立ち上がって後を追った。正直なところ、シンにはもう戦わせたくなかった。
(やっぱり、シンがオーブと戦うなんて…いけないんだわ)
それにレイが言ったとおり、フリーダムの復活など、シンにとって条件が悪すぎる。
(シンの代わりにはなれないけど、私だって上達してるもの)
意気込む彼女をちらりと見たレイは足を止めた。
「ルナマリアは残れ」
「え!?」
ルナマリアは思いもかけない言葉に驚いて立ち止まった。
「命令だ。気を散らせばシンが負ける」
「やだ…何言ってるの?レイ」
ルナマリアは信じられないというように大きく眼を見開いてレイを見つめた。
「今のあいつに、おまえは邪魔だ。シンは力のないおまえを守ろうとし、おまえはシンの命を危うくさせる」
レイの言葉が冷たく響き、ルナマリアは頭の中が真っ白になった。
「だから残れ」
「…っ!?」
ルナマリアが何か反論しようと言葉を探す間に、レイはすたすたとエレベーター内へ姿を消した。
(邪魔…?私がシンの…邪魔…?)
その言葉に衝撃を受け、ルナマリアは力なくソファに座り込んだ。
(シンのために…シンと一緒に…戦うって決めたのに…)
頭の底の部分が熱くなり、聴力が消えてしまったようで艦内放送が遠くなる。
「…どうしてよ、レイ」
ルナマリアの眼に、力がないと言われた悔しさから涙が滲んだ。
「私だって…戦える…戦えるのに…!」
「ジャスティス」
アスランがその名を再び呟いた。
かつて、今はもうなくなってしまったセイバーを前にして議長は言った。
(きみにできること。きみが望むこと…それはきみが一番知っているはずだね、アスラン・ザラ)
その言葉を信じ、間違いを正す力だと信じて戦場に戻った自分を待っていたのは、ただ彼の思い通りに戦う「操り人形」となる道だった。
「できること…望むこと…」
けれど今はわかる。その道以外に、選択肢はあったのだ。
自分こそが可能性を諦め、閉じこもり、未来を閉ざしてしまっていたのだ。
(俺の家族はアスハに殺されたんだ!)
(戦うべき時には戦わないと。何一つ、自分たちすら守れません)
アスランは思い出していた。
怒りを湛えながらも、真っ直ぐに気持ちを、信じる正義をぶつけてきた彼を。
(普通に、平和に暮らしている人たちは守られるべきです!)
(でも、これだけは譲れないものって、誰にだってあるでしょう)
(嘘でも偽りでも、最後に手に入るのが本物なら、俺はかまわない!)
シンは今も、そう信じて戦っているのだろうか。
(できること、望むこと、すべきこと…みんな同じだろ?)
カガリの笑顔が浮かび、アスランは指輪をはめた左手を右手で包み込んだ。
「…私が…今、すべきこと…」
やがてアスランは、ジャスティスに向かってゆっくり歩き出した。
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制作裏話-PHASE42②-
本編ではグフが現れて21世紀バージョンのジェットストリームアタックをかまし、賛否両論…というか失笑を買ったというか、まぁそんな回です。
本編でのみどころはなんといってもラクスとアスランの陰険夫婦漫才。つくづくこの2人ってお似合いのカップルだったと思います。誰にでも優しいアスランも、何気にラクスにだけはアタリがきつく、同じく誰にでも礼儀正しく柔らかく接するラクスも、なぜかアスランにだけは手厳しい。
ラ「大丈夫ですか?」
ア「ああ、大丈夫だ」
ラ「お体のことだけではありませんわ」
ア「…」
このへんが長年連れ添った夫婦みたいで面白いんですよね。何しろズタボロのアスランを躊躇なくインフィニットジャスティスに乗せたラクスは、血まみれで戻ってきたアスランの面倒を見るでもなく知らん顔ですからね(面倒を見たのはキラとメイリン)
さて前線を任されたキラはてきぱきと指示を下し、ダーダネルス、クレタ、エンジェルダウンに続き、シンとの第4ラウンドが開始されます。ストライクフリーダムの性能を測ってからおもむろに武器を取り、デスティニーならスピード負けはしないと全力でかかるシンと、新たな機体を手に入れて如何なく力を発揮するキラは、本編以上に互角に近いバトルを繰り広げます。けれどビームではなくパチンコ玉で翻弄されたり、無限の軌道を持つフリーダムはなかなか捕捉できません。シンは仕留められないと苛立ちますが、それは逃げ切れないキラも同じとしました。
ここで大きな改変を加えています。
それはハイパーデュートリオンという核動力とのハイブリッドエンジンを持つはずのデスティニーが「エネルギー切れ」を起こして帰投したことを修正したかったからです。これは本放映時も騒然となりましたし、私もデスティニーのスペックを以前から見ていたので、まさかのエネルギー切れに「えっ!?」と驚いたものです。インパルスでさえエネルギー補給装置があったのに…
まぁ、たとえ核動力機関であっても、エネルギーを「一度バッテリーに逐電するため」という設定が公表されたため、エネルギー切れはあり得るとされましたが、それにしたって主人公機ですよ?しかもクルーゼ隊やバルトフェルド隊と戦う時のストライクのような状況ならそれも面白いですけど、前作主人公であるキラ様と戦ってる時にこれじゃ、「キラ<<<<<<越えられない壁<<<<<<シン」というのがミエミエじゃないですか。大気圏突破してきたストフリがピンピンしてるのに、ヘタクソなカガリが操縦するアカツキと戦ったくらいでエネルギー切れなんて、ワンオフ機も赤服もFAITHも泣きますよ。
逆転ではこれはどうしても改変したかったので、エネルギー切れはありません。レイが帰投を命じるシーンはありますが、ここでシンを退かせるには、もう一ひねり欲しいところです。それがユウナの策略である「無条件降伏」の阻止でした。
ユウナが託した無条件降伏の書状を持つマシマを見つけ出したものの、連合機に乗って激戦中のオノゴロ沖のザフト軍旗艦に向かっているとなれば、確保は難しいはず。これを打開できるのは恐らくただ一人です。
既にデスティニーとの回線は開きましたから、カガリはシンに通信を試みます。
シンも突然攻撃をやめ、戦う意志がないとマニピュレーターを開いたキラをいぶかしんでいましたが、キラを行かせて欲しいというカガリのとんでもない申し出に仰天します。そりゃ「戦闘中にバカ言うな」といいたくもなるでしょうよ。
けれどカガリの「無条件降伏」という言葉を聞いて、シンの心はグラリと揺れます。シンがオーブにこだわり続けている事、PTSDに苦しみ、重篤なパニック障害に悩み続けていた事、それらに加えて、「役割を果たさず、目的のために不要なものは排除する」議長の非情さに気づいている彼は、オーブの行く末を案じてしまいます。
このシンの葛藤はどうしても描きたかったものです。
本編ではオーブに焼かれた自分がオーブを焼いている事に何の葛藤も苦しみも感じていなかったシンに、自分の行動の矛盾に悩んで欲しかったので、ずっと見て見ぬふりをしていたオーブときちんと向き合ってもらいました。
そしてシンは決断します。
それが自分の甘さであり、弱さであると知りながらも、それでも祖国を捨てきれないシンが、一度だけだ、と言い捨てて帰投を了解するのです。
この流れならレイが既に命じているので、シンの帰投が唐突にならず、しかもシンの本心を誰にも知られることなく撤退できます。ちなみにこの、「撤退理由を誰にも知られない」ことも、後に生かされる伏線となっています。
本編とは違う展開でありながら、結果的には同じ事(=デスティニーが一時的に帰投する)なので、これはこれでありだと思います。
ついでに、シンに見逃してもらったキラはオノゴロで一騎当千の活躍を見せ、マシマを確保するのはもちろん、破竹の勢いでオノゴロの戦況すらひっくり返すのです。こうして守護神として役目を果たせば、キラはオーブ軍の信頼を勝ち取っていけますよね。
時を同じくして、スカイグラスパーに乗ったネオが取りこぼしたミサイルからアークエンジェルを守ります。
そして「不可能を可能にする男」と言った彼を見て、マリューたちはつい笑ってしまうのです。キラが戻り、戦況が回復してきたがゆえに、こうした余裕も生まれてきたという象徴です。
さてオーブの降伏がなくなってひと段落したので、いよいよ逆転でもラクスとアスランの舌戦が始まります。逆転では電波会話はご法度なので、互いの言いたいことは誰にでもわかりやすい言葉で進行します。
逆転のアスランは、インフィニットジャスティスを見せるラクスに議長と同じ臭いを感じ取ってしまい、「あなたも自分に戦えというのか」と八つ当たりをかまします。けれどラクスは落ち着いてアスランの心を解きほぐしていきます。キラがフリーダムに乗ると決めた時のように、インフィニットジャスティスに乗るのもアスランが決めればいいと言います。議長よりつき合いの長いラクスの方が、ほんの少しだけアスランの信頼度が上なんですね。
デスティニープランの正体に気づきつつあるラクスは、その選別によって遺伝子に傷を持つ自分が「弾かれる人間」である事も感づいています。だからこそ、「可能性」を信じたいと考えているのです。
そしてその「可能性」こそが道を切り拓き、運命を変える「力」なのだと思っています。そんな可能性を見せてくれたのが、無力だけれど絶大な力を持つカガリであり、絶大な力を持つけれど無力なキラだったことも、ラクスには大きな驚きと悦びをもたらしています。
こうして少しずつ会話を重ねていき、やがてアスランは自分が本当にしたかったことは何だったか、もう一度考え直すに至ります。本編では生かされなかった「偽りの自分」という「役割」がいかに自分自身を蝕んだか…「戦う人形」という役割を強いられて間違いに気づいた今、ようやく何をしたかったか、何のために戦いたいのかを思い出します。
同時に、「シンの邪魔になる」とレイから冷たく戦力外通告を受けてしまうルナマリアの姿は、まさしく「戦う力」を取り戻したアスランとは対照的にしてみました。シンと共に戦いたい、アスランのように強くなりたいと願うルナマリアにはダメージ大です。けれどそんな彼女は次回、大変なミスを犯してしまいます。逆転にはこの「失敗」を生かし、ルナマリアにも本編ではなかった「覚悟」のほどを示してもらうシーンがあります。
「アスランにも、想いを貫いて戦うことができる」
キラのこのセリフは創作ですが(本編では「アスランにもできるから」で終わってしまい、「何ができるんだ?」とハテナだったのでわかりやすくするためです)、こうしてキラがアスランの背を押すのもいいと思います。抽象的なセリフばかり並べて「自由に感じ取れ」なんて誤魔化さず、ちゃんとキャラの意思をセリフで示してもらいたいですよ。
本編でのみどころはなんといってもラクスとアスランの陰険夫婦漫才。つくづくこの2人ってお似合いのカップルだったと思います。誰にでも優しいアスランも、何気にラクスにだけはアタリがきつく、同じく誰にでも礼儀正しく柔らかく接するラクスも、なぜかアスランにだけは手厳しい。
ラ「大丈夫ですか?」
ア「ああ、大丈夫だ」
ラ「お体のことだけではありませんわ」
ア「…」
このへんが長年連れ添った夫婦みたいで面白いんですよね。何しろズタボロのアスランを躊躇なくインフィニットジャスティスに乗せたラクスは、血まみれで戻ってきたアスランの面倒を見るでもなく知らん顔ですからね(面倒を見たのはキラとメイリン)
さて前線を任されたキラはてきぱきと指示を下し、ダーダネルス、クレタ、エンジェルダウンに続き、シンとの第4ラウンドが開始されます。ストライクフリーダムの性能を測ってからおもむろに武器を取り、デスティニーならスピード負けはしないと全力でかかるシンと、新たな機体を手に入れて如何なく力を発揮するキラは、本編以上に互角に近いバトルを繰り広げます。けれどビームではなくパチンコ玉で翻弄されたり、無限の軌道を持つフリーダムはなかなか捕捉できません。シンは仕留められないと苛立ちますが、それは逃げ切れないキラも同じとしました。
ここで大きな改変を加えています。
それはハイパーデュートリオンという核動力とのハイブリッドエンジンを持つはずのデスティニーが「エネルギー切れ」を起こして帰投したことを修正したかったからです。これは本放映時も騒然となりましたし、私もデスティニーのスペックを以前から見ていたので、まさかのエネルギー切れに「えっ!?」と驚いたものです。インパルスでさえエネルギー補給装置があったのに…
まぁ、たとえ核動力機関であっても、エネルギーを「一度バッテリーに逐電するため」という設定が公表されたため、エネルギー切れはあり得るとされましたが、それにしたって主人公機ですよ?しかもクルーゼ隊やバルトフェルド隊と戦う時のストライクのような状況ならそれも面白いですけど、前作主人公であるキラ様と戦ってる時にこれじゃ、「キラ<<<<<<越えられない壁<<<<<<シン」というのがミエミエじゃないですか。大気圏突破してきたストフリがピンピンしてるのに、ヘタクソなカガリが操縦するアカツキと戦ったくらいでエネルギー切れなんて、ワンオフ機も赤服もFAITHも泣きますよ。
逆転ではこれはどうしても改変したかったので、エネルギー切れはありません。レイが帰投を命じるシーンはありますが、ここでシンを退かせるには、もう一ひねり欲しいところです。それがユウナの策略である「無条件降伏」の阻止でした。
ユウナが託した無条件降伏の書状を持つマシマを見つけ出したものの、連合機に乗って激戦中のオノゴロ沖のザフト軍旗艦に向かっているとなれば、確保は難しいはず。これを打開できるのは恐らくただ一人です。
既にデスティニーとの回線は開きましたから、カガリはシンに通信を試みます。
シンも突然攻撃をやめ、戦う意志がないとマニピュレーターを開いたキラをいぶかしんでいましたが、キラを行かせて欲しいというカガリのとんでもない申し出に仰天します。そりゃ「戦闘中にバカ言うな」といいたくもなるでしょうよ。
けれどカガリの「無条件降伏」という言葉を聞いて、シンの心はグラリと揺れます。シンがオーブにこだわり続けている事、PTSDに苦しみ、重篤なパニック障害に悩み続けていた事、それらに加えて、「役割を果たさず、目的のために不要なものは排除する」議長の非情さに気づいている彼は、オーブの行く末を案じてしまいます。
このシンの葛藤はどうしても描きたかったものです。
本編ではオーブに焼かれた自分がオーブを焼いている事に何の葛藤も苦しみも感じていなかったシンに、自分の行動の矛盾に悩んで欲しかったので、ずっと見て見ぬふりをしていたオーブときちんと向き合ってもらいました。
そしてシンは決断します。
それが自分の甘さであり、弱さであると知りながらも、それでも祖国を捨てきれないシンが、一度だけだ、と言い捨てて帰投を了解するのです。
この流れならレイが既に命じているので、シンの帰投が唐突にならず、しかもシンの本心を誰にも知られることなく撤退できます。ちなみにこの、「撤退理由を誰にも知られない」ことも、後に生かされる伏線となっています。
本編とは違う展開でありながら、結果的には同じ事(=デスティニーが一時的に帰投する)なので、これはこれでありだと思います。
ついでに、シンに見逃してもらったキラはオノゴロで一騎当千の活躍を見せ、マシマを確保するのはもちろん、破竹の勢いでオノゴロの戦況すらひっくり返すのです。こうして守護神として役目を果たせば、キラはオーブ軍の信頼を勝ち取っていけますよね。
時を同じくして、スカイグラスパーに乗ったネオが取りこぼしたミサイルからアークエンジェルを守ります。
そして「不可能を可能にする男」と言った彼を見て、マリューたちはつい笑ってしまうのです。キラが戻り、戦況が回復してきたがゆえに、こうした余裕も生まれてきたという象徴です。
さてオーブの降伏がなくなってひと段落したので、いよいよ逆転でもラクスとアスランの舌戦が始まります。逆転では電波会話はご法度なので、互いの言いたいことは誰にでもわかりやすい言葉で進行します。
逆転のアスランは、インフィニットジャスティスを見せるラクスに議長と同じ臭いを感じ取ってしまい、「あなたも自分に戦えというのか」と八つ当たりをかまします。けれどラクスは落ち着いてアスランの心を解きほぐしていきます。キラがフリーダムに乗ると決めた時のように、インフィニットジャスティスに乗るのもアスランが決めればいいと言います。議長よりつき合いの長いラクスの方が、ほんの少しだけアスランの信頼度が上なんですね。
デスティニープランの正体に気づきつつあるラクスは、その選別によって遺伝子に傷を持つ自分が「弾かれる人間」である事も感づいています。だからこそ、「可能性」を信じたいと考えているのです。
そしてその「可能性」こそが道を切り拓き、運命を変える「力」なのだと思っています。そんな可能性を見せてくれたのが、無力だけれど絶大な力を持つカガリであり、絶大な力を持つけれど無力なキラだったことも、ラクスには大きな驚きと悦びをもたらしています。
こうして少しずつ会話を重ねていき、やがてアスランは自分が本当にしたかったことは何だったか、もう一度考え直すに至ります。本編では生かされなかった「偽りの自分」という「役割」がいかに自分自身を蝕んだか…「戦う人形」という役割を強いられて間違いに気づいた今、ようやく何をしたかったか、何のために戦いたいのかを思い出します。
同時に、「シンの邪魔になる」とレイから冷たく戦力外通告を受けてしまうルナマリアの姿は、まさしく「戦う力」を取り戻したアスランとは対照的にしてみました。シンと共に戦いたい、アスランのように強くなりたいと願うルナマリアにはダメージ大です。けれどそんな彼女は次回、大変なミスを犯してしまいます。逆転にはこの「失敗」を生かし、ルナマリアにも本編ではなかった「覚悟」のほどを示してもらうシーンがあります。
「アスランにも、想いを貫いて戦うことができる」
キラのこのセリフは創作ですが(本編では「アスランにもできるから」で終わってしまい、「何ができるんだ?」とハテナだったのでわかりやすくするためです)、こうしてキラがアスランの背を押すのもいいと思います。抽象的なセリフばかり並べて「自由に感じ取れ」なんて誤魔化さず、ちゃんとキャラの意思をセリフで示してもらいたいですよ。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
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2011/5/22~2012/9/12
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