機動戦士ガンダムSEED DESTINY 男女逆転物語
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「僕と同じ顔、同じ声、同じ名前の方が、デュランダル議長と共にいることは知っています」
ラクス・クラインは真っ直ぐ前を向いたまま言った。
彼はあくまでも柔和な笑みを湛えており、シンは初めて見る「本物の」ラクス・クラインの様子を鋭い眼で観察していた。
シンがデータで見たのは当然、今から3年以上前の彼だったから、今の彼は当時より大分大人びており、男性としての精悍さも増している。
しかし、ワイプの中でこの事態に驚きを隠せず、おどおどしている偽者と比べれば、その落ち着き、立ち居振る舞い、柔和ながら隙のない雰囲気、何より人を圧倒する存在感は桁違いに思えた。
(誰がどう見たって本物はこっちだ…)
シンはため息をついた。
ラクス・クラインは真っ直ぐ前を向いたまま言った。
彼はあくまでも柔和な笑みを湛えており、シンは初めて見る「本物の」ラクス・クラインの様子を鋭い眼で観察していた。
シンがデータで見たのは当然、今から3年以上前の彼だったから、今の彼は当時より大分大人びており、男性としての精悍さも増している。
しかし、ワイプの中でこの事態に驚きを隠せず、おどおどしている偽者と比べれば、その落ち着き、立ち居振る舞い、柔和ながら隙のない雰囲気、何より人を圧倒する存在感は桁違いに思えた。
(誰がどう見たって本物はこっちだ…)
シンはため息をついた。
「ですが、僕…元最高評議会議長シーゲル・クラインの子であり、先の大戦ではアークエンジェルと共に戦った僕は、今もあの時と同じ彼の艦と共に、オーブのアスハ代表の下におります」
ラクスはそう言いながら、隣にいるカガリと視線を交わした。
「我らが英雄殿がようやくお出ましだぞ」
エターナルのブリッジでも、ついに姿を見せたラクスを見て、バルトフェルドやダコスタが事の成り行きを見守っていた。
ネオとマリューは、キラからストライクフリーダムで発進すると連絡が入って30分も経たないうちに始まったこの騒動を、艦長室でコーヒーを片手に見物していた。
ネオには赤毛に近い明るい色の髪をした端正な顔立ちの青年の記憶はなかったが、彼もまた自分に「お久しぶりです、フラガ少佐」と丁寧に挨拶をした1人だ。
この事態に、ミネルバでもステーションでもざわめきは止まらない。
アーサーは口をまんまるに開けて二人のラクスを見比べている。
タリアはルナマリアが提出した聞き取りづらい音声データによってアスランたちがラクスがどうとか話していたことは知っていたが、実際にラクス・クラインが偽者だと思っていたわけではなかった。
当のミーアは、ラクスの出現に驚き、すっかり萎縮してしまっていた。
原稿を読み続けることもできず、彼自身の言葉で語ることもできずに、おどおどきょろきょろと視線を泳がせ、動揺を隠せない様子だった。
一方、柔和で美しい微笑をたたえたラクスは静かに語った。
「彼と僕は違います。その想いもまた違います」
「おい、なんだ、これは?」
イザークが呆気に取られて呟いた。
ディアッカは笑い出しそうになるのをこらえながら、モニターの前で堂々と語るラクスを見つめていた。
「だから言ったろ?ありゃ全くの別人だって」
「ですが…彼らは瓜二つですよ?声まで…」
画面に釘付けで何も言わないイザークに替わり、赤服のハーネンフースが答えた。
「さぁね。そうする必要があったんじゃないの。とにかく、こっちがホンモノ」
「ぼ、僕は…」
「僕は、デュランダル議長の言葉と行動を支持しません」
スタッフから「とにかく原稿を読め!」と指示されたミーアが慌ててカンペを読もうと俯いた途端、ラクスがきっぱりと言った。
アスランはミーアの痛々しい姿に、ため息を漏らした。
「名はその存在を示すものだ。ならばもし、それが偽りだったとしたら…それは、その存在そのものも偽り…と、いうことになるのかな?」
議長が自分に言った言葉が痛みを伴って蘇る。
(こうなるとわかっていたけど…当然の報いだとも思うけど…)
アレックスとして偽りの2年間を過ごしたアスランにとっては、偽りの人生を選んだ彼の事が、どうしても他人事には思えない。
(夜這いをかけたり、婚約者顔をしたり、ラクスのイメージとは外れていたり…色々と問題はある人だけど、私が危機に陥った時は真っ先に知らせに来てくれたし、悪い人間じゃない…きっと)
だからこそ、もっと何とかしてあげられなかったのかと考えてしまう。
ミネルバではルナマリアがラクスの言葉に驚いてシンを見上げた。
「シン…この人…」
「だろうな」
何しろ彼はアスハが治めるオーブで、アークエンジェルと…フリーダムと共にいる。そして命を拾ったアスランは彼らの元に逃げこんだのだ。
「連中が議長を支持してるわけがない」
シンは後ろを振り向き、レイを見た。
レイもまた黙ってラクス・クラインの姿を見つめている。
「こちらの放送を止めろ」
デュランダルが立ち上がり、補佐官や将兵に告げた。
しかし彼ら自身がこの思いもかけない事態に動揺を隠せず、議長の言葉を聞いてもすぐには動けずにいる。
「は…いや、しかし…」
「議長、一体これは…」
議長はそんな彼らを叱咤した。
「いいから止めるんだ。奴らの思惑に乗せられているぞ!」
「前大戦を含め、僕たちは長く戦い過ぎました。たくさんの命が失われ、世界は悲しみに包まれました」
ラクスは言う。
「そんな時、議長は言われました。戦う者は悪くない。戦わない者も悪くない。悪いのは全て、戦わせようとする者。死の商人ロゴスだと」
議長は世界は彼らに握られ、破壊と建設、需要と供給をコントロールされているとして、断罪の斧を振るった…カガリはラクスの言葉に耳を傾けていた。
「彼らが戦争を引き起こし、人々を憎み合わせ、世界を混乱に陥れる…けれど、それは本当でしょうか?」
「ふ、はっはっは!これはまた…」
無事にオーブを脱出し、ダイダロス基地で寛ぎながらこの放送を見物していたジブリールは、彼の言葉を聞いて高笑いを始めた。
「これはこれは…なんとも面白い事になってきたじゃないか」
悲劇の英雄ラクス・クライン…プラントの象徴ともいえる存在であり、元議長シーゲル・クラインの子。ジブリールも無論、有名人である彼の名を知っていた。
(忌々しいデュランダルめが、これだけの影響力を持つ彼の「偽者」を使って世論を操っていたとは…いや、いい面の皮だな、デュランダル)
「それは本当に真実ですか?」
ラクスはそう言って眼を伏せ、そしてもう一度瞳を上げた。
「ロゴスが創った世界で、憎みあい、討ちあった僕らは何も悪くない…」
自らの言葉に首を傾げながらラクスは続ける。
「そんな甘い言葉の罠に、どうか陥らないでください」
放送を聞いている人々の多くは、このラクスの言葉に軽く動揺し、モニターの前でざわめいた。
「戦争に陥ること…僕は、その責任は全ての人にあるのだと考えます。人々の心にある、知らない者への恐れ、理解できない事への拒絶、自分とは違うものへの嫌悪、持てる者への妬み、持たざる者への蔑みが、やがて両者の溝を深め、憎しみへと変わっていく…我々はそんなもののために討ちあい、多くの犠牲を出し、ようやく学びました」
ラクスは真っ直ぐカメラを見つめて言った。
「人の心に巣食い易い、そんな愚かな想いを払拭するのは『対話』だと。言葉による対話がいかに大切か、そして互いに理解しあうことこそが不要な争いを回避する有効な方法であり、大切な手段であると、僕たちは知ったはずです」
カメラの傍でラクスを見つめているキラにとっても、ベッドで彼の声を聞いているアスランにとっても、これは耳に痛い言葉だった。
かつて、彼らの間にも言葉はあった。けれどそれは決して対話などではなく、ただ互いの主張を押し付けあっていただけだった。そうやっていくら言い合っても結局戦いをやめることはできず、行き着くところまで行ってしまったのだ。
(…でも、私はまたダメだった)
アスランは自分に向けられたシンの強い怒りを思い出してほっと息をついた。
「そしてそれは、僕たち全員が常に努力すべきことなのです。失敗から得た教訓として、その責任は僕たち人類が負うべきであり、彼らロゴスにのみ負わせればいいというものではないはずです」
「はっはっは!これはいい。すぐにオーブの彼と連絡を取れ!」
ジブリールはパンパンと手を打ち鳴らして笑った。
「プラントの悲劇の英雄は、責任をロゴスに押しつけるなと言ったぞ!」
(見たか、デュランダル!彼に裏切られた貴様の顔が見たいものだ)
しかし有頂天の彼は、次のラクスの発言にきょとんとする事になる。
「無論、僕はジブリール氏を庇う者ではありません」
ラクスはきっぱりと否定した。
「僕は対話を軽んじ、武力で戦局を煽るジブリール氏を支持しません」
この時、ジブリールと議長は同じような表情で彼を見つめていた。
「ですが、デュランダル議長を信じる者でもありません」
(こいつ、やっぱりうまいな…)
ラクスはあくまでも柔和な表情を崩さず平易に語っているが、すぐ傍で彼の言葉を聞いているカガリは、そうやって誰にでも集中して「聞かせる」コツを心得ている彼の演説手腕に感心した。
(それにしても、原稿もないのにスラスラとよく言葉が出るもんだ)
カガリは自分の目の前にある電子原稿をチラリと見てため息をついた。
「彼を匿ったとして、十分な対話を持つ事もなく、強大な武力でオーブを侵攻し、人々に多大な犠牲を強いたデュランダル議長…そんな彼のことも、僕は支持することができないのです」
ラクスはそれまでの優しげな表情から、やや強い目つきで言った。
「我々はもっとよく知らねばなりません。あなたの真の目的を…」
「…ええぃ!」
デュランダルはそれが自分ひとりに向けての言葉だと悟り、いつも目の前に並べてあるチェス盤を手で薙ぎ払った。
(ラクス・クライン…生意気な若僧が…何を知った風に!)
放映が終わると、世界中が大騒ぎになった。
「どういうことなんだよ、これは!?」
「何でラクス・クラインが2人?」
何しろ全世界に向けての放映だったので、プラントのみならず、いまやプラントやザフトを支持し、デュランダル議長を信奉するユーラシア西側地区などのナチュラルたちにも動揺が広がった。
「あっちが偽者だ!」
「いや、しかし…」
放映を受けて世界は混乱し、あちこちで、どちらが本物でどちらが嘘をついているのかと論争が起きた。
それはコニールのいるガルナハンでも同じだった。
「あっちが本物だよ!」
「いや、でもデュランダル議長は…」
埃まみれの広場に集まった人々は口々に騒いでいる。
こんな僻地に住むナチュラルたちがプラントで絶大な人気を誇った「悲劇の英雄」ラクス・クラインの存在など知るわけもないのだが、今、彼らにとっては「自由を与えてくれたザフト」こそが正義なのだ。
その旗頭ともいえるコニールが演説台によじ登って叫んだ。
「みんな!何言ってるんだよ!ザフトは悪い奴らじゃないぞ!」
この小さな町で、インパルスのシン・アスカの名を知らない者はいない。
ザフトに救われた彼女はいまや立派なザフト信者となっており、大人たちを前に、その小さな体で堂々たる演説をぶちあげた。
「悪いのはロゴスと連合なんだ!オーブなんかそっちの味方じゃないか!」
住民たちは力強い彼女の言葉に頷いた。
この町を仕切る若いリーダーも言う。
「ああ、そうだ。誰が俺たちを苦しめたのか!そして誰が解放してくれたのか!みんなもう忘れたのか?」
「そうだそうだ!オーブは連合だぞ!」
「何が中立国だ!連合が強いとなれば、簡単に日和った国だ!」
「そこにいる奴の言葉など信じられるか!」
町の皆がわかってくれたので、コニールは満足げに笑った。
(あいつのおかげで、私たちは自由になれたんだもの)
コニールは少し斜に構えた、照れくさそうなシンの横顔を思い出した。
(だから、正しいのはザフト。正しいのはプラントだ)
放映終了と同時に執務室を出たデュランダルは、これからすぐプラントに戻ると手配を進めさせた。
「そうだ、シャトルをもう1機…すぐにだ!」
焦っているのか、いつもより口調が荒い彼を見るたび、戻ってきたミーアはますます萎縮してしまう。
「す、すみません、議長…僕、あの…」
議長は通信を切るとしばらく黙っていたが、やがて優しい微笑を湛えて振り返った。
「いや、とんだアクシデントだったよ」
議長はミーアの肩をぽんとたたいた。
「きみも驚いただろうが、私も驚いた。すまなかったね」
(よかった…議長、怒ってないみたいだ)
議長の口調はいつも通り柔らかかったので、ミーアはほっとして笑顔になった。
(僕がうまく切り抜けられなかったって、マネージャーやプロデューサーが怒ったみたいに、議長も怒るのかと思った…だって、あんな事が起きるなんて…)
ミーアは突然現れたラクス・クラインを思い出した。
けれど最初の頃、彼に感じていた憧れや尊敬はいまやすっかり変質していた。
(今さら出てきてあんなこと言ったって…もう遅いよ。だってずっとあの人を演じてきたのは僕なんだから。いいや、僕こそが本物のラクス・クラインなんだ!)
「ほ、本当ですよね」
ミーアはぎこちなく笑って愛想を振りまいた。
「一体何故こんなことになったのか…」
議長は苦笑しながら言った。
「だが…これではさすがに少し予定を変更せざるを得ないな…」
「…は?」
ほっとしていたミーアは、議長のその言葉に急に不安になった。
「なに、心配はいらないさ」
議長は再びにっこりと笑顔を見せた。
「だが少しの間、きみは姿を隠していた方がいい」
「…え?あの…でも…」
ミーアは慌てて「ぼ、僕、隠れるなんて…」と抗議しようとした。
「決して悪いようにはしないよ。きみの働きには感謝している」
しかしデュランダルは有無を言わせない強さで話を進めていく。
「きみのおかげで、世界は本当に救われたんだ。私も人々も、それは決して忘れやしないさ。だからほんの少しの間だよ」
デュランダルはミーアの手を両手で強く握り、感謝の意を表した。
「本当にありがとう…ラクス・クライン」
しかしそれは、彼からの冷たい訣別の握手だった。
デュランダルは自分に付き従っていた亜麻色の髪をした女性に合図をした。サングラスをした彼女がそれを見てにこやかに前に進み出る。
「さ、ラクス様」
「あ…え…」
そのまま彼女に連れられ、ミーアはデュランダルが先ほど用意させたもう1機のシャトルへと向かわされた。一瞬、彼女が議長を振り返り、議長が頷いたことにも気づかず、ミーアは抗う事もできず歩き出した。
いつまでも振り返っていたミーアが見えなくなるまで優しい笑顔で見送ったデュランダルは、彼の姿が見えなくなるとすぐに厳しい表情になり、従う黒服に告げた。
「こちらは予定通りメサイアへ上がる。月の連合軍に動きは?」
「いえ、今のところはなにも」
「そうか…」
いよいよ最後の仕上げだというのに、まさかラクス・クラインがいつの間にか降下し、オーブに潜伏していたとは…
「いや、しかし、色々な事があるものだ」
デュランダルはため息と共に呟いた。
「ええ」
「だがもう遅い。既にここまで来てしまったのだからね」
黒服には何が遅いのか、何がここまで来ているのかわからなかったが、相槌のつもりで「はぁ」と答えた。
(じきに彼が奏でるレクイエムでプラントが血を流し、世界は終わる)
そして世界は再生する…私が望む世界へと。
いくらラクス・クラインやキラ・ヤマトが抗おうとも、もう遅い。
自分がこれまで打ってきた布石が発動しており、蒔いた種は発芽した。
彼らは完全に出遅れている。もはやどうする事もできないだろう…
(待っていたまえ、シン・アスカ。この先にきみが望む世界がある)
彼は赤い瞳の少年を思い浮かべる。
(何よりも平和を望むきみに見せてやりたいな…運命が導く世界を…)
「あのぉ…艦長?」
放映が終わり、シーンと静まり返ったブリッジが、艦長の言葉を待っている。
しかし彼女がなかなか口を開かずいつものように親指を噛み続けているので、皆の視線を浴びて(やっぱり僕?)と観念したアーサーが聞いた。
「聞かないでよ!私にだって何が何だかわからないわ」
ほら、やっぱり…と思いつつ、アーサーも「ですよね」と苦笑いする。
「ま、一つはっきりしてるのは、我々の上官はラクス・クラインじゃないってことよ」
タリアがシートの背もたれに体を沈めながら言った。
「彼から命令が来るわけじゃないわ。それを…」
彼女がそう言いかけた時、彼らに命令が下った。
アビーが緊急コールのアラートを止めてモニターを覗く。
「艦隊司令部からです」
それを聞いてタリアは再び身を起こした。
「ミネルバはカーペンタリアへ帰投後、月艦隊と合流すべく発進せよ」
「え!?」
艦長と副長はその指令に思わずシンクロして声をあげた。
「こ、今度はいきなり宇宙へですか?」
一体なんなの…タリアは呆れてものも言えない。
(1年近くも地球で任務を続けさせて、今度は宇宙へ戻れ…何を考えているの?ギルバート)
タリアの力が働いて統制が取れているブリッジに比べ、休憩室は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「ほんと…どういうこと…?」
「いや…偽者ったって…」
ヨウランとヴィーノなど、ポカーンと口を開いて事態が飲み込めていないようだ。
とはいえ彼らの関心はもっぱら、これでラクス・クラインに群がっていた綺麗でセクシーな女の子たちに会えなくなるのかというものだったが。
「ついにバレたな」
腕組みをしたシンが呟くと、ルナマリアが肩をすくめた。
「しかも最悪のシチュエーションよね。本物が出てくるなんて」
シンはジブラルタルで自分に食って掛かった彼を思い出し、ふんと鼻を鳴らした。
「ヤツだってわかってたはずだ。自分はラクス・クラインにはなれないって…」
「あ、レイ!レイ、待てよ!」
ヴィーノがレイを呼ぶ声に、シンとルナマリアは同時に振り返った。
「なんだ?」
「あのオーブのラクス・クラインのことさぁ…」
「レイはどう思う?」
ヴィーノとヨウランがレイのご意見はとお伺いを立てている。
「どう…とは?」
レイが聞き返すと、やや面食らったように2人は顔を見合わせる。
「いや、だから…」
「…なぁ?」
「どっちが本物かって話でしょ?」
そこにルナマリアが割って入った。
(レイは議長が偽者を使っていたこと、知っていたのかしら?)
ルナマリアもずっとそれが気になっていたので聞いてみる。
「レイはどう思うの?彼と会って話した事、あるんじゃないの?」
うんうん、そうそう、と2人がルナマリアに頷いてみせる。
「なんだ、おまえたち…馬鹿馬鹿しい」
レイがふっと冷たく笑った。
「そうやって我々を混乱させるのが目的だろ。『敵』の」
(敵…)
シンは黙って聞いていたが、その言葉を聞いてレイを見る。
「おそらく皆、そうして真偽を気にする。何が本物で、何が偽物か。何が真実で、何が嘘か。おまえたちのように。なかなか穿った心理戦だな」
それを聞いてヨウランもヴィーノもしおしおと口をつぐんだ。
「だがなぜかな?なぜ人はそれを気にする?」
レイは呟くように言ってから、急にシンを見つめた。
シンは彼のその視線を受け止める。
「本物なら全て正しくて、偽者は悪だと思うからか?」
「真似ている限り、フェイクは本物にはなれない」
シンは何気なく首を傾げて言った。
「それに、コピーを繰り返せば劣化していくだけだ。だから偽者は所詮、いつまでも偽者ってことだろ」
瞬間、レイの瞳に哀しみの色が浮かんだことにシンは気づかなかった。
「そうか…」
「あ、いや…だけどさ」
レイが何か言いかけると同時に、シンは思いついたように言った。
「偽者だから全てがダメとか…そんな事はないかもしれない」
「どういうこと?」
ルナマリアが尋ねると、シンが言う。
「あの偽者にだってさ…気持ちとか、感情とか、考えとか…いわば『そいつ自身』ってものはあるんじゃないかってこと」
シンは、泣きそうな顔をして「アスランを殺したのか」と、けれど明らかに怒りをこめて聞いてきた彼の様子を思い出した。
あの時の言葉は当然、ラクス・クラインを模倣したものではなく、アスランの安否を案じる「偽者自身」の想いだったはずだ…それを単なる悪とは思えない。彼自身の気持ちまで否定できない。
(安心しろよ)
シンは頬杖をついて思った。
(あの野郎、しっかり生きてたよ。相変わらずウザい説教かましてさ)
シンは眼を閉じてふんと鼻を鳴らした。
それからふと疑念が頭をもたげてくる。
(議長は、役割を果たせなかったあいつをどうするんだろう?)
議長にとって、偽者のあんな失態は許しがたいものに違いなかった。
不要となればとことん冷酷に斬り捨てる彼のやり方を思うと少し憂鬱になる。
偽者なんてバカな役割を引き受けたヤツなんか俺には関係ないけど…シンはふと、さっきまで彼が映っていた真っ暗なモニターに眼をやった。
(…あいつの本当の名前くらい、聞いてやればよかったな…)
ほんの少しだけ、偽りの名で生きる彼の人生を振り返ったが、シンはもう二度と偽者のラクスに会う事はできなかった。
一方、レイはシンの言葉に内心驚きを隠せなかった。
自分を可愛がってくれた彼は、出来損ないのクローンである自分に絶望し、世を憎んでいた。何より彼自身が「本物」ではないことに苦しんでいた。
そして自分もまた、年を追うごとにその呪縛に絡め取られている。
そう思うべきなのだという肯定と、そんなはずはないという否定と…たとえフェイクにも、自分自身がある…シンの言葉は、彼の凍りついた心に届いた小さな炎だった。しかし彼の凍てついた心を溶かすにはまだ足りない、あまりに小さな炎だった。
だからレイはすぐに平静さを取り戻し、いつもの表情で言った。
「俺は、それはどうでもいい」
シンとルナマリアはレイを見つめた。
「議長は正しい。俺はそれでいい」
この答えでは、レイが偽者を知っていたかどうかはわからない。
ルナマリアはこれ以上彼と問答してもムダだろうと諦めた。
ラクス・クラインの衝撃がようやく収まると、戦闘の疲れもあり、休憩室は人気がなくなった。ヴィーノとヨウランも部屋に引き上げ、残ったのはシンたち3人と、あとはバラバラと数人だけになった。
「どっちにしろ、しばらくは大騒ぎだろうな」
シンが言うと、レイが頷いた。
「だがそんなことより、俺たちには考えておかねばならないことが他にあるだろう」
「え?」
レイはルナマリアにサイバースコープを渡してかけるよう言うと、自分のボードのモニターを2人に向けてから画像データを映し出した。
「フリーダム。そしてアスラン・ザラ」
シンははっとしてルナマリアを見た。
(しまった…まだルナに話していなかったのに…)
「ア…アスラン?」
ルナマリアはスコープの中で立体画像として映し出されるフリーダムとジャスティスを見つめて驚いている。
「ああ」
レイはレジェンドのカメラが捉えた赤い機体の映像を何枚か映し出した。赤い機体はデスティニーと戦い、しかもシンにダメージを与えていた。
「この機体は、かつてアスラン・ザラが搭乗し、ヤキン・ドゥーエ戦でジェネシスと共に失われた機体、ZGMF-X09ジャスティスに酷似している」
「でも…アスランって…どういうこと?」
戸惑う彼女に、レイは素っ気無く答えた。
「ヤツは生きて、アークエンジェルにいる」
ルナマリアは驚きで声もない。
(アスランが…生きていた?そして…シンと戦った?)
ルナマリアはカチカチとサイバースコープの解像度を上げて機体を拡大した。
まるでそこから見えるはずのないパイロットが見られないかとでもいうように。
「この機体に乗っていたのは、ヤツだ」
スコープを外してシンを見ると彼はむすっと黙りこくっている。
「…シン、ホントなの?本当にアスラン…生きてたの?」
「…ああ」
シンは頭を掻き、不愉快そうに答えた。
「オーブを討ってはダメだとさ」
「じゃ、メイリンも…?」
はっと気づいたルナマリアはレイを振り返った。
「メイリンも生きてるの?」
「それはまだ…」
「生きてるよ」
わからないと続けようとしたレイに代わり、シンが言った。
「メイリンは無事だと伝えてくれって…そう言ってたよ、あいつ」
「ああ…」
ルナマリアは両手で口を押さえ、涙を浮かべた。
(メイリン…よかった…あんた、生きてるのね…)
シンはそんなルナマリアを見て、ふっと息を吐いた。
「さっき…伝えようと思ったんだけど…」
「ううん」
ルナマリアは涙を拭いて首を振ると、無理に笑顔を作って言った。
「シンだって驚いたんでしょ?だから…いいの」
そんな風に強がりながら自分を思いやってくれるルナマリアを見て、自分自身もまだ殺したはずの相手が生きていたことを知り、しかもその相手に敗れた事に戸惑っているのだとシンは再認識する。
(本当に…)
シンはそれらを思い、手で額を抑えて眼を閉じ、歯を食いしばった。
(あんたはそうやって、どこまで俺たちを苦しめるんだよ)
オーブ政府は電波ジャックと二人のラクス・クラインの登場による混乱を避けるため、アスハ代表の声明については後日発表するとし、声明を記した電子文書のみ先にデュランダル議長に送ると発表した。
なかなか電波を取り返せずにいたTVクルーがキラに感謝の意を表し、放映に立ち会っていた首長や行政職員たちは、この事態に驚きつつ、代表同様、前大戦停戦の立役者ラクス・クラインと挨拶を交わしている。
カガリは周囲の者に一通りの指示を終えると、二人を応接室に通した。
「怪我したの?」
「ああ、ちょっとな。大した事はない」
カガリは心配そうな顔をするキラに明るく答えた。
一方ラクスは、両手を広げながら言った。
「こんな風に僕まで乱入してしまって、悪かったかな?」
「そんな事はない。俺がヤツと言い合ったところで泥仕合だ」
それこそ議長の思う壺だったろうよと、カガリは振り返らずに答えた。
「…ところでおまえ、体の調子は?」
「おかげさまですこぶる順調だよ」
カガリは「そうか」と言うと、振り向きざまにラクスの胸倉を掴んだ。
「なら、殴ってもいいな!?」
「カガリッ!!」
キラがそれを見て慌てて止めにかかる。
「ダメだよ、なんで!?やめてよ!!」
ラクスは特に驚いた様子もなく、落ち着いて答えた。
「きみに殴られたくはないけど…ジャスティス…アスランの事かな?」
「なぜ乗せたっ!?あんな体のあいつを!」
カガリの琥珀色の瞳が怒りに燃えている。
「やめてったら!」
今にも殴らんばかりのカガリの腕にぶら下がるようにして、キラは2人を引き離した。
「ジャスティスは私が持ってきた!ラクスは反対したんだ!」
そしてラクスの前に立ちはだかって本気で怒った。
「だから、殴るなら私だよ!」
「う…」
カガリは穏やかなキラが珍しく怒りを剥き出しにした事にたじろいだ。
さしもの彼も「殴れ」と詰め寄るキラに降参し、わかったと矛を収める。
そして気まずそうにラクスを見た。
「…おまえには…本当に感謝してる。援軍も…今の放送も…」
そう言った後もキラが睨みつけたままなので、カガリは何度かためらった後、やがて小さな声で「…悪かったよ」と言った。
「いいんだよ、カガリくん。もしきみが怒らなかったら…」
ラクスは服を整えると優しく笑った。
「僕がきみに怒ってた。きっとね」
「本当は、おまえたちには真っ先に礼を言わなきゃいけなかったんだがな」
落ち着いたカガリはすっかり意気消沈し、キラは気にしないでと慰めた。
実際、傷ついたアスランをジャスティスに乗せてしまったのは自分たちだ。
たとえその行動自体は彼女の意志だったとしても、ジャスティスがそこになければ乗りようがなかったのだから。
「それより、プラントの方はどう?」
「ああ…何度も会見を申し入れてるんだが、まだ返答はない」
「さっきのあれが彼の答えだ。もう一度オーブを攻める口実を作りたかったんだろうけど、この騒ぎでもう、同じ手を使ってオーブを武力でねじ伏せる事はできなくなったはずだ。世界がオーブに注目し過ぎてしまったからね」
「一瞬で議長の手をひっくり返したんだから、おまえはすごいよ」
カガリは苦笑した。
「俺の事なんかもう誰も覚えてないだろうな」
「ジブリールの行方はターミナルでも全力で動向を探っている」
ラクスはわかっているだけのデータをカガリに差し出した。
アルザッヘル、コペルニクス、前大戦で、ジェネシスで破壊されたプトレマイオスのような廃棄されたベース、コロニー、デブリ帯…彼が潜みそうな場所にはできる限り監視網を張り巡らせている。
カガリは「月のオーブ軍にも探させる」と言って、艦に戻る2人を見送った。
「アスラン、もう元気だから。大丈夫だから、心配しないで」
キラは笑って手を振り、カガリももうムチャさせんなよと答えた。
キラは(嘘をついたな)と思い、カガリは(嘘だろうな)と思いながら。
ジブリールがいるダイダロスは、月の裏側にあるいわば辺境の基地である。プラントからも丸見えのアルザッヘルに比べると動きは監視されにくいが、実際には月の裏側に警戒すべきものは少なく、ザフトもせいぜいL2の定期巡回を行う程度で、基地としての重要性は低く注目もされていない。
それゆえに、ここに派兵されている部隊は先のヘブンズベース攻略戦ですっかり内部分裂した連合のいざこざからも取り残されてしまっている。
むしろ未だにプラントを邪魔な砂時計と思い、コーディネイターへの憎しみを滾らせているブルーコスモスの溜り場と言ってもよかった。
「グノー、予定ポイントまであと20分です」
オペレーターが「グノー」と呼ばれる建造物の移動状況を伝える。
「レクイエム、ジェネレーター稼働率85%。23番から55番臨界」
続いてジブリールがセイラン家でウナトに語っていた「レクイエム」という不気味な単語が聞こえてきた。
「パワーフロー良好。超鏡面リフレクター、臨界偏差3129」
「予備冷却系GRを起動」
「バイパス接続」
司令室のモニターの中では、廃棄コロニーを改造して造られた、巨大なパイプのような不可思議な建造物が次々と動き出していた。
それは各々に制動装置を備えているらしく、自立稼動しながら何機ものウィンダムが護衛を務め、目的のポイントに向かう。作業は着々と進んでいった。
「しかし、本当に撃つのですかな?あなたはこれを…」
ダイダロス基地の司令官は尋ねた。
建造し、配備し、シミュレーション訓練を重ねながら、一向に命令は来ない…軍ではそんな不毛な繰り返しが多いことに、司令官は皮肉さをこめて言う。
「当たり前だ。そのためにわざわざこちらへ上がったんだからな」
ジブリールは相変わらず化粧を施した顔でその配備状況を見つめる。
予定では核で打撃を与えたプラントが、月基地に総攻撃を仕掛けたところでレクイエムを放ち、コーディネイターどもを全て一掃して世界を再構築する予定だった。青き清浄なる世界を取り戻すために。
それが悉く失敗に終わっている。
(ここまでデュランダルの思い通りに事が運ぶとは)
ジブリールは現在、抱いた疑念を立証しようとこれまでにもこちらからの何らかの情報漏洩がなかったか調べさせている。
準備期間も投じた巨費も、これだけ与えれば、連合の圧倒的優位性は保持できると思ってきた。
けれどこうまで追い込まれて初めて、彼にもわずかながら自身の行動を振り返ってみようという「謙虚さ」が生まれた。しかしそれが内省だったり自制だったりはしないところが、鼻持ちならない自信家である彼の彼たるゆえんであった。
「それは頼もしいお言葉だ。嬉しく思いますよ」
司令官はニヤリと笑った。
「ならば我々も懸命に働いた甲斐もあるというもの。こんなところでもね」
形骸化しているダイダロス基地など左遷されたも同然だと思い、さらに連合の内部がガタガタになって、自身の地位や出世の道が見えなくなって腐っていたところに思わぬチャンスが転がってきた。
(これでうまいこと自分たちが戦局をひっくり返せれば、連合…いや、大西洋連邦が息を吹き返すかもしれない)
そうすればまた自分の人生にも新たな活路が見出せるというものだ。
「最近は必要だと巨費を投じて作っておきながら、肝心な時に撃てないという優しい政治家が多いものでね」
ジブリールはふんと鼻で笑い、司令官は続ける。
「それでは我々軍人は一体何なのかと、つい思ってしまうのですよ」
「私は大統領のような臆病者でも、デュランダルのような夢想家でもない」
(核は持ってりゃ嬉しいただのコレクションじゃない)
(強力な兵器なんですよ?兵器は使わなきゃ)
(高い金をかけて作ったのは、使うためでしょ?)
前ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルも、大量破壊兵器は抑止力のためではなく、「使うものである」と煽って使わせた。
ジブリールもまた、それが何を生み出すのか、何を引き起こすのかを考える以前に、その威力に頼って相手を滅ぼす道を選び取った。
それはあまりにも浅はかで、あまりにも愚かな選択だった。
「撃つべき時には撃つさ。守るために…」
彼が守るべきものは人々でも国家でも世界でもない。
ただ自己の威信とプライド、そして既得権とそれが生む利益であった。
司令官は制帽をかぶり直し、「なるほど」と言った。
(何だっていいさ…今は自分とこの男の利害が一致しているのだから)
「見えたぞ」
小隊を率いて先行していたディアッカが、後方のイザークと、今回共同任務にあたる、オレンジショルダーのザク隊として勇猛さで名を馳せるジャニス隊にも光学映像とデータを送った。
イザークはディアッカが送ってきたそれらを見て通信を開く。
「数は?」
「ん~、20から25ってとこか。母艦は現在確認中」
ディアッカが別方面で小隊を率いているハーネンフースに報告させた。
白いパーソナルカラーのグフに乗り込んだイザークはちっと舌打ちした。
「報告通りけっこうな数だぞ」
二人のラクス・クライン騒動で宇宙ステーションもしばらく動揺したが、やがてある事件が起きた。月の裏側で不穏な動きがあると定期巡回中の哨戒機から報告が入ったのだ。
どうやら廃棄されたコロニーが少しずつ動いているらしい。
連合のウィンダムがそれを警護している事もあり、中には戦闘状態に入った隊もあった。司令本部は直ちに調査隊としてジュール・ジャニス両隊を出した。
どちらも戦闘経験が豊富な隊だ。彼らには危険と判断し、必要となれば即時破壊するよう指令が下されていた。
「ああ。けど一体何故こんなところに…?」
同じくパーソナルカラーの黒にカラーリングを施したブレイズザクファントムに乗るディアッカが、進路から目標座標を割り出そうと軌道計算をしながら答えた。
「さあな。友好使節じゃないことだけは確かだろうな」
月の裏側に何か威力のある兵器があったところで、ここからプラントに何か仕掛けるなど到底無理な話だ。
(100%不可能な事を可能にする事なんぞできはしないはず…)
「じきに護衛の連中に気づかれる。散開して応戦しろ」
ディアッカはそれを受けて手早く小隊の展開位置を振り分ける。
「行くぞ!」
イザークが号令をかけ、ディアッカたちが応えた。
「12宙域に妙な動き?」
ジブラルタルを後にして宇宙に上がり、移動要塞メサイアに向かうシャトルに乗り込んだデュランダルは司令部からの連絡を受けていた。
通信の相手は評議会議員のバーネル・ジェセックだ。
「はい。防衛警戒エリア外だったので対応が遅れたようですが、オニール型コロニーが少しずつ動いていると」
「プラントへ向かってか?」
デュランダルはL5からかなり離れた月の裏側の動きに怪訝そうに聞き返した。
ジェセックは地図を示し、議長が思ったとおり距離があることを示す。
「警戒に出たジュール隊やジャニス隊が、その護衛艦隊と現在戦闘中とのことです」
「わかった。以降もこの報告を最優先に」
デュランダルはそう告げると通信を切った。
そしてシートにもたれるとしばらくそのまま眼を閉じていた。
(もうじき、死に逝く世界を送る鎮魂歌が聞こえてくる)
デュランダルはふ…と口元に笑みを浮かべた。
巨大な建造物に近づいたイザークたちが再度の停止勧告を行う間もなく、ウィンダムはすぐに攻撃を仕掛けてきた。
それは決して威嚇ではなかった。モビルスーツ隊が出てきているとなれば、後方にはアガメムノン級、ドレイク級などが控えているはずだ。
ディアッカはガナー装備のザクウォーリアを率い、ファイアビーやライフルを放ちながら道を開いていく。イザークは、普通ならもう少し道が開くまで待つところを、グフのカスタム化で引き上げたスピードと、ギリギリの距離間を読む自慢の優れた空間認知能力を駆使して砲撃をすり抜け、ウィンダムを屠る。
「グノー、所定位置へ」
戦闘は徐々に激しさを増したが、この廃棄コロニーの正体がわからないままなので外側からの視認調査に留まるザフト軍をいいことに、ジブリールたちの思惑は徐々に進められていた。
「制動をかける?こんなところで?」
ウィップを連続で叩き込み、相手の脆い装甲を裂いたイザークが、突然止まったそれらを見ていぶかしんだ。
無論、プラントまでは果てし無く遠い。安穏を脅かすものとは思えないが、イザークは妙にいやな予感がしていた。一瞬、止まったそれの内部を調べさせようかと思ったが、既に戦闘に入っているため割ける人手がなかった。
(ここは注意して様子を見るに留めるか)
イザークはそれを横目に見ながら考え、それはこの時点では正解だった。
「フォーレ、チェルニー、姿勢安定。フィールド展開中」
グノー以外のそれら、計5基が次々制動をかけて目標座標で停止した。
「レクイエム、ジェネレーター作動中。臨界まで480秒」
オペレーターが「レクイエム」のエネルギー充填開始を伝えた。
やがてディアッカの目の前にあるそれはゆっくり傾き始めた。
「何だ?何をやろうとしている?」
ディアッカはウィンダムのビームを避けながら、停止と同時に動作を開始し始めたらしいそれを見て言った。
「わからんが、とにかく止めるんだ!エンジンへ回り込め!」
ビームソードを構えたイザークが飛び出し、ディアッカも後を追う。
先ほどまで噴射していたスラスターに向かう彼らを阻止せんと飛び出してきたウィンダムをディアッカがライフルで狙い撃ち、イザークを援護する。
イザークはあっという間にスラスターに近づくと、ビームガンを放って次々とそれを破壊していった。
デュランダルはメサイアに到着するとすぐに司令室にやって来た。
「ジェセックは来ているか?」
黒服の将校が彼をジェセックの元に案内した。
ジェセックは数人の黒服と共にモニターを見ながら状況を見守っていた。
「先の動くコロニーの続報は?」
「未だ何も。目的が不明ですので、ジュール隊、ジャニス隊には停止を第一に考えよと命じてありますが…」
デュランダルは頷いた。
コロニーは既に停止し、起動したらしく外壁にはあちこちにまるで稼働中かのように色とりどりの電源が入っている。
(狙いはアプリリウス…それともマイウスか、アーモリーか…)
デュランダルは努めて無表情のままそれを見守っている。
「護衛艦隊は射線上から退避せよ」
やがて準備が整い、艦隊に退避命令が出された。
「照準はどこに?」
司令官がジブリールに尋ねる。
「アプリリウスだ。決まっているだろう。これは警告ではない」
プラントの首都を狙い、頭を潰す…さしものデュランダルも泡を食うだろう。
(いや…もしかしたらこれでお別れかな?)
ジブリールはくっくっくと笑いながらスイッチを手にした。
司令官はそんな彼を見て眉を動かす事もなく静かに命じた。
「照準、プラント首都アプリリウス」
オペレーターが目標点を入力していく。
「最終セーフティー解除、全ジェネレーター臨界へ」
彼らのいるダイダロス基地のレクイエムが射出準備にかかった。
「ファーストムーブメント、準備よろし。レクイエムシステム、発射準備完了。シアー開放。カウントダウン開始。発射までGマイナス35」
それを受けて司令官が言う。
「トリガーを回せ」
ジブリールは邪悪な笑みを浮かべながらスイッチを握り締めた。
「さあ…奏でてやろうデュランダル。おまえたちのレクイエムを!」
そして、鎮魂歌は宇宙に鳴り響く。
「月の裏側に高エネルギー体発生!」
そう言ったメサイアのオペレーターがすぐに驚きの声をあげた。
「こ、これは…」
それは、彼が見たこともない驚くべき軌道を取って宙域を貫いた。
イザークもまた何か非常に高度なエネルギー、恐らくは強大なビーム砲らしきものが放たれたことを悟り、そちらに眼を向けた。
「イザーク!狙いは…」
「全軍、回避ーっ!」
イザークが声を限りに叫んで全ての隊員に告げたが、到底間に合わない。
(くそっ、こんなところで…!)
そう思った瞬間、目の前のコロニーを貫いたビームが、信じられない角度に曲がってさらに推進していった。彼方へと消えたビームを見送ったイザークとディアッカは呆気に取られた。
「何だ、これは!」
「ビームが曲がった!?」
しばらく唖然としていた2人は、やがてはっと気がついた。
そして同時にビームが直進し、消えた方向を振り向いた。
「…あのビームの行き先は…!」
動いていた謎の廃棄コロニー…それは連合がひそかに開発していたビーム偏向ステーションだった。何度かの偏向により、少しずつ減衰しつつも、月の裏側から放たれたレクイエムはプラントを目指した。
しかし、イザークとディアッカがスラスターを破壊したグノーによって偏向座標が狂わされてしまい、その結果ビームは首都アプリリウスまで到達するには至らなかった。
替わって運悪くヤヌアリウスが標的となり、プラントをビームが直撃した。
コロニーの外壁を突き破ったビームは空を斬り、海を割って走った。
破壊されたシャフトでは支えきれなくなった大地が裂け、急激に空気が失われていく。何十万人が暮らすプラント内に絶望の嵐が吹き荒れ、人も車も建物も全てが破壊されて、真空へと吹き飛ばされた。
ユニウスセブン、ヘリオポリスを襲った悲劇が、人々が普通に暮らすプラントを直撃したのだ。
それも、被害にあったコロニーは1基ではなかった。ビームで完全に破壊された数基のヤヌアリウスの倒壊に巻き込まれ、隣のディセンベルも被害を蒙ったのだ。
人々の悲鳴はすぐにかき消され、命が深淵の宇宙に飲み込まれていく。
24万人が死んだユニウスセブンの被害を間違いなく上回り、そこに広がるのはまさに地獄絵図だった。
「これは…一体何が…?」
「こ、こんな馬鹿な…」
黒服やオペレーターが不安げにざわめいている。
デュランダルは倒壊したプラントを見守りながら、未だ事態の把握がしきれない司令室の様子を見つめていたが、叱咤するように言った。
「どういう事だ?どこからの攻撃だ」
デュランダルの問いかけに、ジェセックも黒服も答えられない。
「一体何が起きたというのだ…!」
デュランダルはそう言うと、死せる人々を想った。
彼がこれから創成する世界の贄として捧げられた人々の生命を…
ラクスはそう言いながら、隣にいるカガリと視線を交わした。
「我らが英雄殿がようやくお出ましだぞ」
エターナルのブリッジでも、ついに姿を見せたラクスを見て、バルトフェルドやダコスタが事の成り行きを見守っていた。
ネオとマリューは、キラからストライクフリーダムで発進すると連絡が入って30分も経たないうちに始まったこの騒動を、艦長室でコーヒーを片手に見物していた。
ネオには赤毛に近い明るい色の髪をした端正な顔立ちの青年の記憶はなかったが、彼もまた自分に「お久しぶりです、フラガ少佐」と丁寧に挨拶をした1人だ。
この事態に、ミネルバでもステーションでもざわめきは止まらない。
アーサーは口をまんまるに開けて二人のラクスを見比べている。
タリアはルナマリアが提出した聞き取りづらい音声データによってアスランたちがラクスがどうとか話していたことは知っていたが、実際にラクス・クラインが偽者だと思っていたわけではなかった。
当のミーアは、ラクスの出現に驚き、すっかり萎縮してしまっていた。
原稿を読み続けることもできず、彼自身の言葉で語ることもできずに、おどおどきょろきょろと視線を泳がせ、動揺を隠せない様子だった。
一方、柔和で美しい微笑をたたえたラクスは静かに語った。
「彼と僕は違います。その想いもまた違います」
「おい、なんだ、これは?」
イザークが呆気に取られて呟いた。
ディアッカは笑い出しそうになるのをこらえながら、モニターの前で堂々と語るラクスを見つめていた。
「だから言ったろ?ありゃ全くの別人だって」
「ですが…彼らは瓜二つですよ?声まで…」
画面に釘付けで何も言わないイザークに替わり、赤服のハーネンフースが答えた。
「さぁね。そうする必要があったんじゃないの。とにかく、こっちがホンモノ」
「ぼ、僕は…」
「僕は、デュランダル議長の言葉と行動を支持しません」
スタッフから「とにかく原稿を読め!」と指示されたミーアが慌ててカンペを読もうと俯いた途端、ラクスがきっぱりと言った。
アスランはミーアの痛々しい姿に、ため息を漏らした。
「名はその存在を示すものだ。ならばもし、それが偽りだったとしたら…それは、その存在そのものも偽り…と、いうことになるのかな?」
議長が自分に言った言葉が痛みを伴って蘇る。
(こうなるとわかっていたけど…当然の報いだとも思うけど…)
アレックスとして偽りの2年間を過ごしたアスランにとっては、偽りの人生を選んだ彼の事が、どうしても他人事には思えない。
(夜這いをかけたり、婚約者顔をしたり、ラクスのイメージとは外れていたり…色々と問題はある人だけど、私が危機に陥った時は真っ先に知らせに来てくれたし、悪い人間じゃない…きっと)
だからこそ、もっと何とかしてあげられなかったのかと考えてしまう。
ミネルバではルナマリアがラクスの言葉に驚いてシンを見上げた。
「シン…この人…」
「だろうな」
何しろ彼はアスハが治めるオーブで、アークエンジェルと…フリーダムと共にいる。そして命を拾ったアスランは彼らの元に逃げこんだのだ。
「連中が議長を支持してるわけがない」
シンは後ろを振り向き、レイを見た。
レイもまた黙ってラクス・クラインの姿を見つめている。
「こちらの放送を止めろ」
デュランダルが立ち上がり、補佐官や将兵に告げた。
しかし彼ら自身がこの思いもかけない事態に動揺を隠せず、議長の言葉を聞いてもすぐには動けずにいる。
「は…いや、しかし…」
「議長、一体これは…」
議長はそんな彼らを叱咤した。
「いいから止めるんだ。奴らの思惑に乗せられているぞ!」
「前大戦を含め、僕たちは長く戦い過ぎました。たくさんの命が失われ、世界は悲しみに包まれました」
ラクスは言う。
「そんな時、議長は言われました。戦う者は悪くない。戦わない者も悪くない。悪いのは全て、戦わせようとする者。死の商人ロゴスだと」
議長は世界は彼らに握られ、破壊と建設、需要と供給をコントロールされているとして、断罪の斧を振るった…カガリはラクスの言葉に耳を傾けていた。
「彼らが戦争を引き起こし、人々を憎み合わせ、世界を混乱に陥れる…けれど、それは本当でしょうか?」
「ふ、はっはっは!これはまた…」
無事にオーブを脱出し、ダイダロス基地で寛ぎながらこの放送を見物していたジブリールは、彼の言葉を聞いて高笑いを始めた。
「これはこれは…なんとも面白い事になってきたじゃないか」
悲劇の英雄ラクス・クライン…プラントの象徴ともいえる存在であり、元議長シーゲル・クラインの子。ジブリールも無論、有名人である彼の名を知っていた。
(忌々しいデュランダルめが、これだけの影響力を持つ彼の「偽者」を使って世論を操っていたとは…いや、いい面の皮だな、デュランダル)
「それは本当に真実ですか?」
ラクスはそう言って眼を伏せ、そしてもう一度瞳を上げた。
「ロゴスが創った世界で、憎みあい、討ちあった僕らは何も悪くない…」
自らの言葉に首を傾げながらラクスは続ける。
「そんな甘い言葉の罠に、どうか陥らないでください」
放送を聞いている人々の多くは、このラクスの言葉に軽く動揺し、モニターの前でざわめいた。
「戦争に陥ること…僕は、その責任は全ての人にあるのだと考えます。人々の心にある、知らない者への恐れ、理解できない事への拒絶、自分とは違うものへの嫌悪、持てる者への妬み、持たざる者への蔑みが、やがて両者の溝を深め、憎しみへと変わっていく…我々はそんなもののために討ちあい、多くの犠牲を出し、ようやく学びました」
ラクスは真っ直ぐカメラを見つめて言った。
「人の心に巣食い易い、そんな愚かな想いを払拭するのは『対話』だと。言葉による対話がいかに大切か、そして互いに理解しあうことこそが不要な争いを回避する有効な方法であり、大切な手段であると、僕たちは知ったはずです」
カメラの傍でラクスを見つめているキラにとっても、ベッドで彼の声を聞いているアスランにとっても、これは耳に痛い言葉だった。
かつて、彼らの間にも言葉はあった。けれどそれは決して対話などではなく、ただ互いの主張を押し付けあっていただけだった。そうやっていくら言い合っても結局戦いをやめることはできず、行き着くところまで行ってしまったのだ。
(…でも、私はまたダメだった)
アスランは自分に向けられたシンの強い怒りを思い出してほっと息をついた。
「そしてそれは、僕たち全員が常に努力すべきことなのです。失敗から得た教訓として、その責任は僕たち人類が負うべきであり、彼らロゴスにのみ負わせればいいというものではないはずです」
「はっはっは!これはいい。すぐにオーブの彼と連絡を取れ!」
ジブリールはパンパンと手を打ち鳴らして笑った。
「プラントの悲劇の英雄は、責任をロゴスに押しつけるなと言ったぞ!」
(見たか、デュランダル!彼に裏切られた貴様の顔が見たいものだ)
しかし有頂天の彼は、次のラクスの発言にきょとんとする事になる。
「無論、僕はジブリール氏を庇う者ではありません」
ラクスはきっぱりと否定した。
「僕は対話を軽んじ、武力で戦局を煽るジブリール氏を支持しません」
この時、ジブリールと議長は同じような表情で彼を見つめていた。
「ですが、デュランダル議長を信じる者でもありません」
(こいつ、やっぱりうまいな…)
ラクスはあくまでも柔和な表情を崩さず平易に語っているが、すぐ傍で彼の言葉を聞いているカガリは、そうやって誰にでも集中して「聞かせる」コツを心得ている彼の演説手腕に感心した。
(それにしても、原稿もないのにスラスラとよく言葉が出るもんだ)
カガリは自分の目の前にある電子原稿をチラリと見てため息をついた。
「彼を匿ったとして、十分な対話を持つ事もなく、強大な武力でオーブを侵攻し、人々に多大な犠牲を強いたデュランダル議長…そんな彼のことも、僕は支持することができないのです」
ラクスはそれまでの優しげな表情から、やや強い目つきで言った。
「我々はもっとよく知らねばなりません。あなたの真の目的を…」
「…ええぃ!」
デュランダルはそれが自分ひとりに向けての言葉だと悟り、いつも目の前に並べてあるチェス盤を手で薙ぎ払った。
(ラクス・クライン…生意気な若僧が…何を知った風に!)
放映が終わると、世界中が大騒ぎになった。
「どういうことなんだよ、これは!?」
「何でラクス・クラインが2人?」
何しろ全世界に向けての放映だったので、プラントのみならず、いまやプラントやザフトを支持し、デュランダル議長を信奉するユーラシア西側地区などのナチュラルたちにも動揺が広がった。
「あっちが偽者だ!」
「いや、しかし…」
放映を受けて世界は混乱し、あちこちで、どちらが本物でどちらが嘘をついているのかと論争が起きた。
それはコニールのいるガルナハンでも同じだった。
「あっちが本物だよ!」
「いや、でもデュランダル議長は…」
埃まみれの広場に集まった人々は口々に騒いでいる。
こんな僻地に住むナチュラルたちがプラントで絶大な人気を誇った「悲劇の英雄」ラクス・クラインの存在など知るわけもないのだが、今、彼らにとっては「自由を与えてくれたザフト」こそが正義なのだ。
その旗頭ともいえるコニールが演説台によじ登って叫んだ。
「みんな!何言ってるんだよ!ザフトは悪い奴らじゃないぞ!」
この小さな町で、インパルスのシン・アスカの名を知らない者はいない。
ザフトに救われた彼女はいまや立派なザフト信者となっており、大人たちを前に、その小さな体で堂々たる演説をぶちあげた。
「悪いのはロゴスと連合なんだ!オーブなんかそっちの味方じゃないか!」
住民たちは力強い彼女の言葉に頷いた。
この町を仕切る若いリーダーも言う。
「ああ、そうだ。誰が俺たちを苦しめたのか!そして誰が解放してくれたのか!みんなもう忘れたのか?」
「そうだそうだ!オーブは連合だぞ!」
「何が中立国だ!連合が強いとなれば、簡単に日和った国だ!」
「そこにいる奴の言葉など信じられるか!」
町の皆がわかってくれたので、コニールは満足げに笑った。
(あいつのおかげで、私たちは自由になれたんだもの)
コニールは少し斜に構えた、照れくさそうなシンの横顔を思い出した。
(だから、正しいのはザフト。正しいのはプラントだ)
放映終了と同時に執務室を出たデュランダルは、これからすぐプラントに戻ると手配を進めさせた。
「そうだ、シャトルをもう1機…すぐにだ!」
焦っているのか、いつもより口調が荒い彼を見るたび、戻ってきたミーアはますます萎縮してしまう。
「す、すみません、議長…僕、あの…」
議長は通信を切るとしばらく黙っていたが、やがて優しい微笑を湛えて振り返った。
「いや、とんだアクシデントだったよ」
議長はミーアの肩をぽんとたたいた。
「きみも驚いただろうが、私も驚いた。すまなかったね」
(よかった…議長、怒ってないみたいだ)
議長の口調はいつも通り柔らかかったので、ミーアはほっとして笑顔になった。
(僕がうまく切り抜けられなかったって、マネージャーやプロデューサーが怒ったみたいに、議長も怒るのかと思った…だって、あんな事が起きるなんて…)
ミーアは突然現れたラクス・クラインを思い出した。
けれど最初の頃、彼に感じていた憧れや尊敬はいまやすっかり変質していた。
(今さら出てきてあんなこと言ったって…もう遅いよ。だってずっとあの人を演じてきたのは僕なんだから。いいや、僕こそが本物のラクス・クラインなんだ!)
「ほ、本当ですよね」
ミーアはぎこちなく笑って愛想を振りまいた。
「一体何故こんなことになったのか…」
議長は苦笑しながら言った。
「だが…これではさすがに少し予定を変更せざるを得ないな…」
「…は?」
ほっとしていたミーアは、議長のその言葉に急に不安になった。
「なに、心配はいらないさ」
議長は再びにっこりと笑顔を見せた。
「だが少しの間、きみは姿を隠していた方がいい」
「…え?あの…でも…」
ミーアは慌てて「ぼ、僕、隠れるなんて…」と抗議しようとした。
「決して悪いようにはしないよ。きみの働きには感謝している」
しかしデュランダルは有無を言わせない強さで話を進めていく。
「きみのおかげで、世界は本当に救われたんだ。私も人々も、それは決して忘れやしないさ。だからほんの少しの間だよ」
デュランダルはミーアの手を両手で強く握り、感謝の意を表した。
「本当にありがとう…ラクス・クライン」
しかしそれは、彼からの冷たい訣別の握手だった。
デュランダルは自分に付き従っていた亜麻色の髪をした女性に合図をした。サングラスをした彼女がそれを見てにこやかに前に進み出る。
「さ、ラクス様」
「あ…え…」
そのまま彼女に連れられ、ミーアはデュランダルが先ほど用意させたもう1機のシャトルへと向かわされた。一瞬、彼女が議長を振り返り、議長が頷いたことにも気づかず、ミーアは抗う事もできず歩き出した。
いつまでも振り返っていたミーアが見えなくなるまで優しい笑顔で見送ったデュランダルは、彼の姿が見えなくなるとすぐに厳しい表情になり、従う黒服に告げた。
「こちらは予定通りメサイアへ上がる。月の連合軍に動きは?」
「いえ、今のところはなにも」
「そうか…」
いよいよ最後の仕上げだというのに、まさかラクス・クラインがいつの間にか降下し、オーブに潜伏していたとは…
「いや、しかし、色々な事があるものだ」
デュランダルはため息と共に呟いた。
「ええ」
「だがもう遅い。既にここまで来てしまったのだからね」
黒服には何が遅いのか、何がここまで来ているのかわからなかったが、相槌のつもりで「はぁ」と答えた。
(じきに彼が奏でるレクイエムでプラントが血を流し、世界は終わる)
そして世界は再生する…私が望む世界へと。
いくらラクス・クラインやキラ・ヤマトが抗おうとも、もう遅い。
自分がこれまで打ってきた布石が発動しており、蒔いた種は発芽した。
彼らは完全に出遅れている。もはやどうする事もできないだろう…
(待っていたまえ、シン・アスカ。この先にきみが望む世界がある)
彼は赤い瞳の少年を思い浮かべる。
(何よりも平和を望むきみに見せてやりたいな…運命が導く世界を…)
「あのぉ…艦長?」
放映が終わり、シーンと静まり返ったブリッジが、艦長の言葉を待っている。
しかし彼女がなかなか口を開かずいつものように親指を噛み続けているので、皆の視線を浴びて(やっぱり僕?)と観念したアーサーが聞いた。
「聞かないでよ!私にだって何が何だかわからないわ」
ほら、やっぱり…と思いつつ、アーサーも「ですよね」と苦笑いする。
「ま、一つはっきりしてるのは、我々の上官はラクス・クラインじゃないってことよ」
タリアがシートの背もたれに体を沈めながら言った。
「彼から命令が来るわけじゃないわ。それを…」
彼女がそう言いかけた時、彼らに命令が下った。
アビーが緊急コールのアラートを止めてモニターを覗く。
「艦隊司令部からです」
それを聞いてタリアは再び身を起こした。
「ミネルバはカーペンタリアへ帰投後、月艦隊と合流すべく発進せよ」
「え!?」
艦長と副長はその指令に思わずシンクロして声をあげた。
「こ、今度はいきなり宇宙へですか?」
一体なんなの…タリアは呆れてものも言えない。
(1年近くも地球で任務を続けさせて、今度は宇宙へ戻れ…何を考えているの?ギルバート)
タリアの力が働いて統制が取れているブリッジに比べ、休憩室は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「ほんと…どういうこと…?」
「いや…偽者ったって…」
ヨウランとヴィーノなど、ポカーンと口を開いて事態が飲み込めていないようだ。
とはいえ彼らの関心はもっぱら、これでラクス・クラインに群がっていた綺麗でセクシーな女の子たちに会えなくなるのかというものだったが。
「ついにバレたな」
腕組みをしたシンが呟くと、ルナマリアが肩をすくめた。
「しかも最悪のシチュエーションよね。本物が出てくるなんて」
シンはジブラルタルで自分に食って掛かった彼を思い出し、ふんと鼻を鳴らした。
「ヤツだってわかってたはずだ。自分はラクス・クラインにはなれないって…」
「あ、レイ!レイ、待てよ!」
ヴィーノがレイを呼ぶ声に、シンとルナマリアは同時に振り返った。
「なんだ?」
「あのオーブのラクス・クラインのことさぁ…」
「レイはどう思う?」
ヴィーノとヨウランがレイのご意見はとお伺いを立てている。
「どう…とは?」
レイが聞き返すと、やや面食らったように2人は顔を見合わせる。
「いや、だから…」
「…なぁ?」
「どっちが本物かって話でしょ?」
そこにルナマリアが割って入った。
(レイは議長が偽者を使っていたこと、知っていたのかしら?)
ルナマリアもずっとそれが気になっていたので聞いてみる。
「レイはどう思うの?彼と会って話した事、あるんじゃないの?」
うんうん、そうそう、と2人がルナマリアに頷いてみせる。
「なんだ、おまえたち…馬鹿馬鹿しい」
レイがふっと冷たく笑った。
「そうやって我々を混乱させるのが目的だろ。『敵』の」
(敵…)
シンは黙って聞いていたが、その言葉を聞いてレイを見る。
「おそらく皆、そうして真偽を気にする。何が本物で、何が偽物か。何が真実で、何が嘘か。おまえたちのように。なかなか穿った心理戦だな」
それを聞いてヨウランもヴィーノもしおしおと口をつぐんだ。
「だがなぜかな?なぜ人はそれを気にする?」
レイは呟くように言ってから、急にシンを見つめた。
シンは彼のその視線を受け止める。
「本物なら全て正しくて、偽者は悪だと思うからか?」
「真似ている限り、フェイクは本物にはなれない」
シンは何気なく首を傾げて言った。
「それに、コピーを繰り返せば劣化していくだけだ。だから偽者は所詮、いつまでも偽者ってことだろ」
瞬間、レイの瞳に哀しみの色が浮かんだことにシンは気づかなかった。
「そうか…」
「あ、いや…だけどさ」
レイが何か言いかけると同時に、シンは思いついたように言った。
「偽者だから全てがダメとか…そんな事はないかもしれない」
「どういうこと?」
ルナマリアが尋ねると、シンが言う。
「あの偽者にだってさ…気持ちとか、感情とか、考えとか…いわば『そいつ自身』ってものはあるんじゃないかってこと」
シンは、泣きそうな顔をして「アスランを殺したのか」と、けれど明らかに怒りをこめて聞いてきた彼の様子を思い出した。
あの時の言葉は当然、ラクス・クラインを模倣したものではなく、アスランの安否を案じる「偽者自身」の想いだったはずだ…それを単なる悪とは思えない。彼自身の気持ちまで否定できない。
(安心しろよ)
シンは頬杖をついて思った。
(あの野郎、しっかり生きてたよ。相変わらずウザい説教かましてさ)
シンは眼を閉じてふんと鼻を鳴らした。
それからふと疑念が頭をもたげてくる。
(議長は、役割を果たせなかったあいつをどうするんだろう?)
議長にとって、偽者のあんな失態は許しがたいものに違いなかった。
不要となればとことん冷酷に斬り捨てる彼のやり方を思うと少し憂鬱になる。
偽者なんてバカな役割を引き受けたヤツなんか俺には関係ないけど…シンはふと、さっきまで彼が映っていた真っ暗なモニターに眼をやった。
(…あいつの本当の名前くらい、聞いてやればよかったな…)
ほんの少しだけ、偽りの名で生きる彼の人生を振り返ったが、シンはもう二度と偽者のラクスに会う事はできなかった。
一方、レイはシンの言葉に内心驚きを隠せなかった。
自分を可愛がってくれた彼は、出来損ないのクローンである自分に絶望し、世を憎んでいた。何より彼自身が「本物」ではないことに苦しんでいた。
そして自分もまた、年を追うごとにその呪縛に絡め取られている。
そう思うべきなのだという肯定と、そんなはずはないという否定と…たとえフェイクにも、自分自身がある…シンの言葉は、彼の凍りついた心に届いた小さな炎だった。しかし彼の凍てついた心を溶かすにはまだ足りない、あまりに小さな炎だった。
だからレイはすぐに平静さを取り戻し、いつもの表情で言った。
「俺は、それはどうでもいい」
シンとルナマリアはレイを見つめた。
「議長は正しい。俺はそれでいい」
この答えでは、レイが偽者を知っていたかどうかはわからない。
ルナマリアはこれ以上彼と問答してもムダだろうと諦めた。
ラクス・クラインの衝撃がようやく収まると、戦闘の疲れもあり、休憩室は人気がなくなった。ヴィーノとヨウランも部屋に引き上げ、残ったのはシンたち3人と、あとはバラバラと数人だけになった。
「どっちにしろ、しばらくは大騒ぎだろうな」
シンが言うと、レイが頷いた。
「だがそんなことより、俺たちには考えておかねばならないことが他にあるだろう」
「え?」
レイはルナマリアにサイバースコープを渡してかけるよう言うと、自分のボードのモニターを2人に向けてから画像データを映し出した。
「フリーダム。そしてアスラン・ザラ」
シンははっとしてルナマリアを見た。
(しまった…まだルナに話していなかったのに…)
「ア…アスラン?」
ルナマリアはスコープの中で立体画像として映し出されるフリーダムとジャスティスを見つめて驚いている。
「ああ」
レイはレジェンドのカメラが捉えた赤い機体の映像を何枚か映し出した。赤い機体はデスティニーと戦い、しかもシンにダメージを与えていた。
「この機体は、かつてアスラン・ザラが搭乗し、ヤキン・ドゥーエ戦でジェネシスと共に失われた機体、ZGMF-X09ジャスティスに酷似している」
「でも…アスランって…どういうこと?」
戸惑う彼女に、レイは素っ気無く答えた。
「ヤツは生きて、アークエンジェルにいる」
ルナマリアは驚きで声もない。
(アスランが…生きていた?そして…シンと戦った?)
ルナマリアはカチカチとサイバースコープの解像度を上げて機体を拡大した。
まるでそこから見えるはずのないパイロットが見られないかとでもいうように。
「この機体に乗っていたのは、ヤツだ」
スコープを外してシンを見ると彼はむすっと黙りこくっている。
「…シン、ホントなの?本当にアスラン…生きてたの?」
「…ああ」
シンは頭を掻き、不愉快そうに答えた。
「オーブを討ってはダメだとさ」
「じゃ、メイリンも…?」
はっと気づいたルナマリアはレイを振り返った。
「メイリンも生きてるの?」
「それはまだ…」
「生きてるよ」
わからないと続けようとしたレイに代わり、シンが言った。
「メイリンは無事だと伝えてくれって…そう言ってたよ、あいつ」
「ああ…」
ルナマリアは両手で口を押さえ、涙を浮かべた。
(メイリン…よかった…あんた、生きてるのね…)
シンはそんなルナマリアを見て、ふっと息を吐いた。
「さっき…伝えようと思ったんだけど…」
「ううん」
ルナマリアは涙を拭いて首を振ると、無理に笑顔を作って言った。
「シンだって驚いたんでしょ?だから…いいの」
そんな風に強がりながら自分を思いやってくれるルナマリアを見て、自分自身もまだ殺したはずの相手が生きていたことを知り、しかもその相手に敗れた事に戸惑っているのだとシンは再認識する。
(本当に…)
シンはそれらを思い、手で額を抑えて眼を閉じ、歯を食いしばった。
(あんたはそうやって、どこまで俺たちを苦しめるんだよ)
オーブ政府は電波ジャックと二人のラクス・クラインの登場による混乱を避けるため、アスハ代表の声明については後日発表するとし、声明を記した電子文書のみ先にデュランダル議長に送ると発表した。
なかなか電波を取り返せずにいたTVクルーがキラに感謝の意を表し、放映に立ち会っていた首長や行政職員たちは、この事態に驚きつつ、代表同様、前大戦停戦の立役者ラクス・クラインと挨拶を交わしている。
カガリは周囲の者に一通りの指示を終えると、二人を応接室に通した。
「怪我したの?」
「ああ、ちょっとな。大した事はない」
カガリは心配そうな顔をするキラに明るく答えた。
一方ラクスは、両手を広げながら言った。
「こんな風に僕まで乱入してしまって、悪かったかな?」
「そんな事はない。俺がヤツと言い合ったところで泥仕合だ」
それこそ議長の思う壺だったろうよと、カガリは振り返らずに答えた。
「…ところでおまえ、体の調子は?」
「おかげさまですこぶる順調だよ」
カガリは「そうか」と言うと、振り向きざまにラクスの胸倉を掴んだ。
「なら、殴ってもいいな!?」
「カガリッ!!」
キラがそれを見て慌てて止めにかかる。
「ダメだよ、なんで!?やめてよ!!」
ラクスは特に驚いた様子もなく、落ち着いて答えた。
「きみに殴られたくはないけど…ジャスティス…アスランの事かな?」
「なぜ乗せたっ!?あんな体のあいつを!」
カガリの琥珀色の瞳が怒りに燃えている。
「やめてったら!」
今にも殴らんばかりのカガリの腕にぶら下がるようにして、キラは2人を引き離した。
「ジャスティスは私が持ってきた!ラクスは反対したんだ!」
そしてラクスの前に立ちはだかって本気で怒った。
「だから、殴るなら私だよ!」
「う…」
カガリは穏やかなキラが珍しく怒りを剥き出しにした事にたじろいだ。
さしもの彼も「殴れ」と詰め寄るキラに降参し、わかったと矛を収める。
そして気まずそうにラクスを見た。
「…おまえには…本当に感謝してる。援軍も…今の放送も…」
そう言った後もキラが睨みつけたままなので、カガリは何度かためらった後、やがて小さな声で「…悪かったよ」と言った。
「いいんだよ、カガリくん。もしきみが怒らなかったら…」
ラクスは服を整えると優しく笑った。
「僕がきみに怒ってた。きっとね」
「本当は、おまえたちには真っ先に礼を言わなきゃいけなかったんだがな」
落ち着いたカガリはすっかり意気消沈し、キラは気にしないでと慰めた。
実際、傷ついたアスランをジャスティスに乗せてしまったのは自分たちだ。
たとえその行動自体は彼女の意志だったとしても、ジャスティスがそこになければ乗りようがなかったのだから。
「それより、プラントの方はどう?」
「ああ…何度も会見を申し入れてるんだが、まだ返答はない」
「さっきのあれが彼の答えだ。もう一度オーブを攻める口実を作りたかったんだろうけど、この騒ぎでもう、同じ手を使ってオーブを武力でねじ伏せる事はできなくなったはずだ。世界がオーブに注目し過ぎてしまったからね」
「一瞬で議長の手をひっくり返したんだから、おまえはすごいよ」
カガリは苦笑した。
「俺の事なんかもう誰も覚えてないだろうな」
「ジブリールの行方はターミナルでも全力で動向を探っている」
ラクスはわかっているだけのデータをカガリに差し出した。
アルザッヘル、コペルニクス、前大戦で、ジェネシスで破壊されたプトレマイオスのような廃棄されたベース、コロニー、デブリ帯…彼が潜みそうな場所にはできる限り監視網を張り巡らせている。
カガリは「月のオーブ軍にも探させる」と言って、艦に戻る2人を見送った。
「アスラン、もう元気だから。大丈夫だから、心配しないで」
キラは笑って手を振り、カガリももうムチャさせんなよと答えた。
キラは(嘘をついたな)と思い、カガリは(嘘だろうな)と思いながら。
ジブリールがいるダイダロスは、月の裏側にあるいわば辺境の基地である。プラントからも丸見えのアルザッヘルに比べると動きは監視されにくいが、実際には月の裏側に警戒すべきものは少なく、ザフトもせいぜいL2の定期巡回を行う程度で、基地としての重要性は低く注目もされていない。
それゆえに、ここに派兵されている部隊は先のヘブンズベース攻略戦ですっかり内部分裂した連合のいざこざからも取り残されてしまっている。
むしろ未だにプラントを邪魔な砂時計と思い、コーディネイターへの憎しみを滾らせているブルーコスモスの溜り場と言ってもよかった。
「グノー、予定ポイントまであと20分です」
オペレーターが「グノー」と呼ばれる建造物の移動状況を伝える。
「レクイエム、ジェネレーター稼働率85%。23番から55番臨界」
続いてジブリールがセイラン家でウナトに語っていた「レクイエム」という不気味な単語が聞こえてきた。
「パワーフロー良好。超鏡面リフレクター、臨界偏差3129」
「予備冷却系GRを起動」
「バイパス接続」
司令室のモニターの中では、廃棄コロニーを改造して造られた、巨大なパイプのような不可思議な建造物が次々と動き出していた。
それは各々に制動装置を備えているらしく、自立稼動しながら何機ものウィンダムが護衛を務め、目的のポイントに向かう。作業は着々と進んでいった。
「しかし、本当に撃つのですかな?あなたはこれを…」
ダイダロス基地の司令官は尋ねた。
建造し、配備し、シミュレーション訓練を重ねながら、一向に命令は来ない…軍ではそんな不毛な繰り返しが多いことに、司令官は皮肉さをこめて言う。
「当たり前だ。そのためにわざわざこちらへ上がったんだからな」
ジブリールは相変わらず化粧を施した顔でその配備状況を見つめる。
予定では核で打撃を与えたプラントが、月基地に総攻撃を仕掛けたところでレクイエムを放ち、コーディネイターどもを全て一掃して世界を再構築する予定だった。青き清浄なる世界を取り戻すために。
それが悉く失敗に終わっている。
(ここまでデュランダルの思い通りに事が運ぶとは)
ジブリールは現在、抱いた疑念を立証しようとこれまでにもこちらからの何らかの情報漏洩がなかったか調べさせている。
準備期間も投じた巨費も、これだけ与えれば、連合の圧倒的優位性は保持できると思ってきた。
けれどこうまで追い込まれて初めて、彼にもわずかながら自身の行動を振り返ってみようという「謙虚さ」が生まれた。しかしそれが内省だったり自制だったりはしないところが、鼻持ちならない自信家である彼の彼たるゆえんであった。
「それは頼もしいお言葉だ。嬉しく思いますよ」
司令官はニヤリと笑った。
「ならば我々も懸命に働いた甲斐もあるというもの。こんなところでもね」
形骸化しているダイダロス基地など左遷されたも同然だと思い、さらに連合の内部がガタガタになって、自身の地位や出世の道が見えなくなって腐っていたところに思わぬチャンスが転がってきた。
(これでうまいこと自分たちが戦局をひっくり返せれば、連合…いや、大西洋連邦が息を吹き返すかもしれない)
そうすればまた自分の人生にも新たな活路が見出せるというものだ。
「最近は必要だと巨費を投じて作っておきながら、肝心な時に撃てないという優しい政治家が多いものでね」
ジブリールはふんと鼻で笑い、司令官は続ける。
「それでは我々軍人は一体何なのかと、つい思ってしまうのですよ」
「私は大統領のような臆病者でも、デュランダルのような夢想家でもない」
(核は持ってりゃ嬉しいただのコレクションじゃない)
(強力な兵器なんですよ?兵器は使わなきゃ)
(高い金をかけて作ったのは、使うためでしょ?)
前ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルも、大量破壊兵器は抑止力のためではなく、「使うものである」と煽って使わせた。
ジブリールもまた、それが何を生み出すのか、何を引き起こすのかを考える以前に、その威力に頼って相手を滅ぼす道を選び取った。
それはあまりにも浅はかで、あまりにも愚かな選択だった。
「撃つべき時には撃つさ。守るために…」
彼が守るべきものは人々でも国家でも世界でもない。
ただ自己の威信とプライド、そして既得権とそれが生む利益であった。
司令官は制帽をかぶり直し、「なるほど」と言った。
(何だっていいさ…今は自分とこの男の利害が一致しているのだから)
「見えたぞ」
小隊を率いて先行していたディアッカが、後方のイザークと、今回共同任務にあたる、オレンジショルダーのザク隊として勇猛さで名を馳せるジャニス隊にも光学映像とデータを送った。
イザークはディアッカが送ってきたそれらを見て通信を開く。
「数は?」
「ん~、20から25ってとこか。母艦は現在確認中」
ディアッカが別方面で小隊を率いているハーネンフースに報告させた。
白いパーソナルカラーのグフに乗り込んだイザークはちっと舌打ちした。
「報告通りけっこうな数だぞ」
二人のラクス・クライン騒動で宇宙ステーションもしばらく動揺したが、やがてある事件が起きた。月の裏側で不穏な動きがあると定期巡回中の哨戒機から報告が入ったのだ。
どうやら廃棄されたコロニーが少しずつ動いているらしい。
連合のウィンダムがそれを警護している事もあり、中には戦闘状態に入った隊もあった。司令本部は直ちに調査隊としてジュール・ジャニス両隊を出した。
どちらも戦闘経験が豊富な隊だ。彼らには危険と判断し、必要となれば即時破壊するよう指令が下されていた。
「ああ。けど一体何故こんなところに…?」
同じくパーソナルカラーの黒にカラーリングを施したブレイズザクファントムに乗るディアッカが、進路から目標座標を割り出そうと軌道計算をしながら答えた。
「さあな。友好使節じゃないことだけは確かだろうな」
月の裏側に何か威力のある兵器があったところで、ここからプラントに何か仕掛けるなど到底無理な話だ。
(100%不可能な事を可能にする事なんぞできはしないはず…)
「じきに護衛の連中に気づかれる。散開して応戦しろ」
ディアッカはそれを受けて手早く小隊の展開位置を振り分ける。
「行くぞ!」
イザークが号令をかけ、ディアッカたちが応えた。
「12宙域に妙な動き?」
ジブラルタルを後にして宇宙に上がり、移動要塞メサイアに向かうシャトルに乗り込んだデュランダルは司令部からの連絡を受けていた。
通信の相手は評議会議員のバーネル・ジェセックだ。
「はい。防衛警戒エリア外だったので対応が遅れたようですが、オニール型コロニーが少しずつ動いていると」
「プラントへ向かってか?」
デュランダルはL5からかなり離れた月の裏側の動きに怪訝そうに聞き返した。
ジェセックは地図を示し、議長が思ったとおり距離があることを示す。
「警戒に出たジュール隊やジャニス隊が、その護衛艦隊と現在戦闘中とのことです」
「わかった。以降もこの報告を最優先に」
デュランダルはそう告げると通信を切った。
そしてシートにもたれるとしばらくそのまま眼を閉じていた。
(もうじき、死に逝く世界を送る鎮魂歌が聞こえてくる)
デュランダルはふ…と口元に笑みを浮かべた。
巨大な建造物に近づいたイザークたちが再度の停止勧告を行う間もなく、ウィンダムはすぐに攻撃を仕掛けてきた。
それは決して威嚇ではなかった。モビルスーツ隊が出てきているとなれば、後方にはアガメムノン級、ドレイク級などが控えているはずだ。
ディアッカはガナー装備のザクウォーリアを率い、ファイアビーやライフルを放ちながら道を開いていく。イザークは、普通ならもう少し道が開くまで待つところを、グフのカスタム化で引き上げたスピードと、ギリギリの距離間を読む自慢の優れた空間認知能力を駆使して砲撃をすり抜け、ウィンダムを屠る。
「グノー、所定位置へ」
戦闘は徐々に激しさを増したが、この廃棄コロニーの正体がわからないままなので外側からの視認調査に留まるザフト軍をいいことに、ジブリールたちの思惑は徐々に進められていた。
「制動をかける?こんなところで?」
ウィップを連続で叩き込み、相手の脆い装甲を裂いたイザークが、突然止まったそれらを見ていぶかしんだ。
無論、プラントまでは果てし無く遠い。安穏を脅かすものとは思えないが、イザークは妙にいやな予感がしていた。一瞬、止まったそれの内部を調べさせようかと思ったが、既に戦闘に入っているため割ける人手がなかった。
(ここは注意して様子を見るに留めるか)
イザークはそれを横目に見ながら考え、それはこの時点では正解だった。
「フォーレ、チェルニー、姿勢安定。フィールド展開中」
グノー以外のそれら、計5基が次々制動をかけて目標座標で停止した。
「レクイエム、ジェネレーター作動中。臨界まで480秒」
オペレーターが「レクイエム」のエネルギー充填開始を伝えた。
やがてディアッカの目の前にあるそれはゆっくり傾き始めた。
「何だ?何をやろうとしている?」
ディアッカはウィンダムのビームを避けながら、停止と同時に動作を開始し始めたらしいそれを見て言った。
「わからんが、とにかく止めるんだ!エンジンへ回り込め!」
ビームソードを構えたイザークが飛び出し、ディアッカも後を追う。
先ほどまで噴射していたスラスターに向かう彼らを阻止せんと飛び出してきたウィンダムをディアッカがライフルで狙い撃ち、イザークを援護する。
イザークはあっという間にスラスターに近づくと、ビームガンを放って次々とそれを破壊していった。
デュランダルはメサイアに到着するとすぐに司令室にやって来た。
「ジェセックは来ているか?」
黒服の将校が彼をジェセックの元に案内した。
ジェセックは数人の黒服と共にモニターを見ながら状況を見守っていた。
「先の動くコロニーの続報は?」
「未だ何も。目的が不明ですので、ジュール隊、ジャニス隊には停止を第一に考えよと命じてありますが…」
デュランダルは頷いた。
コロニーは既に停止し、起動したらしく外壁にはあちこちにまるで稼働中かのように色とりどりの電源が入っている。
(狙いはアプリリウス…それともマイウスか、アーモリーか…)
デュランダルは努めて無表情のままそれを見守っている。
「護衛艦隊は射線上から退避せよ」
やがて準備が整い、艦隊に退避命令が出された。
「照準はどこに?」
司令官がジブリールに尋ねる。
「アプリリウスだ。決まっているだろう。これは警告ではない」
プラントの首都を狙い、頭を潰す…さしものデュランダルも泡を食うだろう。
(いや…もしかしたらこれでお別れかな?)
ジブリールはくっくっくと笑いながらスイッチを手にした。
司令官はそんな彼を見て眉を動かす事もなく静かに命じた。
「照準、プラント首都アプリリウス」
オペレーターが目標点を入力していく。
「最終セーフティー解除、全ジェネレーター臨界へ」
彼らのいるダイダロス基地のレクイエムが射出準備にかかった。
「ファーストムーブメント、準備よろし。レクイエムシステム、発射準備完了。シアー開放。カウントダウン開始。発射までGマイナス35」
それを受けて司令官が言う。
「トリガーを回せ」
ジブリールは邪悪な笑みを浮かべながらスイッチを握り締めた。
「さあ…奏でてやろうデュランダル。おまえたちのレクイエムを!」
そして、鎮魂歌は宇宙に鳴り響く。
「月の裏側に高エネルギー体発生!」
そう言ったメサイアのオペレーターがすぐに驚きの声をあげた。
「こ、これは…」
それは、彼が見たこともない驚くべき軌道を取って宙域を貫いた。
イザークもまた何か非常に高度なエネルギー、恐らくは強大なビーム砲らしきものが放たれたことを悟り、そちらに眼を向けた。
「イザーク!狙いは…」
「全軍、回避ーっ!」
イザークが声を限りに叫んで全ての隊員に告げたが、到底間に合わない。
(くそっ、こんなところで…!)
そう思った瞬間、目の前のコロニーを貫いたビームが、信じられない角度に曲がってさらに推進していった。彼方へと消えたビームを見送ったイザークとディアッカは呆気に取られた。
「何だ、これは!」
「ビームが曲がった!?」
しばらく唖然としていた2人は、やがてはっと気がついた。
そして同時にビームが直進し、消えた方向を振り向いた。
「…あのビームの行き先は…!」
動いていた謎の廃棄コロニー…それは連合がひそかに開発していたビーム偏向ステーションだった。何度かの偏向により、少しずつ減衰しつつも、月の裏側から放たれたレクイエムはプラントを目指した。
しかし、イザークとディアッカがスラスターを破壊したグノーによって偏向座標が狂わされてしまい、その結果ビームは首都アプリリウスまで到達するには至らなかった。
替わって運悪くヤヌアリウスが標的となり、プラントをビームが直撃した。
コロニーの外壁を突き破ったビームは空を斬り、海を割って走った。
破壊されたシャフトでは支えきれなくなった大地が裂け、急激に空気が失われていく。何十万人が暮らすプラント内に絶望の嵐が吹き荒れ、人も車も建物も全てが破壊されて、真空へと吹き飛ばされた。
ユニウスセブン、ヘリオポリスを襲った悲劇が、人々が普通に暮らすプラントを直撃したのだ。
それも、被害にあったコロニーは1基ではなかった。ビームで完全に破壊された数基のヤヌアリウスの倒壊に巻き込まれ、隣のディセンベルも被害を蒙ったのだ。
人々の悲鳴はすぐにかき消され、命が深淵の宇宙に飲み込まれていく。
24万人が死んだユニウスセブンの被害を間違いなく上回り、そこに広がるのはまさに地獄絵図だった。
「これは…一体何が…?」
「こ、こんな馬鹿な…」
黒服やオペレーターが不安げにざわめいている。
デュランダルは倒壊したプラントを見守りながら、未だ事態の把握がしきれない司令室の様子を見つめていたが、叱咤するように言った。
「どういう事だ?どこからの攻撃だ」
デュランダルの問いかけに、ジェセックも黒服も答えられない。
「一体何が起きたというのだ…!」
デュランダルはそう言うと、死せる人々を想った。
彼がこれから創成する世界の贄として捧げられた人々の生命を…
PR
この記事にコメントする
制作裏話-PHASE44①-
誰もが待ち望んだはずの「本物VS偽者」のガチンコバトルです。
しかし相手はあのラクス様。ただの色ボケ女のミーアに太刀打ちできるはずがありません。ディアナ様とキエルさんのようになることもなく、何も言えなかったミーアは敗れ去り、この後議長から左遷されてしまいます。
しかしラクスが言っていることはあまりよくわかりません。まぁこれは本編のデフォルトなので仕方がないとはいえ、毎度毎度中身のない事を言うラクスが苦労も何もなく議長の座に着くというのは「許せないじゃない」ということで始めた逆転SEED。カガリが思惑通りの成長を遂げたので、次はラクスです。
文字通り「二人のラクス」を見て呆気にとられるイザークに、なぜか本編で眉をひそめていたディアッカですが、逆転ではディアッカは「ラクス・クラインが偽者である」ことにはとっくに気づいています。気づいてない方がむしろおかしいので、ここでは以前に張ったこの伏線を回収しました。
アスランは自分と同じく「偽りの名で偽りの人生を歩んでいる」ミーアに想いを馳せます。その危うい存在を知るがゆえに同情的なのですが、これは本編でももっと押し出してよかったと思うんですよ。本編のアスランは単に相手が「非力で愚かな女の子」だから心配してた節がありますが、彼が自分…アレックスとミーアを重ね合わせることで、物語にはより深みが増したと思うのです。ではなぜやらなかったか。多分、単純にやれなかったのです。
シナリオが遅れ、監督に物語をまとめるビジョンがないためにスケジュールがどんどん押しまくり、アレックス・ディノなんてものはとっくの昔にどこかに落としてきたからでしょうねぇ。
本編のラクスのセリフはどれもこれもわかりにくくて「まさに煙に巻く」ようなシロモノですから、逆転ではより明確に、彼が何を言いたいのか、何を訴えたいのかを加筆したり言い換えたりして明確にしました。「言葉」こそが争いを避ける有効な「手段」と告げるラクスの言葉はキラとアスランには痛いものですし、彼の滑らかな弁舌はカガリに軽い敗北感を与えたりします。
結局何一つ言い返すことも、ラクスを凌駕する事もできずに敗れたミーアは、冷ややかな議長にビクつき、優しくされてほっとし、姿を隠せと言われていよいよ不安が頂点に達します。
そしてここでサラが登場します。彼女はモビルスーツの横流し、ラクスを執拗に追うテロリストとの接触、ジブリールの動向調査など、デュランダルの影で諜報活動を行っていた凄腕のエージェント、という設定です。
だってこの人、本編ではここでいきなり出てきて、ラクス暗殺を画策するんですよ?だったらせっかくのキャラを生かして、ずっと前からチラチラと暗躍していた「スパイ」とすれば、唐突キャラにならなくていいじゃないですか。
さて偽者騒動はミネルバにも驚きをもたらしています。しかし本編では絶対に真実を知っていたはずのルナマリア(逆転ではタリアは知らないとしていますが、本編ではタリアも知ってるのかも…?)が、まさかまさかの「ノーリアクション」という、制作陣の怠慢ぶりというかテンパっててそれどころじゃないというか、とにかく何一つ描写がなかったので、ここは改変しました。運命は得意げにシンの事をキラに語るネオを前にして、シンに散々罵倒されたカガリがきょとーんとしているような、挽回の余地すらないミスが多過ぎますが、これもその一つだと思います。
もちろん逆転では事実を知っているルナマリアと、それを見事見破ってみせた優秀なシンは、落ち着いてこの事態を受け止めています。
ですから本編でシンが聞いた「レイはどう思う?」は、ヨウランとヴィーノに担ってもらいました。むしろこっちの方が、「主人公がこんな事くらいで慌てふためかない」演出になっていいと思います。
そんなレイは、シンがミーアのことを知っているからこそ「偽者は本物になれない」のだと発言したことで深く傷つけられてしまいます。
けれどシンはすぐに思い直すのです。泣きそうな顔で自分に抗議したミーアは、ラクスではなく、彼自身の感情や想いで自分にぶつかってきたのだと。
つまりシンはそれが「偽者の本物」だと言うのです。これはシンがミーアとキャラクター的に関係を持ったからこそ言える事ですし、本編がアレックスとミーアを出し、ひいてはロゴスの世界と議長の世界を比べる事で事で「偽りと真実」を浮き立たせようとしたのなら、やはりここに主人公のシンがからまなければいけないのです。
この時点のシンはレイがクローンである事など知りませんから、単にミーアの事を例にあげているのですが、レイにとってはこれがささやかな救いになります。自分は自分である…レイに対してそう認めて、肯定してくれるのは絶対にシンでなければおかしいんですよ、この物語は。キラがやる意味がわからない。制作陣はバカですよ。
シンが「あいつの名前くらい聞いてやればよかった」というのは、シンの苛烈さの中にはこうした大らかな優しさが隠れている証のようで気に入っています。
シンに「二度と顔を見せるな」といわせたのは、実際彼らはもう二度と会う事がないからですが、何の関係もなく終わった本編とは違い、逆転のシンにはまだ、最終回で彼が死んだ事を知る機会が残されています。そのためにもこうした積み重ねがあると、物語が収束して行った時に感慨深いものがあります。
アスランが生きていたことがバレたシーンでは、メイリンの事を「アスランが伝えてくれと言った」とすることで、彼女の想いがルナマリアやシンに残っていると示す事ができます。これは、裏切られたと思いながらも諦め切れていない二人にとって、アスランの存在はやはりとても大きいのだと示唆する演出です。
さて、今回はオリジナルシーンも多いのですが、「逆転ならではのカガリVSラクスが見てみたい」と思ってPHASE43で伏線を張っておいた、創作シーンに入ります。傷ついたアスランをジャスティスに乗せたこと…それが結果的にオーブを守る一端になったことはわかっていても、カガリはラクスに怒りをぶつけずにはいられません。それが「傷だらけのアスラン」であるということは、恋人としての怒りと、医療技術者としての怒りとが混ぜこぜになっています。ここ、多分傷だらけのキラが乗ってもカガリは烈火のごとく怒りますよ。カガリの熱くて真っ直ぐな性格を思えば、こういう激しいアクションは十分ありえます。むしろこれこそカガリでしょう。
それに、キラとカガリがケンカするというのも本編にはありません。逆転であえてこういうシーンを入れたのは、長く離れ離れになっていた彼らが本当の兄妹になりつつあるという証でもあります。
そしてラクスもまた、カガリが何も言わなかったら「自分が怒るつもりだった」と言うのです。自分だって傷ついた友人をモビルスーツになど乗せたくはなかった…そして何より、もしカガリが、大切な人が危険な状態にあったと知っても知らん顔をするようなヤツだったら、自分も許さなかったということを匂わせています。こうした描写があるだけでも、彼らが忌憚なく意見を述べ合える大切な友人同士として、長い旅の中で強い絆を結んだんだと感じられると思います。ちなみに本編では3人が無言のまま談笑しているっぽいシーンが1カットあっただけですけどね…ははは…
カガリは「ラクスは自分よりずっと上にいる」と思っており、反面ラクスはラクスで、多くの人に支えられながら手腕を発揮するカガリの「力」を認めていることは、PHASE43、そして次回PHASE45の発言に匂わせています。
なおこちらも本編ではありませんでしたが、オーブに逃げ込んだあたりから「なんでこんなに自分の行動が先回りされて潰されてるんだ?」とようやく疑念を持ったジブリールは、この時点では既に調査に入らせています。でもサラはほぼ全ての情報を彼から吸い取った後ですから(だから議長の下に戻っているわけで)、気づかれても後の祭りです。
そしてレクイエムが放たれます。
すっとぼけるデュランダルは本当にタヌキですが、自分たちが狙われたと思ったイザークたちはいい迷惑です。一巻の終わりかと思ったその瞬間、ビームは信じられない方向に曲がります。減衰しつつもはるばるL5まで到達したビームはコロニーを6基、ほぼ壊滅状態に陥れました。
こうして見てみると、サブタイトルの割にはラクスVSミーアはあまりない「サブタイ詐欺」だったとわかりますね。
しかし相手はあのラクス様。ただの色ボケ女のミーアに太刀打ちできるはずがありません。ディアナ様とキエルさんのようになることもなく、何も言えなかったミーアは敗れ去り、この後議長から左遷されてしまいます。
しかしラクスが言っていることはあまりよくわかりません。まぁこれは本編のデフォルトなので仕方がないとはいえ、毎度毎度中身のない事を言うラクスが苦労も何もなく議長の座に着くというのは「許せないじゃない」ということで始めた逆転SEED。カガリが思惑通りの成長を遂げたので、次はラクスです。
文字通り「二人のラクス」を見て呆気にとられるイザークに、なぜか本編で眉をひそめていたディアッカですが、逆転ではディアッカは「ラクス・クラインが偽者である」ことにはとっくに気づいています。気づいてない方がむしろおかしいので、ここでは以前に張ったこの伏線を回収しました。
アスランは自分と同じく「偽りの名で偽りの人生を歩んでいる」ミーアに想いを馳せます。その危うい存在を知るがゆえに同情的なのですが、これは本編でももっと押し出してよかったと思うんですよ。本編のアスランは単に相手が「非力で愚かな女の子」だから心配してた節がありますが、彼が自分…アレックスとミーアを重ね合わせることで、物語にはより深みが増したと思うのです。ではなぜやらなかったか。多分、単純にやれなかったのです。
シナリオが遅れ、監督に物語をまとめるビジョンがないためにスケジュールがどんどん押しまくり、アレックス・ディノなんてものはとっくの昔にどこかに落としてきたからでしょうねぇ。
本編のラクスのセリフはどれもこれもわかりにくくて「まさに煙に巻く」ようなシロモノですから、逆転ではより明確に、彼が何を言いたいのか、何を訴えたいのかを加筆したり言い換えたりして明確にしました。「言葉」こそが争いを避ける有効な「手段」と告げるラクスの言葉はキラとアスランには痛いものですし、彼の滑らかな弁舌はカガリに軽い敗北感を与えたりします。
結局何一つ言い返すことも、ラクスを凌駕する事もできずに敗れたミーアは、冷ややかな議長にビクつき、優しくされてほっとし、姿を隠せと言われていよいよ不安が頂点に達します。
そしてここでサラが登場します。彼女はモビルスーツの横流し、ラクスを執拗に追うテロリストとの接触、ジブリールの動向調査など、デュランダルの影で諜報活動を行っていた凄腕のエージェント、という設定です。
だってこの人、本編ではここでいきなり出てきて、ラクス暗殺を画策するんですよ?だったらせっかくのキャラを生かして、ずっと前からチラチラと暗躍していた「スパイ」とすれば、唐突キャラにならなくていいじゃないですか。
さて偽者騒動はミネルバにも驚きをもたらしています。しかし本編では絶対に真実を知っていたはずのルナマリア(逆転ではタリアは知らないとしていますが、本編ではタリアも知ってるのかも…?)が、まさかまさかの「ノーリアクション」という、制作陣の怠慢ぶりというかテンパっててそれどころじゃないというか、とにかく何一つ描写がなかったので、ここは改変しました。運命は得意げにシンの事をキラに語るネオを前にして、シンに散々罵倒されたカガリがきょとーんとしているような、挽回の余地すらないミスが多過ぎますが、これもその一つだと思います。
もちろん逆転では事実を知っているルナマリアと、それを見事見破ってみせた優秀なシンは、落ち着いてこの事態を受け止めています。
ですから本編でシンが聞いた「レイはどう思う?」は、ヨウランとヴィーノに担ってもらいました。むしろこっちの方が、「主人公がこんな事くらいで慌てふためかない」演出になっていいと思います。
そんなレイは、シンがミーアのことを知っているからこそ「偽者は本物になれない」のだと発言したことで深く傷つけられてしまいます。
けれどシンはすぐに思い直すのです。泣きそうな顔で自分に抗議したミーアは、ラクスではなく、彼自身の感情や想いで自分にぶつかってきたのだと。
つまりシンはそれが「偽者の本物」だと言うのです。これはシンがミーアとキャラクター的に関係を持ったからこそ言える事ですし、本編がアレックスとミーアを出し、ひいてはロゴスの世界と議長の世界を比べる事で事で「偽りと真実」を浮き立たせようとしたのなら、やはりここに主人公のシンがからまなければいけないのです。
この時点のシンはレイがクローンである事など知りませんから、単にミーアの事を例にあげているのですが、レイにとってはこれがささやかな救いになります。自分は自分である…レイに対してそう認めて、肯定してくれるのは絶対にシンでなければおかしいんですよ、この物語は。キラがやる意味がわからない。制作陣はバカですよ。
シンが「あいつの名前くらい聞いてやればよかった」というのは、シンの苛烈さの中にはこうした大らかな優しさが隠れている証のようで気に入っています。
シンに「二度と顔を見せるな」といわせたのは、実際彼らはもう二度と会う事がないからですが、何の関係もなく終わった本編とは違い、逆転のシンにはまだ、最終回で彼が死んだ事を知る機会が残されています。そのためにもこうした積み重ねがあると、物語が収束して行った時に感慨深いものがあります。
アスランが生きていたことがバレたシーンでは、メイリンの事を「アスランが伝えてくれと言った」とすることで、彼女の想いがルナマリアやシンに残っていると示す事ができます。これは、裏切られたと思いながらも諦め切れていない二人にとって、アスランの存在はやはりとても大きいのだと示唆する演出です。
さて、今回はオリジナルシーンも多いのですが、「逆転ならではのカガリVSラクスが見てみたい」と思ってPHASE43で伏線を張っておいた、創作シーンに入ります。傷ついたアスランをジャスティスに乗せたこと…それが結果的にオーブを守る一端になったことはわかっていても、カガリはラクスに怒りをぶつけずにはいられません。それが「傷だらけのアスラン」であるということは、恋人としての怒りと、医療技術者としての怒りとが混ぜこぜになっています。ここ、多分傷だらけのキラが乗ってもカガリは烈火のごとく怒りますよ。カガリの熱くて真っ直ぐな性格を思えば、こういう激しいアクションは十分ありえます。むしろこれこそカガリでしょう。
それに、キラとカガリがケンカするというのも本編にはありません。逆転であえてこういうシーンを入れたのは、長く離れ離れになっていた彼らが本当の兄妹になりつつあるという証でもあります。
そしてラクスもまた、カガリが何も言わなかったら「自分が怒るつもりだった」と言うのです。自分だって傷ついた友人をモビルスーツになど乗せたくはなかった…そして何より、もしカガリが、大切な人が危険な状態にあったと知っても知らん顔をするようなヤツだったら、自分も許さなかったということを匂わせています。こうした描写があるだけでも、彼らが忌憚なく意見を述べ合える大切な友人同士として、長い旅の中で強い絆を結んだんだと感じられると思います。ちなみに本編では3人が無言のまま談笑しているっぽいシーンが1カットあっただけですけどね…ははは…
カガリは「ラクスは自分よりずっと上にいる」と思っており、反面ラクスはラクスで、多くの人に支えられながら手腕を発揮するカガリの「力」を認めていることは、PHASE43、そして次回PHASE45の発言に匂わせています。
なおこちらも本編ではありませんでしたが、オーブに逃げ込んだあたりから「なんでこんなに自分の行動が先回りされて潰されてるんだ?」とようやく疑念を持ったジブリールは、この時点では既に調査に入らせています。でもサラはほぼ全ての情報を彼から吸い取った後ですから(だから議長の下に戻っているわけで)、気づかれても後の祭りです。
そしてレクイエムが放たれます。
すっとぼけるデュランダルは本当にタヌキですが、自分たちが狙われたと思ったイザークたちはいい迷惑です。一巻の終わりかと思ったその瞬間、ビームは信じられない方向に曲がります。減衰しつつもはるばるL5まで到達したビームはコロニーを6基、ほぼ壊滅状態に陥れました。
こうして見てみると、サブタイトルの割にはラクスVSミーアはあまりない「サブタイ詐欺」だったとわかりますね。
Natural or Cordinater?
サブタイトル
お知らせ PHASE0 はじめに PHASE1-1 怒れる瞳① PHASE1-2 怒れる瞳② PHASE1-3 怒れる瞳③ PHASE2 戦いを呼ぶもの PHASE3 予兆の砲火 PHASE4 星屑の戦場 PHASE5 癒えぬ傷痕 PHASE6 世界の終わる時 PHASE7 混迷の大地 PHASE8 ジャンクション PHASE9 驕れる牙 PHASE10 父の呪縛 PHASE11 選びし道 PHASE12 血に染まる海 PHASE13 よみがえる翼 PHASE14 明日への出航 PHASE15 戦場への帰還 PHASE16 インド洋の死闘 PHASE17 戦士の条件 PHASE18 ローエングリンを討て! PHASE19 見えない真実 PHASE20 PAST PHASE21 さまよう眸 PHASE22 蒼天の剣 PHASE23 戦火の蔭 PHASE24 すれちがう視線 PHASE25 罪の在処 PHASE26 約束 PHASE27 届かぬ想い PHASE28 残る命散る命 PHASE29 FATES PHASE30 刹那の夢 PHASE31 明けない夜 PHASE32 ステラ PHASE33 示される世界 PHASE34 悪夢 PHASE35 混沌の先に PHASE36-1 アスラン脱走① PHASE36-2 アスラン脱走② PHASE37-1 雷鳴の闇① PHASE37-2 雷鳴の闇② PHASE38 新しき旗 PHASE39-1 天空のキラ① PHASE39-2 天空のキラ② PHASE40 リフレイン (原題:黄金の意志) PHASE41-1 黄金の意志① (原題:リフレイン) PHASE41-2 黄金の意志② (原題:リフレイン) PHASE42-1 自由と正義と① PHASE42-2 自由と正義と② PHASE43-1 反撃の声① PHASE43-2 反撃の声② PHASE44-1 二人のラクス① PHASE44-2 二人のラクス② PHASE45-1 変革の序曲① PHASE45-2 変革の序曲② PHASE46-1 真実の歌① PHASE46-2 真実の歌② PHASE47 ミーア PHASE48-1 新世界へ① PHASE48-2 新世界へ② PHASE49-1 レイ① PHASE49-2 レイ② PHASE50-1 最後の力① PHASE50-2 最後の力② PHASE50-3 最後の力③ PHASE50-4 最後の力④ PHASE50-5 最後の力⑤ PHASE50-6 最後の力⑥ PHASE50-7 最後の力⑦ PHASE50-8 最後の力⑧ FINAL PLUS(後日談)
制作裏話
逆転DESTINYの制作裏話を公開
制作裏話-はじめに- 制作裏話-PHASE1①- 制作裏話-PHASE1②- 制作裏話-PHASE1③- 制作裏話-PHASE2- 制作裏話-PHASE3- 制作裏話-PHASE4- 制作裏話-PHASE5- 制作裏話-PHASE6- 制作裏話-PHASE7- 制作裏話-PHASE8- 制作裏話-PHASE9- 制作裏話-PHASE10- 制作裏話-PHASE11- 制作裏話-PHASE12- 制作裏話-PHASE13- 制作裏話-PHASE14- 制作裏話-PHASE15- 制作裏話-PHASE16- 制作裏話-PHASE17- 制作裏話-PHASE18- 制作裏話-PHASE19- 制作裏話-PHASE20- 制作裏話-PHASE21- 制作裏話-PHASE22- 制作裏話-PHASE23- 制作裏話-PHASE24- 制作裏話-PHASE25- 制作裏話-PHASE26- 制作裏話-PHASE27- 制作裏話-PHASE28- 制作裏話-PHASE29- 制作裏話-PHASE30- 制作裏話-PHASE31- 制作裏話-PHASE32- 制作裏話-PHASE33- 制作裏話-PHASE34- 制作裏話-PHASE35- 制作裏話-PHASE36①- 制作裏話-PHASE36②- 制作裏話-PHASE37①- 制作裏話-PHASE37②- 制作裏話-PHASE38- 制作裏話-PHASE39①- 制作裏話-PHASE39②- 制作裏話-PHASE40- 制作裏話-PHASE41①- 制作裏話-PHASE41②- 制作裏話-PHASE42①- 制作裏話-PHASE42②- 制作裏話-PHASE43①- 制作裏話-PHASE43②- 制作裏話-PHASE44①- 制作裏話-PHASE44②- 制作裏話-PHASE45①- 制作裏話-PHASE45②- 制作裏話-PHASE46①- 制作裏話-PHASE46②- 制作裏話-PHASE47- 制作裏話-PHASE48①- 制作裏話-PHASE48②- 制作裏話-PHASE49①- 制作裏話-PHASE49②- 制作裏話-PHASE50①- 制作裏話-PHASE50②- 制作裏話-PHASE50③- 制作裏話-PHASE50④- 制作裏話-PHASE50⑤- 制作裏話-PHASE50⑥- 制作裏話-PHASE50⑦- 制作裏話-PHASE50⑧-
2011/5/22~2012/9/12
ブログ内検索